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「新稿の行方」途中移転

苹@泥酔

2021/08/29 (Sun) 01:46:06

●無題
http://midnight-run.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=12921901
●移転通知
http://midnight-run.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=12977873
●再度移転
http://midnight-run.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=13142182
 上記に引き続き、転載場所を変える。予想通り転載の途中、コメントの表示限界量を超えてしまった。以下、先ず「新稿の行方」稿の続きを転載する。

再度移転

苹@泥酔

2021/04/17 (Sat) 21:31:31

●無題
http://midnight-run.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=12921901
●移転通知
http://midnight-run.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=12977873
 上記に引き続き、念のため転載場所を変える。内容の一貫性を考えると、十数稿にわたる転載の途中でコメントの限界量を超えてしまう様では困る。
 また、この辺でそろそろ二代目板での転載/投稿ペースへと戻る。つまり今後は一稿あたりの文章量が減る代わり、転載回数は幾分か増える事になる。差し当たっては「新稿、序」稿の後に続く「恥を忍んで」稿へと移るが、その後は次の移転までどの程度の分量が溜まるか、取り敢えず転載してみないと分からない。

「恥を忍んで」01

苹@泥酔

2021/04/17 (Sat) 21:40:42

4新稿、序 ( 苹 ) New!!
2012/01/22 (Sun) 07:25:37

新稿、序
 数えてみれば、十三年ぶりくらいにはなるだろうか。昨日、雨声会書作展を見に行った。待ちに待った。長かった。現会長の菊池翠汀が高校を定年退職したのが昨年度末だから、青森県の教育界を潰そうと目論む苹が遠慮する理由も漸く薄れ始めた計算になる(のかな?)。併催は遠藤雨山(前会長)の遺作展。見間違えでないなら、日展会友の石澤桐雨も見に来ていた。
 孤立は思想の代償。
 こちらは今や、書道界とは完全に無縁となっている。とっくの昔に隠居した幽霊が出没しても迷惑なだけだろう。あの書展を見に行くのは今回が最後となるかも知れない。現に少数の幹部格を除き、見るべき作品はなかった。あと二十年もすれば、あの会は終わりそうな気がする。会員の高齢化だけが原因なのではなく、基礎が余りにも翠軒以後に偏り過ぎている。前会長が翠軒以前への眼差しを持っていたのは確認済みだが、それとて今後どうなるものやら。
 苹の専門分野は実技方面でなく理論面だから、お呼びがないなら何もする事はない。そもそも翠軒流の範疇を逸脱している。苹の基礎は巻菱湖と日下部鳴鶴で、そこから鈴木翠軒やら木村知石やら、独学も含めれば却ってややこしい事になる。下手をすれば翠軒流の破壊に繋がりかねない。そんな事は誰も望むまい。可能性が見出せるとするならば、差し当たっては「実技なき書教育」という事になる。それが精一杯の普遍化努力である。準備には十年かけてある。その一部が、これまで書いてきた稿でもある。
 このところ、ぼちぼち「実技なき書教育(其一)」稿を書き始めている。



8【再掲】「恥を忍んで」01 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/25 (Wed) 00:55:53

【再掲】「恥を忍んで」01
 新稿が仕上がるまで暫くの間、旧板No.7240に始まるスレッドを転載する。

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7240 業務連絡 しおりさんへ ミッドナイト・蘭 2008/08/11 22:33
男性 会社員 A型 東京都
現在の、私の職場の先輩のお父さんは、書道の教科書を作っていた方だそうです。

今日、営業途中の移動の車の中で聞きました^^



7241 取り敢えず、レス。 苹@泥酔 2008/08/13 00:21

 蘭様から会長様へのレスがあった時に何か書こうかと思ったけど、一日したら森様のが出てたんで取りやめた苹であった(汗)。

>現在の、私の職場の先輩のお父さんは、書道の教科書を作っていた方だそうです。
 なんか興味深い話ですね。思い当たる年代は今井凌雪・青山杉雨などの先生方が数十あるけど、それらの方々より若い世代が父君ではないんだろな(還暦を過ぎてからの子作りは想定しないで置く)。…まだ御存命かな、それとも物故者かな。生きてたら支援板の拙稿に感想を頂戴したいが…たぶん大半がインターネットとは無縁だろ(orz)。



7247 Re:書道の教科書を書いたかた 蘭@携帯 2008/08/15 09:25
男性 会社員 A型 東京都
その方に聞いたところ、お父さん(亡くなっています)は無名だけど、その先生は有名だとのことです。
純粋に、書したものが使われているだけのようです。
あまり詳しく聞けない間柄なんですよ(^_^;



7257 レス&呪い 苹@泥酔 2008/08/16 21:49

(レス~或いは追憶)
>純粋に、書したものが使われているだけのようです。
 …て事は、載っているのは作例の見本ページかしら(高校教科書の場合)。調和体なら青木香流とか中野北瞑とか、漢字なら貞政少登とか新井光風とか、仮名なら井茂圭洞とか日比野光鳳とか(以下略…作例写真では落款を省略する例が少なくないし、中にはそれらと別に「生徒偽装」落款の作例もある)。どの教科書も監修や編集なら明記してあるけど、作例の筆者名は省略するのが普通みたい(ただし高村光太郎や会津八一などの半古典扱いは除く)。
 監修・編集に携わった人の作例が消えていったのはいつ頃からだろか。鈴木翠軒や伊東参州の教科書には監修者本人のがいくつか載ってたけど(昭和四十年代)、昭和末期以降は気のせいか分かりにくくなったなあ。(単に落款を入れてないだけの話かも知れないが。)
 尤も~中には、展覧会作品とは別人の様な字を書く人も居るわいなあ。このタイプは書写教科書に多い。翠軒や天石東村はともかく、青山杉雨あたりが典型的な類か。…と書いたら思い出した。大抵の書家は「書ける書風」の幅が広いのよね(公然と発表こそしないものの)。これは高校教員レベルでも同様。「まさかアノ先生が××流ばかりでなく××流も書けるとは思わなかった」ってケース、現場では少なくないんじゃなかろーか。斯く云う私も、在職当時は日下部鳴鶴・鈴木翠軒・木村知石・手島右卿・西川寧・上条信山など十数名分の書風を気分次第でしょっちゅう書き分けてたもん。
 ~例えば高校一年の楷書授業。張猛龍碑の臨書作例を出す時は信山や鳴鶴などの書法を例示して、撥鐙法の逆筆で刷毛状に筆鋒を開く手口とか、廻腕法の骨っぽさでカックンと肩越しに筆を下ろす手口とか(これは隷書の三節法を木簡書法と差別化した後の方がやりやすいんだけど)、他には比田井天来の俯仰法が陥りがちな軟弱さを克服するための裏技とか。指導法を工夫・拡張するのが面白くて仕方なかった当時が妙に懐かしく思い出される(専門的な事を書けば際限がなくなる…汗)。

(以下余談)
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=706
 西尾先生の「日録」を見ると三十数年前の書評が蔵出しサービスされてて、その中に「素伝」てぇのが出てくる(↑)。私には「いかつく見える」名前で、そこから連想するのは塚原卜伝に山東京伝に金地院崇伝。でも文脈では女なのよね…。そこでちょいと調べてみたら、あろう事か明治初期の殺人犯に「高橋お伝」てぇのが出てきた(愕然)。
 決定的な違いがある。「伝」を漢字式に読めば「デン」となるが、「素伝」の場合は二字とも変体仮名で「そで」。しかも幕末から明治初期にかけての話なら旧字体で「素傳」とするのがデフォでしょ。これでは余りに堅苦し過ぎる。どう見てもコリャ元々は草書表記だ。それを楷書由来の活字に直せば「いかつくなる」。見た目が印象を操作する。活字が時代を遠ざける。書物が時代を古典にする。
 たぶん半世紀前の成人にとっては常識の類ゆえ、一々細かく触れる事もない。すると時代を経るにつれて、印象がますます「いかつくなっていく」。印象が活字に固定され、思い描く像が別の影響を受けやすくなるだろう。~例えば私なら上記数名。卜伝は剣豪だから物騒だ。京伝は戯作者ゆえ、現実離れした小説の印象が出てくる。そして崇伝は僧侶。坊主にも色々あって生臭い。極めつけが殺人鬼「お伝」。これらを纏めると凶悪かつ非現実的な印象が脳内で勝手に増幅され、かなりオーバーなイメージが名前とセットになる。
 ならばいっそ漢字はお払い箱にして、現行平仮名の「そで」表記に変えちまったらどうか。しかしそれでは「活字時代にどっぷり漬かった」直木賞作品を、「同時代の分際で」敢えて改竄する事になる。そしてもう一つややこしいのは、「素伝」という名前の世に出た顛末自体が「特記すべき行状」と共依存してしまう事なんだよなー(これを因果律と云う?)。つまり歴史的に見ると、名前と行状は初めからセットなのだ。するとスッポリ抜け落ちるのが「命名した親の立場」。江戸時代の親は時代の常識に従って凡庸な名前を付けた。それが被命名者側の行状により後々「変質効果を内包する様になる」。
 もしもドイツ人のヒトラーさんが自分の子供にアドルフと名付けたらどうなるか。それ以前に総てのヒトラーさんが肩身の狭い思いをしている事だろう。しかし百年前ならどうだか。どこかのヒトラーさんが凡庸な名前を付けた。第三帝国も総統も存在しない頃にアドルフが居る。同姓同名も居るだろう。アドルフ・ヒムラーも居るだろう。私には調べようもないが、戦後のドイツに同姓同名の人はどれくらい居るのかな。戦後生まれは皆無じゃないかと思うが、もし居るなら今度は親の思想傾向が疑われる筈。結局どう転んでも時代の影響を免れない。
 日本では救いの一言(?)が流行語になった。曰く、「忘却とは忘れ去る事なり」と。

 …この手の「日録」ネタはいつも通り奥様ブログに書けばよいのだろうが、最近あそこにゴチャゴチャ書き過ぎてるから今回は遠慮しとこう。たぶんセレブ奥様は此処「天バカ板」を見てない筈。ならば折角のお盆だから(?)試しに祈ってみよう。閲覧者のどなた様か、あちらの奥様に「天バカ板の呪い」をかけてくだされ~(o ̄∇ ̄)o



7261 Re:レス&呪い ミッドナイト・蘭 2008/08/18 22:14
男性 会社員 A型 東京都
ゆっくりと聞き出すので少々お待ちを!

長谷川女史は、我がブログは見ていますよ。

アクセス解析で判明しております。

あの方は、アイラインスレッドにも、たびたび登場してます。

でも、あの人の私への批判レスは、私を利するんですよねぇ~^^;

私は、「日録」を全く見ていません。

「日録」見るなら、「東京支部板」でキチガイを見たほうが楽しいです^^



7262 余談の余談 苹@泥酔 2008/08/19 00:18

(以下はレスの続きでなく、ただの余談。専門的&ヲタ系ネタになるけど笑って許して。)

 前稿を読み直したら思い出した。…大抵の書道教員は複数の書風・流派を学んできている筈で、その中の一つが表看板になる。「死ぬまで一つの流派」って事は殆どない。大学で書道を専攻すれば必然的に複数の書風を学ぶ事になるからだ。その証が教員免許で、この点が所謂「流派の稽古」を経由した師範免状と大きく異なる。師範免状は「その流派の技能」を基準に授与されるものであって、また~私の知る範囲では総て「申請すれば授与される」仕組みを採っている(申請しなければそのまんま)。
 教員の表看板は職務に準拠する。そこが或る意味、義務教育の国語科書写と高校の芸術科書道とを分かつ事にもなる訳だが、そうなると芸術科書道の立場で国語科書写もしくは戦前国定の書風を書くのは些か躊躇われてくる(私だけかも知れないが)。~例えば或る高校に在職した時は掲示物を顔真卿後期の書風にしたり、また別の高校に居た時は六朝風をベースにしてみたり。たまには余裕がなくなって「お里が出る」事もないではない。ウッカリ気の迷いで国定乙種系統(正確には玉木愛石や西脇呉石の類)で書いちまった時は同僚が何か言っていたが(彼らは褒め言葉のつもりだったかも?)、こっちは内心、狼狽してたのよね。「こいつら、皮肉で言っているのか?」と不機嫌になる事もあった。国定の甲種や乙種くらい、戦前と戦後の書教育を比較研究した事のある書道教員なら誰でも書き分けられるからである(単に「恥ずかしいから書かないだけ」だと思う…)。

 ただし国定教科書甲種の方には乙種と別の変遷がある。日高梅谿の頃は顔真卿の多宝塔碑ベースだが、細かく見れば解釈は市川米庵のを継承していて、現代書家の臨書する多宝塔碑とは微妙に異なる。その後は芸術性の重視傾向が強まり、甲種を鈴木翠軒が書く様になった。これも基本は古典で孟法師碑などの影響が強いが、翠軒独自のキレ味や顫筆には批判的な向きも当時あったらしい。
 …あの顫筆は極端な遅筆に起因するのかも知れない。日下部鳴鶴の隷書・楷書に前兆が感じられたりもする。現代の隷書と異なり、明治時代の隷書は側筆の影響が色濃く、運筆を途中で何度か止めて僅かな瘤をつくったり運筆方向を変化させるのが当時は普通であった。その手の瘤が目立つのは中林梧竹の隷書や西川春洞の楷書など色々あるが、ともかくこうした微妙な変化が翠軒顫筆の背後環境を形成していた事は具体的に確認できる。
 技法と環境はそれぞれ不分明な統一性の下、互いの距離感覚を保守したまま~模倣と差異を呑み込み合う事がある。私から見れば筆の根っこまで擦り付けて書く翠軒流の草書は異端以外の何物でもないが、それが畳の目を浮かび上がらせるとなると事は簡単でない。カスレの畳目に明治時代の幻影が潜むのは、筆鋒を根こそぎ使って紙にダイビングした後のサルベージ効果ゆえ…ではないかと思えてくる。
 …あ、そうそう。隷書で思い出したけど、完白山人(石如の事ね)や呉譲之のを西川寧が解説すれば完全な蔵鋒になる模様。ところが側筆系の隷書はマッタリ濃厚な趣を欠く~例えば文徴明とか。…そう云や文徴明の書は江戸時代の日本にも入ってきてたっけ。巻菱湖の書いた隷書赤璧賦は曹全碑ベースだが書法は文徴明のそれ。だから薄味になる。そこに開国ショックが来る。楊守敬が清国から拓本などをゴッソリ持ち込んだ。日本は東西双方に対して文明開化を目論んだ。必ずしも西洋ばかりを向いていた訳ではない。日本の「支那かぶれ書家」達が本格的に学び始めたもんだから、仮名の方は孤立無援となった観なきにしもあらず。漢字・漢学側の書家は支那文物の摂取で手一杯。国語関係者は英語国語化論の相手をするだけで手一杯。
 そんな中で「国語が生まれる」。学制が定まり、国定教科書が編集される…。


(更に余談)
 白昼夢を見た。小学生らしき美少女が三人、テレビの中から「苹!変態!大胆!」と叫ぶ(空耳…)。こんな可憐なチルドレンに萌えるのは何故だろうか。~以前アニメの「ハヤテのごとく」に言及した手前、たまには後継番組に言及してもどうって事はあるまい。
 アニメと云えば、先日の支援板でネタにした「コードギアス」のDVD&BD発売日は今月22日だよなあ…。あたしゃ買わないよ。そんなカネも趣味もないし、偶々VHSに録画したテープが手元に残ってるだけ(そのうち別番組で上書き消去される事になる)。第二弾(R2)は放送済みの全話がまだ残ってるけど、第一弾のは最後の数話を残して総て消去済み。~ただしカレンのヌードが出てくる回はまだ生き残ってる。島流しの回が全部と、シャワー浴びてる最中ルルーシュにナイフ突き付ける回のが半分と。
http://d.hatena.ne.jp/GiGir/20080619
http://www.moonlight.vci.vc/misc/Code_Geass.html
 ところで~海外からの反応、遠藤浩一先生ならどう思うだろうか(ボソッ…)。



7263 Re:余談の余談 ミッドナイト・蘭 2008/08/19 22:22
男性 会社員 A型 東京都
短返レスですみません^^

書道教科書の話は、さりげなく聞きだすので、続報をお待ち下さい。

今、「輝け! 天才バカ板!」で転載している岡山シリーズのオタク少女は「コードギアス」ファンのようでした^^;



7264 余談の余談の続き 苹@泥酔 2008/08/21 00:49

>>No.7263
>岡山シリーズのオタク少女は「コードギアス」ファンのようでした^^;
 …て事は、「R2」でなく第一弾の方ですね。テロ絡みで物騒なアニメだ(苦笑)。因みに昨夜は初めて2chの海外反応スレを見てビックリ。真偽は定かでないが中国系の腐女子、ロリ系の「天子様」に仕える軍人キャラの美貌にメロメロだそうな…。

>書道教科書の話は、さりげなく聞きだすので、続報をお待ち下さい。
 何かあれば、よろしくどーぞ。(平伏)


 それはそれとして、…うーん。
 折角だから、これまで何年もの間「書くのを躊躇ってた」事を書いてみるか…と思ったら予想通りの脱線ばっか(汗)。取り敢えず教員免許と師範免状の違いには少しだけ触れたけど、これって見方次第では藪蛇のネタだからなあ…。
 そもそも何故これまで書けなかったんだろーか。支援板に稽古ネタを出して初めて伏線が形になり始めたとも云えるし、稽古を学校に持ち込む事の是非が曖昧なうちは確かに書きにくい。
 なにしろ再生機構側の先生方が取り組んでる道徳教育だって、ちょいと言い回しを変えれば「道徳の稽古」になるでっしゃろ。仮に稽古を行為と捉えるなら、行為の中身が道徳って事になって尚更ややこしい。見方次第では行為そのものが道徳でもあるから、道徳と稽古との一体性から「行為を抽出する」行為自体が自己言及的な破綻を内包する事にもなるし、しかも大抵の稽古は別の何かを中身として学ぶ訳だから、「書道の稽古」や「相撲の稽古」等々の全体それ自体が道徳的とも云える。従ってこれを学校教育に敷衍した場合、「数学の稽古」や「理科の稽古」などを通して道徳を涵養する事は可能な筈だから、道徳教育不要論もまた同時に提起可能となる(これって論駁しきれるのか?)。
 しかるに書道の場合。
 仮に稽古を行為の芯とするなら、その中身が学校的でも塾的でも大して変わり映えしない筈。だから塾側の稽古を学校に持ち込む事が可能になるし、実質的には教員免許を無効と見なしたって構わない。そこが音楽や美術と異なる。どちらも西洋音楽や西洋美術が中心で、三味線や尺八などの和楽器は部活でやるのが多い筈(日本画や水墨画を学校でやるケースはどうなんだろか)。文化祭で部活を覗くと、茶道だか華道だか忘れたけど~こちらで見かけるのは総て小堀遠州流ばっか(他の流派があるのかどうかも分からない)。
 或いはそれぞれを流派で括る見方が間違っているのかも知れない。しかしそれでは済まないのも確か。そこに伝統文化の厄介な側面がある。例えば今の書道の流派は全部が明治以降のもので、それ以前のは専門家筋でも殆ど語られてないもんね。文献には定家流とか青蓮院流とか大師流とか出てくるけど、それらの稽古の実際は総て閉ざされていて「今あるのかどうか」すら外からは窺い知る事ができなくなっている。この手の事情は皇室とて同様かも(御進講役の桑原翠邦は比田井天来の門下だから明治以降の筋)。尤も、仮名書道の方面はどうだか分からんが。もしかしたら和歌の方面で融合しているのかも知れないし(以前「良子親王」の落款がある和歌書幅の写真を本で見た時そう感じた)。
 こうなると教科書の話からも教員免許の話からも思いっきりズレてくるでしょ(苦笑)。そんなこんなで、脱線の必要を感じれば感じるほど書きにくくなってくる。…見てる人が居ればの話だけど、差し当たっては道徳を論じてる方々の参考か何かになるなら幸甚。


(追記)
 …まだまだ書き足りない。遺言代わりにしては往生際が悪いな(単なる愚痴とも云う)。
 んでもって話は道徳。これを突き詰めると滑稽な状況が生まれたりもするだろう。…ちょいと想像して貰いたい。例えば日本史の勉強をする前に三十分間の座禅をする。先ず日本の雰囲気を味わって、それから授業に取りかかるのだ。長崎の鐘がゴーンと鳴る。ナマンダブ、ナマンダブ。日に三度反省して「あやまちは繰り返しませんから」とお経を読む。残り時間で短く授業を済ませる。入試を度外視すればそれで充分だ。勉強したい奴は塾へ行け。学校では日本史の稽古をし、他の勉強は塾でするのだぁ。
 道徳に託ければ何でも出来る。中身を型でごまかして精神修養。そんなイメージの科目は書道が筆頭格だろ。塾より学校の授業の方がレベルは低い。そんなのが無駄な事は教員・生徒・保護者の皆が分かっているので、暗黙の諒解に基づき「書写未履修」と相成る。国語の教員採用試験に書写実技試験があるでもなし、その辺は県教委の面々も先刻承知ってこった。
 学校でも塾でも、日本史なら学ぶ内容はほぼ同じだろう(教え方は異なるが)。ところが書道の場合、塾では学べば学ぶほど流派に向かい「学校教育から乖離していく」。…教委は教委で、教員配置段階の工夫を凝らす。学校教育の専門教員を初めから採用せずに、民間の「塾の先生」で代用する。つまり「塾が学校を征服する」形になる。塾と学校が同一路線上にあると盲信する人に限って「それで学力が向上するならいいじゃないか」とアッサリ容認する。塾方式の学力向上が学校教育の不要性を裏付ける。こうしてパラドックスが完成する。
 こうした状況が既に成立している以上、塾と学校では何が異なるかを皆が経験的に納得できる形で示すのは難しい。流派それぞれの提起方法を単線型と複線型に分けて捉えれば前稿・前々稿で軽く触れた通りとなるが、複線型の流派を単線型に組み替えるプログラムが学習指導要領に組み込まれている点については当方まだ触れていない。

 経験的な構図は経験者にとって分かりやすい筈だが(前稿・前々稿の例で云うと、一つの古典が多様な顔を持ち、それが臨書の過程で顕在化する事とか)、逆に煩雑と映るなら~いっそ教条的な構図にでも仕立ててみようか…。
 従来型の学校教育は教条的手法を用いて指導効率を向上させてきた。それを経験主導型に組み替えようとしたのが総合学習のイメージに結節するタイプの曲解型「ゆとり教育」で、その失敗が学力低下を招いたと解釈するのが嘗て「つくる会」に結集した方々なのだろう。~教条型は必ずしも詰め込み型ではない。私の云う教条型にはチャートを用いる手法なども含まれる。整理された図式を最大限に活用し、伝達や応用の効率を高める事により経験の一部を補うのが私の基本的な手口だったが、主要科目では誰もがやっている筈なのに何故か現場では評判が宜しくなかった。経験・体験型のイメージに囚われた人が多いためだろうと私は思っているが、そればかりではあるまい。
 経験・体験にはヴァーチャルな側面が含まれる。例えばスポーツ観戦の場合、解説者や観客は「自分が選手でもないのに」あーだこーだと論評・分析を始めるだろう。音楽家や美術家・書家の中には「自分で出来る訳でもないのに文句を云うな」と不満を露わにする人も居る。とどのつまりは「自己実現に他者(観客・聴衆)の横槍など必要ない」という訳だ。必要なのは審査員や権威であって大衆はどうでもよい。大衆に教条的権威はない。それはそれでいい。しかし大衆には最低限の観客経験が欲しい。オリンピックのレスリング感覚で「プロレスは反則だらけだ」と難じたり、プロレス感覚で「オリンピックにも流血を」と無い物ねだりする様な真似はいただけない。ヴァーチャルな経験は観客としてのモラルに通じる。
 ところがどうした事か、それ以外の領分ではリアルな体験を経験一般から聖別する向きが少なくない。観客不要の芸術家が一例だが、それはそれで分からぬでもない。無知な観客にモラルはない。学校教育でも観客モラルの指導(所謂「鑑賞教育」)は殆ど行われず、リアルな体験としての実技指導が中心となりやすい。彼ら教員はリアルな体験とヴァーチャルな経験とを区別していない。リアルな体験の質的向上には時間がかかるから初歩的な段階に留まる事が多いが、それを補う意味でヴァーチャルな経験指導を教条的手法で行うと、今度は体験至上主義の立場(?)から「教える内容が余りに高度」「専門家にする訳ではない」などの文句が出たりする。「ゆとり教育」が本格化した初期の出来事である点はいったん差し引くとしても、こうした文句のどこに学力低下・経験力低下以外の効果があると云うのか。経験と体験についての過剰な混同と区別が悪循環に陥った結果、「ゆとり教育」は(上意の如何を問わず?)草の根で歪められてきた。

 この事について支援板中心にあれこれいじくってみた結果、「高校教育は不要」「予備校化と専門学校化による教育偽装」との解釈が出てくる。「ゆとり教育」の推進にも撤回にも未来はなかろう。複線の戦前教育やドイツの教育とは異なり、現行の単線型高校教育自体が既に飽和状態かつ「賞味期限切れ」となっているからである。
 …蘭様の立場は「反‐つくる会」らしいから、ここでは取り敢えず教育再生機構側を仮想して書こう。
 上記のあれこれについて、TOSSの方々あたりはどう思うのかしら。何かレスポンスがあれば嬉しいけど…此処を誰も見てないならそれはそれで致し方ないか…(こーゆーのも巷間「無い物ねだり」と云うらしき事くらいは承知の上だけど)。



7265 Re:余談の余談の続き ミッドナイト・蘭 2008/08/21 22:33
男性 会社員 A型 東京都
何か書こうと思ったのですが、正直、今、ソフトボール女子の金メダルで感動してます。

昨日から、凄まじい緊張感の二日間でした。

ドラマチックは不滅ですね!!!

「ゆとり教育」については、私も、あまりにもの悪玉扱いは危険だと思っています。

ゆっくり考えたいです^^

「恥を忍んで」02

苹@泥酔

2021/04/17 (Sat) 21:54:36

8【再掲】「恥を忍んで」02 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/26 (Thu) 00:31:16

【再掲】「恥を忍んで」02
7266 余談の余談の続きの蛇足 苹@泥酔 2008/08/22 02:44

 毒を食らわば何とやら、勢いで書かなきゃ書けなくなる。前稿(No.7264)は「これで一区切り」のつもりで書いたものの、書き忘れた事があったのを思い出したので「今度こそ最後」のつもりでまたまた追記(二度ある事は三…いや、なるべくなら避けたい)。

 「何でもあり」と「道一筋」はどう違うか。~今夜のネタはNo.7257とNo.7262の敷衍。
 様々な書風でしょっちゅう書き分けてるのは書道教員くらいのもので、大抵の書家は普通「自分の(属する社中の)書風」で書く。つまり異常なのは(世間的に見りゃ)書道教員の方なのだぁ。その上「どの書風でも書家並みの水準で書ける人」となると滅多に居ないし、現に私自身「出会った事は一度もない」(ここには「そもそも日展審査員クラスと出会う機会自体がない」って事情も絡むんだけど)。殆どの書家は一つの書風を極めようとするだけで手一杯。そして書道教員は「広く浅く」と「狭く深く」との間で常に板挟みとなる宿命にある。
 巷間には書道教員と書家を混同する人が少なくない。教育上「異常な宿命」の下にある書道教員が社中で活躍する…そんな姿を見れば混同するのも無理はない。と云うより「混同せざるを得ない」のかも知れない。例えば或る政治家が自民党と公明党と民主党と共産党と社民党に属していたらどうか。誰だって異常者か八方美人と思うだろう。池田大作と靖国神社と中国共産党に参拝する神経を想像できるか。出した例が不適切なのは分かっているが、不適切な捉え方には不適切な喩えが相応しい(かもよ?)。
 某先生が十数年前の正月、社中展を見に来た高校の同僚らしき人と何か喋っていた。その人は「先生だか書家だか分からんな」と言う。某先生は即座に「先生だよ」と応えていた。…私はこの遣り取りに潜む矛盾の恐ろしさがずっと気になっていた。書家にも書道教員にも「骨になる書風」が必要なのは分かる。骨抜きの「何でもあり」では困る。書家として振る舞う場所では教員としての抽斗そのものを隠すが、この抽斗なくして書家としての厚みは語れない。そうした経験があるからこそ、二足草鞋の教員は隠されたものに対して敏感となるのだろう。彼らは見えないものを見ようとする。しかしそれでもなお、展覧会では書家として振る舞わねばならない。書家として振る舞う場所にあって「先生だよ」と応える事の矛盾が、今度は逆に「骨を包み隠す」事になる。
 教員である事の皮肉が骨を包んで初めて皮肉骨適均する…と仮定するなら、剥き出しの骨を基準に教員の質を測るがごとき生体実験は残酷と云うより他なかろう。多分そこに書道教員採用試験を実施する意味がある。
 展覧会の実績は骨格標本の展示と大差あるまい。死者の骨格標本だけで評価するならまだどうにか割り切れる。書道教員を廃絶して、書教育を書家に丸投げすればよいのだから。これならわざわざ学校で書道を教える必要はない。バウチャー制か何かを導入して、生徒を学校から書塾に追い出せばよいのだ。するとそこでは学習指導要領の方が矛盾の一切合切を抱えて自爆する。書家に指導要領への準拠義務を課す方が異常となる。
 ここから逆に書道教員の在り方を剔出すると、その生々しき血肉は常に腐敗と隣り合わせになるだろう。生者の肉塊と死者の標本を天秤に掛ける場合、確かに後者は安定している。…この手の安定性は生者達の世界から孤立する。そして生者達は死者の復活を望まない。にもかかわらず指導要領上、死者はゾンビとなって復活する事になる。生者としての復活が否定されたら死者はゾンビになるしかないし、復活そのものを否定するなら学校の書道カリキュラム自体を葬るしかない。ここではナチス然とした「文化の最終解決」が問われているのではなかろうか(「反日実験人格」でない方の苹が学校と県教委を敵視するかの様に振る舞うのは、そうした事情あるがゆえである)。


(更に余談)
 鑑賞眼を重視するなら書道教員には優れた作品を書く実力が求められるし、具体的指標としては「日展入選」レベルの経歴があらまほしきもの(青森なら毎年数名入選、ただし通常は全員が高齢リピーターだから県教委は事実上正規採用不可能w)。…見る人が見れば技能水準は一目で分かる。しかしそんな鑑賞眼の持ち主が教員採用担当者の中にどれだけ居るかは心許ないし、下手をすると特定流派に偏った人材選別がなされる結果、コネ採用の最も不穏当な部分を治外法権の状態に置く事となる。
 流派とは大概そういうものなのだろう。嘗ては地域に密着した稽古事の代表格で、その名残が今も根強く定着している。幕末・明治もそうだった。しかし当時は門流の分化がさほど進んでおらず、こちらの田舎では教科書自由出版制時代の系統と国定手本時代の系統がそのまま地域密着の門流と重なっていた。そうした準‐未分化時代の地域定着傾向を書流分化時代が承け継ぎ、文検全盛期には流派側の師匠が教員を兼ね、敗戦後は書教育そのものが占領政策で廃止に至る。つまり地域文化としての流儀書道は残ったが、学校教育の書道は壊滅した訳だ。県教委は書教育復活後の正規教員採用試験実施を自粛し、その影響が半世紀以上を経た現在も残っている。ここ数十年は大学の教員養成システムを経た人材が、地域密着型流儀書道により鋳直される形となっている(見方次第では「教員教育の歪曲」となるあれこれを背後で支援してきたのが「畑違いの職場管理職達」…この手の話は昨今の教育委員会不要論の下部レイヤーに相当するのかも)。
 「これではいけない」との問題意識があったかどうか定かでないが、ともかく大学側は国語教育の傍系で流派の先生を講師に招き入れた。流派が大学教育を牛耳れば一切合切が解決する。流派による大学教育側の自己限定が地域の特徴を他の地域から切り離した後、やがて大学側が共通一次やセンター試験に寄生する形で全国規模の公平な入試選抜を偽装する様になる(この件については若干の情報を十数年前に得ているので、いつか支援板で詳しく書いてみたい)。

 てな訳で、今回はこれにて打ち止めの予定。(折を見て、支援板へのリンクも予定。)



7317 あけおめ、ことよろ。 苹@泥酔 2009/01/02 01:11

 ミーの本来なら爽やかな筈の元日の朝は、(何度もショックを受けたんでよく覚えてないけど)あれは日テレ系列の番組だったかな、ピチピチ女子高生がいっぱい出たよ♪(それにしても…書道部の印象は普通ネクラでオタっぽいブス寸前が多い筈なのに、なぜ美女ばっか出てるんだ?)
 差し当たり暴言陳謝(平伏)。…とどのつまりは全国各地の書き初めネタだが、多くの人がイメージするだろう中身とは全然趣向が違う。ここ数年あちこちで盛り上がりつつある「パフォーマンス書道」ってやつで、「躍り食い」ならぬ「躍り書き」がちょいとばかりセクシー(?)だったりするもんだから、二日酔いの私に一発かますにはそれこそ充分だった訳だ。
 そこで取り敢えず感動まんまの記念カキコ。年始の挨拶を兼ねて、セレブ奥様んとこに書いたのを転載してみる。書いた場所が場所だから結局は西尾ネタと絡めたオチになるんだけど、時系列上では前稿(No.7301)で転載したのを書いてる途中の挿話にあたる。…ま、要はありきたりの正月ネタって事でござんす。
 なお、連ねるツリーは前稿の後でなく、夏に書いた書道ネタの方にしとくわ。

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 今度こそ非表示余談(駄文の連続でセレブ奥様、ウンザリしてたらゴメン…汗)。
 禅林墨蹟を見ると、起筆の際には時折飛沫がある。中には豪勢なのもあって、大抵は大字ばっか。それらの影響あっての事か、昨今は書道パフォーマンスでバカでかい筆を用いる傾向が流行りらしい(機会あらば只今発売中の季刊『墨』195号P.132を参照されたし)。昨昼も一昨夜もBS日テレで「キズナのチカラ」第16回(↓)を流してたと思ったら、昨夜は駄目押しに「NHKよ、オマエもか」(笑)の体となっていた。こっちの再放送は来週土曜午前だそうな。番組名は「ヒミツのちからんど」(↓)。柿沼氏の模範揮毫は「力」第二画の中鋒が本格派の面目躍如。
http://www.bs4.jp/entame/kizuna/oa/thisweek/index.html
http://www.nhk.or.jp/chikaland/yotei/index.html
 ところで~産経サイトの教育欄に、見方次第では稍やトンチンカンと映る記事がある(↓)。「精神の変質」に横書きが絡む云々。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/081113/edc0811130803000-n2.htm
 分からぬではないが、それと似通ったレベルで云うなら飛沫もまた同工の筈。…大字を書く時、勢いよく起筆すると飛沫が生じる。つまり筆を「外から内に持ち込む」メカニズムに於てのみ飛沫が語られがちとなる。これは非常によくない。黒船指向、受け身の指向が、飛沫に籠められた魂の戦慄きを根本から牛耳っている。
 禅林はさにあらず。例外はあるが、抽象的に云うと抑も飛沫は筆の「しくじり」と相似たり。それを丸ごと受容するから、却って「全体が内から発する」。外から持ち込むのではない。内側からの発露に飛沫が伴う。その点を根本的に誤解させる教育が書道界でも跋扈している(それと似通った歪曲事例は自衛隊や政界の周縁でもある模様)。
 具体的に云うと、起筆の際に筆鋒が屈曲して弾力を蓄える。それが次の送筆に移る時、しくじると筆尖が余りの送筆の動きに耐えきれず跳ね返る。…地震メカニズムの説明図を見ると、プレートに引きずり込まれた岩盤が跳ね返るだろう。あれと同様に筆尖が元に戻り、その際に飛沫が「内から飛ぶ」。外から持ち込まれる時に飛ぶのではない。次の送筆動作に移るからこそ、筆尖が「逃れようとして」外へと飛ぶ。そこには先ず魂プレートの求心的作用がある。これを欠いた書は根本的な筆力を欠く。飛沫に囚われて筆の方向を失うと、却って精神の変質を招く羽目になる。
 その点、西尾先生の筆力には魂プレートを体現するかの様な強靱な戦慄きが感じられる。それが読者を自然に保守の渦へと巻き込むのだろう。禅林墨蹟の最も肯定的な「しくじり」には西尾先生の代表作と同様、淡々とした伝統と素心が一見相反したまま同居しているかの様に思える。たといそれが福田先生とは別の帰結に至るとしても、飛沫に惑わされて動きを見失う様では「読者として」の沽券に関わる(なんのこっちゃ…汗)。
 次回コメントは、『WiLL』新年号の拝読後とする予定。
2008.11.17 (00:58) / / [EDIT]
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7318 あお、こよ。(更に略^_^;) ミッドナイト・蘭@職場 2009/01/02 07:49
男性 会社員 A型 東京都
>  ミーの本来なら爽やかな筈の元日の朝は

ミーに笑いました。
私は大晦日仕事納めで、本日仕事初めです(^_^;

まっ、まあ、「甘噛み!天才バカ板」のほうで<ナカデミー賞>を発表しているのでお読み下さい(o^_^o)



7584 石原都知事は非正規雇用九割を黙認? 苹@泥酔 2009/07/04 02:12

●二つの記事から
 「学校で何を学ぶのか」が揺らいでいる。歴史と伝統を継承し発展させる…などと云えば聞こえはよいのだろうが、現実味は乏しい。そこで先ずは朝日の記事から(↓)。
http://www.asahi.com/national/update/0623/TKY200906220340.html
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>>仕事直結の授業中心、「新大学」創設へ 中教審の報告案2009年6月23日3時0分
> 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は22日、会議を開き、職業教育に絞った「新しい大学」を創設する方針を打ち出した。教養や研究を重視する今の大学・短大とは別の高等教育機関(新学校種)。実務の知識や経験、資格を持つ教員が職業に直結する教育を担う。実現すれば、高校卒業後の学校制度が大幅に変わることになる。
> これまでの議論では、新大学の名称は「専門大学」「職業大学」などが考えられている。報告案によると、新たな教育課程は、実験や実習など仕事に直結する授業に重点を置き、割合として4~5割を例示している。このほか関連する企業での一定期間のインターンシップを義務づけ、教育課程の編成でも企業などと連携する。修業年限を2~3年または4年以上を考えている。
> 中教審での議論は、就職しても早期に仕事をやめる若者が増えていることや、かつてと仕事内容や雇用構造が大きく変わったことから始まった。この過程で、一般(教養)教育や研究に多くの時間を割く、これまでの大学と目的が異なる新たな高等教育機関の設立が具体化してきた。
> 今後の議論を踏まえて方針が了承されると、文科省が制度設計の作業に入る。設置基準などの仕組みができれば、新大学への移行を希望する専修学校(専門課程)などが集まるとみられる。
> ただ、現状の専修学校の制度は、私学助成対象とならない代わりに設置基準が緩く、自由な運営や教育ができる。また新大学が、地域の大学や短大などと競合する場合もあり、反発が出る可能性もある。22日の会議でも「現行の大学にも多様性があり、議論は尽くされていない」との反対意見が出た。中教審は今夏をめどに報告をまとめる方針だ。(編集委員・山上浩二郎)
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 「大学」という呼称には奇妙な魅力を感じる。学問の頂点に権威を垣間見たり、受験競争を勝ち抜いてきたプライドが社会的地位と連動したり。それは「資格」以上の何かとなって、自らを枠組みもろとも差別化する。私の様に、例えば専門学校と専修学校の違いに鈍感なら尚更、この「大学」というイメージはいっそう超俗的に聳え立つのだ。大学と大学院の違いなんかどうでもよい。
 この超俗的イメージが大学から抜け落ちつつある。これを教育の劣化と結びつける向きも多い。修業に予め超俗を前提し、そこから還俗して初めて立派な社会人と云えるかのごとく見るならば、「ブランドとしての大学」と「大学のブランド」の相互補完関係により守られてきたものが大学以外の教育を吸い寄せるのは或る意味「自然な成り行き」なのだろう。
 ここでは「超俗」と「還俗」、二つのキーワードを提示して置く。中教審の議論は、専修学校と大学の地位がそれぞれ教育目的から乖離していくかのごとき有様と関わる。それを今一度の「大学化」により引き戻そうとしているかの様に見えるからだ。

 次に産経記事(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090624/imp0906240843001-n1.htm
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>>【断層】大月隆寛 大学最前線の現実
>2009.6.24 08:43
> 大学もやっと世間並み、のようです。中身じゃなく、このところの淘汰(とうた)再編の顛末(てんまつ)です。
> 上から下まで、少子化に伴う構造的な経営危機が平等に襲来、「ゆとり教育」の弊害による「学士力」の低下、ロースクール以下考えなしの大学院改革から、特亜限定かのごとき大盤振る舞いな留学生政策に至るまで、文科省のやることなすこと全て裏目の自爆の連鎖、そしてここにきて、おそらくは業を煮やした財務省じきじきの大々的な経費削減の大号令…とまあ、どっちを向いても斜陽業界には断末魔の兆候だらけ。もっともらしい批判や提言は一層花盛りで、船頭多くして何とやら、ますます事態は混迷を深め、最前線は各個に孤立、補給もないまま枯れてゆくところまで、ああ、見事に昨今のニッポン社会、「戦後」の清算過程の縮図です。
> 地方の大学に身を置く余録で、それら大本営発、上から目線なもの言いとは別の風景も日々目の当たりに。学費を払えなくなる学生が静かに増え続け、奨学金を親が生活費として流用する例も珍しくない。高卒での就職が難しい分、商工業系の高校、急増したフリースクールや通信制高校からも進学希望者は当面微増の一方、これまで何とか維持されていた「大学」への期待に翳(かげ)りがありあり。いまや三年の今ごろから「就活」で、学生らしい期間はほぼ二年、かつての教養課程程度。「初年次教育の充実」てな能書きと共に「ゆとり教育」の尻ぬぐいまで全部現場にまわしていただくかたじけなさ。「豊かさ」のなれの果て、大学進学率50%超えの現実とは果たしてどのようなものか、つぶさに見聞させていただいている昨今であります。(札幌国際大学教授)
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 仙人なら霞を食って生きていけるかも知れないが、そんな超俗・脱俗の心境にはなれそうにない。…わざと曲解するなら、多分そんなものは要らない。仮に超俗を「世間知らず」、脱俗を「引き籠もり」と言い換えるなら、大学生がニートや犯罪者になるのは必ずしも不自然ではなかろう。世間はそんなに甘くない。大卒や院卒の肩書きで食っていけるなら誰も苦労しない。或いは大学もまた、変人を淘汰する段階に来ているのかも知れない。…いや、それよりは解釈の変更により「変人の再生産」に取り組む方が話は早いのかも(例えば「マルクス主義者は時代遅れの変人」とか)。大学は変人を生産しつつ、変人の生きにくい場所へと生まれ変わる。
 ちょいとばかり視線をずらして、仮に「超俗の目的は還俗」としてみよう。オウム信者の大学生が超俗に魅入られたのなら、真面目な信者ほど還俗へのアンチテーゼを抱え込む事になるだろう。「学生を取られてなるものか、いっそ大学が開き直れば~」との思いが潜んでいるかどうか定かでないが、ともかく大学が超俗への指向をかなぐり捨てれば「超俗の共犯関係」(?)を背負わずとも済む。するとやがて教育産業は下から上へと浸透し、更なる経営努力が重視されるに至って、学問は「精神の海外」に向かっていっそう超脱していくだろう。或る俗世間から別の俗世間へと超脱していくプロセスを遊牧的と形容するなら、そうした在り方の典型は私の場合、なにやら移民の様な在り方と重なって見えてくる。場所から場所への移民ではない。場所が同一でも「精神の移民」は可能である。
 例えば移民国家アメリカでは、これまで何度も国内移民を繰り返してきた。見方を変えれば奴隷貿易も西部開拓も移民だろうし、第一次世界大戦で労働力不足が起きた時は農村部の黒人が都市部に移民した。近年では台風被害の甚だしき黒人都市で人口流出が起きた様だが、これも大袈裟に云えば移民。~ここでは「移民」の概念を集団的視点から個人的視点に変換しないと多様性が量的にも質的にも宙に浮き、概念自体が言葉から逃走・分散してしまう。そうした意味では所謂「頭脳流出」もまた、或る「移民」の形と捉えるべきだろう。ここでは「移民」状の群れが貨幣の様に流通し、なおかつ場所の中身を両替する。


●公教育再生と公務員改革
 都議選が始まる時節、これもまた産経(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/090622/edc0906220256000-n1.htm
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>>【主張】教員確保策 こんな競争は歓迎したい
>2009.6.22 02:56
> 東京都教育委員会が、教員採用試験にあたって地方の教委と提携を進めるなど、意欲的な試みを進めている。授業が面白い、指導力のある先生が増えることは公教育再生のカギで、全国規模での工夫を歓迎したい。
> 東京や大阪など大都市圏はいま「団塊の世代」教員の退職期にあたり、新規採用数が増え、人材確保が大きな課題となっている。小学校教員を例にとると、昨年の競争率は東京で2・5倍など、首都圏は軒並み3倍を切り、質の確保に懸念がでているという。
> 一方、地方では東北、九州などで10倍を超える県は珍しくない。団塊の世代の退職者が少なく、民間企業も限られていることもあって、教職は狭き門だ。
> 教員採用試験は都道府県などで別々に行われている。都教委などは地方で試験会場を設け、優秀な学生の獲得に懸命だ。
> 都教委の新たな採用策は、地方の教委と協定を結んで試験問題を一部共通化し、地元の1次試験に漏れた学生でも、都教委の2次試験を受けられるようにするものだ。来年夏の採用試験から導入を目指しているという。
> 地方の高倍率の1次試験で、わずかな点差で落とされた学生の中には、教員として十分な資質をもつ学生も少なくない。人材確保策として有効といえる。
> 「教員争奪戦」という言葉も生まれている。大都市圏への人材の一極集中を危惧(きぐ)する意見もあろうが、都教委は採用後に東京で一定期間経験を積んだ後、地元に帰れる制度も検討するという。実現すれば人材交流など、教員の育成面でメリットは大きいはずだ。
> 良い先生を増やす方法は、採用だけにとどまらない。教員養成も大学だけに任せず、教職を目指す若者を対象に、自治体独自の実践的な「師範塾」などを開いて育成する教委もある。
> また優秀な教員を特別に「スーパー教師」などに認定し、待遇面も含め評価する制度を導入する教委もでてきている。教職につく魅力を高める努力が必要である。
> 大分の教員採用汚職事件が発覚して1年がたつ。各教委は試験の透明化を進めたが、力のある教員の育成にはまだ改善の余地が大きい。今年度から教員免許更新制も始まった。10年ごとに講習を受け指導力向上を図るねらいだ。国も各教委も、競い合って優秀な教員を育ててもらいたい。
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 この手の競争は観点次第で変わる。霞を食って生きる仙人教員が求められている(?)なら尚更そうだろう。嘗てそこにあった超俗の場は既に古びている。その典型が「古びているがゆえに追い出される」としたらどうか。
 東京都教育委員会の管轄…と捉えて構わないなら、都立高校の教員分布には興味深いデータが見られる。なんと、芸術科書道担当の臨時講師が一人も居ないのである。その代わり専任教諭が一名、兼任教諭が一名、非常勤講師が百二十名。これが都立高校全部を調べた結果だそうな(後述)。
 すると産経記事への見方が変わってくるだろう。一方には非常勤講師で間に合っている科目があり、一方には極端な人材不足に陥っている科目があるらしい。…この落差、余りにも極端ではないか。都立高校全部を合わせても書道教諭は二名で足りる(?)のに、猫も杓子も都会では教員不足だと騒ぎ立てる。そこにはどんな魂胆があるのだろうか。もしかしたら正規教員は、どの科目でも不足して居ないのではないか。むしろ教諭のポストが過剰なのではないか。教諭を減らして非常勤講師で間に合わせればよいではないか。しかしその非常勤講師が足りない(?)から教諭のポストを餌にする。表向きそう見えてもおかしくなかろう。
 実際、現場で不足しているのは教諭でなく講師の方らしい。偶々録画してあったNHK「クローズアップ現代」No.2655も、タイトルは「教育に穴が空く~“非正規”教員依存のひずみ~」だった(ただし番組内容は広島の事例)。通常は教員採用試験で正規採用された合格者が教諭になる。また不合格者にも実務への門戸は開かれており、講師採用の希望を出せば相応の人数が現場に入っていく。つまり~便宜上ハローワーク風の語彙を用いると、就職希望者数が求人数を下回らない限り量的な影響はない。
 すると残るは規定量の範囲内での質的区分。これをテストの評定に見立て、仮に教諭を評定5、臨時講師を4、非常勤講師を3としてみよう。相対的に「評定5」のポストが増え過ぎた分を4や3の頭数から移す場合、その分が減れば人材不足に見えるのは当たり前だし、教員の質の低下を憂慮したくなるのも分からぬではない。他の不合格者(評定で云えば2や1に相当)を頭数に入れないから「人材不足に見える」面もあろう。そして実質的には5の仕事を4もこなす。かてて加えて財政不足。この辺の事情は教員以外の公務員でも似たり寄ったりである。ならば「教員が足りない」は「公務員が足りない」キャンペーンのモデルケースともなり得る筈。現在は公務員社会にも教員社会にも、人材派遣業を含めた或る種の「垂れ流し」システムが入り込んでいる(No.7164中のリンクやNo.7410中の朝日記事を参照)。
 記事の方には「教員争奪戦」云々と書いてあるが、「公務員争奪戦」てぇのはあり得るのか。例えば夕張が全国から優秀な公務員を掻き集めるとする。給料が安く割に合わない。地元からの雇用は減り、土着民と余所者との軋轢も生じる。なんなら正規の公務員採用人数を減らして、その分を「派遣切り」の救済に回してみるか。これなら受験資格も緩和できるし、民主党あたりなら「正規の公務員でないのだから日本国籍でなくても構わない」「先ず現場に親しむ事が肝腎」などと言い出してもおかしくなさそう(なにしろ「日本は日本人だけのものではない」だもんね)。
 日本人の英語教諭を減らしてネイティヴの英語指導助手(ALT)を増やす様に、全方位的に非常勤の専門家(?)を現場投入すればどうなるか。常勤では学校や官公庁が乗っ取られかねない。そこで例えば学校では、担任や校内分掌を任せないために総て非常勤講師とし、校務分掌に関与する常勤の臨時講師を絶滅する。とどのつまりは「学校運営に携わる正規雇用者」と「下請けの非正規雇用者」との二極分化方針とする訳だ(官僚に喩えるならキャリア組とノンキャリア組)。
 たぶん都教委は、私の想像以上に物事をシビアに捉えているのだろう。犠牲になるのは専門家=請負職を中心とするインテリ底辺層であり、総合職(官僚?)が専門分野を支配する構造は何ら変わらない。ゆえに私は疑問を呈する。「石原都知事は非正規雇用九割を黙認?」と。


●拾遺
 前々から何度も書いている事だが、こちら青森では「教育に芸術は必要ない」と明言した管理職が居た(後に弘前市教育長となった)。東京にもそれと似通ったメンタリティがあるのかも知れない。国語の枠組みで書写・書道の実技試験等々を実施する手もありそうではあるが、芸術科書道と国語科書写では縄張りが違うので、高校では自ずと教員採用試験そのものが実施されなくなるのだろう。現場は現場で非正規の講師を雇うしかない。青森の場合は暗に国語経由の裏口採用方式を奨励しているが、東京では教諭になるための門戸を開かないのが都教委の方針、現場の常識、伝統である。長崎や鳥取も四十年近く実施していなかったが、どうやら鳥取は改心(?)したらしい。
 かれこれ七、八年くらい経つだろうか。天来書院サイトの付属掲示板で話題にしてみた事がある。すると斯界ではそこそこ名の知られている筒井茂徳氏が実名投稿、東京都でも採用試験を実施した事があるそうな。当時の私は2001年刊の『墨』148号(芸術新聞社)P.195を見て驚いていた。神戸大学の魚住和晃教授が「東京都が戦後一貫して高等学校の教員採用試験において、「書道」に門戸を開かなかった」云々と書いていたので真に受けた訳だが、筒井先生がそう云うからには何かあるのだろうと思わぬでもなし。~本人に迷惑がかかるかも知れないので念のため書いて置く。筒井氏と掲示板上で遣り取りしたのは、後にも先にもこの一度だけだった。
 そんな経緯があるものだから、「書道美術新聞」917号(2009.6.15付)3面全文を転載せずには居られない(↓)。記事左隣には都道府県別の一覧表がある。
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> 今夏に実施される全国の公立高校における「書道」教員採用試験(平成二十二年度採用)が、近年では稀な規模の一五府県で実施されることが話題を呼んでいるが、一方で「なぜ一五府県だけなのか」「他の都道府県はどうなっているのか」とする素朴な疑問の声も改めて高まる気配だ。
> そこで、現代の「書道教育」の主戦場ともいうべき全国の高校書道教育現場における講座開設状況や担当教員の専任化率等について、公・私立の二回に分けて全高書研(全日本高等学校書道教育研究会)調査部の実態調査資料と、美術新聞社の独自取材をもとにレポートする。
> まず、公立高校(全日制、定時制、通信制、単位制)の合計数は現在、全国で四、六〇五校。ピーク時は五、五〇〇校を超えるといわれたことからすると、近年の市町村合併や少子化の影響でこの二〇年前後の間に約一、〇〇〇校減った勘定。このうち「書道」の開講数は三、三一八校で、「書道開講率」は七二・一%となっている
> この「書道」開講数は、校数の減少ほどには減っていないとされるが、都道府県別に開講状況を見ていくと、まず規模的には全国最小ながら全国唯一、一〇〇%を保っているのが鳥取で、次いで新潟、熊本、鹿児島、大分、富山、和歌山などが九〇%以上の開講率となっている。一方、開講率が低いのは長崎、愛媛、群馬、宮城で、いずれも三〇%台という状況。
> 次に「書道」の担当教員を見てみると、専任教員は全国合計で八八七名に留まっており、この「充足率」は、わずかに一九・三%という低い数値となっている。この専任教員数の推移を見ると、平成十六年度の一、〇五一名から、十八年度一、〇一一名、二十年度八八七名と、漸減傾向に歯止めがかからない状況となっている。
> なお、都道府県別では、最も専任教員数が多いのが埼玉で、開講一九八校に対し専任一一三名、「専任化率」は五七・一%。これに大阪の四二%が続き、以下、千葉、長野、和歌山、熊本となっている。これに対し「専任化率」が低い筆頭は東京で、専任教員数はわずかに一名(〇・四%)。次いで島根の一・八%から、岐阜、長崎、沖縄、山口、石川などの順となっている。
> 特に東京は、二六二校もの都立高校を擁しながら専任教員と兼任教員が驚きの各一名というのは、まさに異常事態というほかないだろう。ほぼ全面的に非常勤講師で充当しているという現状は、芸術教科を「軽視」した人事としかいいようがないと思う。石原都知事に対して、声を揃えて公開質問状でも出してはどうだろうか。
> それにしても、こうした状況を打開するために、「書道」教員の「専任化率」の全国平均一九・三%を、仮に一〇ポイント引き上げるとすれば四六一人の新規採用が必要となり、仮に全国で埼玉の「専任化率」の水準を実現するには一、七四二人の新規採用が必要となる計算で、現状とのギャップは余りにも大きいといわねばならない。
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●全国高校書道/開講状況・担当教員数(公立編)【20年度調査】
…都…∥……………公立高校………………|…………………………公立高校………………………………|採試
…道…∥………………書道…………………|…………………………書道担当………………………………|…実
…府…∥……………開講状況………………|……………………………教員数………………………………|…施
…県…∥学校数…|開講数…|…開講率…|専任…|専任率…|兼任…|臨時…|非常勤…|…計……|…回
………∥………計|…………|…………%|………|………%|………|………|…………|…………|…数
北海道∥…三一六|…一九五|…六一.七|…四七|一四.九|…五四|……四|……四九|…一五四|…〇
青森県∥……八一|……五一|…六三.〇|……六|…七.四|……三|……二|……一五|……二六|…一
岩手県∥……八二|……六一|…七四.四|…一七|二〇.七|…一一|……〇|……三三|……六一|…九
宮城県∥……八九|……三五|…三九.三|……四|…四.五|…一三|……二|……一〇|……二九|…〇
秋田県∥……六三|……二六|…四一.三|……六|…九.五|……七|……五|………九|……二七|…〇
山形県∥……七〇|……五〇|…七一.四|…一三|一八.六|……二|……三|……一一|……二九|…二
福島県∥……七九|……三七|…四六.八|…一四|一七.七|……二|……四|……一七|……三七|…〇
茨城県∥…一〇九|……五三|…四八.六|…一八|一六.五|……八|……八|……一九|……五三|…二
栃木県∥……七四|……四二|…五六.八|…一二|一六.二|……四|……二|……三〇|……四八|…一
群馬県∥……九六|……三七|…三八.五|……八|…八.三|……五|……二|……二四|……三九|…〇
埼玉県∥…一九八|…一三八|…六九.七|一一三|五七.一|…一一|……四|……五九|…一八七|…八
千葉県∥…一八〇|…一四九|…八二.八|…七二|四〇.〇|…二二|……二|………五|…一〇一|…四
東京都∥…二六二|…二二二|…八四.七|……一|…〇.四|……一|……〇|…一二〇|…一二二|…〇
神奈川∥…一八四|…一三〇|…七〇.七|…一七|…九.二|……八|……四|……五七|……八六|…〇
新潟県∥……九七|……九四|…九六.九|…二六|二六.八|……四|……〇|……四三|……七三|…三
富山県∥……四八|……四四|…九一.七|……五|一〇.四|……四|……一|……二二|……三二|一〇
石川県∥……七六|……五五|…七二.四|……六|…七.九|…一二|……一|……二七|……四六|…〇
福井県∥……四一|……三三|…八〇.五|…一〇|二四.四|……四|……〇|……一七|……三一|…六
山梨県∥……四二|……三七|…八八.一|……七|一六.七|……一|……〇|……二八|……三六|…三
長野県∥…一〇六|……八四|…七九.二|…四二|三九.六|…二六|……九|……一四|……九一|…一
岐阜県∥……九四|……六三|…六七.〇|……五|…五.三|……六|……四|……五一|……六六|…一
静岡県∥…一二八|…一一一|…八六.七|…二一|一六.四|……五|……六|……五一|……八三|…一
愛知県∥…二〇三|…一六八|…八二.八|…一二|…五.九|……〇|……一|……九七|…一一〇|…〇
三重県∥……九一|……七三|…八〇.二|…二〇|二二.〇|……八|……三|……二九|……六〇|…〇
滋賀県∥…………|…………|……………|………|…………|………|………|…………|…………|……
京都府∥……七二|……五三|…七三.六|…一三|一八.一|……九|……二|……一八|……四二|…〇
大阪府∥…一八一|…一六〇|…八八.四|…七六|四二.〇|……一|…一四|…一〇五|…一九六|…三
兵庫県∥…一八六|…一六二|…八七.一|…四二|二二.六|…一一|……九|…一一九|…一八一|…〇
奈良県∥……三九|……三〇|…七六.九|…一七|四三.六|……〇|……五|……一三|……三五|…〇
和歌山∥……五二|……四七|…九〇.四|…一八|三四.六|……〇|……五|……二一|……四四|…五
鳥取県∥……二八|……二八|一〇〇.〇|……四|一四.三|……一|……三|……一三|……二一|…八
島根県∥……五六|……三四|…六〇.七|……一|…一.八|……一|……二|……三三|……三七|…三
岡山県∥……九二|……六二|…六七.四|…一九|二〇.七|……六|……二|……一七|……四四|…三
広島県∥…一四六|…一一三|…七七.四|…二四|一六.四|……八|……〇|……三〇|……六二|…二
山口県∥……九三|……六四|…六八.八|……六|…六.五|……五|……〇|……一六|……二七|…一
徳島県∥……六二|……四二|…六七.七|…一四|二二.六|…二八|……一|………七|……五〇|…一
香川県∥……五一|……三六|…七〇.六|…一三|二五.五|……六|……三|……一一|……三三|…二
愛媛県∥……六九|……二六|…三七.七|…一四|二〇.三|……五|……〇|………七|……二六|…四
高知県∥……五八|……四三|…七四.一|…一四|二四.一|……六|……一|……一八|……三九|…五
福岡県∥…一九四|…一一九|…六一.三|…三八|一九.六|……七|……〇|……四六|……九一|…〇
佐賀県∥……四四|……三二|…七二.七|…一一|二五.〇|……〇|……七|……一二|……三〇|…五
長崎県∥……七二|……二六|…三六.一|……四|…五.六|……一|……一|……二〇|……二六|…一
熊本県∥……五〇|……四七|…九四.〇|…一七|三四.〇|…一三|……七|……二一|……五八|…三
大分県∥……五一|……四七|…九二.二|…一二|二三.五|……四|……五|………九|……三〇|…二
宮崎県∥……四九|……二九|…五九.二|…一一|二二.四|……〇|……三|………四|……一八|…四
鹿児島∥……八二|……七六|…九二.七|…一三|一五.九|……〇|……八|………三|……二四|…三
沖縄県∥……六九|……五四|…七八.三|……四|…五.八|……一|…一一|……二一|……三七|…一
…計…∥四六〇五|三三一八|…七二.一|八八七|一九.三|三三四|一五六|一四〇一|二七七八|……
※採試実施回数は過去10年間の合計回数
(情報源/『書道美術新聞』平成21年6月15日付)

 前に何度か支援板で、高校教員採用試験の実施状況などの一覧表を同紙から引用した事がある(↓)。以下、参考まで。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=2078;id=
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=2980;id=
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=3179;id=
 同紙の発行元は萱原書房(美術新聞社)。数年ぶりに覗いてみたらサイトをリニューアルしていた(講読してみたい人は各自勝手に検索してくれぇ)。…次号には「私立編」が載る予定らしい。こちら青森の様な公立校中心の田舎と違って、たぶん都会の方々にとっては興味深い記事となるのだろう。

「恥を忍んで」03

苹@泥酔

2021/04/26 (Mon) 02:06:51

8【再掲】「恥を忍んで」03 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/26 (Thu) 22:29:42

【再掲】「恥を忍んで」03
7617 「教育右翼」達の逆襲 苹@泥酔 2009/08/14 23:29

 「東奥日報」2009.8.14付朝刊25面に、こんな記事が載った(↓)。
--------------------------------------------------------------------------------
>>あえぐ臨時教員 県内公立学校
>>常勤 試験勉強ままならず/非常勤 年収100万以下も
>>「まるで官製ワーキングプア」 「臨時」は8人に1人
>20代の非常勤講師は、「授業は週5時間で、月収は6、7万円」。30代の常勤講師は、ボーナスは正教員の3割程度なのに同じように多忙な校務をこなし、「正採用を目指しているが、試験勉強がままならない」と、不安を漏らす…。非常勤、常勤を問わず、県内の公立学校の臨時教員たちが厳しい労働条件にあえいでいる。「官製ワーキングプアだ」という、うめきにも似た声が聞かれる。
>
> ある小学校で非常勤3年目の20代男性は「授業時間に対する報酬なので、夏休みや冬休み中は収入がない。家庭教師などのアルバイト代を足して何とかやっているが、年収200万円に届かない」とつぶやく。「独身だから、まあ、なんとか。でも、来年度はどうなるか…」
> 2008年度は、授業報酬の時間単価が2800円から2790円に改定。「わずか10円だけど、『下がった』という事実がつらい」と感じている。
> 臨時教員の待遇改善を支援する「教員採用制度と臨時教職員制度の改善を求める県民の会」(会長・安藤房治弘大教授)によると、非常勤講師は複数校を掛け持ちしても月18万円ほどが限界と指摘。「年収100万円以下も少なくない。多くは生活保護水準以下」と推測する。
> 一方、正教員と同じ仕事をこなしている常勤講師も、境遇は厳しい。県教委教職員課などによると、大卒の初任給は約20万円。10年連続して勤務すれば約25万円まで上がるものの、それが上限だ。また、身分は半年ごとの契約更新のため、賞与(ボーナス)は毎年、新卒の扱いとなる。
> また、次年度も雇用される保証はない。臨時教員の多くは、正採用を目指し、年に一度の教員採用試験のチャンスに懸けている。
> ある高校で働く30代の男性常勤講師は、日々の授業と運動部の顧問の多忙な中、7月の教員採用1次試験を受けた。平均12・3倍の難関だった。「試験勉強がしたい。でも、教員だから現場に集中し、授業、部活も頑張るのは当然」と話す。ただ、今回こそ正採用を勝ち取れるのか、自信があるとは言い切れないという。
> 「教員採用制度と臨時教職員制度の改善を求める県民の会」が13日までに集計した資料によると、2008年度の県内の臨時教員は1626人で、総教員1万3314人の12・2%。およそ8人に1人に上る。2年連続で臨時教員の比率は高まっている。
> 求める会は「臨時教員の雇用は、地方公務員法で緊急の場合などに限られる」とし、「常態化や増加傾向は許されず、使い捨ての利便性ばかり追求している」と県教委を批判。臨時教員が現場で経験を積んでいることを重視し「教員採用1次試験合格者は次年度以降の1次試験免除を」と訴え、「生活安定のため、正教員に積極的に登用すべき」と主張する。
> また、県高教組の谷崎嘉治執行委員長は「大都市圏は正教員も臨時教員も不足している。本県などで生活も登用も手詰まりになった人材が、流出する恐れがある」と指摘する。
> 一方、県教委は将来の少子化を見越し、正教員の減少ペースと調整するため、臨時教員に頼る部分が多いと説明。「小中学校の統廃合が今後進むことも合わせれば、現在の正教員枠は適正」という見解だ。非常勤講師の授業時間数を生活実態や希望に沿うよう調整するなど、近年は一定の配慮を試みてもいる。
> ただ、正教員の給与は県教委予算の「人件費」として確保しているのに対し、臨時教員の給与・報酬は「事業費」で賄っている。このため、県として正教員の増員、人件費の増額を打ち出さない限り、臨時教員をそのまま正教員に登用するのは難しい事情があるという。
--------------------------------------------------------------------------------

 珍しいと云うか、唐突な印象。~「なぜ、今?」と思い、ググってみたところ「第40回全臨教青森集会」ってのが青森県三沢市の小牧温泉で2009.8.16~18にあるそうな。これで概ね氷解。因みに正式名称は「第40回全国臨時教職員問題学習交流集会」との事で、やたら長ったらしい。この集会については静岡市教組ブログ(↓)でも紹介してあったけど、どうやら自由社のも扶桑社のもお好きではないらしいので、どんな人々が集まるのか大いに懸念は残る。
http://shikyoso.blog.so-net.ne.jp/
 …でもねぇ。彼らとてスケープゴートくらいは要るだろう。身分の差はあれども、どっちみち教員は教員なんだから。そして学校は事実上、二重階級制の仕組みを確立している。一方には常勤とか非常勤といった身分の階級制があり、もう一方には受験科目・選択科目・非受験科目といった、分類や勢力ごとの多様性から成る階級制がある。従って理念的には階級制に反対する立場でも、現実的には「階級制の維持と階級制の廃止が同時に成り立たねばならない」。するとそうした在り方から綻び出す矛盾を排除する上で、必然的に多くの変数が操作されねばならず、必要が結果を生んで「優位の階級制が劣位の階級制を階級的でないものへと変質させる」。或いは教育偽装と言い換えてもよい。
http://shikyoso.blog.so-net.ne.jp/2009-07-29
 その傍証になりそうな言い回しを上記ブログから抜き出してみると、「この委員の方は恐らく、例えば中学校で、社会の免許のない他教科の先生が社会を教えなくてはいけないという教員配置の実態を知らないのでしょう」と書いてある。教科指導は横断的であるがゆえに、試験科目が必ずしも試験内容と合一する訳ではない。そして非専門家が専門家の仕事をこなすには先ず、「専門性の頽落」へと学問上の本質を軟着陸させる思考が要る。そのためのシステムに入試を利用すると、それぞれの試験に自ずとズレが出てくる。仮に教員採用試験を指導法f(x)自体に関する試験と形容するなら、それぞれの科目はxであり、個別には科目aや科目bや科目cの像が浮かび上がる。それを生徒が入試というf(x)の場、すなわちf(a),f(b),f(c)...の場で競う事になる訳だ。ところが教員採用試験にa(x),b(x),c(x)...の形式を持ち込むと、今度は関数それぞれが学校の実態と整合しなくなる。それを小学校の様な統合形式f(x)に変換するのが「教員の適正配置」と呼ばれる副次的(?)条件で、条件範囲は専ら教員免許で示される。
 この教員免許を握るのが各地の都道府県教委(と一般には呼ばれている教育庁)。~科目a(x)と科目b(x)を分かつ「免許の差異」は共立可能である。そこで真面目な大学生は複数の免許を取ろうと勉強し、なおかつ「虻蜂取らず」にならぬ様に採用試験へと集中する(そうでない教員への対応は大体こんな形↓)。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2000/nto20001110.html#Anchor2
 しかしそれで報われるとは限らない。私は県教委の内側から見た事がないので実態を知らないが、こうした所有免許数には選抜過程でどの程度の配慮が払われているのだろうか。沢山の免許があればよいというものでもなかろう。…知人に国語と書道と社会の免許を取った人が居る。だからそれらの範囲内で、どの科目に彼を教員配置してもよい訳だ。現場にしてみれば実に便利な人材である。理想的ですらある。ただし中身が「広く浅く」と「広く深く」のどちらかは蓋を開けてみないと分からない。採用試験の受験科目では優秀な成績だったのだろう。それが世間のニーズと合致しているなら話は早い。
 世間は欲張りで、優秀な先生を求める。学校も欲張りで、組織に都合の良い先生を求める。…優秀さにも限度がある。専門知識が多過ぎても無駄(典型的なのは大学院を出た博士とか)。しかし進学塾・予備校の先生ならニーズにぴったり。巷間では「学校に通わせず塾にだけ通わせたい」と思っている親が多いのではなかろうか。私の育った環境だと、勉強の出来る子はよく「勉強し過ぎるな」と言われたものだ(と親から聞いた)。受験勉強は効率的な方がよい。勉強し過ぎると却って損をする。もっと「ゆとり」ある教育を。その「ゆとり」を受験勉強に回せ。やがて学校は予備校化と専門学校化を免れなくなったが、そこにも「無駄な科目」の壁がある。学校教育そのものが時代遅れなのかも知れない。現場では許容範囲だと思っていた事が、いきなり未履修問題で叩かれた結果からも分かる通り、現場がニーズに対応した事で逆に文部行政との溝が露呈した。既に受験科目が非受験科目を淘汰していた。所謂「十五の春を泣かせるな」の延長に共通一次試験の導入を幻視する場合、国内グローバリズムとしての「受験経済」が成立したかの様ではある。
 しかしながらその正体は、上限と下限を持つ一種の統制経済(?)であった。受験科目は配給制市場で、非受験科目は闇市。その両方が合法である世界を想像してみて欲しい。新たな闇市に統制的合法性と経済的違法性が同居する。敗戦後の闇市には統制的違法性と経済的合法性が同居していたと見るなら、その転倒した姿を都道府県教委がどんなふうに解釈するか、まさか誰も気付いていなかった訳ではあるまい。それが私の形容するf(x)の伝統であった。今も昔も彼ら「FX戦闘機」の乗員…もとい、教員は兵士の様に訓練され、にもかかわらず現場では自衛隊の様に見放されつつあるのだろう。それに対して逆襲しようと運動している人々の先輩達(の一部)が「自衛隊に同情の素振りを見せなかった」のは皮肉と云えば皮肉。学校で獅子奮迅の努力を続ける教育の兵士達は「普通の教員になりたい」と願う。そして他方には「正規の自衛隊員になりたい」と願う人達が居る。
 学校が自衛隊になる日(もちろん比喩ね)、塾や予備校を支持する人々は学校の教員達に同情してくれるのだろうか。恐らく歴史は繰り返す。それが正しかろうと、そうでなかろうと。

(宣伝)
 旧稿末尾も参照されたし(↓)。~都立高校には専任教諭1名、兼任教諭1名、常勤講師0名、非常勤講師120名なんてウソみたいな内訳の科目もあるそうな。ここまで来ると、当然ながら教員採用試験そのものが実施されない。となると絶望先生、もう後は笑って済ませるしかないじゃん(実質的には東京鎖国だから、地方の人材流出防止効果もあるし)。かの集会に参加する方々は、思いっきり怒り狂ってきてくださいな。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7584&range=1
 …と書いたところで、当事者の誰もが此処は見てないんだろうけど。



7620 恥を忍んで(其一) 苹@泥酔 2009/08/21 01:26

●算数心理のバイシュン(←禁止語彙ゆえに投稿できないのは、この漢字表記が原因か?~2012.1.26補記)
 …以前、どこかで「なぜ1+1=2になるのか分からない」と書いた事がある。今も相変わらず分からぬままで居る。ただの計算に留まるとは思えない。どうにかして「分かる言葉」へと翻訳できないものか。
 以下は多分、馬鹿々々しい話になるのだろうが、例えば1と2は一見、それ自体としては別の値に見える。恰も1が2に対して「あたい、あんたとは別人よ!」とツンデレ予定調和の台詞を言い放つかの様に。…1と1と2それぞれが時には主語の様に見え、その三人の関係を述語的に示唆する「+」だの「=」だのが、様々な三角関係の中から一つの三角関係を抽出するかの様に手引きする。…しかしながら「三人」は仮の姿かも知れない(小学校レベルなら3+2=5など)。或いは関係の方が仮の結び付きかも知れない(同じく1<1+2など)。そうした入り組んだ在り方の側から見れば、時には変数として振る舞い、時には関数として振る舞うそれぞれが、ともすれば変数と関数の理解を妨げる。…誰の理解か。私の理解だ。忘却と混乱が相俟って、今や変数と関数の違いが分からなくなっている(正解を調べるのは後回し…汗)。
 …昔、小学校で足し算を習った。当時は変数や関数を習わなかった(当たり前か…汗)。1,2,3,4,5...てな具合の(十進法の)数の列びを覚え、果物か何かに見立てて数えた。そこでは1も2も3も同じ「増えゆく(減りゆく)数の流れ」の仲間であり、予め順序立った関係の中での捉え方を前提に計算を学んだ。…あれから数十年。今では無意識に淡々と数え、計算し、時にはウッカリ間違えたりもする。私の場合、計算感覚のトコトン希薄な「九九」丸暗記あたりが意外な場面で間違えやすい(すぐに気付くけど、その瞬間にいつも戦慄する)。後から変数だの関数だのをやらされた時は既に手遅れ(?)で、足し算にその手の奇妙な概念を持ち込んでよいものかどうか分からなくなる(そんなの小学校では習わなかったぞ?)。よく理解していない分だけ余計に戸惑う。と云っても、当時からそんな事を考えていた訳ではないが。
 重ねて昔を思い出してみる。林檎と林檎を足して二個の林檎。この林檎とあの林檎は違うのに、どうしてさも当たり前であるかのごとく平然と足せるのか。~そんな感覚も長続きはしない。やがて数が林檎と林檎の関係や印象を破壊した。無心に計算すると気が楽になる。てめえら学校で何を学んできたのか。余計な事を考えるとテストの残り時間がなくなるぞ。林檎は林檎だ、腐っていようが構うものか。計算には「そんなの関係ねえ」。意識さえしなければ、黴米だってポストハーベスト米だって(以下略)。
 …或る意味、こうした意識を深層で決定づけたのが別の「数」だった。分数と循環小数の出てくる単元で「0.999...=1」と教わった。経験上そうなる。皆様も覚えがあるだろう。1/3=0.333...で、それに3を掛ければ0.999...になる。これが不思議でならなかった。授業の後で先生に尋ねてみても、納得のいく答えは得られなかった。やがて機械状の数式記述が思考停止を根拠づけるための論理となって拡張して行った。そうした拡張自体に違和感を覚えたのは大学時代後半の事である。受験論理から脱落した瞬間がそこにある。

 そうした「受験系」の思考の在り方を、そのまま内包しながらアッサリ覆すのが小泉義之『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)P.39~43の記述だった。ちと長くなるが、構わず引用してみよう。
--------------------------------------------------------------------------------
>無限級数
> 次のいささか奇怪な等式を例にとろう。
> 0.999...=1
> 留保抜きで断じておく。この等式は無意味である。0.999に続けて記号「…」を書き加えても、1に等しくなるはずがない。そもそも0.999と1は等しくないし、記号「…」には何の意味も与えられていないから、そんな無意味な記号を挿入したところで、等式が成立するはずがない。念を押すが、こんな等式は絶対に成立しない。
> それでも私たちは、この等式が成り立つと考えることがある。高校では問題なく成り立つかのように教えられて、私たちもそれを鵜呑みにする。ここで問われるべきは、そのとき何を鵜呑みにしているかということである。こう思っているはずだ。0.999に続けて9を書き加えると、それだけ1に近付く。0.999と1の間には差異(1-0.999=0.001)があり、0.9999と1の間には、別の差異(1-0.9999=0.0001)がある。0.9999に続けて9を限りなく書き加えると、限りなく1に近付く。限りなく1との差異を小さくとれるから等式は成り立つ。つまり記号「…」は、限りがないということ(可能的無限、無際限)を表すから、等式は成り立つ。
> この思い込みは間違えている。第一に、限りがないということは、終わりがないということだから、いかに多くの9を書き連ねても、さらに続けて9を書き加えられるということである。したがって、いかに小さくとも差異は消えないし、いかにしても等式は成り立たない。第二に、「近付く」という運動論的な概念が曖昧である。それを明確に定義するためには、距離(位相)を明確に定めなければならない。そのためには極限や微分や連続体を明確に定めなければならない。そのためには無限級数の意味を明確に定めなければならない。振り出しに戻るのだ。だから、この段階で運動論的な概念で納得しても、何も分かったことにはならない。結局のところ、9を限りなく書き連ねれば1に近付くと思うときには、密かに数直線を想像して、等号「=」を矢印「→」に置き換えて分かったつもりになっているだけである。9をいくら書いても1にはならないという直観を手放してはならない。
>
>極限と微分
> 先の等式が成り立つようにするには、聞こえは悪いが、デッチ上げが必要である。無意味な式に意味を賦与しようとするのだから、とてつもなく無意味な捏造が、デッチ上げの嫌疑を捻り切る捏造が必要である。
> 捏造の方法は簡明である。1が予め存在するからこそ、9を限りなく連ねても、差異は残ると考えるのだ。実際、1が予め存在しないとすると、当て所なく9を書き連ねることになる。どこに向かうのか分からぬまま書き連ねることになる。差異が限りなく小さくなるということも、距離が限りなく小さくなるということも分からなくなる。だから、1が予め存在するからこそ、限りないということに意味が賦与されると考えてしまうのである。もう一工夫必要である。当て所なく9を書き連ねているとき、限りない級数のその先に1が存在すると明確に分かるわけではない。しかし同時に、限りなく9を書き連ねられると思うとき、限りない級数のその先には、決して到達できない何ものかが存在すると、おぼろげに思うはずである。
> こんな思いを数学的に仕上げればよいのである。具体的には、無限級数に対して、当て所ない何ものかが存在するという証明を構成すればよい。無限級数を限りなく続けても絶対に到達できないもの、しかしそれが予め存在するからこそ限りなく無限級数を続けられるものを、極限と呼ぶ。いまの場合、無限級数0.999...は、極限値1に収束すると考えたい。
> では、0.999...=1が等式として成り立つと考えるとき、何を要請していることになるか。無限集合が存在すると要請して、記号「…」が無限集合を表すと要請している。無限集合とは、限りなく続くもの全体の集合である。限りがなく終わりがないにもかかわらず、その限りない進行が終わったかのように、限りなく続くものたちを統合する集合である。こんな途轍もない集合が存在すると要請しているのである。この要請を飲み込んでしまえば、後は簡単である。記号「∞」が無限集合を一意的に指示する名前であるとして、0.999...を0.999(∞)と考える。それから、無限集合を二つ持ち出して、両者の間で数が一つだけ定まると論証する。二つの無限集合による切断、すなわち、「∞|∞」における「|」が、一意的に数1を指定すると論証するのである。かくて、0.999(∞)=(∞|∞)=1となる。
> 次に微分は、極限によって定義される。正確には、無限級数の各項の差異の極限として、また、差異と差異の関係の極限として定義される。
> したがって微分は、差異と差異の関係を限りなく生産する場を表現することになる。だからこそ、放物線の微分方程式を解くことによって、相互に異なる無数の放物線を描き出すことができるのである。
> さて、ここで解釈が必要になる。極限の存在は、要請されているだけである。微分は、存在が要請された極限によって定義されているだけだから、微分の存在も要請されているだけである。さらに付け加えれば、数学的な連続体は、極限と微分によって定義されるから、連続体の存在も要請されているだけである。だから、極限、微分、連続体の存在の仕方は、理念的で潜在的である。現実的でも顕在的でもないから、理念的で潜在的でしかないのだ。となると、極限、微分、連続体については、たんなる捏造にすぎぬという嫌疑を晴らし難いことにもなる。そこで、それらのリアリティについて解釈する必要があるのだ。もちろんここで、捏造にすぎないと割り切っても構わない。しかしドゥルーズは、微分的なものは、たんに想像されたイマジナリーなものではなくて、要請されたものであるにしてもリアルなものであると解釈したいのである。それは、自然と生命を肯定的に認識するためにきわめて重要なポイントになるからである。
--------------------------------------------------------------------------------
 …この辺の記述(前半?)は何処かで引用した気がする。もしかしたら此処=天バカ板の過去ログにあるかも知れない。今の草稿用ファイル(一太郎)を「小泉義之」で検索しても発見できなかったが、その代わり別のボツ稿(未完)が見つかった。内容の大半は約十年前に書いた県教委宛長文書簡(?)の一部。これについては稿末で引用する。

 …先を急ぐ。
 紀元は二千六百年。あたしゃ数えた事はないけれど、天皇の代を逆算すれば古代に非現実的な寿命が出てくるらしい。数の捉え方を単純化すれば、天皇は間違いを内包する存在となる。嘘で塗り固められた国体に根拠などあるものか。科学的に見て間違ったものを維持して何になるのか。先ず改めろ。話はそれからだ。学校なら減点されるぞ。
 無謬性への信仰が一つの物語を作り出す時、無謬でない信仰は信仰するに値しない。それがいとも簡単に打ち砕かれた時、そうした現実は不条理の無謬性へと進化するだろう。不条理に包まれているからこそ、不条理の原因を破壊しなければならぬ。さあ、革命だ。改革だ。それを信仰せよ。たえず破壊し続ける事に改革の無謬性が宿る。改革してみてそれが間違っていると分かったら、また新たに改革すればよい。改革ばかり見て保守を見ない理性的な正義が理性的に陶酔する時、夢の様な幸福が陶酔の中で実現する。
 そう捉えるなら、左翼は明らかに理性的と云えよう。つまりそうした意味で「閉じている」。隠されたものを見ないまま現実に理想を持ち込み、無謬性の顕現から別の(=今の?)現実を追い出そうとするかの様に。そしてそれを教育現場に持ち込む。
 彼らが左翼かどうか定かでないが、少なくも約十年前の私は現実に不満や疑問を抱いていた。その記録を以下に披瀝する。…以前、別の箇所を此処=天バカ板に転載した(↓)。どちらも長いので、読めばさぞウンザリする事だろう。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=6538&range=1
 …てな訳で、以下蛇足。

(続く)

「恥を忍んで」04

苹@泥酔

2021/04/26 (Mon) 02:17:30

8【再掲】「恥を忍んで」04 ( 苹 ) New!!
2012/01/27 (Fri) 18:35:54

【再掲】「恥を忍んで」04
7623 恥を忍んで(其二) 苹@泥酔 2009/08/23 04:16

●県教委宛直訴書簡(転載第二弾)
 以下は1999年末に書いた書簡本文の一部と、その約一年後に付した注釈。~私は当時、こんな事を考えていた。

--------------------------------------------------------------------------------
>第三節、教職経験において解釈可能となる整合性について
> 
> 当方の奉職していた期間、××高校では義務教育同様に相対評価制を採用して居りました(現在の状況については存じません)。当方は大学で「高校の成績評価は絶対評価」と学びましたので、赴任当初は戸惑った記憶が御座います。今度は義務教育にも絶対評価制が導入されるそうで、新聞記事によると理論上、生徒全員が最高の評定を得る事も可能だとか。当方も初めはそうした意味だろうと理解して居りました。そこで念のため、この点を教科主任の××××芸術科教諭(音楽担当)に問うてみました。すると、「絶対評価したものを相対評価するのだから、絶対評価は取り入れられていることになる」との回答がありました。また~これについて××××高校の××××芸術科教諭(書道担当)は平成八年頃、「(相対評価するのは)当たり前だろ」【※79】と言及して居ります。率直に申し上げて、これらの反応は詭弁の様な気がしました。「絶対評価」が相対評価の対立項ではなく、「依怙贔屓するな」程度の意味の比喩表現だったとは、思いもよりませんでした。しかし実際、理屈はどうあれ、これはあらかじめ内規で定められてある事ですから、当方としては取り敢えず、絶対評価の特徴がなるべく成績評定に反映する様に心懸けながら従いました(つまり順位優先の評定再配分ではなく、成績分布の密度差を重視しました)。ところがこの程度の評価補正も、評価それ自体に課せられた社会的役割【※80】の側から見れば、決して望ましいものとは云えない様です。なぜなら、成績評価は事実上、生徒の能力を序列化するために存在するのであって、学習それ自体の達成度を評価するためのものではないからです。~かつて××××校長は、職員会議で凡そ次の様な意味の事を云いました。絶対評価すると、底辺校の生徒の成績は(例えば)××××高校の生徒に及ばなくなってしまう、と。要するに、こうした見方は各校ばらばらに設定可能な達成度評価の基準を前提したものではなく、序列化された学校間の成績分布を前提した相対的判断を、各校共通の絶対的かつ画一的基準の下で確定するものです。従って、いかに指導の多様化が模索されようとも、絶対評価の相対評価化はどのみち避けられなくなる分だけ、相対的に評価中心の身分制度化傾向は却って強まることにもなります。また教員の間では伝統的に、「成績は正規分布しなければならない」とする相対評価側の考え方が既に定着している様ですから、達成ラインを越えた生徒を評定段階「二」と解釈する場合などは特に、考査との整合性がひどく疑わしいものとなってしまいます(つまり~達成度評価自体が無意味となり、そこから先の優秀度とでも云うべき判断基準だけが問われる結果、達成度も優秀度も含めた全体の評価レベルが、それぞれの最低基準を劇的な低さ【※81】に抑えたまま飽和するという事です)。なお芸術の評価に関しては、カヴァイエ著『日本人の音楽教育』(新潮選書)一七八頁以降の記述で、当方の知る現実の成績評価方法とは全く異なる判断がなされている事を付け加えて置きます。
>> ところが、日本の試験のシステムはそうではありません。学生Aと学生Bとのあいだの相対評価によって、グレードがきまってしまうのです。つまり、個々の学生はグレードにたいしてでなく、他の学生にたいして挑戦するのです。だれがいちばん高い点数をとるかということに、学生も教師もたいへんな関心を示します。けれども、このような方法では、自分自身の音楽的能力について知るところがほとんどありません。せいぜい、「わたしは、六十四点もらっちゃった。A子は、七十六点だそうだ。彼女のほうが、わたしより十二点すぐれているのだ」といったことくらいでしょうね。そんな相対評価をどんなに知ったところで、音楽的になんのプラスもありません。きわめて、消極的な意義しかありません。それにたいして、英国のロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックにおけるグレーディング・システムの方はずっと理にかなったやり方だといえます。たとえば、試験の結果、「この学生はベートーヴェンのソナタ十二番を弾き、かなりよく弾けている。彼女のグレードは目下3であるが、この試験でグレード4をあたえることにしよう。次回はもうすこしむずかしい曲を準備して、さらに上のグレードに挑戦させよう」といった教師の側での判定を通して、個々の学生は、自分自身の進歩の程度を測ることができます。学生はそのことだけに関心をむけることができ、これはきわめて有意義です。つまり、学生は、このやり方によって、自分自身についてある種のことを学ぶことができます。もし、ある学生がたとえば、グレード3の試験に不合格であれば、「この曲を弾くのにまだじゅうぶんではない」と判定されたわけですから、もういちど練習しなおして、次回の試験で再度試みようとするでしょう。したがって、その試験は、当の学生にとって意義があったことになります。
> 重要な指導がいくつかありました。中でも、平成十一年の一月か二月頃に校長室で受けた、××××校長からの指導がその最たるものです(この場には××××教頭も同席して居りました)。この時の指導の要点は、書道Ⅲの選択者が皆無だった点についての話でした。~それより一月ほど前、当方は学年主任【※82】から忠告を受けました。このままだと書道選択者がいなくなる、何人か誘ってみたら、との事でしたから、取り敢えずやってみました。そもそも芸術科目の選択は、必ずしも入学時に取った希望調査通りに配分される訳ではなく、実際には各科目の人数がほぼ均等に分布する様、教員側であらかじめ微調整が施されます。この慣行は、二学年進級時に芸術科目の選択がある商業科でも同様に行われますから、三学年進級時の選択(この年は、選択科目改編【※83】の最初の年でした)でも似た様な解釈なのだろうと思い、「郷に入れば郷に従え」の謂そのままに誘ってみた次第。しかるに当方は、陰で工作したり生徒に強制したりする様な事でもないだろう、形式的に誘ってみたところで所詮、決めるのは生徒自身だと納得しましたから、別室に呼び出して説得するでもなく、廊下で「その気があったら友達も誘ってみたら?」とあからさまに誘いました。こうした行為が校長に伝わった様です。勧誘はやめろとの事でした。これで肩の荷が下りました。誘う手間が省けて助かりましたし、生徒の選択意思に忠実な配分方法を採るのだなと、新カリキュラムの理解が深まりました。ですからこの点に限って云えば、校長には感謝して居ります。ところが、むしろ肝心な点はその後の指導にありました。校長は「生徒が書道から逃げてる」との判断を示し、「おまえ読めるか、読めないだろ、読めないものは教えちゃいけない」としました。前者は判断の任意性に属する事ですから、なるほどそうした解釈も可能でしょうが、後者はどう考えても理解できませんでした。因みに校長は英語科担当、教頭は数学科担当の経歴を持っています。
> 前述の通り、可読性の指導は国語科で書道を受験するための基幹的研究テーマです。また歴史的に見て、書道教員に基礎的古典が「読める」のは当然です。従って仮に、念のため英語教員に対する同様の指導(「英語の先生、あんた英語が読めないだろ」)を見立てるなら、校長の指導は相当にシビアなものと云わざるを得ません。ここでは、いわゆる日常会話とは別の水準の英語で教養豊かな議論を展開したり、学術論文の二、三本くらいは英文(シェークスピアの様な古文扱いの文体を含む)ですらすら執筆できる程度の能力を意味すると考えるのが妥当でしょうから、書道の場合も同様に、最低でも古文書学一般の読解力が前提されるべきことになるでしょう。当方は幕末期の版本や、明治期の丁寧に書かれた書簡程度ならそこそこ読めますが(初見の場合、樋口一葉の書簡【※84】の様な極度に読みやすいものは九割程度、夏目漱石の書簡や振り仮名付きの幕末期版本は七割程度【※85】)、秀吉や家康の消息は調べないと読めません。そうした程度の学力から見れば、校長の要求水準は幕末期の文人とほぼ同程度の素養を必要条件とする点で正しいと思いますし、その気になって仕込めば不可能ではないだけに共感もできます。今はまだ遊びの様なもので、漢詩もどき【※86】は時々作って遊ぶ程度。候文は大仰になりがちで、達意とは云えません。趣味の『千字文』丸暗記は高校入学以降、七割止まりのまま。専門書の読書量は(在庫確認して居りませんが)たぶん、まだ千冊程度でしょう。これらの慰みがどれも中途半端なままとなっている様に、当方の能力不足は誰の目にも明らかですが、少なくとも学問的良心の基礎としては役立って居りますから、研究方向の組み替えくらいなら良心の範囲内でどうにでもなると考えて構いません。しかしながら~そう考える様に自身を仕向けていくと、納得できた部分や予測可能な構造安定性とは反対に、まだ理解できないところがいっそう拡張的なものとなって意識されて参ります。校長の指導は読解対象の難度すなわち量的微視性を捨象した二分法的な見方となっており、「できる」「できない」のどちらにも完全に収束しない中間領域については、あらかじめ判断基準自体が定義できなくなっているからです【※87】。
> また「生徒の逃走」については、これ以上学習を専門化するよりはむしろ多様な科目【※88】に興味の幅を広げたいとする、学習意欲の表れであるとも解釈できます。こう書くとこじつけの様に見えるかも知れませんが、実際これからの選択科目の多様化を見据えた場合、一定量の生徒を各科目で奪い合う局面【※89】での判断が、却って教科の縄張り意識に過剰な悪影響を及ぼしてしまう可能性も恐らく無視できなくなってくるでしょう。科目の多様化は、逃走手段であってもよい筈です。ところが、そうした判断に対して逆向きとなる判断すなわち成長指向は、所与の指導の目的において動態的なものを静態的なものであるかの様に混同するところから逆行―悪循環を始めてしまいます。~しかるに、当方の授業は専門家の養成を目的としているのではなく、鑑賞者となるために必要な最低限の応用可能な教養【※90】が前提ですから、書風の技術的多様性についての詳細な指導は書道Ⅱ以降でしか取り扱って居りません。数学に喩えるなら、書道Ⅰでは公式を導く基礎的計算過程、Ⅱ以降では練習問題を扱う様なものです。そのため書塾由来の経験的学習方法と比べるなら、当方の授業は効率重視型と云えるでしょうし、音楽教育と比較しても理論面での遜色はない筈です。因みに、大人の初心者向け教本としても利用可能な尾花輝代允著『ヴァイオリンを弾こう』(音楽之友社)二〇頁には、「大人になってからヴァイオリンをはじめた人は、特に知識から入って、練習のロスをなくすよう努力することが大切だ。なるほどこのような理屈でヴァイオリンが弾けるのだな、と思うだけで、めやすがつき、練習にも力が入り、今自分がどの辺なのかも分かる、というものだ」とあり、指導の方法論的傾向自体は当方の目指すものとかなり似通っています。それゆえ生徒が「これ以上は学ばなくともよい」と判断したとしても、また当方の不明により生徒が逃走したとしても、それは(学習環境の問題は別ですが)学習内容や学力水準の問題に帰結するものではあり得ないし、また文部省の目指す「多様化」の流れを阻害するものでもありません。尤も、学力低下を容認する方向で判断するなら、当方の授業は些か高度に過ぎたと云えるかも知れません。授業の難度は相対的な変数に過ぎず、判断はどのみち集団的恣意性を免れませんから。しかしながら明治時代の水準から見れば、当方の授業は尋常小学校高学年から旧制中学初期にかけての学力(ここでの判断は宇野精一『書香の家』(明治書院)【※91】などの単行本数種や、国定教科書類を根拠として居ります)を維持するのが精々であり、いわゆる主要教科と比較した場合、なかなか今の常識通りには考えにくい所があります。
> むしろ難しいのは技能水準に特化した場合であって、通塾経験者とそうでない生徒との格差は埋まらないまま~それどころか(実技を伴わない通常教科にしばしば見られる様な)逆転するケースが顕現しないまま、技能水準の評価は一種の身分制度的な成績判断基準となってしまうおそれがあります【※92】。実際、知的能力は高くとも人並み外れて下手な生徒の場合は、もし教養指導を導入していなかったら、最低成績のまま生徒間の相対的位置関係が固定されていたかも知れません。なぜなら、技能水準の高い生徒はますます上手くなろうとする傾向があり、それに対して下手な生徒の方は、追い越す以前に先ず、(主要教科の勉強が忙しいにもかかわらず)追いつくための練習と強い学習意欲が、授業外でも予習・復習の様に必要となるからです(当方は××芸術科主任から、「宿題は出さずに、授業内で出来る事をやれ」と指導されました。一見正しい指導の様に思われますが、能力主義と実際の授業とのバランス【※93】を考量するとどうでしょうか。××教諭の指導は正しいがゆえに、別の救済措置がないと却って困った事になるのではないでしょうか)。まともな生徒なら、他教科と比較して勉強の重点配分を決めるでしょうから、実技の練習が普通の勉強ほど効率的でない事に気付かない筈がありません。結局、諦めることになるでしょう。学習意欲を充分に引き出せない点は、疑う余地なく当方の不明によるものです。そして普通、制作における芸術的才能に関しては指導不可能な部分がありますし、そのこと自体は皮肉にも、味わったり楽しんだりする水準の指導可能性とは殆ど関係がありません。しかし制作に重点を置いた場合の成績は、どのみち固定的な結果に逢着してしまいがちになるのです。当方はここに改善の手を加えようとしたのですが、校長もやはり過度の成績変動には違和感を感じていた様です(かつて当方は、篆刻に終始した学期の成績と毛筆授業の成績との落差について、校長室で問い詰められました【※94】)。ただ、そうした成績のランク付けにおける常識を度外視すれば、教養指導それ自体についてはそもそも、見方の成り立つ場の方が根本的に異なってくる筈です。つまり、わざわざ学校の方が変わる必要はありません。教科指導の独立性と隣接する教養指導の方が学校の〈外〉を旋回するだけで充分に、教科の独立性を包含する管轄システムとしての学校は自ら静態的なまま〈内〉に閉ざされるからです(要するにここでは、〈内〉と〈外〉が相互に折り畳み合う場の共可能的差異において、動態的判断と静態的判断とのずれがありのまま同時に成り立つという訳です)。そうした場合、生徒の少なくとも一部は本能的に賢明です。中には二年普通科の授業のまとめで課した小論文などで、大学の中国文学科入学(受験科目は書道と無関係)に至る哲学的動機を形成した生徒【※95】もありましたから、(当方の授業の具体的な在り方とは別に)教養指導の導入自体はたぶん無駄ではないのでしょう。
> この時は自問自答形式の対話ノート【※96】で予備練習させ、小論文の本番では西洋芸術の在り方を国安洋著『〈藝術〉の終焉』(春秋社)から引用した補助テクスト【※97】を使用、書道と比較して自ら論点を見出す様に指示【※98】しました。当初は冬期宿題の予定でしたが、いざ出題してみたところ生徒は戸惑いがちとなりましたから、引用参照文の読解例を当方の側で追加執筆して参考に供しました。参考文の私序は以下の通り。「ここで解説する内容は、大学レヴェルの読解である。本文に対して極限まで敬意を払おうとすると、そうなる。しかしその意味において大学レヴェルではあっても、必ずしも読解とは云えない側面もある。なぜならこれは、深読みによる論理の再構成をも実験しているからだ。すなわち~本文に最も重点を置くことに間違いはないが、しかしそれはあくまでも言葉の不確定性を遮るかの様に、理解過程における固有の思考を、まさに思考の側から本文に近付ける行為でもあるからだ。真理を突き詰めようとすることが芸術の現在に至る最短距離だと判断する立場にとって、この手法は精一杯の誠意を鏡像とする。だからこそ却って、君達に無理強いする様な判断は明らかに誤りとなってしまう。これは読解の単なる一方法に過ぎない。であるとともに、むしろ要点は別の地平にある。これは真の意味で本文を理解できるのかという問題の告発であり、また方法論的な打開の試みでもあるのだ。」~蛇足を付け加えると、丸山圭三郎著『文化のフェティシズム』(勁草書房)一七二頁にも面白い記述があります。「いや仮にデリダと筆者が同じテクストを対象にした場合でさえ、その読解の真偽を論ずること自体が、(……)「作品に隠された唯一の意図」を客体化するロマン主義的解釈学、現象学、元型分析心理学、構造主義的読解に通底するロゴス中心主義の罠に陥ることになるであろう」と。同じ理由で、下手をすると生徒との関係もおかしくなる可能性が出てくるでしょう。当方は学問・学習以外の接点を見つけるのが下手ですから、これは明らかに欠点と云えます。実際、接点の希薄な生徒は大多数にのぼりました。ここから先は、学校生活における学問の位置をあらためて確認し直す必要があります(後述)。
> 他にも興味深い指導がありました。渉外部主任の××××教諭は「書道は芸術でない」としましたし、商業科の××××教諭は「講師は人間でない」としました【※99】。これらはたぶん冗談でしょうが、潜在的な部分を把握する上では、じつに興味深いものがあります。少なくとも、前者が指導要領的存在としての教科を否定し、後者が憲法に優先する校内規範の尊厳を前提する点については理解可能です。~条件は既に整っています。現実には、正規の採用試験が何十年も実施されない教科を、指導要領的存在と見なす方がむしろおかしいのですから。ここでは既成事実が法的根拠を凌駕する代わりに、実践されたものが(現勢的根拠となって)法的根拠に基づく実践の欠如を逆に補完します(自己言及構造内のシークェンスのセリー化(エンコード)、ならびに組み換えられたセリーのシークェンス化(デコード)【※100】)。また~或いは同じ根拠から、かつてフーコーが指摘した様に、学校と監獄との共通点は法的存在との間に微妙なずれを生じさせます。これについて内田隆三は、著書『ミシェル・フーコー』(講談社現代新書)の一七一頁で「刑法の言説は犯罪者をその違法行為において捉えるが、監獄の技術は囚人をその生活態度において捉える」と要約しています。法的解釈が対象を組み換えると、やがて解釈の方も対象から影響を受けるかのごとく。こうした解釈の自己言及的変容は、場合によっては講師に対しても生徒に対しても、監獄的管理技術において等しくアウシュビッツのユダヤ人と同様の存在を規定することができます。そして同じ理由から、いじめ構造を社会的人間形成の過程と捉える見方も可能になって参ります。
> 証拠はあります。いじめた側の圧倒的大多数は、少なくとも後戻りが困難となる様な或る時点までは、「遊びでやっていた」「死ぬとは思わなかった」とする認識で一致しているのですから(御存知の通り、「遊び」は社会的学習の必要条件です)。また、学校側の判断が「いじめと認識していなかった」とする認識にほぼ一致して収束する事からも分かる通り、両者の共通点は同一の認知水準で社会性が堅固に維持されている事、すなわち「いじめ」概念があらかじめ認知規範―社会通念―常識における選択可能性の範囲から除外されているところにあります。それに、防衛機制は認知された内容と相対的に発現しますから、「いじめ」概念の欠如した「悪ふざけ」、特に「遊び」の水準で識別された行為に防衛機制の有無を問うのは却って本末転倒となります。むしろ不自然かつ誘導尋問的な、判断自体の整序と見ても構わないでしょう。「いじめ」概念は常に、防衛機制の動機に先立って現れます【※101】。従って防衛機制としての自殺や不登校は、あくまでも不可逆な因果関係であって、防衛動機の形成原因が「いじめ」概念の成立を必要条件としても、所与の行為が十分条件となる訳ではありません。十分条件となるのは所与の行為が「いじめ」行為としてアフォードされた場合のみであって、どちらにしろ「いじめ」概念との接続が完了してから後の判断が行為に転嫁される過程そのものは全く変わりありません。それを一方的に、「いじめられた」側の論理で裁こうとでもしようものなら、そうしたやり方は畢竟、指導以前の判断に自ら限界を設定する行為でしかあり得ないことになります。なぜなら、こうした見方は「いじめられた」側の「いじめ」概念を加害者の意識に移植する【※102】のみならず、「いじめ」行為と「いじめ」概念の可逆的同一化を容認する~つまり、反省と事実を混同することになるのですから。~学校の監獄的パノプティコン的機能の側から見た場合、そう判断せざるを得ません。反省は道徳的動機に基づく可逆的アフォーダンスであり、事実生成過程の不可逆的アフォーダンスとは異なります。また、不可逆的アフォーダンスの理解は「いじめ」行為の予防を可能にしますが、可逆的アフォーダンスの方は結局、審判の領分に留まることになります。
> 当方は在職当時、東京から転校してきた女生徒【※103】について、「いじめ経験があるのではないか」と訊いた事がありました。その際、相手の定時制国語科教諭(姓名は失念)【※104】は「そうとは限らないだろう」と鼻で笑っていましたので、当方も必要以上に慎重な見方をしないまま済ませました。或る意味で、この定時制教諭の判断は正しいと云えるでしょう。なぜなら、「あるべき姿」(認知規範=常識)から見た場合の「いじめ」は、指導目的を逸脱した異常事態=禁忌と見なされるからです(「あるべき」と「なかるべき」の双方から規範化される二重禁忌性)。しかるに~当方は、あくまで念のため訊いてみた次第。いじめられたり病的になったりする生徒は大抵、感覚または思考において過敏となりがちな傾向がありますから。因みに、大平健著『やさしさの精神病理』(岩波新書)一一九頁には「クンクンうるさい犬はどいつだ」の事例【※105】があり、大変参考になります。学校の隠蔽体質が社会的必然を含意する点については、本音の部分で御理解いただけるでしょう。或いは、プルーストやボルヘスの世界にも通ずるライプニッツ的な可能世界の範囲で。バタイユが経済と絡めて示唆する「自覚」【※106】を欠如した「呪われた部分」とか、中村雄二郎の指摘する〈悪〉の過剰性とスピノザ的欠如との比較【※107】を通しても、校内規範と法的観念それぞれから導き出される差延や個人的事例との可塑的関係は、層の在り方次第で必ずしも判断上の交点を持たない(両立しない)とは言い切れなくなる筈です。要するに、マザー・グースの自明性と似通った話です。そして同じ事が、書道を取り巻く環境についても云えます。
> こうした環境を前提すると、ベイトソンの云うダブル・バインド【※108】は分裂分析的な層化作用において書道とも共通し、かつ整合するのかも知れません。しかし当方は正直なところ、そうした理解にはまだ充分な適応を済ませられずにいます。~書道を含む言語表現の歴史的多様性が国語の範囲内にある場合、(前述の通り)可読性の指導は芸術以前の基礎となります。両者がクリステヴァの云うテクスト連関(間テクスト性intertextualite)を含意するなら、可読性否定の根拠は崩壊しますし、また含意しないなら、国語科教員を芸術科に配置する根拠は崩壊します。どう転んでも、ここに国語的良心はありません。「言語」と「国語」の最も卑しい混同が、まるで「いじめ」の生態を本来の在処から敢えて無自覚なまま遠ざける(線形的な解釈を脳にずらし込む【※109】)様に、来歴から成る歴史性と文化的拡張性を本来の場所―文字から根こそぎ駆逐しているのです。「書道」も「文学」も共通のシーニュに包括する様な文字―襞を、「国語ナショナリズム」の原理において捨象または否定しているのです。後に残るものは架空のものだけであり、いくらか具体的に見えるものは精々、読み取られるべき書物との間に忍び込む精神力動的フレーム―予定調和的関係くらいのものです。芸術的良心から派生する記号論的歴史学または考古学への向日性―極限―微分の形に見える事はあっても、それらの建て前は決して指導されない様な仕組みになっていますし、言語的同一性に接近したり混同されたりする事はあっても、元々それ以上のものではありません。カリキュラム上あらかじめ分かたれているカテゴリーをわざわざ同一視するのは、牽強付会というものです【※110】。分かたれているものは分かたれているがゆえに、決して同一化する事はありません。むしろ国語的良心はあくまで書記を度外視した範囲内に閉ざされ、別の地層の「国語学」次第で開かれるかどうかが決まります(因みに小松英雄は、言語史研究を顧慮しない国語史研究について、著書『日本語はなぜ変化するか』【※111】の中であからさまに批判しています)。従って、そうした水準で書道の領域が空集合となる場合、いかなる指導であれ内容自体の空洞化と学力低下は元々避けられないことになります。そしてもし、この様な空集合としての場が書道教育の成り立つ場に求められているとしたら、青森県に書道の教員採用試験がない事は事実上、最先端の反‐古典思想に根ざしている事を(もはや意味するのではなく)指示していることになるばかりでなく、新たな他律的リテラシー(現段階では、TRON【※112】を顧慮しないユニコード体系)に向けて、古文書学の介入する余地を自ら捨象することになるでしょう。
> これは、先に述べた「反‐国語的解釈」の不可能性とは別の層に属する話です。国語的解釈と反‐古典的解釈とは、考古学的作用なき《パルシファル》的水準(第一幕、「ここでは時間が空間となる」)にあって初めて、同時に成り立つことが可能になるのですから。古文書学は「読む」行為においてアクチュアルですが、「書く」行為を媒介しない特徴に可読性の否定を結び付けた途端、古文書学のアクチュアルな作用は翻訳後のリテラシーから原典を排除する点で復元可能性を失います。つまり、翻訳可能性を境目に概念化する書字の「他者性」ゆえに、古文書学と書字とを横断する生態的自律性【※113】は丸ごと失われます。~こうした場合、実技指導は「芸術科書道」を「国語科書写」的向日性に取り込む様なダーウィニズム的水準においてのみ可能となり、かつ許容されるという事になります。そのため、青森的解釈が実技指導を可能にする水準の書道は、もはや古典芸術の領分ではありません【※114】(その証拠として、実技試験を含む正規の採用試験がない事実を挙げても、解釈に合理性がないとは云えないでしょう)。要するに、現勢的実技指導=「書写」の前では、そもそも古典的実技指導自体があらかじめ不可能であり、それどころかむしろ積極的に、「昔々あったとさ」式の物語化による(決してリゾーム状にはならない)樹木状の最終解決が事実上求められている、という訳です。
> 十年ほど前、演出家のレーンホフはワーグナーの《ニーベルングの指環》【※115】冒頭で、ライン川の響きの様な一つの言葉(Es war einmal……)を繰り返し書かせることで予言的に物語化しました。演出家の仕事は、リゾーム状の可塑性や多様性を独自の解釈にまとめ上げる事です。そして演出自体は、台本や音楽に対して向日性と距離を同時に自覚する行為でもあります。~書道にも同じ事が云えます。作曲家に対して演奏家、台本作家に対して演出家がある様に、過去の書人に対して線形の変奏(ヴアリエーシヨン)を物語化―再構成【※116】する現代書家が実在するのですから。演奏や演出、書作に相当する行為的自律性が多様である事は芸術にとって有益ですが、楽譜や台本、古典に相当するプログラムを単純なものに改変する事は、線形化―物語化―解釈の対象を間違えているがゆえに著しく有害です。従って書道教員は、青森の国語的良心に従う場合、書道自体を衰退させなければならなくなる点を自覚しないための方策を、反‐古典的実作に収束させる必要が出て参ります。そのため対象としての古典は、古典として「読まれる」のではなく、「見られる」ものとして扱われなければなりません。だからこそ書道教育は、本来的な文化の伝承とは異質な指導を強いられるがゆえに、生徒の方も文化の「無からの創造」を強いられる点で、いっそう過酷なものとなります。これに対して、教員にできる事はただ一つです。生徒が「独創的に」書いた絶望的な作品を、あまり真面目くさって評価しない事(本人にそのつもりはない筈ですが、当方はそれに類する発言を、少なくとも二人のベテラン書道教員から聞いて居ります)。評価できないものを無理矢理に評価【※117】するのですから、評価自体が形骸化するのは当然です。実際、評価のための理論的裏付けは極めて脆弱かつ流動的であり、現行の規範は昭和二十年代から三十年代にかけて思考された前衛的「現代書」の理論を、何の根拠もなく古典解釈に援用しただけのもの【※118】に過ぎません。しかも、現実には古典的マテリアルを否定できませんから、結果的に言語芸術としての波及性だけが文部省的「精選」の論理から切り捨てられる事で、「芸術」概念の同一性は表層のマテリアルにおいてのみ維持されます。試しに、独創性において評価される実験芸術の規範を、工房的ギルド的に制作された古典芸術の評価にも援用したらどうなるか【※119】、美術の専門家に訊いてみたらよいでしょう。東洋のキリスト的イマージュは偶像化されません。キリストの代わりに哲学や思想、意志自体が文章となり、また哲学は文人趣味の内側で自己化―咀嚼され、ひいては「書く」事自体がまさにありのままに、文章に転位したマテリアルを潜勢的テリトリーに再転位させます。つまり、こうした転位作用のリゾーム的循環が書における「動機の文法」【※120】となる点で、書それ自体はもはや形式論理学的な主題ではあり得ないことになります。主題はむしろ書かれた内容の側にあり、また一方で書それ自体は専門家の間で「書表現」と呼ばれるがごとく、述語的性格においてのみ実体化します。
> 以上の様に、教育における「書道」の概念は通時的にも共時的にもかなり錯綜しており、特に現場においては「芸術科書道」の「国語科書写」化が露骨に期待されて居ります。にもかかわらず、そうした趨勢の根拠は教科側で最大限可能な譲歩的判断とは別のところにあり、交わらないものが交わる様に強制される点では常に非‐学問的です。~ここらでいったん、付随する諸々の疑問を羅列して置きます。普通に考えれば、これらはどれも荒唐無稽に見えるでしょう。しかし本当にそう云えるかどうか、共同幻想の影響なしに否定可能なものはどれくらい含まれているか、いったん保留して置く必要があります。つまり、否定が肯定を導くヘーゲル的作用を警戒する必要があります【※121】。すると、こうした疑問を敢えて肯定するためには、先ず根本的な認識から組み換え直す必要が出てくるでしょう。次節以降ではこの点を補足して参りますが、疑問それ自体は否定的でも肯定的でもありません。ずれの程度に応じて内容は変化します。そして内容は身体の様に、疑問を元々の器官であるかの様に取り込みます。
>・基礎概念が所与のテリトリーに収束しない場合、基礎指導自体が禁止されるのはなぜか。
>・学問的良心や理屈が通じなくなる様な抑圧作用が組織的に維持されているのはなぜか。
>・否定的判断が予定されている場合、同時に超法規的解釈も許容されているのはなぜか。
>・意識されないカテゴリーにおいては事実上、あらゆる点で差別主義が奨励されているのはなぜか。
>・学校における思想統制の基準を同一性信仰に依存するのはなぜか。
>・多様性と画一性のバランスを、(現勢的統合ではなく)潜勢的統合で解決するのはなぜか。
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「恥を忍んで」05

苹@泥酔

2021/05/04 (Tue) 01:04:14

8【再掲】「恥を忍んで」05 ( 苹 ) New!!
2012/01/28 (Sat) 05:44:33

【再掲】「恥を忍んで」05
7624 恥を忍んで(其三) 苹 2009/08/24 06:57

(雑感)
 青森ではどうだか知らないが、教育界に民主党を応援する動きがあるらしい。…そう云や在職当時に同僚から「××氏に投票してくれ」と声を掛けられた事があったっけ。さすがに「運動してくれ」との声はなかった。しかし後援会やPTAの要職(?)には地元の名士が多かったし、中には市長になった人も居るので(現職)、それなりの付き合いが水面下で培われる事はあり得るのだろう。
 学校の体質はそう簡単に変わるものではない。設備はそれなりに変わっても、人材は緩やかに動くし人脈は各学校を横断する。その一例が読み取れるかどうか、また何かの役に立つかどうかは些か心許ない。~以前ボツにした際(昨年か一昨年)、一通り読み直したところ最も無難なのが「其二」の箇所だった。無難でない箇所には別の指摘や分析をクドクド書き連ねてある。そちらの方が相応しいのかも知れぬが、とにかく長いので読み返すのが億劫でござる。
 …直訴書簡を書いた当時、もしかしたら誤読に基づく解釈があったかも知れない。或いはむしろ、今の私の方が誤読程度の甚だしさを増しているのかも知れない。それが何よりも恐い。一連のタイトルを「恥を忍んで」とした理由の過半はここにある。
 ちと紛らわしいので念のため。「其二」本文の「>>」で始まる段落はカヴァイエ本の引用箇所である。地元教育関係者の氏名や学校名は取り敢えず伏字とする。支援板では管理職を実名とした(あちらのアドレスはNo.7325を参照)。
 以下、No.7623の注釈を続ける。今のところ三分割とする予定。

(注釈)
【※79】××市に本拠を置く書道の社中「××会」事務局の食事会にて。
【※80】教員社会における勤務評定の役割との類似が部分的に入り込んでいる、と云ったら穿ち過ぎだろうか。ここでは成績本来の在り方が問題なのではなく、それが社会的にどの様な価値基準の下で連結していくか、そして成績に投影されるかの様な幻想的振る舞い―能力評価との間でどの程度ずれるか、といった事が焦点となる。~以下、参考にドゥルーズ著『記号と事件』(河出書房新社)二九四頁以降の記述を挙げて置く。「給与」と「成績」を比較するなどして、諸々の類似と差異を導出してみて貰いたい。「個人が体験するさまざまな内部滞在の機構、すなわち監禁の環境は独立変数である。そこでは環境が変わるごとにゼロからやりなおすのが当然のこととされ、すべての環境に共通する言語が存在したとしても、それは類比にもとづく言語なのである。これにたいして、さまざまな管理機構のほうは分離不可能な変移であり、そこで使われる言語は、計数型で(「計数型」とはかならずしも「二項的」を意味するのではない)可変的な幾何学をそなえたシステムを形成する。監禁は鋳型であり、個別的な鋳造作業であるわけだが、管理のほうは転調であり、刻一刻と変貌をくりかえす自己=変形型の鋳造作業に、あるいはその表面上のどの点をとるかによって網の目が変わる篩(ふるい)に似ている。これは給与の問題に、はっきりとあらわれている。工場というものは、みずからの内的諸力を平衡点にいたらせ、生産の水準を最高に、しかし給与の水準は最低にとどめる組織体だった。ところが管理社会になると、今度は企業が工場にとってかわる。そして企業は魂の気息のような、気体のような様相を呈することになる。工場でも、奨励金の制度があるにはあっただろう。しかし企業は、工場よりも深いところで個々人の給与を強制的に変動させ、滑稽きわまりない対抗や競合や討議を駆使する不断の準安定状態をつくるのだ。愚劣このうえないテレビのゲーム番組があれほどの成功を収めているのは、それが企業の状況を的確に表現しえているからにほかならない。工場は個人を組織体にまとめあげ、それが、群れにのみこまれた個々の成員を監視する雇用者にとっても、また抵抗者の群れを動員する労働組合にとっても、ともに有利にはたらいたのだった。ところが企業のほうは抑制のきかない敵対関係を導入することに余念がなく、敵対関係こそ健全な競争心だと主張するのである。しかもこの敵対関係が個人対個人の対立を産み、個々人を貫き、個々人をその内部から分断する、じつに好都合な動機づけとなっているのだ。「能力給」にあらわれた変動の原則は、文部省にとっても魅力なしとはいえない。じじつ、企業が工場にとってかわったように、生涯教育が学校にとってかわり、平常点が試験にとってかわろうとしているではないか。これこそ、学校を企業の手にゆだねるもっとも確実な手段なのである。」~その少し後で、ドゥルーズはこんな事も述べている。「逆に、管理社会で重要になるのは、もはや署名でも数でもなく、数字である。規律社会が指令の言葉によって調整されていたのにたいし、管理社会の数字は合い言葉として機能する(これは同化の見地からみても、抵抗の見地からみても成り立つことだ)。管理の計数型言語は数字でできており、その数字があらわしているのは情報へのアクセスか、アクセスの拒絶である。いま目の前にあるのは、もはや群れと個人の対ではない。分割不可能だった個人(individus)は分割によってその性質を変化させる「可分性」(dividuels)となり、群れのほうもサンプルかデータ、あるいはマーケットか「データバンク」に化けてしまう。」(二九六頁)
【※81】成績分布における評価の最低基準が「達成度」と「優秀度」を重合した水準で定まる場合、達成度―到達度の収束する地点―可能態がマキシマムになるのと比べて、指導内容に対するレスポンスとしての成績自体は、指導要領の範囲内で定着した学力自体をミニマムな現実態―最低評価基準とする限りにおいて定まる。ところが実際は、学習指導要領で示された内容よりも高度の内容が(優秀さを相対的に規定する目的の範囲内で)指導の前提となるから、この時点で建て前となった評価は(可能態としての規範を区画する逃走線の片側で)現実と幻想とを重合し始める。また一般に、到達度評価は生徒の学力が充分に定着するまでの過程で指導目標を基準に定まるから、目標が平易なものであればあるほど生徒の学力は高まり、必然的に正規分布しなくなる(例えば、全員が満点となる場合を容認せざるを得なくなる)。もし、当方がかつて××××芸術科主任から正規分布しない場合について「簡単過ぎるからだ」とか「難し過ぎるからだ」と指摘された様に、指導目標の水準が過度に(と云っても高校で指導する水準を逸脱しない程度に)やさしかったり難しかったりしてはならないのであれば、そこから先は正規分布する様に指導目標を調整するか、或いは同じ平易な内容でも分かりにくく指導する必要が出てくる筈である。そしてまた、教科内基礎以前の基礎領域がまだ定着していない生徒に指導する場合、前‐基礎の指導は(いかに難しいものであっても)顕在的な指導目的ではないがゆえに評価対象とはならない。~尤も見方を変えれば、こうした基礎なき生徒達が高度だと思う様な(指導要領に適合し教科書に準拠した)内容と前‐基礎とを分断すれば(要するに指導を放棄すれば)、むしろ事は簡単に済むとも云える。なぜなら、「優秀度」の評価に値する生徒は全体の一割程度となるため、見かけの正規分布と引き替えに学力自体の向上は殆ど期待できなくなるのだから(学力を向上させようなどと考えてはいけない。同一指導内容のアフォーダンスが全く違ったものとなってしまう)。分かりやすく基礎から指導すれば、結果的に全体の成績は上がる。ところが全体の成績が上がれば正規分布しなくなるから、指導目標はより高度な水準でなければならなくなる。正規分布する様な指導はそれ自体が学力格差を必然的に生成するタイプの規範意識―制度に収束するため、ここから先は「達成度」という観念そのものが自ら転倒し飽和してしまう。飽和した達成度は、もはや学力の達成度ではない。生徒全員が満点を取ってはならない様に(満点を取らせる様な指導をしてはならない様に)、達成度は差異の識別手段から生成手段に変容しなければならなくなる。同一シニフィアン内で分裂したシニフィエとしての達成度は「優秀度」の中に溶解しつつ飽和し、語のシニフィエ自体はシニフィアンの差異を超越しつつ横断し、やがて同一化―還帰する。従って自己目的化した「達成度」自体は「優秀度」に埋もれる点で「劇的な低さ」そのものを本体とし、低回しない方の達成度は評価目的の〈外〉であるがゆえに、もはや評価の対象ですらなくなる。
【※82】×××教諭(日本史担当)。
【※83】選択科目の多様化。書道の場合、それまで普通科では書道Ⅰを一年生二単位必修、二年生一単位必修、書道Ⅱを三年生二単位選択で履修していた。平成十一年度からは書道Ⅰを一年生二単位必修、書道Ⅱを二年生一単位必修、書道Ⅲを三年生二単位選択で履修することになったが、平成十年度末の希望調査では書道Ⅲの選択者がいなかった。普通科三年生は三つのコースに分割され、そのうち二つのコースの生徒が芸術科目を選択する。これまでは芸術科目内部で選択していたが、この年からは芸術三科目・情報処理・調理の五科目に選択肢が増えた。
【※84】幕末期の版本~中でも唐様の影響が浸透した後のものは読みやすく、国文学の演習などで用いられる『雨月物語』などの版本とはかなりの差がある。明治から昭和初期にかけての習字本は、東照公遺訓も手紙文も総じて読みやすくなっており、初学者には(今でも)ほぼ全部が最適の教材であると断じてほぼ間違いない。一葉の書簡や小説原稿は明らかにこれらの影響を受けており、管見したものはどれも実に生真面目な書きぶりだった。書風は国定手本乙種系に近い。
【※85】実際に読んでみると、仮名は取るに足らない。癖を把握すれば誰でも簡単に読める。それに比べて漢字は読みにくい。版本を読解する際、振り仮名は特に教育の場で絶大な効果を発揮しただろう。~同時代人の読み方を辿るのは難しいが、横溝正史(明治三五年―昭和五六年)の『獄門島』(角川文庫)第九章「発句屏風」には以下の様な具体例がある。「この二枚折りの屏風というのは、(……)おひなさまの屏風みたいにかわいいやつで、地紙には、昔の俳諧書をばらしたらしい、木版刷りの紙が、いちめんにはりつめてある。刷ってあるのは連句らしいが、妙にひねくれた書体だから、耕助には、「哉(かな)」だとか「や」だとかいう字のほかは、とんとちんぷんかんである。さて、この地紙のうえには、右に二枚、左に一枚と、つごう三枚の色紙がはりつけてある。色紙のうえには、いずれも一筆書きで、坊主だか茶人だかわからないような人物がかいてある。(……)さて、これらの肖像のうえには、それぞれ俳句らしいものが書いてあるが、これがまたすこぶる達筆ときているので、難解千万なこと地紙の俳諧書以上である。(……)/まず、右上のやつだが、これは上五と下五が、ともに平仮名になっているらしい。―と、そこまではわかっても、その平仮名が問題なのである。耕助はしばらく、上五と下五を交互ににらんでいたが、俳人特有のひねった文字は、さながら、五月雨の泥をのたくるみみずの跡のごとく、尾頭定かならずで、いっこうちんぷんかんぷんである。耕助はあきらめて、こんどは作者の名前へ目をやった。すると、その名前とおぼしいやつがふたつある。これは妙だと思ってよくよく見ると、ひとつのほうの名前の下には、写すという字が書いてあった。これで、はじめてわかった。その色紙は、作者みずからが書いたものではなくて、なにがし宗匠の句を、別のなにがしが書いたものにちがいない。ところで、よく見ると、この別のなにがしなる人物の名は、他の二枚の色紙にも見え、どれにも下に写すという字が見える。すなわち、この三枚の色紙は、全部同じ人物によって書かれたものらしい。そこで耕助は、三枚の色紙のなかから、できるだけわかりやすい書体のやつを探し出して、やっとそれを極門と判読した。/「なあるほど」/と、そこで耕助は満足らしく鼻を鳴らした。極門という雅号は、いうまでもなく獄門島をもじったものにちがいない。してみると、この色紙を書いたやつは、獄門島の住人にちがいない。と、そこまではわかったが、それだけではなんにもならない。そこで耕助は、いよいよほんとうの作者の名前を判読にかかる。この名前は平仮名三字になっていて、よく見ると、右の色紙二枚に、同じような字がある。してみると、宗匠頭巾に十徳という二つの肖像は、やっぱり同じ人間にちがいない。ところでその男の名前だが……と、苦心惨憺のあげく、やっと耕助が判読したのは「おきな」という三文字。/「なあんだ、芭蕉か」/地下の芭蕉翁にはお気の毒ながら、そのときの耕助の口調には、はなはだ不遜なるものがあった。といって、耕助かならずしも、一部俳人たちが神とあがめる芭蕉のおきなを、軽蔑したわけではなかったろう。苦心惨憺のあげく判読した名前が、あまりポピュラーな名前だったから、気抜けしたのかもしれぬ。/さて、それが芭蕉の句だとすると、また、判読のしようがある。耕助はあらためて上五と下五の平仮名のなかから、「お」という字、「き」という字、「な」という字はあるまいかと、蚤取りまなこで捜索したあげく、やっとその句を、つぎのごとく判読することができた。/むざんやな冑(かぶと)の下のきりぎりす/耕助はこれでやっと、肩の荷がおりたような気がした。こうして一枚のほうがわかると、あとの一枚は案外すらすらと判読できた。/一つ家に遊女も寝たり萩と月/ともに「奥の細道」に出てくる句だから、耕助も中学校の読本で習ったことがある。/こうして右の二枚は首尾よく判読できたが、さて、あとの一枚である。このほうは、肖像から見ても、芭蕉でないらしいことがわかる。芭蕉はこんなに行儀が悪くない。作者の名前を見ても、おきなでもなく、芭蕉でもなく、はせをでもないらしい。しかし、こうして右に芭蕉の句がはってあるからには、左のその句も、芭蕉に匹敵するような、昔の大家にちがいない。まさかそんじょそこらの月並宗匠の句を、もったいなくも流祖おきなと相照応するようなことはあるまい。そう思って、あれやこれやと、記憶にある昔の宗匠の名をあてはめているうちに、耕助はやっとそれを其角と判読した。/「なあんだ。其角か。ばかにまた、むずかしい字を書いたものだな」/耕助は不平らしく鼻を鳴らした。それに其角という人物は、師走の橋のうえで大高源吾と禅問答みたいなことをやらかして、あとで大恥かいたというエピソードで知っているくらいのもので、句そのものはあまりよく知らないから、それから判読してかかるのは、ちと自信のない仕事であった。/「ええ―と、あのときの発句はなんてたっけな。そうそう、年の瀬や水の流れと人の身は―か、それとはちがうな」/そこで耕助は、記憶のひきだしをさんざんひっかきまわしたあげく、やっと、其角の句とおぼしきやつを二、三ひっぱり出してみた。/「名月や畳のうへに松の影。涼しさはまづむさし野の流れ星。―どれもちがうな。角文字や伊勢の芒の―あれはどういう句だっけ、伊勢の芒の―ええと―いや、どっちにしてもこの句じゃない。いったいこれはなんと読むんだろう」/耕助がやっと読めるのは、「の」という字と「を」という字と、「に」という字だけ、それにさんざん頭をしぼったあげく、やっとおしまいの二字が「可那(かな)」であるらしいことに気がついた。すなわちその句は、/○の○を○に○○可那/となるらしいのだが、○のところの漢字らしいのが、どう考えても、わからない。「○」ので行をかえてあるところをみると、これで上五になるらしく、すると「○」一字で四音になる漢字―橘(たちばな)の―ちがうなこの字にはヘンがない。―」~このプロセスを整理すれば、当方の仮名読解授業そのままの形になる。
【※86】内容は稚拙の極み。口に出すのも恥ずかしい水準にあるが、生徒相手なら多少のごまかしがきく。~加××さんという女生徒が放課後に練習していた。彼女の友達が書道室に来て、お喋りが始まった。暫くして当方も加わり、二人の名前を横一列に板書。即興で「加××××」で始まる五言詩を戯作したところ、そこそこウケていた模様。「漢詩で遊ぼう」の意図については定かでないが、漢字文化が必ずしも教条的なものばかりではないという事だけは少なくとも伝わったらしい。~戯作は古来無数にある。例えば加地伸行著『現代中国学』(中公新書)一三八頁の『人民日報』引用には「東風拂面催桃李、鷂鷹舒翅展鵬程、玉盤照海下熱涙、遊子登台思故城、休負平生報国志、人民育我勝万金、憤起急追振華夏、且待神州遍地春」とあり、アナグラムは「李鵬下台、平民憤」となる。
【※87】校長は平成九年の夏、「私は授業は見ない」と明言している。もし「書道教員は読めない」との先入観があるなら、ここでの解釈は根底から覆る。
【※88】ここでは主に、情報処理を念頭に置いた。そもそも当方の授業は最終段階において現代的リテラシーと古典的リテラシーの比較を前提したものであり、そうした点から云えばむしろ、大多数の生徒は食物調理や書道よりも情報処理を選択する方が望ましいと云える。実際、当方はこれまでそう断言するに足る水準の(つまり低水準の)授業を展開してきたし、ここから先の書道の授業(書道Ⅲ)では後々、多くの高校で実施している水準まで教材の難度や範囲を引き上げた上で、いっそう専門的に(卒論執筆を組み入れたりするなどの方策も含め)大学教育との円滑な接続を目指す予定であった。
【※89】学問教育が大学に一本化され、高校が(普通高校と職業高校との区分とは別に)受験教育校と大衆教育校とに振り分けられる様になって以来、教育組織間の相互依存構造は事実上、学問を企業型の論理に取り込み続けてきた。例えば受講者数を量的にも質的にも採算性の変数と捉え、不人気科目の教員を低く査定する様な慣行が定着した環境下では、ソシュールの様なタイプの学者にはそもそも基本的な教育力が不足している、と判断されるのが普通である。第一、受講生の人数が少ない。しかも自分の研究成果を教えている(つまり内容が常識的でない~学ぶ前から知られている訳ではない)。まともな教員は大抵、企業が消費者の歓心を買う様な方法で生徒の能力に見合った指導を優先する。だから(たとえ最終目的において必要であっても)手段において高度な内容を扱ってはならないし、教えたところで生徒が理解するとは限らない。ここで肝心なのは、高校教育は高等教育ではないという事である(現に学問教育は禁止されている)。他方、企業には既に独自の教育システム=研修制度が存在しており、そうした点から見ても公的学校制度は、今や単なる企業教育の下請け機関でしかない(予備校や専門学校に比肩できないほど「学力低下」が進行している点では、既に本来の役割を終えている)。そして~大学(大学院)に期待されているのはただ一つ、出先研究機関としての役割だけである。そのため公教育に残された取り柄は精々、身分獲得制度としての役割くらいのものとなり、その影響は潜在的で差別主義的な価値判断の形で具体化し、期待される教育力は社会環境への適応力の陶冶に収斂する(フリー・スクールの社会的地位や不登校問題も顧慮されたい)。つまり教員には、(学問的自覚とは無媒介に)生徒の自己学習力を社会人としての自覚に向けて誘導する能力が求められる。ところが実際はこの点が法的にも倫理的にも不充分であり、生徒の方は内輪で自発的に階級制の体験学習を始める(歴史的にはガキ大将、学園闘争、校内暴力、「いじめ」など)。~教員集団も環境から影響を受ける。学問を必要としない学問の場に授業を持ち込むためには、学問的良心を飽和状態にしつつ教育的良心にすり替える様な精神力動的ストラテジーが必要となる。その結果が集団的自明性により自己言及的に裏付けられるとき、教科間の縄張り意識などに見られる相対的規範はあらかじめ、科目自体に対する暗黙の価値判断を前提した上で予定調和する様に仕組みかつ仕組まれる。それゆえ所与の価値判断は、多様性への逃走を許さない。元々ここでの多様性は階層化されており、生徒は(学問的内容を、ではなく)科目の社会的階級を選択することになる。生徒側から見れば、「A科はB科よりも難しそう、C科には興味がないからB科にしよう」となる様に。これを教員側から見れば、選択科目の授業は内容自体が商品となる。ニーズのない商品は売れない(選択されない)。だから当然、「喋り」の技術で生徒を引き込もうとするケースが出てきてもおかしくない(校長の発想には、この傾向が多分に疑われる)。ニーズに合わせて中身を形骸化してもよいのであれば、事は簡単に済む。しかしこの方策を取った場合、教員は結果的に自ら学問を放棄したことになる。
【※90】先ず手懸かりとして、手島右卿の経団連講演を挙げて置く(『書道美術新聞』七一三号所収、「手島右卿大観研究資料篇」から)。~「けれども、書の本当の美しさというものは、そういうふうに人間の視覚で判断できるものじゃないのですよ。心でこれを味わうという奥深いところに美があるし、それからまたこちらの奥深いところで、これを受け止めて鑑賞していかなければならないのでございます。ところが、今何でもわかり易いものがいいものですから、表に出してしまっておるわけですね。非常に薄っぺらなものでございますよね。/ですから、本当の書の概念、今までの概念からこの頃の展覧会の作品を見ると、びっくりするのじゃないかと思うのです。ちょっと思惑が違うのですよ。よくなってきているかということになってきますと、書の本質からいうと、本質では非常に希薄になっているわけですよね。見た目には何かこう、美術的な仕事をしているということは、いえるかもしれませんけれども、書の本当のものは、そんなものじゃないということです。」~以上の通り、手島は視覚による判断を鑑賞の中心に置いていない。それよりはむしろ「心」という一見曖昧な水準で味わう事を美と絡め、(対象との関わり自体にではなく)「こちらの奥深いところ」の側に鑑賞する主体の在処を委ねている。また~手島はこの引用箇所の少し前、「そこで大事なのは筆順ですね。筆順が狂うと、これはもうどうしても具合が悪い」とも述べている。そして「上手下手」の問題については「上手でもいけない、下手でもいけない」と述べ、かと云って「中庸」でもない両方の合体が「至巧」であると述べている所から見ると、これら個別の顕在的視点から得られる事柄はもはや中心的な問題ではなくなってくる。そこに筆順の話が加わるのだから、これは結局「見えない」システムから派生する美の潜勢的構造において、「上手・下手」の判断それ自体が表層への転位―運動を指すことになる。また~こうした運動は「こちら」を前提したコミュニケーションの問題でもある事を同時に指示していることになるから、鑑賞するために必要なデコードのシステムを観賞者の側があらかじめ保持していない場合、元々鑑賞などできる訳がない。それゆえ当方の云う「教養」は、筆順を含む応用可能な~つまり関数として整序可能なシステム全般の事を指し、その目的は認知科学における対象の扱い方と多くの点で重合する。
【※91】石川忠久を聞き手とする米寿記念対談集。三七頁以降にはこう書いてある。「小学校時代のことで特筆すべきことは、小学校の一年のお正月、だからもう二年になるときですが、親父がぼくに習字を習わせた。(……)ちょっと入ったところに先生の家がある。そこへ一週間に一遍通いました。先生がお手本を書いてくださって、一週間かかってそれを書いていく。「千字文」を四字ずつ書いていく。一枚の半紙に二字だから、二枚書くわけだ。それを一週間お稽古して、先生のところに持っていく。先生が見て、よければ「次」と言い、悪いと「もう一度」と言われる。先生の前で新しいのを書くんです。だから、筆と墨と紙を持っていかなければいけない。/それはかなり長続きしまして、中学の四年までやりましたね。さすがに中学の三年ぐらいのときに千字文も上がったんですよ。たった一週間に四字ずつだから、二百五十週かかるわけだな。一年五十週としても五年ですよね。まともにいけばそうだけれども、夏休みや冬休みは休むから、中学の二年か三年までかかったんですよ。楷書が終わってから、篆書の真似ごとをやったり、隷書の真似ごとをやったりしていましたが、中学五年になったら、習字なんかやっていられなくなった。こっちは必死で受験勉強をしなきゃならなくなってやめちゃったんだ。/高等学校に入ったら、寮に入ったでしょう。寮に入っていちゃできないわ。おまけに弓引いているから、できないというのでやめちゃったの。いまでもそれは残念ですけれどもね。」~当時も今も、学校の書教育はミニマムであり続けている。手島右卿も宇野同様、学校外でマクロな基礎を学んだ。『書道講座』(二玄社)第一巻「楷書」一一八頁には、「小学校に上がるか上がらないかの頃、安芸の街で見かけた看板の隷書の形に興味をもったのが書との機縁のはじまり。家が法律事務所だったので書生が毎朝たくさんの墨をする、その傍で隷書のかたちを書いては楽しんでいたが、小学校の三、四年の頃大人達の競書大会にとび入りで出て隷書を書き審査員の眼にとまった」と書いてある。

「恥を忍んで」06

苹@泥酔

2021/05/04 (Tue) 01:16:05

8【再掲】「恥を忍んで」06 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/28 (Sat) 21:17:53

【再掲】「恥を忍んで」06
7625 恥を忍んで(其四) 苹@泥酔 2009/08/25 01:26

 以下はNo.7623の注釈。

【※92】学校における身分差別は擬似的環境において整備される。また~階級は成績や生活態度の評価順に定まり、構造安定性は(先入観の影響を含めて)概ね短期的に保持される。~生徒の成績を序列化する上で数字自体を主体化しても構わないのであれば、①一方の絶対評価は能力評価と無関係でも構わない筈であり、また②もう一方の絶対評価は純然たる能力主義や学力優先主義であっても構わない筈である。この場合、「難し過ぎる」とか「簡単過ぎる」とかの判断は、①側では結果から指導内容に逆行する様な指導目的自体の褶曲を序列化の根拠とするがゆえに可能となり(数字は生徒間の関数を成り立たせるための変数となり)、指導内容は合目的的に変質する(褶曲作用は「どの様に収束するか」を数字の「意味」に連ねる)。また②側では、結果から指導内容との間で循環する様な指導目的自体の褶曲を序列化の根拠とするがゆえに最後は不可能となり(数字は見かけの定数に収束する様な振る舞いの下で極限化し)、序列の解体と流動化を自ら促進する(褶曲作用は「何に収束するか」を数字の「意味」に連ねる)。ところが実際は、(校長の言説などを観察するところ)アフォーダンスの差異がリゾーム状評価と連なる様な可塑的評価システムや大手進学塾型の数値評価システムは事実上認められていないらしい。主体はあくまで全体の側にあり、同一性信仰は自己言及的判断に裏付けられる。絶対評価は従となり、企業的意味での能力主義に包含される。
【※93】以前、××教諭から「云ってる事とやってる事が違う」と云われた事があった。どういう意味か今も不明なままだが、指導内容の同一性と指導効果の同一性との混同が原因なら、差し当たってはこう補足して置くべきだろう。~生徒の理解力が言語的基礎に裏付けられてある場合、指導内容は実技と理解とを結ぶ論理式としての役割を担い始める。従って能力主義的な見方は、実技の水準(「見えるもの」)を見る場合と構造的な論理水準(「見えないもの」)を見る場合とで判断の結果が異なってくる。例えば音楽の場合、音と言葉の相互関係は旋律に意味論的解釈を重合する(ベルリオーズやリストの標題音楽、ワーグナーの示導動機、R・シュトラウスの初期楽劇におけるシュプレヒゲザング的旋律など)。これと同様に、視覚表現としての書道における意味論的水準は言語としての本来の在り方に潜み、また~これを含めた書表現の全体は、言語表現の閾下で構造的かつ多様なバイアスの変化を芸術的に振り替える。だから書道や音楽における言語的役割は、あくまでそれぞれの対岸にある筈の相対的領分との関係においてのみ判別されたり比較されたりするべきであって、しかも具体的には比喩的領分と転倒するべきではない。もちろん音と旋律とではそれぞれの役割―内容が異なるし、書かれた(或いはやがて書かれることになる、現実的(リアル)かつ可能的(ポツシブル)な記憶の模像としての)文字と線との間でも内容は異なる。線の指導において充分となるものを文字の水準に持ち込めば、言語は自ずと忘却される。従って文字が言語の単位として最低限の意味を所有する以上、こうした指導はもはや言語的である必要はない(つまり指導の領分が異なる)。同一のものが同一の方法や理念に基づいて指導されるなら、指導された内容は常に教員自身の理念的背景を含む知的水準全体と関わるが、それだけに同一性はむしろ〈外〉からの影響を受けやすくなる。
【※94】平成十年、普通科二学年生徒の成績評価について(成績変動幅は五段階中二、三段階)。この学年は一単位の授業であり、一学期の殆どの時間を篆刻に費やした。従って毛筆による単元は必然的に、二学期以降でしか評価できない。また個々の成績は内規に適合する様に平均点や評定段階の分布を操作して初めて評定となるため、平常点を含む生点は単なる素材でしかなくなる(つまりクオリティよりも順位が優先される)。しかも公的成績は評定側の成績であるから、評価基準は学期毎に内規と合う様に操作され変動する。従って個々の生徒が自覚可能な成績は学期間の横断性を失い、生点の変動とは異なる評定の変動が相対的な比較対象となる。~具体的にはこうなる。例えば或る学期の生点の平均が低い場合、この平均点は内規の指示する水準まで底上げされる(六十点台後半)。そして分布は評定五と四を合わせて五〇%以上等々の内規に合わせて調整され、総ての条件を満たしたものが「評定」となる。当方が教わった大多数の教員と同じ調整方法は、①生点の成績順に並べる、②内規のパーセンテージや基準平均点に合う様に、点数をほぼ均等に見える様に割り振る、というものである。最低の評定段階(評定二または一)は必ず出さなければならない(評定二を出さない科目が増えたので、平成九年頃の会議でこの方針が再度徹底された)。
【※95】体育館を見回ったとき、この生徒から最初の進学相談を受けた。その後まもなく、休憩室で小論文担当教員の添削を教頭達と一緒に覗いたところ、この生徒には台湾在住の親戚がいる事が分かった。そこで加地伸行著『現代中国学』(中公新書)を貸し出した。彼はこの本を熱心に勉強していた様で、推薦入試では大東文化大学中国文学科に合格したとの事。報告に来たので、取り敢えずお祝いにベイトソンの言葉を贈って置いた(「結晶構造と社会構造とを同じタイプの法則が貫いていることを見いだし、ミミズの分節と、玄武岩の円柱とを、同様のプロセスが律していることを発見しなければならない」)。
【※96】用紙一枚に最も単純な自問自答シークェンスを二箇所設け、問答の整合性や二つのシークェンスの(転位を含む)連関に毎回コメントを加えた。中には女生徒ならではの「うっちゃり」の効いた展開や、当方のよく知らぬ(西田龍雄の著書一冊を過眼した程度)西夏文字の話題を持ち出す内向的男子生徒もあり、日々の添削は実にスリリングな体験となった。プラトン方式の「対話」や記憶媒体としての文字言語の属性を念頭に置いて、取り敢えずファイルに綴じてポート・フォリオ形式としたが、約八十名分のコメントを添えるだけで精一杯となり、実のところ評価までは手が回らなかった。本文で述べた「哲学的動機を形成した(らしき)生徒」の場合はむしろ劣っていたくらいだが、思考の契機になればそれで充分としたためか、実際はこのファクターで成績を落とさずに済んだ(進学相談を受けたのは、翌年になってからの事である)。~たぶん、思考のプロセスを授業側の時間的都合に合わせて採点―制度化するべきではない。
【※97】第一部第一章中「技術としての藝術」「美的価値の実現」から要点を抜粋。カントの分類やマッテゾン、マールプルク、テレマンからの引用部分を削除したため、記述のバランスは整った(この本は音楽美学の立場で書かれてあり、その分だけ概説的内容は他の美学一般の書物よりも短くまとまっている)。
【※98】以下は加筆版の出題詳説。~問題①「以下の説明文を読んで、」→(前提)後出の説明文を読み、内容を理解していることが前提となる。つまり、説明文に取り上げられている事実・知識や主張を指標としながら、それに対するレスポンスを期待していることになる。/②「東洋の芸術観と西洋の芸術観との違いを考えながら、」→(註釈)ここで《考える》べき焦点は、芸術観の問題に集約される。この場合は、東洋と西洋の差異について観察・発見・思考すればいいぞ、とアドヴァイスがなされているから、思考の方向が説明文の外側に拡張されることを暗に期待していると見てよろしい。(説明文は、東洋について何も触れていないからである。)/③「千二百字以内で小論文を書きなさい。」→(出題)小論文の規模を規定している。この字数内に収めればよいのだが、最低字数は所定字数の八割以上とみなすべきである。原稿用紙の体裁によっては、改段による字数の制約が変化するので、日頃から明確な論旨をなるべく短くまとめる練習をして置いた方がよい。/テーマ④「テクニクと心との関係について、」→(題材)論旨展開の題材を規定している。ここでは「テクニク(いわゆるテクニック)」と「心」との《関係》を扱っている。要するに、それらの《関係》する有様が指摘されていればよい。ここには例えば~相互補完・共同展開・相互破壊・環境再編など、絡み合う作用の性質が見方次第で様々に変化し得る。つまり、答えはひとつではない。従って、あらかじめ視点・論点が発想された理由を明確にして置かなければならない。これを怠ると、しばしば独善的な展開による論理の飛躍を招きがちになってしまうので、細心の注意が必要である。対策としては、論理構造内に複数の視点を取り込んでしまうのが手っ取り早いが、そうすると字数超過になりがちな悪弊が出てくる。だから③で述べた練習の必要が出てくるのである。/⑤「書道の芸術性においてはどのような解釈が可能か。」→(論点)論旨展開の場を規定し、結論がどこに向かえばよいかを指示している。ここでは「書道」という場に置かれた「芸術性」の問題を指示し、その方向性が「解釈」の「可能性」に向かえばよいことを意図している。つまり、説明文は単なる参考材料に過ぎない。客観的な文章となるための安全弁に過ぎない。説明文に対する批判的精神から、どのような問題意識が拡張されてくるかを~採点者は見つめるのである。
【※99】どちらの発言も、職員室で勤務時間内になされたものである。なお、平成十三年三月末の発表によると、××教諭は教頭に昇進との事。
【※100】コードを取り巻く反復作用は制度化されたエクリチュールに線形で多数の見方を取り込み、多様で偶然的な逃走のセリーと選択的で必然的な物語的収束のシークェンスとに分節可能な二つの流れ(flux)を、同一の門(phylum)に(元々の状態と同一の形式―差異のままで)折り畳む。~因みにドゥルーズは、『記号と事件』(河出書房新社)一六頁で「つまりエクリチュールを流れとしてとらえ、コードとは考えないということだね」と述べる一方、一八頁では「そして書くということは、その他もろもろの流れに組み込まれたひとつの流れにすぎないし、他の流れにたいして特権をもつわけでもないから、糞の流れ、精液の流れ、言葉の、行為の、そしてエロチシズムの流れ、また貨幣の、政治の流れなど、自分以外の流れを相手にして順流と逆流が渦を巻くところに関係づけられる。片方の手で砂浜に文字を書き、もう一方の手でオナニーをするブルームを思いうかべてみるといい。ブルームのふたつの流れはどんな関係にあるのか考えてみるといい」と毒づいてみせる。ここには「流れ」とエクリチュールとの危険な関係がある。コードを取り巻く言語と書字との距離が同一性幻想の下で収斂するとき、本来の門は逆向きのシークェンスに取り込まれつつ襞の〈外〉に「流れて」しまうのだから。~以下はガタリ著『分裂分析的地図作成法』(紀伊國屋書店)二〇八頁以降。「まずはじめに強調しておかなければならないのは、感覚的な補強と物質的な《基盤》を失うことによって消滅せざるをえないと思われるひとつの形式が、プロセス的な前方への逃走のあとにも残存しているということである。それどころかこの形式は、それが由来するモジュール的なもろもろの準拠を再生産し続け、さらにこれらの準拠を、無限に増殖する可能的なものの相空間に組み入れることによって豊かにする。具体的に言えば、ここで問題となっているのは、突然変異的・創造的な局面へと開かれた表現のあらゆる素材である。その素材とは、すなわち、遺伝コード、動物行動学的コード、記号的コード、記号論であり、また《構成主義的》な表現が―音声的、書字的、器官的な―もろもろの物質的な連鎖に結びつくあらゆる状況である。この《構成主義的》な表現は、この結びつきにおいて、次のような二重の運動を始動させる。つまり、この表現を分節するモジュール的な関係を通して表現が「自らに対すること」という運動と、記憶的・可能主義的なさまざまの提示位置(プロ・ポジシオン)(Pm)によって、別のところであとから表現が「ほかのものに対すること」という運動である。/信号的な(あるいはコードの)ゆらぎがフラクタル的な剥離を起こす瞬間から、次のような明確に異なるふたつの部分を考慮しなければならない。/―本来の意味でのフラクタル的な増殖。これは表現機能f(exp)の基盤であり、抽象的な機械状の門vmaと、それに対応して非物体的な準拠の世界とにおいて行われる。/―言説的で剰余的なもろもろの形式。この形式は、その場に留まり、衰えて弱まり、素材―形式という関係によって編まれる意味を欠いたままであるが、次の節で見るように、実存機能f(exi)の構成においては重要な役割を演じる。/脱テリトリー化されたフラクタル的なプロセスによって生じる表現機能f(exp)は、ふたつの領域に介入する。一方で表現機能は、それを支えている感覚的モジュールに固有なもろもろの対称的な定式を、果てしなく反復し反響させる(表現機能はこれらの定式を際限なく変形、歪曲、縮小しながら反復する)。他方では、この同一の定式をもろもろの準拠の集合―あるいは可能的なものの相空間|―に位置づける。この準拠の集合は、想像できるものも想像できないものも含めたもろもろの接近角度の集合を明らかにする。したがって表現的なフラクタル化は反復するだけでは満足せず、付加価値を生産し、コードの剰余価値を生み出す。それは、常に新しいものをポケットから取り出す用意がある。したがって|は、Fに隣接するもろもろの可能的なものの積分を表す。説明のために、任意の数字[225]を使って、表現機能ECを支える偶然性の点Pcの定義を示そう。いろいろな方法で数字[225]を作り出す手続きの全体(例えば整数、分数、無理数、虚数などを使って)が、この数字に関する相空間をなすだろう。/空間|は、Pcの可能なあらゆる生成を含む。しかし、この説明はまだあまりに《平板》である。それよりも、以前に述べただんだんと細かくなっていくパイこね変換をふたたび取り上げよう。偶然的なものの襞Pcを位置づけるためのもろもろの操作について、Pcに達する最後の操作をP1、最後から二番目の操作をP2という具合に名づけよう。パイこね変換のばあいと同じように、襞は《必然的》であると同時に、予測不可能なさまざまな局面を生み出す。このことから、実体的な位置Pcのあいまいな性質が生じる。一方では、この位置は、可能なあらゆる手続全体における無限に多くの例のなかのひとつにすぎない。しかし他方では、それは偶然的で必然的な留め金を構成し、それなしには前記の手続きは決して始まることも展開することもできない。/もっと質的な例を考えることもできる。窓際にあるこの植物はひとつの感覚的テリトリーを現前化しており、そのテリトリーの準拠の線のひとつは、緑という色である。内在的決定可能性のモジュール的な水準では、緑がこの植物の偶然的な現存在に何らかの仕方で被胞されていることをしっかり認めるべきである。しかし同時にこの緑は、われわれがそれに対して取りうる多数の視点に、さまざまな面をさらしている。偶然性の襞には観察者の距離に関連するものもあり、色の段階づけや対比関係もしくは補色関係に関連するものもある。さらに可能な光のもろもろの強度や温度などに応じて微妙に変化する襞もある。だんだんと無数の視点が広がっていくのだが、それらの視点すべては、その瞬間にそこにあるこの緑の存在を構成する同一の《終点》に達する。このように、これらの視点の集合|1は、未分化な寄せ集めをなしているのではなく、いくつかの制約によって組織化されている。これらの制約は、焚火の赤みがかったほのかな光が|1とは異なる相空間|2に関係するという具合に組み立てられている。つまりこの制約は、フラクタル的な折り畳みのさまざまなシークェンスによって生成されている。もちろんそれが成り立つのは、前のふたつの相空間を含む第三の相空間|3が、たとえばパステル画の構成のように、植物の緑色と火の赤色とを関連づけていない場合である。/われわれは次のような原理から出発するだろう。すなわち、もし、もろもろの形式とそれらの相互作用との認識が、《紆余曲折の末に》生命の出現とともにやがて生じるとするならば、その認識は、すでに何らかの仕方で、おそらく非常に異なった様態のもとに、別の存在論的水準において存在しているという原理である。この原認識は、実存的共立性のあらゆる獲得や、構造的テリトリーもしくは脱テリトリー化されたシステムのあらゆる形成に、内在的に属しているはずである。それ自体のうえに閉じた現存在と、世界と生命のもろもろの事象をひとつに結びつける原他者性との、このような結合の要石となるものは、分節Pc|(偶然的なものの点―表象的な相空間)である。今後われわれは、この分節に、表現―内容関係(偶然的な表現Ec、相の内容C|)という(新たな)資格を与えよう。/C|は、内在的で形式的な決定可能性の線(Di)(これらの線はテリトリー化されたもろもろのモジュールのなかで結びつけられていた)が相互に集中し、それと同時に相互に脱テリトリー化する場である。これらの線は、いまや外在的決定可能性Deと出会い、それと連結する。実際ここでは、もはやDiの線とDeの線を区別する必要はない。d+∞とd-∞のセリー状の同一の線が、次のふたつの状態で共存している。つまり、①Diのモジュール的な状態と、②さまざまな機能を持つもろもろの共立性や体制に従って、外在的決定可能性のサイクルを通して移動するDeの状態。/こうしてセリー状の同一の線―《緑》―は、モジュール的な関係mfに限定されることもあり、あるいは無限小の言説的な形式をとって《大気的》フラクタル的な状態の|のなかを循環したり、非物体的で非言説的な形式をとってUのなかを循環したりする。植物につなぎ止められたこの緑であることは、確かに大きな意味がある。しかし、色彩の潜在的な世界を迂回して緑であることや、あるいは光の流れの波長を自由に変えられる科学技術的なアルゴリズムや手続きを通して緑であることは、それとはまったく別のことである。しかし、一方がないと他方が成り立たないということは、繰り返すまでもないだろう。」
【※101】「いじめ」と呼ばずにルサンチマンの集団的形成過程と捉えるならば、似通った事例はいくらでも出てくる。例えば朝鮮の場合、近隣諸国の脅威は特に中国文化との関係において多大であり、そうした意味で官僚=文化人を中心とする中華文明への迎合姿勢は、(異民族から侵略された九六〇回の経験、特に元の支配や百年前の帝国主義の脅威と相対的に)「日帝三十六年」以前の段階で既に完成していたことになる。だから根拠をここに置いて選択的にフレーム化すれば、日本支配時代前期はハングルを満州民族に逆解放した、とする認識が生じても決して不自然ではない。もちろんここでは梨泰院(イーテウオン)(元々は「異胎院」だとする説あり)の話など、日本の盲人音楽同様に一顧だにされない。またポーランドの場合、ヨーロッパ全土を覆っていた反ユダヤ主義は「ポーランド」のフレームを民族単位に飽和させた来歴を持つから、恥部としての暗黙の諒解は(暗黙であればあるほど、つまり無自覚化への要請が強烈であればあるほど)結果的にテリトリーの在り方を防衛機制としての混同状態に導くことになる。ここから先は民族の切羽詰まった尊厳の脱テリトリー化が要請され、カトリック教徒によるユダヤ教徒虐殺はナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺との間で融合―再テリトリー化する。畢竟、こうしたタイプの防衛機制はトラウマの機能面―飽和条件に依存しており、従ってトラウマ自体が問題の中心にあるのではない。そしてまた他方では、いわゆる「血の純潔」の問題が潜在する場合も少なくない。日本の場合は既に強固な単一民族幻想が浸透しているため、もはや単なる共通理解の錯誤の段階には留まれない。思考様式の奥深くに入り込んでは遺伝的な火種となり、時には「いじめ」による同一性信仰の圧力となって現れたり、時には逆に逃走願望が若年女性と外国人との性的接触や頭脳流出などの形で現れたりもする。
【※102】主観的認識の個体性や多様性を客観的な物語認識に組み換えると、「いじめられた」側と「いじめた」側それぞれの認識上のずれや断絶は捨象され、「いじめ」行為を中心とした関係の側から両者が新たに結び付けられる(合目的的な関係中心にそれぞれの側の認識も再テリトリー化される)。例えば「八紘一宇」の理想に燃えた日本人の場合、「侵略」は所与の目的と合致しないがゆえに誤った認識となる(副産物に留まる)。だから「進出」と「侵略」はどちらも判断目的に牽引された顕在的自覚に過ぎず、従って普遍的事実ではない(客観的事実は個別に成り立つが、客観的かつ普遍的な事実は全面的に肯定可能な層であらかじめ地図化されていない限り決して成り立たない)。共同幻想を巻き込む多様なアフォーダンスの中から自覚の方向を集団的かつ共可能的に選択すると、擬人化された「目的への意志」は社会性を要請し、かつ~社会性は集団的選択への帰属慣行に収束する範囲内で感覚やイデオロギーを重合する(後述の「アイヒマン実験」参照)。そのため過程の差異は結果の差異と混同されやすくなり、整序され脱テリトリー化された事実認識は決定論的な飽和状態まで出戻っていく。また出戻った後の事実認識は合目的的コードを深層のバイアス(喩えて云うなら、テクスト理論における「ジェノ・テクスト」以前の鎖列となる様なリビドー的段階)としつつ、別々に再テリトリー化された認知システムにおいて自己制度化―主体化の対象として個別に確信される。
【※103】この生徒は定時制に編入。定時制職員室からは転入理由に関する配慮の要請がなかったため、特殊な事情の有無について当方は全く知らない。従って以下の休憩室での無駄話の中での問いは、念のためここに探りを入れる目的で発してみただけものである。当方は専ら授業での観察を材料に、予測可能な範囲内で最も顧慮すべきケースをいくつか想定してみた(生徒の性格次第では、転校先でもいじめられたりするケースがあり得るからである)。要するに、予測に基づく対処の準備と事実に基づく現実的対応との両面を顧慮して置こうとしただけの話だが、どうやらそこまでする必要はなかったらしい。
【※104】記憶違い。正しくは××××数学科教諭。
【※105】「「ポポ」が死んでから半月ばかりたった頃のことです。彼が公園の近くを歩いていると、三歳くらいの男の子がワーワー声をあげて泣いていました。思わずちょっと立ち停まって見ていたら、若い母親が公園の中から出てきて「あんたポッポどこにやったのよ! なくしたんじゃないの? 泣いてばかりじゃ分からないわよ」と言いながら、嫌な目つきで彼の方をチラと見たのでした。/あてこすりはテレビでもやられました。ポメラニアン種の犬を抱いた女優に、若いレポーターが「すごいですねえ、十五歳ですかあ。大切に飼っているから長生きしてるんですねえ」とあてつけがましく言いました。そればかりか、手を伸ばして、その犬の頭を撫でながら「この果報者!」とまで言ったのです。/彼が電車に乗ったとたんに、女子高校生たちがいっせいに「信じられなーい。残酷!」と声を上げたこともあります。彼は身を固くして屈辱に耐えているしかありませんでした。電車といえば、若いサラリーマンが同僚に向かって、ひそひそ声で話していたこともあります。「そう言われたら、もう待ってるしかないじゃない。それで待ってたら、待ちぼうけ。ひどい話だろ、な?」自分がポポとの約束を守らず、ポポを死なせてしまったことは、もう皆のうわさになっているようでした。/うわさは学校にまで拡まっていました。食堂で下級生たちがドッグ・フードの話をしていました。聞こえよがしに廊下で飼犬の自慢話をしている生徒たちもいました。彼には、どれもこれもがあてこすりだとすぐに分かったのです。/数学の授業の時でした。ひとりの生徒が風邪をひいたらしく鼻をクスンクスンと鳴らしていました。と、教師が板書の手をとめて言ったのです。「クンクンうるさい犬はどいつだ」皆がどっと笑いました。その声に追い立てられるように、彼は教室から飛び出ました。そして、気がつくと、見知らぬ街を走っていたのです。/彼が「木村先生」の病院に入院したのは、その翌日のことでした。」~常識の下で制度化された感覚は、予測しにくい〈外〉への連なりを判断から疎外する。
【※106】バタイユ著『呪われた部分』(二見書房)二五六頁では、「自覚」について「還元不可能な充実した至高性を目指しての存在の復帰」と説明し、「果たさるべき責務とは関係なく、その時々に解放される」と註釈する。
【※107】中村雄二郎著『悪の哲学ノート』(岩波書店)、『日本文化における悪と罪』(新潮社)参照。

東日本大震災当時の記録

苹@泥酔

2021/05/12 (Wed) 05:40:31

8大地震ネタ ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/29 (Sun) 07:23:56

大地震ネタ
 産経に、こんな記事(↓)が載っていた。御覧の通り豪雪ネタだが、地震の影響は確かにある(だって苹は青森在住だもん)。~この際、昨年の大震災に絡む一連の投稿を出してみる。おちょくり塾に出したのが地震ネタの最初で、その後は奥様ブログのコメント欄にあれこれ書いた。差し当たっては昨年三月分を全部と、豪雪ネタに関連する五月のを一つ。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120128/dst12012823230024-n1.htm
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>積もる除雪費、底つく予算 大雪に苦悩の自治体…震災派遣でダンプ不足も
>2012.1.28 23:20 (1/3ページ)[天気・気象]
>連日の豪雪で除雪車の出動回数が例年よりも多くなり、自治体財政を圧迫している=27日、新潟県津南町(松本健吾撮影)
> 記録的豪雪になる可能性もでてきた今冬の降雪。北・東日本の日本海側の自治体では、すでに今年度当初予算に計上した除雪費を使い切ってしまい、予算の増額を迫られるところも出てきた。さらに、例年なら除雪した雪を郊外へと運ぶトラックが、今冬は東日本大震災の復興工事のため被災地に派遣されており、除雪作業に遅れが生じる事態にもなっている。
> 気象庁のデータによると、毎年大量の積雪が観測される豪雪地帯の昨年11月以降の累積降雪量の平均は306センチ。「12月中旬の降雪シーズン入り以降、ほぼ連日、雪が降り続いている」(同庁)ことが、除雪回数の増加につながっている。
> 11月以降、累積降雪量が平年の378センチを大幅に上回る453センチ(27日現在)となった青森市では、当初見込んでいた除雪費20億3千万円の予算の9割以上をすでに支出してしまった。費用はシーズン終了までに総額30億円程度に上る可能性があるという。累積降雪量が10メートルを超え、最近10年では除雪費用がもっともかかった平成16~17年の支出額に匹敵する。
> 青森県弘前市では28日夕に積雪90センチを記録。今シーズンで最も深くなり、平年値(50センチ)の1・8倍となった。当初予算5億円の除雪費も底をつき、今月10日に4億円を緊急追加。このうち、すでに3億円近くを使っており、さらなる増額を余儀なくされている。
> 両市はほぼ毎年、補正予算で除雪費を増額しているが、弘前市の担当者は「雪シーズンは2月が本番。冷え込みが続けば雪が凍って除雪車の効率が下がってしまい、さらに費用がかさむ」と危惧している。
>
> ■郊外に運べない
> 東日本大震災の影響が、思わぬ形で除雪作業に遅れを及ぼしている自治体もある。被災地の復興工事で例年委託しているダンプカーが出払ってしまったためだ。このため、除雪車で雪を道路脇に積み上げても、処理するため郊外に運ぶことができない。
> 青森市では、「早く雪をどかしてくれ」「除雪はまだか」といった苦情が殺到。昨年同期よりも3千件以上多い、8600件を超えるまでになっている。市の担当者は「こんなところに地震の影響がでるとは…」と戸惑いを隠せない。ダンプカーの被災地入りは青森市に限ったことではなく、同様の悩みは他の自治体も抱えている。
> 新潟県十日町市では東日本大震災の翌日、長野県北部地震で震度6弱に見舞われ、道路の亀裂や土砂崩れが発生。昨年7月には豪雨災害にも遭った。そして、この大雪だ。市の担当者は「自然災害に振り回されっぱなしだ。まだ補修が手つかずのところがあるのに…」ともらす。
> 同市は「(民間に委託した)除雪費用の支払いができない状態に陥る」として、市長の専決処分で5億2800万円を増額補正。例年1月から除雪作業を本格化させるが、今冬は12月からフル稼働状態だ。
> 長野県北部地震で約200世帯が全半壊した長野県栄村では、仮復旧した道路に段差があるため、除雪車でスムーズに雪を取り除けない。担当者は「このまま降り続けば除雪が追いつかなくなってしまう」。
> 雪下ろしや除雪作業中の死傷者も増えている。青森県は26日夕現在、死者9人(前年同期比7人増)、重軽傷者が142人(同67人増)に達した。栄村では1月6日、自宅の屋根で雪下ろしをしようとしていた男性(41)が転落。その後死亡した。男性は長野県北部地震で被害を受け、仮設住宅に入居していた。(森本充、川畑仁志)
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(以下、東日本大震災当時の投稿)
●おちょくり塾
Re: 東日本の皆さんへ - 苹@泥酔 2011/03/12(Sat) 15:22 No.8620
 只今、停電より復旧。四十年くらい前のナショナル製ラジオも、最新型(?)の中国製ラジカセも、ぜーんぶイカレてた。中国製の数年前に買ったらしきパナソニック製ラジオは電池が長持ちするのね。光電話もネットも不通になった。携帯電話は持ってない。
 ほんと久しぶりにラジオ使った。今は原発が気になる。自衛隊では津波で戦闘機オシャカみたいだし、防衛体制が手薄になってなければいいなあ。夜は午前四時、長野と新潟の一報にビックリ。(体験した東北三連続よりも。この調子だと関東のを誘発するんじゃないかと…そうなったら東北支援どころじゃなくなるぞ。)
 天バカ板に出した地震前日稿(了)が苹の遺言にならなくてよかった。…それはそうと、たくさん死んだんだなあ…(合掌)。
 …と書いたりなんだりしてたら、もう停電復旧から三十分以上が経っちまった。これからセレブ奥様ブログに何を書こうか。コピペはヤだし、考えてるうちに自ずと夜がくるのかなあ。(考え過ぎると論文調になる…orz)
 あ。今、余震きた。



●セレブ奥様ブログ
 あの地震は確かに未経験レベルでグラグラ揺れたけど、まさか明治の初観測以来、ほんまもんの最大級だとは思わなんだ。…生きててスミマセン。(死んでりゃ書教育界には好都合だった?…てな気がしないでもないので、なんとなく気分は非表示。)
 津波の被害規模には西尾先生もガクブルだったみたいね…。こちらは程々の震度と停電で済んだけど、それとて東北全面規模の広域停電となると、ホッとしてばかりは居られない。もし、何年か前に大停電のあったNYが敵国の地理的近辺にあったとしたら。敵兵も住民も居ない津波の跡地に上陸できるとしたら、最有力候補たる敵国は差し詰め何処かいな。こちらは停電だから、碌にネットも使えない。そんなのを「危機管理上は穴だらけだな~」と思ったのは、昔の黒電話に慣れてたせい…だけかしら。
 東京方面も同じくらい揺れてたとは知らなんだ。
 光電話も携帯電話も、電力ないなら、ただの屑。
【2011/03/13 01:27】 | # [ 編集]



 追記。~昨日、こんな内容を2chに書いてみました(↓)。
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その日の朝は予定通り、婆様を青森県立病院つれてって、帰りにスーパー寄ったのよ。
いつもあるはずのチェーン店に、婆様の好きな鍋焼きうどん(冷凍)が置いてない。
何軒か回ったけど、ない。もうじき昼だし、総菜コーナーなどであれこれ買っといた。
帰宅して、2ちゃん見ようとノートパソコン立ち上げて、ネット接続直後グラリときた。
柱にとまって蝉の真似しながら数え続けた。ひとーつ、ふたーつ(略)にゃにゃーつ…
はい落ちた。停電だ。八十以上数えてもまだ揺れてた。パソコン見るとネット切れてる。
階段おりてルータ見ると落ちてる。光電話もダメ。老人家庭に携帯電話なし。さて困った。
そこにグラリ。またまたグラリ。でかいのが三回も。そこで初めて車のラジオを確認した。
日本語と外国語が混線してる。ついにきたか。いや、そうではないらしいので安心した。
ストーブだめ。道路の信号機だめ。車で外出は危険。コリャ暫く停電が続きそうな感じ。
乾電池も買っときゃよかった、と思ったのは、空がぼちぼち暗くなり始めた頃だった。
秘蔵の乾電池を探したところ、意外にも単三が少ない。単一と単四ならあるんだけれど。
携帯ラジオは一つだけ生きていた。半世紀前のは死んでいた。懐中電灯は各部屋にある。
乾電池とAC両方を使えるセンサーライトが二つある。それにはリモコンのを転用した。
婆様が戸棚から蝋燭を出してきた。やっぱ夜は蝋燭が便利だね。火事さえ出さなければ。
それで一晩を過ごした。だんだん寒くなる。AC無用のストーブは爺様が処分したそうな。
センサーライトが便所に光る。そのとき一羽のカモメが飛んだ(小便を、シャーッとね)。
買った総菜を食べる気になれない。この寒さだ。悪くはなるまい。明日の夜に食べよう。
ふと、目が覚めた。その頃、枕元のラジオ(つけっぱなし)が午前四時の地震を報じた。
これはまずいぞ。長野と新潟か。支援を頼れるか不透明になった。あちらも大変だろう。
朝に近所のスーパーを回ったら、みな行列ができている。ガソリンスタンドの前も渋滞。
信号機は幹線道路のみ正常。誰もが安全運転していて有難い。スーパーに並ぶのは諦めた。
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 ウソ一つ書きますた(汗)。「帰宅して、2ちゃん見ようと」したのではなく、その前に「西尾幹二」のキーワードでブログ検索し始めた矢先グラリときたのね。信号機の停電を教えてくれたのは新聞配達の人。あっしが車庫でラジオいじってた時、玄関先で聞いてた爺婆にそう喋ったんだと。停電が復旧したのは地震発生から丸一日後の、午後二時半を過ぎた頃でした。ストーブは暖かいねぇ。
 大体そんな感じでした。こんなの読んでも面白くないだろうから非表示としまっす。
【2011/03/14 06:51】 | # [ 編集]



 またまた追記。「日録」共々拝読。~どんなに工夫しても報道内容の画一化は免れない以上、全方位の品薄インパクトが気になります。嘗てはトイレットペーパーに偏在した興味が、今回は違う。石油危機のを軍事攻撃の「向き」に喩えるなら、全方位の今回は津波と同じで、下から突き上げて丸ごとモリッとくる。
 「向き」と「量」の違いが一度に出る。「石油から紙へ」の流れだけでなく、「紙などから石油へ」みたいな逆の流れを含むもので、しかも「紙など」も「石油」も実際どうだってよいくらい代替可能。だから紙「など」が米やカップ麺や乾電池でも、石油が電力や株価情報でも構わない。仮に(造語して)前者を物質象徴、後者をエネルギー象徴と捉えるなら、後者が前者を呑み込む流れは一時的であるがゆえの「退いて・寄せて・退く」津波効果を持つ様な気がしてます。
 こんなふうに津波に触れると無神経と思われるかも知れないけど、そう思うんだから仕方がない。心理的相似(フラクタルの?)とでも云えばいいのかしら。とにかく「何かが違う」って予感があるのよね。人は必ず模倣する。また関東大震災や阪神淡路のが局地的に見えるのは、今回のが局地的とは思えないから。その上、初めから原子力エネルギー危機とセットになっている。そうした情報の波が「量」の寄せる向きを「量」自体からはぐらかしてる様な。そこんとこが石油危機と違うけど、むしろ文明開化には似ている様な。
 そもそも西洋は開国させ植民地化したがっただけで、攻撃が目的ではない。ところが日本は勝手に文明開化を始めた。西洋の誰が望んだのでもない筈。しかし日本から見れば、「文明開化」の寄せる向きの来歴を、例えば黒船で象徴したくもなる。量的な破壊効果は確かにあった。それを質的と捉えた。~もし今後、世界が日本に質的変化を嗅ぎ取るとしたらどうなるか。
 大袈裟な思い過ごしなら、こんなの恥ずかしくて表示稿にできない。でも仮に「当たらずと雖も遠からず」なら、日本を見る世界の目がガラリと変わるかも。そこが恐ろしくて表示稿にできない。日本は挙国一致に向かう。民主党政権の支持率が上がるかも知れない。もし中国の大規模援助を取り付けて復興が加速したら、誰も復興には反対できない。そんな所から自縄自縛が始まり、やがて中国の影響から抜け出せなくなる。
【2011/03/15 00:00】 | # [ 編集]



 以下、気になる記事をピックアップします。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110317094746.asp
 昨夏の猛暑によるホタテ全滅危機に続き、「今年秋までの大切な加工原料」が危機に。「気仙沼など(三陸沿岸の)すべての漁業が壊滅状態」となった今、辛うじて被災を免れた水産物が「まだ寒いから(冷凍品が)救われている」状態との事。
 寒さが緩むと傷み始め、ともすれば半年分の貯蔵が失われる。今後の漁獲も困難。原発リスクを抱える南東北は就中、国際的な汚染懸念やイメージがどうなるか不透明。
 被災地域を「総て津波で流された」と思い込めば、それ自体が盲点になるのかも。このところテレビを見ていると、いつの間にか津波と地震を混同しそうになる…。
 その他、この辺(牛乳絡み↓)が脳内結合。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110318085544.asp
http://sankei.jp.msn.com/world/photos/110317/chn11031700510000-p1.htm
【2011/03/18 18:31】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]



 落ち着こうとすればするほど胸騒ぎがしてくるので追記。~復興するには貯蔵資源の有効活用を考えずには居られない。被災地だろうと何処だろうと、どうにかできる筈の資源がむざむざ無駄になるのは余りに勿体ない。一日遅れで読んだ紙面で八戸の貯蔵水産物危機を知った。あれだけ広範囲の地震だ。同様の例が各地にあるだろう。
 今にして思えば異変は前々からあった。青森県の場合、猛暑によるホタテ危機が表面化したのが十月十七日頃(←此処=奥様ブログで非表示報告した日付)。そこから地道な対策が始まったと見ると、業者達の心情いかばかりか。海面の沿岸被害に留まらず、今後は海中の漁業被害が明らかになる。半年の努力が一度に無駄となる愚は避けたい。
 事は国民や輸出先の食糧事情に関わる。世が世なら兵站だ。原発での遅れを繰り返してはならない。目先の品不足に目を奪われて半年後の食糧を忘れる様では、却って世界のお荷物になる。各国の失望は先ず原発から始まった。限度を超えた失望はやがて不信や敵意に変わる筈。シーシェパードなどの反日活動が元通りとなる前に、近海資源の再調査をなるべく早く済ませる必要がある。
【2011/03/19 01:36】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 拝復。~苦しむと云うより相対的には、八戸が補給の最前線基地へと変化(岩手の盛岡近辺も)。そこが燃料不足では話にならない。岩手や宮城の漁港で水揚げされた水産物が何処に貯蔵されていたか、被災程度は如何か、分からないのが歯痒くもある次第。
 支援の南方ルートは途中の福島が気懸かり。北方ルートの方は自衛隊が地震後早速、営業不振で休眠中の最新鋭高速フェリーを叩き起こしてたし、北海道の貯蔵物資を本州に運ぶ上で青森港は無傷。盛岡までの高速道も大丈夫だそうですが、そこから先が難しい模様。
 以前、盛岡から沿岸に行った時は主要幹線道路の狭さが気になりました。山のど真ん中を突っ切る形が障碍となりやすく、沿岸への大量輸送は船が頼りみたい(ここ数十年は道路網が発達)。ただし気候は厳寒なれど雪が殆ど降らない筈。内陸と沿岸が豪雪で断たれるケースは主に日本海側か。
 従来の地震で最も怖いのは、内陸と太平洋側が山崩れで断たれるケースだと思っています。そこに津波が重なると、東西(山と海)の挟み撃ちになる形。宮城の方まで行くとどうだか分かりませんが、青森から岩手にかけての地理的印象は概ね上記の通りです。
 あと燃料問題の一側面についてですが、遠回りしないと怖くて通れなかったりしますからねぇ…。例えば弘前と八戸の場合、安心なのが野辺地や青森を迂回したルート。八戸から十和田を通って弘前に行こうとすると、何かあると山が命取りになる。こうした点は岩手の方が青森より遙かに切実だろうと思っています。
 以下、余計な一言。~民主党は自民八戸出身大物議員をターゲットにして断られた様だけど、チーム仙谷を復活させる胆力があるのなら、いっそ岩手出身のチーム小沢と大連立する方がポポポポーンと筋は通るんじゃまいか?(もしや既に断られた?)
【2011/03/19 17:27】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]



 続報。~福島から避難した人々が八戸に来ている。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110320091307.asp
 本日午後六時台後半のNHKニュース(青森)によると、その一部は福島から山形方面に避難しようとしたが避難所は満杯で入れず、日本海側ルートで八戸まで来たとの事。
 同じくNHKニュースによると、八戸の津波襲来地域で死者が少なかったのは、避難するまで二時間の猶予があったためらしい。うち一人は地震後に帰宅して和装を動きやすい服装に着替え、迎えに来た夫の車で避難するまで一時間半以上かかったらしい(津波は三十分後に襲来)。二階までスッポリ浸水した家の映像が流れた。津波が大きくなった原因については八戸工業大学の専門家が推測していた。
 ほか、「八戸の油槽所が一部出荷再開」(↓)との報がある。
http://www.nhk.or.jp/aomori/lnews/6084783091.html
【2011/03/20 19:46】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]



 連日スマソ。此処に書いたって仕方がない気がせぬでもないが、見る人を通して情報が拡散して行けば案外そうとは限らないのかも。まさか議員様なんか見てないよねぇ。似た事を考える人は何処にでも居る。例えば自民党の副総裁とか(↓)。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110320191840.asp
 宮城の漁業被害については、「冷蔵庫も壊れ、氷も電気もない。解けかけている魚をどう処理すればいいのか」との発言に心が痛む(↓)。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103210136.html
 しかし、と云う事は、あれだけ被害甚大な気仙沼漁港にも少しはストックが残っている。それが全滅の危機に瀕している。陸上がダメなら、せめて冷凍設備のある船を手配し移動できないか。~検索したところ、もうじき消えるだろう下記テレビ局サイトを見つけた。「気仙沼漁港は津波で大きな被害を受けましたが、船の接岸が可能な岸壁もあり、20日も軽油を乗せた漁船が入港していました」と書いてある。
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210320015.html
 その他。~先日シーシェパードに言及した。どうやら墓穴を掘ったらしい(↓)。
http://ninja.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1300686173/l50
【2011/03/21 20:12】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 だって此処は、泣く子も黙る(?)奥様ブログでしょ。しかも実態は西尾「日録」管理人で、人徳と云ったらソリャもう(以下自粛)。これを利用しない手はない。此処を訪れる人達がコメント欄まで目を通してくれるなら、それだけでも充分「寄生虫=苹には本望」ってもんだ(苦笑)。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110320231847.asp
 奥様は、たぶん青森と同じくらい(↑)ターミナルになってるんだ。そう思いたいけど、そのためにはコメントの質をもっと向上させなきゃなあ…(orz)。
【2011/03/22 00:15】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 同じく。年寄りの冷や水(まだ早くても、なんでも。赤いチャンチャンコ思い出してちょ)。ガソリン難民になる可能性大。かと云ってヘタに積めば揮発して車が炎上するし、二日に一食で構わない苹でも食糧問題はやはり気になる。ウトウトして目が覚めたらいきなりコレで、ビックリして酒まで醒めちまったわい。どうしてくれる(苦笑)。これから飲み直して、また寝よう。別項への返信は後回しにする。

 以下は十日ほど前2chに出したやつ。ただし自慰的って意味の批判らしき反応あったけどね。そしてこれをきっかけに「云われてみれば…」ってんで、やがて視線が貯蔵水産物危機へと向いてった。
--------------------------------------------------------------------------------
>「いいかい、バカって言うほうがバカなんだよ。」
>…間違えた。
>「いいかい、燃料ってのは、使うから減るんだよ。」
>
>これから数週間、燃料ボイコットすれば電力は維持できる。ただし継続する必要はない。
>耐えられないなら暖房いれろ。早めに消せば、いつでも使える安心感が心の燃料になる。
>それは貯金が安心材料になるのと同源だ。いっそ、電力を貯蓄するつもりで振る舞おう。
>ただし、そのためには担保が要る。東京電力は、計画停電から緊急停電に方針を変えよ。
>緊急停電はブレーカーが落ちるようなもの。使いすぎたほうが悪い。まずは体験ありき。
>予測通りダメだったら、計画停電すればよいのだ。順序を間違えたところに安心はない。
>安心とは余裕である。余裕とは未遂である。未遂ゆえの安心がある。これを担保という。
>もちろん、そのためには非常時指針が要る。指針なき「無知の贅沢」は避けねばならぬ。
--------------------------------------------------------------------------------
【2011/03/24 00:30】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]



 停電未遂の地域が多い事に安堵しています。計画停電の実施が直前に通達される方式は、地震予報みたいなタイムラグを置いて緊急停電するのも同然。それによる混乱は予め織り込み済みだったのかも知れないけど、あれを2chに書いた時点で「非常時指針」と形容したものが「計画停電」だったと見るなら、それなりに納得できるのでやんす。
 そもそも、計画停電の言い出しっぺ、って誰?
 それを緻密にどうにかしたのだから大したもんだ。この点では東京電力を褒めたい。「予測通りダメになるみたいだから計画停電した」って事だと思います。しかも未遂多発。これは予測できなかった。やつら律儀で真面目な日本人だぜ。てっきり計画通りに停電するものとばかり思っていた。後は夏が勝負所かな。
 原発対応ではなんぼでも批判して構わないけど、平時の閾下で対応可能な領分で蓄積されたノウハウは流石。都民という土石流を見事に支えてくれた。もし計画通り四角四面に停電していたら、それこそ大変な事になっていたんじゃなかろうか。
【2011/03/26 23:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(追記)
 …と書いてはみたものの、果たしてそれでよかったのかどうか。「余裕」も見方を変えれば「無駄」となる。高コスト体質への罠か、はたまた「含み損」か。無駄に敏感なリストラ風潮を敷衍すれば、非正規雇用への転換は人件費削減に役立った。そして~これを書くと非難囂々なんだろうけど、死にかけた人にはさっさと死んで貰った方が安くつくんだよなあ(支援の必要がない)。しかしそれでは地域経済が成り立たず、いづれ自分の首を絞める事も皆よく分かっている。でも復興それ自体がどのみち巨大なコストなんだから、こればかりは誰だって頭を抱えざるを得ない上、余震も原発問題もまだまだ続いて更なるコスト増大中。そこに「余裕」なんて見方を持ち込む苹の方が、頭どうかしているのかも知れない。
 『WiLL』の震災特集では、西尾先生も何か書いてるそうですね。どの月刊誌も震災特集するだろうから、一通り出揃ってから買いに行く予定です。奥様は無事帰還の様子にて安堵。次の「日録」がどんな内容になるか、ちょっと怖い様な気もしてます。また「おちょくり塾」では北の狼様が久々の復帰、難しくてよく分かんないけど勉強になりそう。
【2011/03/27 21:33】 | # [ 編集]



 青森では太平洋側にタンカー接岸、燃料が手配できたので今日からゴミ収集が正常化した模様。四十年の昔馴染みになる石油販売所は先週、灯油の配達が今日になると教えてくれた。先々週は閉店中にもかかわらず、「ガソリン入れるならすぐに来て」とあちらから電話で教えてくれた。
 ~ここ数年、どのスタンドも見た目やサービスはたいそうよくなった。県立病院付近の国道沿いには、車列が信号機の向こう側まで続いていた。それを公平と云うならば、所謂「ご近所」とは何なのか。タイ米を緊急輸入した年に国産米を回してくれた米穀店が廃業してから何年が経つかしら。こちらは今、専ら近所のスーパーマーケットで買っている。昔は配達してくれるのが当たり前だと思って居た。(灯油、米、牛乳、ヤクルト、新聞…)
 三十年前、アニメ「サザエさん」では御用聞きとの遣り取りがあり、茶の間には東芝の家具調テレビが鎮座していた。その前はチャンネルを「ひねった」。どこかに当時のテレビの写真があった筈で、画面には洞爺丸沈没のニュースが映っていた。従姉妹の親が乗船していたそうな。先年、その旦那(元警官)達のご一行が愛知から青森まで車を運転してきたのには驚いた(考えてみれば、セレブ奥様だって充分に若いんだよなあ…汗)。
 警察時代は凄いのを見てきたらしい。あからさまな話は聞いた事がないが、うちの婆様も海軍病院では色々なのを見てきたのだろう。後妻に入る前の従姉妹は愛知の看護婦、昔から婆様とよく長電話していた。あたしゃ江戸時代のを立ち読みした時、黒ずんだり膨れたりした後に腐っていく絵はなんとなく分かったけれど、所詮それ以上の理解には及ぶべくもない。
 先日、岩手の話を書いた。盛岡から宮古の田老に行って、ひとり車の中で三十分ほどボーッと海を見つめた後、そのまま当地では何も食わず青森に帰ってきたのが十数年前。苹の観光は大体そうしたもので、宿泊や飲食や温泉には全く興味がない(むしろ苦痛)。あの風景が、今はもうないんだなあ。産経記事を見て、あらためてそう思った次第。合掌。

 以上、だらだら非表示にて苹頓首。~ところで、こちらのオツムは現在、「レンホウ」と「ホウレンソウ」の区別が次第に難しくなりつつあるのでやんす…。結構あれこれ毒されてるのかなあ。魔法の言葉で楽しい仲間がポポポポーン!(←只今被洗脳中?)
【2011/03/28 20:43】 | # [ 編集]



 産経掲載の「日録」拝読。企業が本能的に選択するだろう発想を政治指導者達が一丸となって共有する時、そこに現出する機械状無意識は日本民族の本質的傾向を丸ごと鷲掴みにし、気付いた時は再度の事故…となったりして。こうした国家総動員モデルは敗戦後も「世界で最も成功した社会主義」と云われるほど見事かつ円滑に繰り返されてきた様子。そうした意味で日本人は、今後も「火の玉」であり続けるんでしょうかねぇ…。もし日本が再びヨーロッパに近付くとしたら、今度は内側から、例えば被災者のジプシー化あたりから始まりそうな気も。(平たく云えば、避難所の盥回し。)
 国替え、改易、廃藩置県。これらはどれも上の層で行われてきたけれど、民草が根こそぎ移動する場合はこれまでどうしてきたのかしら。会津から下北半島に移ったのは武家ばかりなのかいな。もし浜通りから下北に落ち着くとしたら、近くにはまたもや核燃施設や東通原発がある(!)。そこで働く事になるのだろうか。西の百五十年後は東からの移住。~こんなの書くと、不快になる人が出るんだろうな。やはり今回も非表示にしよう(汗)。
 …と決めたからには、毒々しいのを「もう一声」。ここで交付金を思いっきり引き上げ、その代わり避難民の定住促進を条件とする(過疎化対策と雇用促進)。政治的には維新時の会津が前例で、説得に成功すれば原発への影響は絶大かつ一挙両得。ただし地元下北と福島移民の両方を雇用するには、もう何基か作らねばなるまい。三沢米軍基地や大湊自衛隊基地には迅速なバックアップが期待できる。更に国際化を目論むなら、観光は「自由の女神」(百石にあるから「ももちゃん」と呼ばれる)、そしてキリストの墓、(以下略)
 最後に、キルドンム様んとこへのお見舞いを…と書いて気付いた。読めないのでは仕方がない。ここはアッサリ、表示稿にしよう。
【2011/03/30 23:13】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 ふと思い浮かんだ事を、忘れないうちにメモ。
 これから東北以北と日本海側は、大震災と無関係に見える季節を迎えるでしょう。それが雪の季節。地方の体力が極限まで弱まった後、駄目押しの一撃が空から降ってくる。疲弊した地方は豪雪を乗り切れない。燃料はあっても重機不足と予算不足で、除雪システムが本格的に破綻する。幹線道路と鉄道はどうにかなるかも知れないが、そこまで行くためのルートが不通になるので再び物資不足に見舞われる。もしかしたら餓死者が出るかも知れない。それくらい東北にとって豪雪とは恐ろしいものなのである。(少なからず、自衛隊が出動するケースもあった。)
 今のうちに建設業への優遇策を強化しない限り、忘れた頃に付け焼き刃では太刀打ちできぬ自然災害が顕在化するだろう。これまで地方自治体が業務委託してきた土建業者のブルドーザー配備状況を調査して豪雪対策をどうにかしないと、思いも寄らぬ場所で何かが起こる。例えば苹の印象では「岩手は雪が少ない」となるけれども、そうでない場所だって当然ある筈。この事を警告したい。もし西尾先生レベル以上の著名人が動いてくださるなら、それだけ事態予測の認知度も上がるってもんだ。
 大震災の何ヶ月か前、青森では或る土建業者が除雪に関して「次の冬は無理かも」とテレビ取材で吐露していた。その理由が民主党政権による「仕分け」余波。既に重機は耐用年数を大幅に超えており、新規購入するには千万円単位がかかる。それが無理だから上記ボヤキと相成った。…この事、(大震災や原発関連の報道津波に流されて)もう誰もが忘れちまってるのではないか。
 差し当たっては奥様から寝るケーノ議員を経由するか何かして、関西の土建関連ルートか中央政治ルートに大震災支援絡みの重機無償供与システム構築をはたらきかけてくれると嬉しいなあ…と妄想(たぶん実現するまで半年以上かかるだろ)。差し当たり青森はどうでもいいです。非常時ゆえ、先ずは以南重視って事で。非表示頓首。
【2011/05/09 02:02】 | # [ 編集]

「恥を忍んで」07

苹@泥酔

2021/05/12 (Wed) 06:08:44

 投稿禁止ワードには「・」を挿入する。今回は「拘・束」だった。



8【再掲】「恥を忍んで」07 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/29 (Sun) 22:45:41

【再掲】「恥を忍んで」07
7626 恥を忍んで(其五) 苹@泥酔 2009/08/25 23:31

(結語)
・歪曲教育の義務  ・基礎指導放棄の義務  ・成績改竄の義務
 注釈の端々に見られる要素を短く三点に纏めたのは2007.05.20 (08:43)のコメントが最初だった。先ずセレブ奥様のブログに書き、それから支援板に書いた。この時点では「歪曲教育」でなく「学問歪曲の義務」としていた。どちらでもよさそうではあるが~その何年か前には既に「学校は学問の場ではない」と観念していたので、殊更に「学問」を持ち出すのは教育上「不適切」かも知れない。平たく云えば分業制。「あなた学問する人、わたし教育する人」って訳である。学問は学者に任せて置けばよい。教員に学問は要らない。
 それとて約十年前の時点では「まだ疑問の側にあった」。義務とまでは思っていなかった。だから「教員も学者の端くれ」と云わんばかりにゴチャゴチャ調べたりした。…よく考えると僭越だったのかも知れない。これも本文か注釈のどこかに書いた事だが、教員の飲み会では「大学教官は現場を知らないバカだ」と語られていた。その言葉の重みを私は咀嚼していなかった。「学問上は正しくとも、教育上は正しくない」状況が現場では成り立ち得る。
 古くはテレビの金八モデル。「人という字は支え合う形」などと云おうものなら、学者は忽ちバカ丸出しの姿をさらけ出すだろう。学問教育と道徳教育の融合を歪曲と捉えるからややこしくなる。「親という字は木の上に立って見る形」ってぇのも同様である。「辛」の来歴など、教育上はどうでもよい。一部の新聞が題字に「辛」の形を残しているのとは訳が違う。そんな字を漢字の書き取りで書けばバツになる。

 こう書けば、すぐにピンとくるだろう。そして下記の疑問に思い至る。「道徳教育の担い手が、道徳教育の押し付けに抵抗するのは何故か」と。~道徳がそのまま道徳として提示されると押しつけがましくなる。かと云って道徳が学問を偽装すれば、今度はマルクス主義の失敗(?)へと近付く。どちらでもない道徳が内部から生成された時、道徳は「それ自身」が道徳である事に対して盲目となる。…結局は内部と外部の問題ではないのか。
 学問教育と道徳教育と受験教育の三角関係は或る意味オイディプス三角形の様なものかも知れない。上記のごとく道徳で教育を支配する事は可能だが、そうした道徳で学問の場を侵略できるかと云えば必ずしもそうではない。この隔たりは学問自体が相互に育む「ちぐはぐな学際性」により担保される面もあるし、「必要とされない入試」による整序機能が道徳的学問偽装を阻む場合もあろう。ただ学問の丘を征服した者だけが、教育との交感に歩みを進める事ができる。するとここでは共通の道徳がそれぞれを円滑に接続し、道徳なき(=道徳上の対立なき)学問の演出へと学生を誘導できる様になる。
 これを仮に道徳経済と位置付けてみよう。受験教育で支払われる「貨幣状の量」は概ね「学問の量」に比例するが、このシステムを維持するための信用が受験道徳により培われるならば、道徳それ自体がグローバリズムの本拠であらねばならぬ筈。そうした信用は自明であらねばならぬ。疑問を差し挟めば道徳の全体主義が崩壊の危機に曝されてしまう。既存の内部道徳が新たな外部道徳に脅かされる事態は避けたい。当事者なら、そう思うのが当然だろう。「道徳の組織」の問題自体が学問に寄生している事を暴露されるのが恐い。下手をすれば信用破壊に直結してしまうからだ。畢竟、道徳教育の否定はリスク管理の問題であり、それは同時に学問教育や受験教育の問題でもある。受験を道徳で統御する姿勢がリスク管理の伝統と絡むなら、学問を滅ぼすオイディプスは受験システムを妻とする事により、父性としてのリスク管理システムをいっそう学問の座に近付ける事ができる様になる。
 この事を私は道徳や歴史学の側からではなく、国語それ自体の内部から抽出しようとした。国語教育の偽装は活字道徳に基づくかの様で居て、その実「達筆コンプレックス」と裏腹な既成事実に依存した「正当化の流れ」を活字に整流するための副次的道徳が要請されているらしい事にもますます目が向く様になった。どうやら道徳は「多様態の一纏まり」らしい。それをイデオロギーと呼ぶなら、組織もまた多様態の一纏まりとして全体の秩序を体現する事になろう。そこから日教組という癌(?)を切除したところで、事が改善するとは限らない。リンパ節への転移は一種の予定調和であり、そこから癌に遡ったところで、リンパ節の張り巡らされた組織体の成り行き自体は相応に怪しいものだ。
 そんな組織体が免疫機能を民主党に働かせる姿を幻視すると、なにやら私には癌の転移と似通った状態に思えてくる。生きのいい生体は栄養たっぷり。弱ったらまた別の生体に転移…と云うより「伝染」すればよい。

 …てな事を書いたら、ふと一冊の(…いや、何冊でもいいのだが)見方次第では予言的な(…大袈裟?)漫画本を読み返したくなった。舞台は学校その他。先生や生徒が出てくる。カブトムシや変な生き物も出てくる。道徳云々と密接に絡みそうなキャラは「山崎先生」だった。
 吉田戦車『伝染るんです。』
(こんな書き方で終わると…怒り出す人が居るかもなあ。)
 …閲覧者の気分を害したかも知れない頃合いを見計らって、最後のNo.7623注釈。

(注釈)
【※108】二重拘・束。『精神の生態学』(新思索社)改訂第2版三七四頁にはこう書いてある。「変換形生成の規則に生じる何らかのもつれについて―そしてそれらのもつれが獲得または育成されていくプロセスについて―論じるものである。それが主張するのは、分裂病的行動パターンと、それに関係する(ユーモラスな、芸術的な、あるいは詩的な)行動パターンの決定に経験的要因があずかるということだが、そこで重要なのは、これらさまざまな行動パターン間に、この理論が何の区別も置いていないということである。つまり、ある人間が道化になるのか、詩人になるのか、それとも分裂症者になるのか、はたまたそれらの組み合わせ的存在になるのかということの決定に、この理論はまったく口を出さない。それが扱うのは、単一の症候群ではなく、(一般に「病的」とはされていないものが、そのほとんどを占める)ひとつの症候群属の全体なのだ。」
【※109】脳と錯誤との関係が示す総てのプロセスは、正確であるかの様に振る舞うコミュニケーションの錯誤が架空の相互諒解において正確に現実化する事を物語る。例えば吉岡洋が『〈思想〉の現在形』(講談社選書メチエ)四九頁で「すなわちサイバースペースは、生身の身体で対面するコミュニケーションにおいては自然に防止されていたような、暴力性や倒錯性を表に引き出すこともありうるのだ」とした在り方、すなわち~無自覚で制御不能な差異の双方向への逃走は、歴史上決して珍しい事ではない。ここでは総てが事前に諒解され、国語と日本語の同一性や時制の連続性は認知プロセスにおいて固定的ではなくなる。かつて活字が書字を虐げた様に、或いは英語が日本語の役割を今なお相対的に貶めつつある様に、実際は「そんな事はしていない」と誰もが一蹴できる程度の領分となって見過ごされ、デリバティブ取引の様に実体を背後から支える。そしていつの間にかそれと知られぬまま、全体の流れを見事に馴致してしまう。にもかかわらず我々は、サイバースペースが言語環境にもたらす変容のプロセスと脳内で意味論的に溶解する接続プロセスとの同型性や連続性―線形性を更に追い詰め、言語環境における歴史的マテリアルそれぞれの差異として、これ見よがしに分節したり中心化せざるを得なくなる。我々は畢竟、情報そのものへの収束によって直接的なものと混同可能となる自己明証性を維持し続ける限り、マテリアル本来の機能を場所の記憶と無媒介にすべり込ませ脱中心化し続けているのだから。その結果マテリアルは、従来担ってきた崇高でエディプス的な役割を盲目状態のまま演劇的に終える(役割を貶められたり、崇高なものを崇高なままの状態で「奪われる」)。~参考。「「ヴァーチャル」には「仮の」というような意味はなく、正確には「事実上同じ効果をもつ」という意味である。いいかえればヴァーチャル・リアリティという概念の背後には、「効果が同じならばそれは現実(リアル)とみなしてよい」という、徹底してプラグマティックな、哲学的決断ともいえるものが潜んでいるわけである」(三二頁)、「日常的な現実を離脱して、もうひとつの現実を呼び寄せるために、人類は長い間、身体運動、音楽、薬物などの感覚刺激を用いてきた。そして、そうしたヴァーチャル・リアリティ発生装置のなかでも、とりわけ精緻に洗練されたシステムこそ、言語にほかならないのである」(三三頁)、「言語として外部化することによって、情報は物質的に固定可能になる。と同時に、意味は直接的明証性を失って不安定になり、翻訳や解釈といった複雑なプロセスに開かれたものとなるのである。/この意味作用の不安定性こそが、文字言語の大きな可能性を開いたのである。/文字言語は、記録や伝達の目的のために、たんに音声言語を固定しただけのものではない。もしそうなら、文字言語はたんに音声言語を便宜上代行するだけの存在でしかないだろうし、それは文字記号による固定化という物質的な安定性のために、直接的な意味の明証性を犠牲にしていることになるだろう。/だが、文字言語のパワーは、実はこの直接的明証性の欠如にあるのだ。文字によって対面的コミュニケーションにおける意味作用の直接性から解放された言語は、別な意味の文脈へと移植可能な、コンパクトでポータブルなものとなる。/特定の意味連関の内部で作用する音声言語を、たとえば植物体という「表現型(フエノタイプ)」にたとえるなら、文字言語は圧縮された情報だけを含む「遺伝子型(ジエノタイプ)」である。それはつねに「突然変異」の可能性にさらされており、またそれが根づいた場所の環境に応じて、独自の発展を遂げる」(五九頁)。
【※110】国語科と芸術科書道との切断は、必ずしもカリキュラム上の根拠にばかり依存している訳ではない。切断それ自体は制度化のためのストラテジーであり、既にディベートなどの場で一般化している(半ば言葉の暴力と化している)。
【※111】笠間書院刊。「国語学は根底において国学を継承しており、事実上、現在でも鎖国状態にあるから、研究者の多くは日本語以外の言語や欧米の言語学に対する関心がきわめて薄い」(五八頁)。~言語としての自明性や同一性があらかじめ保持されてある場合、比較言語学的契機なき国語学は「国語ナショナリズム」と連なる。また書記の方でも書体間の横断性や同一性を知覚するためのシステム自体が失われた場合、活字文化の閉鎖性は自明性への過度の信頼においてひたすら言語に歩み寄ることになる。曰く、「日本語は漢字の使いかたが複雑なので難しいというのは、言語と書記との混同である。文字や書記は言語を媒体にして情報を蓄える手段であるから、言語と密接な関わりをもつが、言語そのものではない。本書の文章をアルファベットや平仮名/片仮名で書き表わしても、読み取りの効率が落ちるだけで、内容には変わりがない。したがって、漢字の導入や仮名/片仮名の発達などは日本語史の圏外にある」(一二頁)と。~同じ事が学校教育の影響にも云える。同一性信仰は常に共通感覚に収斂する様な自己言及的褶曲を繰り返し、既得権益化した制度の側から学問上の尊厳を凌駕するのだから。二七三頁には「学校教育で植え付けられた正しく美しい日本語の幻想を白紙に戻すことは絶望に近い。学生諸君の期待している講義内容は世間にそのまま通用する知識であるから、どこにも書いていないことよりも、どこにでも書いてあることのほうが素直に受け入れられる。筋道がどうあろうと、社会常識に合わない講義は歓迎されない。無名の一老人が国家機関の権威に盾ついたり、有名学者の学説に異論を差し挟んだりしても勝負は最初からついているという趣旨の、好意的でない批判を書き添えた一枚の答案が印象に残った」とあり、ここでは学問が商品の様に選択される。そしてこの選択が集団的に行われたとき、選択されなかったものは専ら政治的価値判断により論争なき学問差別と直結する場合がある。ここでは学問が学問のままの状態で内容と無媒介に放置され、「無関心的でかつ自由な唯一の適意」が学問を取り巻く趣味をも軽信―道徳的信の場において支配する様になる。
【※112】西野嘉章編『歴史の文字―記載・活字・活版』(東京大学出版会)二八八頁、坂村健「デジタル・ミュージアムと文字」などを参照。
【※113】古文書学は本来、書字の自明性を踏まえて初めて「生きた」ものとなるが、(機能的同一性の側からではなく)相対的な機能上の差異から同一性を新たに引き出す場合、機能的でなくなった方の差異は考古学上の史観や活字文化側からの見方に牽引される様になる。すると古文書学は文献学からも遠ざかり、「書かれた」内容は「書かれた」文字の向こう側に薄皮一枚分だけ隔離されることになる。~具体的な証拠は国文学資料にも沢山ある。例えば小松英雄著『仮名文の構文原理』(笠間書院)三七頁に「仮名文の伝本に少しでもなじみがあれば、この本文はたいへん読みやすい」とある通り、三八頁の図版(能因本『枕草紙』)を実際に読めば、階調の変化も具体的に分かる(活字と書字とで比較すると、書字側の「いと」は多様性や冗長性を視覚情報の水準においても具現し、「ちかく」「ちいさく」「おかし」「しろく」「さむき」などの強度を補完する)。逆に~もし違和感を感じるとしたら、そこに薄皮の絶大な効果が隠れている。
【※114】古典芸術としての「書」は言語芸術と視覚芸術との重合体であり、その上に教養や思想などの補完要素が表現内容の一部として(或いは本来同一の表現内容でありながら、見方次第でその一部であるかの様にも解釈できる方式で)組み込まれるが、こうした構造が潜在的領分で破綻した場合、後には非同一の立場から同一の幻覚に向かう一種のイデオロギー的な整序機能を司る流れ~「模倣」か「創作」しか具体的に取り込むための方法がなくなる。ここにはもう、初めから同一なのだとする自明な(歴史的かつ系譜学的な)感覚は微塵も残らない。模倣されたものは本来、模倣される以前にいったん「対象なき動機」の水準まで回帰する点で創作の変奏となるが、こうした共可能的で非線形的な理念は「器官なき身体」以前の層を形成するがゆえに、自ずから差異自体とも隔たる。例えば自分の師匠であれ日下部鳴鶴の様な近傍であれ、その書が見方次第で古典であると同時に古典でなくなる様に。~畢竟、古典的な在り方はリトルネロ(テリトリーを示す、領土性のアレンジメント)の在り方と密接に関わる。この点についてはドゥルーズ、ガタリ共著『千のプラトー』(河出書房新社)を参照されたい。「古典主義という言葉が使われるとき、それは形相―質料の関係を意味する。あるいはむしろ、形式―実質の関係を意味する。実質は形を与えられた質料にほかならないからだ。仕切られた形態がいくつも連なり、それが中心化され、相互に階層化される。そのような形態が質料を組織するのだ」(三八八頁)、「古典主義的なものの底辺でバロック的なものが轟いている。古典主義芸術家の使命は、神の使命と同じく、カオスに秩序を与えることだ」(三八九頁)、「ロマン主義は、バロック的古典主義を追い越したのではなく、古典主義とは別の地点を目指し、古典主義とは異なる所与とベクトルをもっていたのである」(三九一頁)、「古典主義、ロマン主義、そして近代(ほかに名前がないので近代と呼んでおく)という三つの「時代」を進化の過程と解釈してはならないし、意味上の断絶をともなう構造群と解釈してもならない。三つの時代はアレンジメントなのであり、その一つ一つが異なる〈機械〉を、あるいは〈機械〉に対する異なる関係を包み込んでいるのだ。ある意味で、われわれが特定の時代に属すると見なすものはすべて、すでに一つ前の時代に存在していたのである」(三九八頁)。
【※115】一九八九年。サヴァリッシュ指揮、バイエルン国立歌劇場公演の録画(EMI)。同じ《ラインの黄金》の映像で比較すると、カラヤン盤(カラヤン演出)やレヴァイン盤(シェンク演出)が自然模倣型、ブーレーズ盤(シェロー演出)が社会問題追求型であるのに対し、バレンボイム盤(クプファー演出)やサヴァリッシュ盤では宇宙神話的解釈による深読みがなされている(カラヤン盤は映画、それ以外は舞台収録)。~《ニーベルングの指環》は四部作の楽劇(序夜《ラインの黄金》、第一夜《ワルキューレ》、第二夜《ジークフリート》、第四夜《神々の黄昏》)。総合芸術としての在り方やライト・モティーフの扱いを含め、様々な意味で後世に多大な影響を及ぼした。例えばヒトラーは精神的支柱としてのゲルマン文化を象徴するものとしてプロパガンダに利用したし、構造主義哲学や構造主義人類学に大きな足跡を残したレヴィ=ストロースは、この曲の構成で『神話論理』四部作(第一巻『生のものと火を通したもの』、第二巻『蜜から灰へ』、第三巻『テーブル・マナーの起源』、第四巻『裸の人間』)を書いた。
【※116】師授伝承の方式が表現過程を統括する様な線形的書風展開は普通「流派」とか「書流」と呼ばれ、師匠と似た作品を書けるかどうかによって優劣が定まる。そのため寛容な人々はこれを模倣芸術と見なし、一般の人々は単なる「稽古事」~すなわち芸術ではないものと見なす。ところがこれまで現代書道の専門家は線形性をとことん拡張し、小泉義之が『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)第四章「ツリーとリゾーム」で述べた様なプラトニズムの転倒を経験的に実現してきた。例えば鈴木翠軒の書は丹羽海鶴の模倣ではないし、手島右卿のは比田井天来や川谷尚亭の模倣ではない。ここではミメーシスとコピーとの差異も転倒するが、こうした事は否定作用を動機とするものではなく、また脱構築的な転倒作用とも関係がない。つまり表現されたものと表現されるまでの過程との切断を鑑賞の場に持ち込む方式が優先されるから、鑑賞されたものは孤立した差異そのものにおいてしか判断されなくなる。従って書の鑑賞に共通の認知システムは必要なくなり、可読性も鑑賞の前提ではなくなる。だから展覧会では「似た様な作品が並んでいる」とする認識と「よく見ると違う」とする認識とが相殺し合うのみならず、一切が「書」と呼ばれる壮大な架空の物語に収束する様になる。~富士山とエベレストは同じ「山」であると同時に「山」の差異である。しかし単に「山」として見るのと「富士山」として見るのとでは、見方の成り立ち方が異なる。「富士山」には日本の象徴などの様々な記憶が選択的に結び付くが、包括的な「山」は「山」それ自体において無垢である。従って「山」の無垢たる所以をおびやかす現実は必要ない。ゆえにここでの「富士山」は物語化された「山」となり、現実の包括的な「山」とも現実の「富士山」とも異なる水準に転位する(試しに絵本か何かを読んでみるとよい。絵本の絵それ自体は読めないから、「見る」事を「読む」事と混同して言い換えただけの読み方となる。だから読めないものは、読めると同時に読めないにもかかわらず正しく理解される)。
【※117】当方は××時代、提出物を観点別にとことん微分しようとした結果、肝心の成績評価において破綻した。顕在的な観点それぞれが相乗したり相殺し合ったりするため、評価の最終局面では美的評価の潜在的基準自体が内側から非線形性を露呈してしまい、当初予定していた評価システム自体が本来の評価目的と整合しなくなったり機能不全に陥ったりするからである。~因みに佐々木正人著『アフォーダンス―新しい認知の理論』八頁には、「おそらく「フレーム問題」の生ずる原因の一つは、「環境」を完全に表現しつくした知識表象をつくりあげ、それを、行為をガイドする「地図」として用いるという、知性のモデル化の方法にある。行為することの意味を環境から切り離し、行為と環境の接点を、事前に設計された知識と論理だけで推論する機構にゆだねる限り、フレーム問題からは逃れられないだろう」と書いてある。しかるにもし~「書」の美的環境がまだ充分に形成されていない段階で、教科書の内容に合わせようと(書道一般における)暗黙知としての環境を前提した事が破綻の原因となったのなら、ここでは環境を把握する過程の側に欠陥があることになるから、教科書それ自体に問題はない筈である。例えば「教えた内容」だけに判断基準を限定してしまえばよいとするフレーミングが成り立つ場合、そうする事で却って失われる結果となる肝心のものは、行為の拡張により創発する諸々の情動的可塑性をも道連れにする。よしんばこの様な捨象が教育上のモデルにおいて有効だとしても、「地図」に相当する部分が根本的に歪められているなら、指導内容自体はどのみち受容過程において破綻を免れなくなってしまうだろう。「地図」が「環境」そのものではない様に、文字に潜在する諸々の書体横断的システムは美的表現自体と異なる。従って当方が作品の微分を評価に持ち込まなくなったのは、微分の効果を否定したからではない。微分により引き出される潜在的なシステムを、作品そのものよりも優先すべきだと判断したからである。実態は単純。評価できないものから解を導こうとする手続きをだらだらと踏み続けてきたら、ごく自然に「読める」システムの要請が評価の潜在的指示作用と連なる様になっただけの話である。
【※118】上田桑鳩著『臨書新研究』(教育図書研究会)では冒頭から西洋と歩調を揃え、次いで芸術と実用とを相対化するに至る(三二頁以降)。要するに二元論である。しかし一方で上田は過たず書に特有の性格を述べ(四四頁)、他方では「ところで、書は文字という形の上では何等の対象を持たないものを素材にし、それを並べたり組合わしたり、変形を加えたり、形作つている線に筆意や筆勢をつけることによつて、感情や想念を感得することができたり、想像するのであるから、それは抽象的な表現であり、また感情を抒情的に単純化して表現しているので、象徴的な表現にもなつている。だから、その部属は、抽象芸術と象徴芸術の二つに籍を置くことになる」(四五頁)と述べる。~ここでの「二つの籍」は絵画などの視覚芸術側で頻繁に持ち出された一種の極限であり、言語学や詩的言語の領分まで観入するものではない。また書表現は言語表現の副産物である限りにおいて自らの冗長性を折り畳むから、もし書が抽象芸術や象徴芸術に「籍を置く」なら、これらと等しく重合する言語芸術の抽象性や象徴性への踏み込みも当然なされてあるべき筈である。ところがここではいくら重合する諸要素が的確に分析されていようと、個々の作品以前に踏まえられていた筈の教養芸術的背景が欠けている点では、どのみち片手落ちの感を免れない(対極には黒田正典に代表される様な筆跡学研究の立場があるが、結局これも筆跡心理学の一類型に過ぎなかったためか、カリグラムへの踏み込みは殆どなされていない)。
【※119】尾崎彰宏著『レンブラント工房』(講談社選書メチエ)、ハウザー著『マニエリスム』(岩崎美術社)全三巻、榊原悟著『日本絵画のあそび』(岩波新書)、三杉隆敏著『真贋ものがたり』(同)、高階秀爾著『芸術のパトロンたち』(同)などを比較参照。その他、明治期以降の芸術受容状況については佐藤道信の著書、東洋絵画の実作の立場では加山又造著『無限の空間』(小学館)、理論面ではクルターマン著『芸術論の歴史』(勁草書房)なども参照。
【※120】中村雄二郎は『講座 美学』(東京大学出版会)第五巻所収のパリ講演日本語稿「〈行為的直観〉と日本の芸術」で、バーク著『動機の文法』に触れている。ここでは《受苦せし者は学びたり》(ta pathemata mathemata)とする経験の在り方が稽古の「受苦」的作用と関わっており、更にこれを書道に援用するなら、西洋文化流入以後の書道はまさに時代との乖離において、「受苦」的環境自体が存在論的な意味での「稽古」に連なっているとも解釈できるだろう。つまり、古典的理解からの「創造的=破壊的」乖離や現代的整序の破綻はそれ自体においてあらかじめ反‐古典的であり、また一方で環境自体は全く新たな水準で反‐稽古的「受苦」と関わっている。従って古典的な在り方は二重の意味で、もはや主題ではない。本文で述べた主題性は古典的な場で文学的内容との相補関係に依存するが、もう一つの主題性は反‐古典的な動機に基づく文学性の転倒により成り立っている。すなわち、書表現は今も本来の主題ではないにもかかわらず主体としての位置を獲得しており、むしろそれゆえに書道芸術は反‐古典的な転倒として存立可能となっている。すると、ここから主語的なものと主題との交換が始まる。主題が「書かれるもの」から「書く」行為の側に移り、述語的作用の反対側にある筈の主語的作用が「書かれるもの」となって潜勢する。だから現代書は、必ずしも「書かれる」内容を必要としない。「書く」行為に適合した文学的内容が選択され、文学とは異なる美的表現として変奏され、文学的内容を「読む」のではなく行為自体を「読む」ための文法が必要となる。そのため書道教育には、指導内容の重大な分裂が生じる。「書く」行為に必要な「読む」能力と、「読む」行為に必要な「読む」能力は、それぞれ全く異なるものとなる。
【※121】補足引用。~①宇野邦一著『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ)。「ドゥルーズがベルクソンに読み取った「唯物論」は、必然的に弁証法をしりぞけ、弁証法を支える「否定」と「対立」の論理にも批判をむけることになった。弁証法とは、いうまでもなくヘーゲルの思想の原理をさしている。このような「唯物論」にとって、「否定」とはどこまでも観念の働きにすぎず、「対立」とは事物の無限の差異(ニュアンス)を、たがいに否定しあう二つの項に還元することである。事物や生命が生成し変化する過程それ自体には、ただ微細な変化や無限の差異と、それらを横断する秩序があるだけで、否定も対立もありえないからである」(三四頁)、「幾何学的論証のかたちをとったその汎神論について、ベルクソンは「氷でできた神」と言った。ヘーゲルは、スピノザの哲学を病的なものと考えていたふしがある。スピノザが肺結核で「消え去った」ことは、その体系にふさわしいというのだ。「この体系によれば、あらゆる特異性や個体性ははかなくも一つの実体のうちに消え去るのです」(『哲学史講義』)。否定性の運動を一切含まないスピノザの体系には、ヘーゲルの弁証法が作動する余地がない。しかし氷河のように無表情に見えるこの汎神論から、ドゥルーズは、たえまなく流動し触発しあう微粒子と力の世界をとりだすのである」(五六頁)、「内在平面は「思考のイメージ」とも言い換えられる(『差異と反復』には、思考のイメージという一章が含まれていたが、そこでイメージは「同一性」に近い否定的意味をおびていた)。内在平面はまたカオスの断面であって、しばしば「夢、病的なプロセス、秘教的な経験、酩酊あるいは過剰」といった手段によって発見される。内在平面は、一方では、ギリシャ的な社会の内在性と深い関係をもつとともに、思考されないもの、思考不可能なカオス、無限の運動に接しているのだ。それが「思考のイメージ」と呼ばれるのは、それは想像などとは無関係で、「存在の質料」にじかにふれているからだ。イメージとは存在の断面なのだ。/このような「内在平面」を構築することにおいて、もっとも徹底していた哲学者として、ドゥルーズはスピノザをあげている。デカルトであれ、カントであれ、ヘーゲルであれ、新たな内在平面を構築するとともに、主観性や理性や絶対者の形で、新しい形の近代的な超越性をそこに注入したけれども、超越性の批判においてもっとも徹底していたのは、汎神論的な見かけをとったスピノザの『エティカ』だというのである」(二三三頁)、「けれども、概念とは強度秩序において合成要素の共立性を確立し、出来事として合成要素を俯瞰するような運動であって、命題の間の闘争や交渉という形をとるオピニオンは、これとは似て非なるものでしかない。ヘーゲルもまた独自の概念と内在平面を構築したにしても、それをオピニオンの操作としての弁証法に収拾し、世界のあらゆる事象をおおうものとして哲学的な知を絶対化することになる。/哲学が概念を構築しそこなう理由、内在平面を作りだすことを阻害する原因は、こうして哲学の内部にも外部にもみちているのだ。宗教的な超越性、厳密性を楯にして哲学と科学を同じ論理(命題)に還元しようとする混同、オピニオンの跋扈、オピニオンの変形にほかならないコミュニケーション、弁証法、そしてもっと目立たない形で実践される超越性の再建など」(二三四頁)。~②長谷川宏著『ヘーゲル『精神現象学』入門』(同)。「ヘーゲルは、スピノザとちがって、人格神としての神の存在に大きな精神的価値を認めていたし、また、自然を神々しいまでに秩序立ったものと考えることはなかったけれども、神の世界をも自然界をもつらぬくような秩序が「実体」としてあるという思想には強く惹かれていた。神をも自然をもふくめた一切が一つの大きなまとまりをなし、そのすみずみにまで一貫した秩序が行きわたっているというイメージこそ、スピノザとヘーゲルをさしつらぬく共通の世界観であった。/が、一方、近しいがゆえの強い反発もヘーゲルにはあった」(一九頁)、「対立や分裂や否定は、世界にまとまりをあたえるというよりは、世界に不安と動揺をもたらし、世界を崩壊や破滅に追いやる可能性が大きいと考えられる。神的な理性や合理性の支配する世界は、対立や分裂や否定や死を統御し、抑止することによってなりたつ、―そう考えるのが、社会思潮としても学問的理解としても、西洋近代の合理主義思想の主流だった。『エチカ』における実体的秩序の記述は、そういう合理主義思想の一極限を示すものであった。/それにはげしく異を唱えるのがヘーゲルの「主体」の思想であり、さらにいえば、ヘーゲルの弁証法であった。対立や分裂や死や荒廃といった、一見、世界を解体し、秩序を破壊するかに見える運動のうちに、世界の秩序をうみだす原動力を見る。それがヘーゲルの弁証法であり、主体こそが真理だという思想を支える世界観であった」(二三頁)。

「恥を忍んで」08

苹@泥酔

2021/05/30 (Sun) 01:17:25

8【再掲】「恥を忍んで」08 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/30 (Mon) 22:36:21

【再掲】「恥を忍んで」08
7628 文部科学省への復讐? 苹@反日実験人格 2009/09/04 06:59

(前稿訂正)
 かれこれ十年近く、前稿の注釈【※115】で「第四夜《神々の黄昏》」と誤記していた事に気付かなかった。と云うより、そもそも読み直すのが面倒臭かった(汗)。正しくは「第三夜」でござんす…。

 以下は選挙結果を踏まえての雑感補記。~広告を見ると『正論』最新号の教育関連記事がなにやら面白そうなんで、この週末にでも買ってくるつもり。もしかしたら見方がガラリと変わるかも知れないので、読前読後の感想比較用に一つ覚え書きを出しときます。


(本題)
 取り敢えず、教員の身になって考えてみる(所詮は勝手な想像に過ぎないが)。
 …教員免許更新制はハッキリ云って「めんどくさい」。余計なお世話、と云ってもよい。仄聞するところ講習とは名ばかりで、何の役に立つのか分からないのに出張(?)させられる模様。とどのつまりは「無駄な仕事」と大差ない。「それが仕事だから」とアッサリ納得できる「素直な擦れ枯し野郎」でもない限り、無駄に時間を奪われるのでは総スカンを食らうのも無理はなかろう。なのに何を血迷ってか、外野がつべこべ文句を云ってくる。モンスターペアレントならぬ「モンスターガバメント」、もしくは「右翼市民」の登場である。この手の御仁は何か誤解をしているのではないか。~嘗て観察した現場感覚に依拠すると、大多数の心理は概ねそんなところだろう。毎日が訳もなく忙しい。忙し過ぎて授業する暇がない(爆)。或る分掌主任は約十年前、「忙しくて教材研究する暇がない」とこぼしていた。今は更に多忙となっているらしい。
 忙しさを共有しない人材を正規雇用しても即戦力にはなるまい。そもそも正規教員の主たる仕事は「授業ではない」からだ(相対比較)。傍目には多忙と映らなくとも、それぞれの事情に応じた忙しさがある。中には「忙しくて学校に行ってる暇がない」先生も居るだろう。そこには組合の仕事ばかりでなく、部活の引率や教研集会などの出張も含まれる。教研集会は集団指導体制による教材研究とも云えるから、これを敵視すれば「勉強する暇があるなら仕事しろ」式の批判に陥りやすい。そうでなくても「忙しくて学習指導要領など読んだ事がない」教科主任が居るくらいなのだから。そしてこれらの隙間をかいくぐる時、いくつかの対策が自ずと出てくる。例えば多忙な先生の仕事を緩和するため非正規雇用で安上がりに済ませるとか、とにかく色々と。実のところ業務上、真っ先に手を抜けるのは授業なのでござんした(校務分掌をこなして初めて授業に注力できるのだぁ)。
 どの学校にも大抵、「仕事のできる先生」と「仕事のできない先生」とが居る。多くの人はそれらを民間企業の感覚、経営の論理で捉えるだろう。…ところで、仕事とは何か。仮に「求められた課題の処理」だとしてみる。処理方法にも色々ある。そこには複数の課題の優先順位も絡む。教務なら時間割を作ったり調整したり県教育庁と連絡したり、教科書の手配やら何やら。環境保険・渉外ならPTAや後援会との連絡、自転車保険、発行物の編集や印刷の手配、県費以外の私費予算の管理、あと…ううう、思い出すのもめんどくさくなってきた(苦笑)。ともかく授業そっちのけで色々ある。そうした仕事をてきぱきこなせるのが「仕事のできる先生」であり、授業は「出来て当たり前」ゆえ余程の事がない限り「論外」となる。仕事の「できる、できない」は雑務の話であって、普通の公務員試験を通ってきた人々と大差はない。入試や行事では会場設営に受付、案内、接待…。そう云やタクシーやバスの手配(中古車輛購入時の入札や会計業務などを含む)も事務室と連携した上で、教員に様々な仕事が回ってきてたっけ。

 …やがて、どこからともなく「民間を見習え」の大号令がやってきた。教員を民間企業に派遣して「世間の常識と仕事を学んで貰う」(?)事業も始まった。そのうち学力低下が問題視され、学校の先生に予備校の教え方を学ばせる所も出てきた。…ここで疑問が出てこないか。そんじょそこらの民間企業に教員を派遣しても学力向上のノウハウが身に付く訳ではあるまい。予備校に派遣するならともかく。仮に最初からそうしていたらどうなったか。予備校教育と無縁な科目は必ずや初手から蚊帳の外となるだろう。つまりどのみち、学校の官製「予備校化」は避けられなかった。それを先ず学校側が自発的に行い、文部科学省が摘発したところ全国規模の大問題となった。未履修問題と呼ばれるマッチポンプ構造の事である。学校が率先垂範して文部行政の泥を被り、最後は必ずしも自発的と云えない泥を被る事で生徒達を守ろうとした。…と云うのは半ば詭弁に近い筈。その証拠に生徒達は補習を受けた。「補習圧力から生徒達を守る」事が出来なかったのは、彼らが同時に学校をも守ろうとしたからである。何から守ろうとしたかと云えば一目瞭然、「文部行政の横槍から」である。
 現場なら普通、これをどう受け止めるだろうか。全国規模のフラストレーションを何処に向けるだろうか。何をしても忙しくなり続ける事に変わりはない。なのに自民党は相変わらず頼りにならなかった。「官僚への指導力がない」のではなく、「官僚に指導力がない」のかも知れない。現場が文部官僚の手に負えないなら、民主党政権にどうにかできると夢想する方がどうかしているのかも知れない。いっそ開き直って文部科学省を滅ぼせばどうなるか。学校もしくは地域各々が自発的に民間教育との競争か協調を始めるか、もしくは独自の教育を始めるだろう。すると画一教育が破綻する。所謂「合成の誤謬」に生徒と保護者が巻き込まれ、転勤に伴う転校・移籍の基準が崩壊に向かい、それらの混乱と競争を進学基準に於て外から引き受けるのが大学入試となるだろう。「勉強とは入試と見つけたり」…何十年前の意識か知らぬが、ともかく進学したい誰もが一斉にその地点へと回帰していくだろう。もはや未履修どころの話ではない。
 そうした危惧を前提に教員免許更新制を否定するのは容易い。肯定する場合とてどうなるものだか。受験道徳の障壁となる科目の教員免許を更新しない方針とすれば「ゆとり科目」と「非ゆとり科目」の本格的分別が可能になる。「ゆとり教育」を否定するには先ず「ゆとり科目」、すなわち非受験科目を排除すればよい。これが夢物語でない事は旧稿で具示した通り(二名の正規教諭と百二十名の非常勤講師で事足りるタイプの「ゆとり科目」誘導が東京都では戦後一貫して継続中)。どのみち講師にゃ関係のない話でござんす。
 …そして実は教員の仕事ともさほど関係がない。免許を更新すれば接待や事務処理がうまくなるのかね。それなら事務職員にも「事務職免許更新制」か何かを課して、後々は県職員や市町村職員にも同様のリストラ突破口を貫通させればよい。

 久々に『諸君!』2008.10号の鼎談「日本の学校をモンスターだらけにしたのは誰だ!」(八木秀次・石井昌浩・義家弘介)を読み直した。その中に「教員免許更新制の盲点」って小見出しがある(P.166)。ざっと読むと、この仕組みに欠陥があるらしい。その内容は半ばNo.6575(の初出稿)で指摘した事とも重なる。~以下はP.167から。
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> 石井 見事に形骸化されたんですね。これでは現在、教育委員会が行っている研修に、屋上屋を重ねるだけのことです。教員の適性を検証、チェックする人がいないため、形ばかりの更新にすぎなくなる。
> 八木 国立大教育学部解体の道筋をつけたはずが、むしろ延命の口実をつくってしまった。教育学部はこれまで縮小傾向がつづき、気息奄々たるありさまだったのに、政府が新たなお墨付きを与えてしまったも同然です。
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 『WiLL』2009.10号P.47で土屋敬之(たかゆき)民主党都議会議員は、教員免許更新制度の「見直し」を日教組に託けながら非難めいた書きぶりで指摘している。「形骸化」と「見直し」を天秤に掛けると、どっちがどうなのか途端に分からなくなってくる。
 私の場合はどのみち高校教育の予備校化=解体に向かうだろうとする見方だから、教員云々より大学入試の方を重視する次第。~石井発言のパロディに仕立てるなら、差詰め「高校教育の成果を検証、チェックする科目がないため、形なき入試にすぎなくなる」状況が、「学生の適性」を取り巻く逃走経路に組み込まれている事になる訳でんな。それを根拠に教育学部が初等・中等教育へと適応するからこそ、教育学部に学生が集まる(中期的視点のフィードバック)。なおかつ国立大学の法人化がそうした流れを経済的に促進する。…「調和なき理念」と「理念なき調和」の二者択一を迫られたら、普通どっちを択ぶのか。前者は孤立から自滅に向かう。後者は連帯から頽廃に向かう。自滅と頽廃の生命力を比べれば後者に軍配が上がるだろう。だから前者の実質は「高校教育からの撤退」に向かわざるを得ない。そのための受け皿が予め民間などの「外部」に存在していたからこそ、「未履修問題を掘り起こした組織」が学校教育現場と自民党を効果覿面に裏切った。
 日教組が社民党や共産党から民主党へ(?)と逃走した理由、なんとなく同情できるのが返す返すも情けない(orz)。未履修問題で裏切られたのが学校の方なら、「裏切る様に仕向けたのが自民党」であるかの様に見えたとしても決して不自然ではなかろう。そんなこんなをステロタイプの日教組問題に単純化してばかり居ると必ずや判断を過つ。余所の「過激なイデオロギー」なんざどうでもよい。日教組に優しい議員が「いじめられて大変だったね」と癒すかのごとく振る舞えば、当事者の情が動くのは…巷間よくあるこった。

 なお、教育関係の上層部については産経の優れた調査報道がある(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090829/crm0908290136000-n1.htm
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>>文科省天下り、3分の1が私学…省庁再編後もルート温存 (1/2ページ)
>2009.8.29 01:32
>文科省幹部の天下り(過去5年) 文部科学省から過去5年間に天下った幹部職員OB162人のうち、3分の1を超える57人が私学(学校法人)に再就職していたことが28日、産経新聞の調べで分かった。旧科学技術庁出身者らを除いた旧文部省の生え抜きに限ると、4割を超える高率だった。この調査結果に、識者らからは「旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの」と批判の声もあがっている。与野党各党は総選挙のマニフェスト(政権公約)に天下り規制を盛り込んでおり、文科省は天下りへの新たな対応を迫られそうだ。
> 調査結果によると、平成15年9月~20年12月に、文科省から天下った本省課長・企画官級以上の幹部職員は計162人。うち57人(約35%)が51の学校法人に天下り、東京聖徳学園、佐藤栄学園、藍野学院、玉川学園、聖心女子学院、日本体育会の6法人では、各2人を受け入れていた。肩書は事務方トップの事務局長が21人で最も多かった。
> 51法人の中で48法人が大学(短大も含む)、2法人は高校、1法人は専門学校を主に経営する。13年の中央省庁再編で、旧文部省と合併した旧科技庁の出身者らを除いて旧文部省の生え抜きに限定すると、天下り総数は111人で、うち46人(約41%)が学校法人。旧文部省の生え抜き以外で私学に再就職した11人は、外部から教育分野の専門職に転身した学識経験者らで、旧科技庁入庁組は皆無だった。
> 文科省は、各種の補助金で学校法人の経営健全化や設備充実をはかる私学助成を行っており、予算規模は年間4500億円前後にのぼる。私大設立や学部・学科新設の許認可権ももつ。少子化で私学は経営が難しくなっており、特に私大は学生集めのため、情報システムや住環境デザインなど既存の大学とは異なる目新しいテーマの学部・学科の新設に躍起になっている。
>文科省幹部の天下り(過去5年)
> 省庁再編前には国会で取り上げられたこともある旧文部省の私学天下りルートが、再編後も事実上温存されていた実態が明らかになり、天下り問題に詳しい国際基督教大の西尾隆教授(行政学)は「再就職の是非はケースごとに判断すべきだが、この数字は大いに問題がある。旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの。営利企業ではないと言っても、私学も補助金獲得をめぐり競争しており、経営難もあってお金絡みの意識が働く可能性がある。許認可権限をもつ相手先に行くのは、庶民感覚からみておかしい」と指摘。一方、文科省人事課は「もともと法律に制限がなく、問題はない」としている。(調査報道班)
> ■学校法人 私学(私立学校)の設置を目的として設立された法人。放送大学を運営する放送大学学園は特殊法人改革の一環で、平成15年に特殊法人から「特別な学校法人」に移行したため、放送大学も私学となっている。学校教育法は、国と自治体と学校法人だけが学校を設置できると規定しているが、同年に成立した改正構造改革特別区域法によって、株式会社とNPO法人(特定非営利活動法人)も構造改革特区(教育特区)に限り、特例として私学の設置が認められた。国内の大学の4分の3以上は、私大が占めている。
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090829/crm0908290138001-n1.htm
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>>「事後チェック、重要に」…文科省天下り問題
>2009.8.29 01:37
>  文部科学省から天下った幹部職員OBの3分の1超が私学(学校法人)に再就職していた実態が28日、判明した。旧文部省生え抜きに限れば4割を超える事実のもとでは、「癒着」と指摘されても仕方がない。
> 昨年12月に改正国家公務員法が施行されるまでは、国家公務員が退職前5年間の仕事と関係ある営利企業(私企業)に、退職後2年以内に天下る場合は人事院の承認が必要だった。ただ学校法人は「営利企業ではない」との建前から制限は設けられていなかった。
> しかし、少子化で18歳人口の減少に歯止めがかからない中、私学は私企業同様、市場原理にさらされている。国は、大学の学部・学科の設置規制を緩和し、平成15年度には一部を許可制から届け出制に改めた。その結果、学生の獲得競争は激化し、定員割れの私大が続出。ハイリスクな金融商品で資産運用に失敗する私大も多く、メーンバンクの後押しで有力大学によるM&A(合併・買収)の動きも活発化するなど淘汰(とうた)が進む。
> そもそも天下りが問題視されたのは、私企業だけでなく、財団法人などの外郭団体が隠れみのになっている実態を受けたものだ。私学は経営面では私企業的側面をもち、補助金を受ける外郭団体的側面ももつ。教育機関という微妙な立場をたてに、規制のグレーゾーンとなってきたが、むしろ、最も規制の対象となるべき存在といえるだろう。
> 改正国家公務員法は在職中、利害関係のある法人への求職活動を禁じた。営利企業だけでなく、学校法人などにも対象を広げ、規制は事前承認から事後チェックとなった。だが禁止されたのは求職活動だけで、役所の看板を背負った再就職そのものではない。
> 総選挙の結果次第で天下り規制は一層強化される可能性がある。しかし、苦しい経営から国とのパイプを求める私学と、再雇用先を確保したい文科省との利害は一致したままだ。「天下り後」のチェック態勢の強化が一層、求められる。(調査報道班)
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090904/crm0909040048000-n1.htm
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>>【Re:社会部】堅実な調査報道、続けます
>2009.9.4 00:47
>  8月29日付本紙1面の記事「文科省天下り 3分の1が私学」に関し、大学関係者と思われる栃木県の男性から、調査報道班の地道な取材を、もったいないほどねぎらっていただくとともに、「大学自治の立場からも実態に切り込んでほしい」とするお便りをいただきました。
> 私学に天下った57人中、事務方のトップの事務局長が21人で最多でしたが、お便りは、もし正副学長に就任した文科省OBがいるなら、単なる癒着にとどまらず、学問の自由を形骸(けいがい)化しかねないと指摘しています。
> 戦前、思想問題を背景に政府が大学人事に介入した反省を踏まえ、学問の自由には大学自身による実質的な人事権の保障が含まれているとされていますが、これが監督官庁によって形骸化されるおそれがあるというわけです。実際、残る36人には副学長が1人いました。再就職を繰り返す「渡り」も追跡すると、正副学長はもっといる可能性があります。
> お便りには、文科省が副学長ポストを要求してきたとのうわさを聞いたことがある、とする一節も。また、「民主党は天下りを禁止するとしているが、他方、教育費を増やすとしており、私学との癒着はますます増える可能性もある」とのご指摘もありました。
> 今後も一層、天下りには厳しい目を向け、堅実な調査報道を心がけたいと思います。(丈)
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(余談)
 今回の総選挙では民主党が圧勝したとの事だが、青森県は東北で唯一の「自民優勢」地域。四選挙区のうち三選挙区を制覇したのが自民党で、民主党に一人だけ負けたのが引退ホヤホヤ「津島派会長」の後継(初出馬)。他の候補は比例区で当選したそうな(民主党と共産党)。
 そんな青森が昔も今も前掲「其二」の通りである事には、いつもながら~何か筋金入りの空恐ろしさを感じる。昔は「津軽選挙」と呼ばれるバラマキ体質が話題となったものだが、それをいっそう洗練させた形が全国的かつ間接的に瀰漫したかの様に捉えるなら、これは一体どういう事になるのやら。
 …とは云え、青森には青森の事情がある。どうやら本県は想像以上の「アメリカ植民地指向」らしく、例えば三沢市では昨年(だったかな?)教育上の目的で「××通り」を「××ストリート」に改称する案などを審議する際、わざわざ助言者に三沢米軍基地から司令官を招いたそうな(もちろん司令官は英語ネイティヴ…w)。片やXバンドレーダーを配備した「つがる市」近辺では北朝鮮のミサイル発射に相当ビビってた様で、その影響がまだ残っていたのかも。尤もレーダー基地の警備は米軍でなく民間軍事会社(!)が担当して居て、東奥日報の記者が近付いたら自動小銃を構えてウホウホ迫ってきたそうだけど(一部脚色…汗)。
 南部には「自由の女神」像も「キリストの墓」もある土地柄、民主党への抵抗感にはまた別の要素が関与している可能性もあり得るんだろーな。いづれにしろ「日本文化の破壊」と「青森文化の保守」が両立し得る点はそこそこ興味深い。雑駁には…むつ市、つがる市、おいらせ町といった平仮名地名を採用する感覚みたいなもんだ。日本文化としての平仮名アルファベットを本家アルファベットとの同調感覚にこじつけるかのごとき心理に、私は青森文化の図太く歪んだ野性を垣間見る。



7629 「ひとへにかぜのまへの…」(!?) 苹@泥酔 2009/09/07 23:19

(補記)
 『正論』2009.10号を買ってきたが、三編の教育ネタでは特に目新しさを感じなかった。八木先生の観点も既読のネタだったし、…と云うよりは苹の感覚が再読時に鈍磨したって事なのだろう。藤岡先生のは横浜採択に至る経緯が分かり、有難い。
 話題を変えて『WiLL』2009.10号。~二誌ともカラヤン本の話題が面白かったけど、それ以上にビビビと来たのが実は「天地無用」欄だった。P.18に「現代の漱石全集などの校定方法から遡って、江戸時代の版本を西鶴まで」云々と書いてある。これを書いた「釣り師」は誰だぁ。もしかして編集長なのかしら(「瀬尾はやまるな」で花田うるはし、釣られし苹は俎上のダボハゼ)。あたしゃ小西甚一なんて名前は知らないぞ…と思いつつ検索してみたら、ふと見覚えのあるタイトルが目に留まった。高校時代に使った参考書の『古文研究法』(洛陽社)も氏の著書だったのね。今の今まで気が付かなんだ(汗)。当時の教科書・参考書は殆どが散佚しちまったが、どうした訳か気になる本だったので今も手元にある。嗅覚ってのは結構バカにならないんだなあ。国語教科書と違って当時の歴史教科書も残してるし。あれから×十年(苹は年齢不詳なのw)、まさか私が歴史教科書運動関係のサイトに入り浸る様になるとは思わなかった。さほど興味がある訳でもないのになあ。

(妄想)
 前稿末尾で青森ネタを書いた。~あの後、更なる妄想が。
 民主党政権の出方次第では、イラクで有名な民間軍事会社あたり、先ず自衛隊駐屯地内のXバンドレーダーを「日本から守る」手だって考えられぬではないのかも。んでもって続きは日本式に対応する訳だ。「秘書がやりました」方式の効果は確認済みだし、中国には「誤射でした」が通用するから(先年は中国大使館誤爆事件があったっけ)険悪な関係にはなるまい。つまり「あれは米軍でなく民間軍事会社の仕業です」でどうにかなる。イラク規模で自衛隊員に死者が出る程度は想定の範囲内だろう。反抗したらアッサリ再占領すればよい。いつでも三沢基地から急襲できるんだし、横田からウホウホ首都制圧に向かえば事は簡単なんじゃあるまいか。そんでもって中国には沖縄から睨みをきかせる。
 物騒な妄想は傍迷惑かも知れない。しかし素人の私でも思い付くオプションを、あちらの専門家がいっそう洗練された仕方で考えない訳がない。鳩山外交には先ず新聞から恫喝の予兆をちらつかせ、自民党路線からの逸脱を自粛させる。屈伏が国民の反感を買えば忽ち自民党政権へと逆戻り。結局どう転んでも対米政策の安定性は保たれる。
 思い切って、外相には社民党の人がいいんじゃないかな。さっさと渡米させちまえ。荒療治するつもりなら、この手が一番かもよ?(ただ…そんな勇気は民主党にゃあるまい。)

(転載)
 前稿末尾で三沢に触れた。~以下に関連記事を出してみる。
 その前に民間軍事会社云々の記事を探したけど、どうやら家人が古新聞を処分しちまったらしい(2009.8.28以前数日分のどれかに載ってた)。そこで取り敢えず別の記事を「東奥日報」2009.8.29付朝刊24面から。
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>>基地内居住方針が発効
>>米軍三沢 市、見直し要請へ
> 米軍三沢基地のディビッド・スティルウェル司令官は28日までに、米軍人・家族の基地内居住を推進するとの方針を記した書類に署名し、同方針が正式に発効した。基地内居住の方針をめぐっては、基地外に米軍人向け住宅を所有する大家の家賃収入が激減し、地域経済に大きな打撃となる―などと三沢市は強く反発していた。
> 新方針は、9月1日以降、家族を伴って同基地に新たに赴任する軍人に基地内への居住を求める―との内容。基地内にある住宅の入居率を上げ、基地外に住む軍人に支払っている家賃補助費を削減するのが狙い。ただし、単身者や独身者は対象外で、現在、基地外の米軍人向け住宅に住んでいる軍人・家族に基地内への転居を求めることもしない。
> 三沢市基地渉外課によると、基地外の米軍人向け住宅は三沢市と周辺3町に計1500~1600戸ある。一方、米軍三沢基地内には2033戸の住宅があるが、入居率は約72%。基地内の住宅の整備には日本政府の「思いやり予算」が充当されているという。
> 市内の建設業者によると、基地内では約250戸の改修工事が終了したばかりで、新たに約500戸の改修工事も始まったという。基地内居住推進の方針が決まったことについて、三沢市政策財政部の澤口正義部長は「予定通り、方針見直しの要望書を基地司令官に提出する」と話した。
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 次は同2009.9.1付朝刊26面。
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>>司令官「影響最小限にする」
>>米軍三沢基地内居住方針 見直し要望の市側に
> 米軍三沢基地が米軍人・家族の基地内居住を推進する方針を決めたことについて、三沢市は31日、基地外居住を制限しないように求める要望書を同基地のディビッド・スティルウェル司令官に提出した。同司令官は、推進策は在日米軍司令部からの指示であることを説明した上で「(地域経済への)影響は最小限にとどめたい」と述べ、理解を求めた。
> 要望書は種市一正市長と馬場騎一議長の連名で、両者が三沢基地を訪れ、スティルウェル司令官に手渡した。同市議会基地対策特別委の小比類巻雅彦委員長も同行した。会談は非公開だった。
> 市基地渉外課の説明によると、市の要望に対し、スティルウェル司令官は①基地内居住推進は、日本政府から「思いやり予算」を有効に使ってほしい―との要請を受けた在日米軍司令部からの指示②基地外にある民間の米軍人向け住宅は家賃が高く、家賃補助を支出している基地の予算を圧迫している―と説明。
> その上で、老朽化した一部の基地内住宅を取り壊す予定があるため、いずれ基地外の米軍人向け住宅の需要が再び高まるとの見通しを示し理解を求めた。
> 在日米軍基地内の住宅の整備には日本政府の「思いやり予算」が充当されている。米軍側の回答について市は「軽費節減が目的ということであれば一定の配慮が必要かもしれない」(冨田哲基地渉外課長)として事態の推移を見守る構えだ。
> 米軍三沢の方針は、9月1日以降、家族を伴って同基地に新たに赴任する軍人に基地内への居住を求める―との内容。ただし、単身者や独身者は対象外で、現在、基地外の米軍人向け住宅に住んでいる軍人・家族に基地内への転居を求めることもしない。
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 その他。
 「書道美術新聞」921号(2009.9.1付)の「風信帖」欄では、政権交代で書教育の「強制は排除」って事態になるのを危惧してるらしい。珍しく政治ネタに言及していた。

「恥を忍んで」09

苹@泥酔

2021/06/12 (Sat) 05:54:17

8【再掲】「恥を忍んで」09 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/31 (Tue) 21:49:10

【再掲】「恥を忍んで」09
7631 【補記】鳩山、山川。 苹 2009/09/18 06:20

 前稿で「鳩山外交には先ず新聞から恫喝の予兆をちらつかせ」云々との妄想を書いたが、云うまでもなく「当初からそれが目的だった」とは考えにくい。利用価値のあるネタには便乗するのが普通だから、可能性があるとすればその口だろう。さもなくば噴飯物の陰謀論となってしまう。大抵の陰謀論が後から主体を拵え、スケープゴートに仕立て上げる様に。(その最も大袈裟な例の一つが東京裁判。)
 産経の調査報道によると、事の成り行きは大体こんな具合だったらしい(↓)。これがそのままで収束するなら事は穏便に済む。しかし米政府かマスコミのどちらかが「単なる可能性」を陰謀めいた段階に格上げする時、事は一転して「危機の脈動が始まる」のだろう。…とどのつまり、こうした一切合切は常に潜勢的である。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090915/stt0909152331026-n1.htm
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>>検証 鳩山論文はどういう経緯で掲載されたのか? (1/3ページ)
>2009.9.15 23:28
> 鳩山由紀夫民主党代表の論文「私の政治哲学」が、米国の批判的な反応を呼び起こした。月刊誌「Voice」(9月号、PHP研究所)に掲載された論文が、どのような経緯で米紙ニューヨーク・タイムズのウエブサイトなどに転載されたのか、検証した。
> 鳩山事務所によると、Voice誌に掲載された論文は、鳩山氏が政治哲学として掲げる「友愛」への理解を広げようと、鳩山氏側が7月にPHP研究所に持ち込んだもの。この論文の抄訳を、欧米メディアの中で真っ先に報じたのは、英紙フィナンシャル・タイムズだった。
> 掲載を知った同紙の東京特派員、ミュア・ディッキー氏は発売日の8月10日に9月号を購入し、「民主党代表が米国主導のグローバリゼーションを攻撃」との記事を執筆した。記事は翌11日付のアジア版などに掲載された。同氏は「次期首相と目される鳩山氏の考えを知ることは重要で、すぐに記事にした」と話す。
> 次に、フィナンシャル・タイムズ紙の記事をみて、米国の記事配信サービス会社「グローバル・ビューポイント」が動いた。同社編集局長のネイサン・ガルデル氏によると、日本での業務を委託している人物を通じVoice誌に転載の許可を求め、「民主党側も含め、転載を歓迎します」との回答を得たという。
> ガルデル氏の依頼を受けた人物は大地舜氏。英作家、グラハム・ハンコック氏の世界的ベストセラー「神々の指紋」の翻訳者としても知られる。
> 大地氏によると、Voice誌側にはまず、電話で許可を求めた。ただ、そこで出した名称は「グローバル・ビューポイント」ではない。「『ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート』の政治コラムに転載したい」と伝えたという。
> 「ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート」も記事を配信しており、かつては米紙「ロサンゼルス・タイムズ」の一部門だった。大地氏が依頼を受けたグローバル・ビューポイント社は、シンジケート社の政治コラム、論説記事などを扱っているという。
> 「ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート」と「ロサンゼルス・タイムズ」-。この名称のまぎらわしさが、転載の許可にあたり“誤解”を生んだようだ。
> Voice誌編集長の中沢直樹氏は「『シンジケート』という言葉は記憶にない。依頼はあくまで『ロサンゼルス・タイムズ』紙だけへの論文転載という認識だった」と振り返る。一方、大地氏は8月12日付でVoice誌側にファクスで文書を送り「世界100の新聞に配信、15の言語に翻訳され、読者数は3千500万人になる」と説明したとしている。
> Voice誌側は「転載の際には『Voice』のクレジットを入れればオーケー」と回答した。論文は鳩山氏のホームページに英語、韓国語訳とともに掲載されており、その英文を転載にあたっては使用するとの条件を付けた。論文は長文であるため、一部を省略することは可能だとした。
> 鳩山氏側への了承とりつけはどうだったのか。
> 中沢氏は鳩山事務所の芳賀大輔秘書に連絡し「ロサンゼルス・タイムズ紙に原稿が転載される。そのままでは長すぎるので、むこうが要約のような形にする」と伝え、了承を得たという。一方、芳賀氏は「版権があるので、(転載許可を求めた社は)PHP研究所との間でやり取りしたようだが、転載にあたり事務所に事前に許可を求めることはなかった」としている。
> かくして論文は配信された。それは原文よりかなり短く、前後の順番が入れ替えられるなど手が加えられている。“加工”された「最終原稿」を、Voice誌と鳩山氏側はチェックしなかったようだ。
> 論文がニューヨーク・タイムズのウェブサイトに掲載されたのは8月27日。新聞そのものには載らなかった。また、厳密にいえば、ニューヨーク・タイムズが発行し、ウェブサイトは完全に同紙と統合されている国際紙「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」の掲載だった。
> こうした経緯をみると、鳩山氏が「寄稿した事実はない」というのは確かだ。
> 論文はインターネットに乗り、瞬く間に世界に広がった。ガルデル氏は「鳩山氏側は論文が配信、批判され驚いたようだが、それは日本の島国性を示している。われわれは『地球的なガラス張りの家』に住んでいる」と指摘している。 (ニューヨーク 松尾理也、ロンドン 木村正人、外信部 犬塚陽介、政治部 松本浩史)
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 …あ、そうそう。
 セレブ奥様のブログにも書いたけど、山川出版社が先月末に高校世界史と日本史の市販本を出した模様。コリャどう見ても扶桑社の二番煎じ、「二匹目の泥鰌」狙いだろ。ここにも一つの「便乗」がある。後はどう転ぶか分からんぞ。体力があるなら育鵬社あたり、高校教科書方面にも進出しとく方がよいのでは?…さもなくば山川の天下はいっそう盤石なものとなるぞ。



7633 「ハコモノ限界集落」への道 苹@泥酔 2009/09/19 22:21

 検索中、ちょっと興味深い記事を見つけた。
http://mainichi.jp/chubu/news/20090908ddq041010008000c.html
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>>ナゴヤ10%減税YES・NO:教育 人件費削減で対応
> ◇内部事務経費の節約も
> 名古屋市の河村たかし市長は市民税10%減税の財源を捻出(ねんしゅつ)するため、教育委員会には09年度予算比で約37億円の削減を割り当てた。市長の方針「市民サービスは低下させない」を満たすため、事務経費や人件費の削減などで対応するという。
> 市教委が最近作成した09年度予算703億円の説明文書がある。例えば学校等運営費(201億円)。予算編成が現行方式になった02年度と比較しこんな数字が並ぶ。
> ▽小中学校光熱費43億7100万円↓32億4500万円(26%削減)▽備品購入など標準運営費69億600万円↓44億3100万円(36%削減)▽スクールランチ21億6100万円↓16億3500万円(24%削減)……。
> 経費削減で市教委には「ピアノの調律ができない」「図書室の本が満足に買えない」といった声も寄せられているという。文書には「削減は困難」「これ以上の見直しは困難」などの文字も記された。
> 市教委の予算総額は、福祉など他分野への割り当てが増える中で減少が続く。02年度に828億円あった予算は、09年度には703億円。そこから37億円を生み出すのは至難の業だが、市教委の勝間実経理課長は「扶助費(40億円)や学校等運営費(201億円)に手をつければ『市民サービスは低下させない』に反する。触れることはできない」という。
> 結果、削減対象となりそうなのは、教職員の研修などに充てる数千万円の内部事務経費や非常勤を除く人件費283億円。事務経費は研修講師の内部化や表彰経費の削減などで、人件費は教職員の給与カットや職員定数見直しなどで対応することになりそうだ。
> ただし市教委は市の職員削減方針に沿って、この3年間で310人を減らし嘱託に転換している。市教委の大坪真人経理係長は「減税は市長の公約であり可能な範囲で知恵を使いたいが、現状では目標に程遠い」という。
> 名古屋大学大学院の中嶋哲彦教授(教育行政学)は「住民のため(の減税)というなら、教育には手をつけられないはずだ。それでもやるなら、内部経費の節約ぐらいしかないだろう」と指摘している。【岡崎大輔】
>==============
> ◇教育委員会09年度予算と削減額◇
>(単位・億円)
>費目     予算額 (削減対象) 削減額
>人件費    337  未定    未定
>扶助費     40  未定    未定
>学校等運営費 201  未定    未定
>その他    125  未定    未定
>………………………………………
>計      703  未定    37
> ◇主な削減検討対象◇
>教職員人件費
>内部事務経費(教職員研修など)
>施設運営費(スポーツ施設など)
>毎日新聞 2009年9月8日 中部朝刊
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 …これを見て、ふと思い出した記事が以下の毎日新聞2007年2月17日付。取り敢えず支援板の旧稿からサルベージして置く。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=2298;id=
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/wadai/archive/news/2007/02/20070217ddlk23040157000c.html
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>>臨時教員:不安定な地位に低給与…「待遇改善を」 有志が名古屋できょう集会 /愛知
> ◇90年度比倍増の1万人
> 民間での非正規社員の増加が社会問題となっているが、教育現場にも臨時教員と呼ばれる“非正規教員”が増加しつつある。県の場合、90年度には4000人前後だった臨時教職員が、06年度には約1万人と倍増。不安定な地位、低い給与にも負けず、教壇に立つ教師たちの有志が17日、名古屋市南区のサン笠寺で、待遇改善を求める集いを開く。【山田一晶】
> 臨時教員の経験があり、この問題に詳しい愛知教育大講師(教育学)の山口正さん(50)の調査によると、全国約110万人の公立小中高校の教師のうち、少なくとも13・8%にあたる約15万人が教員免許を持ちながら、正規採用されていない臨時教員。60年代には臨時教員の割合は約2%だったが、80年代後半から急増し始めた。
> 山口さんは「少人数学級の拡大などで、必要教員数が増えているが、予算が追いつかない。1人の正規教員の人件費で3人は雇える非常勤教員が増えている」と分析する。県内では約1万人の臨時教員中、7割が非常勤だ。
> 名古屋市で約25年にわたって臨時教員を務めてきた小原洋子さん(49)は、24校で臨時教員として教壇に立った。2年間続けて同じ学校に勤務出来たのは一度だけ。最短で8日間だけの勤務も。小原さんは「若い時は、給料は少なくても少しでも経験を積みたいと、非常勤でも受け入れてきたが、老後を考えるともう限界」と話す。
> 刈谷市の三浦奈津子さん(34)は2年前に正規教員に採用された。臨時教員時代は、名古屋、静岡、豊田、岡崎などと各地を1~3年おきに回った。「臨時時代は研修も自己負担。臨時教員の経験を重視した採用を」と訴える。
> 高橋祐介さん(28)は現在、県内の3高校を掛け持ちで教える非常勤教員。1校だけでは月給が6万円程度にしかならず、とても食べていけない。さらに、健康保険や年金は自己負担だ。高橋さんは「授業時間だけしか学校にいられないので、正規教員や常勤教員とコミュニケーションも取れない。次年度に仕事があるかどうかの不安が常にある」と話した。
(以下略)
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 人件費の削減は人材の流動性を高める。それに対して、移転しない限りサッパリ流動しないのは校舎などのハコモノ。~田舎のハコモノ(音楽ホールなど)では使用実績等々「中身の空洞化」が取り沙汰されたりするが、その仲間に学校を含めて考えると或る意味「学校の限界集落化」への見立てが可能になるのでは。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090916/acd0909160756004-n1.htm
 単に先日の産経記事(↑)にあった語彙を使ってみたくなっただけ…と種を明かせば身も蓋もなくなるけど、でも学校ってホント、どこもみな地域社会、ムラ社会みたいだよなあ。そこでは正規教員が徐々に長老格となって行き、年配になるほど人件費を食い潰す。それだけ仕事は出来るし知識も経験もあるんだけど、ソロバンの上だけ気にしてばっか居ると、やがてそう見えてくるってこった。そこで人件費削減に乗り出すと今度は「正規教員が生まれなくなる」。強引に喩えるなら教員社会の出生率低下、これまたヤバイってんで外校人参教権を強化する。毎年数百名単位でトコロテン式にズルッと卒業していく生徒達の卒業要件を満たすため、非正規教員をこれまたズルッとやる。畢竟、正規教員の高齢化は「やめられない、とまらない」となる。

 更に悪乗り。~以下は架空の物語。
 顔が河童ソックリの蝦名先生(仮名)は、あと何年かすれば定年退職です。出来れば定年まで勤めたい。でも人件費が足りません。そこで早期退職が勧奨されます。…さあ困った。晩婚ゆえ子供がまだ幼い。どうやって今後の学費を捻出しようか。教員に天下りの道があるでもなし、そもそも空いた口は既に役人で埋め尽くされているし(No.7628参照)。そこであちこち手を回し、学校に居残る事に。
 みんな同じ事を考えてるんだなあ。周りは見覚えのある顔ばかり。いったん定年退職した後も、皆どこかで引き続き臨時講師やってるんです。そうでもしないと子供が育てられない。年金を貰える年齢になるまでは、六十歳以後も働かなきゃならんわな。…そう云や先日は定年で放り出された高齢失業者がコンビニ強盗やらかしたんだってね(架空の話だよ)。聞けば元は先生やってたそうな。講師になりたくても先輩ばっかで埋まってて七十歳なんてザラだから、それなりの人脈がないと職にあぶれちまうんだそうな。もうじき定年になる現役の若手(?)が相談してくる事もよくあるらしい。
 そもそも青二才が講師になろうなんて態度が烏滸がましいんだ。まだ若いんだから浪人でもなんでもして、さっさと採用試験に合格しろ。講師の仕事は老人力が引き受けるから、若い者は余計な心配しなさんな。(←あくまで架空の話だよ、架空の。)
 そんな妄想が実際に全国で常態化する日…意外と早くやってきそうな気がする苹でござんした。



7727 口先のパラダイム 苹 2010/02/23 23:40

 巷間、言行不一致が取り沙汰される事は少なくない。例えば政治方面では沖縄米軍の海外移転、外国人参政権の導入、移民政策の推進など、政権交代に際して各方面から寄せられた期待は大きい。それと同様の期待は当然ながら教育方面にも見られる。政権交代に託けずとも昔からそうだった。生徒や保護者の期待する指導と、その具体的な成果によって満足度は測られてきた。
 話を端折ると、生徒や保護者が学校に歪んだ期待を寄せる場合、学校が正しい教育を実践する事は不当であり、到底容認できないという事になる。そして大抵の場合、主に保護者が判断基準とするのは常識や正義や夢であり、それを反映した経験的基準から常識の部分を幾らか削減、もしくは変形させたもの(「授業しない」「自習が多い」などの無理難題を含む)が生徒側の期待に相当するだろう。それらに対して学校側が適度に対応する義務を負うと仮構するなら、例えば進学校では予備校化の義務を負い、また底辺校では授業水準を落とすなどの義務が期待されたりする様に、大抵は組織的な自己抑制と法規制との間で板挟みになる。
 毎年わざわざ手探りで状況把握するムダを省く上では、判別基準としての高校入試、巷間の評判、伝統、実績などが役立つ。教育内容の操作変形プロセスに教職員組合が関与するケースも少なくないらしい。因みに青森県では、管理職や県教育庁が教員に歪曲教育するよう指導していた(苹自身が直接それを経験している)。こうした事が全国規模で行われていても全く不思議ではない。
 教育現場で円滑な歪曲教育を遂行するには、指導主事が歪曲教育の支持者である方が何かと都合がよい。中には東京都の様に、科目によっては初めから指導主事を配置しない自治体もある。これで「上から下へ」の指示系統が遮断される。他方、あまりうるさく現場側から反抗されるとマズイ。そこで「いっそ正規の教員を採用しないで置こう」とするなどの対策手段が取られたりもする。これなら「下から上へ」の流れも遮断できる。すると教育が学問から独立し、受験などのニーズに適合した教育が市場原理で生き残る。

 衆知の通り、入試は一種の「仕分け」である。試験対象外科目で資料上の記録が検証される事はなく、それらは専ら入学後の授業で処理される。つまりこれは、生徒の頭数を仕分けする観点では「未処理のままで構わない」事を意味し、また履修内容の程度を仕分けする観点でも同様となって「後から授業に丸投げ」となる。(因みに苹の奉職した某高校では、当時の横山泰久校長が「私は授業を見ない主義だ」と明言していた。授業を見て欲しいと相談した時の回答であった。)
 この場合、後者の観点では所謂「未履修」の意味が二重化する。そもそも授業を行わないという意味での未履修は禁じられているが、履修内容を形骸化したり歪曲したりする意味での未履修は現場の裁量でどうにでもなるらしい。つまり学校の管理職が教科担任を指導・監督するのであって、教科・科目の管理職が監督するのではない。従って教員が専門的見地で監督される機会は一切ないし(註:高教研ではどこかの校長が部会長となるが所詮お飾りだった)、また管理職側も自身の教養範囲を基準に監督せざるを得ない。~中には教科主任が指導する場合もあるだろう。例えば歴史の先生が地理を指導したり、音楽の先生が書道を指導したり。これを教員同士の相互監視と見るなら、その分だけ「地歴公民科における地理教育への歴史的配慮」や「芸術科における書道教育への音楽的配慮」といった影響が加わる機会は増えてくる。
 例えば歴史問題に配慮して竹島を独島、日本海を東海と教える地理授業などが想定できよう。主任手当をプールして別の活動に使うケースもあるだろう。音楽の先生は欧米言語と音符を母語とする様なものだろうから、国際的視点で書道を変質させようとしたところで何ら不自然ではない。そうした教員社会の常識(?)に適応できない教員が淘汰されるのは、評価の基準が学問的専門性に依拠しないからでもあろう。ゆえに苹は前々から「学校は学問教育の場ではない」と表現しておる。

 巷間、言行不一致が取り沙汰される事は少なくない。例えば「基礎指導の強化」が要請されたとする。言葉の解釈は現場の都合で変わる。基礎指導の成果を相対的に目立たせるには、応用の領分を縮小するか、基礎と応用の関係を顛倒させればよかろう。いづれにしろ学力低下の危険が伴う。全国規模の学力テストを実施して基礎の定着度を調査する事は可能だが、基礎のテストで優秀な生徒が応用の領分でも優秀だとは限らない。
 基礎と応用の顛倒事例はどんなふうになるか。~書道で字がうまく書けるに越した事はない。しかし「うまさ」の基準は曖昧な点が多いし、「読める」という事の位置付けも解釈に幅がある。仮に、生徒に古典臨書させたとする。芸術科主任の音楽の先生がそれを見れば、見慣れない読めない字は応用の領分に見えるだろう。そこで「基礎をやれ」となる。書道の先生は「基礎をやっている」と云う。音楽の主任先生は「云ってる事とやってる事が違う」と判断する。書道の先生は古典臨書が基礎だと思って居るから、何を言われているのかサッパリ分からない。そういう事が往々にして起こり得る。
 ペーパーテストではどうか。例えば書道史は古典を理解する上で重要な一里塚と云える。ところが「書道とは筆で書く事だ」と思い込んでいる人が書道史の出題を見れば、「書道をやっていない」「応用ばかりやっている」と判断したくなるだろう。ここにも基礎と応用の顛倒がある。その上で「応用の領分」を縮小すれば「基礎の基礎」を伴わない「基礎」ばかりが肥大する事になり、評価の面では言行一致と言行不一致が顛倒する。
 評価は或る意味、口先の領分である。内容が形骸化すれば尚更そうならざるを得ない。そこで~口先の属するパラダイムがどの場所に置かれるか、それを確認する必要がある。本稿の場合、場所は学校と決まっている。行動を必要としない口先が資料化されるに及んで、評価は公式文書としての完成を見る。改竄意思なき改竄は「改竄ではない」から、実質的な成績改竄の内規が殆どの学校で制定されていたりもする(青森県の場合)。それが当たり前だと生徒も保護者も教員自身も教育されている。他県でも実情は大差ないのではなかろうか。
 お隣さんは、でっかいどう。…海を隔てて北海道。このところ北教組が政治に巻き込まれている様だが、彼らにしてみれば「当たり前の事を当たり前にやっただけ」なのだろうから、正直なところ迷惑な話ではないのか。そっと静かに見守っていて欲しい筈だ。「余計な介入などせず、余所者は黙っとれ」と。文部科学省に北海道の何が分かる。~そうした視点を忘れずに観察を続けたい。

「恥を忍んで」10

苹@泥酔

2021/06/12 (Sat) 06:02:56

8【再掲】「恥を忍んで」10 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/02/01 (Wed) 21:48:32

【再掲】「恥を忍んで」10
7734 「書道美術新聞」雑感 苹@泥酔 2010/03/09 23:49

 「書道美術新聞」に、今年から始まった「備忘言志録」って連載がある。…そう云や李白の詩に「春日酔起言志」ってのがあったっけ。「處世若大夢」で始まるアレと聞けば思い出す人も居るだろう。或いはマーラー《大地の歌》第五楽章の元ネタか…と、そんな連想はどうでもよい。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=3179;id=
 筆者は兵庫教育大学の小竹光夫教授。前回連載の時は古巣=支援板にカキコしていた頃のが目に留まったらしく(その時の感想↑)、見方次第では「こいつ前にオレのサイト荒らした奴だろ、ゴルァ!」とも取れる説明付きで、上品な取り上げ方をしてくれた事が一度だけあってビックリ。そんな経緯があってもなくても、前回連載が終了した時は残念に思ったし、今は久々の連載再開を喜んでいる。なにしろ「おまえネットやめろ」勧告があって以来、あたしゃ律儀に研究室サイトを閲覧しない事にしてるんで、あれから十年近く紙媒体(上記新聞)でしか小竹先生のを読んでないのよね。私は小竹先生の謦咳に触れる機会を待ち望んでいたのであった。(本当よ♪…ただし今もネット以外キボン。)

http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=132
 その発行元の萱原書房では今度、千紫万紅…じゃなくて「千書万香」って情報発信企画を始めるそうな(↑)。ところがネタ元にする予定のネット界隈が冷たくて、どうやら今のところ「笛吹けど踊らず」状態になってるらしい(2010.3.1付933号↓)。
http://kayahara.com/modules/column/index.php?page=article&storyid=47
 ソリャそーだろ。ネット世界は活字媒体が母体だから、活字(印字情報)に変換できない書字文化はどうしたって画像情報に頼るしかない。そして画像掲示板は、ともすれば今の支援板みたいにエロ画像の保管庫になっちまう。おまけに気付いたら期限切れ(容量切れ?)で、画像消滅ってケースもある模様。西尾日録の死体画像がそうだったから、前稿(No.7731)では別サイトの画像を検索して補足リンクしといた。そうした意味じゃ、ネット情報を紙媒体に残す方式は大いに意義があると思う。でも、どっちみち画像が荒くなりそうではあるんだけどね。
 就中めんどくさそうなのが著作権。苹のだって、年末年始から東京支部板で始めた画像投稿なんざ、紙媒体にすりゃ忽ち問題だらけになるのは目に見えている。例えば巻菱湖ネタは幕末モノだけど、子孫の許可は取ってない(上の方↓)。粘葉本和漢朗詠集ネタは平安時代のだけど、所蔵者や出版社の許可は取ってない(下の方↓)。でも投稿内容全体か画像を消すだけなら、誰か関係者がチョイと管理者にクレーム入れれば瞬時に処分できる。…ひねくれた見方をするなら、そもそも得体の知れない投稿を放置する事に問題があるんだ。これからはネット焚書の時代になる。なんでも2chによると、ツイッターで歌詞を「つぶやけば」ジャスラックが出張ってくるそうじゃないか。ネコとアヒルが力を合わせて…あ、こっちはアフラックか。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_359.html
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_333.html

 十数年前、「ギャラリーフェイク」って漫画を見た。めんどくさいから何巻目だか一々確認してないけど、その中に興味深いストーリーがあった。有名画家の遺族が相続税を払えない(作品の市場価値が高いのだぁ)。美術館に寄贈しようとしても「保管できない」ってんで断られる。そこで遺族達は最後の手段に出る。それらの作品を火にくべて、総て「なかった事」にしてしまうのだ。ナチス用語では「最終解決」って云うんだってね、コレ。漫画ではそこに主人公のフジタ(元キュレーターの闇ブローカー)が出てきて、「領土問題のため政府が介入したがらない島」に登録してある私設美術館(?)が作品を丸ごと引き受ける(闇ルートで売りさばく?)。
 その点、書は市場価値が低いからいいよね。でも中国では異変が起こってる。そのうち日本人書家の作品が値上がりすれば、遺族による焚書ブームが起こる可能性なきにしもあらず。現物だって今後どうなるか知れたものではないのに、わざわざ「こんなの持ってます」の自己申告資料を残すバカが何処に居るかい。そんじょそこらに転がってる展覧会の記事程度なら水物って事で済ませられるんだろうけど、紙媒体になる頃にはとっくに賞味期限切れでしょ。まして長期的に人目を引くレベルとなると、たかがネット住人に何が出来ると?
 大袈裟に云うなら、ネットは「貧者の核兵器」みたいなものじゃなかろーか。方法次第では双方向的に、作品や作家を丸ごと殺せそう。…そう云や格好のネタがあったっけ。かの有名な武田双雲にまつわる「既存メディアとネット世界との代理戦争」。既存メディアが絡むからそうなるし、絡まなければそれなりに推移する(或いは埋もれる)。そして石川九楊の場合は書道アカデミズムの「実作系」から黙殺される一方、「論壇系」からは高い評価を受けている。嘗て『戦後日本の書をダメにした七人』を書いた大渓洗耳が生きていたら、さぞ面白い展開になったんだろーな。出版メディアの態度次第でニーズの傾向はガラリと変わる(最近ネタになってる「美人すぎる書家」なんか、明らかに賞味期限ありそう)。~片や書壇にメディアはあるのかしら。読売や毎日、朝日、産経等々は本当にメディアと云えるのか。云えるだろう事は百も承知の上で借問したい。「ネットはメディアと云えるのか」と。そこには一方通行の伝統がない。これまでメディアを用いた啓蒙活動に依存してきた書道界が、果たして双方向性に適応できるだろうか。

 …こんな事を書く予定じゃなかった。今回のは小竹先生ネタを中心にするんだった。(←と気を取り直して書く。)
 その新聞の933号は連載五回目で、小見出しに「【今回のキーワード】花マル・赤マルの効果」とある。…そう云や苹も昔は「花マル」を貰った覚えがある。ただし、学校で貰った記憶は完全に消え去っている。覚えているのは書塾の方ゆえ、マルは当然ながら朱墨である。毎週土曜の午後に通い、二時間くらいは書いたのか。時間無制限で、書きたいだけ書く。そのうちエスカレートして三時間が五時間となり、夕方になると大人がぞろぞろ集まってくる。隣は何をする人ぞ。草書だの隷書だの変体仮名を書いている。朱墨の色はどことなく夕日を思わせた。
 手本は朱墨で書いてある。印刷でなく肉筆だから、それと同じ線でマルを貰ったり直されたりすると、自分の字に師匠の朱線が乗り移ったかの様で、それだけでなんとなくウマク見える気がした。この味わいが硬筆にはない。感化される事もない。添削する側がどうにかして生徒に乗り移ろうとすると今度は添削だらけになり、マルの数がグッと減る。中には「要点がどこかハッキリ分かる様に添削しろ」との向きもあるが、どこに添削意図があるのか生徒が戸惑ったり考えたりしなくとも済む指導に何の意味があるのやら(それこそ思考の放棄ではないのか)。添削し過ぎた時は横に説明を加えてごまかそうとした事もあるが、その説明が行書や連綿含みとなると…いや、少なくとも苹の場合、読みにくいと思った事はなかったなあ。清書に朱墨のマルが乗り、その脇に流麗な行草で「最優秀賞」「秀逸」「佳作」だの「よく書けています」だの書いてあると憑依効果は覿面で、「沈黙の過剰な花マル」に埋め尽くされるよりは遙かに嬉しかった。
 そんなふうに見れば、マルがただの評価ではなくなってくる。評語の省略がマルとなり、それを更に減じたのが硬筆の添削ではないかと思えてくる。感じ方は人それぞれ違うだろうが、相手が「そんなにしつこく添削されても…」と思うくらい憑依の底意が見え見えなら、何も感じないよりはマシじゃないかと思わぬでもなし。

 小学生相手には出来そうにない事を高校生相手に試していた当時、或るクラス担任からクレームが来た。高校生にジャポニカ学習帳を使わせるのは、生徒をバカにしている様に見えるらしい。その頃の苹は添削の横に「間架結構に注意」「分間布白」「浮鵞」といった書き込みをしていた。中には篆書や隷書に遡って「なぜ結体がこうなるのか」を書き加えた字もある。特に多かったのは行書や草書との関連性の指摘(=筆脈重視)。そんなこんなでクレームを承けて、「このレベル=実用段階は高校入学以前に済ませてある領分なのかな」と反省したのを覚えているが、これはあくまで冗談である。
 と云うのも当時、高校は「高校教育からの撤退」に取り組んでいた。つまりクレームは不要教科の更なる形骸化に向かうための圧力であって、その伏線に全県規模の進学率向上施策などがある。つまり中身は予備校化へと向かい、「高校という形」を隠れ蓑にする。そうする事で受験科目に使う時間と「ゆとり」を確保しようとする。~不要科目の形骸化を徹底すれば生徒に「ゆとり」が生まれる。その「ゆとり」を受験科目の勉強に回す訳だ。従って所謂「ゆとり教育」と後の未履修問題は矛盾しないし、形骸化した領分は生涯教育で補填すればよい。
(以下はこれまで何度も触れたネタ強化。)
 その後クラス担任は推薦入試の提出資料の点数を上げるため、苹に成績改竄を要求してきた。青森県の公立高校では事実上の成績改竄マニュアルが内規で定められている。もちろん管理職は改竄推進の立場である(ただし教員は全員、改竄との認識はない事になっている)。件のクラス担任はやがて県教育庁に転出、生涯学習課の指導主事となり、現在は知事部局で活躍している。…実名を出そう。大瀬雅生先生である。私は彼らの判断が必ずしも間違っているとは思わないし、それどころか地方分権の流れと絡めて、地方教育が公教育から独立していく上では有益だとさえ思っている(北海道や山梨県は先鞭を付けるべきだ)。そうする事によって初めて、高校教育は進学率99%という異常事態を克服できる。高校進学率は三割以下でよく、公立高校の大半はそれ以外の「各種学校」へと改組すべきではないのか。そのために教職員組合がある。彼らは文部科学省の支配を超克し、高校教育の軛から解き放たれたがっている。
 問題は、高校教育からの撤退方針が教員採用方面でも着々と進んでいる事である。書道の採用試験が事実上の廃止状態なのは県内教員社会の常識だが、それでは音楽や美術とのバランスが取れない。そこで県教育庁は芸術科目全体の採用試験を事実上の廃止状態とし、七年連続で全面的に正規採用の門戸を閉ざした。今年も同様なら八年目になるが、仮に復活させるとしたら、その時は工芸の前例に倣って書道を廃絶、音楽と美術の二本立て体制への効率化が前提となるだろう。それとて所詮は暫定措置に過ぎない。後に弘前市教育長となった佐藤信隆先生は教頭時代、「教育に芸術は必要ない」と明言していた。また、後に高校長となった金澤道生先生は「書道は芸術でないもんな」と職員室で堂々と呵々大笑していた。これらの事例から、教育現場の多くの先生方が高校教育から離脱したがっているのは明々白々である。

 北教組の例を見れば分かる通り、高校教育の大半は~喩えて云うなら「明日の朝鮮学校」である。これを民主党政権は「仕分け」しなかった。ならばいっそ、逆に「まともな高校教育」の方から高校教育を見限ってしまう方がサバサバしてよい。これすなわち、「国立高校の創設」である。
 もちろん北海道や山梨などの有名地域には、地域の教育界が望むなら「なくてもよい」。人材は各都道府県ごとに応募制かスカウト制で集め、人材が集まらなかった地域では国立改組を断念すればよい。校舎は県立高校のを国が借り受ける形でよい。教員採用試験の全科目毎年実施も、国がこれを保証する(ただし「受験者全員不合格」ってのもアリ)。…この案、無茶でも無理でもないと思うんだけどなあ。



7738 【No.7734補記】シミュラークルの戯れ 苹@泥酔 2010/03/26 20:17

 半月前の、書き忘れていた事について。~その前に一言。
 No.7734稿で実名を出した方々は今、現場で授業を担当している訳ではない。当時の管理職は定年退職し、もう一人は前述の通り知事部局に在籍(地元紙の人事異動記事を見落として居なければ)。よって教育現場に直接の影響はない筈。…本来、支障がないなら現職教員名も学校名も苹の実名も正確に記す方が堂々として好もしいのだろうが、それでは話が余りに生々しくなり過ぎる。不測の事態が生じた場合はこれまで踏み込まなかった面にも言及するだろうし、そうならない様にするため基軸としてきた書道ネタからも離れ過ぎる虞がある。
 その書道ネタの絡みで昔、気になる事があった。
 ~古株の閲覧者なら「また同じ話の繰り返しか」とウンザリするんだろうけれども、苹にとって事実それ自体はさほど意味を持たないのでござる。と云うのは、所詮「へぇ、そうなの」で話が済んでしまうから。後は「長いものに巻かれろ」で総てが丸く収まる。その先には何もない。何も残らない。ところが事実から敷衍される解釈を掘り下げていくと、今度は別のものが見えてくる。つくづく反省は闘争と紙一重だと思う。
(…てな訳で、構わず話を続ける。)

 実名表記が面倒臭いのでO先生とする。当時は商業科の教諭で、社交性があり指導力も優秀、仕事をテキパキこなしていた。苹は諸々の観察を続けた。
 その先生は嘗て、文部省認定書写検定の一級だか二級を取ったそうな。つまり普通に受け止めるなら、先生は草書や変体仮名が(検定合格レベル程度には)読み書き出来る事になる。それだけならどうと云う事はないが、本人の話によると黒田正典『書の心理』(誠信書房)の様な学際的領分の書物も既読らしい。あの本には古手の心理学(欧州系ばっか)が盛り込まれてあるので、その話を聞いた時やや怪訝に思ったのを覚えている。筆跡鑑定には役立ちそうだが、「ナントカ型の性格」といった分類には説得力を感じなかった。それよりは生徒の感じ方の把握に役立ちそうな禰津和彦『書道心理学入門』(木耳社)の方が有効だろうと思ったが、何か別の意図があるのではないかと推し測り、このネタは暫く寝かせて熟考する事にした。
 その「読み書きの出来る」先生が、どうした訳かジャポニカ学習帳を拒んだ。~苹レベルの知識なら大抵の先生が持っている。むしろ苹の方が圧倒的に低レベル…つまり実際は巷間(特に都会で)バカにされるほど無教養ではない。と云う事は、北教組であれ何処であれ、実務の都合上「たまには精神が歪んでいるかの様な振る舞いに見えるだけ」の確信犯とも云えそうではあるが、少なくとも無知ゆえの反応でない事だけは確かである。「いったん出来上がった字はそれ自体が個性の発露であり、高校生になってから変奏の幅を拡げようとしても無駄だ」とでも思って居たのだろうか。この辺については確認しなかったが、歴史的変奏地図としての書表現に踏み入る前の基礎(識字の領分)は身に付いているのだろうから、その土俵でなら共通理解が期待できる筈である。
 なお、書写検定が一般的な社中の段級位検定と比べて特殊な面を持つ件については旧稿で触れてある(↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7437&range=1

 ここまで書いて、ふと蓮實重彦『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(河出文庫)P.109~110の記述を思い出した(↓)。コピーとしての記憶が失われた上での反復が、識字なき模倣と重なってイメージされてくるからである。
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> すでに見たごとく、ドゥルーズにとっての「プラトニスム」とは「本質」と「仮象」からなる二元論ではなく、試練と選別とによる決断の原理である。では何を選び、何を決めようとするのか。まず、「モデル」とその「コピー」とを峻別すること、つまりは「コピー」に対して「モデル」を選ぶことを説いているのだ。だがここでいう「コピー」は、「モデル」としての観念と深い内的な関係を保っている以上、たんなる「仮象」とは異なるものであり、「プラトニスム」が素顔と仮面とをめぐる典型的な思考となるには、それに続いて第二のより重要な峻別が考慮されねばならない。「コピー」それ自身とその「幻影」、つまりは「コピー」の「コピー」ともいうべき正統性を著しく欠いた「シミュラクル」とが峻別されるべきなのだ。この「シミュラクル」をとりあえず「模像」と訳すならば、不実にして正当性を欠いた「コピー」としての「模像」は、一つの畸型的な怪物として抑圧され、犠牲に供され、思考の地平から追放される。この追放はたんなる虚構ではなく「プラトニスム」に必然的な現実であろう。それにもかかわらず「模像」の抑圧をまるでなかったものとして忘れたふりを装うことで、思考はその二義的で模倣的な選別を、始源的な身振りとして定着するに至ったのだ。しかも「幻影」と呼ばれる不実きわまる怪物の犠牲の上に、根源と派生、起源と反復といった幾つもの観念的な対立概念を捏造し、始まりにあったものの模倣的再現を侮蔑と軽視の対象に仕立てあげてしまったのだ。しかしその模倣的再現なるものが、「反復」の倒錯的=戦略的な衣裳にすぎないことは、あえていうまでもあるまい。不実なる「コピー」としての「幻影」が現在から過去へと伸びる時間の上から姿を消し、あってはならぬ畸型として記憶から失われたが故に、模倣的再現に還元された貧しい「反復」がかろうじて思考の対象として掬いあげられたにすぎないのだ。そんな「反復」が「差異」と遭遇すべき条件を徹底して欠いていることは、もはやいうまでもないだろう。
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 O先生の場合はどうやら、「本質」の教育を否定する立場だったらしい。或る日の職員室で、苹が書教育の話題で「本質が大事だ」と云ったところ、先生はいきなり猛反論してきた。本質ほど身近なものはないのに、巷間には敢えてそれを遠ざけて深遠な奥義であるかの様に装う風潮がある。そこが苹には全く理解できなかった。
 …字が読み書きできる。それが深奥を貫く基礎である。基礎も応用も深奥も総て本質の系譜に属するがゆえに、本質への系譜的視線を失った教育は片手間のごまかしへと陥らざるを得ない。それがいかに教育的かつ便宜的であるにしろ、こんなにアッサリ視線喪失を容認されてしまうと、こちらは二の句が継げなくなる。苹は暗澹たる気分になった。教育機構の系譜上、予め高校教育から受験教育への変質を前提するなら理解できなくもないが、それにしては余りに露骨な出来事であった。さすが商業科の先生だけあって、判断が印字的かつ実利的である。
 或いは「本質」という言葉を用いたのが拙かったのかも知れない。本質は神に似ている。誰にでも丸見えなのに、見えないかの様に見てしまう。また、そんなふうに似ているからこそフィギュールやエクリチュールが取り沙汰され、果てはシミュラークルの話題が持ち上がりもしよう。ここではコピーから本質を追放する作業こそが教育上「重要」なのかも知れない。そうとでも考えない限り、「読める」側のO先生がジャポニカ学習帳を否定する動機が私には今のところ読めない。

 しかしながら本質否定論を踏まえれば、傍証の方~すなわち横山泰久校長(英語科出身)による下記指導の理由も結構それなりに忖度できてくる。横山校長かく語りき。
「おまえ読めるか? 読めないだろ。読めないものは教えちゃいけない。」
 苹なりに素直に読めば、どうやら校長は「読めない様に指導するのが正しい」と言っているらしい。まさかと思い、当時の苹は一方で「よほど高度な読解力が求められているのかも」と受け止めた。書道は古文書学の基礎でもあるから、識字規範の側面を持つ書道以上の~つまり応用段階たる古文書読解に対応できるレベルを指して「読める」と表現していたのかも、と思った。…テレビ時代劇には時折、消息(毛筆の手紙文)をスラスラ読む場面が出てくる。そのレベルが求められていたのなら、苹の学力・実力は明らかに失格であるから納得もいく。
 苹は当時あれこれ取り沙汰されていた総合科目への対応を顧慮して、国語古文との横断を試み「奥の細道」自筆本(読みやすい字だった)を補助教材に使ったりしていた。それが問題視されていたのなら分からぬでもない。大学書道科より遙かに進学者数の多い国文学方面に行く生徒達には役立つ筈だったが、それにしては校長の様子がおかしい。
 或いは、もしや本気で書道教員を「字の読めない先生達」だと思っているのだろうか。教員採用の実態を見れば無理もなかろう。現に校長は「書道教員採用試験は実施されない事になっている」と明言していた(「~事になっている」のニュアンスに注目あれ!)。…それとも占領時代以来の日本植民地化政策に、独立から半世紀以上が経過した後も相変わらず賛同し続けているのかしら。英語教員出身なら「ありそうな話」ではある。青森には米軍基地もXバンドレーダー基地も「自由の女神」像も「キリストの墓」もある。
 書道教員採用試験のない青森では通常、国語教員採用試験(実技も古文書読解もなし)を経由した先生が書道教員として配置される。そのため実質的には国語教員が「字の読めない生徒をつくり育てる」事になる。すなわち青森の国語教育は正真正銘のシミュラークル教育であって、歪曲教育の使命感に燃えるマジメ教員達は~端的に云えば率先垂範して「歴史喪失・歪曲の義務を負う」って事になるのだろう。

 …仮に、芸術科目の教員採用試験を復活すればどうなるか。
 国語側のイデオローグとその受容状況はNo.7731稿や本稿などで概ね述べた通り。そして旧稿後半では、「誰が新任の先生を指導するのか」を問うた。…畢竟、どちらに転んでも「高校教育からの撤退」は不可避となりそうな気がする。
 以下、当該箇所再録。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7081&range=1
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> 本県では2002年に面白い動きがありました。二十三年ぶりに教員採用試験が実施された話です。これのどこが面白いかと云うと、現職の先生方は受験していないんですね。今更試験を実施してどうするつもりでしょうか。誰が新任の先生を指導するのでしょうか。それまで試験自体が実施されなかった訳ですから、現職の先生方は専門のペーパーテストも実技も完全免除です。他の科目で受験し採用された先生が、本来の採用科目とは無関係な科目を担当する形になっている。しかも少なからぬ先生がどこかの社中に属している。喩えるなら、学校の先生が予備校で研鑽を積む様なものです。形式的には学校の先生でも、専門の立場は民間側、すなわち塾や予備校の類の先生です。
> そうした古株の先生方が、専門の試験で採用された初任者を指導する形になる。採用履歴を重視するなら、例えば国語の先生が芸術の先生を指導しても構わない。専門性を重視するなら、民間の先生が学校の先生を指導しても構わない。平たく云えば味噌も糞も一緒で、教員採用試験と教員免許が共食いしている訳ですから、今更専門の採用試験を実施しても手遅れです。
> そこにはもう一つの効果がありました。どうでもいい科目の受験機会を剥奪すれば、そのまま教科差別慣行を維持できる。仮に従来の教科差別をやめるつもりなら先ず、定年間際であろうが委細構わず、古株の先生方に専門の採用試験を受験して貰ってからにしてはどうですか。出来る筈がないでしょう。実質的には予備校や専門学校が高校教育を偽装している形ですから、どうしたって無理が生じます。早急に高校教育から進学専門教育を掬い上げ独立させないと、高校進学率ほぼ100%という異常事態は余計な歪みを抱えたまま、競争効率面でも経済効率面でも十把一絡げに疲弊し続ける事になります。
> 後は本格的に人材派遣システムを導入するしかない筈です。管理職は正規雇用、一般教員は非正規雇用という構図を確立し、自ら壊した教員採用システムの後始末をするしかないでしょう。
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「恥を忍んで」11

苹@泥酔

2021/07/01 (Thu) 00:38:41

8【再掲】「恥を忍んで」11 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/02/02 (Thu) 22:10:34

【再掲】「恥を忍んで」11
7740 高教研の思い出 苹@泥酔 2010/04/05 00:39

 先日『WiLL』2010.5号を買ってきた。今回は日教組の特集。ざっと読んでみると、所々に思い当たる節がある。~例えば義家弘介「アンタッチャブル日教組」P.55。苹の在職当時、青森でも自宅研修は容認されていた。あれって問題あるのかなあ。そんなふうに考えた事なかったぞ。
 と云うのも理由がある。そもそも学校や研究会で何が研修できるのか、そこが私にはよく理解できないからだ。余所では組合の先生か誰かから、「こんなふうに教えなさい」とでも指導されるのだろうか。あたしゃ高教研で研究発表を見た事はあっても、研究授業を見た事はなかったのよね(そもそも実施されてない)。
 ~本の山は自宅にある。文房四宝など諸々の文物も同様。だから自宅でないと勉強にならない。七つの部屋で書物の海を渡るのが何より楽しい…となれば、これを教材研究に利用しない手はない。一つの教材に数十冊分のエッセンスを凝縮するのは日常茶飯事。仮に私物数百冊を学校搬入したとして、夜中に泥酔しながら教材研究して遊ぶ時はどーすりゃいいのよ(今こうしてゴチャゴチャ泥酔カキコしているのと似た様なもんだ)。
 或る夏の高教研書道部会で、翌年の研究発表が苹に回ってきた。視点ならゴマンとある。ざっと思い付くまま並行して寄せ集め、想を練って楽しんだ。…成績評価をネタにしようか。所詮は単年度評価である。やろうと思えばいくらでも形骸化できる。高校で小学生レベルの知識や実力しか身に付かなくても構わない。なにしろ翌年に繰り返せばよいのだから(今年も明日から再放送の始まるNHK教育「書道は楽しい!」を見りゃレベルの低さ丸分かりw)。
 そうした形骸化のカラクリ分析を秋の時点で考えていた。他にもあれこれ想を練っていたら、四月になる一週ほど前、目出度く唐突に教職追放の通告きたる(一ヶ月前じゃないよ♪)。…高教研では別の人に発表の役が回ったのかしら。だとすれば、その先生の準備期間は「四月から夏の本番まで」って事になった筈。
 東京ではどんな具合になってるのやら。都立高校の内訳は…想像を絶する?(↓)

(補記)
 以下はセレブ奥様(西尾日録管理人様)のブログに書いたコメント二稿の抄録。
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>(以下余談)
> 「今の高校は明日の朝鮮学校」ってネタの続きを天バカ板に書く予定だったけど、只今注文中の岩田誠編『神経文字学』(医学書院)がまだ届いてないんで躊躇してまっす。でも、なんか例の高校授業料無料化法案の可決が迫ってるみたいなんで、取り敢えずこちらで短くコメントをば。
> 苹の見方では、教育界の民主党支持は「高校教育からの離脱」が動機。他方、初手から離脱してるのが朝鮮学校。つまり朝鮮学校は高校の先輩格。これまでは高校教育から内々に離脱(=予備校化)しても構わなかった筈なのに、いきなりの未履修問題で教育界を激怒させたのが自民党政権だった。
> 高校には一条校特権があるけど朝鮮学校にはない。そこで今回、先ずはバラマキ攻略から事を始める。朝鮮学校レベルの「逸脱」ぶりでも高校並みのバラマキ支給が可能なら、高校側の「逸脱」だって平等に容認されるべきだろう。日教組も北教組も、この点では見解が一致してるんじゃなかろーか。保護者は子供を出来るだけ上等な大学に入れたい。そうした心理を味方につけて、高校の予備校化(=逸脱)を推進する。文部科学省の支配に楔を打ち込み、大学との間接的癒着関係をいっそう強化しつつ経営安定をはかる。そうでなくても統廃合圧力がキツイ時代なんだから、ここは本気になって取り組まにゃーならん正念場ってこった。
> たぶん図星だろうとは思うんだけど、産経かどこかで裏を取ってくれないかなあ。その結果次第で、こちらは更に熟考するつもりなの。
>【2010/03/16 06:23】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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>(以下、またまた余談)
> 国語方面を絡める場合、いくつか手はあるのでしょう。大学入試の古文・漢文を活字でなく書字画像で出題すれば、どのみち読めなきゃ「話にならなくなる」様に。ただし原典画像に拘ると時代差があり過ぎる点が問題になるけれど。そこんとこを嘗て補完したのが国定手本時代の習字教育…とは云えそう。国定の甲種や乙種が果たした役割は、江戸時代に御家流が担った規範性を概ねそのまま引き継いでいた模様。
>
> その手の話とは別に、前稿で書いた予備校化云々には、「学校が予備校化」と「予備校が学校化」の二面あります。例えば反日予備校が学校化する場合、朝鮮学校を一条校化する方向に行くでしょう。そして反日学校を予備校化する場合は、一条校を非一条校化する手が考えられるでしょう。
> ステロタイプの印象を「北教組=反日」と見なす場合、その構成員の属する学校は概ね、程度に差のある反日学校と云えるでしょう。仮にこれを人事異動でジュースみたいに濃縮(?)して、学校を丸ごと北教組100%にすればどうなるか。濃縮果汁の原液は濃過ぎて飲めない(なんか素っ頓狂な喩えになっとるな…汗)。問題は薄め方です。従来の仕方では、薄めれば「果汁20%」てな具合になる。でも市販の100%ジュースはそうでない。教員加糖液で薄めるからパーセンテージが落ちる。ならば民間水で薄めればよいではないか。なにしろ水(民間人)は果汁(公務員)ではないのだから。
> この方式は部分的ながら、既に実用段階にあります。~非常勤講師を非公務員と見る場合、都立高校では書道担当教員122名中の内訳が公務員2名で非公務員120名。それを学校全体でやると、校長と教頭が公務員で他の全員が非常勤講師でも構わない事になるでしょう。ただし教員免許は相変わらず必要ですが。
> 尤も、それなりの手はある筈。意図的に無免許の人(塾や予備校の先生が望ましい)を集めて、全員に臨時免許を交付すればよい。…法律を整備して朝鮮学校の先生にも臨時免許を出す一方、北教組の先生が朝鮮学校に出向・研修する。事実上の「北海道立朝鮮学校高校」が出現し、既存の朝鮮学校では相対的な存在意義が薄まる。嘗て大学教育学部に「ゼロ免」課程が出来た様に、高校にも「ゼロ卒」課程を設ける。すると「卒業証書」授与課程(学校教育課程準拠)と「修了証書」授与課程(非準拠)とが共立し、やがて非準拠課程に特化した学校(?)が出現する。
> …例えばこうしたシナリオを妄想する場合、どの段階で反日教員を非公務員化すればよいのか。~とどのつまり、苹はそこんとこに興味があるんですね(汗)。悪い冗談と云えばそれまでなんだろうけど、だからと云って、頭から非現実的な話と決め付ける訳にもいかない。(玉石混淆の思考実験が諸々あって初めて、選択的かつ具体的なディフェンスが可能になる筈ですから。)
>【2010/03/17 21:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 上記稿で云うところの「ゼロ卒」課程で、生徒が大学受験する場合は高校卒業程度認定試験(だったかな?)を経由すればいい訳でんな。

 その後「2010/04/02 19:26」の非表示稿を書いた。これも抄録して置く(送信後に発見した誤字は修正)。
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> 以下、『WiLL』2010.4号P.103の教会ネタについて余計な妄想をば。
> ふと気付いたのは、日本にも本家に劣らぬ数の教会があって、しかも総ての国民が通っていて、また憲法でそう義務付けられているって事です。ただし外国との決定的な違いがあります。教会に通うのは子供ばかりで…と書けば誰だってピンと来る(笑)。つまり苹は今、そもそも翻訳語が間違っているとする視点で書いている訳ですナ。従って日本は「政教分離していない」。更に突っ込むなら「憲法違反が当たり前」。
> だから平気で「自衛隊は軍隊でない」などと云える。法治国家ならざる法治国家であるがゆえに、解釈改憲の柔軟性が憲法改正を阻む。それどころか憲法九条をバイブル扱いするかのごとき印象が濃厚で、「憲法教」と呼ばれるに至っては明らかにカルト宗教の扱い。…さあ、ここで話が繋がった。その宗教は何処で布教されているか。これを教会と呼ばずして何とする。世が世なら寺子屋だ。「寺」って一体なんだろね。
> 公立の教会で働く人々は公務員だ。公務員が労働者である。組合活動も政治活動もする。もちろん布教活動は当たり前。つまり彼らは聖職者。誰か文句あるか(爆)。
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7789 【備忘録】教員配置と学級定員 苹@泥酔 2010/08/03 20:12

 先ずは産経記事全文引用。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100801/edc1008012304003-n1.htm
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>【解答乱麻】教育評論家・石井昌浩「35人学級」を論じる前に
>2010.8.1 23:03
> 中央教育審議会の分科会は、公立小中学校の学級編制基準を1学級40人から35人に引き下げる提言をした。教師の目を行き届くようにして、いじめ、校内暴力、不登校、学力低下などの教育現場の問題解決を目的としている。
> 昭和55(1980)年度以来、30年ぶりとなる学級規模の見直し提言について、新聞などの論調はおおむね好意的であり、少人数学級によるきめ細かな指導を期待する点で共通している。しかし、30年教育行政の末端にいた私の体験からすると、中教審提言は教育現場が抱える困難の本当の原因について錯覚しているように思えてならない。その理由を3つ述べたい。
> 第1は、学級定員を減らせば、行き届いた教育ができるかのように勘違いしている点である。問題の核心は、教室で授業が成立するかどうかである。教室で起きている困難は学級の人数の多少によって軽減されるほど単純ではない。原因は子供たちが「お友達先生」の言うことを聞かなくなったことにある。この原因を脇においたまま学級の人数をいじってみたところで、何も変わりはしないのだ。
> 朝日新聞の調査によれば、中途退職の教師はこの5年間に、年平均で1万2千人を超える。子供や保護者との関係に悩むことが辞める最大の原因とみられている。現場の教師たちが精神的にのっぴきならない所に追い込まれている実態を反映する数字である。教師と子供の関係を根底から見直そうとする視点を欠く少人数学級の論議は現実離れした空論である。
> 第2は、提言に政治的な背景が感じられる点である。子供手当、高校無償化、35人学級をセットとして考えると提言の政治色が浮き彫りにされてくる。それぞれ、大衆受けする、いいことずくめの理屈づけがされている。しかし、子供手当は「子育ての社会化」、高校無償化は「高校全入」、35人学級は「30人学級」の実現を意味するのだ。いずれも政権交代を契機に、これまで運動として積み上げてきたスローガンを丸(まる)呑(の)みした、人気取りのバラマキ政策でしかない。
> 第3は、35人学級論議が30年前の、ゆとり教育導入時のムードに似ている点である。いじめ、校内暴力など教育荒廃の原因を詰め込み教育と受験競争過熱に求め、すでにアメリカで失敗した進歩主義教育理論に基づく子供中心主義を導入したのがゆとり教育だった。
> 今、教育現場の抱える問題解決の切り札を学級規模の縮小に求めている。30年前と共通する懸念は、論議の過程で問題の本質がどこにあるのか曖(あい)昧(まい)にされてしまう点にある。
> わが国の教育が当面する問題の核心は、ゆとり教育の過ちを正し、行き過ぎた子供中心主義を見直すことである。根本から目をそらしたままで、40人を35人と小手先の改善をしたところで、問題は何も解決せず、「次は30人、その次は20人で」となるのは目に見えている。ことの本質は学級規模の大小ではないことを知る必要がある。
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 これを読んで、ふと思い出した事を。~義務教育段階ではなく、差し当たっては高校教育の話。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_p_416.html
 教員の配置には、結構「小回りの利かない」側面がある。見方次第では相対的でもあって、学校規模が小さくなるほど硬直しがちになるのは、それだけ少ない教員数で遣り繰りせねばならなくなるからだ。そのため理科の先生が数学を教えたり、公民の先生が地理歴史を教えるなどの兼任措置が必要となり、臨時免許を年間百人に交付するケースが出てきたりする(リンク記事参照↑)。対策としては学校統廃合が効果的と云えるが、通学区域の拡大や愛校心の複雑化など、それなりの問題はある。~昔は通学区域が広かった。それが進学率上昇やベビーブーム、学校数増加、交通機関発達などにより相対的に狭まった。愛校心云々は敗戦後の教育改革に遡る。制度そのものが根こそぎ変わったから相対的には目立たぬのだろうが、例えば旧制中学と女学校との統合は愛校心の行方を新制高校へと誘った。これがもし同じ高校制度の枠内だったなら、統合後の高校内で地域派閥化の動きが別の形で表面化した事だろう(高教研の生徒指導部会で以前、六カ所高校における当該事例報告を聞いた)。
 もし高校でも学級定員が減ると、規模に応じた教員増員が必要になる分だけ人件費がかかる。
 従来は臨時免許を他教科教諭に交付して、現実の無免許指導状態を名目上で解消した。或いは常勤講師や非常勤講師を活用して人件費を抑制した。それも既に限界で、例えば都立高校の書道教員122名(うち非常勤講師120名)をこれ以上どうにかするとしたら、思い切って芸術科目から書道そのものを取り除くしかない。この点、選択科目にはまだ淘汰の余地がある。しかし主要科目となると話は別で、無免許状態の名目的解消では受験ニーズに対応できない。そこで「選択と集中」を画策した結果、全国規模の未履修問題が「起こるべくして起こった」のだろう。

 学級定員は生徒集団の単位となる。他方、教員の担当授業数は週に15から20時間程度が普通なのかいな。
 一クラス40人の場合、五単位の授業を四クラス担当すれば20時間で160人。四単位の授業を五クラス担当すれば20時間で200人。芸術科目の場合は一単位だったり二単位だったりする。仮に二単位六クラス、一単位三クラスとするなら、担当時間数は合計15時間と他の先生方より少なくなるが、選択科目ゆえクラス25人で数えれば二単位150人と一単位75人で計225人、30人換算なら180人と90人で計270人程度にはなりそうである。
 これをクラス35人で単純計算すると、担当生徒数は五単位で140人、四単位で175人。芸術は二クラスを三分割してクラス20人換算なら120人と60人で計180人だが、三クラスを三分割する場合そのままクラス35人で数えれば210人と105人とで計315人はいける。もしくは分割後の規模をクラス40人程度に詰め込んで、二単位は四クラス160人、一単位は一クラス40人とする事が編成上可能なら九時間で計200人。~クラス単位が小さくなれば、一教室あたりの収容人数に融通が利く。科目によっては教員の負担を増加させる事が可能だし、その分だけ「担当授業時数の少ない」非常勤講師には高い処理能力が求められよう。
 教員配置の基準は担当生徒数でなく担当授業時数の方だから、どのみち生徒数格差と授業時数格差の双方が拡大する結果となるだろう。相対的に重要な科目は単位数が多いので、そちらでは担当生徒数を減らして「肌理の細かい授業」を目指す事になる。しかし相対的に重要でないか、もしくは学習内容の多様化に即した科目では、単位数の少なさが学校規模の限界と相俟って、学校経営を自家中毒状態に追い込む筈。
 このジレンマは些か厄介である。小規模校では科目の維持がそもそも困難なのに、かてて加えて大抵は「進学校ではない」。せめて多くの進学校が小規模であったなら、高校から予備校へと改組する手もあるだろうに。これなら卒業証書は得られなくとも、高校卒業程度認定試験経由の全員大学合格を目的とした「特色あるカリキュラム」が組める筈である。そして大手予備校との過当競争を避けたいなら、大規模進学校は高校のままでも構わない。…問題は「高校のままでしか居られない」側にある。どうにかして皆「ただの高校」から「進学校」へと抜け出したい(「ただの高校」からでも大学進学は可能な筈なのに?)。つまり慢性化した偏見の下、もはや月並みの高校教育は不要となっている。にもかかわらず高校全入に無償化が重なるのはこれ如何に。早急に高校から進学校を救い出さない限り、高校進学率は下がらないから高校無償化の税負担も下がらない。

 こんな事を書くと、「何を甘っちょろい事を」と思う人が少なくないのかも知れない。世間的には一人の専門職が毎週二百人を相手にするくらい、どうって事はないのかも知れない。しかも内容は大体みな同じ…と、或いは信じられているのかも。人事異動で誰がどの学校に転勤するか、その時になってみなきゃ分からない。進学校も底辺校も同じ授業内容…などと思う人はさすがに居ないだろうが、ただし同一性信仰へと駆り立てる「錦の御旗」なら学習指導要領ってぇのがある。
 進学校は教諭が多く、底辺校は講師が多い…なんて事はない。最初は低レベルの学校から始めて、熟練すれば進学校に転勤するなんて事もない。それをやったら進学校は高齢者と若手エリートの巣窟になってしまう。そうした意味では、人事異動ほど不確実なものはない。とは云え教員も結局は勤務するうち校風に染まっていく訳だから、或る意味「空気優先」の風土をベースに逐鹿へと向かう流れと矛盾する事もない。尤も、校風に合わない教員には問題があるのだろう。例えば北海道では北教組の影響力が強いそうだが、採用する側が風土を変えようと頑張っても、現場の風土に適応できなければ多くの努力は水泡に帰すだろう。
 そんなあれこれに思いを致すと、石井氏の論旨に共感できなくはないし、また反論する気もない。拙稿が何かの補強材料になるならそれでよい。産経記事で問題提起された学級定員の話を、別の方向から見ただけの話ではある。すると上記の解釈が思い出された。~所詮は備忘録、備忘録。
 他にもっと適切な場所がありそうな気はするが、取り敢えず本稿をNo.7617の属するスレッドに繋げる。



7586 班単位授業の思い出 苹@泥酔 2009/07/09 20:45

 『正論』2009.8号P.44~45の八木秀次「戦後教育とソビエト教育学」を読んで驚いた。先生は斯く指摘する。
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> 最近も各地の自治体で「子どもの権利条例」制定の動きがある。その立脚する思想はデューイ流の「子ども中心主義」だけではない。表向きはそうだが、実際にはクルプスカヤの教育思想などが背景にあると考えなくてはならないだろう。一見すると新しく思える発想も、一皮むけば、破綻したソビエトの教育理論が見えてくる。
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 様々な積み重ねを腑分けすれば、見え方はそれなりに変わってくる。歌謡曲で「盗作だぁ」と騒ぐのと似通った要素があるか否かも含めて、この辺については双方向的に警戒せねばなるまい。その事への注意を喚起してくれただけで充分に有難い。教育運動における米ソの共通点が浮き彫りになった。
 ところで、八木先生は「小学校のときに班単位で学級運営がなされていたのはマカレンコの影響だったのかと改めて気付いた次第だ」とも書いている。~これを見て、ふと自分の昔やった授業を思い出した。「子供たちによって学校が自治的に管理」云々の、所謂クルプスカヤ的な意図はない。しかし班単位の授業をした事に変わりはない。単に私が勉強不足だったため、班単位の授業方法を別の目的で使う事になった次第。これでは一部の先生方から「肝腎の中身が欠けているぞ!」と怒られてしまうんだろうな(汗)。私の班単位授業は専ら整理目的だった。取り入れたのは書道の授業だけで、国語では確か…やらなかった筈(記憶が曖昧でスマソ)。
 以下は昔時の回想。

 芸術科目の授業時数は一単位か二単位と少ない。だから大抵は基礎指導を省く。
 他の先生方に云わせれば、「苹の考える基礎は俺達にとって基礎ではない」となるのかも知れない。私の云う基礎は国語的基盤と書字表現を橋渡しするための基礎だから、そうした批判にも確かに理はある。彼らは芸術表現側の基礎を重視するのだろう。対する私は「国語との接続」を重視する立場。~ただし現代の国語教育は、変体仮名と草書を廃絶し、漢字の数そのものを制限し、仮名遣いを歴史から隔離する立場だから、そうした国語教育理念に依拠すれば「伝統的な書道を滅ぼす」のが書道教員の「あるべき姿」となる訳だが。
 あの頃、私は仮名単元で先ず「読める字」を書かせようとした。つまり「平易な古典」イコール「読める字」だと。ミミズの這い回る様な仮名連綿を「スラスラ読める様になれ」と。これで八時間ほど授業時間を潰す訳だから、その皺寄せは必然的に時数配分のバランスを直撃する。そこで当初は苦し紛れに(後に慢性化)、班単位練習を全面導入せざるを得なくなった。
 他の高校生が学ぶ内容を、私は初手からバッサリ削ぎ落とした。普通は楷書単元で唐四大家と六朝風を学ぶ。それらを最初の授業で纏めて比較練習させて片付け、後は書風選択制でごまかす事にした。~昔の事だから記憶は曖昧だが、あの時は先ず孔子廟堂碑と九成宮醴泉銘を分けたのかな。提出させた申告票に即して五、六人規模の班に分け、座席表を私が決める(独裁者!)。半切1/2サイズの画仙紙に清書させ、次の課題は雁塔聖教序と顔真卿(顔勤礼碑だか建中告身帖だか忘れた)。これも申告票を出させて席替え。つまり課題毎に私が座席表を頻繁に作り直す次第。総ては課題優先である。
 性格の合わない古典を選択すると清書の出来映えに影響するかも知れないが、にもかかわらず中には友達同士で打ち合わせて(?)、共々「同じ古典を選択する」生徒も出てくる。そんな主体性のない選択は認めたくないけれども私は基本的に親切(爆)だから、それらしき生徒を予め別々の班に分けてやる。これを春先のうちにやると怠け癖は概ね一掃されるから、私の授業に生徒同士の私語は殆どない。楷書単元だけで三度か四度の席替えがある。その後の単元でも頻繁に席替えを繰り返す。
 行書単元では蘭亭叙を全員が学ぶ。この場合は「どの部分を書くか」に応じて班が決まる。課題は半切に十四字程度で、近い箇所を選択した生徒をくっつける。それだけでは面白くないってんで、教科書に原寸掲載の八柱第三本以外からも選ばせる(B4拡大プリント配布)。私の方はこれまた親切に…かどうか定かでないが、ともかく張金界奴本、八柱第二本、第三本、定武本それぞれ書き分けた全臨の束を教室後部にぶら下げて置く(「筆路が分からない人は後ろで各自確認しろ」と指示)。どちらかと云えば人気があったのは八柱第二本だった。その後、他の行書古典をいつも通りにやる。
 問題の仮名単元では仮名字源の解説から連綿分解の訓練を経て、二学期の定期考査でスラスラ読めるか確認するが、これらは班単位授業でないので省略。具体的な読解プロセスについては旧稿を参照されたし(差し当たってはNo.7018、草書絡みではNo.7330前後の意識を交える様なものか)。

 …で、強引に八木先生の話題へと戻す。
 班単位の手口が「生徒による自治」を前提するならば、順調に行けば班の数だけ「小さな革命勢力」が胚胎する事になろう。しかし順調に進まない場合は専ら授業が「だれる」だけ。リーダーの居ない班は遅かれ早かれ淘汰されるべきなのに、班の単位が固定的な場合は忽ち内的な格差が「固定的な分だけ余計に」露呈してしまう。班が班を吸収するシステムを導入しない限り、クラス全体の統治レベルはどのみち損なわれる事になるだろう。そうした危機意識がやがて「小さなスターリン」を必要とする様になるならば、その役割を生徒と教員のどちらが担うかによって全体主義的な胚胎の質は変わってくる筈。…強い指導者としての教員と、小さな指導者としての「連合赤軍」的な分子と。そこから先の成り行きは、そもそも私には分からないし想像も出来ない。
 しかし業務上、想像しない訳にも行くまい。~当時「書道Ⅲ」の選択者が二人か三人のクラスで、主体的な学習を試してみた事がある。要するにクラスの「班」化、班の「個人」化を前提してみた訳だが、生徒は自ら課題を設定するだけで四苦八苦していた。自分を支配するだけで精一杯の人間は、支配される事の強味を前提して初めて、自分をよりいっそう支配できる様になるのかも知れない。…この場合、彼らは誰に支配されるのか。それが担当教員であるならば、支配と被支配の調和関係は~植民地主義と似通った発想を踏まえて初めて「健全なものとなる」様な気がする。

「恥を忍んで」12

苹@泥酔

2021/07/17 (Sat) 19:32:50

8【再掲】「恥を忍んで」12 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/02/03 (Fri) 21:58:10

【再掲】「恥を忍んで」12
7588 No.7586の続き(改稿) 苹@泥酔 2009/07/11 21:29

 これを書くと「なんぼなんでも遣り過ぎだ」と云われそうだが、取り敢えず前稿の続きって事で。~その前にいくつか、ぼんやりした疑問を。学習指導要領は指導の上限か下限か。どの程度の制約に縛られるのか。指導要領からの逸脱とはどんな状況を指すのか。そしてもう一つ、そもそも基礎とは何か。

 嘗て私は芸術科書道の授業で書道史を取り上げた。「書道Ⅰ」の最初に出てくる面々も当然その中に出てくる。…ここが他の教科と大きく違う。蓄積と反復の位相が転倒し、反復による自己言及的な蓄積が「別の蓄積」と等価な水準で盆踊りを始める。するといつしか死者が蘇り、しかも甦った死者は死者自身ではない。「私」のドッペルゲンガーの様に見つめられ(鑑賞)、頬を赤らめる瞬間に死者が微笑む(自運)。その彼方に幻のごとき知識が絡む。それはあくまで手掛かりに留まり、パズルの様な組み合わせから印象の里程標が生まれる。
 差し当たって、ゾロゾロ出てくるのは欧陽詢、虞世南、チョ(衣偏に者)遂良、顔真卿、王羲之。そうした面々が「書道Ⅱ」や「書道Ⅲ」でも繰り返し出てくる訳だ。ただの復習では面白くない。私は何か余計な事をしてみたくなる。
 中には大学の史学科や中国文学科などに進学する生徒も居るだろう。居なくたって基礎知識くらいは身に付けて置いた方がいい。あの手の支那人には名の他に、字や号などの別称がある。なにやら名前で呼ぶのは失礼にあたるらしい。そもそも跋文に「顔真卿」などと書くかね。大抵は「顔魯公」だろ。それくらい大学に行く前に覚えてろっつーの。てな訳で苹は余計な事を教えるのであった。
 例えば「信本、伯施、登善、清臣、逸少」の字グループと「率更、永興、河南、魯公、右軍」の官職呼称グループに分け、現代人の人名感覚から相応の距離を取ろうとした。「王右軍と云えば王羲之の事だな」と分かればそれでよい。ただし「漢字で書け」と出題するのはちと酷なので、定期考査では語群から選ばせるか何かする程度に留めた。
 しかしながら「わざわざ初唐三大家の字まで出す必要があるのか」と問われると返答に困る。たぶん宋の三大家なら構わないんだろうけど(これもダメだったりして?)。蘇軾と来れば子瞻に東坡に文忠。黄庭堅は魯直に山谷に文節。米フツ(草冠に市、もしくは黻)は元章に海岳(嶽)に南宮。「黄州寒食詩巻跋」を習えば東坡や魯直が出てくるし、書論をやれば「海岳名言」、「米海岳の名言集かしら」と思い至る。日本の例で云えば「福翁自伝」のタイトルを見て「福澤諭吉(雪池)晩年の自叙伝かしら」と思う様なものか(諭吉でなくても大目に見たりして…同じ「福」で始まる人なら恆存とか赳夫とか康夫とか)。
 さすがに授業で扱った事はないが、欧陽詢の書に「仲尼夢奠帖」ってのがある。そう云や中学三年の正月、面白半分に全臨した事があったっけ(遠い目…)。「仲尼」と来れば真っ先に思い付くのは孔子なのだろうが、この語彙は確か孝経にも出てきた気がするなあ。

 さて。
 そんなふうに進学先で役立つかどうかを考えると、どうしたって従来の書教育感覚には収まりきらない内容まで踏み込む事になる。強弁するなら「必ずしも教科書に載ってない訳ではない」。孫過庭の「書譜」には「逸少」が出てくるし、欧陽詢の「九成宮醴泉銘」図版の脇には、ともすれば魏徴の名前までが出てきたりして。
 そこで国語だ漢文だ。魏徴の漢詩なら大学入試に出る事もあるんじゃないかしら。もし「教科書に載ってない題材を試験に出すな」と言い募るなら、数学の応用問題はどうなってしまうのか。「丸暗記で対応できない計算問題は教科書に載ってないからダメ」とならないか。それと似通った発想で書教育を捉えれば、教科書の見方が自ずと変わってくる筈だ。「ただ書き写すだけ」と思っている人に限って、元々は国語の範疇にあった筈の言語芸術、教養芸術だという事を忘れている。GHQの占領政策を懐柔するため、さも視覚芸術であるかの様に装ったツケが、半世紀以上を経た現在も相変わらず総身に回っている。
 私にしてみりゃ、これだって立派な歪曲教育だ。殆どの大学専攻科ではまともな指導をしているらしいのに、それが下まで降りてこない。…まあ、高校以下で歪曲教育する側から見れば大学教育の方が間違っている様に見えるのだろうから、厄介な高学歴連中をそのまま受け入れる訳にはいかない事くらい大略の想像がつく。それよりは市井の「お習字」の先生を非常勤講師に雇った方が好都合なのも分かる(気に入らないなら簡単に解雇できるし)。高校教育を小学校レベルのまま高度な歪曲で包み込め。そのための方便としての「芸術」が学校教育には必要なのだ。芸術そのものを西洋文化で包んで丸ごと曲解させれば、日本や東洋の芸術に対する理解や実践の在り方そのものを根こそぎ破壊できるのだ。
 この点で私の教委批判と現場批判とが融合する。彼らは問答無用で「受験に役立たない科目」とのレッテルを貼り、潜在的な「受験後に役立つ余地」をも正面から潰しにかかる。教委は教員採用試験の実施を阻止し、そのための理由を現場から掻き集める。かてて加えて大抵の場合、どの高校でも書道担当教員は一人だけ。要するに孤立無援となりやすい。大学側としても学生の就職先を敵に回すのは得策でないのだろう。いつだって及び腰。何の力にもならなかった。それを不本意に思う大学教官が少なからず居る事は知っている。しかし「その後が続かない」。少なくとも十年前の段階ではそうだった。私の見るところ、毎年バカの一つ覚えみたいに採用試験を実施してきた岩手県を除いては。(実態はどうだか知らないけど。)

 栃木の大田原市では扶桑社教科書を継続使用するそうな。自由社のを支持する側ではガッカリした事だろうが、結局は持久戦だから「まだこれからだ」と奮起するに如くはなし。
 私は書教育界の隠忍百年を覆したいし、そのモデルケースとして歴史教育方面の運動十年を注視している。そこから何か学べるのではないかとも思っている。切磨箴規の志あれば…多分どうにかなるだろう。なる様になるだろう。まだまだ隠忍の日々は続く。それだけは当初から当たり前の様に覚悟している。
 楽観的かつ激甘に見積もって、…二十年後にはどうにかなっていればいいなあ。


(補記~余談)
 以下はNo.7586で書いた楷書古典選択制の話。
 孔子廟堂碑と九成宮醴泉銘(or皇甫誕碑)の一方だけを集中練習させたのは、平たく云えば「虻蜂取らず」になるからである。どちらも完成された間架結構法に則っており、正直に云うと「こんな高度な古典を最初に学ばせる神経を疑いたくなる」くらいなのだ。
 例えば「風」の中の部分をどう書くか。風構えの二画目を伸びやかに生かすには、中を大きくし過ぎるとマズイ。九成宮の場合は特に手が込んでいて、二画目の横画部分と三画目(活字では左払いだが書写体では横画)の間が絶妙の間合いとなっている。そうしたあれこれを観察するだけでも困難なのに、真似て書くとなるとその苦心いかばかりか。バランスは無数の部分から成る全体となって凍りつき、それを解凍しようとすれば忽ちバランスが崩れかかる。それを支える力持ちの座にいきなり据えられるのだから、私は練習時間不足の生徒達に心から同情するね。その辺の事情は(私の場合)上条信山や小暮青風、松本芳翠、柳田泰雲などの臨書集を手当たり次第に書き分けてみるとよく分かる。
 雁塔聖教序と顔真卿の書を一括りにしたのは、筆の弾力に注意を向けさせる肚。前者は剛毛なら鈴木翠軒、柔毛なら手島右卿が好ましいが、好みは人それぞれだから比田井天来や上条信山などの様になっても構わない。顔真卿のは比田井南谷の説明が勉強になった。ただし多宝塔碑の場合はむしろ「お習字」系の延長で書く方がよさそうではある。余計な事は考えない方がよいのかも知れない。そうした疑問が常に蟠っている。
 北碑の臨書では存分にひねくれてみた。日下部鳴鶴ばりの廻腕法で書いてみたり、筆管をバッタンバッタン倒して西川寧だか趙之謙だか分からぬ逆入平出を演出したり。それくらいは高校教員なら誰でも紹介くらい出来るだろう。かと云ってゲテモノ扱いされても困るが。個人的な好み(?)では、落としどころとなると上条信山か。
 どの書きぶりも、浮気すると楽しい点では天下一品の先人達だった。



7594 【No.7588補記】「夢奠帖」全文 苹@泥酔 2009/07/16 22:58

 本題とは全く関係なきカラヤン命日に供するは、以下の欧陽詢「仲尼夢奠帖」全文。~訓読の便宜上、ここでは取り敢えず『書跡名品叢刊』170(二玄社)P.88の釈文に依拠し、括弧内に返り点を付す。
--------------------------------------------------------------------------------
>仲尼夢奠。七十有二。周王九齢。倶不(レ)滿(レ)百。彭祖資以(二)導養(一)。樊重任(レ)性。裁過(二)盈數(一)。終歸(二)冥滅(一)。無(レ)有(下)得(二)停住(一)者(上)。未(レ)有(二)生而不(レ)老。老而不(一レ)死。形歸(二)邱墓(一)。神還(レ)所(レ)受。痛毒辛酸。何可(二)熟念(一)。善惡報應。如(二)影隨(一レ)形。必不(二)差二(一)。
--------------------------------------------------------------------------------

 「夢奠」で検索したところ、どうやら「禮記」檀弓上第三などがベースらしいが、その辺の事は私の専門外ゆえよく分からない。…それはそうと、検索中に張崑將(台北醫學大學醫學人文研究所)「死亡的思考」と題する論考を発見したので紹介してみる(↓)。
http://120.118.195.1/aseip_folder/96excellent/970103%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E7%9A%84%E6%80%9D%E8%80%83%EF%BC%88%E6%AD%A3%E4%BF%AE%E7%A7%91%E6%8A%80%E5%A4%A7%E5%AD%B8%E8%AC%9B%E7%B6%B1%20%E7%B0%A1%EF%BC%89.pdf
 中にはこんな記述(↓)も出てきて、小見出しに思わずドキリとさせられた。検索結果表示の「HTMLバージョン」経由でワープロにコピペしたら文字化けがあったので(何故だ?)打鍵し直したが、正確な表示はPDFの方で見てちょ(↑)。
--------------------------------------------------------------------------------
>e.日本民族:櫻花與武士道的死亡精神
>大和魂並不是柔弱人工培養的植物,而是指在自然的野生物,它是日本風土中固有的。也許它偶然與其他國土的花相同性質,但它的本質則完全是在我國風土上所固有的自發產生的。然而櫻花是國產的這一點,並不是我們喜愛它的唯一理由,它以其高雅煦麗的美代表我國國民的美感,這是其他任何花所不及的。我們不能分享歐洲人對薔薇的讚美。薔薇缺乏櫻花具有的單純。再者,薔薇在甜美之下暗藏著刺,它對生命的執著,與其落花離枝,它寧肯枯萎在枝頭上。就像嫌惡和害怕死亡似的,它的豔麗的色彩、濃郁的香味,所有這些都是和櫻花有所不同的特性。我國的櫻花,在它的美麗下面並沒有藏著刀刃和毒素,任憑自然的召喚,隨時都能捐棄生命,它的顏色並不華麗,它的香味清淡,並不醉人。一般來説,色彩和型態的美只限於外表,它有固定不變的性質。反之,香味則是昇華的,有如生命的氣息一樣。因此,在一切宗教儀式上,花香和沒藥有著重要作用。在花香裡面有著某種振奮精神的東西,太陽從東方一升起,首先照亮了遠東的島嶼,櫻花的芳香使清晨朝氣蓬勃,再也沒有比吸入此時的氣息更為清新爽快的感覺了。新渡戶稻造:《武士道》,頁139-140。
>
>f.儒家士大夫死亡觀與日本武士的死亡觀之比較
>中國「死與仁」、「死與孝」vs.日本「死與忠」(獻子成忠之對照)
--------------------------------------------------------------------------------
 ううう…大雑把にしか読めない(泣)。
 副読本としては、加地伸行『儒教とは何か』(中公新書)冒頭の「はじめに」が読みやすかった(でも読了した記憶はない…あらためて読み始めて反省orz)。



7598 「夢奠」ネタの続き 苹@泥酔 2009/07/17 21:04

 私は「礼記」の本を見た事がない。昨夜のネットが初めてのチラ見。~今日は当てずっぽうに小川環樹・今鷹真・福島吉彦訳『史記世家(中)』(岩波文庫)を参照した。するとP.324にこう書いてある(孔子世家、第十七↓)。
--------------------------------------------------------------------------------
>孔子は子貢に向かって言った、「天下に道が失われて久しくなった。わたしを師とするひと(諸侯)はいない。夏の世の人びとは東側の階段の上で殯(かりもがり)をし、〔いま〕周の世の人びとは西側の階段の上で、かりもがりをするが、殷の人びとは両柱の間(堂の二本の柱の中間)で、それをした。昨晩わしは両柱の間にすわって供物をそなえられている夢をみた。わしはもともと殷ひと〔の子孫〕だからだろうな」。その七日後に〔孔子は〕亡くなった。孔子のとしは七十三歳で、魯の哀公十六年(前四七九年)四月己丑の日に亡くなったのである。
--------------------------------------------------------------------------------
 なおP.341の訳注には「この対話のことは『礼記』檀弓上篇に見える」とあり、また「孔子の死亡の日付は『左氏伝』に載っている」とある。
 昨夜の検索で見た「夢奠」は「供物をそなえられている夢をみた」に相当するらしい。この岩波文庫本は上記の通り翻訳であり、原文は載っていない。だから~しつこい様だが、私は原文を見た事がない。ネットで見るまでは「夢奠」との結び付きが得られなかった。後から思えば何十年か前、実用書式の習字で「御香典」を「御香奠」と練習したものだが、なにしろこちらは専ら先入観(ボロボロの紙幣を包む)に囚われているもんだから、そこから連想するのは些かキツイ。

 加地伸行『儒教とは何か』(中公新書)「はじめに」Ⅳ頁に「殯」の話が出てきた。その箇所を以下に転載する。
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> 儒教では、死者になると、それを悼んでいろいろな儀式を行なう。始めにまず北窓の下にベッドを設けてそこに遺体を安置する。これは儒教の規定である。このあと順を追って実にこまごまとした規定の下に儀式を進行する。そして出棺となり墓地に葬る。死から葬るまでのその間、遺体を家に安置しておくが、このことを殯(もがり・かりもがり)という。死後すぐに遺体を葬るわけではない。今日の葬式において、お通夜をしたり告別式がすむまで柩を安置しているのは、(遺体を葬る、あるいは焼くまで、医学上・法律上の時間制限があるが、それは別として)儒教における殯の残影なのである。もちろん、日本における古来からの習俗とも融合してはいるが。
--------------------------------------------------------------------------------
 …で、「なるほどなあ」と思った。
 字(あざな)の話が「仲尼」に及んで、そこから話が欧陽詢の「仲尼夢奠帖」へと移り、かくて上記の通り。しつこい様だが、~私には多分「少しだけ」しつこい面があるのだろう(ぬけぬけ)。



7646 「夢奠」ネタから翠軒へ 苹@泥酔 2009/10/02 01:57

 忘れた頃に蒸し返す。苹はそーゆー男です。(もしかしたら女かもよ?)
 欧陽詢の行書は、仲尼夢奠帖を含む所謂「史事帖」各種が最も確からしい。もちろん後世の模本を刻した可能性はある(戲鴻堂帖など)。量的には行書千字文(遼寧省博物館蔵)が学習に好都合だが、稍や堅苦しさが目立つため、そうした点では史事帖の方が学びやすいとも云える。夢奠帖の全文は先日No.7594に転載した。
 嵯峨天皇の書と伝わる宮内庁蔵本に李キョウ雑詠がある(キョウは「山喬」)。これがまた見事に欧陽詢の書きぶりと似ているので、そちらの観点からも貴重とされる。…で、これらを書き分けようとすればどうなるか。今夜のネタはズバリ、これである。

 今はどこにでもある「唐筆」仕立ての筆で書くと、普通なら欧陽詢のそれと近い筆触になるだろう。しかし開国前後の毛筆事情は今とかなり違っていたらしい。向久保健蔵『The筆』(日貿出版社)P.141にはこう書いてある。
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> 新旧の用毛・製筆法の交替は巻心筆を初め従来よりの手法もまだまだかなりな分野を占めていた用毛においてもやはり鹿、狸、馬が絶対量を保っていた。従来微々たる存在だった羊毛の占める比重が、少しずつ増大傾向をたどった。
--------------------------------------------------------------------------------
(この手のネタは昔どこかに書いた気がするけど…まあいいか。)
 巻筆は紙巻筆とも呼ばれ、日本では大昔からこの製法だった。それが明治維新後に今の筆(水筆、捌き筆)へと変わったため、「今日ではその製法も使用もほとんど行われていない」(P.63)そうな。籠巻筆は金網を巻いた筆。比田井天来が特注した話はそこそこ有名(?)…な筈。
 小筆には色々な種類があるが、中でも面相筆は、仮名をやる人なら半分くらいが使っているんじゃなかろうか。長く鋭い仕立ての筆で、ざっと見るところ鼬の毛が多い。日常書記の他、日本画や漆器製作などでも使われているらしい。今は筆と云えば殆どの人が半紙に書く時の大筆を思い浮かべるのだろうが、日常書記では小筆を使うケースが殆ど。だから小筆を中心に考えるのが本筋だし(支那なら白居易みたいに紫毫の絡みか…)、大筆は掲示物で使うケースを除けば概ね手習いや趣味の領分となる。そう考えるなら大筆は或る意味「小筆のバケモノ」と云えなくもない。その事について考えさせられたのが、私の場合は所謂「翠軒流」だった。
 明治以後の漢字書道は支那一辺倒で、書家が唐筆の作り方を日本の筆屋に学ばせたもんだから上記の仕儀と相成った。日下部鳴鶴は羊毫長鋒、しかも楊守敬から学んだ廻腕法で書く。中林梧竹は渡清して本場の書法を学び、あちらで特注した羊毫長々鋒の渾名が「鯰の髭」と来たかと思えば、晩年は長々鋒派から極端な短鋒派へと豹変。…実は大学時代に見習ったら温恭堂の「一掃千軍」や玉川堂の「則天」では物足りなくなって、妄想を膨らませた挙句イメージ上の「鯰の髭」を特注してみた事がある(6mm径90mm長)。そしたら見事に失敗(?)して「近代詩文書専用珍筆」みたいになっちまったけど、かと云って書けない事はない(教員時代も生徒の前で使って見せた)。本来の目的からしてみれば「一回り小さ過ぎた」って事なのかも知れない。つまり『梧竹五體法帖』(清雅堂)を演繹して所謂「立ち書きの法」で…と。そこでもサイズ指定のイメトレ時点で翠軒流が影響した。
 鈴木翠軒の使う筆は、普通サイズの玉川堂製「閑雲」以後、面相筆のバケモノみたいな「白狸毫」へと移った。それで半切五字大、尺八屏二行十四字大の行草を書いていたのだから凄まじい。普通の大筆ばかり使っている明清調の人(後輩の大学生)に初体験させたら誰もが戸惑っていた。しかしよくよく考えてみると、仮名の人って面相筆を使いこなしてるんだよなあ。~漢字と同様、翠軒の仮名は有名である。だからこそ和漢混淆文で本領発揮、翠軒の書簡は歴史の切断を超克する上で最重要の鍵となる可能性を秘めている。
 その翠軒が漢字の基礎を王羲之、空海、嵯峨天皇で鍛えた(天皇陛下の御下問にそう答えた)。中鋒用筆を漢字から抽出した上で、仮名と融合させるための手札とした。その交点に件の雑詠がある。仔細に見ると欧陽詢とは全く異なる用筆が散見され、側筆ですら「穂先が後から付いてくる」結果に過ぎないのだと諒解できる。しかし反面では筆毛自体の弾力に負う面が大きく、事によると羊毫主流の時代とは相容れない面があり過ぎるのかも知れない。そんなふうに捉えるなら、翠軒の古典主義感覚は方法論的な限界を含むがゆえに、未来志向型古典主義の手島右卿よりは比田井天来に近い立ち位置にあるかの様に思えてくる(右卿は嘗て洋画家を目指した事があるそうな)。
 漢字から仮名へと向かう歴史的文脈の中で、中国と日本との切断時代を後から日本に取り込もうとすれば必然的に摩擦が起こる。それを執拗に繰り返したのが開国後の日本だった。言い古された「脱亜入欧」なんて言葉とは無縁な世界がそこにある。戦前の日本は西洋ばかりを見ていたのではない。開国早々、支那文化の深奥にも早くから踏み込んでいたのである。そうした視点を欠くと憧憬と幻滅とのバランスが取れなくなる。保守の宿命は常に真の歴史から呪縛されている以上、「保守の自己欺瞞」は結果的に、昨今の自民党の様な疲弊状態を自ら招き寄せる事になるだろう。

(追記)
 以下は教員、愛好家、知識人、研究者その他の興味ある方々に宛てて。
 嘗て月刊『書道研究』1989.3号(萱原書房)の広告に載っていた、翠心会の自費出版らしき『翠軒書翰集』は今も在庫が何十冊かある(当時の広告には「残部僅少」とあるけれど)。そう断言する理由は、苹んとこに在庫の保管役を押しつけたきり、そのまんまになってるから(苦笑)。
 あたしゃ1999年に「学校教育フルボッコ」の覚悟を決めて以来、彼らとの関係一切を絶っている。と云うのも、翠心会の会長を含む青森市内のリーダー三人は高校書道教員だから。うち二名が既に退職、残る一名もそろそろ定年退職する筈。それを私は待っている。退職したらただの人、苹が何を書いても「迷惑だからヤメロ」は通用させない。
 注文したい人は、あちら宛に連絡どーぞ。昔の読売書法展の図録には住所など載ってるし。もし「在庫がありません」と云われたら、此処のカキコを根拠にしてみそ。「約十年前迄そちらのお世話になっていた渭苹さんが、処分に困ってるそうです」ってね。「引き取りたい」との連絡が来たら、その旨こちらで報告する予定です。…え? なぜ自分で売らないかって? 関係を断絶してても無断で売ったら着服になるでしょ。勿論ここで注文カキコされても困ります。私は関係ありません。あちらを通して下さいな。

(更に補記)
 紙巻筆ネタを昔どこに書いたか…見つけた。此処だった(汗)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7031&range=1



7648 【翠軒】追記の追記【書翰集】 苹@泥酔 2009/10/07 23:34

 『翠軒書翰集』ネタについて、念のため附記します。
 段ボール箱ごと車庫の階上に約二十年間放置しているため、今どんな状態になっているか未確認です(確認する気もない)。冬場の気温変化が稍や気になりますが、少なくとも車庫に雨漏りはありません。~本はかなり上質な装幀で表紙は裂地。さすが定価一万数千円するだけの事はある。細部の凝った仕様は鎌田雨溪氏(陶芸家でもある…最近は地元で新聞沙汰になった通り発明家の一面も?)が担当した筈。当時の発注先は遠藤雨山氏(今は翠心会の会長)宅。
 かれこれ十年くらい前になるかしら。本を持て余した苹が菊池翠汀氏(文筆名は五味汀子)に相談した事がありました。インターネットで再宣伝したらどうかと。その時の反応は「やめとけ」でした。そのうち朽ちるぞ(苦笑)。東京神田の飯島書店(書道関連古書店)あたりに纏めて引き取って貰う手もないではない筈なので、そちらに「なんとかならないか」と持ちかければ会長との直接交渉が成り立つかも。…とにかく苹はさっさと手を引きたい。大袈裟に云えば、いつ死ぬか分からぬ身なんだし(それにしては、ネット遺言の筈が何年も長続きしてるけどw)。また実際、そんなに冊数がある訳でもない。押しつけられた時に数えたら五十冊未満だった筈(とっくに忘れてるが、或いは二十数冊程度だったかも?)。
 そんなのテメエが連絡すればいいじゃん…と思う人が中には居るかも知れない。その人は多分、前稿で「彼らとの関係一切を絶っている」と書いた意味をよく理解していないのだろう。何処で何が繋がっているか分からない。私は青森県が組織ぐるみで行った教育偽装のネタをいくつか抱えている。~そう云や、先日は弘前市でパソコンソフトの不正使用が発覚してたっけ。何千万円か賠償するらしい。私の勤務した高校でも行われていたのになあ。教育界は市役所以上に保護されているって事なのかしら(具体的にはアドビのフォトショップとか)。

 最後にエピソードを一つ。
 ~何年か前の或る日、書店の外商部の人が本を配達しに来たそうな。いつも注文してくれるから…なのだろう。粗品を持ってきたのはいいが、それがなんと『翠軒書翰集』(笑)。そんなの十年以上前に買って持っているのは家人もよく知ってるから、怪訝に思って訳を聞いてみたそうな。…実は店でも持て余していたらしい。そこで「あそこの家は興味ありそうだから」ってんで持ってきた。帙はかなり日焼けしており、売り物になりそうもない状態だった(ただし中身は極上)。それだけ長い間、店頭で「見向きもされなかった」って事なのだろう(単に値段が高過ぎただけ…と云えば身も蓋もないが)。
 …てな訳で、件の段ボール箱(預かり物)とは別に私物の『翠軒書翰集』が二冊、書棚で位牌の様に並んでいる。(書棚は仏壇と似ている…いっそ書壇と呼んでみるか…いや、なんぼなんでもそれでは冗談の度が過ぎる…)

「恥を忍んで」13&「新稿の行方」01

苹@泥酔

2021/08/07 (Sat) 22:40:21

8附記&旧稿目次 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/02/05 (Sun) 00:09:23

附記&旧稿目次
 かの書展を見る前から書き始めていた新稿「其一」は、早い時点で概ね仕上がっている(セレブ奥様ブログ「2012/01/23 19:49」非表示コメント附載)。今は「其二」も含めて推敲中。…と云うのは、此度の再掲を契機に当板あらかた読み返したところ、大量の旧稿と重複する内容が気懸かりとなった次第。例えば「【再掲】「俺妹」受難曲11」稿(↓)の場合、こんな表現がある。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7361138
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> 先日NHK繋がりでNo.7861を書いた後、話はNo.7870へと脱線していった。…中には薄々勘付いている人も居るだろう。そこには「実技なき書教育は可能か」という視点が含まれている事を。
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 たぶん、出すまで相応の時間が要る。初稿のままで構わないなら、早ければ明日にでも。尤も進捗状況次第では、遅ければ一月後か、或いは。
 思い起こせば二十年以上前から、いづれ雨声会(と云うよりは鎌田先生か)と距離を置く事になるだろうと予感はしていた。「実技を必要としない書道」と「社中を必要としない書道」は表裏一体の関係にある。そこに学校がどう関わるか。~先日2chで、こんな事を書いた(原文では改行あり↓)。
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>616 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/12/17(土) 05:02:37.02
>>書道界の間違いは、鑑賞者を書道界の中に作ったことでは?しかも作り手の側に。
>>>615はそのものズバリだなあ。学校では部活動に引っこ抜いて、卒業したら門人にする。うまく事が運ぶほど、生徒は書き手にならざるを得ない。書かない門人など考えられない。しかし授業なら話は別。書道選択者は門人でない。彼らが鑑賞者となっていくはずだった。部活そっちのけ、全力で授業やる先生いるのかね。極端な話、授業なら書道が嫌いでいい。それでも部活より高度な内容を授業で仕込む。嫌々やる生徒は多かろう。卒業でサヨナラ。後は筆を持たないかもしれない。でも古文書が読める。古典の知識がある。見方もわかる。それが鑑賞者の素養になる。学校以外に育てる場所はない。社中では書き手しか育たない。どんなに受験勉強が嫌でも後で役立ったりする。それと同じ事が学校書道で何故できない。嫌われるのがこわいから部活の生徒相手にひきこもる。確かに生徒は育つ。書き手になる。合宿で生徒いてこましてクビになるのも互いの不幸。授業の方がよほど安心安全だと思う。
--------------------------------------------------------------------------------

 さて。
 此度「旧板No.7240に始まるスレッド」を転載した訳だが、念のため旧板絶滅直後にグーグルのキャッシュからコピペした旧稿群を参照したところ、より大きなツリーに含まれる階層の一つに過ぎなかったらしい(因みに苹は、スレッドとツリーの区別が付かない)。
 手元に残る当該ツリーの目次は下記の通り(手作業の本文削除により作成)。投稿順序に若干の乱れがあるのは、表示順序の前後で各稿が別の階層に属するためである。(No.7278は闖入者の宣伝投稿なので無視されたし。)

(当該ツリー順番)
7285 今夜はヒマネタ… 苹@泥酔 2008/09/29 20:42
7288 Re:今夜はヒマネタ… ミッドナイト・蘭 2008/10/16 21:00
7289 Re:今夜はヒマネタ… ミッドナイト・蘭 2008/10/16 21:05
7298 久々なのにヒマネタ御免 苹@泥酔 2008/11/28 00:39
7284 散々良い思いをしてきて今更泣き言とは、もう一度良い思いをしたいのか 福田恒存をやっつける会会長 2008/09/27 11:15
7277 気が向いたから、長くしてみる… 苹 2008/09/11 21:39
7279 気が向いたから、長くしてみる…(其二) 苹@泥酔 2008/09/18 23:44
7280 追記 苹@泥酔 2008/09/21 19:29
7281 Re:追記 ミッドナイト・蘭 2008/09/22 18:05
7278 超特価四点セット3980円 Max-Xtender増 alibaba168 2008/09/15 11:40
7273 京大教授中西輝政氏のありがたいお言葉 福田恒存をやっつける会会長 2008/09/03 21:43
7275 Re:京大教授中西輝政氏のありがたいお言葉 ミッドナイト・蘭 2008/09/06 08:24
7272 いやはや、忙しい^^; ミッドナイト・蘭 2008/08/31 21:26
7271 ググれば心なごむwikiのひととき(?) 苹@泥酔 2008/08/27 00:27
7268 ちょいと忙しい^^; ミッドナイト・蘭 2008/08/25 21:13
7240 業務連絡 しおりさんへ ミッドナイト・蘭 2008/08/11 22:33
7241 取り敢えず、レス。 苹@泥酔 2008/08/13 00:21
7247 Re:書道の教科書を書いたかた 蘭@携帯 2008/08/15 09:25
7257 レス&呪い 苹@泥酔 2008/08/16 21:49
7261 Re:レス&呪い ミッドナイト・蘭 2008/08/18 22:14
7262 余談の余談 苹@泥酔 2008/08/19 00:18
7263 Re:余談の余談 ミッドナイト・蘭 2008/08/19 22:22
7264 余談の余談の続き 苹@泥酔 2008/08/21 00:49
7265 Re:余談の余談の続き ミッドナイト・蘭 2008/08/21 22:33
7266 余談の余談の続きの蛇足 苹@泥酔 2008/08/22 02:44
7317 あけおめ、ことよろ。 苹@泥酔 2009/01/02 01:11
7318 あお、こよ。(更に略^_^;) ミッドナイト・蘭@職場 2009/01/02 07:49
7584 石原都知事は非正規雇用九割を黙認? 苹@泥酔 2009/07/04 02:12
7617 「教育右翼」達の逆襲 苹@泥酔 2009/08/14 23:29
7620 恥を忍んで(其一) 苹@泥酔 2009/08/21 01:26
7623 恥を忍んで(其二) 苹@泥酔 2009/08/23 04:16
7624 恥を忍んで(其三) 苹 2009/08/24 06:57
7625 恥を忍んで(其四) 苹@泥酔 2009/08/25 01:26
7626 恥を忍んで(其五) 苹@泥酔 2009/08/25 23:31
7628 文部科学省への復讐? 苹@反日実験人格 2009/09/04 06:59
7629 「ひとへにかぜのまへの…」(!?) 苹@泥酔 2009/09/07 23:19
7631 【補記】鳩山、山川。 苹 2009/09/18 06:20
7633 「ハコモノ限界集落」への道 苹@泥酔 2009/09/19 22:21
7727 口先のパラダイム 苹 2010/02/23 23:40
7734 「書道美術新聞」雑感 苹@泥酔 2010/03/09 23:49
7738 【No.7734補記】シミュラークルの戯れ 苹@泥酔 2010/03/26 20:17
7740 高教研の思い出 苹@泥酔 2010/04/05 00:39
7789 【備忘録】教員配置と学級定員 苹@泥酔 2010/08/03 20:12
7586 班単位授業の思い出 苹@泥酔 2009/07/09 20:45
7588 No.7586の続き(改稿) 苹@泥酔 2009/07/11 21:29
7594 【No.7588補記】「夢奠帖」全文 苹@泥酔 2009/07/16 22:58
7598 「夢奠」ネタの続き 苹@泥酔 2009/07/17 21:04
7646 「夢奠」ネタから翠軒へ 苹@泥酔 2009/10/02 01:57
7648 【翠軒】追記の追記【書翰集】 苹@泥酔 2009/10/07 23:34



4【明晩削除稿】新稿の行方 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/02/06 (Mon) 00:45:58

【明晩削除稿】新稿の行方
 以下はセレブ奥様ブログに書いたコメント全文で、後半(と云うか殆ど)が例のもの。2ch投稿の四、五日後から書き始め、書展を見た1.21以後に続きをあれこれ書いた。1.23はコメント冒頭に掲げたバナナ様のサイトを閲覧。「パロディ」「主宰者(教祖的存在)」といった言い回しとの類似ばかりでなく、オウム事件と書道界との比較に目が向いた途端、戸惑いと共に打鍵の手が止まった。それからは拙稿、遅々として進まない。
 そんな次第であるから、新稿「其一」を出すまで少なくとも半月以上かかると思っていただきたい。もしかしたら続稿に期待する奇特な閲覧者が居るかも知れないので、お詫びに下記稿を明晩削除の予定で掲出する。夜八時を過ぎた頃には削除できると思う。

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> 西尾先生の本(既に絶版?)をネット上で連載している人がいます。著者にしてみれば不本意でしょうが、読者にしてみれば手に入らない本を読めるのは有難い。
http://blog.livedoor.jp/bananahiroshi/archives/52115792.html
> 「宗教に対する歴史の復権あるいはニーチェとブルクハルト」は『自由の恐怖』に出てくる一節との事。大いに心を揺さぶられました。これは是非、全集の方で読まねば。
> と云うのは、此処に書いた拙稿との関連以外にも理由があります。実作から遠離った今もなお本気で書道に目を向けていると、宗教臭い感じが付き纏うばかりか、学べば学ぶほどそうした印象が強くなってくる。学校教育と社中教育との距離や違和感が昔から気になって居りました。それについて書いている矢先でした。丁度ここまで書いた後(稿末附録参照↓)、上記の文章を読んだ次第。
> 表示稿で紹介したいくらい面白いのではありますが、それをやると奥様や先生が「見なかった事にする」訳にはいかなくなるかも知れない。私はもっと読みたい。西尾先生の言葉に触れたい。あと、もう少しです。私がニーチェの勉強を始めるまでは。ただ余計な心配があるとすれば、それを始める頃の私は既に発狂しているのではないか(或いは、発狂できないのではないか)という事です。感化の代償には犠牲を伴うかも知れない。発狂するニーチェより、まともなヒトラーの方が恐ろしいのと同じ事です。
>
>
>(附録)
>実技なき書教育(其一)
> どの程度まで可能か分からぬが、ひねくれた話である事に変わりはない。しかしよくよく考えてみると、むしろ「ひねくれ方が足りないから」芸術は偏見含みで語られがちになるのではないかという気もしてくる。そもそも誰もがうまく演奏したり揮毫したりできる訳ではない。しかしコツ次第では或る程度の所まで行ける。江戸時代に遡ると益々そんな気がしてくる。巷間の文字はコツだらけで、それを顧みない明治以降の書教育が間違っていたのではと思われるほどである。「書く世界」の前に、先ず「読む世界」があった。言い換えるなら、読み自体が書くコツそのものを動機付けていた。
> 嘘か真か分からぬが、ちょいと昔の西洋では音楽を自ら家庭で演奏して楽しんでいたそうな。そうしたニーズに向けて有象無象の作曲家達が、例えばシューベルトがリートなどを色々と書く。歌曲やピアノ五重奏曲で「鱒」の主題を使い回したりするのは前々からあった事。他人の主題で変奏曲か何かを二次創作するケースも多かった。今風に云えば「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用」した事になるのかいな。今年のニュー・イヤー・コンサート(ヤンソンス指揮)ではシュトラウス自作の転用やらビゼーの《カルメン》やら、冒頭から改作てんこ盛り状態となっていたのが面白かったが、ああした楽しみは元々ご家庭内での営みが土壌にある。以前カラヤン盤で聴いたゾンタークのニーベルンゲン行進曲の場合はパロディ音楽かと耳を疑ったものの、そんな聴き方が却って偏見を含んでいるのかも知れない。日本では学徒出陣で使われた抜刀隊行進曲が改作例の一つだが、あれを軍歌のパロディと思う者は誰一人として居るまい。
>・文部省映画「学徒出陣」より
http://www.youtube.com/watch?v=iEd1WI-3mSU
>・軍歌「抜刀隊」
http://www.youtube.com/watch?v=MEYBMpk4ZUM
>・ニーベルンゲン行進曲
http://www.youtube.com/watch?v=TsSG9Fi73AE
> 書道の場合はパロディと似て、或る種の飄逸(反語的諧謔?)に妙味が宿ったりする。それを淡々と理解できるか否かが問題で、ここに教養芸術としての在り方が表象する。他方、読書目的の文字はスラスラ読める書きぶりが写本や木版印刷で普及していた。云わば手習いとは別の所で「読むコツ」から「観るコツ」への円滑な接続がなされていた訳だが、それが直ちに「書くコツ」への円滑な拡張をも意味するとは限らない。概ね画一的な「読むための字」なら誰でも書ける。それが個々人の基礎となり、やがて知識や経験の蓄積に伴う書きぶり自体の経年変化が顕著となっていく。そうした意味では書風というもの必ずしも自覚的とは限らず、むしろ自覚的な「書きぶりの抑制」が書道の格調維持に役立っていた。芸術名目で個性の暴走を煽る現代と違って、ここでは抑制された個性に蓄積された格調が「暴走なき個性」の表出を準備し、かつコントロールする。だから書きぶりは平凡であるほど好もしく、書きやすく読みやすい。ところが明治時代になると、こうした平凡さの基準が根本的に揺らぎ始める。
> 絡む話を先日2chで素描してみた(↓)。冗長になりがちな苹の場合、あそこは短く纏める訓練になる。ただし再掲の都合上、一々改行はしない。原稿の多くは四十字毎に句点がくる様に推敲しているが、それが裏目に出たのか傍目の印象、かなり「四角い」らしい。
>--------------------------------------------------------------------------------
>>854 :わたしはダリ?名無しさん?:2012/01/10(火) 20:01:34.01
>>結局なにをしても書道が古臭いイメージを引きずるのなら、いっそ開き直ればどうなる。徹底して面白くない、書壇の誰もが芸術と評価しない、とっくの昔に見捨てられた書道。だから教えてくれる先生がいない。今の人には手本が難しすぎる。たまに虫食いがある。よほど目習いしないと、唐様や他の流儀書道とも区別しにくくなっちまったな、御家流。実用本位。小筆の世界。そもそも作品や展覧会の概念がない。ならば写本でもつくるか。神田の古書店と連携した、新品写本の即売会。種本は古書店が用意してくれるとしたら。
>--------------------------------------------------------------------------------
>>859 :わたしはダリ?名無しさん?:2012/01/11(水) 19:24:09.03
>>明治以降、御家流の中から良質なものを後世に残そうとする努力はなされたのだろうか。仮名方面では難波津会などが古筆を取り入れつつも、幕末の遺風は概ね継承された様子。対して和様漢字は全滅に向かったのが致命的。いつまでも仮名ばかりでは生きられない。かといって、御家流に出戻るわけにもいかない。結局は維新前の五百年が失われたまま。すると日本全国、仮名は古筆のバケモノに、漢字は唐様・支那風の植民地に成り果てた。漢字仮名交じり書が文士の筆跡に偏るのは、それ以前のが既に読めなくなっているから。歴史と伝統の切断をもたらした五百年の空白を埋めるには先ず、御家流を再評価せねば。…しかし手本がない。管理する古文書学の連中は、美的価値に無頓着すぎるのだ・・・
>--------------------------------------------------------------------------------
> バケモノ呼ばわりとは失礼な…などと怒らないで欲しい。あほらしい言葉を交えるのが約束事となっている面もあるらしい。あたしゃ専門家にしか読まれない(or誰も読まない?)論文を書くよりも、ネット上の落書きを真面目に書く方が性に合っている。
>
> 本は、読まれるために書かれる。~ならば書は?
> あまり考えたくない事だが、書道界自体が書道を壊滅させる一因になったのではなかろうか。審美的な振る舞いを強調する余り、お世辞にも美しいとは云えない文字文化まで過度に蹴散らしてしまった。読まれる事より見られる事を優先し、なおかつ書流各々の美的基準で細分化された見方を標榜する。それが文学や言語学などの側から見てどれほど価値のある事なのか、納得できるレベルで明言した書家を私は知らない。もちろん美的表現については誰もが一家言ある。文学的素養のある書家も確かに居る。しかしそれはあくまで個々人の美的姿勢に関わる箴言めいたものであり、外向きの批評ではない。畑違いの領分を不用意に批評すべきでないのが予め分かっているからだとも云えるが、それが必然的に白眼視へと繋がるのなら、他人の言葉を書く表現自体が批評行為と同質である事を無視するかのごとく振る舞うのにも不思議と納得がいくから面倒だ。なにしろ相手の大半は古典。死者の群れが遺した言葉を一方的に写すばかりでなく、そこに創意工夫を加えるからこそ作品の作品たる存在理由が成り立ってくる。自作の詩文を書く人は居ても、まだ生きている他人の言葉を書く人は多くない(ここは控え目な表現としているが、実はその手の作品を見た記憶がない)。
> もし、種本の著者が審査員になったら書家はどうするのか。工夫を凝らしたり、或いは感動に正直に書いたものを、著者に見せたら「私のとは違うなあ」。好き嫌いならまだ言い訳が立つ。違うと云われたらどうするのか。音楽の場合、小澤征爾の指揮する初演に作曲家メシアンが立ち会うのは珍しくない。ストラヴィンスキーは自作のバレエ音楽《春の祭典》を指揮者カラヤンが録音したのを聴いて違和感を持った様だが、自作自演盤(CBS)が最高の出来かと云えば存外そうでもないらしい。指揮者兼作曲家のR・シュトラウスは誰もが認める玄人で、グラモフォンやシャルプラッテンからは自作自演録音が出ている。デジタル録音のカラヤン盤やプレヴィン盤がある時代、音の悪い1944年録音を聴くのは耳に覚悟が要る。同時代のフルトヴェングラー指揮でも同じ事。しかし書や絵画はそれとも違う。現物を今、機会さえあれば生々しく見る事ができる。
> ヒントの一つは「聴かない音楽鑑賞」にある。それまで聴いてきたレコードの記憶のみ反芻し、専ら脳内で味わい直す事で逆に「記憶をオリジナル音源から切り離す」。~よくよく考えてみれば分かる筈。その昔、録音再生技術も写真術もなかった時代、見聞きした事の回想/再現を誰もが記憶に頼っていた。手遅れ寸前になって初めて、その意味が甦る。記憶の領分を再現技術に委ねると、客観的様相はやがて記憶の恣意性を恰も虐げるがごとく審判する様になるが、そうした場で審判される側が他ならぬ主観自身である事に気付く必要自体、記憶の疎外に至った段階で記憶自体の意味をも包括的に再現し始める。
>(中略~未執筆)
> 今回、雨声会書作展に行ってみてよく分かったのは、私はもう翠軒側の人間ではないのだな、という事だった。すると何か、心の靄の晴れた様な気がした。これまで翠軒を贔屓し過ぎていたのかも知れない。翠軒の源流に関心があるのは全く変わりがないけれど、翠軒以後への関心が確実に薄れつつあるのを却って自覚させられた。当方そこまでは考えていなかった。迂闊である。天来以後は翠軒が書字史の防波堤になるかと思っていたが、どうやら青森県の書教育を振り返ると、和漢の伝統や系譜を明治の新興「国語」と調和させようとしたかのごとき努力の印象も所詮は徒花に過ぎなかった様である。高校時代から読んできた宮川翠雨の格調高き文章は、もはや役立ちそうにない。書道は現代に押し返された。社中は社中で、勝手に引き籠もる時代となる。教育界は内心、それを支援するだろう。書教育は今後エンターテイメントへと向かう。その中に伝統が歪曲されつつ包含され、従来以上に美化された挙句、ツマラナイ書字文化の撲滅に加担する(古文書との訣別)。
>(中略~未執筆)
> もし教育界に芸術科書道という高校科目を存続させる意思があるならば、教育現場から社中の影響力を可能な限り排除すべきだろう。一般的な組合と比べ、社中は主宰者(教祖的存在)に依拠した恣意的な傾きを本源的に宿す。私が高校在職中に翠軒流の競書誌『北雲』を部活動で用いなかったのも、また前任者が活用していた『北門書道』誌を継承しなかったのも、みな同じ理由による。どのみち実技には書流の影響が伴う以上、「実技なき書教育」の模索は私にとって必然であった。生徒の誰もが特定流派に偏らぬ無垢の基礎を身に付け、学校とは別の教育環境=社中でそれを生かせるならば、学校に寄生した社中のスナイパー達が基礎教育を代行する必要はなくなる。真っ当な書道教員採用試験を受験した合格者達が指導すればよい。それを阻んでいるのが県教育庁や管理職、偏見に満ちた現場の教員達である。もし生徒が学校書道で字が読める様になるならば、大学で国文学、中国文学、歴史学などを専攻させる側にとっては基礎指導の手間が省けるに相違ない。しかし教員の大多数はそう考えない。書道は実技中心の芸術科目であり、国語や歴史などの所謂「学問」とは全く関係がないと思い込んでいる。だからこそ、実技を専門に扱う社中が要請される。それに見合う社中の手練れだけが、学校に教員として寄生できる。
> 理科教育は受験システムに適応した。高校や大学の入試には実験「実技」がないのに、なぜ授業で実験などせねばならぬのか。他に勉強する事がいくらでもあり、現にそちらを優先している。同じ感覚で云うならば、大学書道科の受験者以外への書道実技指導は必要ない筈である。書塾か部活動でやればよいだろう。そもそも大学進学を目的とする高校は、高校を偽装した進学予備校である。論より証拠、開き直った節のある管理職がゴマンと居る。中には学習指導要領を否定して「教育に芸術は必要ない」と言い切った教頭~後の市教育長も居る。氏の矜持や信念を尊重して実名を記す。佐藤信隆、元青森県弘前市教育長。そのうち叙勲されるだろう。
>(以下、未執筆)
>【2012/01/23 19:49】 | # [ 編集]
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「新稿の行方」02

苹@泥酔

2021/08/28 (Sat) 19:13:06

8「近況補記」稿の補記 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/02/17 (Fri) 01:17:54

「近況補記」稿の補記
 予定の新稿、なかなか続きを書く気になれない。セレブ奥様ブログの洗濯機ネタに託けては内心「何か使えそうなネタが思い付かないかなあ」と、このところアレコレ脱線しながら書き込んでいる(↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1252.html#comment
 そんな最中、此処の「近況補記」稿(2012/01/21 (Sat) 19:37:56)を読み返して気付いた事がある。あちら奥様ブログの「2009.04.20 (23:01)」稿で、私は「昨年クリスマスの拙稿で触れたフォード本の場合」云々と書いた。その時のを久々に確認したところ、非表示稿だった事が判明。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1149
 大袈裟に考えると、西尾幹二『天皇と原爆』(↑)のネタからは「苹に誑かされた西尾センセ」って構図が思い浮かばぬでもない。…同書は既に買ってある。ただし『WiLL』や『正論』共々、未だ車の中に置きっぱなし。書店では立ち読みしなかった。しかしネット上で見る目次は、ともすれば物騒と云えなくもない。なにしろ「闇の宗教」が出てくる(↓)。この表現を初めて見たのは『諸君!』2009.6号の「白熱8人ラスト大座談会」記事で、こんな遣り取りがある(P.236)。それぞれ西尾幹二、宮崎哲弥、田久保忠衛。
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> 西尾 それはわかりますが、そうしたアメリカの脈絡なき挙動の裏にいったいなにがあるのか。
> 私は、アメリカは一種の「闇の宗教」をかかえているとみています。
> 宮崎 や、闇の宗教!?
> 田久保 おいおい、そりゃ社会科学じゃないでしょう。西尾さん、いい加減にしてくださいよ(苦笑)。
> 西尾 いやいや、いいかたが悪かった(苦笑)。近代国民国家は、ヨーロッパにせよ日本にせよ、中世、つまり封建制をへて民主国家になった。しかし、アメリカは中世をへていない。ピューリタンの国で、「きれいごと」を言わないと身が持たない。それでいて中世のヒューマニズムを知らないので、古代奴隷制をそのまま受け継いだような部分がある。
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 もしユダヤ絡みのクレームが来て絶版になるとしたら、問題になりそうな部分は拙稿と若干の関わりがあるかも知れない。そこで念のため、どんな契機で話題が脱線して行ったのか、その辺の事情を明らかにして置きたい。
 まだ読みもしないうちから変な妄想をするのはどうかと思うが、西尾先生の本は上梓後十年も経たぬうちに絶版となるケース(PHPとか)が結構ある気がするので、取り敢えず買って置くに越した事はなかろう。


(以下、旧稿再掲)

 今年のイヴは羽目を外して脱線話(いつもの通り非表示ね)。~今日は焚書本の続巻を買ったついでに『WiLL』二月号も仕入れてきた。パラパラ捲ってたら目に留まったのがP.189、下記の通り焚書本への言及がある(秦郁彦)。
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> だが、一九三〇年代から四〇年代にかけて(今もそうだが)、わが国の書店にはコミンテルン、ユダヤ、秘密結社フリー・メーソンなどの陰謀を警告したり、本当に悪いのはイギリスだというたぐいの本が並んでいた。小学生だった私も、わくわくしながら何冊かを読んだ記憶がある。
> 近刊の西尾幹二『GHQ焚書図書開封』(一部は本誌一月号で紹介されている)には、この種の図書もふくまれているが、無知のゆえではなく、知りつつだまされたのでも免罪してもらえるのだろうか。
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 なんか「焚書本にはトンデモ本も紹介されてるよ」と言いたげな書きぶりだが、これを見た途端すっかり忘れていた一冊を思い出したのだから感謝感激あめあられ。…ホレ、世に「果報は寝て待て」と云うではないか(なんのこっちゃ)。

 その本の奥付を見ると1993.8.31の発行とあるから、その頃に新刊書棚で見つけたのだろう。どうやら合本構成みたい。先ずは「編・訳者前書」から引用(↓)。
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> 本書はHenry Ford Sr.;"The International Jew" 1920の翻訳である。私が所持している原書は、一九二〇年に初版が出てから二十八年後の一九四八年にイギリスで出版されたものの復刻版で、アメリカのEmissary Publications(9205 SE Clackamas Rd.,#1776 Clackamas OR 97015)から購入したものであるが、初版本と内容が大きく異なると推測されたので(重なる部分もある)入手しようとしたが果たせなかった。そこでやむをえず、昭和二年(一九二七)に日本でドイツ語訳本から邦訳された『世界猶太人網』(二松堂書店、包荒子訳)を底本とし、前記の原書を参考にしながら、現在の読者の便宜をはかって現代日本語に編集しなおした。いささか面倒な手続きを踏んだが、時代の流れに大きく棹さした本書の影響力を見たような気がする。
> 本書の著者のヘンリー・フォード(一八六三~一九四七)とは、あのT型フォードで一世を風靡した自動車王本人である。その彼が、なぜユダヤ問題にこれほどまで深く関与することになったのか――きっかけは次のような彼自身の体験にある。
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 …以前デパートの催事場で古本市を覗いた時、戦前の『わが闘争』邦訳を見つけて立ち読みした事がある。一部割愛した箇所がある旨の断り書きに「さもありなん」と思った。洋書の邦訳は古来ゴマンとあるから、秦先生が美少年時代に読んだ本にも当然それらが含まれていた事だろう。大体の中身は覚えていても、著者名まで記憶に残っているかどうか(当時の日記に書いたのが今も残っているなら話は別だが)。
 つまりねぇ、日本人のトンデモ感覚は元々が西洋のトンデモ譲りだって事。トンデモ本を輸入して、それを元にして日本人があれこれ書いた。そうでもしなきゃ、コミンテルン、ユダヤ、フリーメーソン等々について妄想を膨らませるのはキツイぜ。しかも突然に思い出した本の著者がアメリカの自動車王と来れば、権威に弱い日本人の端くれとしてはメロメロになるっしょ、普通。現に私がこの本を買った最大の理由は著者名だったもん(内容は購入当時どうでもよかった)。
 戦前どんな風説が「国際的に」流布されていたかを知らずして、ドイツ第三帝国のホロコーストを理解する事は出来ない。それと同じ事が日本にもアメリカにも云える筈。~「正しさ」にも色々ある。「風説含み」の時代理解として正しく理解する方法もあれば、時代感覚を犠牲にしてまで「本当の正しさ」を追究する方法もある。そして両者は必ずしも相容れないとは限らない。前者は後者を包含できるが、後者は前者を包含できないかも知れない。中には、「正しさ」を追究したら「生きた文化」が消化不良に陥ったケースもある(私の場合は楷行草の変遷研究事例を挙げたけど)。
 …中盤に出てくる「編・訳者序」も引用しとこうか(↓)。
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> 本編は、昭和十五年に日本で出版された『ユダヤ議定書』(エス・ニールス編/久保田栄吉訳)を底本にし、同年にアメリカで出版されたGeorge Armstrong;"The Rothschild Money Trust"(邦訳『ロスチャイルド 世界金権王朝』徳間書店)と日本で出版された『世界の猶太人網』(ヘンリー・フォード著/包荒子訳)に所収の議定文、および昭和九年にイギリスで出版されたVictor E.Marsden;"The Protocols of The Meetings of The Learned Elders of Zion"を参考に、今日の読者が読みやすいように編集し直したものである。
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 色々なのが出てたのね。…問題は次の「編・訳者後書」。先ずは御覧あれ(↓)。
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> すでに邦訳が完了して各方面に流れている文書がある。それはこの六十年間に三度も発禁になったという。一度目は一九三三年、二度目は一九八二年、三度目は一九八三年のことである。
> 私が入手したのは三度目のもので、その扉を見るとTHE FINANCIAL SOURCES OF NATIONAL SOCIALISM : HITLER'S SECRET BACKERS by Sidney Warburg(Translated by J.G.Schoup)そして出版社は、RESEARCH PUBLICATIONS,INC.PHOENIX,AZ 1983となっている。
> 日本語になおすと『国家社会主義の財源――ヒットラーの陰の支援者』シドニー・ワーバーグ著(J・G・チョープ訳)で、版元はアメリカのアリゾナ州フェニックス社から一九八三年に発行とある。
> 興味ある文書だったので、入手した段階で早速アメリカの版元に問い合わせてみたところ、「うちではそんなものは出していません」との回答を得た。三度目の発禁があったと判断したので自由に使わせていただくことにした。
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 なにやらこの本、「アメリカの銀行家達がナチス創設支援に数千万ドル提供」って内容だそうな。そりゃ発禁になるわな(苦笑)。
 気になったのは、戦前も戦後も一貫して続いてる「発禁」の流れ。西尾先生の云う「焚書」ってぇのは、GHQが日本に「発禁文化」を恒常的に(!)持ち込もうとした嚆矢だったのではなかろうかって事。そう捉えて構わないなら、日本が戦後ずーっと「発禁」を続けていてもおかしくなかった事になる。それを「焚書」と最初に呼んだのは誰だったのかな。「発禁」と「焚書」とでは明らかに言葉のインパクトが違う。
 ドイツでは1982.12.1の出版予定が潰された模様。1983年アメリカ本の編集者コメントには、1933年オランダ初版本に関するこんな内容があるそうな(↓)。
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> だが本棚に並んだのはわずか数日であった。破却されたのである。すべての本は――偶然に残った三冊以外――本屋からもち出され、本棚から姿を消した。
> そして、このことは極秘のうちに実行された。
> 生き残った三冊のうちの一冊はイギリスに落ちのび、英語に翻訳されて大英博物館に保管された。オランダ語本と英訳本はのちに閲覧図書から外され、現在では調査のためであっても“利用不可”となっている。
> また、オランダ語本の二冊目については、オーストリアのチャンセラー・シュッツニング(Chancellor Schussningg)が入手したが、現在は所在不明である。
> 三冊目はスイスに落ちのび、一九四七年にドイツ語に翻訳された。この独訳本は数年前私がチューリッヒのSchweizerichen Sozialarchivで発見したが、それにはオランダ語からドイツ語に訳した翻訳者の宣誓書と本の批評が付けられていた。私は独訳本を数部コピーし、英訳を依頼した。それが読者がこれから目にする英訳である。
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 気のせいか、このコメントからは胡散臭さが感じられるけど…実際どうなのかしら。こんなネタをシコシコ書き綴るなんて、今年はいつになく暇…じゃなくてロマンチック(?)なイヴになったみたいだなあ。…あ、そうか。いっそ悪乗りして、この際「西尾先生へのクリスマス・プレゼント」に仕立てちまえばいいんだ(爆)。
 でも上記種本は島講一の編・訳による『国際ユダヤ人』(徳間書店)だから、西尾先生ならとっくの昔に編集者経由か自前で入手済みの可能性が高いし…。まあいいや。ここは一つ丸投げって事で、奥様の采配にお任せしよう。
2008.12.25 (03:45) / / [EDIT]



8移転通知を忘れていました… ( EmmanuelChanel ) New!!
2012/02/25 (Sat) 12:38:00
先月末に,自宅鯖のころころ変わる IP を一つのホスト名でアクセス出来るようにしてくれる, Dynamic DNS サイトとして,私はチャット友達が趣味でやっている, DDNS.Kamyu.Net を使っているのですが,終了するという通知を受けとり,それで,新しく, MyDNS.JP というところの同じサービスに登録し,自宅鯖サイトの URI を変更していました.ですが,ここに移転通知を出すのを忘れていました.すみません.
その移転先は, emmanuelc.yuuna.org を emmanuelc.dix.asia に変えただけのものでしたが,今日, 2ch:ハングル板の”TGV より新幹線”スレの過去ログサイトを昨夜移転したので,新しい URI は現在以下の通りです.
ホームページ/英語ブログ http://www.emmanuelc.dix.asia/
日本語ブログ http://www.emmanuelc.dix.asia/ja/
掲示板 http://forums.emmanuelc.dix.asia/
リンク集 http://www.emmanuelc.dix.asia/links/
TGVより新幹線 & 台湾新幹線 過去ログ http://ktxlog.emmanuelc.dix.asia/
Yahoo! Japan 掲示板 検索 http://yarchive.emmanuelc.dix.asia/

北の狼ファンクラブ リンク集 復活版
http://www.emmanuelc.dix.asia/links/kitanoookami.html
運営 / Operation フォーラム
http://forums.emmanuelc.dix.asia/viewforum.php?f=2
P.S.
上の登録制のメイン掲示板の他に,無料スペースに予備掲示板として,以下
画像アップ機能つき 予備掲示板
http://popup.tok2.com/home/chanel/board/imgboard.cgi

無題

拡散

2021/07/23 (Fri) 08:22:55


件名

コロナウイルスを増やしてるのは、【米国防総省】米国スパイのゴミども

感染、症状もこいつらが作り出してる

〈本題〉

【創価の魔の正体は米国のAI(人工知能)】

創価を日本統治に利用してる組織がCIA(極悪スパイ)

学会員は頻繁に病気や事故に遭うから、信者は皆、魔(仏罰、現証)にやられてると思ってる

学会活動に励んだら病状が良くなるから、多くの信者が、数百万、何千万円ものお布施をする

Alが作った病気をAlが弱めて、病状が良くなったように見せかけ、莫大なお布施をさせる

10年前の創価の財務が年間2,500億円(無税)、1日あたり6億8,500万円

資産が10兆円超え、世界1位の企業だったトヨタ以上の資産額

米国スパイが、軍事技術でイカサマして集めたお金

腹痛、腰痛等の痛み全般、病気、悪臭、争い、うつ病、認知症、自殺、殺人、事故、火災、台風、地震など

この世のほぼ全ての災いを【米国防総省】がAIを使った軍事技術で、秘密裏に作り出してる

北朝鮮を操ってミサイルを打たせたり、蚊を操って刺させたり

雑菌を増やして耐え難い臭いにしたり、蚊、コバエを増やしたりもする

同じ手法で、コロナウイルスも増やす

AIを用いたレジ不要のコンビニ

このコンビニは、人の動き、音声、商品棚の重さ等をAIが調べて、お客が商品を持って出ると、スマホで自動精算されるので、レジが不要

この仕組みからわかる事は、AIは多くの人の言動を見逃さずに、1度に管理出来るって事

このAIの技術を【米国防総省】が悪用し、人工衛星を使い、全人類を24時間365日体制で管理して、学会員や悪さした人を病気にしたり、事故らせたりして災いを与える

こんなに大規模な犯罪なのに、世間に浸透してないのは、AIが遠隔から各個人の生活を管理して、生活に沿った、病気や痛みを与えてきたから

重い物を持ったら腕に痛みを与えたり、ツラい事があったら、うつにしたり

スパイの犯行だから、相手に覚られず、私生活に便乗して、違和感を持たせずやる

【この犯罪の主犯は米国防総省】

的確に攻撃するGPSは、米国防総省が軍事目的で開発、管理運用もここがする

全人類を管理してるAlを使ってスパイ活動するNSA(政府)も、米国防総省の管轄なので、この犯罪は米国スパイによる犯罪

騒音攻撃に至っては、救急車の音で嫌がらせする為に、AIが遠隔から痛みを与えて病人を作り出すし

パトカーが付きまといをする集団ストーカーは、Alが警官を操って、いかにも警察が嫌がらせしてるように工作

「救急車、ノイズキャンペーン」「パトカー、集スト」等で検索すると出る

行く所行く所で周りの人が咳払いしたり、くしゃみをしたりする集ストは、AIが被害者の周りの人に周波を当てて、咳払いやくしゃみをさせてるだけ

いかにも集団でストーカーしてると思わせて、心理的な痛手を負わせる

咳をした時の周波数と同じ周波を当てると、人為的に咳を出させる事ができる

TBSラジオ90.5MHz、ニッポン放送93.0MHzに周波数を合わせると、これらのラジオを聴ける

これと同じように、周波数を変える事で、意識操作や精神疾患を作り出す

蛍光灯に虫が集まるのは、ある決まった周波数の紫外線に、吸い寄せられてるから

虫ですら周波で操作が可能

家の中に害虫を呼び込んだり、カラスを屋根の上に集めて暴れさせたり鳴かせたり、犬を吠えさせる嫌がらせ等も、AIが軍事技術を用いてやる

27~38Hzで不眠に、48~55Hzで喘息に、88Hzで片頭痛が引き起こされる

それぞれの病気が、それぞれ決まった周波数を持つ

これらの周波数と同じ周波を当てれば、どんな病気でも作り出せる

周波(波動)は目に見えんから証拠が残らん、だからやりたい放題やる

国が周波を見えるようにして、こいつらの動きを監視すれば、この犯罪は激減する

この犯罪を終わらせる鍵は、宗教法人への課税、公明党(創価)を政権の座から下ろす、周波の見える化

https://shinkamigo.wordpress.com

無題

りん

2021/04/22 (Thu) 09:28:27

エッチ大好き女子です。ふぇらも大好きです。まさのツイッター
@vBuXSiLxifvNz1Jまでふぉろうして。埼玉県障害者だよ。たあくさんエッチなことしたいね。
男らしい人、ニューハーフもだいちゅき。ちんちんほちい。

移転通知

苹@泥酔

2020/09/03 (Thu) 06:35:38

 続きの「「国語問題」其二」稿を出したところ「1件省略されています」との表示が出たので、下記の場所から「「国語問題」其一」稿を削除した。以後、こちらに転載場所を変える。
http://midnight-run.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=12921901

「国語問題」其一

苹@泥酔

2020/09/03 (Thu) 06:42:59

「国語問題」其一
苹@泥酔 NEW!!
2020/08/19 (Wed) 04:50:33

「国語問題」其一

 投稿禁止ワードには「・」を挿入する。今回は「拘・束」だった。



4七年半前の記録 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/09/20 (Tue) 22:01:29

七年半前の記録
 …次は、何を再掲しようか。
 あれこれ新稿をシコシコ綴っては居るけれど、此処=天バカ板の旧板と違ってタイトルに付けられる字数は少ない様だし、本来コメント欄として用意されているらしい機能を無理矢理ツリー状に仕立てるのはやはり無理がありそう。本板(此処=新板)に適応した様式で作文するには、ツリーを意識せずに済ませる工夫が要るのではないかと考えずには居られない。…事は刹那の一文に留まらない。旧稿を想起する度に頻繁な掲示板内リンクと引用を繰り返すなどの手口が今は候補に上っているが、稿と稿を結ぶ構造上の増殖感覚とどれだけ親和できるか、どうしても掲示板システム上の限界が気にかかる。なにしろ新稿執筆中に想起する旧稿が一つだけとは限らない。一纏まりの「旧稿群」を想起して初めて、稿と稿の関係や構造を引用できる様になる。この場合の引用対象は、後から顧みた「各稿の間で副次的に派生する関係」の方であって、各稿個別の内容は相対的にさほど重要でなくなるケースが少なくない。
 旧板のシステムでは投稿番号を示せば容易に移動できたし、そこからツリー表示に行って各稿の構造的関係性を一覧する事もできた。すると当方、いつの間にかシステムに適応した書きぶりが定着する。…で、それより使いやすかったのが支援板のシステム。ただし来歴には実のところ怪しい面があり、嘗て「日録感想掲示板」が幾度か変遷した折、てっく様(web engineer様?)が提供した掲示板システムを呆様(支援板の管理人)がセレブ奥様(「西尾幹二のインターネット日録」の管理人)経由で紹介して貰ってた模様。~なお怪しい面についての関連稿を奥様ブログから引くと、大体こんな事情になるらしい(↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-437.html
 作文様式にそれなりの年季が入っていると、新稿の書き方を変える場合、思わぬ所で過去の見方や考え方を再検討する必要が出てくるかも知れない。今は旧稿再掲で間を保たせるのが精一杯。…てな事を書いていたら…あれれ?(汗)
--------------------------------------------------------------------------------
>7052 No.7045の続き。 苹@泥酔 2008/03/12 21:52
>  ↑を読み直したら、またやっちまった事に気が付いた(↓)。
>(誤)でもそれだと間が持たないので書きにくい。
>(正)でもそれだと間が保たないので書きにくい。
--------------------------------------------------------------------------------
 …………。(↓↓↓↓)

 産経記事に、こんなのがあった。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110915/edc11091521220003-n1.htm
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>【国語世論調査】
>「ら抜き」増加、慣用句誤用 数年後には「考えれない」?
>2011.9.15 21:20 (1/2ページ)
> 文化庁は15日、平成22年度の「国語に関する世論調査」を発表した。文法上誤りとされる「ら抜き」言葉の使用は若者を中心に増加傾向で、慣用句でも「間が持てない」を6割以上が「間が持たない」と誤って理解していることが分かった。文化庁は「ら抜き言葉は大正時代の小説にも出てくるが、確実に増えてきており今後も増加するとみられる」としている。
> 調査は今年2月に面談形式で行われ、16歳以上の2104人から回答を得た。
> 言葉の使用を聞く項目では、「食べられない」と正しく使用しているのは全体では60・2%だったが、16~19歳は58・8%が「食べれない」と間違って使用していた。「来られますか」(正)と「来れますか」(誤)についても、50代以上は正しく使えている割合が上回ったが、40代でほぼ同数、30代以下では誤った使用が上回り、16~19歳では73・8%が間違った使用をしていた。
> 「ら抜き」言葉は、字数の少ない動詞ほど誤用されるケースが多いとされる。このため「くる」「たべる」の活用では「ら抜き」が目立ったが、「かんがえる」の活用の「考えられない」では9割が正しく使用。ただ、17年の調査と比べ「食べれない」と回答した割合は約10ポイント増加、「来れない」も8ポイント増えており、文化庁は「今後『考えれない』と誤って使用をする割合も増える可能性もある」と指摘する。
> 言葉の意味の調査では、「姑息(こそく)」の本来の意味の「一時しのぎ」と答えたのは15・0%にとどまり、7割が間違った意味の「卑怯(ひきょう)な」としていた。「雨模様」の意味でも16~19歳の62・5%、60歳以上の53・3%が「雨が降りそうな様子」と正しく答えたが30~50代の半数以上が本来と違う意味で回答した。
--------------------------------------------------------------------------------
 心当たりに、暫し沈黙…。
 しかしよくよく考えてみると、「間が持たない」は「間が保たない」の漢字誤用と見た方がよさそうに思える(←この「思える」も本来は「思われる」なのだろうが、「おぼえる」との融合を顧慮すれば必ずしも間違いとは云えない?)。更に「保つ」を「たもつ」と読まず「もつ」と読めばコリャ、「た」抜き言葉って事になるのかいな。
 国語が生まれたのは百数十年前。学校教育に「国語」が入ったのは明治三十三年。歴史が浅いと、「正しさ」の根拠には疑念が残る。国語審議会だか何だか知らないが、革命型か付和雷同型の学者達が集まって基準を捏ねくり回しているだけではないのか。「らぬき」と「たぬき」に化かされた心地がする。

 さて。
 これから分割再掲するのは、No.7052稿の属するツリーの全容。
 手元のワープロ文書ファイルには、No.6785以降のが一連の「五年半前の記録」稿を中心に保存してある。と云っても実は単純に旧板から全文コピペしただけなので、階層の上下は投稿番号の前後関係から汲み取って貰う他ない。例えば最後に再掲予定のNo.6803稿(佐藤様の投稿)については、投稿番号が若い所から「ツリー内では上位の階層にある」と判断していただく事になる。
 今回は内容把握の都合上、拙稿だけでなく他の投稿者方々のを含め総て再掲する。また拙稿以外は短文が多いので、複数稿を一稿に纏めるケースがある事を予めお断りして置く。
 当時の拙稿では、まだ画像に手を出していなかった。「見る」のではなく「読む」だけでどこまで理解可能かと気負った面があり、却って分かりにくい表現になったかも知れない。変体仮名に言及した箇所については一応、掲載した幕末資料自体やや不充分ではあるが、後の画像投稿群を参照していただきたい(↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_topic_pr_359.html
 国語成立以前の共通語は文語で書かれ、世界的にも群を抜くほど大量の書物が出版され、普通の町人なら誰もが読めた(そもそも読めない本は出版されない…当たり前だ)。それを少しずつ読めなくしていったのが明治以来の国語教育であった。言い換えるなら国語そのものについてでさえ、現代人は例外なく国語教育に洗脳されている。



8新板二ヶ月半の雑感 ( 苹 ) New!!
2011/09/22 (Thu) 06:05:01

新板二ヶ月半の雑感
 此処=天バカ板の旧板が壊滅した後、投稿番号を確認するためグーグル検索のキャッシュを頼る様になった。今は期限切れとなったのか閲覧できない。管理人たる蘭様のご厚意で新板が出来てからは、暫く様子を見るとカウンターの様子が違う。旧板では一日に数百件(多い時は千件超過)回っていたのが、新板では二十件前後(多くて六十件)と相成った。前は閲覧するたび数字が増えたが今は変わらない所を見ると、どうやらカウントのシステムが異なるらしい。いづれにしろ閲覧件数は減った。
 再掲モードで様子を見る間、冒頭稿では新稿の体裁を取ってきた。それを初めて破ったのが改題「教組再考」シリーズで、差し当たっては隔日再掲とした。次の「七年前の記録」稿(新稿)に始まるシリーズでは続きを「【再掲】国語問題」と題し、三日に一度のペースへと落として連ねる予定である。更新ペースの低下でカウンターの回り具合が落ちていくなら、それはそれで仕方がない。どのみち旧板末期はますます長文化し、更新頻度は月に一度でも精一杯となりつつあったのだから。
 閲覧頻度が皆無に近付くという事は、それだけ書きぶりの自由度が増すという事でもある。ただし、従来の書道ネタ路線で実名暴露を本格化するだけでは芸がない。もっと他の、例えば政治ネタや音楽ネタに傾斜してもよさそうではある。~今朝は差し当たり、セレブ奥様ブログで出した八重山教科書採択ネタでも。
 以下、転載二稿。後者は抄録。


> よく分からんが、もしや沖縄では「県教委が教科書の有償化を事実上容認した」って事になるのかしら。誰もが「そういう話ではない」と一蹴するんだろうけど、「そういう結果になる」のは覚悟しといた方がよさそうだな。給食は無償化されてないのに教科書が無償なのはおかしい。文部科学省はその方向で法改正を検討したらどーだろか。これも一つのコスト削減、民主党的「仕分け」指向の余波でござる。授業料は無償なんだから、教科書くらい、どうって事はないだろう。
> …てな具合にトンチンカンな妄想してたら、これがどんどん膨らんできやがる(苦笑)。春先になるとあちこちの店で制服売場が賑わうでしょ。書店には高校教科書の特設会場が出来る。それを義務教育でもやる訳だ(ただし今回は地域限定方式?)。~辛うじて私の記憶にあるのは、中学校で教科書を渡された後、先生が二・三年生用の書写教科書について「これは使いません」「授業やりません」と説明してた事くらい。あの時は書店の人が学校に来て配布したのかな。一人分ずつ予め取り纏めてあったかも。そんでもって高校に入学した時、あたしゃ初めて書店で教科書を受け取ったんだっけ。そんとき多分お金も払ったんだろーな。
> 歴史だか公民だか知らんが、気に食わないなら現場が自発的に「これは使いません」とやればいいんだ。もし現場が上を操って代理戦争させてるのなら、そっくりそのまま現場に返してやればいい。気に食わない教科書を使ったり使わなかったりするか、気に入る教科書を有償で使うかの二者択一(或いは、その逆)。法律の細かい部分を独立的に扱って拘るのではなく、法律本来の目的に沿った解釈で脱法余地を工夫できないものだろうか。
> それにしても、この手の新しい問題提起は沖縄の人達が得意なんだねぇ。米軍基地の件だってそうだ。いっそ「日本から独立して中国編入、米軍基地から人民軍基地への道」くらいの記事、あちらの地元紙で特集してみたらいいのになあ。現に中国の学界では「沖縄は中国の領土」と考える向きがあるみたいだし、その辺は「日本と別の立場から」柔軟に対処したらええじゃないか。きっと昔の朝鮮半島なんか、いい手本になるだろうよ。
>【2011/09/17 05:41】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]

(前略)
> 使わない教科書なら、無償配布する必要ないのにねぇ。それが何十年も全国規模で行われてきた(中学国語科書写)。無駄遣い以外の何物でもない。教科書無償措置法自体が、現場でのブラックボックス化を促すスーパー堤防となっている。そんな先行事例に比べりゃ、熊本の人達は偉いもんだ(↓)。教科書としてではなく、副教材として育鵬社のを採用してるんだから。(…って事は、たぶん初手から有償の扱いなんだろ。)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110906/edc11090621120002-n1.htm
>--------------------------------------------------------------------------------
>>育鵬社教科書を副教材に 熊本県、中3公民で使用
>>2011.9.6 21:10
>> 熊本県教育委員会は6日、県立の中高一貫校で、中学3年生の公民の副教材に育鵬社(東京)の教科書を使用することを決めた。同社は「新しい歴史教科書をつくる会」と協力した扶桑社の教科書を継承する子会社。
>> 県によると、主に使う教科書には教育出版のものを採択。育鵬社の教科書は発展的な学習を補助する教材と位置付け、来年度から生徒約160人が使用する。県高校教育課は「新聞各紙の社説を比較したり、身近な社会問題を取り上げたりするなど、自ら考える態度を育てるという公民の目標にかなう内容だ」としている。
>> 育鵬社の教科書をめぐっては、沖縄県竹富町が、教科書を選定する「八重山採択地区協議会」で答申された公民教科書の採択を拒否。地区内で使用教科書を統一できない事態になっている。
>--------------------------------------------------------------------------------
> こうした手札ですら、沖縄の人達には使いこなす気がないらしい。あくまで無償と教科書扱い(のプライド?)に拘る「たかり根性」を斯うも露骨に見せられると、同じ僻地レベルの住人としては辺り構わず撒き散らさぬ程度の~口内から呑み戻す程度の反吐を禁じ得ない。こちら青森には米軍三沢基地やXバンドレーダー基地があるし、実際に隣国からミサイルで狙われてもいるらしい。戦前は大湊の海軍基地あたりが国防の要衝たる津軽海峡を防衛していた。戦時中は青森大空襲があった。更に遡れば、歴史的/前史的には日本扱いされてない時代が長かった(北海道ほどではないにしても)。とは云え、それらをあくまで本土意識に託けて済ますのは容易い。
> 良くも悪くも島国としての条件に恵まれた(?)沖縄に、日本から正面切って独立するほどの気概はあるのだろうか。米国から日本に返還された後、沖縄は或る意味「朝鮮化」して行ったのではなかろうか。なんなら在日朝鮮人と沖縄人による芸能界の支配…てな話題にこじつける事も可能だが、そこまでは踏み込むまい。因みに半世紀前の在日「津軽衆」は出稼ぎ労働者の代名詞みたいなものだが、爾後の沖縄人ほど成功を収めていない点については少しばかり、こちとら嫉妬したい気分にならなくもないのである…(orz)。
> ちょいとググってみたところ、先見の明を持つ人は居るらしい(↓)。
http://mainichi.jp/life/edu/archive/news/2011/09/20110901rky00m040004000c.html
>--------------------------------------------------------------------------------
>>. 教科書再協議:会長「答申に従え」 竹富町教委に育鵬社版の採択を求める
>>【八重山】合意形成を求める県教育委員会の通知を受け、8月31日に開催された教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)の役員会は、育鵬社版公民教科書を選定した同協議会の答申と違う教科書を採択した竹富町教育委員会を追及する場になった。「なぜ育鵬社版なのか」という本質的な議論はなく、「法律に従え」という議論が展開し、再協議は決裂。またしても多数決が行われ、竹富町教委に育鵬社版の採択を求める結果になった。
>> 「きょうの議題は『地区協議会の答申に沿った採択について』であります」。玉津会長は役員会の冒頭で竹富町教委が答申に従わないことが問題だと宣言し、議事を進めた。
>> 玉津会長は「教科書無償措置法は31日までに採択しなければならないと定めている。きょう中に竹富町教委は臨時委員会を開いて答申に沿った採択をしなければならない」と、副会長の慶田盛安三竹富町教育長に要求。同法施行令は例外で9月1日以後の採択も認めているが、玉津会長は「これには該当しない」と独自の解釈を展開した。
>> さらに「同一の教科書を採択しないと教科書が有償になる。有償でも教科書がもらえないという話もある」と迫った。
>> 慶田盛副会長は「調査員が推薦しない教科書が選定されることの客観的な説明がない」と協議会の選定方法に疑問を呈したが、与那国町教育長の崎原用能副会長は「協議会を愚弄(ぐろう)している」と反論し、議論は平行線をたどった。
>> 結局、1時間の議論で合意形成はできず多数決で竹富町に要請文を送ることになった。玉津会長は役員会終了後の石垣市教委の幹部会で同法の内容について検討し、「9月1日以後の採択も可能だ」と訂正。教科書が有料になるとの見解も撤回し、法解釈の甘さを露呈した。
>> 慶田盛副会長は「教科書の中身について話したかったが何を論じても話が通じなかった」とつぶやいた。
>>(琉球新報)
>>2011年9月1日
>--------------------------------------------------------------------------------
(後略)
>【2011/09/20 00:27】 | # [ 編集]



8【再掲】国語問題01 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/09/24 (Sat) 22:41:12

【再掲】国語問題01
6785 国語問題協議会 福田恒存をやっつける会会長 2007/10/02 12:46
男性 無職 69歳 A型 愛媛県
 ある共通の目的を有する人たちが集まって、その目的を達成するための団体を結成する。団体構成員は目的遂行のために各人が持てる能力その他の資源を提供して、団体のために働く、というのが世界中どのような団体でも普通に行われているところである。

 そして、構成員の中でも他の者よりも傑出して団体に貢献したものが団体の役員その他の指導的地位に就き、団体の目的に反する行為をなした構成員は除名を含めた制裁を加えられるのが普通である。

 もちろん生まれも育ちも異なる人間の集団であるから、団体の運営や人事の面で意見が食い違うこともあり、それに伴って内部抗争が起きるし、場合によっては団体が分裂することもある。その例の1つが離合集散ただならず、ついには訴訟沙汰まで惹き起こしている つくる会 である。

 しかし、そういう事態に陥ったとしても、団体の目的を達成するという点に関しては構成員は一致しており、目的に反した行動をとるということはまず考えられないし、もしそういう事態が起きるようなことになったらそういう構成員は団体を脱けるのが普通である。

 ところがそういう普通でないことが、構成員のほとんど全てにより日常的に公然と行われ、しかも構成員の全てがそれを承知している、という不思議な団体が日本に存在している。それは 国語問題協議会 である。同会の目的は、

第一條 本會は國語國字問題及び國語教育に關心を有する者で組織し、正字・正假名遣を中心とする國語表記の復權・普及を實現して國語の正常な發展に寄與することを目的とする。

ことである。要するに、同会の会員は現代仮名遣いおよび常用略漢字を廃止して、旧仮名遣いの普及および無制限な漢字の使用を目的としている。

 したがって、同会の会員はその目的を遂行すること、すなわち、現代仮名遣いおよび常用略漢字を使用しないことを義務付けられている。もしそれらを正当な理由なしに使用すれば会の目的に違反したことになり、会員の資格はないことは明らかである。

 ところが、同会会員および役員のほとんど全ては、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者である仮名遣い狂祖福田恒存の衣鉢を継いで、公然と日常的に新仮名遣いおよび常用略漢字を使用している。使用していないのはおそらく名誉会長宇野精一や、弁護士高池勝彦、桶谷秀昭など極めて少数の役員に限られるであろう。

 そのように会員のほとんど全てが会の目的に明らかに反する行動を日常的に公然と行っているにもかかわらず、会員や役員の間からそのことを非難したり、そのようなことにより会の目的が達成されなくなることを危惧するような声がまったくあがらないことも 国語問題協議会 の不思議なところである。

 あくまで想像であるが、会の専任事務局員つまり会から給与を頂戴して生活している人間が、もしそういうことで会が消滅すると生活に困るので、そういう声があったとしても、そういう声は全然ないと私は確信しているが、表に出さないように細工をしているのではなかろうか。何しろ、会員諸氏と同様に、信念よりも楽して金儲けすることが大事であるから。

 こう言う状況じゃあ現代仮名遣いや常用略漢字の退治は不可能だねえ。

 役員およそ100名のうちの職業や元職業を調べたら、およそ半分が教育者や宗教家である。教育者とか宗教家なら、普通なら嘘は言ってはいけないはずだが、そういう方々は国語問題協議会の目的実現に邁進すると誓って会員や役員になったはずであるのに、会を裏切るような行為を白昼公然とやっている、つまり嘘まみれの生活を送っている。

 宗教者や教育者はまず何よりも嘘を吐かないことが大切であるのに、そういう連中は嘘つきの常習犯。そうか、そういう手合いが教育者とか宗教家と名乗っているのはあくまで楽して金儲けをして、他人よりも良い生活をしたいためなんだ。情けないねえ。



6788 Re:国語問題協議会 苹 2007/10/03 06:48

> ところが、同会会員および役員のほとんど全ては
>公然と日常的に新仮名遣いおよび常用略漢字を使用
>使用していないのはおそらく名誉会長宇野精一や、
 …との記述を見て、久しぶりに宇野精一『書香の家』(明治書院)を開いてみたら「新仮名遣いおよび常用略漢字を使用」してやんの。…と云っても、この本は元々「宇野精一博士米寿記念対談集」として構成されたものだし、中身は単著でなく共著(聞き手は石川忠久先生)。オリジナルは文字原稿でなく録音テープか何かだろうから、編集者に一々ケチを付ける訳にもいくまいが、それはともかく私には別の方面で国語問題協議会への疑問がある訳で…。

 この本によると、宇野先生は小一の正月から中四まで習字に通い、千字文も一通りこなしたとの事(先生は田口米舫)。なお、著者の字はP.287の写真で見る事ができる。
 習字をやった人なら分かる筈だが、あれって基本は活字体でなく書写体なのよね。その書写体をあれこれいじって出来たのが現在「正字」だの何だのに分類されている諸々の形。それを活字に固定しちまったもんだから、「青」の「月」は「円」形でなければならぬ…などといった妄言が出てくる。書写体の方が活字体より古いのにねぇ。
 コアな旧活字翼賛派の人々は「篆書の形では~」てな反論を出したがる様だが、篆書を論拠とした楷書批判は「楷書時代の歴史」を丸ごと否定する方向に行っちまうんじゃないのかねぇ。例えば「花」は篆書の形にないから廃止して「華」に統一するべきだとか、国字は日本人が勝手に作った漢字だから廃止するべきだとか。なんなら紛らわしい平仮名も廃止してしまえばよい。「お」は「村」の草書に見えるぞ。「り」は「行」の草書に見えるぞ。それとも何かい、草書教育は事実上「絶滅状態」だから、国語問題協議会は古文書学を相手にしないとでも?

 そう云や萩野貞樹『舊漢字』(文春新書)も評判が悪いみたいね。先日は芸術新聞社刊の季刊誌『墨』188号P.109を見てビックリ、全文が「これこそ「愚書駄本」の見本」てな具合の罵倒だった(綿貫明恆)。…国語問題協議会の中では、萩野先生への批判が出てるのかなあ。もし出てないのなら、私は協議会の将来を悲観せざるを得なくなる(いや、別に「袋叩きにしろ」と煽ってる訳じゃないんだけど…汗)。
 …で、こんな事を書くと~協議会が「無制限な漢字の使用を目的としている」なら、個人的には戦後の新字体を使っても構わない事になる筈ですな。だってアレは事実上「戦後の国字」になってるんだもん。そうした意味では段々と、会長様の「こう言う状況じゃあ現代仮名遣いや常用略漢字の退治は不可能だねえ」ってカキコが二重底に見えてくる。免疫不全の「漢字AIDS」ウイルスに汚染され、それが「退治」の形で発病する。
 退治する必要が本当にあるのだろうか。「学」は「學」の草書を楷書化した形…てな具合の理解で済ます事は出来ないのか。もちろん新字体には歴史的根拠の薄弱(or皆無)な形も多々あるけれど、「戦後の国字」扱いとすればどうにか折り合いはつく筈。要は「新字体は読み書きできるが旧字体・書写体・草略体はてんでダメ」って状況が克服できればよい。
 ~極端な話、私は嘗て「大衆食堂」の看板に見た誤字(「衆」の下半分が「豕」形)を、「時代の風物詩」としての位置関係に於てのみ辛うじて容認する立場なのよね。つまり「誤字の典型的事例として」教育するのは可。にもかかわらず敢えて斯様な誤字を用いるなら、用いる理由がハッキリ読み取れる場合に限り容認。



6792 Re:国語問題協議会 福田恒存をやっつける会会長 2007/10/03 11:21
男性 自由業 65歳 O型 広島県
> >使用していないのはおそらく名誉会長宇野精一や、
>  …との記述を見て、久しぶりに宇野精一『書香の家』(明治書院)を開いてみたら「新仮名遣いおよび常用略漢字を使用」してやんの。…と云っても、この本は元々「宇野精一博士米寿記念対談集」として構成されたものだし、中身は単著でなく共著(聞き手は石川忠久先生)。

 そういう本があったのですか。共著とありますが、少なくとも宇野精一もその本が現代仮名遣い、常用略漢字を使用して編集・出版されことは明確に承知していたはず。承認の理由も、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存と同様に、せっかく出版した本が、旧仮名遣い・旧漢字表記ではあまり売れず、現代仮名遣い・常用略漢字にすると沢山売れるから、というまことに情けない理由に賛同したことになる。

 私は宇野精一を多少は尊敬していたが、そういうことをやっているのなら、こいつも単なる学者商人、といえば商人に悪いか、要するにかの福田恒存と同じ穴の狢、金が命の俗物に過ぎないことがわかった。まことに軽蔑すべき手合いである。



7036 【追悼】全文転載【No.6788補記】 苹@泥酔 2008/03/08 20:46

 以下は季刊誌『墨』188号(芸術新聞社)P.109所収の連載「文人閑居して文字に遊ぶ」第八回。筆者は「綿貫明恆(雑学者)」。
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書くことはいくらでもあるけれども、さて何を書こうかとなると、あれやこれやと考えあぐねてしまう。そのようなときには、得てして「飛んで火に入る夏の蟲」が出てくるものである。そんな者がうまく出てきた。文春新書「舊漢字」、著者は萩野貞樹。これこそ正札懸値無しの「愚書駄本」の見本。どこぞの書店で見かけたら、ちょっと手に取って、どのページでもよいから、ざっと眼を通して御覧じろ。あまりのバカバカシサ、クダラナサに呆れ返ること必定。御代は見てのお歸りなどとは以ての外。間違ってもお求めなさるまいぞ。とは言うものの、私は買ってしまった。この駄文を書くために。
さてそれでは、その愚書駄本たる所以はいかに。本書の副題に「書いて、覺えて、樂しめて」といい、各ページに手書きの舊字體を擧げているのだが、これがまあなんと、粗雜拙劣俗惡言わん方無き代物。ご丁寧に筆順となぞり書き様の薄く印刷した字を五つ載せているが、こんな字を習わせようとは、少しは恥と分際とを知れ。艸冠(++)と羊頭(┤├)とは異なると力説するが、例として擧げた藝と萬とはともに┤├に從っている。まあ、文藝春秋という雜誌の題字の藝字は、長い間艸冠ではなく、羊頭に從って作っていたが、今から三、四十年前、篆刻家の松丸東魚先生の處に當時の文春の副編集長が出入りしていたので、この人に強く申入れ、正しく艸冠に直させたということ、今の文春の編集部でも知っている人は殆どいるまいから、ちょっと書いておく。ウソと思ったら當の御本人、高齢ながらまだ御存命のはずだから、聞いてごらん。だからこの本、藝の艸冠を羊頭に書いたのは昔にもどしたつもりかしら。
次にその字を用いた例文を擧げるが、これがあらずもがなのバカバカシイもの。こんなものでも載せなければ紙面を埋められないのである。次に活字で舊字體と新字體とを擧げ、その音と訓とを示すが、これが全くのお座なり。その次に「語」として、その字を含む語をいくつか擧げるが、これまた紙面を埋めるための餘計なことで、何の役にも立たない。また次に「蘊蓄」と稱して役にも立たぬつまらぬことをいう。とても「蘊蓄」とはいえない。せいぜい「ウンチク」である。
この人、活字の舊字體が正しい字形だと思い込んでいるようで、楷書と活字との違いがわかっていない。簡單にいうと、楷書は書寫體であり、活字は印刷體である。それ故、楷書の字體には独自の體系があり、結字の美觀、運筆の順利、個人の筆癖等により、同一字であっても小異があるのが當然である。それに對して活字は一字一體であり、小異有ることさえ許容しない。だから書寫する場合、その字體は活字に拘・束される必要はなく、その活字字體の基準となるのは、たかだか三、四百年前の康煕字典であるのに、楷書はその發生以来一千七百年の間に歴代の名家により、その典型が確立されたのである。だから先づは楷書を識ることが必要なのである。
音訓は漢音、呉音、唐音、慣用音の區別もなく、たとえば号・號の訓の區別もないというデタラメさ。蘊蓄は、たとえば圍に「圍ひ」は遊女の名([圍ひ女郎])。上から順に、大夫、天神、圍ひ……。いいかげんにしてくれよ、こんなこと知って何になる。それに山中共古が國學者とは、ちっとも知らなかったなあ。ついでにいうと、圍、國の囗(國構え)、この人は必ず第一、二劃、第一、四劃つまり左上と左下とを離して隙間を作る。これでは折角圍んでも逃げられてしまうし、國の隙間から北鮮や中共の不審船に入り込まれてしまうではないか。この人、つかなければいけない筆劃をあちこち離してバラバラにしている。こういうダメな所をさがすのも、この本の賣りの「樂しめて」の一つなのかしら。
この「蘊蓄」には、もっとその字に關すること、たとえば月は月でも月(つき)、月(肉月)月(舟月)の異、声・画・医・価・条・虫・糸・旧等は原字の主要な一部分を取った者である(旧は臼の異體)とか、學・勞・擧・嚴・巣・嬰等の上部は全く異なるのに、新字體でツになるのはなぜか、実・会・写・尺等は草書の形を楷書に直した為に出来たとか、書くべきことはいくらでもあろう。ただ「省略形による」「俗字による」というだけでは、近頃流行の言葉で言えば「説明責任を果たしていない」。
そもそも舊漢字なる者の字體には相互に支吾する者が少なくない。蠶と濳との相異、要と腰、覃と潭・譚、尚に從う堂、賞などはいったいどうすりゃいいのだ。そんな違いを一一字ごとに覺えろとでもいうのか。
肅字の蘊蓄に(もっとも手書きするときはもちろん略字でいい。「龜」だの「鹽」だの「蠅」だのをこのまま書くまでもあるまい。「肅」も同じ。)というのは、どういうことかいな。舊漢字を書こうというのがこの本の主旨で、そのためのナゾリ書き用の手本までつけておきながら、舊字を書くことはない、略字でよいとは。本氣で言っているなら、まさしく正氣ではない。フザケルのもいいかげんにしておけよ。
そもそも、字典體の舊字を書こうというのがマトモではない。楷書を書けばよいのである。楷書を識りなさい。楷書の楷とは法也、式也、模也と唐の張懐カンが言っている通りなのだから。
本當はこういう本を作るならこのようにすべしという見本を作ってみせるつもりだったが、そこまでゆかない中に紙數がつきたは殘念。
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 転載中、最後の追い込み部分で打鍵に支障を来した(頭クラクラ…)。
 三つ出てくる「月」はそれぞれ横画が違う。「つき」は右側が縦画に接しない。「肉月」は接する(ワープロで普通に出る形)。「舟月」は二つの横画が点々になる(古い本の「朋」字でよく見かけるわな)。~あと、「巣」の上は「巛」、「要」の上は「襾」、「尚」の上は「小」、「カン」は「灌」の偏が王偏。
 …とにかく打ちにくいったらありゃしない。そう云や張懐カンの著作に「書断」てぇのがあったなあ。『中國書論大系』(二玄社)に載ってたっけ(まだ読んでない)。んでもって「書断」だか「玉堂禁経」だか忘れたけど、そのどちらかが巻菱湖の「書法類釋」だか「十體源流」だかの種本になったんだっけ(うろ覚え)。

 ここ数日はセレブな奥様んとこで藪蛇気味。きっかけは西尾先生の「日録」(↓)。…萩野先生が亡くなられたそうな。それで前に貶してた事を思い出した訳だ。そのままでは後味が悪いってんで、此度は「叩き台としての旧漢字」の視点で考え直してみた(↓)。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=635
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-511.html
 今夜の段階で振り返ると、中身は大体こんな具合か(↓)。
 …伝統Xの構成要素に伝統Aと伝統Bがあるとする。このAとBは同じ伝統X内で相補的に共存していたが、伝統Aを廃止して代用文化Cを使う事になった。このCの構成因子となったのが伝統B。~それから何十年かが過ぎ、代用文化Cは国民に定着した。その間、「伝統Aを大切にしようよ」って運動を続けてきた人達が居たのね。
 その筋では伝統Aばかりが目立っているけど、いつの間にか伝統Bの方は歪曲されて変態Bになっちまった。だから皆が学んでるのは同じBでも変態Bの傾向が強く、それを皆が伝統Bと混同してる訳だ。つまりBは二つの顔を持つ。
 伝統Aを復活させれば代用文化Cがお払い箱になる。それが伝統Bの古傷に障る。しかし「Bは変態だぞーっ!」と従来以上に大声で叫べば、或いはBの免罪が可能になる目もある訳だ。すると今度は、変態を常態と見なす歪曲行為に伝統Aが加担する事になる。…誰が仕組んだ堂々巡り、結局AもBも下手すりゃ「伝統を守ろうとすればするほど」Xに出戻るのは困難となる。~そこで多分、必要になるのが何らかの方便。



8【再掲】国語問題02 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/09/27 (Tue) 23:35:31

【再掲】国語問題02
7038 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 福田恒存をやっつける会会長 2008/03/09 16:07
男性 主婦 70歳以上 海外
>萩野先生が亡くなられたそうな。

早速インターネット日録を見に行った。ここは、私が何年か前に「二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存」の事について投稿したところ、たちどころに投稿禁止を食らったところである。

 萩野貞樹については、以前に、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存と同様に二枚舌の卑劣漢であることを知ったので、彼のブログか何かを通じてその二枚舌を非難したメールを送った事があったが、勿論本姓の卑しい卑劣漢であるから、何の返答もなかった。

 萩野のしを悼んで、西尾は萩野外貨にすばらしい人間であるかをとくとくとして書いているが、追悼記事である事を割り引いたとしても褒めすぎである。

 萩野某は旧仮名遣い・旧漢字論者であったが、他の旧かな論者と同様に萩野も言行不一致、誠実さのかけらもない下司として一生を送った人間の屑である。

 西尾の文章の横には萩野の著作本、旧かなづかひで書く日本語、ほんとうの敬語、敬語の基本教えます、ゆがめられた日本神話、旧漢字かいて、おぼえて、楽しめて、の5冊が写真入で掲げられているが、5冊のうち、旧かなづかひで書く日本語 のみが旧かな表記で、残りの4冊は新かな表記、しかもご念のいった事に 旧漢字書いて、おぼえて、楽しめてという本は旧漢字を使おうということを主題としているのに、表題が「旧漢字 云々」とはどういうこと。旧 という漢字は略漢字ではなかったのでは。萩野某の考えでは旧という漢字は旧漢字ということになっているのかなあ。

 ともかく、旧漢字のことを書いている本の標題を略漢字で書いて平然としている手合いであるから、西尾幹二のほめ言葉もそらぞらしくにしか聞こえない。

 萩野の本について、アマゾンの広告に付随している読者の批評も、萩野の人間性の唾棄すべき事を述べて極めて辛らつである。
ほんとうの敬語 についての読者の批評文

1. 著者の理論は少数意見なのかもしれませんが、持論を正当化するために他者の理論を非難する展開に不快感を覚えますし、「私の言うことだけを聞いていればよろしい」との一文は嫌悪感すら沸いてきます。悪徳商法か怪しげな宗教団体の勧誘と大差ない論法としか感じられず、理性が拒否反応を示し最後まで読むのに苦労しました。
持論を「特許ハギノ式」とか仰々しく言っていますが、著者が言うほど革命的なのか....これは読んだ方の判断におまかせします。

2. 前略 作者は他の国語関係の学会の方々を徹底的に批判していますが、自分以外の考えは全て間違っているかのように書いてあり、読んでいて不快感を覚えます。
作者の言うとおりなら、敬語の使い方はほとんどの国語学者が間違っているそうです。だからこそ、この一冊だけを鵜呑みにするのではなく、他の本も勉強してみようと思いました。

この萩野某は高校生のこ頃に、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存の「私の国語教室」を読んで旧かなづかいに目覚めたそうだが、 目覚めたのは旧かなばかりではなくて、なんら根拠もなしに反対論者に罵詈讒謗を浴びせて罵倒する処世術も学んだようである。

 また強欲なところも師の福田某と同様らしく、敬語の学び方について「特許ハギノ式」と書いているところから推測すると、特許を取得しているらしい。世界中で多くの女性に利用されているらしい「荻野式(オギノ式)」ではあるまいし。

 特許制度が定められているのだから特許をとるなとは言わないが、教育上の事で特許をとるとは驚きだあああ。

 萩野貞樹という手合いは、師である二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存と同じようにまさに人間の屑以外の何者でもない。



7040 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 佐藤 俊 2008/03/09 20:27
男性 会社員 A型 新潟県
会長は前に「正かな運動には反対でも賛成でもない」と言っていなかったか。

なら「正かな派」が新かなを使おうが会長が首をつっこむ筋合いはない。



7041 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 福田恒存をやっつける会会長 2008/03/10 10:21
男性 学生 10歳以下 新潟県
> 会長は前に「正かな運動には反対でも賛成でもない」と言っていなかったか。
>
> なら「正かな派」が新かなを使おうが会長が首をつっこむ筋合いはない。

 あんた正気でそういうことをいってんの。

 私の先の文章に正かな運動反対・賛成について触れた部分があるのかねえええ。

 もう一度小学校国語のお勉強をしたまへ。



7042 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 佐藤 俊 2008/03/10 12:41
男性 会社員 A型 新潟県
>私は現代仮名遣い支持ですが、そういう旧仮名遣い復活運動をする団体の存在を否定するものではありません。

自分が前言ったことを覚えていないとは小学生以下だな。



7043 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 福田恒存をやっつける会会長 2008/03/10 13:15
男性 学生 10歳以下 新潟県
> >私は現代仮名遣い支持ですが、そういう旧仮名遣い復活運動をする団体の存在を否定するものではありません。
>
> 自分が前言ったことを覚えていないとは小学生以下だな。

バカかお前は。

 誰がどういう仮名遣いをしようが私はそんなことは最初から問題にしていない。私が問題にしているのは、新かな撲滅運動をしていながら、自らは新かな表記で本を書いている、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存とか、今回の萩野貞樹のような手合いの節操のなさを問題にしてきただけだ。

 その証拠に、旧かなを使っていたが、新かな批判などしていなかった井伏鱒二や倉橋由美子などについては、褒めこそすれ非難などしたことがない。

 そういうことも分からずに、お前は私のことを非難していたのかねえ。見当はずれもいいところだ。

 お前の相手はしないで、たわ事には一切無視する事に決めていたが、あまりのわからずやぶりにこれだけ書いておくことにした。

 お前が私に粘着して以来ほぼ2年になるが、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存に対する私の基本的立場も分からないとは、あきれてものも言えないね。



7044 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 佐藤 俊 2008/03/10 23:30
男性 会社員 A型 新潟県
よく考えたら、「会員」でもないのに「会長」と呼ぶのはおかしい。今後「新井」と呼ぶことにする。

>誰がどういう仮名遣いをしようが私はそんなことは最初から問題にしていない。
>私が問題にしているのは、新かな撲滅運動をしていながら、自らは新かな表記で本を書いている
自分で何を言っているのかほんとに分かっていないようだ。「何を言っているかは興味ない。でも文句は付ける」それは「言いがかり」というのだが。
>もう一度小学校国語のお勉強をしたまへ。
新井がだな。

新井は前にこんなことも言っていた。
>「福田を愚弄するネタとして利用しているだけのことです。」というのはある意味であたっているかもしれませんなあ。
結局新井にとって「正かな」云々は「口実」でしかないのだから、矛盾していようが関係ないのだろう。



7056 Re:【追悼】全文転載【No.6788補記】 佐藤 俊 2008/03/13 22:04
男性 会社員 A型 新潟県
国語のお勉強をしましょう。
今回は
「誰がどういう仮名遣いをしようが私はそんなことは最初から問題にしていない。私が問題にしているのは、新かな撲滅運動をしていながら、自らは新かな表記で本を書いている」
この文章について考えてみましょう。
まず前半。
「誰がどういう仮名遣いをしようが私はそんなことは最初から問題にしていない。」
つまり「私はかなづかいを問題にしない」と言うことです。「AはBでない」と主張していることになります。
次に後半。
「私が問題にしているのは、新かな撲滅運動をしていながら、自らは新かな表記で本を書いている」
要約すると「私はかなづかいを問題にする」と言うことです。「AはBである」と主張していることになります。
つまりこの文章は、前半で「AはBでない」と主張し、後半で「AはBである」と主張しているわけです。「AはBでない。AはBである」と一つの文章の中で言っていることになるわけです。こんな文章を書かれると、読む人は混乱してしまい、意味が伝わりません。他人が読んで分かるような文章を書きましょう。
分かりましたか。

「国語問題」其二

苹@泥酔

2020/09/03 (Thu) 06:51:39

 投稿禁止ワードには「・」を挿入する。



8【再掲】国語問題03 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/09/27 (Tue) 23:43:12

【再掲】国語問題03
7045 偏屈男は「略」を「畧」と書く(ウソ) 苹@泥酔 2008/03/11 01:48

 先ずは会長様のに絡めて。
>表題が「旧漢字 云々」とはどういうこと。旧 という漢字は略漢字ではなかったのでは。
 ん?…文春新書の表紙は「舊」の方になってるけどなあ。それはともかく~「旧」を「臼」でなく「舊」に宛てるのは、「芸」を「芸(ウン)」でなく「藝」に宛てる様なものか。
 ざっと目次を見ると、他にも余計な事に気付く字は幾つかありますわな。例えば「円」は「圓」の中身(「員」)を更に略した形だから、本来なら国構えで書くべき(実際その形が古文書字典に載ってる)。でもそれだと間が持たないので書きにくい。そこで横画が自ずと上擦って行った。これは書字側の構成原理が印字側に影響した典型事例ね。
 他の処理方法としては逆台形にすぼめて引き締める手があるけれど(「四」とか「曰」とか)、これは「口(くち)」型に共通の極めて重要な結構法ゆえ、国構えと区別する上で明らかな反則となる。それより何より、そもそも略さない形の「圓」がある訳だから、「円」の下をすぼめれば一蓮托生で「圓」の方もすぼめなければならなくなってしまう。略体が本来の形に準拠した痕跡を残すのは草略原則にも通ずる鉄則だから(ただし構造の異なる異体字を除く)、そうした意味で総ての漢字は「雁字搦めの分かりやすさ」を内包しており、ひいてはそれが漢字の複雑さを脳内の文字識別段階で予め通分している(喩えて云うなら「十二分の九」が楷書、「八分の六」が行書、「四分の三」が草書)。
 以下~こうした感覚の下に、続けて妄想含みの感想をば。

>旧漢字のことを書いている本の標題を略漢字で書いて平然としている手合い
 これは或る意味、伝統を重視すればするほど「致し方なくなる」事だと思うんですね。そもそも「略漢字」とはなんじゃらほい。
 先ずは余談から。~例えば「僕はウナギだ」を略体と見なす時、より正しい表現としては「僕は夕食に鰻重を食べる」などの文が考えられる。しかしこれでは片手落ち。昼食かも知れないし鰻丼かも知れない状況を読者側の思い込みに委ねれば意図的な錯誤へ誘導する事も出来るし、文脈次第では「夢の中で僕はウナギになった」って状況もあり得る。正確な描写や潜勢的な意図が略体より遙かに複雑な形になるのはごく日常的な事で、そこでは意味自体が表現の省略可能性を余所から分かりやすく拘・束する。~本当に「僕はウナギだ」は略体なのだろうか。「書かれている基準がそれである」と明示する作用が仕組まれている点を重視するなら、それまで略体と映っていたものは「基本」以上でも以下でもなくなる。複雑な描写の側から見れば略体と映るだけの話であって、「複雑な正しさ」の方が略体よりも正確だとは限らない。
 一方、漢字の場合はそこまで複雑だと却って困った事になる。そのため「意味に影響しない範囲で」、差し当たっては文字造形だけが省略可能な余地を抱え込む。そこでは予め「どんなに変形しても収束と環帰が保証されなければならない」し、またそうした保証の下で変形生成は相互諒解されねばならない。言い換えるなら、保証の領分を区分けしたのが「字」という意味単位で、その繋がりはエンコードの過程でどんなに極端な連綿や省略・草略を施しても、デコードのための手掛かりとなる痕跡を残している限りは相変わらず解読可能なままとなる。
 デコードの程度に焦点を当てるなら、見方次第では「漢字より仮名の方が複雑」とも云える筈。表音目的に沿った字を選択可能として置きながら、一方には「音の中に意味をも同居させる」手札だってあるからだ。この場合~略字としての性格を表音目的の下で漢字から離脱せしめるほど、相対的に仮名は見た目が仮名であろうと漢字であろうと「来歴における漢字らしさ」からも等しく遠離る(近年は人名に用いられるケースが多い)。
 ~時にはその界隈に危険な不倫関係を垣間見る事も出来るだろう。例えば青森県に「不老ふ死温泉」てぇのがある。「不老不死」で構わない筈なのに草書の「不」=「ふ」が用いられている。大した意味はないかも知れないが、むしろそうであれば尚更ややこしくなる。字が機能や意味を求めて彷徨い始めるからだ。我々は通常(特に印字の領分では)「ふ」を平仮名と認識する。既に仮名となってしまったものを母なる漢字に差し挟む…なんなら母子相姦に喩えてみてもよい。仮名が漢字から独り立ちして「一人の男になった」。その仮名が今度は漢字という「母なる肉体」を貪った挙句(以下自粛)

(追記)
 ↑このまま尻切れ蜻蛉にしといた方がいいかなとは思ったけど…やっぱ取り敢えず「仮名を危険な男にしてはならない」くらいの事は書いとこう。母との絆を失った男は何をするか分からない。或いは母を求めて幻影に襲いかかる時、彼とは無関係な「幻影」や「幻影の子」の生命を断ち切って初めて「幻影が彼の母となる」のかも。
 仮名の暴走が漢字を変質させる時、それに相応しい場が両者の脅威となる筈(「場所が脅威を育む」と云った方がいい?)。…差詰め第一段階は印刷体時代で、第二段階が今の電気的表示時代(ネット時代)って事になるのかしら。



7047 Re:偏屈男は「略」を「畧」と書く(ウソ) 福田恒存をやっつける会会長 2008/03/11 14:08
男性 学生 10歳以下 新潟県
> >表題が「旧漢字 云々」とはどういうこと。旧 という漢字は略漢字ではなかったのでは。
>  ん?…文春新書の表紙は「舊」の方になってるけどなあ。

西尾幹二のブログに記載されていた「旧漢字書いて・・・」という本の表題がそのように書かれていましたので本の表紙にもそう印刷されていると即断しましたが、添付されている写真を見たら旧という漢字は旧漢字「舊」で書かれていました。私の誤りです。

 ただし、「旧かなづかひ・・」という本の表題は表紙にも「舊かなづかひ・・・」出なくて「旧・・・」となっていました。こう言うことでは、二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存と同様に萩野某も主張は主張として脇に置いといて、出した本は売れなきゃ損損とばかり、新仮名および略漢字を使っ恬として恥じない恥知らずです。

 要するに、萩野は旧漢字の本を略漢字で表記するほどずうずうしくはないということですか。

 そういえば、新仮名遣い批判の本を新かな表記で書いた、確か立命館大学か関西学院大学の図書館職員をやっていた愚かな手合いが居ました。野崎健秀のブログで見たことがあります。



7052 No.7045の続き。 苹@泥酔 2008/03/12 21:52

 ↑を読み直したら、またやっちまった事に気が付いた(↓)。
(誤)でもそれだと間が持たないので書きにくい。
(正)でもそれだと間が保たないので書きにくい。
 「またやっちまった」と書いた。前科については下記リンクを参照されたし(汗)。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=4034;id=
 最近は手書き入力装置が発達しつつある様だが、ワープロ入力の基本は今後も打鍵中心であり続けるだろう。グローバルな基準を完全掌握した西洋がタイプライター百五十年の伝統(発明以来なら三百年、キーボードのQWERTY配列なら1873年以来)をアッサリ捨てて書字に回帰するとは思えないし、そもそも打鍵方式の原型がピアノだった事を思えば、目的を度外視した上での打鍵の歴史は六百年以上前まで遡る(チェンバロ以前の鍵盤楽器はあるのかな?)。
 …同じ形のキーが並ぶ中から特定の場所のキーを選択して打つ。それを繰り返した後、漢字変換の際は「まがもたない」→「間が持たない」と来るか、もしくは「もたない」→「持たない」の次の画面に並ぶ候補の中から字を選択する。それを怠れば上記の仕儀と相成る。「もたない」の後に「保たない」が出る様に記憶させちまえばいいのだろうが、この辺の事は使用頻度との兼ね合いが難しい。

 以下本題。
 打鍵と選択は「記憶からの抽出」を省略するシステム…とも云える。つまり我々は結果的に「常に略字を打っている」事になる。わざわざ漢字を想起しなくとも音だけ想起すれば打鍵できるし、選択する際は機械が候補を提示してくれるから、ここでも脳内記憶の何割かは抽出の手間をかけずに済む。
 この手の省略を「記憶の分担制」と言い換えてみようか。書字側に見立てるなら、点画を一々ハッキリ書くのはめんどくさい。そこで省略して書く。細部は読み手の側で補ってくれ。とどのつまりは書き手と読み手との間で、「想起されない記憶」を「恰も既に想起されたかのごとく」ヴァーチャルに分担し合う訳だ。すると読む際も書く際も細部を一々想起する必要がなくなるから、当然「草書は読み書きできるが楷書の読み書きはてんでダメ」ってケースが出てくる。~これらを現代の眼差しで顧みればどうなるか。
 一方は「記憶が記憶を騙す」。もう一方は「記憶が記憶を省略する」。恰も自分が記憶していたかの様な振る舞いを予め機械任せにすれば前者となるし、初手から細部の記憶を必要としなくなれば後者となる。~先日、奥様ブログのコメント欄にこう書いた。
--------------------------------------------------------------------------------
 「草書は読めても楷書は読めない」ケースが江戸時代には結構あったそうな。草略体を基準にすれば、そこから分岐していく正体字は(楷書であれ活字体であれ)あくまで「一つで多数」のまま、深層の文字像に収斂する一方で表層の文字像への分化と共立する。そうした視点で旧字を「草略体の仮の姿」と捉えれば、萩野先生の旧漢字への視点は必ずしも「表層での収斂」を前提したものではなくなる訳ですな。あたしゃご存命のうちに気付くべきだった(…と今は思ってるけど、まさか誤読・曲解じゃなかろーな)。
--------------------------------------------------------------------------------
 いづれにしろ実用上、我々が文字に纏わる何らかの省略を免れ得ないとすれば、省略自体の位相転換と表層の文字像とを分けて考える必要が出てくる筈。そこに「仮の姿」の真骨頂があるだろう。元々の字が複雑だから省略の必要が出てくるのではなく、省略された形の記憶が「駄目押しの正確さ」に到達するまでの過程が複雑なのだ。旧漢字がどんなに正確であろうと、その正確さが思考の正確さを担保する訳ではないし、むしろ未完の段階で幻視される「正確な記録」への先走った強迫観念が記録以前の「思考の自由」を阻害するケースの方が多いのではなかろうか。思考の流れを阻む正確さは百害あって一利なし。そうなるくらいなら、文字など初めから無い方がよい。しかしそれでは情報伝達の都合にそぐわない。なればこそ、伝達システムと思考システムとの狭間で流動する文字は「文字らしさ」を思考の側に向けて溶解・消尽させねばならなくなる。
 勿論、正確さの極北を旧漢字に見出すのは一向に構わない。新字体や簡体字を金科玉条とするよりはマシな筈。それとほぼ同じ意味で、「書字/書写体」より「活字/旧漢字」の方に分がある事も認める。しかしこれはあくまで最終段階の話。生きた言葉の世界とは何かが違う。古典がゾンビの様に甦る時、ゾンビをゾンビたらしめる規範が必要となる事に我々は畏敬の念を抱くべきだろう(たぶん畏敬以前に恐怖してもいいんだろうけど)。
 この畏敬が存外厄介で、下手をすると祭り上げられた挙句の果てに、旧漢字は日常使用を目的とした書写体・草略体・新字体を滅ぼそうとし始める。そうなると居心地が悪い。旧字・旧仮名の復活を目指す人々が日常性の回復を望んでいるなら尚更の事、非日常の領分となった伝統が日常性を取り戻すには今、日常性を取り仕切っている新字体・現代仮名遣いを過剰に敵視する訳にはいかないのである(福田・渡辺両氏が云わんとしたのは、多分そーゆー意味じゃないかしら)。



8【再掲】国語問題04 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/09/30 (Fri) 21:48:35

【再掲】国語問題04
7658 五年半前の記録(其一) 苹@泥酔 2009/10/24 21:28

 前に此処でも何度か話題にした事があった歴史的仮名遣いや旧漢字の件で、ワープロに保存してあった勝手応援板(今は消滅)を部分的に読み直した。今度の契機は一月半前の坦々塾ブログで、あちらの会員様の中には西尾先生と本を出した方なども含まれる。
 当時の私が考えた事と最近の私の見方を比較したくなった。何か見落としていた事はないか。考え違いの箇所はなかったか。間違っていたら改めたい。~てな訳で、取り敢えず以下に抜き出してみる。読後感は後日。


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>93 「万葉仮名・藤原定家・契沖・現代仮名遣い」について(其一) 苹 2004/04/03 21:22
>
>  こっちの板に書いてみよう。~おちょくり板のあきんど様、ゴメン。…だって、自分のメール・アドレスを調べるのが面倒くさいんだもん(笑)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> …旧仮名遣いにこだわる人々に、私は漠然と「軍国主義の復活」の気配を感じてきました。その理由は今でも曖昧ですが、少なくとも起点が明治にある事だけは明確に感じられました。この時の教育的規範がバイアスとなり、更に畑違いの何かが積み重なってきた事も。多分それは、多様な方言から一つの共通語に向かう道程と密接に関わっているのだろう。所謂「国語ナショナリズム」の視点から先ず国内を整序する上で、(帝国拡張の論理とは無関係な)内向きの意識の下に定められたのだろうと、そんなふうに捉えて居りました。
> 江戸時代との接続を優先するなら、旧仮名遣いも悪くはない。当初、仮名の活字は色々あった。例えば「可」「尓」の仮名活字(草書体由来)は、現行の「か」「に」より使用頻度が高かった筈(調べた訳ではなく、単なる経験上の感覚)。「志」「盤」「者」なんかも結構見慣れていたな。個人的に抵抗を感じないからだろうか。むしろ明治三十三年の、余りに便宜的な一音一字化方針が気になる。漢字活字は楷書由来の形に限定するだけで済まし、異体字の扱いは放置する。そのくせ仮名活字はさっさと統一かよ。それならそれで、仮名が漢字の補助的役割に傾くのは当然じゃないか。~この印象は今も変わって居りません。
> さて。
> 『諸君!』五月号の「万葉~」、一気に拝読しました。…なるほど、きりがない。「仮名遣いには百パーセント正しい絶対の方式はない」のがよく分かります。明治以後のどの仮名遣いであれ、古典を読む際は結局「二重基準」にならざるを得ない。両者をつなぐ機能としての書字を軽視すれば、両者の距離はますます離れてしまう。
> ここで私はズッコケる。全身全霊が書道キチガイのパロディとなり、旧仮名遣い論者と選ぶ所はなくなる。~件の冒頭に戻ると、万葉歌に目が留まる。「予備知識なしで黙読して下さい」とある。読んでみる。二、三分後…読める。漢字がないから読みにくい。漢字と間違えて、うっかり「之」を「の」と読んでしまった。ツボに填れば「いよよますます」と即座に読めるが…コンチクショウ、いぢわるぅ。高野切みたいな写真で載せてくれ、と文句をつけたくなる(出来ない相談だ)。不意打ちの一首目と違って、二首目はすらすら読める。しかし三首目でまた滞る。
> 結局、私には知識がないのだ。読めればいいじゃん…ただそれだけ。時代も八十八の区別も、一々調べてからでないと分からん(国語の授業で、そこまで教えた事はない)。とにかく「以・意・移」「呂・路・露・樓」「波・盤・者・八」といった具合に、現行四十七種別の標準的ヴァリエーション(ん=む)だけ知っていれば何とかなる。四十七に八十八を押し込める。高校生レベルならそれで充分…と、単純にそう思ってた。それが最低限度だろうと思ったら豈に図らんや、今では高校書道ですら「読める様にしてはいけない」らしい(管理職と国語教育界・書道教育界のご意向である)。国語に書字は不要なのだ。基幹種別は大学に行ってから活字で学べ。同種内の変容原理(書体横断原理)は排除せよ。~何かが捩れている。国語そのものが捩れているのか? そうだとしたら、その原因は?
> ここに、西尾先生の指摘が絡んでくるのではなかろうか。~「しかし読者の皆さんは、(中略)容易ならざる区別を学校教育に再び復活することを望んでいるでしょうか。」
>--------------------------------------------------------------------------------
> 今夜はここまで。「其二」のネタは未定(書かないかも?)。…取り敢えず、今後の身の振り方は日録の続きを読んでからにしよう(汗)。
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●…ここで異変が起こった。成立してから間もない勝手応援板に、自力のカキコを覚えてから間もない西尾先生がカキコ。この辺の成り行きは蘭様もよく御存知である(其三参照)。
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>95 草冠に平と書く方へ 西尾幹二 2004/04/04 01:09
>
>  
> お名前の文字が打ち出せないので、失礼をお許しいただいて。
> 
> 「方言から一つの共通語に向かう道程」に旧仮名採用の国家的動機が
> あったのでは、のお言葉にふときずいたのは、かって唯一の共通語
> は文語だったことです。口語は互いに通じなかった。関係があるので は?
>
> 可などの仮名活字が昔は盛んに使われた由、そういえば明治末年生ま
> れの母は私あての手紙にも変体仮名を多用したので、読むのに苦労し
> しました。明治33年制定の一字一音のとりきめについて、詳しく
> 知らないので教えてください。
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 …これには驚いた。今にして思えば「旧仮名採用の国家的動機」の箇所に気付くべきだったのかも知れない。私はそう表現していない。もっと曖昧な言い回しをしていた。この辺をもっと突き詰めて考えねばならぬのだろう。
 その後、こう続けた。


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>98 小学校令施行規則第十六条 苹 2004/04/04 18:29
>
> >明治33年制定の一字一音のとりきめについて
> …おかしい。何かある。西尾先生ほどの碩学がわざわざこうして書き込むからには、凡庸な情報など全く期待していない筈だ。~などと勘繰る前に、あっけらかんと引用してみます。先ずは『漢字講座4 漢字と仮名』(明治書院)P.262~264(佐藤宣男「草仮名・仮名の字源」)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 文部省は、明治三三年八月二一日の小学校令施行規則第十六条、「小学校ニ於テ教授ニ用フル仮名及其ノ字体ハ第一号表ニ、字音仮名遣ハ第二号表下欄ニヨリ、又漢字ハ成ルベク其ノ数ヲ節減シテ応用広キモノヲ選ブベシ。尋常小学校ニ於テ教授ニ用フル漢字ハ成ルベク第三号表ニ掲グル文字ノ範囲内ニ於テ之ヲ選ブベシ」により、仮名(平仮名・片仮名)字体の統一をはかり、仮名づかいを制定し、小学校教育に用いる漢字の範囲を示した。この施行規則第十六条、および、それに伴う第一、二、三号表は、明治四一年九月七日に、文部省令により、「明治三十三年文部省令第十四号小学校令施行規則中左ノ通改正ス。第十六条及第一号表乃至第三号表を削除ス。  付則  従前ノ規程ニ依リ編纂シタル教科用図書ハ其ノ改正シタルモノヲ使用スルニ至ルマデ仍之ヲ使用セシム」と、削除されたが、仮名の字体に関しては旧に復することはなかった。そして、それが今日まで引き続き行われているのである(ただし、「ゐ」「ゑ」「ヰ」「ヱ」を除く)。
> しかし、明治三三年の小学校令施行規則公布以前までは、小学校教育においても異体仮名(今日用いている仮名とは異なる字形を持つもの)が用いられていた。明治一七年九月刊行の『小学読本 初等科』(原亮策纂述)には図1のような「いろは」「五十音図」が付されている。見るとおり、片仮名は今日とあまり大きな違いはない。「ネ」は「子」を主にし、「ネ」の方がむしろ従の扱いになっていること、ワ行の「ヰ」に「井」を用いているのが目に付く。「トキ」「トモ」「コト」「シテ」の合字も見えている。これに対して、平仮名は「こと」の合字がある外に、ほとんどの文字に一種ないし二種の異体仮名が併記されている。「え」「お」「そ」は、むしろ異体仮名の方を主にしている。明治一七年の『読方入門』(文部省編輯局)の実際の姿をつぎに示してみよう。(図2)
> 小学校教育においてさえも、このような状況にあったのである。明治三三年の仮名字体統一の持つ意義の大きさが知られるところである。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 苹註。「図1」の平仮名五十音中、三種併記例のみ補足します。
>「は・八・者」
>「に・尓(末二画残存)・尓(収筆巻き込み)」
>「ほ・本・保(筆順違い)」
>「と(第二画と第三画の間が離断)・と・登」
>「か・可(第一画省略気味)・可(「一」形と「の」形が離断)」
>「た・多(草略極限の「こ」類似形)・多(草書)」
>「曾(「そ」の草略極限、ただし「耳」と誤読する危険あり)・そ・楚」
>「ね・年・祢(草書)」
>「の・能・乃」
>「け・介・希」
>「さ・左(草書)・佐」
> 「図2」の内容は単語の羅列。「第十五課 い希、に者、こ飛、あ左が保、きんぎよ、ゆふが保。てう世き、うんどう、やう志゛やう、多す希。」「い希に、こ飛ときんぎよと阿り、に者尓、あ左が保とゆふが保と阿里。てう世きのうんどうを多す希、志んた以のやう志゛やうと奈る。」
>
> 苹勘繰るに、先生の御下問は現行平仮名の選抜基準か何かに関する事ではないかと。これについてはまだ恰好の記述が見つかりません。
> 『漢字講座11 漢字と国語問題』(明治書院)P.3(古田東朔「明治以降の国字問題の展開」)には、「これらのものについて一種である必要を説くようになったのは、帝国教育会の国字改良部での意見である。このような風潮が起こってきたことについては、当時の印刷上の事柄もかかわっていたと考えられる。」と書いてあります。
> 同書P.7~9には、「かなのとも」「いろはくわい」「いろはぶんくわい」(後に合同して「かなのくわい」)の関係者達が、「後に帝国教育会の国字改良部のほうに加わって、仮名字体の統一や仮名遣いなどについての意見を述べることになる。ただし、仮名字体の統一にあたり、どの字を採用するかについては、後に実際に決まったものとは違った点もあった。〔注6〕」と書いてあります。
> その「注6」にはこうあります。「明治三二年一〇月に帝国教育会は、国字改良部の設置を議決した。その中はさらに「仮名字調査・羅馬字取調・漢字節減調査・新字調査・歴史編纂」に分かれ、それぞれに委員がおかれた。同年末の仮名調査部(長は大槻文彦で他に委員一三名)では、「国書の仮名に数種あるを各一種に限ること(即ち変体仮名を廃すること)左の如し」として、仮名の字体をあげているが、そこでは「お・ヲ」「ゐ・ヰ」「ゑ・ヱ」を廃することとし、また「ネ」ではなく「子」の方を用いることとしている。」
> 同書P.25には参考文献が十七種列挙してありますが、そのうちどれが恰好の資料か、私には特定できません。

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>101 訂正・補遺 草平@渭苹居士 2004/04/04 20:47
>
>  前稿は…送信を急ぎ過ぎたかな(ボソッ)。
> 「苹註。「図1」の平仮名五十音中」云々と書きましたが、あれは「五十音図」の慣用に引きずられただけの事にて、実際は「ん」を含む四十八音と「こと」合字が「いろは」順に載っています。その後に片仮名が五十音順+α。次いで現行通りの濁音(点々)と次清音(丸)。
>
> 『岩波講座 日本語3 国語国字問題』(岩波書店)P.305の註。~「「帝国教育会」は一八八三(明治一六)年に「大日本教育会」として設立された民間機関であるが、一八九九(明治三二)年には前島密を部長に国字改良部を設けている。」
> 本文(武部良明「国語国字問題の由来」)ではP.271~275に色々書いてありますが、変体仮名活字をパソコン入力できないのが困りものです。が…漢字廃止論者の前島密が出てくるとなれば、これは見過ごせない。仮名の一音一字化は単なる踏み台に過ぎなかった様な気がしてきます(だから…その後は漢字節減・廃止・ローマ字化問題に論点が移り、片や「は」「へ」「ゐ」「ゑ」「を」は不充分な音韻文字(フォノグラム)化の象徴的「死角」となり続けた?)。

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>110 ひょっとして…しつこい? 苹@しおり 2004/04/06 00:41
>
>  私はとんでもない勘違いをしていたのかも? 西尾先生のは「一字一音」、私のは「一音一字」。そこで取り敢えず~御下問の趣旨を「一字の読みを一音に限定」と解釈し直してみる…。
>
> 漢字としての来歴から仮名を切り離すために、漢字の活字書体を楷書由来の形に限定した…と解釈するなら、草略原則は漢字にも仮名にも不要となる。ところが仮名の字形は多種多様なため、漢字の草書と縁を切るのはひどく難しい。そこで明治の進歩的な人々は、先ず「一音一字」化に着手した。本来なら草書のテリトリーで同一視しなければならない字形群を、敢えて分裂的に捉え直した。例えば「奈」の場合は、仮名の形を一種ではなく四種と捉える。
>・巻き込まずに末二画を残した「奈」
>・現行の「な」
>・「一」と「ふ」を組み合わせた様な形
>・「一+ふ」類似形の末画を巻き込んだ形(「な」の上半分を更に草略した形)
> これで「奈」のヴァリエーションと「な」との絆を断ち切る事ができる。「な」は「奈」でなくなり、「一音一字」化を経てリアルな同音がヴァーチャルな異音の体系に組み込まれ、揺り戻しの過程から「一字一音」化の契機が派生する。~「あ」を「アン」とは読まないし、「安」を「ア」と読む例は特殊な「過去の遺物」となる。「安倍」も「久保」も「久美」「志乃」「佐和」「比呂」も、根こそぎ〈仮名表記でなくなる〉。中には別の仮名表記が要請されて、「真利亜」とか「沙羅」「理佐」になる場合もあるが、そこに底流する意識は漢字に逆流した「安奈」の読みと似たり寄ったりだろう(「アナ」でなく「アンナ」)。平仮名表記の「えみり」式の方が素直と云えば素直。横断不可能な漢字と仮名が、漢字の再「仮名」化とローマ字化・英語国語化との狭間で揺れ動く。
>
> もう一つの仕上げは筆順破壊。「な」の点を最後に書くタイプの意識は、「ま」を「縦巻き込み→横々」の筆順で書いたり、「ら」の点を最後に書いたりする意識と同じになる。ここでは草略意識下の根拠が失われ、やがて「過去の遺物を引きずったグニャグニャ文字」と捉えられる様になる。そうなればしめたもの。視覚的に整ったローマ字活字の優位性を国民全員が認めるのは時間の問題となる(片仮名は真仮名と同様、漢字と間違われやすい欠陥を抱えているから論外)。
> 歴史には連続性がある。筆順や草略原理もまた然り。ところが屡々、「科学的」見方には画然とした分類を至上と見なす感覚~すなわち先入観が入り込む。楷書・行書・草書のごとき書体分類もその一例で、実際は無限の中間書体があるにもかかわらず、概念としての「書体」に実体としての「書跡」を割り振るのが慣例となっている。同じ「科学的」先入観の下に微分を繰り返して何か発見があるならともかく、殆どの場合は天体運行の解釈で周転円を積み重ねるのと同列の複雑さが増すだけではないのか。却ってコペルニクス的発想の障碍になる。便宜上の分類を誤解して過剰に敷衍すると、余計なものまで招き入れる事になる。
>
> 素人丸出しの妄言になるだろうか。~意味と印象との解離状態が双方向に波及すれば、漢字も仮名も「表語」「表音」の区別では済まされなくなる様な気がする(両者の混交状態で、翻訳不可能な別のイメージが先立ちつつある?)。嘗て書字が請け負っていた可塑的領分を、予め規定された印字の領分で補う。文字配列を選択した途端、言葉が文字から逃げていく。その予兆を、私はアニメーションなどの発展に感じ取っている(チョムスキーならどう感じるだろうか?)。
> 文化はいつも、予想外の方向に拓けていく。それ自体を拒絶する訳ではないが、過去を否定してまでなりふり構わず発展させようとするのはいかがなものか。クローン技術や核物理学の危険は理系の領分に留まるものではなく、同種の危険が人文科学にも底流していると思う。

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>142 「解放」待ちのインテルメッツォ 苹 2004/04/12 02:05
>
>  先日、西尾先生から「ふときずいたのは、かって唯一の共通語は文語だったことです。口語は互いに通じなかった。関係があるのでは?」との御助言を頂戴しました。今夜はこれを酒の肴に、言いたい放題やらかそう(「おちょくり板」向きの書き込みで恐縮…)。
> あれはどれくらい前になるだろう?~連続ドラマ「国語元年」の初回放送を見た時の印象が残っていたためか、その後しばらくして国語国字問題に興味を持ちました。先般のBSでの再放送もただ懐かしいだけでなく、面白いものは面白いと感じました。
> 初回放送の頃の私は確か、吉幾三が「テレビもねぇ、ラズオもねぇ…」と喚くのを聴いて居りました。「ラジオ」や「ラヂオ」ではなく、「ラズオ」か「ラヅオ」に近い発音だったと記憶しています。実際の発音に近い表記は難しく、ゲーテとかギョエテの例もさる事ながら、七年くらい前の高校英語教科書に出てきた指揮者のMitropoulosなんかは「ミタラパラス」と発音されていた様子。生地ギリシャではどんな発音になるのやら。日本のレコード雑誌では「ミトロプーロス」と表記している旨、話題を英語の先生に振ってみましたが、あまりピンと来なかった様です。
> 夢は枯野をかけ廻る。~昔、鮮魚市場に行ったら「筋子」がありました。そればかりでなく「すずこ」もあった(笑)。どうやら「筋子」は「スジコ」「スズコ」の両方で通じる様です。これには大いに感心させられました。二つの音声を一つの漢語で取り纏めるとは、なんと見事な翻訳システムだろう。方言のままの姿を包摂しながら共通語の体系に収束させる上で、漢語だらけの和文はさぞ役に立った事だろう…と。
> 当初は戸惑った「すなそば」だって、文字に起こせば「支那そば」となる。或る校長は定年退職の挨拶で、「コレカラハ、チチイヂリデモシマス」と云ったそうな。「土いじり」の単なる訛りが、色に狂って「乳いじり」するみたいに聞こえる。何年経っても忘年会の酒の肴になる。
> …ところで、文字言語には別の効用もありそうです。音声言語もまた然り。嘗て、盲人ヴァルヒャは努力して立派なオルガニストになったとか。今は日本人の盲人ピアニストも活躍中。
> これらの事例と同様に、実質的な「聾」的性格を惹起する音声言語の鏡像的差異は、間断なく~今も昔も地方も中央も飛び越えながら、文字言語を反復的・創造的・免疫的・補完的に「共通語」化し続けると思うのです…。音声言語が必ずしも文字言語を必要としない様に、文字言語だって必ずしも音声言語を必要としない。そこに私は、ロミオとジュリエットの間に生じた「憧れ」と似通った横断への動機・契機を感じ取っています。
> 具体的には~戦中・戦後のケースで云うなら、山本有三あたりが提唱したルビ廃止への動きが影響しているのかも?
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「国語問題」其三

苹@泥酔

2020/10/03 (Sat) 18:22:38

8【再掲】国語問題05 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/03 (Mon) 22:10:39

【再掲】国語問題05
7659 五年半前の記録(其二) 苹@泥酔 2009/10/24 21:30

 …続ける。


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>155 二題 苹 2004/04/13 02:38
>
>  先ず、前稿で書いた「聾」的性格について補足します。~下記引用は『ろう文化』(青土社)P.219~220。対談「ろう演劇と言葉」(米内山明宏・多木浩二)から。
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>米内山 私としては、手話が言語として確立されたものであるのか、あるいはその途中であるのかどうか、それは問題ではないと思うのです。ろう者にとっては自分の持つコミュニケーションの方法は様々ですから、つまり日本語と比較するということは考えていません。勿論、「日本語と比べて手話はまだまだ確立していない、これから沢山作らなければならない」と比較する人もいれば、「手話は言語としてきちんと成り立っている」と考える人もいます。
> 日本語と同じように、手話も次々に移り変わってきています。ろう者の手話は、手で現す語彙の問題ではなく、顔の表情・目・顎の動き方・身体全てが言葉になるわけで、そういうことに皆気がついていない。手話は「手だけで表す言葉」と考えられ、手に集中しているようです。それで語彙数を計算してみれば少ない、ということに行き着くのですが、そうではなく、手の動きは一つであっても、顔や身体の微妙な動きによって言葉の意味に違いがあるわけです。ですから、手話として確立されたものかどうか、私としてはまだ意識していません。
> 日本語、そして声の歴史は非常に長いものです。それは十分にわかっていますが、正直言って、私は声の世界が理解できません。例えば、聴こえる人は「良い」と言ったときに、その声をそのまま「良い」という言葉で活字にする。それを見ても、どういう意味なのか理解しがたいところがいくつもあります。聴こえたことによってわかる言葉が沢山あるはずです。ろう者にとっては興味のない、というよりは、かけ離れた世界のように見えるのです。でも、それを知らなければいけないし、日本にいる以上は、日本語を理解しなければならない。とは言っても、ろう者として使う日本語ではないものは、自分の中で自然と省いていく場合もあります。ろう者としては、口話は借り物で、口話を借りて覚え、また、日本語を漢字から借りて表現する、というように、借り物の言語のような感じです。それで確立するかどうかは、今後右往左往していく中で決定づけられていくのではないかと思いますが、言語としての確立は非常に難しいですね。
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> …対談全体を読んだ印象では、口頭で行われたかの様な書きぶりに見えます。校正段階で目を通しているでしょうから、「良い」の箇所は多分その意味の通りなのでしょう。しかし~(「手話」抜きの)口頭での印象ならば尚更、他に「宵」「酔い」などの選択肢が言表作用の背後に隠れていても決しておかしくはなかった筈。そう捉えるなら、ここでの活字表現はもはや正確な口話の転写に留まる事ができず、却って口話表現の歪曲をも含意する結果になってしまう筈。
> 閑話休題。
> 視覚障害~いわゆる「盲」の側の場合、嘗ては「検校」の様な制度が要請されたりした模様。聴覚障害の場合は日本史上どうだったのか、どなたか教えていただけるなら幸甚です。
>
> ところで、キルドンム様のは…どの年齢層を対象とした書簡文例集でしょうか。
> 参考までに、こちらも一つ挙げてみます。以下は競書雑誌『文化書道 学童版』1982年8月号(代々木文化学園、文化書道出版部)所収の、中学生向けの連載記事「近世習字教育のあゆみ」から。
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> 『新撰尺牘往来』という本は、明治五年(一八七二)、樵山が満三十歳の時に書いたもので、文章字句は萩原乙彦が作っています。尺牘とは手紙のことで、往来というのは手紙形式の教訓的な文ということ、つまり、手紙用語の手本集です。二七〇ページは、右側が表紙の裏のページ、左側は手本第一ページの図版です。この手本の前に、萩原乙彦の作った漢文の前書きが、やはり樵山の筆で書かれています(先に秋巌のお話の中でご覧に入れた二四三ページ右側の図版がその終りの部分)が、それには、「夕立がやんで涼風が起こり暑さを一時忘れていた時、本屋の万鐘房の主人が訪れて、子供の学習に役立つような新しい本を書いてほしいと頼まれた。人は先ず下学(身近な所から学ぶこと)しなければ深い道理に達しない(論語にあることば)と私はよく人に言っている。それについて、文安年間(室町時代の初め)に作られ、寛文年間(江戸時代の初め)に訂正出版された『下学集』という本があり、また、正徳年間(江戸時代の中ごろ)には『新撰下学集』という小さい本も出版されて子供の学習の役に立ってきている。初めて学習する者にはなお不足なところもあるが、しかし、ほとんどの人はそういう本があることさえ知らない。ここにもう一つ『消息往来』という本が出版されていて、これは皆知っている。しかし誰が書き著わしたものか判らない。その文章の体裁は俗っぽく、字句の分け方もまちまちで、まるで文に成っていないが、寺子屋の先生は、ほとんどこの本を使って子供を教えている。しかし世の中が一変し、手紙を書くことが多くなってきた今日では、『消息往来』はやめるべきであるが、相変わらずそれを手本にして「一筆啓上」と書き出し、返事には「御華墨(手紙のこと)拝見」と書いているのは大変時代おくれでおかしいことだ。新しい本を作りたいという本屋の考えは、ここにあるのであろう。そこで、子供のための本としては、あまり難しくなく煩雑でなく、しかもその『消息往来』を参考に手紙用語をのせるようにすれば、これまでの本に慣れきっている者にも理解しやすく、もっと深い勉強にも進みやすいと思うので、そのような考えのもとにこの本を作った。幸いに、これから学ぼうとする人がこの本を選んでくれて、大いに活用してくれれば大変満足である」とあって、乙彦の本作りの自信が独特の美文調で綴られています。
> 二七〇ページの図版の左側はその第一ページで、次のページはその第二ページの原寸大その次は三ページ目の図版です。こういう手本で、明治時代初期の子供(今の小学高学年から中学生ぐらいの年齢の子供達)は手紙用語を学んだわけですが、具体的にどんな字句を習ったのか、以下その三ページについて、読み方と意味を見ていただくことにします。「大凡(およそ)尺牘者(手紙というのは)聲問(訪いおとずれ・消息)を達し、往復(ゆきかえり)餽受(賜り物を受ける)晋接(すすみまじわる)親戚(親類)故舊(古い友人)間闊せず(無沙汰)近郊(近くのすなか)遠邦(遠いくに)路程(道のり)路途(道のり)山川迢逓(山川はるか遠くにへだてること)修夐(ながくへだてる)遐邇(遠いところと近いところ)江湖上(「世の中」と読む)無量無彊(量り知れず極まるところなく)の事、貴賤(身分の高い人と低い人と)に必要の最芸(第一の技芸)なり。蓋し…
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> うーん、転載するだけで疲れた(苦笑)。まだまだ続くけど、モウやーめた。ところで…あれ? この後アタシ、何を書くつもりだったのか分からなくなりました…。とにかく昔の感覚は、今の感覚で見ると滑稽味さえ覚える。そこに罠がありそうな気がする。明治の文豪については或る意味、破壊者としての役割だけが強調されてきたのではないか。少なくとも昭和の文士達にとっては、(大正時代のフィルターを通して)その方向に行っちまうだけの理由が充分に整っていたのではないか…。そんな事を書こうとしたのかも(汗)。

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>166 「万葉仮名・藤原定家・契沖・現代仮名遣い」について(其二) 苹 2004/04/14 21:45
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>  …取り敢えず、「其一」の続きとして。
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> 「容易ならざる区別」からの脱却により、伝統に内含される精密さと複雑さはいったん神棚に祭り上げられた…と仮定してみます。伝統それ自体を放棄したのでも、破壊したのでもない。放棄したのは国民的合意としてのアクチュアリティだけだから、文化保存の観点に限ると深刻な影響は認められない。それどころか更なる漢字節減(交ぜ書きを含む)に伴い、仮名遣いの煩雑さが露呈してしまうのは当初から目に見えていた筈。来るべき漢字廃止ショックの大きさを見越して、新たな仮名対策を立案する必要に迫られていたのではないか。
> 例えば「逍遙」は、そのまま漢字で覚えれば事足りる。しかしいくら字面が難しいからと云って、そんなのをいきなり旧仮名遣いで表記し始めたらどうなるか。漢字より仮名の方が遙かに難しい。漢字には多種多様な草略体があるから、いざとなればうろ覚えでも平然と読み書きできる。昔は漢字の点画を正確に覚える必要などなかった。今の学校感覚で漢字を捉えると大きな間違いを起こす。正確な点画を強要する代わりに漢字数を減らし、そのしわ寄せを総て平仮名に押しつけただけではないのか。こう見る場合、所詮は「苦し紛れ」の瓢箪から出た駒なのだから、痕跡を博物館・文学資料館送りにしたくらいで四の五の文句をつけなさんな、となる。
>
> 多くの国語学者は論文を書き、それがやがて活字になる。明治の文豪もそうだった。活字でなら、漱石の「道草」くらい誰でも読める。しかし原稿となると話は別で、余程のマニアでない限り~例えば二玄社の複製には手が届かなくて当然だし、わざわざ手を出す必要もない(限定380部、本体価格95,000円)。紀伊国屋サイトで広告を見ると、こいつは確かに読みにくい。第1回1枚目の本文は「健三可゛遠い所可ら帰つて来て」と始まり、しかも「所」は書写体、「帰」のルビは「可へ」と振ってある。その後に出てくる同頁の変体仮名は多・奈・尓。国語学者の論文原稿の場合はどうだつたのだらうか。まあ…少なくとも活字の場合、「どう多゛つ多の多゛らう可」と中途半端に表記するよりは、新旧仮名遣いの方が明らかに読みやすい。漢字と仮名遣いの前に、文豪と国語学者の別は成り立たない。「かなのくわい」や「羅馬字會」の提唱した表記は、理念だけを残して二つとも立ち消えた。~ところで、最後に残った表記とは何か。
> そう考えるなら、活字文化の枠内で字体や表記法を統一するのは歴史の必然とも云える筈。書字文化を丸ごと捨象すれば、却って書字の痕跡が邪魔になる。だから「多」などは、もはや仮名のままではいられない。しかし~活字は本当に書字の痕跡を捨てる事ができるのか。「統一国家日本」としての最初の捨て方を模索した時に旧仮名遣いや言文一致の考え方が絡みついたと見るならば、国語の濫觴は明治時代に固定される(それまで国語は存在しなかった事になる)。文字を媒介した古代中国音の再現に至ってはナンセンスとしか思えない。日本語に場を移した途端「本末転倒になる」のではないか。それ以前に先ず(変体仮名を含む)書字文化の復活を経由してからでないと、却って拙い事になるのではないか。
> 近代化の能率主義が無味乾燥となり、やがて新たな多様性を要請し始める時、そこに絡みつく伝統は既に予め淘汰されている筈。~この流れには旧仮名遣いも含まれる。何を淘汰した結果「旧仮名遣い」が生まれたのか、その点を今月号で衝いているのではないか。
> 西尾先生の視点は明確に表明されてある。曰く、「ふと思ったのは、日本語は文字に出会って、表記の方法を確立し、初めて日本語になった、という観点が余りに強調されすぎているという印象です」と。敢えて書字には言及せず、専ら音声に焦点を絞って深奥を剔り出す。書字と活字とのずればかり気にしてきた私の様な読者にとって、以下の視線への興味は尽きない。「しかし写される前にも言語はあり、歌はあり、その基底部が文字でとらえきれない動きを示し、文字とのズレを生みます。音が動いても、文字はついて行けないからです。」
>
> 音声と文字とのズレ、文字同士のズレ、音声同士のズレ。…古今東西、三角関係はややこしい。事実上の言語革命を目的とする国語教育が亭主、その本妻を「言文一致」と見立てるなら、愛人に相当するのは差詰め「書道」あたりになるだろうか。愛人は学習指導要領により正式に「捨てられ」、今では「芸術」亭主の妻の一人に収まっている。元の亭主と密会するのは御法度。だからこそ芸術科書道担当の国語科教員は、表向き~とっくの昔に捨てられた筆文字を「読める様にしてはいけない」のだろう(書道側の学習指導要領と矛盾する点については、あくまで国語側を優先する様に複数の管理職から暗示されている)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 最後までズッコケ続けて相済みません(平伏)。差し当たっては、これにて打ち止め。
> 閣下には、さぞ苦々しく思われた事でせう。お代官様、執拗な投稿をどうかお許しくだせえまし(再三ひれふして嘆願)。そろそろイラク話に戻りますぅ…。

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>219 「奴は知り過ぎた。」の図 苹 2004/04/19 01:20
>
>
> 閑人様からのヒントを承けて、つれづれなるままに「邪魔者は消せ」の構図を。
> 方言を差異化すれば、共通語に反する地域語を消し去ろうとした明治以後の教育は或る意味「正しかった」事になるのでしょう。しかも旧仮名遣いは生成途上の国際語に属しますから、元々「やがて消え去る定め」になっていた筈。だから戦後は新仮名遣いに移行した。その動きは戦前からあった。~以下は『漢字講座11 漢字と国語問題』(明治書院)P.18~19、古田東朔「明治以降の国字問題の展開」より。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 仮名遣いに関しては、「当用漢字表」と同じく、昭和二一年一一月に「現代かなづかい」が内閣訓令・同告示として出された。これは、和語と漢語の両方にわたるものであり、ほぼかつての「仮名遣改定案」(大正一三年)に、以後の「仮名遣改定案の修正」(昭和六年)、「新字音仮名遣表」(昭和一七年七月)等で修正したものをもととし、なお部分的に改めたもの(エ列長音は、かつては「い」を加えることにしていたが、「え」を加えることに改める)である。
>--------------------------------------------------------------------------------
> この経緯を見ると、「陸軍が一歩先に手をつけていたことの追認にすぎませんでした」とする西尾先生の論は、かなり複雑な状況下で組み立てられた様な気がしてきます。~旧仮名遣いとして制度化された暫定的教育方針は、教育現場では恰も不変の原理であるかのごとく受容されて行った。その結果、明治時代に自ら捨てた筈の日本語の多様性は二重の意味で捨て去られる事になった。するとやがて、捨てる主体と捨てられる客体との重合により自己完結的性格は増幅され、「国定の」仮名遣い自体が神聖不可侵の伝統を表記=言挙げ=体現する上で欠かせない霊性を帯びてくる。地域差を克服すべく、国民統合の手段として教育に導入された筈の方式が、国民から国家への重心移動に伴って別の性格を獲得し始める。
> 政治的意味で云うなら、新仮名遣いは旧仮名遣いの直系と見なして構わないでしょう。どちらも言語革命の手段で、結局は両方とも漢字廃止に至らなかった訳ですから。…しかしながら、流れ自体は国家から国民へと分散しますから、共通語と方言との差異化には、原理的に自ずと無理が生ずる筈。共通語と地域語の差異は、地域語と方言との同一性の裏側で、嘗ての在り方を転倒させる筈。
> 旧仮名遣いのままでも、結果は同じだったかも知れません。…が、ちょうど(運悪く?)転倒の時期に、二つの出来事が重なってしまった。一つは昭和二十一年九月議決答申の「現代仮名遣い」。一つは同年十一月議決答申の「当用漢字表」。転倒直前に戦前的属性を保ち得た点で、旧仮名遣いは「汚れずに済んだ」のかも。嘗ての様な崇高さと美しさを求めるなら、やはり旧仮名遣いの方が魅力的でしょうし、それを歴史的仮名遣いと呼ぶ事に違和感はないでしょう(私なら、わざとらしく「神話的仮名遣い」と呼んでみたくなります)。現代仮名遣いは神聖さの在処を失っているのではないか。少なくとも私にはそう感じられます。~これは音韻や歴史の問題ではない。価値や思想の問題ではないのか。そんな具合の疑いが、現代仮名遣いの宿命であるかのごとく付き纏って離れません。
> 私が旧仮名遣いに軍国主義の気配を感じるのは、たぶん…歴史的多様性を捨てた仮名遣いとして受け止めているからなのでしょう。美と崇高に基づく優越を旧仮名遣いに感じるだけなら構いませんが、余りにも厳密にし過ぎた点が気に食わない。漢字も厳密、仮名も厳密。その一部は戦後も承け継がれている。こうなると歴史的な融通の利かせ方くらい、有り体に認めたっていいじゃないかと文句をつけたくなります。
>
> 数年前の高校入試。~或る中学生が漢字の書き取り問題で、困った「潔」を書きました。三水が小さ過ぎて、「糸」の上に乗る部分が左にはみ出している様に見える。…私は疑いました。「奴は知り過ぎた」のではないかと。チョ遂良「雁塔聖教序」や智永「千字文」谷氏本、太宗「晋祠銘」などの古典に出てくる形だから、歴史的に見れば誤字ではない。その場で指摘したところ、採点委員の合議の結果は「(教育上の規範に従い)誤字とする」。私は暫くして、疑念を抑えきれなくなりました。学習指導要領の中核には、「邪魔者は消せ」方式の判断基準が潜在しているのではないかと。
> …日録「近況至急報告」の、「乱れ、不正確、不統一」で連想した事を一つ。
> 「達」を「幸」に之繞の形で書いたらどうなるか。国語の規範に照らし合わせれば誤字になります。ところが、中国の模範的古典(例えば太宗文皇帝製の「雁塔聖教序」)では正しい形になる。文字を取り巻く歴史観の基準を碑版法帖の側に移せば、康煕字典の方が間違っている事になる。にもかかわらず学校教育では、書写体は間違いで康煕字典体が正解となる。
> …或る日、高校の進路講話に某国立大学教育学部国語科の教授が招かれました。その講話の中に「達」の話が出てきて、私はかなり面食らいました。この教授は「幸」に之繞の形を排除しようとする訳です。昔は正しかったのに、今は正しくない。この手の判断傾向を援用するなら、変体仮名や昔の字を教える書道は疑う余地なき「国語の天敵」となりますわなぁ。
> 全県規模で基礎指導が禁止されているのは仕方のない事。学習指導要領を上手に曲解する方法が要請され、高度な解釈技術が育まれる。書道では形を教え、国語では言葉を教える。書道で言葉を捨てて、国語で形を捨てる。国語の古文に変体仮名は出てこないし、漢文も旧字体でなく新字体で教える方が好もしい。国語古典の側で書道古典の形を排除すると、国語側から書道側に向かう横断方法は使えなくなる。書道側では古典から形だけ採って、「漢字仮名交じり書」と漢字書・仮名書との間を独特の禁忌によって峻別する。
> ここでの禁忌は「読めない書」。「読める書」の指導が「読めない書」の領分に踏み込むと、国語側の厳密さを侵犯する事になる。生徒が「読めない」仮名を書いても書道教員は注意するのを躊躇わざるを得ないし、生徒が「書いてはいけない」字を書けば、国語教員は注意深く減点せざるを得ない。神聖不可侵であるかのごとく振る舞いながら、禁忌は教育から遠ざかる。ならば万葉集も幕末書簡も、「読めない」点では平等に扱われるのが当然となる。明治以降の仮名表記(活字表記)に翻訳されて初めて、我々「現代人」は古典的記述様式との接点を持てる様になる?
> 唯一の救い(?)は、学問を犠牲にする事により共同体への参画意識が培われる事。その善し悪しについては~精神状態がいつもより不安定ですので、まだ問わないで置きます。
>
>
>(補遺)
> 「某」様ご紹介の板、ざっと拝読しました。
> 助詞の指標としての役割を際立たせるために「は」「へ」「を」を残したと考える場合、その目的が漢字廃止にあったと考えるなら、西尾先生の論は寧ろ「保守的」に見えてくるのではないかと思います。歴史的仮名遣いの硬直性を明治の軛から解き放って初めて、現代仮名遣いもまた現代から解き放たれるのではないかと。その意味で喩えるなら、西尾先生は言葉のマッサージ師ではないかと…(ここではマクルーハンの云う、「メッセージ」と「マッサージ」との関係を想起)。
> それからソシュールについては、丸山圭三郎『ソシュールの思想』(岩波書店)P.131~132の記述が気になります。
>--------------------------------------------------------------------------------
> ここにソシュール思想に対する決定的な誤解の生ずる原因がある。すでに見てきたように、ソシュールの言語観は、「うつわ」と「なかみ」的な発想を拒否するところから出発した。シニフィアンは物理音でもなければ既成の意味を盛るうつわでもなく、シニフィエの方もその鋳型に流しこまれるなかみではない。したがって、語の内容、すなわち指向機能や意味を稀薄にしていくことによってその表現のもつ「物質性」を浮きぼりにし、これがあたかも事物の有する表情のごとき意味を生み出す詩的言語となるかのごとき期待は、その前提から意味を失ってしまう。ましてやソシュールは、かつて一度としてシニフィアンに対するシニフィエの優位を語ったこともなく、シニフィアンの物質性などという幻想を抱いたこともない。シニフィアンを実現するものが、音声であれ文字であれ、極端な言い方をすれば色であれ香りであれ触感であれ、それらはなべて同列に実質の次元に属し、たがいに優劣はない。ソシュールが優位性を説いたとすれば、実質に対する形相の優位性であり、言語の本質は、実質ではなく形相であるということを強調しただけである。そして、実質というのは、巷に解されているように、必ずしも物理的・物質的材料のことではない。確かに、シニフィアンを現前せしめる実質は、自然言語の場合に限って言えば物質音ということになろうが、シニフィエの網を投影させて区切られる意味の実質が、物理的・生理的なものでないことは言うまでもあるまい。シニフィアン・シニフィエともに形相であるということは、そのいずれもが「ア・プリオリに存在し、絶対的特性によって定義されるもの」ではなく、価値体系内の関係の網の目であるという事実の指摘であり、ソシュールが説いたのは、そのような「即自的実体」に対する「関係」の優位性であった。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 漠然とした印象に過ぎませんが…ここに「表意性」がどう関わるか。その関わり方を表意性に優先すれば、表意性は相変わらず保たれたまま、「てにをは」の関係性もまた優位に立つのではありますまいか。そこにあるのは共立性。優位性は常に持続的に、関係の中に(形相を巻き込む契機となりながら)自ら溶け込むのではありますまいか…。
>
>
>苹頓首頓首。
> 山形板に投稿する気力が残って居りません。スタミナ不足と感覚鈍磨の極にて、歌の粋には言及できぬ事、何卒ご容赦を賜りたく…(泣)。
> この場を借りて、桜子様への感謝を識します。伝統板の方に、変体仮名を掲載していただき有難う御座いました。今朝方「おちょくり」板に書いた「多」は勘違い。昨夜ここに書いた意図は、桜子様が補って下さいました。
> …然るに次は閣下宛。そこの字形を西尾先生のご所望(?)と比ぶれば、その差異は如何相成るかと。山形板の私宛稿より経由可能の由、御披見被下度願上候。
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8【再掲】国語問題06 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/06 (Thu) 21:58:30

【再掲】国語問題06
7660 五年半前の記録(其三) 苹@泥酔 2009/10/24 21:33

●ここで西尾先生からの伝言が来る。本人のカキコでない理由はパソコン打鍵上の問題だった。そして当時は、まだ蘭様と西尾先生の間に熱い関係があった。~ここらで蘭様の当該稿も出したいところだが、本稿は苹自身の生体解剖(?)が目的なので割愛。
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>220 お二人への感謝 西尾幹二代筆年上の長谷川 2004/04/19 09:02
> 女性 主婦 AB型
>
>苹さんへ
> 丁寧に読んでいます。たくさん学ばせていただいています。仮名遣い問題に関しては、私は勘だけを頼りに手さぐりで書きましたが、あなたの提出資料を読んでいると、思いもかけない道が開かれそうな気もします。仮名の新旧論者はどちらも〈整頓主義〉なのです。どうかもっとご教示ください。
>
>蘭さんへ
> 仰せの通り「江戸のダイナミズム」は「悲劇の誕生」につながっています。ただどうつながっているかは私にも分らないのですが。言語と文字は別です。世界の言語は約3000もあり、文字は400ほどしかありません。言語学者は音声言語を言語と考えます。拙論のモチーフを深く考えて下さり、ありがとう。
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 この後の反応が…よほど気持ち悪かったのだろう(苦笑)。それでも苹に関する三度目の言及は、数年後の「日録」に一度だけあった。有難かった。ただし私は書道家ではない。
 …続ける(汗)。


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>232 恋は野の鳥? 苹 2004/04/20 06:16
>
>
> なにやら面妖な事に…(汗)。思いがけなくも、西尾先生から過分のお言葉でしょ。~例えば私が純情な女生徒で、先生に恋をしたとする(あきんど様、吐かないで…)。そして何かの機会を利用して、先生に恋文もどきをあれこれ綴るとする。そこそこ親密になるのは構わないけど、デートなんかしたら一昨年頃に見たNHK「中学生日記」の一場面になっちまうわいなぁ。生徒は先生に接吻を求める訳です(蘭様、吐かないで…)。すると先生は困ってしまう。
> 或る授業の最中、先生が一言「俺とお前の仲じゃないか」と漏らしたらどうなるか。どんな仲なんだ? まだ「何もない」じゃないか。生徒はふと我に返り、自ら身を引くかも知れない。或いは幻滅して、淡い恋は冷めちまうかも知れない。それとも舞い上がって、猛烈なアタックを開始する?
> こんな具合だから、あきんど様は「真面目な事を書いているうちにくだけちゃう」と仰せなのでしょう(苦笑)。本人はこれでも結構、真面目に「脳内財政破綻」してます(爆)。これで「提出資料」がなかったら単なる感想破綻文=読書妄想文、何の取り柄もなくなるでしょう(汗)。
>
> 閑話休題。
> キルドンム様、『言文一致用文』の件、有難う御座います。そう云や今の書簡文例集って、どんな具合になるか気にした事はないですねぇ。昔式の語句を使うと却って嫌われたりするのも、無理はないのかも。
> あの後、山形板経由の伝統板にて「今昔文字鏡」らしき変体仮名フォントを駆使した実例発見(桜子様に感謝)。横書きのを見ると、「やや不便」どころか「実用には不向き」なのだと納得します。やはり連綿文化を破壊した影響は大きいらしい…(嘆息)。
> 「棒仮名遣い」についてはよく知りません。「新仮名の引きずっている要素は「は」「へ」「を」のみではないと考えるのですが」ってのも気になりますが、こちらの妄想があらぬ方向に行く可能性は多分にありますから…148の続きにてヒントをいただけるなら幸甚です。
> 因みに、私の教員時代の口癖は「シント!」でした(「ヒント」の訛り)。ハヒフヘホはハシフヒェホに聞こえる模様。ウムラウトは表記の背後に隠れる…(と、ここで開き直る)。
>
> 閑人様の、「30年前と殆ど考えておる事が一緒なんよ」との仰せについては、いつも影響の大きさを感じます。教育の成果はかなり後になってからでないと出てこない様にて、ソ連崩壊の影響も「まだ出尽くしていないのではないか」なんて考えてます。
> 書道でも(いつもこのネタばっかり…汗)三十年前は「読める人」がわんさか居た筈ですが、時の流れに身を任せ、彼方の色に染められていくうち、気が付いたら誰もが読めなくなっていた。しかも書道の先生自身がそれに気付かない。だからいつの間にか「読解指導を怠っても大丈夫」との風潮が自然発生的に社会全体を覆い、今では既に書教育界全体が「ゆでガエル」になっていた…のではないかと。~「書道」の箇所を「歴史的仮名遣い」や「平和ボケ」などに入れ替えると、うぇっぶ庵の荒間様の稿も射程に入ってくる様な気がしてきます(「おじ」表記の件)。
>
>(補遺)
> 前稿前半では、投稿直前までは別のを引用するつもりでした。より簡潔・適切な箇所を見つけたのであれにしましたが、元々は次の通りになる筈でした。読み方に別の要素が入ってくるでしょうから、消さずに残して置いたのを載せてみます(やっぱり気になる…)。~以下は『漢字講座11 漢字と国語問題』(明治書院)P.46の、渡辺実「常用漢字の音訓」から。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 敗戦後の日本語の改善施策は、まず「現代かなづかい」の制定から始まった。明治政府の課題の一つであった国民の教育水準の向上は、急速にその成果を挙げて来て、一般社会人の言語生活の拠るべき基準が求められるようになるまでに、それほどの時間はかからなかった。明治三二(1899)年の帝国教育会の国字改良部、明治三六年の文部省における国語調査委員会、大正一〇(1921)年の文部省における臨時国語調査会などの設置は、学校教育・ジャーナリズムなど、今や全国民の言語生活の一部となった方面からの要求に、公的な機関の活動が必要となったことの現れである。それらの機関の活動は、国語改善施策の面では、漢字の問題と仮名づかいの問題、すなわち国字問題にほとんどを割いている。表記は内容の衣裳にすぎないのだが、その固定性や物的性格から、それの抱える問題が、内容の問題よりも切実に感じられることが、自ら反映していると言うべきであろう。表記というものが持つ性格は変わらないのだから、国語改善策が表記の問題に偏りがちとなることは、戦後にもひきつがれて、国語審議会とは国字審議会のことかとひやかされるような状態がつづくのだが、早く示された大正一二年の「常用漢字表」や大正一四年の「改定仮名遣案」などは、十分に社会に実施されるに至らないままに終わってしまう。折からの関東大震災など、天運与せずということもあったが、表記を改めることそのものが、いざ実施の段になると、非常に大きな抵抗にあうことを示す事実でもあるだろう。したがって「現代かなづかい」を先頭とする戦後の国語改善が、教育界・報道界を中心として「実施」されるに至ったのは、全く敗戦による伝統の一旦停止・白紙再出発で機運が熟したからであった。
>--------------------------------------------------------------------------------
> これの引用を断念した理由の一つには、大正十三年と大正十四年とのずれが煩わしい点も含まれています。あと、いつもと比べて文章量全体が長くなり過ぎる事も…(汗)。
>
>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵

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>236 深層構造… 苹 2004/04/20 22:19
>
>
> 今夜もぐびぐび、太初にビール中毒のたわごとありき。~「言語学者は音声言語を言語と考えます」とは西尾先生の言。こんな所にヒントの魔力が棲んでいるのかも。以下つらつらと、お役に立てる事を願いつつ。
> ふと思い出して、「認知科学選書」シリーズの第Ⅱ期にある茂呂雄二『なぜ人は書くのか』(東京大学出版会)を引っ張り出してみました。こんなふうに書いてあります(P.45~46)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> ソシュールのこのような言明に代表される立場を、シントにならって音声中心主義(phonocentrism)と呼んでおこう。音声中心主義の主張は、①書くことをルール体系とみること、②書くことの二次性にまとめることができる。
> すでに前章で吟味したように、書くことをルール体系と等しく発生的に二次的なものとみることはできない。書くことが音をルール的に指し示すようになるのは、発達のある時期からである。それ以前は、多様な表現系が互いに癒着して一体となっていた。
> 音声中心主義とは反対に書きことばに強調点をおく立場がある。この立場も書くことが話すことよりも遅れて発生するとみるところはかわらない。しかし、この立場は遅れて発生する書きことばが、先行する話しことばでは達成できなかった進歩をもたらした、と主張する。このような立場を書中心主義(graphocentrism)と呼んでおく。
> ここで必要なことは、この書中心主義がどのような主張を何にもとづいておこなっているのかを吟味することである。そのために大分水嶺理論と呼ばれる書中心主義のもっとも極端なかたちの理論を吟味していくことにしよう。(以下、略)
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> シントは人名。文献の欄には「Scinto, L. F. M. 1986 Written language and psychological development. Academic Press.」とあります(私は未読)。これまで読んだ本の多くが、ソシュールを音声中心主義の立場と見なして居りました。丸山圭三郎式の読み方を基準とするなら、一体どういう事になるのやら。
> ソシュールの真意がどこにあったのか、私にはまだよく分かりません。確実なのは、後の言語学の主流(?)をなす音声中心主義がソシュール理論の影響下にある事だけ。ところがもう一方の書中心主義も、哲学的にソシュールを捉える場合は必ずしも無縁とは云えなくなる気配。~同書では大分水嶺理論について、フィネガン(Finnegan, 1973)、グディ(Goody, 1977)、スクリブナーとコール(Scribner & Cole, 1981)を紹介しています。その大雑把な特徴は下記の通り(P.46~47)。
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> 大分水嶺理論は、思考の歴史的な変化と、その変化のありかたについて述べるものである。歴史的変化に関しては、書きことばの導入によって、それ以前の口頭伝承文化(oral culture)の思考に劇的なしかも後戻りしないような変化が生まれたと考える。また認識能力については、識字文化と口頭伝承文化で異なっており、書きことばの発明によって論理的、抽象的な認識能力が生まれた、と考える。
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> また同書では「強調する点は異なるが」と断った上で、マクルーハン(McLuhan, 1962)、オング(Ong, 1971)、イニス(Innis, 1951)も大分水嶺理論の立場だとしています。ここでのマクルーハンは『グーテンベルグの銀河系』の事。私にとってはオングの方が魅力的で、『声の文化と文字の文化』(藤原書店)を必読書と思っています。
> この先に立ちはだかるのはチョムスキーですが…そこに用いられる語句(と云っても日本語訳)は、碌に読んでいないのに何故か魅力的に感じられます。表層構造・深層構造の考え方を漢字の可塑性把握に適用したくなって疼々します(こうなるとクリステヴァの『詩的言語の革命』『セメイオチケ』も絡んでくる?)。
> 草書が読めれば楷書も読める、楷書が読めれば草書も読めるのは何故か。もしかしたら、「各種の漢字書体は不完全な漢字の影に過ぎない」のではあるまいか。苹按ずるに~昔の人が三体千字文から学んだものは、楷書・行書・草書の様な書体それぞれの姿ではない。三種の書体が並列してあるところから、三つの書体の関係を「文字の本来の姿として」学んだのではないか。それを漢字の深層構造と見なすならば、実際に書かれる文字の姿は表層上の影に過ぎない。関係の優位性を学んだからこそ(草書の彼方に)平仮名の形が派生し、かつ~それとは全く別の通時的水準で、西尾先生ご執心の音韻が絡みついたのではないか。
> 私自身の漢字学習を振り返ると、内的過程は…そうなります。書道師範レベルの人なら分かっている筈なのに、どうして誰もハッキリ語らないのか摩訶不思議。これも敗戦ショックの影響かしら?
>
> 以下は支援板の再録。
>--------------------------------------------------------------------------------
>滅びの字学 投稿者:苹 投稿日:01/10(土) 21:20 PC No.3394
>
>>学校の中だけで生き延びざるを得なくなった時点ですでに滅んでいたのでしょう。
> その引き金がGHQの占領統治。昭和二十三年、民間情報局(CIE)から小学校毛筆習字科廃止を要請された文部省が審議した結果、二十対一で全面廃止と決定。それを聞いて驚いた書道界が反発し、CIE教育部長アーサー・K・ルーミスに諒解交渉を重ね、衆参両院に請願運動を開始。
> …と云っても、実は大正八年に前例があった模様。時の文部大臣中橋徳五郎が小学校毛筆教育廃止を主張し、これに危機感を持った書道界が大正十二年、精神作興帝都復興の詔勅(九月十二日)を契機に行動開始。昭和十二年頃まで続く大同団結の過程では、政治家や軍人を巻き込む凄まじい派閥抗争があったらしい(笑)。幕末・明治を経験してきた中高年・爺様同士の派閥抗争だから、暴力を頼みとするチンピラ・ヤクザのそれとは格が違う(爆)。…で、この両方に関わっていた大立役者は、後に天台宗大僧正・文化功労者となりましたとさ。
>
> 戦後民主主義と大正デモクラシーに共通するのは、「これからは日本語でなく英語の時代」とする風潮。その牙城は表向き文部省で、実際は第一線を兼ねる「学校」各々。経験と反復により培われる伝統創出効果は名実一致を必須条件とするから、そこに対立要因としての国語や書道を持ち込む場合、文部省と学校の対処方法は自ずと限られてくる筈。
>・あからさまな排除
>・教育内容の形骸化
>・積極的な歪曲指導
> 書道では現在、これら三位一体の奇蹟が実現しています。「つくる会」への対処方法も、大体は似た様な具合になるのかも。(全部やっても~つまり「三位一体」方式でも騒動にならないなら、隠蔽システムの完成度は極めて高い?)
>・任免の時点で、「つくる会」支持者を排除(勤務評定とコネ採用を重視)
>・人事異動で、専門的指導力のない教員を配置(他科教員が歴史を教える)
>・左翼系・組合系教員で各種の教科会議を固め、教材研究の方向を一元化
>
> 「あからさまな排除」は教育庁・教委レベルの政策。…が、ここまで持ち込むのは難しい筈。契機自体が初めから県民・市民の賛同・諒解を前提していなければならないし、そのためには充分な歴史化と新伝統創出が必要。「地歴公民」各科目の場合は主要科目の扱いだから、今は「社会科」イメージ由来の包括性に依存するのが関の山かも。地理の先生が歴史を担当するなどの科目横断慣行が定着すれば、教員採用試験科目の一本化は必ずしも不可能ではない筈(「教育内容の形骸化」には様々な手段がある模様)。しかし県はまだ踏み切れない。現に国語科と芸術科書道もまだ一本化されていない(尤もこの場合は教科横断の必要があるため、制度上やむを得ない)。本格的な大学全入時代とならない限り、大学進学率をバロメータとする監視システムは形骸化の阻害要因であり続ける筈。その点、書道対策の場合はかなり楽だった筈。なにしろ入試と無関係だし、多くの学校は初めから定期考査の対象としない。
> イメージ戦略に於ても、書教育の飄揺ぶりは参考になる筈。~昭和二十三年の請願運動は本来、純然たる保守運動となる筈でした。しかしこれには書家・書教育者の他、筆・墨・紙などを扱う関連業界が関与していたし、その後は何が見込まれたのか、社会党までもが絡んできた。
> 日中国交が正常化する前の話。村岡久平(片山哲の秘書)が事務局長を務める日中文化交流協会の強味は、香港経由の非公式ルートでした。そこで彼らは社会主義に疎い有力爺様書家と接近、昭和三十九年には中国から招聘されるに至る(この頃、長崎で中国の国旗が焼かれて対中関係が悪化したらしいが、書家達の訪中は実現した)。~とどのつまり、昔も今も書教育排除の材料は色々と残っている模様。右は左翼の関与を叩けるし、左は(今の護憲姿勢と同様に)都合のよい部分だけ利用できる。
> 実のところ…民間側の変質要因にマルクス主義がどの程度まで入り込んでいるか、私にはよく分からないのよね(苦笑)。「芸術」の名目で「書芸術」を推進する方向性は、明治以来の進歩史観と密接に絡みついているんだし。だから複眼的に警戒せざるを得なくなる。これは国語・文学に於ても同じ事。変質も排除も利用も翼賛も、どれだって(どちら側だって)やろうと思えば出来ない事はないんだから。それをコントロールするためには、文部科学省に束ねて貰うのが一番かも。民間が下手に努力すると、学校から乖離した文化的テロ(もどき)の手段に利権絡みの更なる「媚び」がまとわりついてくる。そうなったら最後、民意に翻弄された歴史的イメージは地に落ちる。歴史が流行の再解釈作用に巻き込まれ、学問的だった筈の正否判断は民主的(衆愚的?)領分で簡単に誑かされる。
> 学校が学問教育を取り戻せない場合、書教育はどのみち民営化の危険に身を投ずる事になるのかな…。これはもはや、「滅びの美学」でも何でもない。見放された「滅びの字学」として、専ら国語の彼岸で黙祷される側に回るだけ。学問全体が民営化されるなら、儲からない学問がどんなふうに商売に転向していくのか、こればっかりは見逃せないなあ(苦笑)。
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>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵
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「国語問題」其四

苹@泥酔

2020/11/03 (Tue) 06:08:11

 投稿禁止ワードには「・」を挿入する。今回は「ラ・ブ・ホ・テ・ル」だった。



8【再掲】国語問題07 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/09 (Sun) 20:03:28

【再掲】国語問題07
7666 【余談】書道愛好家の常識と盲点 苹 2009/11/05 07:14

 …旧稿を読み返すと、このところ忘れていた事が多々あるのに気付く。例えばNo.7660で再録した応援板No.236「深層構造…」稿に、嘗て私はこう書いた(↓)。
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> 草書が読めれば楷書も読める、楷書が読めれば草書も読めるのは何故か。もしかしたら、「各種の漢字書体は不完全な漢字の影に過ぎない」のではあるまいか。苹按ずるに~昔の人が三体千字文から学んだものは、楷書・行書・草書の様な書体それぞれの姿ではない。三種の書体が並列してあるところから、三つの書体の関係を「文字の本来の姿として」学んだのではないか。それを漢字の深層構造と見なすならば、実際に書かれる文字の姿は表層上の影に過ぎない。関係の優位性を学んだからこそ(草書の彼方に)平仮名の形が派生し、かつ~それとは全く別の通時的水準で、西尾先生ご執心の音韻が絡みついたのではないか。
> 私自身の漢字学習を振り返ると、内的過程は…そうなります。書道師範レベルの人なら分かっている筈なのに、どうして誰もハッキリ語らないのか摩訶不思議。これも敗戦ショックの影響かしら?
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 今にして思えば、ちと深読みし過ぎていたのかも知れない。事はもっと単純なのだろう。つまり~余りにも基礎的かつ初歩的なので「聞くのが恥ずかしい」。そして「語るのも恥ずかしい」。或いは聞く側にしてみれば、知らないから聞きようがない。語る側にしても、聞かれないから答えようがない。恥ずかしいとまでは思わなくとも、結局そうなっていくだろう。学びは自然に身に付くから、放置しても構わない。それで充分やっていけた。学校や塾の教育力を、社会環境の教育力が補っていた。そうした効果が最大限に発揮される領分を「基礎」と云う。

 今、習字を千字文から始める人はどれくらい居るだろうか。高校の授業ではやらない(やる時間自体ない)。中学では書写未履修が当たり前だった。となると部活動か書塾か独学か。~ここまで書いて、今更ながら気付いた事に私自身が驚いている(呆れている…orz)。苹の場合は事実上の独学だった。周囲の人々も千字文で学んでいた訳ではなかった。皆が千字文で学んだかの様に書かれてある本を読んだから、中学生の私はウッカリそう思い込んでいたのだろう。
 なにも千字文に拘っている訳ではない。楷行草の並んでいる手本で学べば同じ効果が得られるからだ。とは云え苹の場合、書塾の競書雑誌に千字文が載っていたのだから仕方がないし、久々に開くと解説から多大な影響を受けていた事があらためてよく分かる。以下抄録(「中学生向き」と書いてある)。
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【貴】書道では貝の字の最後の横ぼうを左につき出し、次の左払いとのバランスをとる書き方をする。この横ぼうの終筆を左払いの始筆にして一画に書くこともある。菱潭の字は古い形の貴の字。
【別】海石は第三画と左払いを一画に書いている。義務教育での筆順は口の次に折れはねの画である。菱潭のへんは唐の時代の書にある形。
【尊】第一、二画を八に書くのが旧字体。菱湖・海石の字は短い横画が一本多いが、中国の書にこの例は多い。
【和】書道では、のぎへんのたて画の終りをはねるのが普通。つくりの口は、比較的小さ目に書いているが、鳴鶴の口はやや大きい。
【夫】菱湖の右払いの長さは、虞世南の孔子廟堂碑を思わせる 鳴鶴は逆に左払いを思い切りのばしている。
【婦】ヨの中央の横画を右につき出す形が旧字体。最後のたて画の始筆をヨの最下の横画に接して書き出すのが書道では普通だが、教育漢字・当用漢字の字体ではワかんむりの形の横画から始まる。
【随】エを入れるのが旧字体だが、書道では新字体の形で昔から書いていた。鳴鶴の有の横画がかなり長い。
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 この競書雑誌は過半の頁が「検定成績」で、とにかく人数が多いので「小学生(六年・五年)の成績」といった具合に毎月分載してある。適当な号の「中学生の成績」を見ると、中学三年生は五頁半、二年生は七頁半、一年生は十七頁半、一頁十四段組で氏名が羅列してあった。この全員…てぇのは極端だとしても、少なからぬ中学生と早熟な小学生が千字文の頁を読んでいるかと思うと、これはこれでウッカリ前掲の様に思い込みたくもなる(羅列された氏名を勝手にライバル視していた事は否めない…)。
 しかしながら、件の頁は五人分の楷書を並べた「正隷千字文」で、しかも長期連載である。待ちきれないし全部が揃う訳でもないので、うち一人分のを纏めて買ったら偶々それが「三体千字文」だった。行書や草書は楷書の「おまけ」みたいなもので、わざわざ書かずともそこそこ読み書きできる様になるのは門前の小僧と大差なき瑣事だった(ただし巧拙とは別の話)。昔の人が「おまけ」付きの本でばかり千字文を習ったかと思うと、或る種の贅沢が当時は当たり前だった様な気がしてくる(この場合は楷書の方が「おまけ」?)。~少なくとも後の書家達にとってはそうだろう。当たり前の事を取り立てて論うほど恥ずかしい事はない。数学の先生が同業者に「1+1は2なんだよね」と語りかけようものなら、バカにしてると思われるのがオチだろう。そして書家は例によって展覧会の「あの書風」を書き、初歩的な書風は表向き書かない。書けないのではなく、書かない。(関連稿はNo.7262でござんす↓)
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7262&range=1

 教える側にしてみれば、自分が何かを隠しているとは夢にも思っていないだろう。自分が知っている基礎は相手も知っている(?)がゆえに、暗黙の諒解について敢えて語る必要はない。すると世界は自ずと閉ざされる。互いの諒解の有無が「意識されざる禁忌」となって世界を分かつ。にもかかわらず、両者は分かち難き幻想で結ばれている。
 例えば今でも、「書は心である」との幻想が両者を縛る。たちの悪い宗教の様に、言葉が心を縛る。そんなふうに言い換えれば、或いは言葉と心の両方に対する冒涜と映るかも知れない。心への冒涜が許されない様に、言葉や書への冒涜も許されないとしたら、「書の素養を問う事は心の素養を疑うのと同義」と受け止められる場合も出てくるだろう。~政治家あたり、内心こう思ったりするのではなかろうか。
「俺の心を疑うのか、貴様ナニサマのつもりだ。」
 こんなふうに出られると困ってしまう。既に信仰となった言葉の前では、本来の言葉もまた無力であるからだ。元々は「書は心画なり」だったと記憶するが(柳公権?)、心画が心に昇格しちまったんじゃモウ手に負えない。書画一致論や画賛を前提すれば「心画」とてただの形容ではなくなるのだが、感情的領分では心画も心も大差なくなってしまう(半世紀くらい前までは「詩書画三絶」がまだ死語ではなかった筈)。
 腕に頼ってばかり居ると、腕でしか指導や説明が出来なくなる。言葉は貧弱となり、「スー、トン、グゥーッ、ムゥーッ」といった具合の感覚的な擬音が跋扈する。子供相手なら仕方がないのだろうが、却ってそれが仇となったか、「書家とはそういうものだ」と極めてかかる人(教員を含む)が世間には大勢いるらしい。年配の人は子供時代に通った書塾イメージと学校書写・書道教育を混同している気配が濃厚だし、今後の世代なら或いは書道パフォーマンス(今はマスゲーム化?)の印象が再び影を落とすかも知れない。
 …ここで「再び」と書いたのは、豊道春海などの前例が沢山あるからである。~幕末期は神社祭礼で使う大幟の例があるが、当然ながら昨今と同様のパフォーマンスではない。どちらかと云えば直接大書するのは例外的だったらしい。普通は小さい紙に書いて貰って、それを拡大して幟に染めたそうな。
 そうした技術を用いない昨今のパフォーマンスの方が、むしろ隠蔽された精神主義の下で「素朴に退化」しているかの様に思えてくる。



7703 【No.7666訂正】「書は心画なり」拾遺 苹@泥酔 2009/12/18 20:24

 「書道美術新聞」928号(2009.12.15付)が届いた。連載の大野修作「書学を学ぶ人のために」は、今号のテーマが「「書は人なり」を考える」。…見た瞬間ドキリとした。と云うのも苹は先日、No.7666後半でこう書いていたからである(↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7666&range=1
>元々は「書は心画なり」だったと記憶するが(柳公権?)
 …果たして、案の定となった。上記は苹の記憶違い。正しくは多分、大野先生稿(↓)にある通り。
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> ちなみに、「書は人なり」という考え方が一般化するのは、中唐の柳公権の「人正しければ、筆正し」の言葉あたりからと見られています。漢の揚雄の「書は心画なり」という言葉も有名ですが、これは書写材料としての紙が一般化していない時代の言葉ですから、ここでいう「書」は「書物」の意味であることは明らかです。
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 …しかしながら、これはこれで困った。何か違和感があった。確か昔、昇級試験で半紙に書いた記憶がある。そこで当時のを調べてみたら、あの手本は半紙四行の草書平仮名交じりでこうなっていた。「文は人なり書は心画なり、文も書も共に人格を表現する」。~これをどう読めばよいのだろうか。文と書(と書物と筆跡)の関係や如何に。時代によって言葉の意味が変わる例はいくらでもあるが、これもその口だろうか。因みに私が揚雄の名前を覚えていなかったのは、その手本が載っているテキスト集に揚子雲と表記されていたからであろう。
 書画一致論の領分では、他に王維の「画中に詩あり、詩中に画あり」てぇのがある。また張彦遠『歴代名畫記』の巻第一冒頭「敍畫之源流」に「書畫異名而同體也」とあるのも、今回のを機に久々の確認を楽しんだ。
 柳公権の語についても、念のため附記して置く。『精萃図説書法論』(西東書房)第三巻P.249には以下の解説がある。併せて参照せられたし。
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> 唐の穆宗が、柳公権に用筆法について下問した。公権は「心正なれば筆正なり」と対えた。人格が立派なら書も亦立派に書ける意に解されているがそうではない。「筆正という用筆を法とすべきです」(筆正乃可法矣)の語がつづいているからである。この答を聞くと、帝はただちに態度を改めたという。故にこれを筆諫という。心が端正であれば筆正になる。用筆は筆をまっすぐに立てることにあると解釈すべきであろう。
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 ものの見事に書論臭さが漂ってくるが、「筆諫」と来られるとさすがに参ってしまう。今のご時世には却って新鮮味さえ感じられる(ウッカリ「筆誅」と誤読しちまったのはここだけの話)。…もしも平成の天皇が、小沢一郎に国事行為について下問したら何と答えるだろうか。こちらのネタに絡みそうな脱線話は次回予定稿にて。



7671 【余談】書道愛好家の常識と盲点(補記) 苹 2009/11/08 15:02

 前稿で「常識と盲点」などど大仰に振りかぶって置きながら、楷書にチョロッと触れただけ…てぇのは個人的に稍や後味が悪い。と云うのも、楷書に触れた最大の動機は「書写体の重要性」にあるからだ。それをベースに草書との関係を把握する。~草書が傍目にワケワカンナイ字と映るのは、楷書や行書の形を想像できないからではないのか。あたしゃ子供の頃から常々そう思ってきた。
 例えば千字文に「恬筆倫紙」って句がある。これを三体千字文で見ると、中には奇妙な草書の形が出てきて面食らう事もあるだろう。どう見ても偏と旁の組み合わせではない。それもその筈、元々の楷書は糸偏に氏でなく、氏の下に巾なのだから。つまり(有名な所では)蘇東坡の黄州寒食詩巻に出てくるアレのこった。それを有り体にくずせばいいだけの話。
 王羲之の蘭亭叙を臨していると、「群賢畢至」ってのが出てくる。この「群」が偏旁の組み合わせでなく、君の下に羊。どちらもそのままくずせば二つの草書が出来上がるが、書きやすいのは後者の方だから、私は専ら冠脚構成で書く。要するに「どちらでもいい」。よく人名で、例えば長島と長嶋と長嶌の区別がややこしく見える時があるだろうが、あれも結局は同じ字の組み合わせ方が違うだけの事。草書で書けば判別しにくくなる字の場合なんざ、四の五の云わずに判別しやすい方の形で書けばよい。例えば「村」なんてのはどうだい。昔ネット検索中に松下村塾の看板を見たら、「村」は「邨」の形で書いてあった。これも草書で考えれば合点がいく。「村」をくずせば「お」になっちまってややこしい。しかし「邨」の方も、くずせば「頓」と紛らわしくなる。「お」と「頓」が使用頻度でガチンコ勝負すればどうなるか。誰が見ても「お」の圧勝だろがぁ。学があろうとなかろうと、実用の字を日常感覚で捉えれば自ずとそうなる。裏を返せば、常識が歪めば判断も歪む。漢字の楷書から書写体を一掃すれば、その影響は常用書体としての草書を直撃する。明治政府がやったのは、或る意味そういう事でもあった。
 この手の話は前にも何度か書いた。草書くらい子供でも読めるのに(現に読めた…ただし振り仮名に助けられての事ではあるが)、明治以降の硬直的な漢字教育が書字の歴史を歪曲した。「子供は草書が読めない」と強弁するのは、「子供は漢字が読めない」と決め付けるのと同じ事だ。書体を横断する関係の原理を、ボキャブラリーの量的視点と混同するから話がややこしくなる。そしてそこから漢字制限の発想が生まれる。…そもそも漢字の量的問題が起こったのは明治以降の漢語ブームが原因だろがぁ。開国後に西洋文化だけがゴッソリ入ってきたと思ったら大間違いで、それ以上に多くの支那文化が入ってきた。難しい漢語を使いたがったのは知識人だけではない。遊女や庶民の間でもハイカラ漢語が流行した。そうした背景を踏まえれば、漢字制限の発想は過剰な漢語ブームの抑制に役立った面もある。

 閑話休題。草書の話に戻す。
 殊更に千字文から引かなくてもよいのだが、ともかく「器欲難量」って句がある。この「器」って字も、考えてみれば書写体と活字体との間で振り回された口だろう。中段が「大」か「犬」かの話ではない。書写体では普通「工」か「ユ」の形で書く。それを草書で書けば、「Z」型の四隅に点のある形。筆順を追えば「点々Z点々」となる訳だ。一々正確に「口」を書く必要はなく、いっそ総てを「ヽ」に省略してしまえばよい。ここでも書写体が活字体と草書体との間を繋ぐ。書写体は歴史から紡ぎ出された智慧の集積であり、これを排除した所に支那考証学の病理があった(説文解字~康煕字典)。
 支那の考証学は、草略原理を卑俗なものとして白眼視していたのではなかろうか。この辺については専門家の御教導を給わりたい所だが、とにかく在野の書道ヲタにはそう見えるのだぁ。誰か「東洋文字言語学」とか何とか標榜して、言語哲学的に剔ってみてくれないかしら。誰か先行研究を御存知なら教えていただきたい。
 苹が高校書道の仮名単元で最初にやった事は、書写体を組み入れた上での字源分析だった。「安」と「あ」は結びつかない。繋ぐためには書写体(ワ冠を「女」が貫く形)を媒介せねばならぬと。「以」は偏旁構成の字である。だから「い」は中空になる、と。そんな具合に細かくやって、中学書写で既習の筈(実際は未履修?)の連綿原理を踏まえて噛み合わせに配慮し、そうして基礎を意識の表層に浮かび上がらせ、再び深層へと沈潜させていく。沈潜させて初めて和歌の読解に移行できる。そこからが本番。蓬莱切とか高野切とか粘葉本和漢朗詠集とか、その手の基礎的指導に入っていく。
 高校では基礎指導が求められるが、基礎以前の基礎は事実上「指導してはいけない」事になっていた。それを最も明瞭に示したのは英語教員出身の校長だったかな。曰く、「オマエ読めるか? 読めないだろ。読めないものは教えちゃいけない。」~校長室に呼び出された時の説教でござんした。
 GHQ~ひいてはCIEの占領政策たるや、どっこい今もまだまだしぶとく生きている。

 GHQやCIEについての言及がある本の中で、入手しやすいのは安田敏朗『国語審議会』(講談社現代新書)辺りか。草書からの脱却が当たり前となった時代感覚で見るなら、その後の成り行きを俯瞰する上で大いに参考となる。
 その反対に、専門書の方面で時代を遡れば三保忠夫『古文書の国語学的研究』(吉川弘文館)や沖森卓也『日本古代の文字と表記』(吉川弘文館)などが思い当たる。前者についてはどこかで言及した記憶があるから割愛するとして、些細かつ常套的ではあるが~今は後者のP.178~179をちょいとばかり引用した上で擱筆(…この語彙はネット時代でも通用するのかしら?…なんか「チャンネルをひねる」と大差ない様な気が…汗)。
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> 万葉仮名という用法は日本で創始されたものではなく、もともと漢文の内部に存在しているものである。それは許慎が『説文解字』で述べた六書(漢字の六つの構成法)のうちの「仮借」に相当する。「仮借」とは、ある語を表す漢字がなかった場合、その語とは意味が異なるが、同音である漢字を借りて表す方法をいう。たとえば、限定の意を表わす〈のみ〉(「神のみぞ知る」の類)の語はもともとそれを表す漢字がなかったため、意味は異なるが、同音である「耳」(これは身体の〈みみ〉(ear)の象形文字)を借りて表した。つまり、同音の漢字を借りるということは、漢字本来の用法に見られるものであったのである。もちろん、日本語を漢文で表す場合に万葉仮名を用いるのは、それと少し性質が異なるようにも見える。日本語においては、漢文で非漢文的な(日本固有語の)語句を表現する場合の問題となるのではあるが、結局は中国語から見て、旧来の漢字では書き表しがたい(中国語以外の)語句を、それと同音の漢字で表すことと基本的に同質である。
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 「耳」(のみ)は支那人も使っていた様な気がするが、それはともかく~こうした動機が漢字と仮名の分岐を次第に要請していっただろう事は想像に難くない。勿論この時点で既に各々の書体は出揃っていた(十把一絡げに輸入された?)。それを言語哲学的な機能面で先取りしつつ独自に構造化し、書体間の横断性は平安時代の平仮名確立へと向かって日本的進化を遂げていく。
 こうした視点を自発的に失おうとしたかのごとき近代日本の営為については、もっと批判の手を加えてもよかろう。



8【再掲】国語問題08 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/12 (Wed) 21:39:40

【再掲】国語問題08
7661 五年半前の記録(其四) 苹@泥酔 2009/10/24 21:35

 …続ける。


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>242 なるべく短く…とは思うんだけど 苹 2004/04/22 22:48
>
>
> 書体横断的な関係そのものを漢字の本体として学べば、楷書や隷書の骨格が散れば散るほど草略書体は生き生きと動き出す(空海の言い回しだと「懐抱を散ず」?)。それをゾクゾクしながら学んだのが私の中高生時代。勝手に崩せば、それが自然と正しい草書になる。正しい草書である事を字書(私の場合は千字文)で確認すれば、応用可能な行書・草書の形を一々学ぶ必要がなくなる。クイズの答え合わせの様なもの、と云うべきか。字書は所詮、正しい字を書いているかどうかを確認するための手鑑に過ぎない。~これらは総て、美的側面とは全く別の話。
> 百済の王仁による千字文伝来云々を盲信するなら、当時の書字文化の根幹は既に洗練され尽くしていた筈。意味や音声には興味がなくとも、視覚的認知に「活字的」アフォーダンスの入り込む余地がないなら、草略を前提した書体間の差異は脳の錯誤の領分に属する筈。~下條信輔『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)P.62に曰く、「知覚・認知の錯誤は、ヒトの生理・心理過程の異常であるよりは、むしろ正常な機能の反映である。したがってまた、錯誤は、正常な精神機能と特殊な環境状況との相互作用の結果と捉えるべきである」と。
>
> …以下、冗談まじりに。
> 見知らぬ私とパンチDEデート。脳味噌をほじくり返すと、無意識(の記憶?)が背後霊の様に書物を招還する。その結果はヒントでシント、マッサージにマクルーハン。すっかり忘れていたのに、読み直したら全部がオング『声の文化と文字の文化』P.357に繋がっていた。余りの単純さに呆れてしまう。その気はなくとも、冗談にしかならない。
> 私は再三取り乱す。「思いもかけない道が開かれそうな気」の真意を疑い直す。そしてまたもや、日録に戻る。「『古事記』と本居宣長と日本古代の文字表記をめぐる本に毎日没頭していて」と書いてある。~手元に二冊の本がある。犬飼隆『上代文字言語の研究』(笠間書院)と『書道研究』1988年9月号(美術新聞社)。後者の特集記事は「「万葉集」の世界」。冒頭写真を見れば瞭然、「藤原時代書写の『万葉集』は、すべて真名の歌と仮名の歌とを並べて書写している」(P.42、春名好重)のがよく分かる。桂本も他の写本も、その美的水準は既に習字手本になるほどの完成度に達している(廉価なカラー複製を見るなら、二玄社の「日本名筆選」シリーズが便利)。
> そこで『諸君!』四月号を読み直す。「『万葉集』の写本で、完全なものが少いのは、切って掛軸にしたり、習字の手本にするなど、比較的に粗末に扱われたからのようですが」と書いてある。江戸時代の需要なら、掛軸よりは古筆手鑑としての方が多かった筈。筆跡鑑定の一級史料は(通常の意味での)習字手本にならない。掛軸もまた然り。表装の歴史は湯山美治『表装の技法』(日貿出版社)P.14~20に少しだけ書いてあった…。
>
> 古事記については興味を持った事などなかったけど…ところで宣長は当時、どんな写本を見ていたのかしら。現代人の認知機能との間に、何らかの時代差はあるのかしら。~現代人についてなら、先行研究がいくつかある模様。以下は御領謙『読むということ』(東京大学出版会、認知科学選書)P.136~138。
>--------------------------------------------------------------------------------
>漢字と仮名の認知的特徴
>(1) 刺激縮減事態では、漢字の方が仮名よりも同定されやすい。この傾向は漢字の複雑さが増すほど増大する。また仮名の方が漢字よりも速く視覚的に探索できる。これらの事実は漢字と仮名の視覚的分析過程では、その形態としての複雑さが認知の効率に影響することを示している。
>(2) ある意味カテゴリーに属する語を他の語群から視覚的に探索するという事態では漢字表記の語の方が仮名のものよりも速く探索できる。この事実は漢字の意味の把握が仮名よりも速く出来るという仮説を支持するものである。
>(3) 語を単独で提示したときの音読潜時を漢字語と仮名語間で比較すると、ほぼ例外なく漢字表記の方が潜時が長くなる。これは読みが一通りの漢字についてもいえる。
>(4) 空白のある文を読ませたあと、空白部に該当する語を与えて音読させる場合にも、やはり漢字の方が潜時が長い。
>(5) 上と同様の事態で、音読ではなく、ある語がその空白部に適切かどうかを判定することに要する時間に関しては、漢字の方が仮名よりも速い。音読に比べ、意味的処理の速度は漢字の方が速いという仮説を支持するデータである。
>(6) 漢字仮名混じり文と仮名文との音読に要する時間には差はない。前者の方が速いというデータもあるが、その場合にもその差は練習により急速に縮まる。
>(7) 黙読のばあいには漢字仮名混じり文の方が仮名文よりも速く読める。
>(8) 絵と文字との意味の照合に要する時間に関しては、漢字と仮名との間に差が認められない。
>(9) 短期記憶への記銘の際の、言語音による妨害刺激の効果は仮名に比べ、漢字や無意味図形では少ない。漢字は仮名に比べて記銘の際に音韻的符号化に頼ることが少ないためであると解釈できる。
>(10) 失語、失読の諸症状との対応関係は必ずしも明確とはいえない場合もあるが、日本人の失読症に漢字か仮名のどちらか一方が選択的に障害を受けている症例が多数報告されている。このことは控え目にみても、漢字と仮名の認知的処理が全く同じ道筋でなされているのではないことを、神経学的な事実として示す証拠といえよう。
>(11) 大脳両半球の機能差に関しては、仮名の左半球優位という事実が多数報告されている。漢字について左右差を認めないものと、右半球優位を示すもの、それに若干の左半球優位を示すデータとがある。漢字に関して、視覚的形態処理の側面の強い課題では右、言語的処理の側面の強い課題では左という説もある。しかし、これらの事実も少なくとも漢字と仮名の処理はどこかに違いがあるということを明確に示唆するものである。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 同書P.131で気になったのは二箇所。
>・「ある特定の語を視覚的にチェックしてゆく場合にはその語の音韻的特徴は関与しない、といえる。」
>・「漢字の意味処理をする場合に、漢字の音韻的符号化過程が関与しないか、また音韻的符号化が拍数に影響されない方式で行われるものであるという可能性」
>
>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵

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>247 仮名の「棒引き漢語」化 苹 2004/04/23 23:15
>
>
>(承前)
> そもそも漢字と仮名の区別は何を基準とするのか。『諸君!』五月号にある「余能奈可波」が仮名に見える私の目がおかしいのか、それとも頭がおかしいのか。現代人の大多数を基準とするなら、きっと「頭の方がおかしい」筈。それを脳機能研究の側で解き明かせるなら、どんなにいい事か。
> 妄想はますますひどくなる。
>「ケフ ハ、テンチョーセツデ ゴザイマス。
> オハナサン、オイハヒ ノ ショーカ ヲ ウタヒマセウ。」
> ~この中の「テンチョーセツ」や「ショーカ」が漢字である、などと言い出したら…きっと誰もが「あいつは狂った」と思うだろう。しかしたまには、そう考えてみたくなる。漢字の構成原理に従った仮名がある様に、仮名の構成原理に従った漢字―漢語があってもいいではないか。必要とあらば、漢字―漢語を意味する「それ」の脇に「天長節」「唱歌」とルビを振ればよい(似通った議論はあったけど)。活字文化の制約を度外視すれば、「漢語は連綿して、仮名は連綿しない」とする事だって考えられる筈。
> もし、雷様(「かみなりさま」でなく「いかずちさま」)の身近に失語・失読の人が居るなら、どんな具合になるのだろうか。漢字と同じ字形の「真名」を、恰も仮名であるかのごとく読むのだろうか。音訓の区別に棒引き仮名遣いの根拠を求める場合、あの仮名表記の背後に漢字・漢語が隠れる。そんな学び方が可能なのか? 漢字節減から漢字廃止への道筋に、漢字・漢語の機能そのものを取り込もうとする場合、仮名はもはや表音文字のままではいられなくなる。漢字文化の破壊が仮名文化の破壊(?)を誘発する。その中間で殆いバランスを保つところに、旧仮名遣いの淵源があったのではないか。その意味で旧仮名遣いは分相応の保守性を持ち、かつ新仮名遣いへの緩やかな移行を方向付けたと考えるならば、新仮名遣いもまた旧仮名遣いと同様に、保守的性格とのせめぎ合いを常に抱え込んでいるのが当然ではないか(もちろん、その逆も相変わらず共立する筈だけど)。
>
> キルドンム様、こんな返信でも構いませんか?
>
>
>(閑人様宛)
> ううう…ごめんなさい(泣)。鋭い話が出てきて追い詰められた様な心地になると厄介だけど、できるだけ気をつけて書きます。
>
>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵

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>254 牽強付会? 苹 2004/04/25 16:08
>
>
> ふと思い出したので、とりとめなく疑問だけ羅列…。
> 「音」の影響が希薄になり、「訓」と複線化した結果、「音」の使用頻度が著しく低下した漢字…。例えば、こんなのはどうだろうか。杉・娘・繭・芋・咲・塚・棚・滝・潟。
> 芋・棚・滝あたりは于・朋・竜から連想できそうだが、竜=龍で「ロウ」がすぐ出てくるかどうか(「文心雕龍」は「ロウ」か「リュウ」か)。咲=笑もなんとなく縁遠い。塚・潟に至っては私の場合、連想の種不足でお手上げ…(汗)。すぐには写=寫が思い出せなかったし、そこから「シャク」を導く経路も曖昧。
> 「音」による絆がそんな状態で、「訓」の方はばらばら。これでは表音文字としての側面が、表意文字・表語文字としての側面の奥深くに隠れてもおかしくないだろう。漢字を「表語文字」と言い切って、本当に構わないのか。「表語性が極度に強い表音文字」としてのシステマティックな性格が埋もれていないか。仮名やハングルはアルファベットだが、それを綴りの領分で高度に進化させれば、表語性が表音的性格を凌ぐ場合だってあり得るのではないか。漢字の方も、部首が「字」の単位に埋もれていやしないか。アルファベットは字か、それとも語の構成要素(=部首?)か。
> 漢字を利用した仮名にとって、そもそも字とは何か。…言語学の本に書いてあったかどうか忘れちまったぃ(愚痴)。
>
>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵

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>293 今日の反省 苹@懺悔 2004/05/01 17:22
>
>
>・ネット上で、橋本進吉「表音的假名遣は假名遣にあらず」を読んだ。
>・書店に行ってみたが、案の定『諸君!』六月号は並んでいなかった。
>・空振りが癪で、福田恆存『私の國語教室』(文春新書)を買ってきた。
>
> …福田本を初めて飛ばし読み、拙稿の多くが無駄だった事を知った。全部そこに書いてある。福田本自体が西尾説の裏付けとなっている様に見える。一歩下がれば歴史的仮名遣い自体、既に「一音一字」方式の表音化を受容しているのが分かる。また一歩進めれば「随う」べき「語」の概念自体、既に歴史的な歪みを受容しているのが分かる。
> 歴史的仮名遣いの敵は、表音的仮名遣いではない様に見える。だから永遠にちぐはぐであり続けるだろうと予想がつく。表音的仮名遣いの背後に歴史的仮名遣いが隠れる様に、歴史的仮名遣いの背後にも語の来歴が隠れる。これだと五十歩百歩ではないか。むしろ「隠れたものが忘れ去られる」事の方に、二重の問題がある。
> 一つは~「あ」の背景を忘れれば「安」も「阿」もなくなる様に、忘れられる事が欠点となり得る場合。もう一つは語としての来歴を忘れる事によって、音としての自由・柔軟性が得られる場合(これなくして仮名文化は成立し得ない)。そのバランスを問うて何が残るのか。来歴の精選が教育上の大問題なら、歴史的仮名遣いの復活と「ゆとり教育」廃止は目的を同じうするのではないか。
> 新たな仮名遣いは、下手をすると世代間の断絶を招く。その中身が何であれ、結局は同じ事。「現代仮名遣い」の後に新たな「歴史的仮名遣い」を導入すれば、嘗て「現代仮名遣い」が導入された時よりも遙かに難しい対応を迫られる筈。この場合、「歴史的」と云うより「急進的仮名遣い」と云う方が似つかわしい。「歴史」を詭弁用語に貶めるくらいなら、現代文の授業を大幅に減らして古文の授業を増やした方がいい。これなら現行の授業ノウハウがそのまま使える。
> 福田先生はP.97で、「明治以来の國語問題の歴史はほとんど門外漢の手によつて押し進められてきたのです」と述べる。ここでの「門外漢」とは、古文書読解の基礎(書の素養)のない人々の事か、それとも母語破壊を目的とする外国かぶれの確信犯の事か。もし前者を指すなら、どこかで習字教育の怠慢を糾弾している筈。何年か前に流行った「ウォーリーをさがせ」の乗りで探してみよう。
>
> それにしても…西尾先生はさぞ幻滅した事でしょう。「俺が知らないとでも思っているのか! 何たる無知! 何たる不勉強!」と。想像するたび恐懼々々。
> であるなら…次の切り口を考え直さないと、こちとら申し訳が立たないわいなぁ(汗)。
>
>(補記)
>・「江戸~」の感想を書かない蘭様は偉いっ! 今夜中に書いてくれれば、明日の書店遠征に向けてアドレナリンがしこたま分泌されるだろうに(と催促してみる)。
>・奥さん…(ハァハァ)、疲れませんでしたか(ゼェゼェ)。こちとら飯田橋は未経験です。~予約せずに上京した時、ラ・ブ・ホ・テ・ルに一人で行って断られて、茅場町パークホテルに宿泊した事を思い出します。九段下のフェヤーモントホテルは朝の眺めがよかったなあ。
>
>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵

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>304 仮名のハングル化 苹 2004/05/04 14:48
>
>
>「お嬢、お帰りなせぇやしっ」(組員一同、閣下に敬礼)
>「閣下とお呼びっ!」(シンポを控え、広島組は一触即発)
> …取り敢えず、『諸君!』の本題とはあまり関係のなさそうな事から書いてみます。(これなら未読でも大丈夫かも?)
>
> 本当にハングルの話なのかと、不安を覚えるのは何故かしら。…西尾先生はハングルの事を、「いっさいの歴史から切り離された抽象的な人工言語」と仰有る。それを読む私はついうっかりと、仮名の奥底に「生成途上のハングル」を妄想する。
> …もし、仮名から歴史性を奪い去ったらどうなるか。歴史性の純化を通して抽象性を高めたらどうなるか。漢字から切り離す事によって生ずる人工性に、嘗て仮名の来歴が担っていた筈の機能を丸ごと委ねたらどうなるか。
http://kan-chan.stbbs.net/word/hentai.html
> 上記サイトを開くと、「合略仮名」の項に「被参候」合字や「こと」「より」の平仮名合字が載っている。…この形、私の目には単なる連綿としか映らない。ところが『文字』第二号(ミネルヴァ書房)P.169以降を見ると、石川九楊氏は極端に連綿プロセスを狭めた平仮名表記の「ひと」を取り上げ、合字としての性格を認めている。~引用はP.170から(「第六講 早わかり日本書史」)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 平仮名以前にも「仮名」はありましたが、ここでは省略します。その「仮名」は、いわば「片仮名」のようなものだと思っていただければよろしいです。片仮名というのは繋げて書くことができないのです。たとえば書道の名人が片仮名で〈ヤマ〉と流れるように続けて書く――、これは片仮名の構造からして不可能です。無理に繋げても体裁をなしません。この点はハングルも同じです。この仮名は女手以前の、一字を単位に離して書く漢字に倣った文字ですから、繋げられないのです。ところが女手(平仮名)では「*」と、〈と〉が〈ひ〉のなかにまで入り込んで繋がったような形が生じてきます。つまりこれは、「ひと(=人)」という一つの文字なのです。
>(苹註/「*」は「ひと」の合字)
>--------------------------------------------------------------------------------
> 「ひゃ」「ひゅ」「ひょ」の縦書き印字の様に、ここでは「と」が小さく書かれてある。小さく書いたからと云って、拗音か何かになる訳ではない。現代仮名遣いの、拗音と促音に限って小さく書く用法は特殊に見えるが、書字ではよくある事だから、小さく書く事それ自体は珍しくもなんともない(ルビ・註釈と混同する事もない)。
> また石川氏の記す通り、片仮名は連綿しないのが普通である。しかしハングルの方では、平易な行書程度の連続なら筆文字でそれなりに用いられているらしい(北朝鮮のテレビ番組タイトルを参照)。ここから石川説は崩れ始める。ハングル程度の連続なら、片仮名にも例がある。どこまでが連綿でどこからが連続か、連綿意識の衰退に比例して境界が崩れ始める。
> 今は平仮名ですら、連綿せずに書くのが普通となりかけている。そこに合字意識を持ち込めば、仮名のアフォーダンスはどの様に変化するか。表現としての合字的変形と文字意識とではそれぞれの属する場が異なるのに、二音連結の形を「一つの文字」と言い切ってしまえば「字」の概念が忽ち崩れてしまうではないか。合字を仮名の漢字的用法と仮定するなら、仮名のハングル的再構成の可能性に別の隙間ができる。歴史的事実として存在する片仮名合字の連続可能性は字の内部に留まるが、連綿意識なき平仮名に合字意識を持ち込めば連綿意識と連続意識とがすり替わる。その結果、片仮名のみならず平仮名に於ても一字一音の規範が崩れる。ハングル的な分解可能性が拗音に逆流しても構わなかった事になる。そうした可能性を踏まえれば、「ひと」合字はハングル的と形容できる。
> ゆえに私は、石川氏の見方では納得できない。現に合字(「コト」などの片仮名合字を含む)を排除した結果、現代の仮名が「ハングル仮名」化(?)する可能性は完全に捨てられた筈ではなかったか。仮名は活字時代になって初めて、連綿の破壊や合字の排除と引き替えに正式な「字」=日本式アルファベットとなったのではないか。~ところがここでは、漢字の来歴がじわじわと消えていく。連綿から成る構成原理が字と字の間から捨てられるのと同時に、字に内在する構成原理も変質していく。「字」としての抽象性が逆に来歴を嫌い始め、造形上のアフォーダンスは人工性に収束する。
> それを阻止するための方便としてなら、石川説の効用も分からぬではない。「ひと」タイプの合字は語を示すがゆえに、漢語の「人」との交換可能性を捨てる理由はなかった。連綿に依存するがゆえに、活字化の時点で「人」にも「ひ」「と」にもけちょんけちょんに負けた。…音はどのみち、語に勝てないのではないか。ここでは語が音や字を牽引し、それぞれの共立可能性を歴史的根拠の下に裁く。こうなれば両刃の剣。ここ百年の間は連綿システムが根こそぎ破壊され、歴史的事実の積み重ねと等しく「緩慢に」裁かれつつある。
> 「連綿を知らない世代の出現」は或る意味、「歴史の喪失」に直結するのではないかと気にかかる。仮名のハングル化は未来にいかなる機能をも必要としないだろう。しかし過去の文献に対してなら、その生成過程で独自の裁き方を提示できるかも知れない。書字文化が印字文化に敗北する時、仮名のハングル化は別の意味で避けられなくなる様な気がする。ハングル化の可能性の捨て方が深刻な副作用となって現れる一方、ハングル化を阻止された活字文化はむしろますます古典から自由になる。
> 西尾先生や田中先生は音声言語を優先する。片や石川氏は、あくまで文字言語を優先する。この点では対立せざるを得ないのだろうが、そればかりでは何やら物寂しい心地がする。
> 石川九楊も養老孟司も、共に「死体」的な視点から解剖を始める。終焉を踏まえた上で、あらためて生を見つめ直す。肉体の死については扨て置くとして…何冊か読んだ印象では、両者とも「神は死んだ」とまでは思っていないらしい。
>
>i日録,オピニオン房,i日録感想房,うぇっぶ庵
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8挨拶でも書いておくべきでしたね ( EmmanuelChanel ) New!!
2011/10/13 (Thu) 18:02:16
でも,どこに書けば良いのかよく分からず,今までここに何も書かないできました.すみません.(タイトルや名前のサイズ制限,厳しいですね…)
新掲示板設置おめでとうございます…と普通言うべきところですが,いまでも,苹さんはブログを始めればいいのにという見方は変わりません…今持っているメアドを公開したくないのなら, Gmail を使う手もありますし…
無料レンタル掲示板で目についたものを蘭さんに見せましたが,この掲示板を選ばれるのは実は予想外でした.ウィンドウを大きくしても枠の幅が変わらず,見にくくなったなというのが率直な感想です.ケータイ用の画面デザインのようですね…パソコンからしかアクセスしない身としては,つらいです…



8虚堂習聴 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/13 (Thu) 22:46:22

虚堂習聴
 いらっしゃいまし、旦那。~新板と云っても旧稿の蓄積がないと中身が皆目不明だし、新たにあれこれ書き下ろすのは旧稿再掲それぞれの初稿段階に未だ留まって居ります。それでもどうにか少しずつ形になってきたのかな。旧板には只今再掲中の2004年物の他、最も古い所では2000年の県教委宛直訴書簡からごく一部を転載した稿もありましたし、差し当たっては十年分をざっと見渡せる程度の下準備を済ませて置きたいところ。それはブログであれ何であれ大差なかろうと存居候由、構えて江湖の静観味読に資せむと具示申すべく承知仕候。(ちと書き方が変になってきた…汗)
 メアドについては公開したくないとかの問題ではなく、そもそも電子メール機能そのものを使っていないので、これを用いた遣り取りが要る場合は一切合切お手上げって事です。メールソフトがない訳ではない(パソコンに初めから入っとる)。使い方がよく分からない。携帯電話には触った事がないから電話のかけ方も分からない。固定電話の留守電機能は使った事がない。終いには部屋の電話機を撤去してしまった。二つあった回線を光電話一つに纏め(震災前)、その回線はうちの爺婆の所にある。例えば電話が要る時は、あたしゃそちらにノコノコ出かけて行く訳でやんす(笑)。此処の板って、携帯電話ではどんなふうに表示されるんでしょうかねぇ。
 正直、荒間様んとこの方が旧板と似通った使い方が出来そうではありました。しかしあちらを私は一種の最終兵器であるかの様に感じてますし、勿体なくて手が出なかった。一方、蘭様のイメージは最前線の主力部隊(と云うか海兵隊?)。これからは携帯電話を踏まえたモバイル機動部隊としての役割がますます重要になってくるかも知れないし、携帯電話以上に正体不明なスマートフォンだの何だのが続々と出現してくるご時世ならば、こちらは蘭様の選択に身を委ねても構わないのではないかと。
 今のところ相変わらずの手探り状態です。尤も余所では主にセレブ奥様んとこのコメント欄で新稿をあれこれ書いたりしてますから、慣れてみれば思ったほど不自由でもない。書道ネタでは2chの関連スレに書き込む手もある。ただし東京支部板に画像投稿する時は、画像処理ソフトのある先代パソコンを持ち出す必要がありますが。(めんどくさいから最近やってないけど。)

「国語問題」其五

苹@泥酔

2020/12/05 (Sat) 19:19:47

8【再掲】国語問題09 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/16 (Sun) 21:43:38

【再掲】国語問題09
7686 あれから五年半… 苹@泥酔 2009/11/13 02:15

●調和の顛倒
 「五年半前の記録」と題して旧稿を再録し(No.7658~7661)、「其三」には二つの余談稿「書道愛好家の常識と盲点」を追記した。今、そうした流れを承けて書いている。
 仮名は現実的な文字なのだろうか。理念的な文字として出発したのではなかったか。

 仮名が理念的である理由は来歴にある。そこには先ず漢字を真名と真仮名に分ける理念的差異があるかの様でもあり、具体的には訓読との関係で「漢字を使い分ける」システムが漢字の中身を機能面からつくり変える。従って乱暴に云えば真名も真仮名も漢字である事に変わりはなく、うかうかしていると斯く云う私自身が両者の区別を忘れてしまうのだから厄介と云えば厄介(錯誤の実例↓)。
http://tantanjuku.seesaa.net/article/119727791.html#comment
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7456&range=1
 あらためて読み直すと、坦々塾ブログで反省した私の方が間違っている様な気もする。真名そのものよりも、真名と仮名との対比がややこしい。真名と真仮名にどれだけの差異があるのか(orないのか)。あるとしたら、それはどの様な中間段階を示唆するのか。
 真仮名と万葉仮名は表層上の漢字イメージで括られる仮名グループだが、厳密には必ずしもそうではない場合がある。私はこれを「万葉仮名による仮名システムの呪縛」と見なしたい。今や狭義の漢字は楷書イメージに近い感覚で捉えられるだろう。しかしこれを、行書のみならず草書も含めて拡張すれば、草仮名から平仮名に至る仮名システムもまた、依然として漢字との間で互いに互いを脅かし合い続ける。そうした事情の方も同様に顧慮されねばなるまい。実際それに近い場面が間々あった。草書で書かれた漢字に振り仮名のある版本が江戸時代に普及したのも、実用的な平仮名の種類が減っていったのも、漢字と仮名の判別環境が整序されていく過程で自然かつ免疫的に定着した共存形態の一つと云えよう。
 この段階では漢字と仮名が調和する。調和するから読みやすい~或いは読みやすくするから調和する。つまり調和と読みやすさには相関性があり、それぞれ中身が変わっても関係の優位性は保たれるという訳だ。
 ならば敷衍するとどうなるか。例えば現代の漢字と仮名が調和しないのは、「調和しない方が読みやすい」からだろう。ここでは「調和しない状態」が読みやすさに於て「調和した状態」となり、調和の中身がガラリと変わる。すると必然的に「調和の変化」自体が書道愛好家の脅威となっていく。今では「調和しない基準」を恰も調和するかの様に顛倒させる見方を「調和体」だの「近代詩文書」だのと呼び、その猛毒性を学校教育へと行き渡らせる段階にある。調和とは何かを問い直さない限り、調和体への違和感はやがて根本的な所で、書道の自滅を国語的正当性の名に於て根拠付けていくのではなかろうか。(嘗て長条幅に明朝体活字を真似て漢字仮名交じりのを書いてみた時、奇妙な「ツマラナイ安心感」を覚え思わず狼狽した…。)


●唐様と和様
 先日、坦々塾ブログでこんなネタを持ち出した(↓)。こちら天バカ板で一連の「五年半前の記録」稿を持ち出す、直接の契機となった稿である。
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> 「売家と唐様で書く三代目」…有名な川柳だが、ググってみると「唐様で売家と~」って順番のも出てくる。ここに出てくる「唐様」とは何だろうか。「書く」のだから「字が唐様」ってのは分かる。では、どんな字を指すのか。今夜はその辺の雑感を一つ。
> 幕末期の江戸では市川米庵の書風が武家の教養と深く関わっていたが、巻菱湖のはどちらかと云えば庶民に浸透していたらしい。それが明治維新後に国定手本やら何やらの主流を占める様になっていった訳だが、中には「福沢諭吉が菱湖流を好んだ」との説もあるらしい。和様に比べれば唐様は漢字、それも楷書のが多く見られる。ところが幕末期の読み物には行草平仮名交じりが目立つ。そうした雑駁な印象からしてみれば、楷書で書かれた漢文の版本はおしなべて唐様だったのかも知れない。そもそも和様の楷書なんて見た事ないぞ。だから書き手が本来は御家流であっても楷書で書けば唐様って事になったのではないかと、私はそんな可能性を疑うのである。
> 真偽は定かでない。同じ行草の領分で和様と唐様を云々できるかどうかすら取っ付きにくいのに、まして平仮名ともなれば、そもそも仮名の唐様なんて代物を想定する方がおかしい。ところが唐様の筈の巻菱湖は、実のところ大量の仮名手本を出版しているのである。古今和歌集から実用書翰文まで、その幅はたいそう広い。そうした菱湖の仮名には版本の他にも条幅などがあって、こうなると和様と唐様の区別を書風のレベルで済ませる訳にはいかなくなってくる。
> そこでこの際、楷書を唐様の象徴と捉えてみる。すると別のものが見えてくる。当時の一般的な「漢字仮名交じり表記」に楷書は用いられない。楷書には片仮名が相応しい。つまりここでは片仮名と平仮名の差異が、唐様受容史のキーポイントとなって浮上してくる。漢字ばかり見るから仮名が度外視され、仮名と漢字の関わり方が自動的に歪曲されるのではないか。楷書と平仮名の不倫結婚(!)が明治時代の文教政策とどう関わったか、それ自体が書字から活字への劇的遷移のドサクサに紛れて隠蔽されてきたのではなかったか。それを戦後に引きずる過程で、戦前からあった仮名遣い変更の動きが更なる隠蔽効果を発揮した。だから多くの保守的国語論者は仮名遣いや新漢字の問題にばかり拘泥して、その前史を見ようともしない…かの様に見えてくる。
> 西尾先生と福田先生との違いに底流するものは、存外そうした所にもあるのでは…と、浅野様新稿の特定センテンスを拝読してビビビ、ウッカリ脱線と相成った次第(汗)。なんか場違いな話になったかも?~てな訳で、本稿は取り敢えず池田様の記事コメント欄に連ねます。
>Posted by 苹@泥酔 at 2009年10月21日 03:38
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 これまで漢字と仮名については執拗な言及を続けてきたが、唐様と和様に繋げて考えたのは今回が初めてである。その結果こうなった。楷書を「唐様の象徴」としたのはいかにも乱暴な話だが、その効果は後で「読めないとはどういう事か」の視点が纏わり付いてから現れる。
 中には、和様の楷書と云えなくもない古筆もある。あくまで書風・書流に拘れば、むしろ拙論の方が無理筋と映るだろう。しかし楷書はどこまで行っても楷書であり、仮名と調和した時代は平仮名成立以前へと遡る。もちろん一部の写本には平仮名も書き込まれている。ただし万葉仮名は万葉仮名、平仮名は平仮名と分けて書かれるか、もしくは振り仮名~それとて多くは片仮名だろう。そして平仮名と楷書がくんづほぐれつ交わるという事は、要するに「調和の幅そのもの」(つまり楷書に近い行書から、平仮名に近い草書までの幅)を省くという事である。そこでは漢字と仮名の仲違いを必要とする表記システムが要請されるのに、その上で調和させるとなると果ては仮面夫婦状態か、はたまた究極の夫婦喧嘩状態か(離婚寸前?)。
 結婚に縛られた男女の様に、漢字と仮名~楷書と平仮名が振る舞い始める(差し当たっては男女平等論や夫婦別姓論を想起されたし)。しかもなるべくなら表向き清潔に。いきなり草書なんか持ち込んで「不倫は文化だ」と嘯いたところで、そんなもん誰が認めるか。~例えば通常、漢字は男性的で仮名は女性的なイメージとされるらしい。そこには作られた性差がある。女性的な漢字はオカマさん。或いはニューハーフ。それが草書の様に佇むとしたら、書字の歴史は過酷どころか不幸な時代として「現代から洗浄されねばならなくなる」筈。それが副次的には「古典の活字化」の動機を形成するだろう。とどのつまりは保革逆転する訳だ。ここまで来れば枠組みは概ね定まったも同然。論ずれば論ずるほど、旧漢字だの歴史的仮名遣いだのと言い募る場は明治以降の相対的パラダイムへと矮小化されていく。つまり論争自体が「現代文の様に」予め調和している事になる。何たる皮肉か、歴史は既に蚊帳の外。
 「読めない」とは、どういう事か。今や漢字は「楷書でないから読めないのだ」。しかしそれだけで済まされるものだろうか。

 まだ先がある。私は「唐様受容史」云々と書いた。開国後の日本人は清国に進出し、毒と薬を同時に呑むかのごとき仕方で楷書も草書も唐様クラスターの新時代を構築し始める。~平たく云えば、漢字が日本から逃げ出した。或いは手塚マンガの「火の鳥」の様に、「あちらに逃げて、そして里帰りした」(輪廻転生?)。もはや漢字は仮名との調和を維持できない。それから暫くして、仮名は仮名で独自に急進的な遡行を遂げていった。これを古筆ブームと云う。巻菱湖の仮名は古筆的ではない。支那毒に罹った漢字から虐げられた仮名は、恰も旧態然とした「漢字との調和」から石もて追われるかのごとく、明治・大正時代から平安時代へと自ら「都落ち」していった。
 ここでは互いの不倫相手が自己そのものとなる。ルーツを遡り、漢字はより漢字らしくなっていった。ならば仮名も仮名らしく…なったかと云えば、こちらはちょいと事情が異なる。なにしろ多分、仮名は女性的なのである。巷間そう印象付けられてある以上、まさか万葉仮名まで遡る訳にもいくまい。そこまで来ると却って漢字の毒気に当てられてしまう。~ふと気付くと、ここで苹は唐突に、西尾先生の黙示録的表現を思い出していた。先生は池田俊二氏に宛てて曰く、「4)万葉仮名の「音仮名」は音符に近い。先祖返りではないか、と言っているのです」と(下記の奥様ブログ稿内「日録」リンク参照)。ただし私は下品な性格だから、先祖返りと云うよりはむしろ「間男の正体は父親」みたいな感覚の方が正直しっくりくるのだが(汗)。
 仮名の父親は、いかんせん漢字である。にもかかわらず漢字は昔から間男であった(その先は幼児虐待&近親相姦?)。…否。彼女の本当の父親は原日本語であり、日本語に呪われた漢字は仮名への変容を余儀なくされた。すなわち「日本語の養子となった漢字」に犯された娘のDNAが日本語と国語を貫く流れとしてのそれであって、そこで辛うじて近親相姦疑惑から逃れられた、と云えそうではある(たとい戸籍上はどうであろうとも!)。…すると明治維新が歴史の逆流を促したかの様に見えてくる。それも一足飛びに、所謂「鎖国時代」を無かった事にするかのごとき仕方でいきなりタイムスリップするのである。どちらがドッペルゲンガーか分からない。過去の私と、今の私。平安時代の仮名と、幕末以降の仮名。そこで急遽、精神病理面(?)の治療が施された。それが明治以降の仮名である。活字化と一音一字/一字一音化という劇薬で治療された後の姿である。ここにもう一つの罠があった。もし彼女が正気なら、多分こう証言するだろう。「私(=仮名)の体は、父親かつ間男の彼だけに抱かれたとは限らないわ。だって私を治療した先生自身、私を愛した毛唐(=音標文字)なんですもの」と。治療の正体は「毛唐色に染まれ」との暗示をかける催眠術だった。
 やがて彼女は昭和「達」を孕んだ。そもそも仮名活字自身が誰の子なのか分からない。分からないからこそ昭和に及ぶのだろう。彼女は明治の子であると同時に毛唐の子でもある。明治が昭和を孕んだ様に、毛唐は精神の昭和をも孕んだ。昭和兄弟の一人は二十歳を過ぎた頃に毛唐的発想から殺されたが、中にはまだ殺されていない兄弟も居る。そして父親達は相変わらず亡霊の様に健在である。どちらであれ父親が昭和兄弟の一人をゾンビ化する時、明治の調和感覚もまた何らかの形で甦るだろう。それが江戸時代とそれ以前との関係を二度殺す。漢字と仮名のハングル化(後述)が止まらない場合、不倫と調和の境界もまた同様に殺されるだろうからである。


●拾遺
 坦々塾ブログに書いた後、セレブ奥様ブログに続きを書いた(2009/10/24 00:32)。以下は「康煕字典体とハングルの類似性」と題する中核部分。
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> 「真」と「眞」を比べると、どちらが正しいだろうか。旧字体の方が正しいと考える人は「眞」を支持するだろうし、それと教える義務に縛られている教員にとっては当然「真」の方だろう。立場次第で正しさの中身も基準も異なる。そして斯く云う苹は明確に「真」を支持し、「眞」の過半を実用から理念の側へと排除する。
> 苹の立場は、伝統的な字形(真)を捨ててまで「新たに作られた字形」(眞)を支持する必要はない、というものである。そうした意味で「眞」とハングルは似ている。ただし厄介なのは根拠。ハングルと違って「眞」の場合は、篆書の字形を楷書化した点で遙かに歴史的正当性を有する。だから文字学者は自身どんなに嫌でも「眞」を支持せねばならぬだろうし、その代わり実用上の「真」をどうにかして容認するため、正字だの俗字だのと解釈し分ける事になる。先ずそれをやったのが支那の学者達だった。言い換えるなら~現実に書かれる文字を無視してまでも古代への理念を希求するため、彼らは康煕字典に収束する一連の流れを組み上げてきた。私に云わせれば「めんどくせー、やってられるか」となるが、それと似通った事を西尾先生も歴史的仮名遣い方面で感じていた模様。
http://book.geocities.jp/nishio_nitiroku/kako43.html
> 時は『江戸のダイナミズム』雑誌連載の終盤。「西尾幹二のインターネット日録」に、こんな記事が載った(↑)。その末尾に「なお、旧仮名が復活したら受験生がどうなるか、次回に面白い出題をみなさまに出してみたいと思います」と書いてある。当時その出題を見た記憶では、漢字熟語の正しい振り仮名の話があった筈。「やう」だの「えう」だの、今では纏めて「よう」と振るのを更に細分する類で、これが結構ややこしい。それを見た私は「書体や字体まで含めたらどうなるかナ」と思ったものだ。
> 支那の純然たる支那性を文字に宿す振る舞いが康煕字典の完成だった、という気がしてならない。西洋のグーテンベルク的な実用を一方の極と見るならば、東洋の康煕字典的な理念もまた一方の極だったのではないかと。そして、より踏み込んで仮想するならば、康煕字典的なるものの完成以前に成立したハングルを朝鮮人が受容するには、その康煕字典的な在り方の受容に成功した外部=日本を経由する方が好都合だったのではないかと。日本は中国でも朝鮮でもない他者である。他者を他者として組み入れる事は、喩えは悪いが「宿主から寄生虫を輸入する」様なものだろう。だからと云って日本が宿主となる必要はない。支那の領土から別の宿主が分裂すれば話は別だったかも知れない。が、彼らはそれを許さなかった。
> 国力そのものが文化障壁である事は、必ずしもそれが排他的である事を意味しない。排他性と免疫性を混同してはならない。
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 ここで再びハングルとの対比を扱った。「五年半前の記録(其四)」稿の最後に引用した旧稿をすっかり忘れた状態で書いたため、新旧二つの稿に自覚的な関連はない。

 以下に、その旧稿(「仮名のハングル化」)の中核部分を再三引用する。
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> 本当にハングルの話なのかと、不安を覚えるのは何故かしら。…西尾先生はハングルの事を、「いっさいの歴史から切り離された抽象的な人工言語」と仰有る。それを読む私はついうっかりと、仮名の奥底に「生成途上のハングル」を妄想する。
> …もし、仮名から歴史性を奪い去ったらどうなるか。歴史性の純化を通して抽象性を高めたらどうなるか。漢字から切り離す事によって生ずる人工性に、嘗て仮名の来歴が担っていた筈の機能を丸ごと委ねたらどうなるか。
http://kan-chan.stbbs.net/word/hentai.html
> 上記サイトを開くと、「合略仮名」の項に「被参候」合字や「こと」「より」の平仮名合字が載っている。…この形、私の目には単なる連綿としか映らない。ところが『文字』第二号(ミネルヴァ書房)P.169以降を見ると、石川九楊氏は極端に連綿プロセスを狭めた平仮名表記の「ひと」を取り上げ、合字としての性格を認めている。~引用はP.170から(「第六講 早わかり日本書史」)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 平仮名以前にも「仮名」はありましたが、ここでは省略します。その「仮名」は、いわば「片仮名」のようなものだと思っていただければよろしいです。片仮名というのは繋げて書くことができないのです。たとえば書道の名人が片仮名で〈ヤマ〉と流れるように続けて書く――、これは片仮名の構造からして不可能です。無理に繋げても体裁をなしません。この点はハングルも同じです。この仮名は女手以前の、一字を単位に離して書く漢字に倣った文字ですから、繋げられないのです。ところが女手(平仮名)では「*」と、〈と〉が〈ひ〉のなかにまで入り込んで繋がったような形が生じてきます。つまりこれは、「ひと(=人)」という一つの文字なのです。
>(苹註/「*」は「ひと」の合字)
>--------------------------------------------------------------------------------
> 「ひゃ」「ひゅ」「ひょ」の縦書き印字の様に、ここでは「と」が小さく書かれてある。小さく書いたからと云って、拗音か何かになる訳ではない。現代仮名遣いの、拗音と促音に限って小さく書く用法は特殊に見えるが、書字ではよくある事だから、小さく書く事それ自体は珍しくもなんともない(ルビ・註釈と混同する事もない)。
> また石川氏の記す通り、片仮名は連綿しないのが普通である。しかしハングルの方では、平易な行書程度の連続なら筆文字でそれなりに用いられているらしい(北朝鮮のテレビ番組タイトルを参照)。ここから石川説は崩れ始める。ハングル程度の連続なら、片仮名にも例がある。どこまでが連綿でどこからが連続か、連綿意識の衰退に比例して境界が崩れ始める。
> 今は平仮名ですら、連綿せずに書くのが普通となりかけている。そこに合字意識を持ち込めば、仮名のアフォーダンスはどの様に変化するか。表現としての合字的変形と文字意識とではそれぞれの属する場が異なるのに、二音連結の形を「一つの文字」と言い切ってしまえば「字」の概念が忽ち崩れてしまうではないか。合字を仮名の漢字的用法と仮定するなら、仮名のハングル的再構成の可能性に別の隙間ができる。歴史的事実として存在する片仮名合字の連続可能性は字の内部に留まるが、連綿意識なき平仮名に合字意識を持ち込めば連綿意識と連続意識とがすり替わる。その結果、片仮名のみならず平仮名に於ても一字一音の規範が崩れる。ハングル的な分解可能性が拗音に逆流しても構わなかった事になる。そうした可能性を踏まえれば、「ひと」合字はハングル的と形容できる。
> ゆえに私は、石川氏の見方では納得できない。現に合字(「コト」などの片仮名合字を含む)を排除した結果、現代の仮名が「ハングル仮名」化(?)する可能性は完全に捨てられた筈ではなかったか。仮名は活字時代になって初めて、連綿の破壊や合字の排除と引き替えに正式な「字」=日本式アルファベットとなったのではないか。~ところがここでは、漢字の来歴がじわじわと消えていく。連綿から成る構成原理が字と字の間から捨てられるのと同時に、字に内在する構成原理も変質していく。「字」としての抽象性が逆に来歴を嫌い始め、造形上のアフォーダンスは人工性に収束する。
> それを阻止するための方便としてなら、石川説の効用も分からぬではない。「ひと」タイプの合字は語を示すがゆえに、漢語の「人」との交換可能性を捨てる理由はなかった。連綿に依存するがゆえに、活字化の時点で「人」にも「ひ」「と」にもけちょんけちょんに負けた。…音はどのみち、語に勝てないのではないか。ここでは語が音や字を牽引し、それぞれの共立可能性を歴史的根拠の下に裁く。こうなれば両刃の剣。ここ百年の間は連綿システムが根こそぎ破壊され、歴史的事実の積み重ねと等しく「緩慢に」裁かれつつある。
> 「連綿を知らない世代の出現」は或る意味、「歴史の喪失」に直結するのではないかと気にかかる。仮名のハングル化は未来にいかなる機能をも必要としないだろう。しかし過去の文献に対してなら、その生成過程で独自の裁き方を提示できるかも知れない。書字文化が印字文化に敗北する時、仮名のハングル化は別の意味で避けられなくなる様な気がする。ハングル化の可能性の捨て方が深刻な副作用となって現れる一方、ハングル化を阻止された活字文化はむしろますます古典から自由になる。
> 西尾先生や田中先生は音声言語を優先する。片や石川氏は、あくまで文字言語を優先する。この点では対立せざるを得ないのだろうが、そればかりでは何やら物寂しい心地がする。
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8【再掲】国語問題10 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/19 (Wed) 21:28:47

【再掲】国語問題10
7696 ひとまずNHKを応援する。 苹@泥酔 2009/11/30 23:47

 このところ、NHK教育「趣味悠々」の百人一首物(↓)を見ている。講師は高木厚人、今夜は第五回放送だった。次回からは変体仮名が出てくるらしい。当方まだテキストを買っていないが、番組の質の高さには注目している。
http://www.nhk.or.jp/syumiyuuyuu/ogurahyakunin.html
 今夜の番組では、究極の連綿における「こ」と「し」の区別を微妙な方向の違いから読み分ける箇所など、「そうだ、そんな解説が今も昔も学校教育には欠けているのだ」と溜飲の下がる思いだった。しかしこれを苹が解説すると、クドくなり過ぎて三時間はかかるだろう。楷書との比較から筆脈に籠められた意思まで包括的に解説した上で、たぶん必ずしも微妙な方向が文字を同定する訳ではない点も含めてネチネチと追い込む事になる。例えば「し」は「之」の草略だが、草書段階では「之」と「足」の区別が難しい。こうした事も含めて解説したくなるから殊更にクドくなる。物事は程々にしなくてはならぬのかも知れない。
 しかしそれでも、近視眼的になる弊だけは避けたい。勿論そのために近視眼的規範が必要となる事も分かっている。具体例の一つが御家流だった様に。とは云え、規範による可読性の保障効果が書字から活字へと完全移行した今、書字の最も根幹的な可読原理を取り戻すのは「経験の欠如」ゆえに容易い事ではない。現にそこそこ書き込んだ経験のある私の場合、むしろ書き込んだがゆえに自分の学んだ規範に囚われ、その分だけ他の時代規範を読み取りにくくなっている。そこから私が学んだのは、読めるとか読めないとかの二分法を一律に適用すべきではなく、むしろそれぞれの時代の切断を、その時代毎に認めねばならぬという事だった。~こうした視点を単純に欠いている代表格が、恐らくは英語教員であろう。彼らの多くは時代性を総て現代の実用英語で征服するかの様な態度で特徴付けられるため、戦後も戦前も「異文化としての日本」に対する単純な啓蒙感覚を共有しようと躍起になり続けているかの様に見える。
 そうした英語的視点と、その焼き直しの影を背負っている国語的視点とのどちらでもない、純然たる過去の側から読む視点を高木氏の番組は微かに含んでいた。だから私は今後の放送を楽しみにしている。ここはひとまず、素直に応援するぞ。ガンガレNHK!(…だからと云って、別の騒動=台湾ネタがチャラになる訳ではない。)



7039 >苹さんへ キルドンム 2008/03/09 16:40
男性 39歳 岐阜県
 この前、本屋で『墨』の最新号をめくったら、「よく知っている方」の写真が載っていたので仰天したり、『天皇の書』を読んでいたら378頁の記述を「おちょくり塾」で論じている最中のことと重ね合わしたり、まあ色々ありますが…あれっ、何を言おうとしていたんだったっけ?(汗)
 そうそう、音楽のことでした。少し意外に思ったのは、ドボルザークはともかく、ガーシュインやバーンスタインを北で演奏できたということ。角川から出ていた『朝鮮語大辞典』の附録に、北鮮専用語の字引があるのですが、そこで「ジャズ」の項目を引いてみると…手元にないので引用できませんが、すさまじいことが書かれてありますよ。
 北鮮音楽を中学生の自分から聴いていましたが、近頃ではYou TubeでDPRK MUSICで検索すると「愉しい」映像つきで容易に視聴できるようになり、非常に便利になりました(大抵、CD持っているのですがね)。その中には、「朝鮮よ自由の歌うたおう」「自由の鐘」「我が祖国取り戻して下さった解放の恩人」等々、異様な文句が満ち満ちていますからねえ…。「自由」「解放」そして「人権」という言葉を使っていても、まったく我々のとは意味が異なるというわけです。
 だから「独裁政権」といっても、そもそも自分のこととは考えていないので、尹氏の音楽を演奏していても何ら不思議はない(爆)。
 しかし、2.26に小生の考えでは「北鮮十大名曲」の一つである「米帝に死を」という曲をどうして演奏しなかったのか(笑)。ラジオでは時々流しているのですが、この曲、CDはないんですよね…。



7046 米帝死臭滿韓土、泡姫開股孕鬼子 苹@泥酔 2008/03/11 01:51

 変質者っぽいカキコの後はキルドンム様宛(いや、深い意味はない…)。
 どれどれ…小松茂美『天皇の書』(文春新書)P.377~378には斯くなる記述あり。
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 由来、天皇所生の皇儲(位につく皇子)の選定には歴朝こもごも、さまざまな宮廷事情の中に、権謀術数が展開された。その生母の出自なども大きく左右する。延宝九年〈一六八一〉五月一日、霊元天皇(28歳)の一宮(母、中納言典侍)は、この日、霊元天皇の異母兄たる大覚寺入道二品性真親王(43歳)に入室が定められた。当日、皇子(11歳)は皇位を望むわけではないが、出家は否と頑強に固辞する。ひとえに生母の父、権大納言小倉実起(60歳)の教唆と推断した天皇は逆鱗する(『長暦』・『基量卿記』)。
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 う…もしかして、この辺の絡みかしら。あたしゃ詳しくは知らないけど、なんとなくアブナイなあ(爆)。時には出自が外務省の国賊に絡むケースを妄想したりなんかして。
 あたしゃ朝鮮絡みの音楽は聴いた事ないのよね(CDなんざ、何処から仕入れてくるんだ?…苦笑)。因みにこちとらナクソス盤は一枚も持ってないし、カメラータ盤もシューベルトのSQ全集があるだけ。噂に聞く「ようつべ」は使い方が分からんし、うちのコンポにはチューナーがない(いつも年末の数日間だけ買いたくなるけど毎年未遂)。…壊れかけの「日立パディスコ」(ラジカセ)を繋いでみた時は丁度シノーポリの《指環》が流れてた。それから何ヶ月も経たないうちに指揮中の急逝ってんでガクッときて、そんでもって私は世捨て人になった(ちと誇張の度が過ぎるか)。
 北鮮字引の「ジャズ」項目か…なんか物騒な予感が(汗)。ガーシュインが真っ先に問題視されそうな。でもバーンスタインの方はそうでもないかな(選曲次第)。とは云え当方、ジャケットが岡本太郎の絵の「カディッシュ」交響曲をLP時代に聴いて「バンスタ嫌い」になった記憶がある。あたしゃアメリカ音楽はどうも馴染めないのよね。LDでは細切れのソ…じゃなくてコープランドとかアイヴズなどをバンスタが振ってた気がするけど、記憶は定かならず。
 それよりは北鮮音楽の方が、ソ連寄りなら少しは肌に合うかも知れないな。かと云って元気一杯でも困る。因みにチャイコ・ショスタコ・プロコのは憂鬱な曲が好きだけど、陽気なのは全然ダメ。付いて行けない。…「陽気」でなくて「元気」の方なら、軍楽調の長い曲が最高だったなあ。のめり込む時は泥酔するに限る(マーラーsym.6、ショスタコsym.11…どっちも終楽章で鼻血が出そう)。

(以下余談)
 どっちが余談だか自分でもよく分からんが(苦笑)、私が最近仰天したのは今月一日付の「書道美術新聞」(887号)。なにやら書道界の一部が「大野修作漢詩塾」ってのを計画してるそうな。
 そう云や以前、キルドンム様に添削をお願いした事があったっけ。あれでお分かりの通りこちらは「ずぶの素人」。私も含めて多くの人が「自作を書きたくても恥ずかしくて書けない」筈なのよね。あの時は本当に有難かったなあ(重ねて感謝)。
 そんなこんなで、今夜は話の種に書家の作った詩を転載。作者は国定手本乙種筆者の西脇呉石。同鴎社と龍一吟社で学んだそうな。こんなのを一千余首も作れるってのは羨ましい限り。
 神風特別攻撃隊
神風將士赤心堅。雷撃挺身南海天。一艦一機何壮烈。千秋竹帛偉勲傳。
 警報
警報頻々響碧空。敵機南北又西東。皇軍儼在神風隊。勝算無疑方寸中。
 送三男正入横須賀海兵團
正是神州興廢時。奮然應召健男児。衝天意氣前無敵。萬歳齊呼振旭旗。
 塞斑島玉砕
既爲邦家抛一身。縦横屠敵氣逾振。可嘆孤島彈丸盡。壮烈千秋泣鬼神。



7055 Re:米帝死臭滿韓土、泡姫開股孕鬼子 福田恒存をやっつける会会長 2008/03/13 10:35
男性 無職 70歳以上 海外
>  霊元天皇(28歳)の一宮(母、中納言典侍)は、この日、霊元天皇の異母兄たる大覚寺入道二品性真親王(43歳)に入室が定められた。当日、皇子(11歳)は皇位を望むわけではないが、出家は否と頑強に固辞する。ひとえに生母の父、権大納言小倉実起(60歳)の教唆と推断した天皇は逆鱗

一宮の入室決定と、皇子の出家固辞とはどのような関係にあるのでしょうか。

 入室させるためには皇子を出家させねばならない、というような事情があったのでしょうか。この文章からはそう読めますが。

 歴史に疎いものでその辺の事情がさっぱり分かりません。



7057 Re:米帝死臭滿韓土、泡姫開股孕鬼子 キルドンム 2008/03/15 01:27
男性 39歳 岐阜県
> 一宮の入室決定と、皇子の出家固辞とはどのような関係にあるのでしょうか。
>
>  入室させるためには皇子を出家させねばならない、というような事情があったのでしょうか。この文章からはそう読めますが。

 法親王の後を継がせるのだから、当然出家させなければならないのではないでしょうか。
 同書の後のくだりによれば、霊元帝は寵愛していた五宮(東山帝)に皇位を継がせたいと熱望されていたそうです。それで邪魔な一宮を追放した次第。皇室典範で継承順位を定めていない時代には、往々にしてあったことです。



6794 Re:国語問題協議会 佐藤 俊 2007/10/03 20:05
男性 会社員 A型 新潟県
なら「やっつける会」も早急に解散すべきだな。
もう1年以上活動し続けているわりには、なんの成果もあがっていない。

ああそうか、会長の座を失いたくないわけか。



6803 Re:国語問題協議会 佐藤 俊 2007/10/05 22:04
男性 会社員 A型 新潟県
なら協議会に「なぜ会員のほとんどは普段旧かなを使わないのか?」と質問すればいいではないか。



4”日本人の知らない日本語” ( EmmanuelChanel ) New!!
2011/10/20 (Thu) 23:45:08
私は,仲里依紗主演のドラマ版を見てこのコミック・エッセイを知りました.
”日本人の知らない日本語”
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E
外国人向けの日本語学校の先生の体験をネタにしていて,日本語について色々な事が書かれています.あと,ドラマのクレジットでは,上の本は原案と書かれているくらいで,本とドラマは別物です.
苹さんはご存知でしょうか?見たら興味が沸くかなとふと思い出した次第.



8Re: ”日本人の知らない日本語” ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/22 (Sat) 22:04:13

 そう云えば、そんなドラマやってたみたいですねぇ。「たたたた太陽♪」って唄が流れる飲料CMで変な踊りする人が主演したのは覚えてるけど、ドラマは偶々途中から見たのが一度だけ。外人の生徒が突拍子もない切り口の質問してた記憶が少々、ただし内容は既に失念。
 そんな乏しい記憶から、あの時に何を感じたか引き出してみると…。日本人なら思い付きそうにない疑問ばかりで、日本語の歴史から完全に断絶してる。言葉の連なる前提や背景がない。そこに依拠するのが国語や文語だけど、別方向から踏み込むのはコリャ難物だぞ、と。もし言語学を媒介した形でアプローチするなら、生徒の母語を或る程度は知っとかないと差異や距離が分からない。そうした意味では途方もない話で、だからかな、あたしゃ続きを見なかったのは。狼狽させられる分だけ心の準備が要る。
 日常中心の「今」へと国語を定着させる仕方は、概ね外国語教育の範疇になるのでしょうなあ。そう捉えるなら国語教育の方は文献読解中心で、その仕方が日本の英語教育でも行われてきた。~昨夜あれこれ考え始めたら、ともすれば異様な切り口を転々とせざるを得なくなりそうな夢ばかりが出てきて往生。見方次第では国語そのものが古典との断絶を含む場所でコロニアルな発展を遂げてきたのに、その本丸にいきなり落下傘降下する様なものではないか。外国語教育に海兵隊的(もしくは民兵的?)性格を垣間見ると、クレオール語へと向かったり向かわなかったりする潜勢的視点(特に古典的来歴の排除をめぐって)についても顧慮する必要がありそうな。
http://homepage3.nifty.com/niji_wo_mita/text/text53.html
 一言で云えば、あれは「奇襲された国語」の物語になるのかも。(←碌に見てないのに大袈裟?…汗)

 もっと纏まったのにしてから書きたいけど、時間がかかるからパス。
 代わりに即興のポエムでも(↓)。
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伸びきった パンツのゴムに 絞められて
明日は我が身と 道を説く君
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 苹の深層心理分析には役立つかも知れんが、我ながら意味不明…orz



8補記(或いは愚痴) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/27 (Thu) 23:39:58

補記(或いは愚痴)
 以下は「2011/10/22 (Sat) 22:04:13」稿の補記。
 どうやら私がクレオール語に言及したのは、このところ大量に流入しつつある中国人達の日本社会に及ぼす影響が気懸かりだった所為らしい(前稿を書いた時点では無意識)。彼らは落下傘でなく飛行機や船舶で入国し、それぞれの仕方で入植した。その前は朝鮮人達が所謂「在日」化した。嘗て日本だった朝鮮や台湾では国語教育が行われたから、中には日本人より流暢な国語(共通語)を話す者も居た。
 それに対し本土では国語のコロニーが全域で同時多発。これを学校と云う。現地民は例外なく方言の話者であり、そこに共通語としての国語教育を徹底する事で、明治中期以降の国家言語は現在「現代文」と呼ばれる形で古典(古文・漢文)から分かたれた。より正確には、現代文からも古典からも「幕末期の日用語を排除した」事になる。これは音声言語と文字言語の両方を指す。
 詳しい経緯は安田敏朗『「国語」の近代史』(中公新書)など、その筋の本を読めば分かる。ただし私は「書字を読めなくする教育」に言及した本を見た記憶がなく、また専ら自前の頭で整理した事ばかり書いているので、傍目には学問的信頼性など全くない筈。そこが転じて「気に食わない」。この手の視点が学問の世界で無視されているかの様に見えるのは、必ずしも一私人の僻目ではあるまい。内容が重複したり食い違っていても構わない。先ず誰か「学者が本を書く事」。可能であれば書作活動と無縁な学者が書く事。それを切に期待する。大学の紀要や学会の研究発表は一般人の目に触れない。(書道と違って)国語学方面など、立派に学問扱いされている分野で話題になった事があるか否か自体、外野には全く分からない。何か書物が得られて初めて、苹は拙稿の検証へと進む事ができるのである…。

「国語問題」余録、他

苹@泥酔

2021/01/09 (Sat) 20:42:00

 投稿禁止ワードには「・」を挿入する。今回は「美・人・妻」だった。



8備忘録 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/10/31 (Mon) 21:41:27

備忘録
 なんちゅうタイミングか、折も折の産経記事は加地先生でござる。…以下、取り敢えず全文引用。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111030/edc11103003100001-n1.htm
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>【古典個展】
>立命館大教授・加地伸行 正しい国語を使いましょう
>2011.10.30 03:09
> 投げ込みの広告チラシがあった。美容院の宣伝である。
> 大きな字で「カット専門」とある。なるほど。しかし、この「カット」のところをわざわざ英文アルファベットで印刷している。すなわち「cut」のつもりで。
> ところがなんと、「cat」となっている。catだとキャット、ネコちゃんですよ。その美容院はネコ専門なのでしょうね。
> もっとも、cutであろうと、catであろうと、現実ではそんなこと問題にもしないであろう。一般人にとっての英語とは、その程度のものである。
> にもかかわらず、偉い人たちは英語の端くれ単語を混ぜて話すことがよくある。イノベーションがどうの、ガラパゴスがこうの、と。
> けれども、ここは日本ではないのか。日本であるならば、まずはきちんとした日本語を使うのが筋であろう。さらには、日本人であるならば、正しい国語を使うべきである。
> 日本語と国語とは違う。
> 日本語と言うとき、それは、日本人が使っていることばをまねて、ともかくなんとか意志を通じさせる形のもの。例えば、店で「わたし、これ買う。おつり、いるよ…」と言えば、なんとか通じる。
> つまり、日本語とは、外国人向きの技術的なものである。当然、日本人だと日本語ペラペラ。
> けれども国語は違う。日本人でも国語のできない人はたくさんいる。国語とは、〈国〉家の歴史・文化・伝統を背景として発展してきた言〈語〉であり、略して国語と言う。だから、日本の歴史・文化・伝統の素養のない外国人に国語学習は無理なのである。例えば「もののあはれ」という国語を理解し感受できる外国人は絶無に近いことであろう。
> 当然、その逆もある。われわれ日本人が英語を学んでも、せいぜい「cut専門」に直す程度であり、英〈国語〉の理解や感受は、まず無理なのである。
> ところが、今年9月、テレビニュースがこう報道していた。東大の大学院が外国の制度に合わせて「秋入学」を行うようになったと。そして東大総長が式辞(告辞)を英語で行ったシーンが流れた。
> 驚いた。ここは日本ではないか。日本に留学したい外国人は、当然にまずは日本語を学ぶべきである。
> その昔、私が学生時代、用件で故宮崎市定(いちさだ)教授(東洋史)の研究室を訪れたところ、先客があり、待つこととなった。先客は若いフランス人で、たどたどしい日本語ながら懸命に質問していた。大宮崎の学問に対する敬意にあふれて。
> それが日本に留学する学生のあるべき姿、道理である。
> にもかかわらず、留学生に分かりやすいようになどという損得の観念で英語による式辞を行うのは筋が違う。しかも、独、仏、中など多種多様の言語の中から、なぜ英語なのか。その理由はなになのか。独、仏、中…からの留学生にしてみれば、不愉快となるだろう。
> 東大が日本を代表する大学という自負があるのならば堂々と国語で、それも伝統的な漢文脈で荘重に述べよ。古人曰(いわ)く「君子(教養人)は義(道理)に喩(さと)り、小人(知識人)は利(損得)に喩る」(『論語』里仁篇)と。(かじ のぶゆき)
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 日本語と国語。~俺のとは違うなあ(←てな台詞が、テレビ朝日のドラマ「臨場」にあったっけ)。と云っても大意はさほど違わないだろう。ただ、ちょいとばかり切り口が異なるだけ。
 日本語の限界と、国語の限界。私のは大体そちらが前提。国語を少し遡ろうとしただけで高校英語教員が「中国に行けばいい」と軽口を叩くくらい、日本人は平仮名が読めなくなっていた。変体仮名を含む平仮名と草書を交えて表記していた明治以前の文字文化は、もはや日本文化の扱いではなくなっているらしい。筆で書ければ支那語に見える♪、南京墓場の血が見える?(元ネタは1937年の流行歌↓)
http://www.youtube.com/watch?v=UH7SeT38Rts
 ところで、加地先生と接点はあるのだろうか。~当方このところ気になっているのが文化功労者の中野三敏先生で、なんでも「和文リテラシー」ってのを説いて回っているらしい。江戸時代の文献で活字化されているのは僅か1パーセントで、それ以外は現代人に読めない。ならばやたらに時間のかかる活字化を待つより、我々が読める様になる方が話は早い。古書店に行けば多くの本は二束三文で手に入る、と。
 私はコレで学校クビになりますた(苦笑)。当時の担当は高校芸術科書道で、教科書には仮名の単元がある。その最初に教える事になっている平仮名と変体仮名の単体を、単に書かせて済ますのではなくバカ丁寧に字源分析。それから古筆和歌の練習に移る訳だが、その前に連綿を分解して先ず現行平仮名を識別、次に残りの変体仮名を確認して通して読ませ、漸く本来の練習に入る。
 その頃「和文リテラシー」なんて言葉は知らなかった。校長室に呼び出された時は面食らった。「お前、読めるか。読めないだろ。読めないものは教えちゃいけない」などと云われても、どのレベルの話か分からない。基礎指導するなと指導されたのだろうが、相手はそれを基礎とは思っていないらしい。青森県では書道教員採用試験が実施されない事になっていて、大抵は国語科で採用された先生が書道を担当する慣行になっている。にもかかわらず国語の歴史的視点で指導してはいけない。
 あたしゃクビになった後、調べて初めて分かった。国語教育の内実は、書字文化を滅ぼし活字文化に完全移行するための革命教育運動でもあったのだと。それなら英語科出身校長の自信に溢れた指導が理解できる。教員には歪曲教育の義務がある。この件には旧稿で何度も触れてきた。苹がネット活動に参入した直接動機、原点である。
 だから苹は国語を全く信用していない。加地先生の論旨は分かるが、ちょいと捻れば歴史歪曲の正当化、国語革命礼賛に見えなくもない。十年前から書いてきたのと同じ事を、何度でも蒸し返したくなる。教育現場の歪曲慣行は何も変わっていない。



8Re: ”日本人の知らない日本語” ( ミッドナイト・蘭 ) 2011/11/01 (Tue) 21:40:38
私も、加地先生の「正論」を読みましたが、

 >>イノベーションがどうの、ガラパゴスがこうの、と。

イノベーションはいいのですが、ガラパゴスは固有名詞を日本語の中で意味を持たせたものなので、この例えはおかしいと感じました^^

仲里依紗は美人ですが、やや「大味」な美しさを感じます。

「時をかける少女」、やってましたぜ^^



8禪牀夢美人 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/11/05 (Sat) 23:54:15

禪牀夢美人
 ガラパゴスか…なるほど。別の例で云えば昔、固有名詞のトルコに日本語特有の意味を持たせたら(以下略)って騒動もありましたっけ。結局、日本政府にしては極めて珍しき敏速さで別の和製英語に言い換えたけど。そしたら今度は当方コープランドって作曲家の名前を想起する際、いつも先ずそっちを連想する癖が付いちまった(汗)。
 仮名表記の紛らわしさも時に誤読の種となる。「ひつまぶし」はせめて「櫃まぶし」と書いてくれ(「櫃塗し」では却って分かりにくい?)。「ひまつぶし」と間違いやすい。このところ愛読している2chで「ホームスレ」と書く人が居る。ホームにしているスレッドという意味らしいが、これも「ホームレス」と誤読しそうになる。何年か前、同じく2chで或る小説家(?)の名前を知った。まだ読んだ事がない。正しくは「ナオコーラ」だそうだが、そこでは確か「オナコーラ」と誤記してあった。私は昨年、記憶違いに気付いた。語感がオナホールみたい。わざわざ云う必要はないが、こちらも使った事がない。
 平仮名であれ片仮名であれ、紛らわしく感じる連なりがある。それが気になって素直に書けない。今も「連なり」と書いたが、元は「ひとつらなり」の筈だった。漢字だと「一連なり」。ウッカリ「イチレンなり」と誤読した自分が腹立たしい。漢字と仮名の配分に奇妙な規則性を求めたくなる。何々「する事になる」とは書くが、「する事甚だしい」とは書かず「すること甚だしい」と書く。好みの語法なのに遣いたくないのが腹立たしい。
 腹立ち紛れに話題をオナホールに戻す。検索したから形状は知っているが、実物は見た事がないし興味もない。それより本物の女性、若くて長い髪の女が似合う(たぶん)。~何年か前、少々血迷って若手女優の戸田恵梨香に魅了された。それが今では歯茎の目立つ痩せた人。頬がこけている。もっと肉付きが欲しいが、そうもいくまい。頬のこけた芸能人と云えば、原田知世も稍や近い。こけても美・人・妻。それなりに救われる。(あたしゃ結構、勝手な事を書いとるなあ…汗)
 主演映画「時をかける少女」の頃が懐かしい。どうやらリメイクされたらしいが、そちらは見ていない。テレビでの放送を待つ。ただしアニメの方ならBSで見た。バッハのゴルトベルク変奏曲が流れていた。二次元の方が好きとは云わないが、今にしてみれば原田知世の肉体は未成熟だったのね。そこが差し当たり、仲里依紗との違い…にはなるのだろうか。検索画像で見る限り、そこそこ肉感的ではある。
 うまく話が纏まらない。もう寝る。



8メール使えるようになって欲しい ( EmmanuelChanel ) New!!
2011/11/10 (Thu) 17:50:56
メールを使えないせいで,非公開の情報のやり取りが出来ないというのはなんだかなあと…
家が近くで行けるのなら,出向いて行って教えるなんて選択肢も出るのかも知れませんけど,そんな事をするくらいなら,実際にかかる交通費を考えても,近くのパソコン・サポート屋さん(検索した感じでは, http://apss.jp/ とか…)に頼んだ方が安いか?(貴殿にそこまでする気があるのならとっくにやっているのでしょうけど…)
ネットで貴殿に教えられれば一番安いのですが,教える技術のある人の協力を得られるか知らん?



8「一寸先は闇」 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/11/15 (Tue) 21:49:05

「一寸先は闇」
 …電子メールを毛嫌いしているつもりはないんですよ。ただ、昔あたしゃネット世界へのデビュー(プロバイダ初契約)早々、大失敗をやらかしたのでやんす(詳細は支援板を参照↓)。私信のつもりが掲示板にも繋がっていたらしい上に、送信した文章量が多過ぎた結果、相手方のメーラーが破壊に至ったそうな。見方次第では「それがよかった」。あれ以来、ネットに余計な夢は見ない事にした次第。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=3179;id=
 その後は書道関連出版「天来書院」の比田井和子社長(でいいのかな?)と十七往復くらいのメールを遣り取りしたり、それなりにリハビリしようとはしたんですぅ(これについては「つくる会」東京支部板で少し言及)。でもパソコンぶっ壊れた場合はデータ消失がこわいのネ。通常のワープロ文書ファイルとは、バックアップの取り方の勝手が違う。ネット参入初期には青森県教育庁から貴重な返信を貰ったりもしてた。そんなのを当初からジャストシステム社のワープロソフト「一太郎」付属メールソフトで送受信してたもんだから、メールソフト別売りとなった後になって、今更メジャーなマイクロソフト社のに乗り換える…てぇのも厄介。それよりなにより耳年増の被害妄想か、噂に聞くウイルス感染がこわい。おまけに巷間ではスパムと呼ぶらしき余計なメールが増え続け、遂には匙を投げる仕儀に。加えて当方、非公開の遣り取りを必要とする訳でもなし。事務連絡なら「メールせずに電話しろ」の方が昔式ゆえ、感覚上は手っ取り早くもある。
大家「苹さん、電話ですよー」
店子「はぁい、今いきま~す」
 …これって、何十年前の話ぢゃ(汗)。
 要は、メール機能の必要を全く感じていない点に最大の壁がある。実用の必要がないから毛嫌いする必要もない。今は掲示板や他者ブログのコメント欄で充分に満たされているし、にもかかわらず敢えて自前ブログ創設ともなれば、今度は別の懸念が伴う…。

(附記)
 おちょくり板で先日、こんなのを書いた…(↓)。
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>如掲雲霧 - 苹@泥酔 2011/10/24(Mon) 02:08 No.8906
> なんと…(絶句)。天バカ板(旧板)の絶滅時、有難い事に荒間様から提供の申し出を頂戴した隠し板も今回、閉鎖対象になっちまってたのか…。これから何があるか分からんなあ。新板でない拙稿てんこ盛りの方の支援板(廃板同然)とか、そのうち閲覧できなくなっていくんだろ。
> 今は掲示板の閉鎖段階だけど、そのうち代替システムが普及すればブログも次々と閉鎖されていくんだろうな。やはりシステムに合わせた投稿様式を工夫し過ぎるのは問題があるのかも知れない。どんなシステムの時代になっても転載可能なテキストを、ユーザー自身(純粋閲覧者を含む)が各自保存するとして、…それでもデータが大量になると厄介そうだな。閉鎖以後は過去のデータがネットから隔絶され閲覧不能になる。閲覧できるのは各自保存の私家版データが再公開された場合のみ。そこに著作権問題が浮かび上がるかも知れないな。例えば「あそこの旧管理人は荒間だから、余人が複製公開するのは云々」てな具合に。そうなるのが荒間様の死後だったら。苹の死後だったなら。
> 私の血圧は上180、下100、脈拍100が普通。たぶん早死にするんだろ。仮にしぶとく生き残れたとしても、あっしのは生前から誰かが複製しまくっても構いませんぜ。どのみちネットから消えていく。忘れられていく。そこが書物と違う。ネット情報の永遠神話が崩壊する日は近い筈。余りにも分散的なため、発掘される可能性は極めて低い。仮に「つくる会の山形支部板に書き込まれた内容を閲覧したい」と望んでも、対応してくれる組織・機関は存在しないだろう…。
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8Gmail を使いましょう! ( EmmanuelChanel ) New!!
2011/11/18 (Fri) 19:27:16
文系の先生は,あまりパソコンに気が回らないのでは?(自作をしている法学者の人もいるようですけど…)
それと,使っている Windows はなんですか?入っているメールソフトが Outlook Express であれ, Windows Live Mail であれ,開けるだけで感染する類のウイルス・メールを表示するソフトのパーツはインターネット・エクスプローラーと共用なので,感染のリスクもそれに準じます.あと,今は, Microsoft から無料で, Windows Security Essentials というのが配布されているようなので,それを入れてウイルス対策とすれば良いのではないでしょうか?
メール・クライアントを使いたくないのでしたら,プロバイダーのアドレスで Gmail のアカウントを取って,確認メールだけメール・クライアントで受信し,あとは,ブラウザから Gmail を使えば良いかと… Gmail は,迷惑メール・フィルターが発達しているので,変なメールに困る事も少ないかと存じます.



8追記 ( EmmanuelChanel ) 2011/11/19 (Sat) 20:33:00
OS は Windows 7 でしたか…
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1218.html
Windows Live Mail の場合,開いても,自動では画像を表示しないようなので,そのままでは感染しないものと思われます.
開いただけで感染するメールというのは, HTML メールを開くと画像が自動で表示される機能を使っているので.
なので, Windows Live Mail の感染リスクも, MSIE 自体より低くなっているかと…



8思い出した… ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/11/21 (Mon) 22:47:44

思い出した…
>OS は Windows 7 でしたか…
 ↑これ見て思い出した…。
 ビスタ機が故障した時に先代XP機を引っ張り出したらオシャカ、更に先々代95機も昇天してたんで、新たに新鋭7機を導入したらそのままずるずる…って所になるのかしら。画像処理とメール受信は専らビスタ機。ワープロとネットは現在7機の使用頻度が多くなってます。~因みに、リカバリとか云うやつは今も昔もチンプンカンプン。
 年に一度受信(つまり削除)するかしないかのメールよりも、ビスタ機と勝手の違う7機で画像処理する方法をどうにかしないと。機械を取っ換え引っ換えするのが面倒臭くて丁度「つくる会」東京支部板への画像投稿が滞ってたところに激震が連続、六月末なんざ先代の天バカ板がいきなり消滅だもんなあ…(泣)。
 大震災の少し前、回線をISDNから光に変えました。その際の接続を7機でやって貰った訳ですが、ビスタ機に入れてたノートンは夏場か初秋に期限切れとなって以来それっきり。新しいノートンはかなり前に買ってあるけど、入れるのを怠けてたら冬になっちまった(苦笑)。回線変更以来7機の方は価格割引条件に入ってた「フレッツ・ウイルスクリア」のまま放置。そっちの方もどうにかしなきゃならんかも。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-988.html#comment
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-995.html#comment
 いつの話か調べてみたら、これって2010.10だったのね(↑)。最後の画像投稿は天バカ板ショックの半月前で、その前の一月稿が故障前の七月稿以来(↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_718.html
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_675.html
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_530.html
 てぇ事は、あたしゃ五ヶ月くらいビスタ機を使ってないのかな。先日の「一寸先は闇」稿(2011/11/15 (Tue) 21:49:05)で触れたリハビリの件は、上記の東京支部板No.530に少し書いてあります。

 あと、蘭様へ。
 奥様ブログは閲覧対象外かも知れないから書いときます。閉鎖前の天バカ板常連、あきんど様が復活!(ここでハノイの幼女達も参加してるBGMを一つ↓)
http://www.youtube.com/watch?v=PDOL3ueBJpg



8私の掲示板の小変更… ( EmmanuelChanel ) New!!
2011/12/17 (Sat) 06:46:18
ブログに書きましたが,私の掲示板
Le Salon de Emmanuel Chanel
http://forums.emmanuelc.yuuna.org/

運営 / Operation フォーラム
http://forums.emmanuelc.yuuna.org/viewforum.php?f=2
の目的を,掲示板の管理・運営から,私のサイト管理・運営全般に変えました.
私が関わらない限り,ここやおちょくり塾,その他のサイトの喧嘩とは関係なく,リンク集のための情報やら,私のサイトに関する相談などが出来たらなあと…
潰されてこけた掲示板を再利用出来ないかな?と思いました.登録制掲示板で,海外の友達を呼び込むも考えて,登録名をラテン文字にするルールにしており,とっつきにくいですが,私と親しい仲間内で相談出来ればなあと思っています.あと,これの前の板がなくなった時に,サイト管理・相談の場所を作っても良かったのか知らん?とか…



8甚五郎兵衛が来週メリー殺します ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/12/18 (Sun) 00:09:32

甚五郎兵衛が来週メリー殺します
 御一報に、感謝。
 こちらからは、差し当たり近況をば。~このところ当方2chに入り浸って居て、半年間の不如意をどうにかする上でのリハビリ(?)には恰好かと大いに楽しんでいたところ、AA(顔文字?)絡みのネタでチョイと悪乗りしたら、思わぬ誰かが端から余人にファビョっちまった模様…(汗)。てな訳で反省中の苹でした。興味あらば、こちら(↓)でNo.392(拙稿)以降の展開でも御覧下さいましな。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/gallery/1321664114/
 相変わらずの書道ネタ。されど、それが本筋とあらばやむなき仕儀にて、そこにこそリハビリのドッコイショたる所以あり(笑)。畢竟あれこれ昔話を蒸し返すにしても、それが単なる繰り言として看過されぬ様、そこそこ相勤める所存にて御座いまする。

 ところで、こちら天バカ板での新稿は「備忘録(成績改竄の義務)」と題する予定。されど、そのネタ元(産経記事)の出た2011.11.13以降、かれこれ一月以上は寝かし続けている状態にて御座候。そろそろ仕上げにゃならんのだろーけど、時が過ぎれば過ぎるほど、何か蘊蓄めいたものを加味しないと却ってガッカリされちまうのではと無駄に逡巡どっちらけ。まだまだ時間がかかりそうではありまする。頓首再拝。苹。



4賀春(壬辰) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/12/31 (Sat) 23:01:25

賀春(壬辰)
 七月以降、今に至るまで旧板閉鎖の影響が想像以上に大きい…。新年を迎えるにあたり、どうにか元の調子に戻れる様に心懸けよう…。
 以下は十一月中に書いた稿である。もっと突っ込んだ話を続ける予定だったが、いったん機を逃すと後が宜しくない。長文にしようと気負わずに書く方がよいのかも知れない。


●備忘録(成績改竄の義務)
 投稿の間が空き、ついつい機を逃してしまった。どの稿に連ねるか迷ったのもあるし。結局は観念して新たに独立稿で仕切り直す事になるとしても、旧稿との関連は勿論、ある。
 掲出の産経記事を読み、先年来の持論を裏付けるものと得心した苹であった。教員に課せられた暗部の義務を纏めると、差し当たり思い及ぶのは三つ。
・歪曲教育の義務
・基礎指導放棄の義務
・成績改竄の義務
 件の記事は、このうち第三点に関する「事件」の詳報だった。ところが青森県では事情が違う。前々から興味深い合法化を成し遂げている(青森に限った事ではないだろうから、こんな言い回しは大袈裟かも知れない)。
 改竄が改竄になるのは成績評価システム全体から逸脱したケースであって、予めシステムに組み込まれた改竄は改竄ではない。教員全員が内規で定められた通りに成績改竄する場合、嘗て私が勤務した高校ではこれを「相対評価」と呼んでいた。念のため「絶対評価する事になっているのでは?」と教科主任に尋ねたところ、返ってきた答えは「絶対評価したものを相対評価するのだから、絶対評価は取り入れられている事になる」とする解釈だった。そこに合法的改竄の紛れ込む余地がある。
 なぜ私が疑問に思ったか。~どの地域でも大抵は、入試を指標とする学校のランクがあるだろう。これを素朴に受け止めるなら、進学校の生徒の成績は非進学校の生徒より上となる筈である。実際、大まかな傾向はそうなっているらしい。ただしそれは受験科目、主要科目に限った話であって、芸術科書道の様な非受験科目の場合は高校入試で書写の出題が充分なされる訳でもなく、また大学入試に影響する例も殆どない。それどころか非進学校の方が、大学受験目的の勉強に集中しなくて済むからだろうか、進学校の生徒より高得点となるケースすらある。
 しかし全体の傾向としては、やはり進学校の方が成績は上である。当時の校長も職員会議でそれを危惧し、絶対評価には批判的だった。相対評価すればどの高校でも成績は満遍なく分布するが、絶対評価すれば高校別のムラが出る。学校ランクを成績評価分布が裏付ける形になると思ったのだろうか。…云うまでもなく、この観点に限れば書道は論外である。であればこそ、論外の科目をなぜ一々まともに成績評価する必要があるのか、疑問に思う教員が居ても不自然ではない。
 成績改竄は「生徒のため」を思っての事である。多分そうだろう。そのためなら学問を犠牲にしても構わない。なぜなら学校は、学問教育の場ではないからである。学問がやりたければ大学に行けばよい。そこに矛盾があるのは誰もが承知の上。しかし大学入試がある以上、入試での合格それ自体を目的とした予備校型高校が「高校制度を隠れ蓑に」自ら予備校化の度合いを深めていくのは至極当然の流れと云ってもよい。その文脈に先年の未履修問題がある。一部の教員達は反発し、団結し、民主党を支持し、自民党政権の転覆という手段で文部科学省への影響力行使に期待したのかも知れない。
 私は夢想する。もしも大学入試が廃止されたなら。誰でも好きな大学で、老若男女を問わず聴講できる。その気があれば学位も取得できる。ただし大学教官は、学力の伴わない生徒を過剰に高く評価してはならない。他方、一定の年限を基準として学力不充分の学生に退学を迫る制度は、却って大学自身の首を絞める事になるだろう。一部の学生は在学中に就職し、十年か二十年か、ずっと授業料を払い続けてもよい。そんな物好きが大学生のまま、同じ学年の若手の見本となる。どこか寺子屋の風景と重なる面があるのではないか。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111113/waf11111318000015-n1.htm
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>【衝撃事件の核心】
>男性教諭はなぜ調査書を改竄したのか 京都の名門高校
>2011.11.13 18:00 (1/4ページ)[westピックアップ]
>京都府北部の進学校として知られる京都共栄学園高校=京都府福知山市
> 国公立大学や有名私立大学に毎年多くの合格者を出している京都府福知山市の京都共栄学園高校。その名門私立高で3年生を担任する男性教諭(58)が、受験先や就職先に提出する調査書の評価を高く改竄(かいざん)するという“前代未聞”の不祥事が起こった。なかには出願基準を満たしていなかった調査書の評価を高くして、不正に出願した事例もあったという。何がベテラン男性教諭をそこまでさせたのだろうか。
>
>名門校に衝撃
> 「思いもよらない事態が起きた。教育の根幹を揺るがす不正行為をしたということで、非常に申し訳なく思っている」
> 10月25日に開かれた記者会見で、泉良正校長は苦渋の表情で頭を下げた。同校の進学コース3年生のクラスを担任する男性教諭が、調査書を作成する際に不正に高く改竄していたのだ。
> 発覚したのは、10月中旬ごろに生徒の間でささやかれていた一つの噂がきっかけだった。「クラスで(男性教諭に)成績を上げてもらった子がいる」。噂を聞いた学年担任の教諭が調査したところ、男性教諭のクラスの32人中24人の調査書に改竄があったことが判明した。
> なかには、進路指導の際に男性教諭の方から、「このままの成績では希望する大学に行けないが、何とかできるかもしれない」などと言われた生徒もいたという。
> 同校によると、男性教諭は「クラスの成績を上げたかった。いい大学に早く合格を取り、自分も楽になりたかった」と動機を述べているという。
> 改竄されていない生徒もいるが、「これ以上成績に改竄する必要がなかっただけで、特定の生徒に便宜を図る意図はなかった」とも話しているという。
> 同校は副校長と教頭ら4人からなる調査委員会を学内に設置し、他のクラスや過去に作成された調査書についても調査したが、他の改竄はなかったという。
>
>担任の裁量次第?
> 同校の調査書は、教科の担当教諭が教科ごとに10段階で評価した成績原簿をもとに作成される。調査書には、クラス担任がそれぞれの教科の3年間の成績を平均し、10段階から5段階に換算した評定の値が記入され、この値が大学受験や就職試験の際の出願基準として考慮されることが多い。
> 今回の改竄は、男性教諭が調査書に各教科の成績そのものを記入する際に実行され、この成績をもとに出される調査書の評定を上げていた。
> 改竄の度合いは生徒によって異なるが、最大で6科目11教科にわたり、評定の平均が0・4上がっているケースもあった。また、出願基準に満たない成績だったにもかかわらず、0・2~0・3上げて、不正に出願したケースもあったという。
> 調査書作成後に第三者が成績原簿と照らし合わせることはなく、泉校長は「チェック態勢が不十分だった」と述べた。
> これを受け、2学期の期末考査から成績入力を複数の教諭がチェックするシステムを導入するなど、チェック態勢の見直しを検討している。
>
>進学校ゆえのプレッシャー
> 「進学コースの担任になるのは初めてだったので、プレッシャーを感じていた」。問題発覚後、男性教諭は学校側の調査に対し、こう打ち明けたという。
> 男性教諭は同校で30年以上勤務しているベテラン教師。だが、これまでは、多くの生徒が就職か専門学校などへ進む普通コースを担当しており、今年度になって初めて近隣の有名私大を目指す進学コースを担任した。
> 同校では、進学実績で特にノルマを課してはいなかったというが、職員室内では教諭の間で、「クラスの模擬試験の成績はどうでしたか」「できのいいクラスなので、生徒の進路が楽しみですね」などという会話が交わされ、男性教諭が重圧を感じていたようだという。
> 清水智徳教頭は男性教諭について「仕事にはきちんと取り組み、生徒に尽くすタイプ」とコメントしている。
> 1年生の女子生徒も「日ごろから授業を優しく教えてくれる先生」と評価。ただ、「それだけに、こんなことをしていたのを知ったときは、悲しくて残念な部分もあります」と続け、肩を落とした。
> 男性教諭は発覚後、クラス担任から外された。今後、学園本部が処分を検討するという。
>
>広がる動揺
> 発覚から4日後、同校は保護者らに対して事件の説明会を開いた。18人が出席し、「子供の進路は大丈夫か」「今は子供の入試の合否の結果待ちだが、影響はないのか」など進学先への影響を心配する声が上がった。
> 同校は調査書を提出した大学や企業に出向いて謝罪と説明を行ったが、改竄前の調査書の評定が出願基準を満たしていなかった生徒の出願は取り下げた。さらに、改竄された調査書を作り直し、成績原簿をもとに正しく作成された調査書を提出しているという。
> だが、今回の不祥事による生徒らへの影響を心配する声もある。
> 2年生の男子生徒は「来年自分が受験するときに、あまりよく受け止められなかったり、変な見方をされるのではないかと心配です」と話す。
> また、卒業生の女性(25)は「こんなことがあっては、自分の出身校だと言えなくなる。ちゃんとしている人がいっぱいいるのでくやしい」と憤りをあらわにしている。
> 京都府文教課では「出されている調査書が信用できないという事態になると、生徒に関わる。本来あってはならないことで、非常に驚いている。生徒には不利益にならないよう対応していきたい」とコメントしている。
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「シオン議定書」其一

苹@泥酔

2021/02/12 (Fri) 21:05:47

8近況 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/18 (Wed) 22:18:08

近況
 セレブ奥様ブログのコメント欄に、最近こんなのを書いている(↓)。

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> 別の番組の話だけれど、見ましたよ~。西尾先生の講義(↓)。後半が特に面白い。
http://www.youtube.com/watch?v=K8CJ-Nx3Cjk
> 資本主義と云えばバカの一つ覚えみたいにドゥルーズだの金本位制だのを連想する苹にしてみると、脱領土化とセットになるのが再領土化。アメリカが脱領土的なら、今度の略奪主体は中国の再領土化システムと関わらざるを得ず、そこにTPPとかいう訳の分からぬ話が絡んでくるのかしらと、こちら大いに訝しんで居ります。
> 正直な話、私の読み方には欠陥があります。当初から気付いては居たけれど、かれこれ十年近く前からドゥルーズを云々してるのに、主著二冊の表題「資本主義と分裂症」には殆ど注意を払わないできたのよネ。それより自前の領分にこじつけて、コードだのエクリチュールだの、差異と反復だの、とにかく書道ネタで連想できそうな方面ばかり優先してきた。ところが西尾先生の話に耳を傾けると、これが当たり前の様に歴史や資本主義の話なんですねぇ。なんだか素直になれそうな私。(←ここ、失笑するトコです。)
> おまけに番組後半、金とドルの関係や石油などの資源をめぐる話になると俄然、前に私はどんな事を考えていたかしらと旧稿を読み返したくなってくる。あの時(坦々塾ブログが出来た頃?)の私はもしや、黒人奴隷を連れてきたのをアメリカと混同していたのではないかしら。記憶では絶対そうでない筈なのに、どこか心の底では米西関係の捉え方に歴史の混同があった様な気がする。むしろ銀経済圏と米墨戦争の方に興味があった。だから勿論イギリスとの関係は意識してました。ただし先生のとは、視点の比重にも深度にも明白な格の差があった。ここ二ヶ月ほど、その事に別の予感めいたものを嗅ぎ取っています。
>
> あ、書き忘れてた。北の将軍様が代替わりの危機(?)だそうだけど、安倍元首相が小泉再々訪朝の可能性に言及するなど、なんか政治の世界ってアレだなあ。(アレって、なんだ?)
>【2011/12/22 13:43】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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> あれから旧稿を読み返してみました。あたしゃ二年半前、こんなのを書いてたんだなあ。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-723.html#comment
> この時は2009.04.19 (20:35)、2009.04.20 (23:01)、2009.04.21 (22:39)の三稿。ただし三つ目は非表示稿だった。その後は、こんな話題(↓)を出した事もあったっけ。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-915.html#comment
> この時は【2010/04/29 16:50】稿。他にも色々と思い出す稿はあるけれど、それはともかく。
> 西尾先生が「脱領土」なる語彙にドゥルーズを垣間見たかは知らない。左翼ポストモダン系の人なら、たぶん私と大差ない読み方へと引き寄せられるだろう。差し当たって言葉自体を見る事から始めると、ドゥルーズの云う「領土」はテリトリー。その点からして西尾先生の表現には別の意味合いが感じ取れる。だから左翼は単細胞的な西尾批判を急ぐべきでないし、私はと云えば単純に感想を書いただけ。ドゥルーズとは別の新鮮味を、先ず皺ひとつない脳味噌で味わう。最初の前提は「私はドゥルーズを理解していない」の一点に尽きる。そこから読者「に」自由「が」放り出されていくのだと思う。~以上、追記。
>【2011/12/24 04:03】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 古い話の続きで申し訳なく…(汗)。件の「2010/04/29 16:50」稿で、こう書きました。
>--------------------------------------------------------------------------------
>> この秩序ってのは、もしかしたら移民秩序の事なんじゃなかろうか。今後は「アメリカ的な移民秩序」と「中華的な移民秩序」の水面下戦争がいっそう露骨になってくる。どちらも強大な移民秩序であるからこそ、日本にも嘗てないレベルで移民秩序への服従が求められてくる。
>--------------------------------------------------------------------------------
> これを輸入型移民(移入民)と輸出型移民(移出民)の違いと捉えたら、どう見えてくるかしら。移民問題と云えば普通は輸入型を指してきた。その一環には近代奴隷制も含まれるかの様な。
> ハワイ併合の頃、アメリカは中国系移民の流入を妨げた。するとハワイの日系移民が米本土に渡る。あちらの感覚はどうだったろうか。中国系のイメージで日系を見たのではないかしら。戦後三十年を経たブルース・リー出演の米資本映画でも、中国系の枠組に相撲レスラーが収まっているかの様な印象が残った。
> 少数のインディアンに大量の黒人。白人は英、独、仏など様々。そんな新大陸の状況がある一方で、ヨーロッパには前々からジプシーだのユダヤ人だの、移民の元祖めいたカテゴリー(?)があった模様。新大陸での白人は一種の自己移民化(フロンティア精神への転嫁?)を或る意味では十字軍的に遂行したものの、どちらの大陸でも移民それ自体は輸入型が基本で、輸出意識がどの程度あったか今ひとつピンと来ない。ヨーロッパでの意識はむしろ遊牧的と云った方がよさそうに思える。その枠組で植民地主義が発達したと見るなら、移民意識を伴う移出民は存在しなかったのかも知れない。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0224.html
> それに対して中国系はズバリ「華僑」。片や日本は鎖国中で、移民そのものが極端に特殊。そもそも「国」の概念が違う。多くの国は地続きで同族。異人や異国は別物。そんな日本人が移民を云々するなんて、「ナントカかぶれ」の最たるものじゃないかしら。生まれながらにして移民だらけのアメリカあれば、他方には移民の溢れ出す支那がある。そこに「移民の素人」たる日本が参入。移民して行った人々に移民意識があるのは当然としても、日本の中ではどうだか。
> 西尾先生が外国人労働者問題を云々していた頃、苹は全くの無関心で、議論があった事すら知らない。あれこれ読む様になった今でも、関心があると明言するのは憚られる。骨の髄まで「ピンと来てない」儘なのでやんす(汗)。
> そりゃあ、異人さんを見た事くらいならありまっせ。でも彼らは「そのうち帰国する人」で、たとい「隣に住む人」であっても、居住の永続性までは頭が回らない。例えば米軍基地がこのまま百年を迎えるとするでしょ。でもピンカートンは帰って行く訳だ。代わりに別のピンカートンがやってくるだけ。半島出身の所謂「在日」だって今では日本人みたいなものなのに、帰化する気がない場合は「じゃ、いつか帰って行くんだろ」、と。それくらい私は「移民」に不慣れで、印象は不審者と大差ない。曲がりなりにも欧米人は「移入民対応の手練れ」達と映る。ところが「移出民の手練れ」達は、東南アジアやチベット、アフリカでの振る舞いが不気味この上ない。(vs.「手練れになれない日本」)
> そこに突然、強烈な尖閣漁船問題がきた。政府がビデオ公開を拒んだのは、韓国ヴァージョンみたいなのが映っていたなら辛うじて理解できる。あちらの刺殺事件と順番が逆ならどうにかなったのかも。しかし中国の出方がそれを不可能にした。日本にとって歴史的ショックだった。こちらは移民と侵略者の区別に慣れていないのみならず、対応自体に慣れていない。ああした中国政府の出方は日本民族にとってトラウマとなった筈。
> 年末の締め括りに、何故「手練れ」という言葉を用いたか。外国人に、分かるかなあ?
>【2011/12/25 22:07】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> またまたしつこく、妄想話の続きで恐縮。
> 輸入型移民への対応に手慣れた植民地主義の盟主達は、戦争経験の蓄積と金融資本主義の発達に伴い遠隔操作技術の洗練に腐心してきた。わざわざ自分達が最前線に出向かなくとも済む様に、すなわち「移民する事なく」目的を達成できる様にする。それは軍事とて同じ事、無人機を飛ばして情報収集したり爆撃したりする。当初は「こちら」と「あちら」の峻別が前提にあって初めて可能になる技術でもあった。やがて「こちら」は自身(単数)から味方(複数)へと拡張。そして「あちら」は敵だったり植民地だったりする事を自ら裏切る様になっていく。すると双方に別の隙間が生まれる。
> …征服者と寄生虫の違い。
> 西洋のコンキスタドールは征服先の虫けらどもを屈服させようとしたが、後世になってみると、我が身に侵入した寄生虫を屈服させるまでには至らなかった。寄生虫は征服者自身の模像のごとく自己管理へと向かい、移出民ならではの方法で、国家の背後から病態を潜ませていく(今はヒスパニック系の影響が顕著?)。つまり移出民が移民意識を喪失した瞬間、逆に彼らが生成途上の征服者へと変貌し始める面もあるのだと。その経験をルーツとする典型国家がアメリカであるにもかかわらず、白人達の先祖は移民でなく征服者(救済者?)で、その意味に於ては寄生虫としての歴史を持たない(スペインやイギリスによる「お膳立て」に感謝?)。ワーグナーの楽劇にある歌詞「救済者に救済を」が持つ予言的神秘性に至っては或る意味、脱歴史的アメリカの保守性に対するヨーロッパ側からの客観的告発であったかの様に見えてくるくらい。どのみちアメリカは経済や軍事のバルザムを入手する事になるが、それはあくまで新天地騎士団(?)の国益を保守するためであり、遠隔操作技術の発展を阻害するものではないらしい。「ここでは時間が空間となる。」
> 果たして私は、西尾先生の焚書本を正しく理解できているのだろうか。六巻掲載の座談会に、移民の印象は薄い。しかしそれでもなお、あの座談哲学の背景には移民問題が底流していたと考えざるを得ない。当時の支那は独立国家の体裁を必ずしも具えておらず、であるがゆえに国家と移民との関係をまともに取り上げられる段階になかった。~支那移民の研究が、私には不足している。それは支那の変貌(帝国化?)に関わる眼差しでもある。昔の理想化された支那は失われた。開国で、日本が勝手にそれを失っていった。傍目の華僑は素朴な移民コロニーらしく見えるが、日本人としては精神的漂流民の立場から、そこそこ不可解に見つめられなくもない。と云うのも、我々日本人の圧倒的大多数は、断じて移民ではないからである。
>
>(余談)
> うちの爺様が補聴器を壊し、修理に出したのを一昨日に受け取ってきました。そしたら「まだ変だ」ってんで、昨日も家族揃って店に行ったところ、左右を間違えて装着したのが原因と判明。その間あたしゃ隣接書店を徘徊。初めは買う気なかったけれど、ふと見たら西尾先生の脱原発本が目立つ場所にあるではないか(珍しい!)。月刊誌共々三冊購入、帰宅後『WiLL』から先に読んだのでありますた。今日は「日録」の年末動画を見る予定。
>【2011/12/30 06:02】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 補記。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1130
> 先日「日録」新年稿(↑)のリンクを見て、昔その「阿修羅」ってサイトを検索中に見かけた事があったのを思い出した。それが頭に残っていたのか、偶々「ヒトラー 第二の書」で検索をかけたらヒットしたのがこれ(↓)。例えば「寄生虫」という語彙を、年末の拙稿で用いたのとは別の意味に切り離そうとしながら読むと、心中もやもやしていた得体の知れない印象への切り口が見つかった様な気がしてくるから面白い。
http://www.asyura.com/0403/dispute18/msg/233.html
> 成甲書房から出た邦訳を新刊当時に買ったものの、私は未読のまま放置し続けた。必ずしも怠惰とは云えない筈の動機(?)でもあったのだろうか。自身よく分からない。その前にもラウシュニングの本など色々と買ってあった所からすると、興味がなかった訳ではない。
> 差し当たって今、他頁を全部すっ飛ばしてP.171の「解決にならない移民政策」を読んでみると、ヒトラーのアメリカへの評価が極めて高い事に先ず驚かされる。曰く、「人種的に千層倍も疑問のあるヨーロッパ人の業績を、千層倍も人種価値の高いアメリカ人の能力と同等視することはまず不可能である」と。そんな新天地にユダヤ人は、どうした訳か雑駁には概ね時期を同じうして、アーリア人に限らぬ多くの人種と共に寄生した。そこに国家起源の異質性がある様にも思えてくる。
> 当時の日独間には人種観の齟齬があったらしい。それを私が異常と感じないのは何故だろうか。単に我々日本人が国際常識(?)に鈍感なのか、それとも過去と現代で分断された別のものが国際常識に振り回された結果、今なお目眩に酔っているのか。人種差別という常識のない日本人に、人種差別を克服する資格はない。強いて挙げるなら日本人は、支那朝鮮を相手に人種差別感覚を磨いた面もなくはないが、筋金入りとなるには余りにも時間が足りなかった。すぐさま四海兄弟だの五族協和だの、まるで日本が内々に「地方=国」から「国=国家」への転換を果たすがごとき感覚で、海外をも見つめてしまった。反省する気はないが反省の必要はある。むしろこちらの方が異常なのかも知れない。そしてそこに、いづれの観点を採るにしろ「保守」はない。
> 私にとっての「保守」は、政治的観念から程遠い。それよりは文化的観念であり、かつ中国からの浸蝕を受け続けてきた来歴にいったん距離を置こうとした歴史的ターンの自己限定でもある。だから明治時代は浸蝕の再開を意味するし、そもそも明治の精神自体、保守と云うよりは革新の側にある。強いて保守だと云うなら、それは支那文化の保守。支那の文化的品性を辺境の日本で聖杯のごとく守護する姿勢であり、この一点に於てのみ私は西洋との似つかわしさに同情できる。
>【2012/01/05 20:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 「日録」にて、柏原様の論考と西尾先生のを拝読(↓)。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1137
> ~現代フランス哲学、ことドゥルーズに関しては初期のニーチェ研究が知られるが、私は読んでいない(ただ買ってあるだけ)。読まない理由は結構ねじくれていて、どの本から先に読むか、所謂ニーチェ入門書の類も含めて選択するのが実は億劫である。精々が参照する程度。と云っても「参照」だからこそ寧ろ馬鹿にできず、準拠への道筋が予め用意された座標次第で、その恣意的意味解釈が変化する。泥酔すると舞い降りる天の声は「黙って先ず西尾幹二から読め」と命ずるのだが、これはこれでキビシイ。「ナチスからニーチェへ」と「ニーチェからナチスへ」とでは丸っきり逆向きである様な流れの全体からさえ距離を置くにしても、正しい理解より「歪曲の起源」の方に別の魅力を感じる身(←ひねくれてる!)には相応の限度がある。
> これと似通った別の限度を、私は柏原様の指摘に読み取った。ドイツとフランスの例である。同じ事象を別々に見つめるのだから、同一であるのと距離があるのとは、内包し合う関係に於て取り敢えず同体でもあろう。ニーチェを読むのではなく、ニーチェの云わんとするものを読もうとする。そうした「向こう側」を常に見据えようとすると、そこに予め「読む自分」の側があるのに不都合はない。
> そこで強引かつニーチェとは無関係に、ドゥルーズの『哲学とは何か』(河出書房新社)P.141(↓)を持ち込んでみる。…ほれ見た事か。これでまた、ニーチェが遠くなった(自嘲)。
>--------------------------------------------------------------------------------
>> 世界的資本主義の計り知れない相対的脱領土化は、近代的な民族国家のうえでおのれを再領土化する必要がある。そして近代的な民族国家のひとつの帰結は、民主主義のなかにある――すなわち、新たな「兄弟」社会、友たちの社会の資本主義版。ブローデルが指摘しているように、資本主義とは〔ギリシア的な都市国家ではない〕〈町‐都市〉に始まったものであるが、〈町‐都市〉は脱領土化をかくも徹底的に押し進めていたので、内在的な近代国家は、新たな内的限界として必要な再領土化を遂行するために、〈町‐都市〉の狂気を鎮め、〈町‐都市〉をふたたび捕らえて、それにエネルギーを備給しなければならなかったのである。資本主義は、それなりの経済的、政治的、社会的な基盤にもとづいてこそ、ギリシア的世界の復活なのである。それは新たなアテナイである。資本主義の人間は、ロビンソンではなく、オデュッセウスであり、狡猾な庶民であり、大都市に棲む任意の平均的な人間であり、無限運動――革命――のなかに身を投じる土着《プロレタリア》もしくは外国からの《移民》である。資本主義をつらぬいて、同じ失望に突進するのは、ひとつの叫びではなく、二つの叫びである――万国の《移住者》よ、団結せよ……、万国の《プロレタリア》よ……。ともかく、西洋の二つの極、アメリカとロシアで、プラグマティズムと社会主義が、オデュッセウスの帰還を、新たな〈兄弟あるいは仲間たちの社会〉を上演している――ギリシアの夢を取り戻し、「民主主義の威厳」を復活させる新たな〈兄弟あるいは仲間たちの社会〉を。
>--------------------------------------------------------------------------------
> この後「マーケティングが概念を奪取」だの「横領を可能にしている哲学観」だの、色々と書いてある。「新たな大地に、新たな民衆に訴えかけるために、資本をそれ自身に反抗させるのである」の箇所には傍点が振ってある。そんな調子が長々と続き、P.147まで頁を捲るとニーチェの名前が出てくる(「哲学地理学の地盤を固めた」)。
> 地理的観点が出たところで柏原様のドイツとフランスが思い浮かぶ。私は今、何を読んでいるのだろうか。上記の箇所はどれも読み落としていた。それだけ注意力散漫であり、何か機会があって初めて読み直す事ができる。だから今は「日録」を読んでいる事になるのだろう。ここでのドゥルーズは参考書か虎の巻であり、そこに出てくるニーチェの幽霊が「おいで、おいで」をする。
> …勝手な(いい気な?)ものだ、読書は難しい。
>【2012/01/14 02:47】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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>(ぼやきⅠ)
> もっと柏原様の指摘に引き寄せて考えたくなり、そこそこ相応しそうに見える箇所を前掲書から引用し始めた。で…ぼんやり集中しながら(=読むだけでさえ四苦八苦しながら)順調に打鍵し終えたのはいいけれど、ふと気付いたら大変な事になっていた。たったの一段落が、どうしてこんなに長いんだ!(苦笑)…まあ、非表示にすればウンザリするのは奥様だけだから構わないか(←って、あたしゃ奥様を何だと思ってるんだ?)。
> 以下はドゥルーズ&ガタリ『哲学とは何か』(河出書房新社)P.155~158。財津理訳1997、原書1991。データ送受信の都合上、傍点とルビは省略する。
>--------------------------------------------------------------------------------
>> 哲学は、概念のうえでおのれを再領土化するにしても、その条件を、民主主義国家の現在の形式のなかに、あるいは反省的コギトよりもはるかに疑わしいコミュニケーション的コギトのなかに見いだすわけではない。わたしたちはコミュニケーションを欠いてはいないのであって、反対にコミュニケーションをもちすぎている。だが、わたしたちには創造が欠けている。わたしたちには現在に対する抵抗が欠けているのである。概念創造は、それ自身において、未来の形式に助けを求める。概念創造は、ひとつの新たな大地と、まだ存在していない民衆を呼び求めるのだ。ヨーロッパ化は生成を構成していない。それが構成しているのは、ただ、隷属させられたもろもろの民衆の生成を妨げる資本主義の歴史だけである。芸術と哲学が合流するのは、まさにこの点においてである――創造の相関項としての、欠如している或る大地と或る民衆の構成。そうした未来を要求するのは、民衆主義的な著述家ではなく、もっとも貴族的な著述家である。そうした民衆とそうした大地は、わたしたちのどの民主主義のなかにも見いだされないだろう。民主主義はみなマジョリティーであり、他方、或る生徒は、本性上、つねにマジョリティーから差し引かれているものである。民主主義に対する多くの著述家の立場は、曖昧で複雑なものである。ハイデガー問題が到来して事態を紛糾させた。ひとりの大哲学者が、ナチズムのうえで実際におのれを再領土化しなければならなかった。それゆえに、一方では、彼の哲学に嫌疑をかけるために、他方では、ひとをして途方に暮れさせるほど込み入って曲がりくねった論拠によって彼を無罪放免にするために、このうえなく奇妙ないくつもの注釈が交差している。ハイデガー主義者でいることは、つねに容易であるとはかぎらないわけだ。偉大な画家や偉大な音楽家がそんなふうにして恥辱に陥る、といった事態の方が理解しやすいかもしれない(が、しかしけっして、彼らはそんなことはしなかった)。そうなるのはひとりの哲学者でなければならなかった。それは、まるで恥辱が哲学そのものに入り込こまざるをえなかったかのようである。彼は、ドイツ人の歴史の最悪の時期に、ドイツ人を経由して古代ギリシア人に復帰しようと欲したのである――「ギリシア人を待っていたのにドイツ人に出くわした、ということ以上に悪いことが何かあるだろうか」と言ったのは、ほかならぬニーチェである。地上の闘士たちがしばし見分けがつかなくなり、思考者〔思想家〕の疲労した目が闘士たちをたがいに取り違えるようになる――ドイツ人をギリシア人と取り違えるばかりでなく、かのファシストを生存と自由の創造者と取り違えるようになる――あのグレー・ゾーン、不可識別ゾーン、そのゾーンを〔ハイデガーの〕どの概念も包含していないとするならば、(ハイデガーの)諸概念は、或る唾棄すべき再領土化によって本質的に汚されているのではないかと主張することもできよう。ハイデガーは、再領土化のもろもろの道のなかで迷ったのである。なぜなら、それらの道には標識も柵もないからである。この厳格な教授は、おそらく、みかけよりもさらに発狂していたのであろう。彼は、民衆〔国民〕、大地、血を間違えたのである。なぜなら、芸術あるいは哲学が呼び求めるような人種は、純粋だと主張される人種ではなく、或る虐げられた、雑種の、劣った、アナーキーな、ノマド的な、どうしようもなくマイナーな人種だからである――カントによって新たな《批判》から閉めだされたあの者たち……。アルトーはこう言っていた――文盲の者たち「のために」書くこと――失語症の者たちのために語ること、無頭の者たちのために思考すること。それにしても、「ためにpour」とは何を意味しているのだろうか。それは、「~の意図において〔~に向けて〕」ということではなく、「~のかわりに」ということでさえもない。それは、「直面して」ということなのである。それは生成に関するひとつの問である。この思考者〔アルトー〕は、無頭であるのでも、失語症であるのでも、文盲であるのでもなく、むしろ、そうしたものに生成するのだ。彼は、《インディアン》に生成し、《インディアン》に生成してやむことがない。そうするのはおそらく、《インディアン》であるところの《インディアン》がそれ自身、他のものに生成し、おのれの断末魔から引き離されること「のために=に直面して」である。ひとは、もろもろの動物そのもの〈のために=に直面して〉思考し、そして書く。ひとは、動物もまた他のものに生成すること〈のために=に直面して〉、動物に生成する。一匹のネズミの断末魔、あるいは一頭の子牛の屠殺が、思考のなかに現前したままであるのは、憐憫の情からではない。その現前は、人間と動物のあいだの交換ゾーンとしてあるのであって、そのゾーンにおいてこそ、互いに何かが相手のなかに移行するのである。それは、哲学と非哲学との構成的関係である。生成はつねに二重であり、この二重の生成こそが、来たるべき民衆と新たな大地を構成するのである。哲学者は、非哲学が哲学の大地とその民衆に生成すること〈のために=に直面して〉、非哲学者に生成しなければならない。バークリー司教ほどの尊敬された哲学者でさえ、たえず「われわれ他のアイルランド人、下層民は……」と語ってやまないのだ。民衆は思考者の内にある――なぜならそれが「民衆への‐生成」ということだからである。同時に、思考者は民衆の内にある――なぜならそれがやはり限界なき生成だからである。芸術家あるいは哲学者はたしかに、ひとつの民衆を創造することはできないのであって、芸術家あるいは哲学者にできることは、全力でひとつの民衆を呼び求めることだけであり、ひとつの民衆は、いくつかのおぞましい受苦のなかでしか創造されえないのである。〔来たるべき〕ひとつの民衆は、それ以上には芸術あるいは哲学に関わることができないのだ。しかし、もろもろの哲学書と芸術作品はやはり、或る民衆の到来を予感させる受苦の、想像を絶した、それらの総量を含んでいる。哲学書と芸術作品には、抵抗するという共通点がある――死に対して、隷属に対して、耐えがたいものに対して、恥辱に対して、現在に対して抵抗するという共通点があるのだ。
>> 脱領土化と再領土化は、そうした二重の生成のなかで交差する。そのときもはや、土着民と外国人〔他所者〕を区別することはほとんどできない。なぜなら、外国人は、おのれではない他者のところで土着民へと生成し、同時に、土着民は、自分自身〈において=に対して〉、自分自身の階級〈において=に対して〉、自分自身の民族〈において=に対して〉、そして自分自身の言語〈において=に対して〉外国人へと生成するからである――わたしたちは同じ言語を話しながらも、わたしはあなたの言うことがわからない……。自分自身〈において=に対して〉外国人に生成すること、そして自分自身の言語と民族〈において=に対して〉外国人に生成すること、それこそが、哲学者と哲学に固有な事態、それらの「スタイル」、ひとが〈わけのわからぬ哲学言葉〉と呼んでいるもの、ではないだろうか。要するに、哲学は三度おのれを再領土化する――一度は過去においてギリシア人のうえで、もう一度は現在において民主主義国家のうえで、さらにもう一度は未来において新たな民衆と新たな大地のうえで。〔古代の〕ギリシア人と〔現在の〕民主主義者は、この未来の鏡のなかで特異なかたちでデフォルメされるのだ。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 長い段落の後の短い段落(?)まで続けたところ、少なくとも私には、より分かりやすい文脈となった様な気がする。~誤読含みかも知れないが、例えば過去の日本人は、現代の日本人へと生成した。私は御先祖様の書いたものが読めない…。訳の分からぬ書道言葉…。国語と呼ばれる再領土化システムと、その大地であるかの様に振る舞う教育現場…。
>
>(ぼやきⅡ)
> 柏原様のに引き寄せようとする上で、差し当たってはドイツ絡みのニーチェ引用箇所が鍵になるかと思われた。とは云うものの、ドイツの自画像にギリシア精神を見られてもねぇ…(ドイツとフランスの比較なら、すぐ腑に落ちるのだが)。日本人の私にはピンと来ない。「古代日本に支那文化を見る」がごとき違和感が残る。ドイツ人の感覚では実際どうなのだろうか。
> ところで~拙稿の傾きとは関係ないかも知れないが、この日曜は取り敢えず古い「日録」を掘り返した。昭和四十六年、福田先生との対談である(↓)。ロレンスにアポカリプス云々。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?m=200411
> なぜ唐突にロレンスか。そんなの興味ないってば。しかし何故か読み返したくなった。西尾先生と福田先生の、どちらが読みたかったのかも分からない。ついつい苦し紛れの冗談を重ねてみたくなる。「たぶんニーチェの呪いだぜ」と。~すると、そんな濡れ落ち葉のごとき感覚が、今度は別の本を引き寄せる。ドゥルーズ『批評と臨床』(河出書房新社)P.77、第六章「ニーチェと聖パウロ、ロレンスとパトモスのヨハネ」。あたしゃ先生方とドゥルーズとの距離でも知りたかったのかしら。
> 前掲『哲学とは~』からの引用には、「そうした未来を要求するのは、民衆主義的な著述家ではなく、もっとも貴族的な著述家である」てな一文がある。片や西尾先生と福田先生には、貴族主義的印象をめぐる対話がある。以下は西尾先生の解説評論から。
>--------------------------------------------------------------------------------
>> ロレンスは次のように言っている。「民主主義はクリスト教時代のもつとも純粋な貴族主義者が説いたものである。ところが今ではもつとも徹底した民主主義者が絶対的貴族階級になりあがらうとしている。」「強さからくる優しさと穏和の精神――をもちうるためには偉大なる貴族主義者たらねばならぬのだ。」「ここに問題にしてゐるのは、政治的党派のころではない。人間精神の二つの型を言ふのである。」
>--------------------------------------------------------------------------------
> 貴族主義者が民主主義者へと生成したり、民主主義者が貴族主義者へと生成したりする。そんなふうに読み替えて構わないかしら。どことなく闇鍋を前にして思わずビビる気分と似ている気がせぬでもない。箸を持つ手が震えるにしろ、箸を持つのを躊躇するにしろ、いかんせん鍋の中身は具材次第で光にも闇にもなる。そもそも料理屋で闇鍋など聞いた事がないが、回転しない方の寿司屋には「おまかせ」ってぇのがあるらしい。…卓越した料理人なら、闇鍋的「おまかせ」にも芸術的信頼を集めるだろう。すると箸をのばす行動もまた、料理人への信頼に自ずと裏付けられてくる筈。こうした信頼の共有を、昨今はやや大袈裟に「絆」と呼ぶらしい。或いは必ずしもそうではなく、どちらかと云えば共有への信頼が先立つ場所に予見される、或る期待の方を指すのかも知れない。そこでは期待を強いる道徳的態度が「絆」へと忍び込む。
> 貴族主義的であるか否かはともかく、今あらためて古い「日録」を読み返すと、どうやら福田先生の知る下町生活と寄宿舎的生活との差異は失われたか、もしくは別のものを生成したらしい。徹底した妥協と付和雷同に知識人が巻き込まれる時、そこでの生活とは何なのか。例えば柏原様が指摘する「昭和史」自体、それまでの生活と共にある事で昭和を自ら体現しようとするか、或いは反芻の中心を新たに生成するだろう。ハイデガー同様の再領土化が、脱領土的だった筈の起源を見失う。そうした流れを、今度は「平成史」などの距離が歴史の前後から見つめ返す。にもかかわらず生活は記憶と一体で、しかも直面した経験を過去の領分に整理しつつ振り返る事で、もう一つの信頼を江湖に要請する。
> 私は「日録」稿の初読当時、「芸術と行動」を持ち出されて頭が混乱した。今、その事をなるべく慎重に思い出している。ところが遡ろうとすると、これがなかなか思い出せない。嫌な出来事の隠蔽作用でもあるのだろうか、記憶は美しい。そこに思わず、たじろぐ。
>【2012/01/17 07:06】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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> 今夜こそは、非表示雑感もて参る。
> ひっひっひ…或いは全集四巻の前に五巻が出たので余計「ニーチェ以後」を参照したくなるのかも知れませんぜ。中には当然、西尾先生も含まれるのにねぇ。するとニーチェは主役としてでなく、「ニーチェ以後」諸賢を連結する触媒として機能し始める。
> 私がなるべくニーチェを読まない様にしてきたのは、昔どこかで見たアフォリズム文体に文学作品同様の生理的嫌悪を覚えたから。大学時代に買わされた哲学史の本はつまらなかった。書道美学上の必要を感じてカント『判断力批判』やヘーゲル『美学』に手を出した頃、哲学方面ではドゥルーズ、それ以外(←ここ重要)では某氏著『教育と自由』などを読み始めた。哲学イメージと西尾先生の名前が結び付いたのは、そのまた後でやんす。だから苹は「ひねっている」のでも何でもなく(でも傍目にはどうだか?)、ただ自分の順番に従って「読みやすく読む」ための準備をしているだけなのね。
> 件のロレンス云々は、たぶん全集二巻に載るんでしょうねぇ(わくわく♪)。前稿末尾に書いた「芸術と行動」は「芸術と実行」の記憶違いだけど、細部の忠実さはオウム的な囚われに至る道筋と云えなくもない。あと、全集チラシにある「ハイデッガーは分らない」も少し気になってます。…こちらも「ニーチェは分からない」と云ってみようか。分かろうとするためにドゥルーズを必要とする読み方がある。そもそも分かろうとするのが悪いのかも。そう考えれば奥様の云う通り、ご苦労な事なのかも知れませんなあ…。
> いづれにしろ、可能な限り「すんなり読まねば」。当面の目標は読書自体の自然体。
>
>(余談)
> 今夜は琴線に触れる記事を発見…。妙に親近感を覚える…。
>「脱電子メールの4年間:IBM社員のワークスタイル」
http://sankei.jp.msn.com/wired/news/120118/wir12011814300002-n1.htm
>【2012/01/18 21:23】 | # [ 編集]
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「シオン議定書」其二

苹@泥酔

2021/03/17 (Wed) 20:25:06

8近況補記 ( 苹@泥酔 ) New!!
2012/01/21 (Sat) 19:37:56

近況補記
●前稿中、「2011/12/24 04:03」稿内でこう書いた。
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http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-723.html#comment
> この時は2009.04.19 (20:35)、2009.04.20 (23:01)、2009.04.21 (22:39)の三稿。ただし三つ目は非表示稿だった。その後は、こんな話題(↓)を出した事もあったっけ。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-915.html#comment
> この時は【2010/04/29 16:50】稿。他にも色々と思い出す稿はあるけれど、それはともかく。
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 以下その一々を、非表示稿を含め有り体に再掲する。

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> 坦々塾ブログは礼儀正しく堅実な稿ばかりな上、私の感覚ではどれも短い。また~講演内容に踏み込んだ記事がまだ出ていないのではと訝しむが、或いは皇室関係のがそれなのかも知れない。会員の寄稿を集めている最中か…とも思われる。
> 「水曜日はこちらでぼやき~♪、木曜日は投稿通過~♪」(トゥリャトゥリャ…と歌ってみる)。記事にムリヤリこじつけて「失敗」繋がりのネタを拵えたものの、なんとなく物足りないし居心地の悪さもある。それでも土曜の午後には再び試してみた。あの初投稿は無内容に近い。
> 「本題」は週明けから練り始め(あ…物足りなかったのはそのせいか)、二つの「余談」は金曜の夜に概ね書いた。土曜に仕上げた直後から迷い始め、結局「余談Ⅰ」は出さない事に。二部構成に減らしても、坦々塾ブログには場違いの長さかも知れない。「余談Ⅱ」も本来は予定外だったが、会員様同士の遣り取りばかりなのが気になったので相槌気分で付け加えた。でもいくら同じ本に載ってるからと云って、会員でない私が岩田氏のに言及するのは余計だったかも知れない。
> 実行したらエラーが出た。どうやら長過ぎたらしい。そこで半分ずつに分けたところ、今度はエラーが出なかった…筈。コメント場所は「西尾先生からブログ開設についてのお話」の記事だった。
> 投稿済んで日が暮れて、探しに戻る心では、どうぞ載せていてくれよ…と軍歌「戦友」の替え歌気分で閲覧すると「まだ」でやんす。これはボツになったかな、それとも届いて居ないのかな…と考えてたら一夜が明けて今夜になった。「載せずに本人宛直送」って判断もあり得る。しかし誰にも届かない場合もあり得る。
> やはり奥様ブログに書く方が手っ取り早いかしら、と苹はつらつら考える。するとボツにした筈の「余談Ⅰ」が脳裏を過ぎる。…ま、いいか。どうせ非表示だし。
>
> …と書いて、この後オリジナル三部構成を転載するつもりだったけどヤメタ(非表示にするのも)。西尾先生のに触れた「本題」のみ稿末に載せる。
> あちらのコメント欄で奥様が都市鉱山と「金」の話題に触れていたので、なんとなく本を引っ張り出してたら幕末からの金流出に関する記述が目に留まった。~かてて加えて「日録」に足立様のが登場。「メキシコから奪ったテキサスからカリフォルニアにいたるまでの併合領土」云々…これが気になった。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=820
> 大判・小判の「金貨」が大量流出する代わり、日本に大量流入したのはメキシコ銀ドル貨幣。これを長谷川慶太郎氏は事実上「メキシコ銀本位制」に変わったと見なす。それが正式に法制化されたのは明治三年(1870)で、「本位一円銀貨」の品位・量目はメキシコ銀ドルと同一との事。翌年には渡米中の大蔵少輔伊藤博文が金本位制の採用を促す意見書を送ってきて、新貨条例の制定に至る(新一円金貨はメキシコ銀ドルと等価)。
> …で、その後ググってみると出るわ出るわ。メキシコ銀ドルの担っていたアジア共通通貨圏を奪取するため、イギリスが香港で銀貨鋳造を開始するが中国側に信用されず失敗、その機械を日本が引き受ける(グラバーの仲介?)。日本側もメキシコ銀ドルの地位を奪取すべく円銀の普及に精勤、マレー半島からのメキシコ銀ドル追放に成功。
> これらを読み合わせると疑問が出てくる。アメリカもメキシコ銀ドル通貨圏を狙っていたのではないかと。まだ思いつきの段階なので、或いは噴飯物、或いは常識に属する事なのかも知れないが、それでも発想自体は(下記稿も含めて)西尾先生のお耳に入れてもよいのではないかと思っている。
> ムック次号の締切がどうなっているか、私には全く分からない。しかし「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」と云うではないか。西尾先生に当たるも八卦、当たらぬも八卦。
> この点を補足した上で転載開始(↓)。
>
>--------------------------------------------------------------------------------
>(本題)
> 以下は撃論ムック所収「思想の誕生」第七回の読後感想…じゃなくて、いつも通りの連想・妄想か。夢は枯野をかけめぐる。枯野も新大陸も味噌糞一緒。
> さて。
> …あちら様も内心では「日本人ほど不気味な奴隷はいない」と思っているのではなかろうか。米本土に経済侵攻したかと思えば忽ち無様に撤退し、気持ち悪く「ご主人さまぁ♪」とすり寄るかと思えば、巷間では「俺達は奴隷じゃない」と云わんばかりのフェイント三昧。ならばさっさと改憲して日本軍を本格整備して、なんなら核武装でもいいや(そうなりゃこれはこれで話が別)、それなりの仕方があろうというものだ。場合によっては安保破棄や再占領、必要となれば新たにベトナムやイラクで会得したノウハウがそのまま使える。ところが実態は「在日米軍ごくろうさま」の大盤振る舞いだし、沖縄も尖閣諸島も竹島も相変わらずの中空状態。云うなれば「暖簾に腕押し」。…まさか日本てぇ国は無自覚に「在日米軍暖簾化戦略」を採ってるのではなかろうな、と。
> 一つ連想。ここで「打てば響く理想の奴隷」を仮構してみる。~どんな人々を指すのかしら。昔の黒人奴隷がそうだとは考えにくい。あれは家畜の延長だろうし、実際その様に白人は振る舞ってきた(動物虐待、動物愛護…)。彼らは白人文化の地平で奴隷を教化する。生まれながらの奴隷とあらば尚更の事、奴隷自身にとっての文化的母型は白人文化~と云うよりアメリカ文化のそれとなる。つまり逃れられない。だから母型文化を内側から侵蝕するしかない。さもなくば逆戻りか侵略か。
> 白人側にとって、ヨーロッパ圏外への逃走ルートは陸路と海路がある。海路の逃走先に究極を見ればどうなるか。新天地が「最後の牢獄」に見えてこないか。逆戻りは出獄を意味するだろう。ここでは「母なる新天地」という矛盾に誰もが振り回されるくせに、「新天地神話」に依存したフロンティア精神からは誰もが逃れられない。白人がヨーロッパに出獄しようと、黒人がアフリカに出獄しようと、「新天地後遺症」を抱えたトラウマ野郎が出戻る先は理想上の母=新天地しかない訳だ。どの国にアメリカ理念をばらまいたところで、どのみち必死で「新天地の再生産」に取り組まないと、もはやアメリカ人は生きていけなくなっているのではないかと疑いたくなる。そしてその新天地はアメリカしかない。一部の人々はイスラエルにアメリカを見、アメリカにイスラエルを見る。
> 私は先日「奴隷パラダイムの転換」を妄想した。~もしかしたら驚異的な「理想の奴隷」とは、奴隷らしからぬ「知的で礼儀正しいエイリアン」だったのかも知れない(黄禍論と通底?)。…黒人とて頭が回ればご同様。ただしあちらは文化的土台が一緒だからエイリアンではない。彼らは英語を母語として話し、恰も白人の様な仕方で神に祈る。食い物も土台は同じで単に貧しいだけ。どんなに分けようとしても文化まで分ける訳にはいかない。そう仕向けた張本人が白人自身なのだから、所詮は白も黒も一緒(時が至れば黄色も…と短絡すればコミンテルン型の初期グローバリズムになる?)。例えば「黒人なら槍を持ってピョンピョン跳ねてみろ」がちぐはぐな与太話である事は誰でも分かる。しかしこれはこれで根源的な何かが隠れていそうな分だけ余計に始末が悪かろう。そこには、ルーツへの遡行から成る分裂的欲望の闇に取り込まれる危険が付き纏っているからだ。彼らは人種の壁を乗り越えて「新天地を死守しなければならない」(それは必ずしも人種平等を指す訳ではない)。奴隷であろうとなかろうと理想は自ら矛盾するし、「新天地の再生産」もまた同様に、矛盾由来の自己崩壊(他人の不幸?)が経済的に連鎖・流動した途端「蜜の味はいっそう日向臭くなる」。
> …たぶん想像上の満州は違うのだろう。日本本土の排他性と、アメリカのウィルス的な宿主性のどちらでもない、別の五族協和システムが模索されたらしい。支那文化と日本文化との共通点を援用するかのごとき発想が可能だったのではないかと思う。日本は方言の克服を文語で行った(福田恆存の云うがごとく)。そうした土壌は漢字統一後の支那にもあった。しかし漢字文化圏の可能性を阻む西洋かぶれの勢力が当時から日本には存在しており、皮肉と云えば皮肉だが、そうした勢力あるがゆえに戦後復興の下地が整った面もあるのだろう。そこでは漢字と仮名のズレ以上の仕方で、日本語圏と英語圏がズレた。
> こう書くと変に思われるかも知れないが~第二次世界大戦の勝者は或る意味「奴隷制の守護者」だったのではなかろうか。中国の奴隷制は今も形を変えて継続中。ソ連は地方を奴隷的に統御した。しかしアメリカは真っ先に内側から奴隷制崩壊の危機を迎えた。満州と異なる形の「合衆国」が都市問題と重なるなら、そうなるのは必然でもあった筈。
>--------------------------------------------------------------------------------
>2009.04.19 (20:35) / URL / 苹@泥酔 [EDIT]
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>>奴隷と言えば、みんな奴隷~
> うーん、それを言われると弱いのよね…orz(それにしても、奥様はいいヒントをくれるなあ…いつも感謝してまっす。)
> だって「奴隷パラダイムの転換」なんて素っ頓狂な見方を持ち込むと、私の中で共産主義と資本主義の境界が崩壊しちゃうんだもん。そこに封建制の解体が加わると輪を掛けて分からなくなる。共産主義も資本主義も奴隷制維持のための方便に見えてくる。どちらも「自分を奴隷的認識から遠ざける」点では麻薬的で、他方~この手の二項対立を一括りにして丸ごと手玉に取る見方が嘗ては陰謀論に直結したり。だからこそ所謂「シオン長老の議定書」には相当なインパクトがあったんじゃないかと。ここでは真偽どちらであれインパクト自体が重要ですから、相対的に(ドイツと日本の差異の延長上)最近の西尾先生の視点がいっそう興味深くなってくる。
> 言語の問題については~欧米の場合、ラテン語の様な「言語としての体系」よりも、「文字の共有」の方が私にはしっくりきます(言語は違えどもアルファベットは同じ)。それに中世以降は、教養の有無が階級の在り方を下支えする面もあった様ですし(大学における自由学芸の副産物?)。もちろん東洋でも訓詁的な文字学に迷宮入りすればややこしくなりますけど、実用文字としての草略体がまともに学問扱いされた例は記憶にない(キルドンム様は見た事あるのかなあ…私はないけど)。共有対象としての文字は学問的印象が強いと人を遠ざけるし、「理屈抜きで実用優先」の方が隅々まで浸透しやすいし(職人的技術と識字率の関係も興味深い)。
> 前々からヒントはありました。例えば西尾先生の『個人主義とは何か』P.153には、「平等」について「日本ではまったく違った意味に理解され、特殊な色彩」云々とあるし。理解の仕方を司る土壌は違っても言葉の記述単位が概ね同じなら、その手の単位は包括的な通路として機能しつつ、それぞれ土壌なりの仕方で浸透する。~差詰め「保守」とか「左翼」なんて言葉はどうかしら。そして「共産主義」や「資本主義」も。
> 後は暫く様子を見ます。何か思い付いたら、また書き散らします(そんなふうに際限なく書き散らすから、私は骨の髄まで下品なんだ…orz)。
>
>(追記)
> …と書いて、念のため件の議定書を参照したら、私のと似通った奴隷観が出てきて自分でも唖然とした(今になって気付いた…汗)。もしかしたら無意識の刷り込みがあったのかも。この辺は眉に唾を付けといてちょ。
> でも今度は別の疑問が湧いてきた。なぜ議定書は再評価されないのか(単に私が知らないだけ?)。陰謀論の原典扱いなら確かにトンデモ系だけど、そこんとこを差し引けば説得力を感じたし。西尾先生の先輩世代は新刊ホヤホヤのを当時どう捉えたのかしら。因みに昨年クリスマスの拙稿で触れたフォード本の場合は原書が1920年、ライプツィヒのハンメル出版部から出たドイツ語版は1922年、その邦訳が1927年…。
>2009.04.20 (23:01) / URL / 苹@泥酔 [EDIT]
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>(本題or余談)
> 前々稿で書いたメキシコ銀ドル絡みの件、以下追記。
> 新貨条例の頃とはズレるんで「こりゃハズレかな」と懸念してたけど、一円銀貨が台湾から東南アジア広域にダダ漏れした時期はアメリカがフィリピンを植民地にした時期と重なるみたい。つまり経済圏の視点を重ねれば、日本の東南アジア進出とアメリカのフィリピン進出の重なる時期が1899~1915年頃。これをどう見るべきか。
> そこに第一次大戦とロシア革命が来て、片や日本は軍需景気。そして自動車王が所謂「国際ユダヤ人」についてインディペンデント紙で取り上げ始めたのは1920.5.22以降(新聞を買い取ったのは1918年末)。~気配はなんとなく胡散臭い。日露戦争で日本側を支援したユダヤ財閥が革命後に何を思ったか。仮に陰謀なんて大袈裟なものではなかったとしても、比較的些細な取引がデリバティブ状の破壊的効果を導く例は当時とて少なくなかった模様(規模の印象は、規模に及ぼす効果と相関する?)。
> 専門家が調べりゃ細かい情勢はそこそこ分かりそうなものだ。そっち方面なら銀行頭取経験者の十八番かと思う。にもかかわらず足立様は金融・経済方面には今のところ踏み込まない。材料が揃う時期を待っているのか、それとも何か語れない事情でもあるのか。~素人の私が疑問に思う事を今こうして書いてますけど、表示稿だとそれが傍迷惑になる場合も考えられぬではないからなあ…。
>
>(余談or本題)
> 件の議定書から、念のため「奴隷」絡みのを三節ばかり抜き出してみまっす。
> 見方次第では猛毒でござんす。…そう云や、西尾先生の本に「毒にも薬にもならぬ」云々の記述がありましたっけ。猛毒と劇薬に紙一重を見るならば、その紙の分かつ「事の重大さ」が時には読者を盲目にするのかも知れないと思いますた。
> あたしゃ実は議定書全文読了していません。今回は転載部分だけをそれなりに読んでみましたが、主語や目的語を何通りかに読み替えたら、たちどころに眩暈がしてきますた。第二次大戦が自己劇薬化の戦争だった様な気もするし、互いに相手を猛毒と読み替える事から得られるものを逆手に取る罠も予め仕掛けられていたかの様な。
>--------------------------------------------------------------------------------
>●[第二議定]より
> ダーウィン、マルクス、ニーチェの効用
> 戦争は、できるだけ領土的利益が発生しないようにすることが肝要である。そうすれば戦争は経済的領域に移されることになる。この領域では、国民を援助することによってわれわれの力を認識させることができる。
> すなわち、こうすることで交戦国はわれわれの代理人の掌中に落ちてしまう。しかも代理人は数百万の目を自由に使うので、国境によって活動を阻まれることは決してない。そのとき、われわれがつくった国際法は、法律を抹殺して国民を統治するようになるだろう。
> 非ユダヤ人は奴隷的能力の所有者である。したがってわれわれが一般国民から選んだ行政官吏は、統治の準備ができていない。それゆえ彼らは、幼時から世界支配のための教育を受けた学識と天賦の才のあるわれわれの「専門的顧問」の掌中に収まってしまうのである。
> 諸君も知っての通り、これらの専門家はその政治上必要な知識を、われわれの政治計画、歴史の経験、時事の観察等から取ったもので、非ユダヤ人は歴史を基礎とする冷静な観察を練ることを知らず、もっぱら理論上の旧弊にとらわれて批判的工作を忘却している。
> それゆえわれわれは彼らのことを意に介する必要はない。たとえ彼らが、最後の瞬間がくるまで享楽にふけろうと、新たな享楽を希望して生きようと、また過去の享楽を追憶して生きようと、そんなことは問題ではない。肝心なのは、科学の命令(理論)であるとわれわれが吹きこんでおいたものが重大な役割を演じていればよいのである。この目的のためにわれわれは絶えず新聞・雑誌を利用して、この命令に機械的に追従するよう鼓吹する。非ユダヤ人知識階級は自己の知識を誇りとして、科学から得た知識を巧妙に実現しようとするが、その知識なるものがわれわれの密使によってつくり上げられたものであることには気がつかないのである。
> われわれの主張を根拠のないものと思ってはいけない。われわれが仕組んだダーウィン、マルクス、ニーチェの学説に注意されるがよい。非ユダヤ人の心に及ぼしたこれらの学説の破壊的作用は明白ではないか。
> 政治と行政の分野で失敗を招かないようにするためには、時代の思想と諸国民の国民性とその傾向を考慮しなければならない。われわれの計画は、接触する諸国民の性格に応じて各部分を微調整せねばならない。
> 実際の運用に当たっては、現状の把握と過去の成果にその基礎を置くべきで、そのときに初めて永続的な勝利を期待することができるのである。
>--------------------------------------------------------------------------------
>●[第三議定]より
> 経済的奴隷の“民権”
> 世界各国の非ユダヤ人は、かつての奴隷制度や農奴制度よりもはるかに強く、貧困のために重労働にしっかりと縛りつけられている。彼らは奴隷制度や農奴制度からは解放されたが、貧困からは絶対脱することができないであろう。それはわれわれが、民衆のためというのは名のみの実際的でない権利を憲法に挿入したからである。それはいわゆる“民権”で、民権はただ概念として存在するだけで、決して実現することはない。実際のところ、われわれの命令や密使を選挙する投票では、下層民の憲法政治から得るものはなにもない。
> 饒舌家が気炎を吐くことや、新聞記者が事実を書くと同時に愚論を書きならべる権利を得ることは、下層労働者にとってなんの利害関係があろうか。共和制の権利は貧乏人にとっては皮肉である。なぜなら、日々の衣食に追われているために、その権利を利用することができないからである。雇主あるいは同僚たちが結託すれば、確実に収入を失うのである。
> 貴族は、国民の幸福と密接な関係のある自己の利益のために、国民の防護者となり、扶養者となった。それを彼らはわれわれの指導のもとに撲滅したのである。いまや彼らは無慈悲な成り上がり者や詐欺漢である富裕農民の圧制下に呻吟している。
> われわれが援助を与えている社会主義者、無政府主義者、共産主義者たちは、表面は人道博愛主義を掲げて、労働者を救済してくれる者であるかのように仰がれている。だがこの者たちは反対に非ユダヤ人の衰退を謀るもので、その目的は「労働者の慢性的栄養不足と体質虚弱化」にある。こうすれば、彼らをわが意思に従わせることができるからだ。彼らは自分たちの力だけでは、われわれに反攻する力も精力もないのである。
> 法によって労働者の労働を享受した貴族政治は、労働者の衣食が足り、健康であるよう配慮した。しかしわれわれは、彼らの生活難と、それから生ずる嫉妬愛憎の感情を利用して群衆を動かし、その手を借りてわが行く手をさえぎる者たちを撲滅するのである。
>--------------------------------------------------------------------------------
>●[第十四議定]より
> 新たな奴隷制への道
> われわれの主権が確立されれば、機会あるごとに論文を発表して、われわれの主権の善政と過去の虐政との比較を行ない、平和から得られる恩恵が血なまぐさい幾世紀もの戦乱によって獲得されたものであるにしても、なおわれわれの善政をいっそう深く感謝せざるをえないように仕向けるであろう。
> 同時にわれわれは、非ユダヤ人政府の悪政をできるだけ強調して指摘し、強烈な嫌悪と反感の念を起こさせるよう仕向ける。各国民には名前だけは立派な自由が与えられるが、自らの貪婪非道の罪深さも知らずに、搾取する個人主義的山師どものためにかぎりなく苦しめられ、人生の源泉までも涸らされてしまうので、むしろ平和と秩序とを与えてくれる奴隷制のほうが千倍もましだと思うようになるであろう。
> ともかく、非ユダヤ人の国家組織を根本から転覆するためにわれわれが扇動した悲惨きわまる無益な革命は、時ここに至れば、各国民には堪えきれぬほど嫌悪すべきものに感じられてくるので、われわれがどのような奴隷的虐待を彼らに加えようとも、二度と戦争と暴動の残虐さにおちいりたくないと考えるであろう。
> そこでわれわれユダヤ人は、非ユダヤ人政府の歴史的欠点を強調して、なにが人類に適するか、あるいはなにが真の幸福をもたらすかについて教えこみ、非ユダヤ為政者たちが無能のために幾世紀ものあいだ人類を苦しめてきたと指摘するであろう。
> つまり彼らは、人類社会の福祉を目標とする各種の妄想的な計画を立てたが、それによって人生の幸福の基礎となる社会各層の相互関係は改善されないばかりか、かえって悪くなる傾向を見逃したのであった。
> われわれの主義と彼らの主義を実現する方策とは、頽廃した旧社会秩序との対比のなかで明白な対照として提示され解釈されるので、いっそうわが力を発揮するであろう。
> われわれの思想家は、非ユダヤ人の信仰する宗教のあらゆる欠点と誤謬を摘発するが、非ユダヤ人は、わが宗教の真相をつかんで批判することはできない。それはわれわれの思想家以外のだれも、ユダヤ教がいかなるものであるかを知らないからである。これに対してわれわれの宗教の奥庭にまで達しているわが思想家たちは、その秘密を暴露することを極度に警戒するであろう。
> いわゆる先進国と称する文明諸国に、われわれは愚かで淫蕩卑猥な、唾棄すべき文学を植えつけておいたが、この傾向を世界支配達成後もなおしばらくは奨励するであろう。そのようにすれば、われわれの崇高な聖所から轟きわたる講演や言説や計画は、これと対照されて著しく目立ってくるからである。
> 非ユダヤ人を指導するためにわれわれの手で教育しておいた賢人たちは、講演の草案や計画書や論文や宣伝冊子を作成し、それによって人心を感化し、そして、われわれの策定した思想と知識と学問の方向へ誘導していくであろう。
>--------------------------------------------------------------------------------
>2009.04.21 (22:39) / / [EDIT]
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> おお、微笑ましい…んでしょうね。
> これは前にも書いたのかな。~うちの爺様が子供の頃、小便に起きると母親や姉達が車座になって何かを貪り食っている。余りの近寄りがたさに「食べたい」と言い出せず、用を済ませた後はそそくさと布団に潜り込む…。
> 兄弟と姉妹と異種格闘技戦(我ながら、なんちゅう言い回しぢゃ…汗)と、それぞれに特徴はあるんだろーな…。うちの爺様大正世代は、今になってお菓子をボリボリ食って居ります。子供の頃、よっぽど食いたかったんだろうな。因みに我が家では家族一同、お菓子の事を「隠匿物資」と称しています。
> 奥様んとこのお孫さんは、将来どんな老人に育つのだろう?
>
>(余談)
> 今日は『WiLL』2010.6号の巻頭拝読。~以下、つぶやいてみる…。
> 「アメリカって、ナチスと戦ったんだっけ?」…なんて書くと笑われそうだけど、なんとなく印象が薄いんだよなあ。どちらかと云うと英露の方が印象は強くて、米はユダヤの避難先みたいな。そして或る意味では、アメリカがナチスに負けた様な気もするし。つまりアメリカがナチスに勝ったのは、ユダヤがナチスに勝ったからであって、アメリカが勝ったからではない様な。(なんか変な言い回しになっとるな…汗)
> 更に妄想。~当初、アメリカはナチスみたいなものだった(なにしろ近代奴隷制の先進国だし)。そしたらナチスに追われた人達が第二の清教徒みたいにゾロゾロやってきて、戦争する前にアメリカが非ナチ化されちまった。この点でアメリカはナチスに予め負けた。つまりナチスがいったんユダヤに勝ったから、間接的に見ればユダヤはアメリカに勝った事になる(ここでのユダヤはドイツ属性)。従ってユダヤとしてのアメリカもまた「ナチスに負けた」事になる。
> 大戦の最終局面でナチスが負けたのは、ユダヤが勝ったのであって、本来のアメリカが勝ったのではない(ここでのユダヤはアメリカ属性)。対ナチスの構図を経由して「対ユダヤでも敗戦国アメリカとなった」何者かがその後ナチスに勝ったと見るなら、本当に「アメリカがナチスと戦ったのか」自体が疑わしくなってくる。…さすが合衆国だけの事はある。黙示録の怪物みたいだ。
> そうした観点から見ても、もはや国家と国家の戦争ではなくなっていたんだろーな。…問題は秩序の方。そもそも秩序って、なんだろう?
> この秩序ってのは、もしかしたら移民秩序の事なんじゃなかろうか。今後は「アメリカ的な移民秩序」と「中華的な移民秩序」の水面下戦争がいっそう露骨になってくる。どちらも強大な移民秩序であるからこそ、日本にも嘗てないレベルで移民秩序への服従が求められてくる。
>【2010/04/29 16:50】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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●次は「2012/01/18 21:23」稿末で触れた、産経記事の全文転載。
http://sankei.jp.msn.com/wired/news/120118/wir12011814300002-n1.htm
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>脱電子メールの4年間:IBM社員のワークスタイル
>2012.1.18 14:30 (1/2ページ)[ネット社会]
> 2008年2月以降、電子メールをほとんど出していないという米IBM社の社員を紹介する。現在各企業において見られつつある、電子メールからソーシャル・ネットワーク等に移行する動きを象徴するものだ。
> ルイス・スアレズが「電子メールの無い世界」に生きようとしたとき、同僚たちはそれは間違いだと考えた。なにしろ、同氏は米IBM社で働いているし、同社は電子メール・ソフトウェアの世界トップ企業のひとつなのだ。
> しかし、スアレズ氏にはメールを辞める決意ができていた。21世紀に生きるホワイトカラー勤務者として、彼は毎日40ほどのメールを受信していた。それは彼にとって多すぎたのだ。
> スアレズ氏は1990年代にオランダのメインフレーム・サポートセンターで働き始めた、物腰の柔らかい人物だ。同氏は4年前、IBM社のソーシャルメディア・チーム『BlueIQ』で、販売スタッフたちのソーシャルメディア理解を促進していた。その仕事の中で、同氏はソーシャルメディアの達人と評判になり、質問に答えるために電子メールに費やす時間が思っていた以上に増えていった。その結果、同氏は疲れてきた。「私は、自分の仕事ではなく他の人の仕事をすることに飽きてきたのだ」
> そして2008年2月、スアレズ氏は電子メールをほとんど出さなくなった。
> 実際には、いまも受信箱は持っていて、毎日電子メールを確認している。メッセージの大半は社内会議の通知であり、かかる時間は1日に2分ほどだ。また1対1の微妙なやり取りも、まだ電子メールを使っている。しかし多くの場合、返事が必要なメールにはソーシャルメディアで返事をして、『Twitter』『Google+』、または『Connections』(IBM社の社内ソーシャルネットワーク)で話をした方がうまくいくと提案する。コミュニケーションをオープンにするほど時間がかからなくなるというわけだ。
> IBM社で「電子メールを廃止」した者はスアレズ氏だけではない。同氏はほかに数十人を知っているという。例えば最高情報責任者オフィスのプロジェクト・マネージャーであるジュリアナ・レオンは、スアレズ氏ほど徹底してはいないが、同僚からメッセージが来た時にはConnectionsで答えるようにしている。そうすると、質問してきた人物は他の人から回答を得られる場合も多いし、その回答は公開されているので、他の人も読むことができるからだ。
> 欧州最大のITサービス企業である仏Atos社は2011年、2014年までに電子メールを廃止する(日本語版記事)意向を明らかにした。また独Volkswagen社は数週間前、職員の一部について、就業時間外はBlackBerryで電子メールにアクセスできなくすることを明らかにした。IBM社の新しいCEOは、就任時のメッセージを電子メールではなくConnectionsへの動画掲載に替えた(日本語版記事)。
> 米Facebook社は、電子メールでもインスタント・メッセージでもない独自のメッセージ・サービスへと、ユーザーを移行させようとしている。同社のモバイル部門で働くモリー・グレアムによれば、メールは遅すぎるし時代遅れだという。「メールで使うCC(同報)という言葉の意味を考えてみてほしい。カーボンコピーという意味であり、現代にはあまりに合っていない」と、グレアム氏は2011年11月にサンタクララで開催された『Enterprise 2.0 Conference』で語った。
> 「メッセージ製品について調査していたときに、人々がメールの件名をどう使うかも調べた。件名の8割は、”こんにちは”とかただのブランクだった。つまり件名は時代遅れなのだ。実際、電子メール自体が時代遅れなのだ」とグレアム氏は言う。
> スアレズ氏自身は、電子メールが完全に廃止されるとは思っていないが、4年目になる実験の結果、自分の生産性はより上がったと感じている。同氏のほとんどの仕事は現在オープンな形で行われているが、それには効率的という以上の意味があると同氏は語る。コミュニケーションがよりよい質のものになるというのだ。
> 社内電子メールの使われ方の多くには、「戦略的なBcc」や、隠蔽工作的なメッセージなど、スパイ映画『裏切りのサーカス』を思わせるような「受動的な攻撃性」がある。「会社で電子メールを使っている人は、電子メールを同僚への攻撃に使う人がたくさんいるのを知っている」とスアレズ氏は話す。「やった仕事を正当化する必要のないところで、新しい仕事のやり方が生み出されていた。コミュニケーションをより透明化しオープンにし公共化していくことで、同僚からの信頼を得ることができる」
> さらに、スアレズ氏は2008年と比べて体重が23kg減ったが、同氏はこれも電子メール削減のおかげだと話す。「電子メールにかける時間が減った結果、ほかのことをする時間ができたのだ」
>TEXT BY Robert McMillan
>TRANSLATION BY ガリレオ -緒方 亮/合原弘子
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無題

苹@泥酔

2020/03/23 (Mon) 20:57:39

緒言:「天バカ板」の歴史
 ミッドナイト蘭様の管理する「天才バカ掲示板」は十数年の歴史を持つ。様々な人が出入りし、多い日はカウンターの数値が千に達したと記憶する。当時(初代板)参加していた面々には故人となった方も居ると聞く。離れて久しい人も多い。中には現職の大学教官も居た。交わされる議論は活発でレベルが高く、私こと「苹」も時には参加した。2011年、東日本大震災の数ヶ月後に板が突如消滅した。蘭様は知らなかったらしい。豊穣な過去の記録は尽く消滅した。
 やがて二代目の板が出来た。その頃の投稿者は概ね苹だけとなっていたので、板のタイトルにも余計な副題「苹の栞」が付いた。以後は初期を除き、拙稿の羅列が最後まで続いた。内容は初代の天バカ板、「つくる会」神奈川支援板、西尾幹二サイト付属の各種掲示板に出した拙稿が中心である。たまに他の方々の投稿が出てくる時は、全体の流れが分かる様にするためと思っていただきたい。これらは皆、ワープロの保存用/草稿用ファイルに転写した内容である。
 このまま続くだろうと思って居たら、いつしかスパム投稿が増えてきた。苹はほぼ毎日カウンターの数値をメモしているが、板の管理人ではない。ただの「過去の」投稿者である。管理人の蘭様がたまに掃除してくれる事はあったが追い付かない。そうこうするうち有害板の扱いとなったのか、二代目板は苹が2020.3.14に確認した時、既に凍結状態となっていた。そこで蘭様の本拠たる「天才バカ板」(ブログ)で相談した所、此度の三代目板が出来た次第である。
 これから再録する内容の殆どは書道ネタである。脱線ネタも少なくないが、大学関係者にも役立つ内容でありたいと心懸けながら書いてきた。従って書道の初心者向けに書いた稿はない。むしろ書道に無関心の知識人でもそこそこ楽しめる様な組み立て方を工夫してきたつもりである。
●天才バカ板(蘭様の本拠ブログ)
https://blog.goo.ne.jp/midnight-run_2007
●天才バカ掲示板(二代目の掲示板)
http://bbs1.fc2.com/forbidden.html
 手始めに再掲するのは二代目板の最初から。その後、初代板の最後に書いた拙稿=「批評と臨床」シリーズが続く。掲載順は二代目板と同じで、ワープロ転載時に4とか8とか文字化けしたタイトル部分はそのままとする。過去の数稿を一稿に纏める方針なので、かなりの長文となる事を予め御諒解いただきたい。苹頓首。

「批評と臨床」其一

苹@泥酔

2020/03/23 (Mon) 21:15:17

【天バカ板2】

4新しい掲示板をはじめます^^v ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/11 (Mon) 21:32:04
 先日、町田の古本屋で、伊藤桂一著「兵隊たちの陸軍史(昭和44年刊)」を買いました。

 これが、すこぶる面白い。

   ・・・[被服と兵器の授与]
 ・・・<巻脚絆・靴下>
 靴下は足型に合わさず、単にズンドウに作られていて、廻しながら穿けた。便利である。乗馬隊には手套が支給された。

 「巻脚絆」とは、ゲートルのことだね。

 「ゲートル」とは、まあ、レッグウォーマーのことだね。

 「レッグウォーマー」の進化系が、ルーズソックスだね^^

 ところで、この本、数年前に、ちょっとしたベストセラーになった保坂正康著の『あの戦争は何だったのか─大人のための歴史教科書(新潮新書)』の元ネタ本のような気がしている。

 でも、伊藤桂一氏の文章の方が面白く読める^^



8【初投稿】新板開設慶賀 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/13 (Wed) 00:50:26

【初投稿】新板開設慶賀
 投稿の仕方がよく分からない…と云うか慣れてないけど、何か書いたり覗いたりしてるうち、多分どうにかなるだろう。もう掲示板の時代ではなさそうなのに、お手数かけてスマソ(平伏)。ここ暫くは様子を見る事になるのかいな。しかしながら旧板創設の頃と違って、今では他に誰か来る下地そのものがなくなってるのは確からしい…。
 「Home」をクリックしたらブログの方の天バカ板に出た。あちらに時々出てた幼女ネタの子も、今では大きくなったんだろうなあ。
 こちら青森では東京から親戚きたる。うち一人が十歳くらいの女の子。母親があちこち役所を回ってる間、本家に預かって貰ってお留守番らしい。ちょいと顔を出したら苹が話し相手(?)になっちまった。ゲーム機を出して色々と解説してくるけど当方チンプンカンプン、最後はバッテリー切れにて終了。充電器は忘れてきたらしい。その後どうする事になるのやら。因みに学校では日常会話が総て英語だそうで、その影響が日本語の発話様式にも少しばかり垣間見られた。津軽弁が通じないので、数年前のローカル人気番組「いいでば英語塾」(こんな感じ↓)でも見せたらどうなるか興味深くはあるが、あちらが拙宅に立ち寄るとは限らない。
http://www.youtube.com/watch?v=ipLbH1PSQ6c
http://www.youtube.com/watch?v=3qihbZFtja0
http://www.youtube.com/watch?v=0TCfIoOjPGs
http://www.youtube.com/watch?v=K75FaGmo1gc
http://www.youtube.com/watch?v=cN-fwkk1YX0
 幼女の扱いは蘭様が師匠格。平素あちらを閲覧していると勉強になるなあ。



4苹@泥酔さんへ♪ ( ミッドナイト・蘭 ) 2011/07/13 (Wed) 22:38:49
ただ、こうして、改めて掲示板を作って、返レスしてみると、なんか、妙な高揚感が起こってきます^^

久しく、忘れていた感覚です^^

はじめは二人で、でも、次第に仲間も増えてくるんじゃないですか^^

親戚の子、10歳くらいだったら、まだまだ屈託ないですね。

是非、充電器を購入してあげてください。

私の大きな姪っ子ですが、もう高二です。

来年は大学受験で、なんと、○○大学を受験するそうです(今は大学名は伏せる。電気大学と同じく、地名が校名ではありません)。

>>因みに学校では日常会話が総て英語だそうで

これは不思議な学校ですね。

どういった教育方針なんでしょうか?

あまり良くは思えませんでしょう?

さて、この板のキャッチフレーズは、

  「文学・歴史の40!」

で、いきましょう!

文学には、もちろん、書道込みです。

まあ、学問がテーマなので、それを教える教育にも力を入れるってことです。



8Re: 苹@泥酔さんへ♪ ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/14 (Thu) 21:54:52
ありゃ、ツリー返信の仕方が分からなかったので、別に書いてしまっていましたが、こうして、理解しました^^

「文学・歴史の40!」ってのは、もちろん、クイズダービーの真似ですが、四十代も意味しています^^

本日は、映画「もしドラ」を見てきました。

口さがない映評ブロガーには不評でしたが、私は素直に感動しました。

で、帰りに大きな本屋に寄ったら、5月の「歴史街道」誌に続いて、8月は「歴史群像」誌でノモンハン特集です。

迷わず、購入しちゃいました^^



4【実験投稿】明晩削除予定稿 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/15 (Fri) 01:27:01

【実験投稿】明晩削除予定稿
 はて扨て、この後どうなるものやら。母親は件の女の子に習字をやらせたいみたいなので、予定返上ちょいとばかり起稿ホヤホヤ。うまく削除できたら万々歳。完稿は後日。

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書塾選びに関する三つの疑問(仮題)

 習字に限らず、塾はどことなくゲートルに似ている(…てな事を書くと、こじつけに見えても致し方あるまい)。学校という身体から下りる血が足でむくんでくるのを防ぎ、授業がスマートに機能する様に下支えする。就中、書道/習字の場合は嘗て二度の「大戦」を経験した。第一次は明治維新で、文明開化に伴う日本文化排斥の流れに巻き込まれた。その集大成が明治三十三年の平仮名統一で、学校教育が伝統文化の大半を切り捨てた結果、それ以前に出版された書物を日本人自身が読めなくなっていく。第二次は日本敗戦に伴う占領期以降の流れで、多くの学校/都道府県教委が正規の書道教員採用試験実施を今に至るまで嫌がり続けている。従って、学校教育から切り捨てられ弱体化した領分を補うには、民間の塾による下支え(質的な維持機能)がいっそう重要となってくる。
 …日々ボケーッとテレビ(録画を含む)を見ていると、たまに「書塾と近いもの」が出てきてガッカリする事がある。その大半が小学生の習字レベルを維持するのみで、より高度な発展的属性(遡行的免疫性?)には全く目を向けていないかの様な。教える側にそのつもりはないのだろうが、こちらから見ればそう思えるのは何故だろうか。もしかしたら私の歴史観が影響している所為かも知れない。
 ふと思う。最も手っ取り早い書塾選びの基準は嘗ての国定手本乙種系、すなわち幕末の巻菱湖を源流としては如何かと。これなら近来二百年の「縦の流れ」を遡るのが容易となるだろう。別に菱湖流を贔屓するつもりはないが、幕末の流行から明治維新後の国定化を経て敗戦に至るまでを通覧する上での基準軸にはなる。そこから様々な書風に各自の好悪を照射して行けばよいのだから、敢えて菱湖系を「学び過ぎる」必要もない。子供を通わせる書塾が全く別の書風でも、そこから国定手本時代の幹へと接続できればそれだけで充分。どんな書風が幹を形作ってきたか、或いはどんな書風が幹から分かたれていったかを判別できればよい。ところが一部の書塾では、戦前まで機能してきた伝統的な幹とは別の、西洋的かつ戦後的な幹(=芸術)を優先しがちになる傾向があるらしい。だから何かあるたび「書はアートだ」と言いたがる書塾には警戒した方がいい。書道を隠れ蓑にした、伝統文化の破壊者である可能性がある。
 そもそも「芸術」の中身が違う。昔の「芸術」には琴棊書画の他、農業や漁業、占星術等々までもが含まれていた。片や、西洋芸術を輸入する過程で一般化した翻訳語としての「芸術」に東洋芸術は元々含まれていない。そこではあくまで西洋芸術(当時の中心的用語は「美術」)が幹であり、この基準に東洋芸術を照らして「芸術であるか、ないか」を問うた(その一環に小山正太郎と岡倉天心の「書ハ美術ナラズ」論争がある)。~こうした言葉のズレは国語でも同じ事。昔は「国語」と云えば中国古典の一つを指した(孝経・詩経・書経・大学・中庸・国語・論語…)。今の一般的意味で云う「国語」(日本の共通語)が生まれたのは明治時代、教育制度上で本格的に組み入れられたのは明治三十三年である。しかも共通語としての国語それ自体が所謂「現代文」、すなわち言文一致思想と活字中心主義に示導されているとなれば事は厄介。この枠組みに古典を封じ込める上で取られた一般的ストラテジーは、変体仮名の排除、漢字からの異体字や草略体の排除、句読点の恣意的付加などであった。やがて満を持して「現代仮名遣い」が登場する。その対極で新たに位置付けられた概念が「歴史的仮名遣い」と呼ばれるものだが、これとて所詮は何ら本質と関わりのない、「国語」の枠内で相対化された結果の分類に過ぎなかった。
 そこでは教育上、小松英雄『日本語書記史原論』(笠間書院)に指摘してある様な古典的特徴、中野三敏の提唱する「和文リテラシー」といった視点が表向き存在してはならない。国語の基本はあくまで現代文の側にあり、それを背後から歴史的に権威付けるため、或る意味では古典が捏造されている。この事は~例えば入試問題で、問題文の古典(書写本や幕末以前の版本)を写真で出題すれば、誰もが骨身に沁みて分かる筈。そもそも読めない。出題対象自体が理解できない。出題だけが宙に浮く。ただ読める者だけが回答できる(もちろん正答するとは限らない)。
 ところで、書字が「読める」とはどういう事か。
 嘗て印字/活字は「書字の模倣」であった。書字が読めるなら活字も読めるのであって、その逆ではない。活字が読めても書字は読めないなどという事はなく、もしその様な事態があるとすれば、そこでの書字はもはや文字としての機能を果たさず、書字には自ずと「活字の模倣」が要請されてくる。実際、学校教育でも一般社会でも概ね動向はそちらに傾いているが、こと人名用漢字に関しては抵抗があるらしく、旧字体が新字体に置き換えられるケースはさほど多くない(渡邊→渡辺、小澤→小沢など)。鬱や彙などの字では活字の模倣に終始するケースが圧倒的に多い筈。そもそも書写体を見た事がない。それに対して、書字における書写体の優位性が保たれている字例の最たるものは之繞。小学校で最初から書写体(点の後にウネウネ)で教わるため、活字の形(一点之繞や二点之繞)で書く事はない。元々あれは二点之繞の二点目とその下を続けて書いた形ゆえ、そもそも「新字体は一点之繞」などという馬鹿げた発想をする国語学者の方がおかしいのだが(続けて書けば無点ウネウネ之繞になる)、これも「国語」をさんざっぱらいじくり回した挙句の伝統喪失に由来する所が大きい。読む方の都合ばかりを気にして活字商売に阿り、書き方を忘れたツケが国語歪曲となって現れた。
 書き方の都合は一般に、点画の連続や省略となって現れる。学・尽・図がそれぞれ學・盡・圖の草書を楷書化した形であるのも、書・車・孫の草書を楷書化した形が現代中国の簡体字に見られるのも、共に書字における草略が前提となっている。中には点画を乱暴に省いた破壊的新字体も少なくないが、そこからは字体制定当時、既に書字の伝統が失われつつあった事が窺われる。こうした点を顧慮する場合、国語(共通語)の規範化と並行して揺れ動いた行書先習論と楷書先習論との対立時点まで遡る歴史感覚が教育的立場には必要となる。さもなくば至極あっさりと国語の猛毒に冒されてしまうからだ。たかだか百年の歴史しか持たない国語を伝統文化と勘違いして、歪曲と知らぬまま書写/習字/書道に持ち込む危険を国語科教育は常に抱えている。云うなれば国語科書写は、それ自体が国語科の範疇にあるがゆえに、全国規模の未履修問題により却って救われた面もある事を否定できない。嘘を教わるのと何も教わらないのとではどちらが好ましいか、教員や保護者それぞれ判断が分かれるだろう。そうした学習指導要領上の桎梏から比較的自由な立場にあるのが書塾であった。

(以下、未完)



4祝! 教育再生機構教科書採択! ( ミッドナイト・蘭@ハリポタ鑑賞 ) New!!
2011/07/15 (Fri) 20:59:46
栃木県大田原ゲット!

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110715/edc11071520310002-n1.htm



8男と女…(紙一重?) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/16 (Sat) 01:06:12

男と女…(紙一重?)
>>>因みに学校では日常会話が総て英語だそうで
>これは不思議な学校ですね。
 仰せの通り、普通の学校には通わせてないんですね。なんでも理由は母親(医学畑で博士)が英語で苦労したから…らしい。父親は三つの病院を統括する法人の理事長みたいだけど(ネットで見た)、宣伝は取り敢えずやめとくわ。
 子供の話を真に受けると、なんでも「はるな愛」だか「ほしのあき」だか、有名人が通院してるんだとさ。後者なら是非お近づきになりたいわぁ(慾情悶々、ここだけの話)。
 ゲーム機(任天堂)の充電器は別のリュックサックに入ってたみたい。代わりに百円ショップで折り紙を買ってやった。もう帰京したけど、あっちではまた地震あったのね…。



8Re: 祝! 教育再生機構教科書採択! ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/16 (Sat) 21:51:55

 旧板、すなわち初代の天バカ板(掲示板)が突如消滅したのを見て愕然としてから半月が経った。そんな今日は、指揮者カラヤンの命日でもある(1989.7.16)。
 …苹はカラヤンの録音が好きだった。究極の美的平凡。一つの基軸。他の演奏と比較した途端に浮かび上がる、時には嫌味なほどの恐るべき非凡さ。非凡と平凡の同居が常に別の何かを隠すのみならず、そもそも同居自体が異常である事を発見させまいとするかのごとく洗練の限りを尽くす。そんな教科書があるとしたら、授業する側はさぞ困るだろう。授業自体が生徒の中で教科書へと変貌していくタイプと違って、教科書が既に古典となっているかの様な振る舞いは時として授業を拒む。代わりにあるのはリハーサル。そして教科書が楽譜であるとは限らない。楽譜は常にリハーサルへと寄り添うが、その時点での教科書は未だ生成途上にあり、後から予言的に「教科書となっていく」。そうした意味で、教科書はむしろ稽古に近い。肝腎なのは、稽古と授業は別物だという事である。

 授業は屡々アジテーションを要請する。だから授業者は教科書を分かりやすく噛み砕くべくして工夫する一方、噛み砕き方の拠り所を自己から教科書に責任転嫁したくなる。普通は軟着陸できる筈だが、前例を見ると~例えば敗戦に伴い顕在化した「墨塗り教科書」に正面から向き合う場合は辛い。それと似通った事が所謂「歴史教科書問題」にも云えそうではある。新たな「墨塗り教科書」が出現した以上、それを採択する「外からの自発性」に対して現場が既存の教育手法をどれだけ保守できるのか。しかも今はGHQ不在である。嘗てのGHQは「墨塗り」を強いる側にあった。
 新たな「墨塗り」を要請する採択者に、嘗てのGHQほどの強権はない。ならば教科書通りに教えるのは教員・学校側の自己責任か?…そんな解釈余地を殲滅する上で、強権的な占領政策は必要不可欠であった。それを欠いた状態で教科書を現場に丸投げするかのごとき採択者の姿勢たるや、見方次第では鬼畜にも劣る所業…と映らぬでもない。教科書次第でコロコロ言動が変わる腑抜け教員に生徒が従うとしたら、生徒に腑抜け根性が伝染する事にならないか。そうなるのを避けるため、納得できない教員には勇退の道をひらいてやるべきではないのか。
 教員に出来る自己救済の道はただ一つ、勉強のみであろう。しかし教員をいっそう多忙にしたのは誰なのか。雑務に追われ、勉強する暇がない(或いは初めから勉強する気がない)。先生の勉強する姿を見て育つ生徒の時代は終わったかの様でもある。にもかかわらず、相変わらず勉強それ自体は楽しい。リハーサルの中に勉強があり、片や生徒には稽古がある。そこに楽譜と不分明な教科書が立ちはだかる。「教科書とは何か」を、もっと掘り下げる必要と責任を感じる。と云うのも私は、私のつくるだろう教科書を愛しているからだ。誰もが心の中に自分の教科書を抱えている。これを座右の銘と云う。
 採択慶賀。



8Re:苹@泥酔 ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/17 (Sun) 10:38:28
正直、今においては、然るべきシステムの中で、粛々と採択が決まっていくのだと思い、私は、何を記したら分からずに、ただ、教育再生機構の末端にいることしか出来ませんでした。

ホント、私は闘いの中でしか輝けない^^;

正直、再生機構の先生方は、カラヤンの如き、カラヤンとは異なる「美的平凡」の方々だと思います。

教科書も、西尾幹ニの如き挑発はありません。

だが、「美的平凡」であることが、日本を良くする秘訣だと思います^^

ところで、NHK朝のテレビ小説「おひさま」で教科書墨塗りのシーンがありまして、なかなかリアルに感じさせてもらいました。

主人公は、国民学校になった時の最初の教師で、戦後、GHQの査察を受けて、ちょいとやばい状況に陥りそうになったとき、かつての排除された英語教師が、そのGHQの通訳をしていて、ギリギリで助かったのでした。

「おひさま」は、戦時中の配給のシーンなどもあって、「配給」と言葉では理解していても、具体的にどのような様子で行なわれたのかわからないことが目で理解させてくれました。

コテコテの保守は、それでも、それらの描写に怒り狂うのでしょうが、私は、素直に、そんな描写を享受します^^



8Re: 苹@泥酔さんへ♪ ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/17 (Sun) 10:41:44
折り紙って、女の子の趣味のスタンダードとなっていますよね。

私の小さいほうの姪も、折り紙が大好きで、将来は折り紙の先生になりたいとのたまっています^^

公民館での折り紙教室などにも行ってます。

折り紙、かなり進化していて、古くて新しいホビーですね^^



4「批評と臨床」再掲 ( 苹 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 05:05:04

「批評と臨床」再掲
 ぼちぼち、旧板に書いた稿の転載を始める。
 先ずは結果的に最後のシリーズ物となった「批評と臨床」から。~同じツリーにはNHKでドラマ化された漫画「とめはねっ!」のネタや、「俺の妹が書家になりたいわけがない」といったシリーズ物も含まれていたが、そちらを後回しとする理由は、もうじき青森県教員採用試験の第一次が実施されるから。どれも長文ゆえ、或いは分割投稿となるかも知れない。内容が散漫となった点についてはご容赦を願いたい。
 出来立てホヤホヤの此処=新しい天バカ板を閲覧する人は少ないらしい。余計な話に惑わされずに済む…と云えばそれまでだが、中には書き込みを真に受けた人が居てもおかしくあるまい。そうした人々の、就中「青森県のを受験する教員志望者」達に向けて一言。暗黒面に堕ちた「ダース・苹だぁ」は受験しません(キッパリ)。変な人に掻き回されずに済むので、該当するジェダイの方々(?)は安心して受験して下さい。
 当節試験事情の偵察がてら、言いたい放題の悪役モードで書教育不要論を展開する(させる?)手もあるにはあったけど、今回それはやらない。国語教育を道連れにするのはまだ先の話になる。もっとじっくり調べ上げてから、そのうち一切のタブー無しに根こそぎ揺さぶってやる。当面の敵は特別支援学校ではない。高等学校と義務教育である。~今や苹には斯くの如く空耳が聴こえる。「狂え英霊尊! 切り捨て英霊尊!」(↓)。
http://www.youtube.com/watch?v=TNEUM4F80WE
 …扨て。
 教育界批判を展開する上で屡々、高校書道教員採用試験を実施しない風潮が全国的にある事を取り上げた。しかし必ずしもその事が問題なのではない。もし関係者の誰かが「とにかく実施すればいいんだろ、いい加減に黙れ」と思っているなら大間違いである。それを明瞭に示す点で最重要投稿となったのが下記No.7081稿である。
 以下、グーグルのキャッシュに残っていた記録をサルベージする(ワープロの草稿執筆用ファイルには投稿番号や日時を記録していない)。これは高校統廃合に関する説明会の質疑応答時間に突き付ける予定だったが、シャイな性格の苹は緊張の余り、読み上げる事が出来なかった。仮に発表できたとしても御覧の通りの分量ゆえ、そのまま読み上げたら途中で必ずや「要点を掻い摘んで手短に」などの注意があった事だろう。また統廃合計画は学校数を減らすのが大前提であるから、「第三の道」を持ち出したところでまともに検討されるとは思えなかった。説明会は「説明し、納得して貰う」ために実施される。余計な意見は必要ない。それと同じメンタリティは、原発事故後の企業側対応にも窺われた通りである。

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7081 発表されなかった予定稿 苹@泥酔 2008/04/23 02:16

 年末十四日のグランドデザイン会議説明会に集まった総勢十六名の一人で御座います。その際の発言が取り留めのないものでしたので、本日はざっと纏めたものを朗読します。名前は年末に申し上げた通りです。HNは草冠に平らと書く「苹」と申します。「西尾幹二のインターネット日録」などの保守系サイトに出入りして居ります。

 では本題に入ります。
 昨日の「東奥日報」を見ました。予想通りの展開で、県教委の皆様方はさぞ御負担を感じて居られるだろう事、お察し申し上げます。正直、あれでは効果が薄いと思います。大雑把に云って、学校側の潜在願望に応えていない。昔増やした高校を振り出しに戻すだけでは将来性が感じられない。かと云ってそのまま残せば少人数教育への移行が避けられず、その分だけ県財政が悪化する。逆に云えば、財政負担がどうにかなれば少人数教育でも構わないと見る事は可能な筈です。今日はそうした視点から二つ提案します。
 今「学校側の潜在願望に応えていない」と申し上げました。細かい具体例はネット上で書きましたから省略しますが、兎に角どこの進学校も、受験に役立たない事は教えたくない。にもかかわらず高校である以上は、せめて教えたふりくらいはしなければならない。ならばいっそ、高校でなくなればよいではないか。正々堂々と予備校もしくは専門学校に改組すればよいではないか。高校のままだから角が立つ。名目は高校のままでも中身を変えれば不具合はないと考えた学校が未履修に踏み切る。それが私の見た高校側の意思、潜在願望であります。
 高校の体裁を残すにしろ、可能であれば県立予備校への改組を検討するにしろ、そこには将来性が必要です。ならば最も有望なのはどこか。私は差し当たり、生徒のほぼ全員が大学進学を目的とする三つの高校を民間資本に委ねるか、もしくは県立予備校に改組して、高等学校卒業程度認定試験を経由する方式にしてはいかがかと考えます。教育の多様性は部活動に任せる。どうせ必要なのは最終学歴ですから、結果的には大学を取り巻く方々が出身校の質をランク付けしてくれるでしょう。受験に必要ない科目の人件費、教材費、設備費も丸ごと削減できます。どうしても本来の高卒でありたい人は別の高校に入りますから、それはそれで二番手校の学力底上げが期待できます。また仮に高校のまま民営化するなら、例えば山田高校の様な東京資本の傘下にある私立高校との経営統合を打診したり、或いは有名予備校が高校を抱える形での資本協力や人材交流が期待できるのではないかとも思って居ります。
 これが第一点。「高校教育の分離分割」「高校教育からの撤退」です。

 次に、「教員採用試験の廃止」を提案します。
 そのための実験が既に済んでいる事は皆様御承知かと思います。わざわざ採用試験を実施する必要がない訳ですね。因みに、青森県教育庁県立学校課課長の肩書きで頂戴した2001年10月26日付の電子メールにはこう書いてありました。
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>書道専門の教諭がいない場合でも、他の書道免許所持者が担当しており、学校として不具合がないことから、書道専門の教員を採用して欲しいとの要望はほとんどありません。そのようなことから、書道の試験についても昭和55年度以降実施していないものです。
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 そんな訳で、或る先生から伺ったところによると、具体的には県教委の方がベテランの先生に「誰か紹介してちょ」と電話する仕組みになっているそうです。そこで紹介して貰った人が次の先生になる。この仕組みが実に面白い。
 何年か前、下北の或る高校で書道担当の先生が死にました。そこで人材を補充した。無免許の人を補充したそうです。この点は臨時免許を出せば済む話ですからどうでもいい。「東奥日報」2000年11月10日付に「県教委はここ数年、公立小中高校合わせて一年当たり約百人に交付している」との記事が出た通りであります。一つ興味深いのは、確かその高校では岩手大学書道科を出た先生が国語を担当して居た筈なんですね。学校では国語担当でも、高教研では毎年書道部会に出ていた人です。その先生でなく無免許の民間人に担当させた点が面白い。そこには地域の事情が絡んでいたのかも知れません。大抵の人は書道と云えば流派を思い浮かべるでしょうから、地域に密着した流派の方が、大学で専門の勉強をした人の学習指導要領準拠指導より信頼できるという事なのかも知れません。
 これと同じ理屈が受験教育にも通用します。大都市の場合、学校より塾や予備校の方が信頼できるのは、書道教員より書道家の方が信頼できるのと同じ構図です。因みに東京都の書道教員は「既に20年以上採用がなく、都立、国立に各1名のみ専任教員がいるだけで、110名以上が非常勤講師」だそうですが、最近では他の教科も含めて興味深い動きが見られます。
 「毎日新聞」2007年2月17日付によると、愛知県の場合「90年度には4000人前後だった臨時教職員が、06年度には約1万人と倍増」したそうです。就中興味深いのは、非常勤教員なら「1人の正規教員の人件費で3人は雇える」点であります。「全国約110万人の公立小中高校の教師のうち、少なくとも13・8%にあたる約15万人が教員免許を持ちながら、正規採用されていない臨時教員」となっているそうです。
 また「東京新聞」2007年8月24日付には、こんな事が書いてありました。
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> 大手学習塾などを運営する栄光グループの「エデュケーショナルネットワーク」(東京都中央区)には約一万六千人が登録。首都圏の私立高校を中心に約四百四十校が会員となっている。「必要に応じて、派遣を受けることで人件費を流動化させるとともに、大量退職時代に入り、幅広いルートで優秀な人材を確保したいという事情が学校側にはある」と担当者は説明する。
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 かてて加えて教育再生会議第三次報告を見ると、こんな記述が目に留まります。
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> ・教育委員会や学校は、教育内容の充実に向け、現役、OBを含む社会人等の外部人材に協力を求める事項を明確にし、一定の費用負担を含め、こうした人材を積極的に受け入れる仕組みを構築する。企業もこれに積極的に協力する。
> ・体育、芸術など人材を得にくい地域においては、これらの教員を教育委員会に配置し、複数の学校に派遣する。
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 「企業もこれに積極的に協力する」と書いてあります。「複数の学校に派遣する」とも書いてあります。こうした流れを読むと、自治体がわざわざ自前で教員採用しなくともよい筈です。人材派遣会社か予備校に「紹介してちょ」と電話すればいい。

 本県では2002年に面白い動きがありました。二十三年ぶりに教員採用試験が実施された話です。これのどこが面白いかと云うと、現職の先生方は受験していないんですね。今更試験を実施してどうするつもりでしょうか。誰が新任の先生を指導するのでしょうか。それまで試験自体が実施されなかった訳ですから、現職の先生方は専門のペーパーテストも実技も完全免除です。他の科目で受験し採用された先生が、本来の採用科目とは無関係な科目を担当する形になっている。しかも少なからぬ先生がどこかの社中に属している。喩えるなら、学校の先生が予備校で研鑽を積む様なものです。形式的には学校の先生でも、専門の立場は民間側、すなわち塾や予備校の類の先生です。
 そうした古株の先生方が、専門の試験で採用された初任者を指導する形になる。採用履歴を重視するなら、例えば国語の先生が芸術の先生を指導しても構わない。専門性を重視するなら、民間の先生が学校の先生を指導しても構わない。平たく云えば味噌も糞も一緒で、教員採用試験と教員免許が共食いしている訳ですから、今更専門の採用試験を実施しても手遅れです。
 そこにはもう一つの効果がありました。どうでもいい科目の受験機会を剥奪すれば、そのまま教科差別慣行を維持できる。仮に従来の教科差別をやめるつもりなら先ず、定年間際であろうが委細構わず、古株の先生方に専門の採用試験を受験して貰ってからにしてはどうですか。出来る筈がないでしょう。実質的には予備校や専門学校が高校教育を偽装している形ですから、どうしたって無理が生じます。早急に高校教育から進学専門教育を掬い上げ独立させないと、高校進学率ほぼ100%という異常事態は余計な歪みを抱えたまま、競争効率面でも経済効率面でも十把一絡げに疲弊し続ける事になります。
 後は本格的に人材派遣システムを導入するしかない筈です。管理職は正規雇用、一般教員は非正規雇用という構図を確立し、自ら壊した教員採用システムの後始末をするしかないでしょう。
 因みにドイツの場合は、アビトゥーアという高校卒業試験がそのまま大学入学資格試験となり、これに失敗すると無資格になるそうです。そして大学では博士号を取らない限り、高校のアビトゥーアの資格で終わる。つまり「大学を出た」という印がない。あちらは十歳の段階で高等学校、実業学校、基幹学校の三つに分かれるそうですが、これを本県に当て嵌めるなら、所謂御三家が高等学校、工業高校や商業高校などが実業学校、大学進学者の殆ど居ない普通高校が基幹学校に相当するかと思われます。本県が国際化を目指す場合、こうした事が参考になるなら幸甚と存じます。
 以上、宜敷ご検討下さい。
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8【再掲】批評と臨床(其一) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:12:34

【再掲】批評と臨床(其一)
7951 批評と臨床(其一) 苹@泥酔 2011/04/28 19:12

 彼らは、何を考えているのやら。
 青森県で今年、書道の教員採用試験が実施されるらしい。ただし高等学校ではない。特別支援学校の高等部だそうである。これは想定外(苦笑)だった。意表を衝かれたと云うべきか。今や「青森県の高校教育を信頼していない」状態にある苹の研究テーマは、そうあるがゆえの「如何にして信頼するか」である。そのための方法を一から自前で考え続け、いつかは苹の屍を越えて教育現場に突撃するだろう人々の役に立つレベルに到達する事を願いつつ、書教育周辺の描写対象を(ネット上で表現可能な限り)構築していく事である。それも些か不都合な事に、大抵は死人の視線で書きたがっている。苹は死人であり、隠居であり、廃人であり、精神病者である(自称)。そんな厄介者をわざわざ墓から叩き起こしたがる物好きが居るとは思っていないが、正直またまた「揺れる想い」を脳味噌いっぱいに感じている。…数日前から「批評と臨床」を連載テーマにしようかと思っていた矢先だからだろうか。それを躊躇していたのは、同じタイトルの本が哲学者ドゥルーズにあり、もう何年も前に買ってあるのに未読のまま(自嘲)だからである。「ドゥルーズを読む前に書く」というアプローチで構わないか否か。そうするつもりである分だけ余計に、ともすれば今後「未読である事」に囚われる面が出てくるのをおそれる。
 批評と臨床。~苹の担当は批評の側になるのだろう。臨床に相当するのは学校で云えば授業等々だが、今や臨床の対象は(生徒であるよりはむしろ)患者たる苹自身であり、離人症や分裂症への興味に導かれた上での批評へ向かう段階にあると自己診断している。やり過ぎて「後戻りできない」面も部分的には感じている。あと何年くらい生きられるだろうか。もう授業に全力を注ぐ時間はない予感がする。先のNo.7934稿の無意識、すなわち船だの水だの死だの岩手だの長野だの、投稿翌日から始まった出来事への予感と解釈できぬではない焦りよりも強く、時間のなさを感じている。(あの稿はもう一日くらい寝かせてから出したかったが、三月十日に出したのはセレブ奥様ブログのコメント欄に僅かな痕跡が残る通り、本当に「焦っていたから」である。)
 …こんな調子で書いても仕方がない。続きは後回しとする。(聾文化や左手について旧稿で触れた記憶あり。)
 先ずは本稿タイトルを思い付く前に書いた内容から(↓)。…次稿は、これから書く。


●【No.7934補記】ただの連想。
 何気なく読んでいたところ、或る記述に目が留まった。~先ずは全文引用(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110416/edc11041608100003-n1.htm
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>【第9回産経志塾】
>作家・佐藤優氏 困難を克服できる日本人
>2011.4.16 08:09 (1/3ページ)
>第9回産経志塾 講師として作家の佐藤優・元外務省主任分析官が招かれた=26日、東京本社 (寺河内美奈撮影)
> ギリシャ人は2つの時間があると考えた。「クロノス」は時系列な時の流れ、「カイロス」はある出来事によって歴史や人生の意味が変わる瞬間。2011年3月11日は、私たち日本人のカイロスとなった。
> 新しい日本を作りつつある今、このカイロスと対峙(たいじ)して根源的に、命とは何か、日本は存在する意義があるのか、日本人とは何かを考える必要がある。日本人は、国家の危機を団結して乗り越えてきた。
> 日本が終戦後、基礎にした欧米的な近代主義には「合理主義」「生命至上主義」「個人主義」の原理がある。これらの原理では解決できないことに直面している。近代主義を超克しなくてはならない。日本人はこれを乗り越える力をもっている。今、震災の現場では、わが国のために命を差し出す人たちがいる。
> こういう時には文学の力を借りる必要がある。小説「塩狩峠」(三浦綾子著)は、暴走列車を自らを犠牲にして止めた鉄道職員の物語。考えてからではなく、体が自然と列車の前に動いた。思想即実践、実践即思想。この中に、私が考える大和魂、日本精神がある。
> 明治天皇の有名な歌に「敷島の大和心の雄々(をを)しさは 事ある時ぞあらはれにける」がある。16日の天皇陛下のビデオメッセージでも、この「雄々しさ」という言葉を使われた。天皇の言葉に人々は大和魂が揺さぶられた。日本の根源的な力を信じることが大事なのだ。
> メメントモリ(死を思え)という言葉がある。戦前の学者、田邊元氏の「死の哲学」を読むといい。原発事故が起きた。電気なしでは生活できない時代は、常に死のリスクを伴っていることを認識しないといけない。
> 戦前のエリート教育を記したものには「統帥綱領」「総帥参考」がある。こういった豊かな遺産から学び、新しい本物のエリートになってほしい。必要なのは擬古文が読めること、国際情勢の分析ができるよう数学ができること、そして英語だ。
> 今、政治に力はない。ただし政治家は、民主的な手続きで選ばれている。彼らのだらしなさには、私たち日本人のだらしなさが反映している。勉強は自分のためではなく、国家のためで民族のためだという危機意識があれば学力はのびる。地域、商業活動、研究所、役所…どの集団にも指導的な役割がある。その指導者に自覚的になっていってほしい。
>                   ◇
> ≪Q&A≫
> Q 日本の大学は、エリートとして通用する人間を育てられるか
> A 神学部のある総合大学がほとんどないのが問題だが、日本の大学教育は死んではいないと思う。基本的な哲学書を読めば急速に教養レベルがあがる。
> Q 独自の外交ルートを作れたのはなぜか
> A 仕事の上で友達を作るコツは簡単。約束を守るに尽きる。
> Q 学生は今、何をやるべきか
> A まず、きちんと寝て健康を維持する。中高生は学校の勉強をなめず基礎を固めておき、復興のために役立つ人間になること。
> Q 国をよくするために何をすればいいか
> A 税金から給料をもらう「臣」か、自分で稼ぐ「民」かで変わるが重要なのは能力と適性。一生懸命仕事をすることで社会が強くなり、それが国家を強くする。自分の居場所で、一人一人が社会に貢献していくのが大事だ。
>                   ◇ 
> ≪塾生コメント≫
> ▼明法中学、千葉陵平さん(14)「日本人の根幹をなす精神の強さと奥深さを、『塩狩峠』の話を例に教わり、感動した。何をするにも、まず勉強しなくてはならないことが分かった」
> ▼慶応大学、佐藤まい香さん(20)「日本という国にプライドを持つこと、戦前の歴史、書物を学ぶことが非常に大事だと実感。思想は、さまざまな事象に大きな影響を与える。積極的に学んでいかねばならないと痛感した」
> ▼自営業、小山貴之さん(27)「内部事情の話を聞くことができてうれしかった。『大和魂で、絶対に日本を復興させなければ』という信念で、これからの人生を歩んでいかなければと思った」
> ▼会社員、形見健太郎さん(28)「『東日本大震災において、われわれ日本人は限界を超克できることを証明した』という話にとても勇気づけられた」
>                   ◇
>【プロフィル】佐藤優
> さとう・まさる 昭和35年、東京都渋谷区生まれ。51歳。同志社大学大学院神学研究科修了。60年、外務省にノンキャリアの専門職員として入省。ロシア語を研修で選び、同年5月に欧亜局ソビエト連邦課に配属。62年、モスクワ国立大学言語学部に留学。63年から平成7年、ロシアの日本大使館に勤務、10年には国際情報局分析第1課主任分析官。また、東京大学教養学部の非常勤講師(ユーラシア地域変動論)も務めた。主な著書に「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社刊)、「国家の自縛」(産経新聞出版刊)などがある。
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 目を引いたのは、「近代主義を超克しなくてはならない」との記述。初めはボンヤリと読み流していた。暫くすると「必要なのは擬古文が読めること、国際情勢の分析ができるよう数学ができること、そして英語だ」と書いてある。なぜ擬古文なのか。~文脈上は「統帥綱領」「総帥参考」といった書物を指す。多分それらが擬古文で書いてあるのだろう。普通に読めば、書字時代から活字時代に移った後の「古文を擬した」書物という事になる(「古文」そのものまで遡るとは限らない)。
 ここでの近代主義は終戦後に導入された。それを超克するには「文学の力を借りる必要がある」らしいのだが、そこから話は戦前へと舞い戻る。また「戦前」が近代に含まれる場合、近代は戦前と戦後に区画される事になる。どうやら苹は、「近代主義」という語彙が指し示す内容の幅に引っ掛かったらしい。~言い換えるならモダニズム。辞書を見ると対置されるのが伝統主義(トラディショナリズム)だそうな。あたしゃてっきり古典主義(クラシスム)かと思ってた。こちらはロマン主義と対置するらしいが、昔『書道講座』(二玄社)で西川寧が「クラシスム」を云々していたからだろうか、しっくり来ない面はある。またモダニズムの後にはポストモダニズムと呼ばれる区分もあり、ややこしいと云えばややこしい。なおかつ歴史で近代と云えば、後に続くのは現代。そんなあれこれが「近代主義」を迷わせる。
 昔から「英語が重要だ」と学校でさんざっぱら教えられてきた。苦手な身としては「たかが言語の一つじゃないか、ドイツ語やら何やらはどうした」と思いたくもなる。現に私は英語圏の文化を余り好きになれない。音楽は大抵ドイツかイタリア。テレビで初めて見たビゼーの歌劇《カルメン》はフランス語でなく小澤征爾の振る日本語上演だったと記憶する。差し詰めハバネラの歌詞はこうだ。「恋は気儘なの、掟なんかありゃしない、私を嫌うなら、愛してあげるわ」…すると続けて兄さんがた、「愛して!」と合唱する。続けてカルメン、「私を嫌いな男は好き、好かれた男はご用心」と歌う。ベートーヴェンの第九でも異様なFM体験をした。これも指揮は小澤だったかな。歌詞は全部、中国語に翻訳されていた(仰天)。
 言い訳にゃならぬが、ともかく外国語は会話や読書の対象にならないのが実情でござる。なにしろ様々な邦訳がある。こちとら青森の田舎者だ。会話するにも相手がいない上、喋る内容が相応の語学力を要求するとなると挨拶程度では済まない。「邦訳で『ファウスト』を読んだが、ホムンクルスがよく分からない」なんて話を(ドイツ人でなく)アメリカ人と交わすのかい。それとも三沢基地近辺にのこのこ出かけて行って、「小学生の頃に原爆や水爆の作り方を読んだけど、ウラン235を使う広島型とプルトニウム239を使う長崎型では使い勝手に違いはあるの?」なんて話でもするのかい。今なら…そうだな。「潜水艦や空母は原子力を使ってるけど、事故や攻撃でダメージがあった場合、原発とはどんな閉鎖方法の違いがあるの?」とでも問いますかね。…そう云や先日、こんなの(↓)を行きつけのブログに書いたっけ。前半略。
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>(余談)
> 「日録」読んで思い出した。日本に原潜はないけど、原船「むつ」なら昔あったんだよなあ(…あの船は今?)。真逆、あちこちに原子力発電船を浮かべたら津波対策になる…なんて事はないよね。電力の無線送信なんて技術はないだろうし(これが文字通りのデムパ発言!)、送電ケーブルの緊急切断と即時出航なんて芸当も現実的とは思えないし。まかり間違えば漁船みたいに津波上陸して破滅的危機の同時多発と相成っちまう。…米の原子力空母ならどうするんだろか(次の地震に伴う津波が横須賀寄港中の空母を襲い、ビル群を破壊しながら原子炉爆発?)。
>【2011/04/16 06:35】 | # [ 編集]
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 …閑話休題(汗)。
 どんな返事があるにしろ、外国語のそれを聞き取れるほどの耳は持ち合わせていない。ならば筆談か。漢文ならどうにかなるかも知れないが自信はない。数学も正直よくワカラン。例えば禰津和彦『書道心理学入門』(木耳社)で興味を持って、岩下豊彦『SD法によるイメージの測定』(川島書店)を買った所まではいいけれど、中身が数学だらけでチンプンカンプン、早々にお蔵入りとなった。因みに禰津氏は約二十年前の出版当時、東京都立狛江高等学校の校長(定年退職間際?)。時は現代、それだけ書道教員への要求水準は高いのだぁ。ぼちぼち各地で教員採用試験の実施要項が出揃う頃だが、かてて加えて「敢えてレベルの低い授業、もしくは歪曲教育をする」胆力、忍耐力までもが要求される。
 「メメントモリ(死を思え)という言葉がある。」~この言葉を、書教育にも適用してみたい。

 学校で研究するのではなく、学校を研究するには、時として学校が邪魔になる。学校で学校を研究する場合、時として学校の邪魔になる。その辺が難しい。学校の邪魔にならない場合に限り、学校で学校を研究できる。学校は研究者を飼育するからだ。そもそも学校で研究が許されているとは限らない。研究してもよい事と、研究してはいけない事。その境界を見定めないと、学校という組織に自分を同化するのは難しい。
 「想定外」という言葉がある。最近よく聞く常套句だが、遣い方によっては「想定内」との間に危険な断層を生じさせてしまう。割れ目にはエロティシズムが垣間見える事もある。期待される恍惚感が絶望的なまでに唆される時、そこでは絶望そのものが甘美となるだろう。つまり「想定外」と「想定内」との間に境界はなく、甘美な何かへ向かう点では共に軌を一にする。排除されるべきは断層の方であって、そこを埋める事によってのみ、言葉もまた無事に埋め立てられるだろう。断層が埋葬されるのか、断層に埋葬されるのか、共に対象を見定めるのは難しい。

(以下未執筆~続く)

「批評と臨床」其二

苹@泥酔

2020/03/23 (Mon) 21:27:10

8【再掲】批評と臨床(其二) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:16:04

【再掲】批評と臨床(其二)
7952 批評と臨床(其二) 苹@泥酔 2011/05/05 19:03

(続ける)

 いま私は、「割れ目にはエロティシズムが垣間見える事もある」云々と書いた。この「割れ目」、ひいては断層の見え方を、ここから先は「裂け目」という言葉と共に読み替える事とする。~以下は檜垣立哉『ドゥルーズ入門』(ちくま新書)P.195の記述。引用文中の略号「LS」は『意味の論理学』原著を指す。
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> そして第三に重要な点は、こうした「裂け目」を、ドゥルーズは「死の本能」=「タナトス」と表現していることである。これは遺伝されるものが、「裂け目」である以上、それが示す無というあり方を考えれば妥当であるだろう。またこれは『意味の論理学』の表層論における、脳のスクリーンにおいて(『差異と反復』での「第三の時間」を受けながら)「裂け目」が内化されることと内容的に重なってもいる。しかし、生命であることを示すのに、死の本能をもちだすのは、これもきわめて精神分析的な色彩を帯びた展開である。死の本能とは、「他の本能と並ぶ本能のひとつではなく、その周りにあらゆる本能が群がる裂け目自身」(LS 378)なのである。他の本能が「よく話し」「雑音」を立てるのに対して、死の本能は「沈黙」している。
> 死の本能が生命そのもののことであり、それこそが、個体から個体に繋がれる「裂け目」であること、それは、生命とは死するものであるという記述としてはよく理解できる。しかしそこでの死が、たんなる空虚なイメージのみで捉えられてしまうと、それと生殖質としての遺伝の意味が、あるいはそれが自然史に繋がることの内実が、よく語られえないともいえる。
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 上記引用を敢えて拙稿にこじつける必要はない。とは云え前稿末尾に連ねた部分~これから何を書き始めるか全く定まらぬ時点で最初に書いた二つの段落~で、私は「期待される恍惚感が絶望的なまでに唆される時、そこでは絶望そのものが甘美となるだろう」とも書いた。絶望と希望の間に境界はなく、むしろ連続する流れの位相変化であり、そこに断層を見出す事で横断性が推認されたり否認されたりする。例えば一元論と共立可能な二元論を、敢えて素直な二元論へと整理する事により、共立不可能な領分が「元からそう在った」かのごとく浮かび上がる。
 或いは曲解含みかも知れない。~「漢字と仮名」と書くだけで二元論の振る舞いが想起できる様に。漢字を漢字として書いたものと、仮名を漢字の姿で書いたもの。どちらも見た目は漢字であろうが、機能は明らかに異なる。仮名の機能が漢字の姿に遺伝し、漢字の姿が仮名の痕跡・来歴となって遺伝し、仮名として書かれた姿から漢字への遡行がなされなくなった段階で機能優位の断層がリアルな既成事実となりながら、漢字と仮名の双方に「裂け目」を内包するよう「国語の論理が」押しつける。そして他方ではヴァーチャルとアクチュアル、リアルとポッシブルがそれぞれ対となって結び付く。
(註。~この辺のややこしい話は、差し当たりズーラビクヴィリ『ドゥルーズ・ひとつの出来事の哲学』(河出書房新社)巻末の「訳語対照リスト」を参照した方がよいかも知れない。訳者は小沢秋広で、こう書いてある。「actuel―virtuelとreel―possibleの連関と区別は、ドゥルーズ哲学の中心要素のひとつだが、これは日本語に限らず、通常の言語が行う区別との交錯からも、これまでのところ満足に訳し分けられていない。またドゥルーズの著作において、actualisation、effectuation、realisationは対象や文脈によって使い分けられているが、論理的には同じグループに属する語群である。ズーラビクヴィリは、realisationを避けeffectuationで一貫させている。」)
 ドゥルーズのジャルゴン(?)は見方や考え方を刺激してくれるが、フランス人の思考を忠実になぞれるほど苹に理解力がある訳ではない。もし齟齬・誤解・曲解があるとしたら、そこにこそ日本人たる苹の思考との差異がある事になり、むしろ解釈の手懸かりとしては望ましいと云えるだろう。


●「手遅れ」の自覚
 先日、セレブ奥様ブログ(↓)でこう書いた。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1100.html
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> 追記。~その後、検索してみました。
http://big5.ce.cn/kjwh/scpm/tzjb/zhgsh/zgshgd/200910/12/t20091012_20179471.shtml
http://tc.wangchao.net.cn/baike/detail_2026728.html
> これらの雅印と比べれば、真贋はよりハッキリするでしょう。よく見えませんが、私は奥様の画像を真蹟と見ました。出来は良い方と思います。上記サイトのは上の字がより小さく、下の字(対聯)がより大きい。奥様のはその中間で、かなり書きやすい大きさです。
> あたしゃ芸術系の人前で書いた事はないけれど、教育系の書風で書く半切二行や三行が実は一番ラクでして…(汗)。と云うのは、芸術臭くしなくて済むからです(悪く云えばルーティン、マンネリ)。昔は皆そんなのをやってきました。本来は実用ですから。それが今では、いかにも義務教育らしい幼稚なのばかりやらされ、中間がスッポリ抜けたまま、高校でいきなり芸術書道をやらされる。(だんだん愚痴になってきたな…ま、いいか。)
> なにしろ本来の勉強をさせる時間が想定されてませんもの。例えば最初は半紙に二字から六字で楷行草や仮名。だんだん三行、四行と増えていき、手紙文(草書や変体仮名交じり)や履歴書をやる頃には半切二行程度のや古典臨書(高校の「書道Ⅰ」レベル)が始まっている。別に初めから芸術書道と並行しても構いませんが、楷書から行書単元に入る段階では予め書写体に慣れていた方がよい。それが行書の基礎に繋がるからで、逆向きに見れば嘗ての行書先習論となる。
> こうした基礎があるのとないのとでは、真贋に関係なく質を大きく左右する。つまり良質な贋作というのもある訳で、「基礎が疎か」ってぇのは即ち「贋作をつくる能力すらなくなる」事を意味する。かてて加えて郵便局員は草書が読め、銀行員は印鑑を判別できた。そのレベルから奥様の画像を見た次第。骨董の厳密なレベルではありません。
> されど(失礼ながら)粛親王レベルなら、そもそも贋作をつくる動機にならないのでは、と。…片や、贋作が得意な支那人側から見ればどうなるか。上のサイトの解説参照(娘がどんな扱いになっているか)。
>【2011/04/23 21:02】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 私は書教育に今、「手遅れの自覚」が必要だと思って居る。…そんなの、云われなくても誰だって分かっているだろう。だから開き直る。そこに苹はモダニズムを垣間見る。過去への追憶と訣別、もしくは過去への追憶との訣別。そこから先に近代、ひいては未来が開かれていく様な気がした。
 今世紀に入った頃、巷では「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書検定合格が話題になった。大方は危険視したらしい。軍国主義への回帰、戦前や戦争の正当化、天皇制賛美、マルクス主義への敵視。ざっと見た印象は大体そんなところか。苹のごときノンポリにとっては初耳の「マルクス主義」をどうのこうの云われてもねぇ…。残念な事に、私が超克すべき対象はモダニズム以降の方だったらしい。それより前の歴史が重要だった。そうした意味で当時の名誉会長「西尾幹二」の著作は大いに魅力的と映った。私にとっての「西尾幹二」は、最初=九十年代後半に読んだ『教育と自由』(新潮選書)の著者であって、当時の印象それ以上でも以下でもない。やがて「つくる会」が出来て、従前とは比較にならぬくらい西尾先生は有名になった模様(…と素人目には映る)。
 そんな西尾本を後々あれこれ読んでみると、歴史への視線は苹の興味範囲を遙かに遡っている。それが却ってマズかった。意識内で「モダニズム」へと至るべき言葉が「マルクス主義」とすり替えられ、つい先日まで違和感が燻り続けた。苹の中では言葉の上で意識されていなかったモダニズムに対して批判的と映った「ポストモダニズム」を、どうして保守派の方々は論難するのだろうか。そこが理解できぬまま今世紀最初の十年が過ぎていった。私が読んだドゥルーズは、必ずしも国家を否定していない。ひたすら独創的に分析している。そこに戸惑いがあった。もしかしたら日本の保守派とは、明治以降のモダニズム推進派(伝統否定派?)を指すのではなかろうかと。ならば保守派は伝統派の敵となり得る。尤もこれは、仮に苹が伝統派であるならば、の話だが。にもかかわらず苹は、(彼らに限らず敵対する立場にも)伝統を保守する態度に何かを期待しているのである。

(続く)


(補記)
 以下、前掲「2011/04/23 21:02」稿と通底する印象を持った産経記事を引用する。…ただし苹の夢想する指導に望ましき効果があるとは限らない。現代国語優位のモダニズム教育にとって歴史への回帰は不要かつ有害であり、書字を活字に翻訳した上で古典意識を根底から歪曲する方が指導の整合性は保たれる。(それを私は青森県の高校教員時代に学んだのである。)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110430/edc11043007460001-n1.htm
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>【解答乱麻】
>TOSS代表・向山洋一 効果のある指導、ない指導
>2011.4.30 07:44 (1/2ページ)
>TOSS代表・向山洋一 
> 教師の指導には、効果があるものとないものがある。効果のない指導をいくらやっても駄目である。
> 例えば、跳び箱がとべない子への指導だ。「手をもっと前について」「思い切ってジャンプして」などと指導するが、すべて効果はない。
> 私は跳び箱がとべない子を3分ぐらいでとばせられる。20年ほど前、ほとんどのテレビで実演した。誰でもできる方法だ。これを知らない教師は、不勉強といっていいだろう。
> 人気テレビ番組で、「立ち幅跳び」でたった5センチしか跳べない主婦が一日で激変した。それまで、何年も家族で応援したのに、練習したのにどうやっても5センチだった。
> TOSS体育授業研究会の根本正雄先生が2時間教えて激変したのである。2倍、5倍増えたのではない。何と29倍。1メートル43センチをとんでしまったのだ。テレビを見ていた人も多いと思うがこれが指導力である。
> 指導は、粗く言って3段階である。
> 第一は、やり方を教えること。教えられる側は「分かった」となる。
> 第二は、やり方を身につけること。「できる」という状態になる。
> 第三は、やり方が十分に身につくこと、習熟である。「大丈夫」となる。
> 大切なのは、第一と第二のステップだ。「やり方」が分かり、「できる」となることだ。力量のある教師は、そこを大切にする。力量のない教師はそこをおろそかにする。
> 「教えて、ほめる」が力のある教師、「教えないで、叱る」のが駄目な教師である。
> 「計算」や「漢字」を教えるのに、毎日「ドリル」や「プリント」をやらせて、点検する教師がいる。
> 親は「勉強している」と思うが、この方法では、学力はつかない。
> 第一と第二のステップがないからである。ソロバンの指の使い方を教えないで、毎日、宿題に練習させているようなものだ。
> 同様に百マス計算も効果がない。
> 第一と第二のステップがないからだ。「教えないで、ストップウオッチでおどしている」のである。
> 百マス計算をとり入れた全国の1千校ほどを調査したが、ほとんどなくなっている。効果がなく、算数の授業時間がつぶれ、発達障害の子供たちが反乱したからである。
> 計算も漢字も、授業の中で、できるようになる。毎回、5分ほどでいいのだ。ほとんどの子が満点をとる。私は「ドリル」の害を見て、授業中にやる「漢字スキル」「計算スキル」を発明した(商標は私が持っている)。この教材は、授業中使うのだが、全国に燎原(りょうげん)の火のように広がった。宿題なし、“のこ勉(居残り)”なしで、算数市販テスト平均90点以上が続出しているからだ。
> ここで、漢字指導に悩む母親のためにアドバイスをしよう。
> 1年間でおよそ150の新しい漢字を習う。毎日1文字マスターすればよい。この時、簡単な方法がいい。1日1回、食事前の2分間でよい。教科書の中の新出漢字を毎回2文字出題する。答えは空中に指で書かせる。その時、筆順も言わせる。
> 「山」なら「イチ、ニーイ、サン」となる。できなければ、テーブルの上で練習させて、できたら食事にする。1日2分間の指導で、苦手な漢字を克服した親子が、何千人もいる。
>                   ◇
>【プロフィル】向山洋一
> むこうやま・よういち 30年以上の教員経験。代表を務める「TOSS」(教育技術法則化運動)は全国の教員約1万人が参加。
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8【再掲】批評と臨床(其三) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:19:43

【再掲】批評と臨床(其三)
7954 批評と臨床(其三) 苹@泥酔 2011/05/08 05:24

(続ける)

 何を以て伝統と見なすかは難しい。例えば阿国の踊りは伝承されていないが、後の歌舞伎は伝統文化の扱いを受けている。元の踊りは既に途絶えた。にもかかわらず伝統は後になればなるほど培われていくためか、その間の蓄積に伝統の在り方が内蔵されているのかも知れない。ならば起源にさしたる意味はない。ところが遠く隔てた後の世から起源をあれこれ考証し、それをさも真実であるかの様に信じ込む向きが少なくない。真実など誰も分からない。ただし人の一生に於てのみ、隠れた来歴としての真実はどうにか忖度し得るらしい。それらの集合が社会の文化的背景となる。言い換えるなら、たとい捏造された文化であっても、それが蔓延した時代にとっては、捏造されたものこそが真実である事を敢えて認めねばなるまい。しかし、だからと云って捏造を正当化する理由にはなるまい。捏造が捏造である理由が那辺にあるかを検証する所に学問は宿る。
 楷書がくずれて行書、更にくずれて草書となった。~これが嘗ての常識だった。考証が進むにつれてそうでなかった事が明らかになったのは百年ほど前であり、それ以前の常識を覆した時点で常識は破壊された事になる。ならば百数十年前の常識を顧慮する上で「今の常識」は要らない。それが私の見た「西尾幹二」の基本姿勢であった。氏から学んだのではなく、氏の姿勢と合致したのである。だから私の守備範囲でない学問については必ずしも氏を支持する必要はないし、また軽々に支持してはならない。畑違いの「つくる会」会員にならなかった理由がそこにある。学ぶ事と信じる事の間に違和感を感じたら、納得できるまで違和感の原因を考えねばならぬ。これを哲学と云う。苹にとって書道は哲学である。
 …さて。
 言葉を書いているのに、言葉で説明できない。言い換えるなら、言葉を書いているのに言葉で書けない。そこから言葉が抜け落ちて、ただ文字だけが残る。字を書いているのに字で書けなくなると、字を強引に征服する態度の方が「不言実行」の幻想と重なり始める。するとひたすら「書く」という行為が稽古の中から浮かび上がり、何も考えず無心で書くかの様な心地が感じられてくる(カンフー映画に曰く…「考えるな、感じるんだ!」)。
 そんな筈がないではないか。考えるから無心になるのが本当ではないか。書く言葉の内容に集中すると、「字形、呼吸、リズムはどうするか」など一々気にして居られなくなる。書字体験の蓄積が逆に作為を受け付けなくなり、却って「お里が出る」羽目になる。無心の中に「お里」があり、ひょっこり迂闊に顔を出す。だから抑も無心をコントロールできる訳がない。「無心で書く」のが何か重要な事に思えてくるのは、無心で書こうとしない逆説的態度が「作品」の作為に反映しているからだろう。ゆえに書を「作品」と呼ぶのは冒涜である。他方、嘗て日下部鳴鶴は「書は神術である」と云ったそうだが、どう解釈しようと~或いは冒涜と見なそうと、それが正しいとは限らない。今は「作品」という囚われの時代である。芸術を名乗る事への囚われから、「作品」は作者/筆者/著者を精神分裂状態へと誘い始める。
 こうした歴史的「手遅れ」の状態を予め自覚した上で、数多ある過去の立場に向かうか、未来志向の現実に巻き込まれるか、それ以外かの態度を決めるくらいは、たぶん許されてよい。~ところで当初、「つくる会」の歴史教科書は東京都の特別支援学校で採用された。真逆(「マギャク」でなく「まさか」と読む)とは思うが、青森ではどうだろうか。青森市では翠軒系の三人、その前は八戸市や下北などで数人が退職もしくは急逝しているのに、高校書道教員採用試験は2002年に一度あっただけ(約二十年ぶり)。その次が今回の2011年、ただし高校ではなく特別支援学校の高等部。そこに何か、異様な気配を感じる。ただの思い違いであればよいのだが、それにしては聾、盲、精神薄弱などの幅が余りにも大きい。もし赴任先が盲学校だったなら、どんなふうに書道を教えるのだろうか。それを含めて苹は今、様々な可能性に思いを馳せ始めている。

(続く)


(附録)
 先日、「其一」の自稿引用箇所で原船「むつ」などに触れた。わざわざ出す必要はないのだろうが~以下、その後に書いた関連近稿を転載して置く。ただし長くなる。この手のネタに興味がない人は読み飛ばしていただきたい。書道ネタとは全く関係がない(単に苹の発想パターンと関係があるだけ)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1104.html
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> 名にし負う歴史認識のエクソシスト西尾幹二先生は(?)、必ずしも原発を否定していない…と私は読んでます。でなければ抑も、こんな事を書く訳がない(↓)。
>--------------------------------------------------------------------------------
>> 問題の第二は、今後、わが国の原発からの撤退とエネルギー政策の抜本的立て直しは避け難く、原発を外国に売る産業政策ももう終わりである。原発は東電という企業の中でも厄介者扱いされ、一種の「鬼っ子」になるだろう。それでいて電力の3分の1を賄う原発を今すぐに止めるわけにいかず、熱意が冷めた中で、残された全国48基の原子炉を維持管理しなくてはならない。そうでなくても電力会社に危険防止の意志が乏しいことはすでに見た通りだ。国全体が「鬼っ子」に冷たくなれば、企業は安全のための予算をさらに渋って、人材配置にも熱意を失うだろう。私はこのような事態が招く再度の原発事故を最も恐れている。日本という国そのものが、完全に世界から見放される日である。
>> 手に負えぬ48個の「火の玉」をいやいやながら抱きかかえ、しかも上手に「火」を消していく責任は企業にではなく、国家の政治指導者の仕事でなくてはならない。
>>産経新聞20113.30「正論欄」より
>--------------------------------------------------------------------------------
> 原発は生まれながらにして悪魔的かも知れない。それを「鬼っ子」に育てるのが誰か、先生は総て承知の上で書いている。鬼は否定から生まれ、なおかつ鬼子の親は鬼である。そんな親の身になってみれば、俺の鬼子がこんなに可愛いわけがない。だからと云って、鬼は鬼子を殺せるのか。鬼が鬼である事を自己証明するとしたら、それは所謂「このような事態が招く再度の原発事故」となって現れる。つまり西尾先生が危惧しているのは、「親の責任」を放棄するヒステリーに席巻される事なのではないかと。原発事故の当事者たる日本のみならず、その時は世界中が「鬼だらけ」になる?…否、そうはなるまい。日本だけが鬼として取り残されるかも知れない。そうした事態を先生は「完全に世界から見放される日」と表現している。どのみち日本が原子力を、アフターケアなき「現金な態度で」手放す事など世界が許す筈もない。
> 既に結論は出ている。生産性を失った場合の原発は、それ自体が日本の新たな負債となるのだ。先生は一見、原発に反対しているかの様に見えるかも知れない。本当に反対の立場を採ったとしても、それはそれで仕方がない。なぜならそれは、日本が新たな負債を抱えたという問題意識を直視する事に他ならないからである。後は生産性を犠牲にする覚悟を日本が持てるかどうか。…私は持てないと思う。ずるずる原発を再稼働するしかなかろう。そこが夢見る左翼と根本的に異なる。悲劇の受容に裏付けられた運命の自覚であり、この点で原発からの撤退を内包した推進が現実的には苦み走ってくる。安易な原発撤退は別の意味で日本人を鬼とし、そこから先は石油が再び鬼退治の道具となっていくだろう。
>【2011/05/03 18:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 一つ書き忘れてました。内容は前稿と似たり寄ったりですが、表現の照らす向きが違う。それは「しんがり」への眼差しという事です。負け戦で撤退する時、どれほど重要な意味を持っていたか。生きていれば次の戦で勝つ可能性もあるでしょう。そのための「しんがり」をただの犠牲、人柱として戦場に取り残す鬼畜ぶりが今も昔もある。むしろ今の方がひどいかも。軍勢の仲間意識なき人柱は、ともすれば敵に見えてきたりする。後方から迫る敵を阻んでいたら、味方の筈の自軍が前から攻めてきた…そんな立場の「しんがり」が討ち死にした直後、一体どんな戦闘が展開されるのやら。
> 原発から撤退する時、どんな形で「しんがり」は出現するのだろうか。給料を払いたくないから見殺しにするのであれば、そこでは「しんがり=鬼っ子」の構図が予定される事にならないか。軍勢には代替エネルギーで戦を始める手が残っている。ところが鬼っ子は死にきれない。怨霊、すなわち敵となって化けて出る。そう仕向けるのが誰なのか、西尾先生は原発反対派の中に見据えていながらも、自分が別の立場から反対派にならざるを得ないとしたら。~要は軍勢と「しんがり」の両方を天秤に掛ける形が、代替エネルギーと原発との間で既に出来上がっている。
> 平たく云えば二元論。そんなお膳立てにホイホイ乗せられる先生ではない。にもかかわらず傍目には、原発反対派を十把一絡げに取り纏められそうな気がせぬでもない。その方が好都合。反対自体が賛成派に利用され、警戒心が無関心へと従来通り吸い込まれていく。そこにも既に「しんがり」達は存在している。撤退するにしろ推進するにしろ、「しんがり」達の沈黙はエーテルのごとくしてそこにある。
> 私の名はメーテル…(おっと、いつもの妄想がぶり返してきやがった…ここらで擱筆。)
>【2011/05/04 05:04】 | # [ 編集]
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> 私の名はメーテル…宇宙を旅する女(冗談)…そう云や軍用衛星や宇宙探査機に、原子炉や原子力電池のがありましたなあ。カナダに墜ちた時は核燃料50kgくらい積んでたらしい。同じ原発だからって、チェルノブイリばっか引き合いに出されるのは迷惑だ(推定10tばらまき)。まして広島を持ち出すくらいなら、いっそカナダと福島を比べりゃいいのに。
> 見方を原発に限定するのは、世界中どこでも「都合の悪い事は隠したいから」じゃないのかしら。原子力潜水艦だって何度も事故を起こしてるじゃないか。それも原子力衛星も共にソ連のだった。どの国だって軍事情報は秘匿したいだろう。それを棚上げしてるくせに、どの面さげたのが「日本政府は情報を隠すから信用できない」と言ってるんだか。
> 民主党政権を庇う気はないが、政権打倒にネタを使い回す気もない。しかし情報秘匿への正しい認識(?)を阻むのが過度の平和主義だったりする点にも目配りはして置きたい。とは云え「まともなスパイ防止法ひとつない国だ、情報流出への対応が遅れたソニーに文句つけるな」って理屈が通用しない様に、原発情報をどこまで公開してよいか戸惑う場合とは、判断の迅速性に共通の問題が見られるのも事実。そこが自衛隊と違うらしい。
> スパイ防止法なき国とソニー、指導力なき政府と東京電力。どちらも並べて考えるのが躊躇われるのに、躊躇いの原因が別の感覚障碍を引き出してしまう。躊躇わずに並べればよいのか、並べる組み合わせを間違えているのか。…私の名はメーテル…妄想を旅する女…(冗談)
>【2011/05/06 19:18】 URL | 苹@ネカマ #SFo5/nok [ 編集]
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> 追記。検索し直したところ記事発見。元ネタは此処(↓)。
http://blog.goo.ne.jp/reym1234/e/7daa40518078314cf9e71f067c0e34f3
>--------------------------------------------------------------------------------
>>むつ政経文科新聞 第5号 昭和53年(1978年)2月25日発行
>>「ニュース」:原子炉衛星が墜落  人口密集地なら大惨事
>>1月24日、ソ連の原子炉衛星がカナダに墜落した。同じ日にベルギーで原子力発電所の事故があったが、原子炉衛星の大ニュースのため新聞での取り扱いも小さく、見落とされた方も多いであろう。
>>この原子炉衛星は、1カ月も前から墜落が予測されていて、大気圏に突入する際の角度によって日本に墜落する可能性もあった。しかし日・米・ソ・カナダなどの各政府は、いずれも「国民がパニック状態に陥ることを恐れて」事前に公表しなかった。わが国政府では国会の追及に答弁して、「対策の立てようもないので非常体制も取らなかった」ことを認めた。
>>ソ連では回収班の派遣を申し入れたが、カナダに拒否された。墜落と同時に米軍機がカナダに出動し大規模な捜索が開始された。カーター大統領は「人口密集地帯に墜落していれば、放射能汚染で住民に重大な影響が出たであろう」と異例の談話を発表し、米国防省では、「汚染地域を500年から1000年間、鉛で覆う必要があろう」と述べた。
>>26日にはカナダ国防相が「原子炉衛星とみられる強い放射能を検出した」と発表したが、翌27日にカナダ軍参謀長が「放射能探知は計測ミス」と訂正し、28日以降は報道管制が敷かれて、アメリカ、カナダ両国の首脳部の狼狽ぶりを軍部が押さえつけた形になった。その後次々と原子炉衛星の残骸が発見されて、「極めて危険な水準の放射能」を検出したものの無事に回収されたとして、この事件は闇に葬られようとしている。しかしこの事件勃発当時の各国首脳部の慌て振りと、軍部とCIAに操られた鮮やかな幕切れに、世界の人々は何とも割り切れぬ思いを抱いた。
>>ソ連の人工衛星は1970年にも爆発を起こして、テキサス州に金属片を降らせている。米国も過去2回、原子炉衛星の墜落を経験している。これらの事故は今回の事故があったために明らかになったことであり、その被害の程度は不明である。米国の消費者運動を推進しているラルフ・ネーダーのグループは「人口密集地に墜落した場合、40人が死亡、500人が負傷、500億円の損外と恐るべきパニック状態が出現したであろう」と語った。
>>墜落したソ連の人工衛星には60kgのウランが積まれていた。原子力船むつには2770kgのウランが積まれている。
>--------------------------------------------------------------------------------
>【2011/05/07 02:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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8【再掲】批評と臨床(其四) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:23:14

【再掲】批評と臨床(其四)
7956 批評と臨床(其四) 苹@泥酔 2011/05/13 20:03

(続ける)

●特別支援学校の話
 青森県教育委員会のサイトで受験資格の項目を見ると、「特別支援学校受験者については、小・中・高各相当の校種・教科(科目)の普通免許状を有する者(特別支援学校教諭免許状の有無を問いません。)」と書いてある。~なぜ、特別支援学校教諭免許がなくとも構わないのだろうか。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_490.html
 ふと連想したのが昨年の高校家庭科教員採用試験騒動(記事画像参照↑)。受験資格にいきなり調理師免許が加わり、未取得者は事実上の「門前払い」となった。大学では教員免許を取得できるが調理師免許は想定外らしい。つまり新卒者は受験できず、新たに調理師免許を取得して次の機会を待つ事になるのだろう。また記事によると「県内の高校家庭科は、10年度採用で6年ぶりに募集があり」云々。ところが後日の記事では「調理師資格を持った教員が今回補充できた場合、当面は調理師免許を課さない従来の条件に戻したい」との見解が示され事態は混迷。
 言い換えるなら、今後は「調理師免許状の有無を問いません」の状態になるという事か。昨年は「有無を問う」当たり年だった。有無を問わないなら要項に書く必要はあるまい。それが書いてある場合(特別支援学校の様に)、これをどう解釈したらよいのやら。もしや募集そのものが「形だけ」なのではないか。民間では既に偽装請負などのノウハウが蓄積されつつある。
 例えば、こうだ。合格者以外の受験者は臨時講師になったりするだろう。つまり試験は人寄せパンダみたいなもので、本気で採用したい訳ではない(後に市教育長となった管理職によると「教育に芸術は必要ない」そうだ)。ところが採用されたい人は居る。青森では書道の場合、普通なら国語で受験すればよい。高校では皆がそうしてきた(だから試験の実施間隔が二十年以上でも、書道担当教員の多くは教諭になれる)。ところが書道の試験を実施するとなると、青森基準で考えれば既に採用予定者が決まっているか、ただの罠か、それ以外は考えにくい。~罠の場合、次の試験で必要な免許を増やせば受験させずに済むし人件費も抑制できる。
 或いは、口封じと飼い殺しを目的とする可能性もある。養護学校で普通高校レベルの授業は可能か。盲学校で書道の授業は可能か。聾学校に行くとは限らない。青森の常識では芸術科書道に「幼児のお習字レベル」が求められ、かつ国語との接続は予め否定されている。徹底して授業レベルを下げれば戦前クオリティへの接近が阻止できる(それが占領以来の伝統である)。視覚を必要としない書教育ともなれば事は重大。誰か先行研究の例を御存知ないだろうか。その程度は覚悟して置かなければ、青森の教員は務まらない。
 苹には未知の領域だが、少しずつ考えてみる…。

 盲学校。~全盲か、もしくは著しく視力が低いのだろう。
 文字としての認知に支障をきたす一方、身体運動としての可能性は残されている。高校の教科書とは別世界の指導になるだろう。生徒はどうだか知らないが、こちらは点字が読み書きできない。つまり共に読み書きできない文字を抱えている。ならば点字システムと漢字/仮名システムとの差異分析くらいはして置く方がよさそうではある。
http://www.yoihari.net/tenji/kanji.htm
 点字は「書くもの」ではない。…で、取り敢えず調べてみると驚き桃の木。点字から漢字へのアプローチも儘ならない(↑)。はっきり云ってチンプンカンプン。こんなのを白紙状態から学び始めるとなると、従来の書道絡みの研究をする暇がなくなる。仕事が研究を殺すだろう。ならば新たな仕事を研究するか。それが出来るほどの覚悟はあるか。
 相手が中途失明なら、漢字イメージの記憶に期待の余地がある。しかしどのみち、生徒は自分の書字結果を識別できないだろう。ならば結果でなく書字過程を重視する事になるのだろうか。それも結局は記憶に封じ込まれた視覚イメージの領分で、こちらが彼らの空間把握方法を知らないと空回りに終わる筈。そこで更に調べてみると…(↓)。
http://www.edu.city.yokohama.jp/sch/ss/yokomou/eyes/eye/hokou/nerai/index.html
 座標としての身体を起点とした上での、所謂「心的地図」の優位性が書道では重要となるだろう。ここでは「書く」行為に伴う書字順序(筆順記憶)と位置関係(行為記憶)共々が音楽的に消えていき、痕跡としては「見える」他者にしか残らない。そこに鍵がありそうではある。例えば、盲目オルガニストのヘルムート・ヴァルヒャは如何様にしてバッハの楽曲を覚えたのか。…想像するところ正面に数段の鍵盤があり、足下にはペダル鍵盤がある。その位置は決まっている。ならば演奏行為自体にさほど支障はなかろう。あたしゃ楽器は弾けないが、耳にする音と鍵盤との対応関係が範列的に把握されている事に変わりはあるまい。しかし書道に鍵盤はなく、むしろ記憶の中で空間は作り出される。沈黙の鍵盤(空間動作の蓄積自体)を、時には触覚で把握する事になるだろう。
 身体は空間と繋がっている。空間の中で動く身体そのものが記憶となる。ところが身体は別の道具で空間から分かたれている。その道具が毛筆で、云わば義肢の様な役割を果たすだろう。義肢の先に無数の指がある。自分の手には五本の指があるが、義肢の指は数百本。それが縺れ、ばらけ、纏まる。…私ならどうするだろうか。先ず、彼女の手を握る(「彼」とするよりは想像しやすかろう…汗)。互いに指を絡ませ、感じあい、指先に集中する。指が紙に触れ、その感覚をモデルに筆鋒を想像する。類似関係(メタファー)にある指の感触の気持ちよさは、この際おそらく性的な隣接関係(メトニミー)とならざるを得まい。それが空間で「書かれる」時、空間と筆は包含関係(シネクドキ)で結ばれる。
 …どう見ても危険である(苦笑)。教師と生徒が「触りっこ」するんだぜ。考えてもみい。巷間なぜ童貞喪失を「筆おろし」と呼ぶのかを。行為が危険なのではなく、感覚が危険なのである。一本の玉茎、五本の指、数百本の筆毛。こんな事は考えたくないかも知れない。教育者としては当然そう思ってよい筈。しかし相手は目が見えない。どうやって世界を感じるのか。どうやって感じさせたらよいのか。~ところが実際は感じさせた途端、教員は退職に追い込まれるだろう。そうなるくらいなら、初めから生徒に理解させない方がよい。つまり教育には不可避の不作為が前提される。それを苹は、罠と云っているのである。
 自分でもあれこれ考えながら書いてるうち、こんな話になっちまった事に驚いている。そんな話になる筈ではなかった。もっと品よく纏めたかった。でも仕方がない。さっさと次の話題に移ろう。

 …養護学校。所謂「精薄」。
 まだ碌に調べてない。実は調べたくもないし、考えたくもない。感情や感覚に正直なのは凡そ想像がつくものの、その点に踏み込むと苹の場合ややこしい事になりそう。よって保留。精神薄弱と精神病は違うのが、勝手の違う原因の一つである。精神分裂や病跡学の本なら手元に数十冊ある分だけ、こちらとしては却って混同しそうになるのを恐れる。

 聾学校。~これも今は込み入った話に関わりたくない。盲学校について少し考えただけで、充分「余計なお世話」となっちまった様な気がするからだ。ゆえに今回は念のため旧稿群から(No.7658と7659参照↓)、聾文化に少しだけ言及した二つを引用・抄録するに留める。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_tree?base=6785&range=1
 聾者に推察される「音声を必要としない」領分については、漢字文化が日本語/仮名文化に移行する際のフレキシビリティと絡めて考える余地があると思って居る。この場合は漢字文化の方が聾者となりゆく「予定者」であり、嘗ての大陸発音が日本との間で乖離するにつれて、聾的性格は比例増大した…と見ている。
 以下、引用開始。~なお、続きを書けるか否かは未定。それだけ当方、青森県教育界への不信は根強い。
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>142 「解放」待ちのインテルメッツォ 苹 2004/04/12 02:05
>  先日、西尾先生から「ふときずいたのは、かって唯一の共通語は文語だったことです。口語は互いに通じなかった。関係があるのでは?」との御助言を頂戴しました。今夜はこれを酒の肴に、言いたい放題やらかそう(「おちょくり板」向きの書き込みで恐縮…)。
> あれはどれくらい前になるだろう?~連続ドラマ「国語元年」の初回放送を見た時の印象が残っていたためか、その後しばらくして国語国字問題に興味を持ちました。先般のBSでの再放送もただ懐かしいだけでなく、面白いものは面白いと感じました。
> 初回放送の頃の私は確か、吉幾三が「テレビもねぇ、ラズオもねぇ…」と喚くのを聴いて居りました。「ラジオ」や「ラヂオ」ではなく、「ラズオ」か「ラヅオ」に近い発音だったと記憶しています。実際の発音に近い表記は難しく、ゲーテとかギョエテの例もさる事ながら、七年くらい前の高校英語教科書に出てきた指揮者のMitropoulosなんかは「ミタラパラス」と発音されていた様子。生地ギリシャではどんな発音になるのやら。日本のレコード雑誌では「ミトロプーロス」と表記している旨、話題を英語の先生に振ってみましたが、あまりピンと来なかった様です。
> 夢は枯野をかけ廻る。~昔、鮮魚市場に行ったら「筋子」がありました。そればかりでなく「すずこ」もあった(笑)。どうやら「筋子」は「スジコ」「スズコ」の両方で通じる様です。これには大いに感心させられました。二つの音声を一つの漢語で取り纏めるとは、なんと見事な翻訳システムだろう。方言のままの姿を包摂しながら共通語の体系に収束させる上で、漢語だらけの和文はさぞ役に立った事だろう…と。
> 当初は戸惑った「すなそば」だって、文字に起こせば「支那そば」となる。或る校長は定年退職の挨拶で、「コレカラハ、チチイヂリデモシマス」と云ったそうな。「土いじり」の単なる訛りが、色に狂って「乳いじり」するみたいに聞こえる。何年経っても忘年会の酒の肴になる。
> …ところで、文字言語には別の効用もありそうです。音声言語もまた然り。嘗て、盲人ヴァルヒャは努力して立派なオルガニストになったとか。今は日本人の盲人ピアニストも活躍中。
> これらの事例と同様に、実質的な「聾」的性格を惹起する音声言語の鏡像的差異は、間断なく~今も昔も地方も中央も飛び越えながら、文字言語を反復的・創造的・免疫的・補完的に「共通語」化し続けると思うのです…。音声言語が必ずしも文字言語を必要としない様に、文字言語だって必ずしも音声言語を必要としない。そこに私は、ロミオとジュリエットの間に生じた「憧れ」と似通った横断への動機・契機を感じ取っています。
> 具体的には~戦中・戦後のケースで云うなら、山本有三あたりが提唱したルビ廃止への動きが影響しているのかも?
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>155 二題 苹 2004/04/13 02:38
>  先ず、前稿で書いた「聾」的性格について補足します。~下記引用は『ろう文化』(青土社)P.219~220。対談「ろう演劇と言葉」(米内山明宏・多木浩二)から。
>--------------------------------------------------------------------------------
>米内山 私としては、手話が言語として確立されたものであるのか、あるいはその途中であるのかどうか、それは問題ではないと思うのです。ろう者にとっては自分の持つコミュニケーションの方法は様々ですから、つまり日本語と比較するということは考えていません。勿論、「日本語と比べて手話はまだまだ確立していない、これから沢山作らなければならない」と比較する人もいれば、「手話は言語としてきちんと成り立っている」と考える人もいます。
> 日本語と同じように、手話も次々に移り変わってきています。ろう者の手話は、手で現す語彙の問題ではなく、顔の表情・目・顎の動き方・身体全てが言葉になるわけで、そういうことに皆気がついていない。手話は「手だけで表す言葉」と考えられ、手に集中しているようです。それで語彙数を計算してみれば少ない、ということに行き着くのですが、そうではなく、手の動きは一つであっても、顔や身体の微妙な動きによって言葉の意味に違いがあるわけです。ですから、手話として確立されたものかどうか、私としてはまだ意識していません。
> 日本語、そして声の歴史は非常に長いものです。それは十分にわかっていますが、正直言って、私は声の世界が理解できません。例えば、聴こえる人は「良い」と言ったときに、その声をそのまま「良い」という言葉で活字にする。それを見ても、どういう意味なのか理解しがたいところがいくつもあります。聴こえたことによってわかる言葉が沢山あるはずです。ろう者にとっては興味のない、というよりは、かけ離れた世界のように見えるのです。でも、それを知らなければいけないし、日本にいる以上は、日本語を理解しなければならない。とは言っても、ろう者として使う日本語ではないものは、自分の中で自然と省いていく場合もあります。ろう者としては、口話は借り物で、口話を借りて覚え、また、日本語を漢字から借りて表現する、というように、借り物の言語のような感じです。それで確立するかどうかは、今後右往左往していく中で決定づけられていくのではないかと思いますが、言語としての確立は非常に難しいですね。
>--------------------------------------------------------------------------------
> …対談全体を読んだ印象では、口頭で行われたかの様な書きぶりに見えます。校正段階で目を通しているでしょうから、「良い」の箇所は多分その意味の通りなのでしょう。しかし~(「手話」抜きの)口頭での印象ならば尚更、他に「宵」「酔い」などの選択肢が言表作用の背後に隠れていても決しておかしくはなかった筈。そう捉えるなら、ここでの活字表現はもはや正確な口話の転写に留まる事ができず、却って口話表現の歪曲をも含意する結果になってしまう筈。
> 閑話休題。
> 視覚障害~いわゆる「盲」の側の場合、嘗ては「検校」の様な制度が要請されたりした模様。聴覚障害の場合は日本史上どうだったのか、どなたか教えていただけるなら幸甚です。
(以下略)
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Re: 無題

ミッドナイト・蘭  Site

2020/03/23 (Mon) 23:40:38

イェーイ!!
復活しましたね!
スパム撲滅で頑張ります!!

「批評と臨床」其三

苹@泥酔

2020/03/24 (Tue) 19:04:06

8【再掲】批評と臨床(其五) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:26:01

【再掲】批評と臨床(其五)
7957 批評と臨床(其五) 苹@泥酔 2011/05/18 00:32

(続ける)

 あらためて高校家庭科教員採用における調理師免許の一件を振り返ると、或る意味では筋が通っている様に見えぬでもない。馬鹿正直に勉強したい奴は青森から出て行けばよい。たぶん教員の誰もが無意識に思っているだろう通り、そもそも高校教育自体が必要ないからである。むしろ邪魔で、すぐにでも廃止したいくらいではなかろうか。他方、高校と高校教育は別物とも解釈できる。ゆえに(青森に限らず)多くの高校が教育内容を高校教育に偽装(予備校化と専門学校化)した結果、先年いったん表沙汰になったのが全国規模の未履修問題であると見る事もできる。その後は衆知の通り、日教組に代表されるらしき教育界が民主党支援に回るなどして、遂に政権転覆(政権交代)が実現した。
 かてて加えて想像を逞しうするなら、こんなシナリオだって考えられなくはなかろう(セレブ奥様ブログでの旧稿抄録↓)。
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> 苹の見方では、教育界の民主党支持は「高校教育からの離脱」が動機。他方、初手から離脱してるのが朝鮮学校。つまり朝鮮学校は高校の先輩格。これまでは高校教育から内々に離脱(=予備校化)しても構わなかった筈なのに、いきなりの未履修問題で教育界を激怒させたのが自民党政権だった。
> 高校には一条校特権があるけど朝鮮学校にはない。そこで今回、先ずはバラマキ攻略から事を始める。朝鮮学校レベルの「逸脱」ぶりでも高校並みのバラマキ支給が可能なら、高校側の「逸脱」だって平等に容認されるべきだろう。日教組も北教組も、この点では見解が一致してるんじゃなかろーか。保護者は子供を出来るだけ上等な大学に入れたい。そうした心理を味方につけて、高校の予備校化(=逸脱)を推進する。文部科学省の支配に楔を打ち込み、大学との間接的癒着関係をいっそう強化しつつ経営安定をはかる。そうでなくても統廃合圧力がキツイ時代なんだから、ここは本気になって取り組まにゃーならん正念場ってこった。
> たぶん図星だろうとは思うんだけど、産経かどこかで裏を取ってくれないかなあ。その結果次第で、こちらは更に熟考するつもりなの。
>【2010/03/16 06:23】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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 その後は話の流れを承けて、こう追記した(抄録↓)。
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> その手の話とは別に、前稿で書いた予備校化云々には、「学校が予備校化」と「予備校が学校化」の二面あります。例えば反日予備校が学校化する場合、朝鮮学校を一条校化する方向に行くでしょう。そして反日学校を予備校化する場合は、一条校を非一条校化する手が考えられるでしょう。
> ステロタイプの印象を「北教組=反日」と見なす場合、その構成員の属する学校は概ね、程度に差のある反日学校と云えるでしょう。仮にこれを人事異動でジュースみたいに濃縮(?)して、学校を丸ごと北教組100%にすればどうなるか。濃縮果汁の原液は濃過ぎて飲めない(なんか素っ頓狂な喩えになっとるな…汗)。問題は薄め方です。従来の仕方では、薄めれば「果汁20%」てな具合になる。でも市販の100%ジュースはそうでない。教員加糖液で薄めるからパーセンテージが落ちる。ならば民間水で薄めればよいではないか。なにしろ水(民間人)は果汁(公務員)ではないのだから。
> この方式は部分的ながら、既に実用段階にあります。~非常勤講師を非公務員と見る場合、都立高校では書道担当教員122名中の内訳が公務員2名で非公務員120名。それを学校全体でやると、校長と教頭が公務員で他の全員が非常勤講師でも構わない事になるでしょう。ただし教員免許は相変わらず必要ですが。
> 尤も、それなりの手はある筈。意図的に無免許の人(塾や予備校の先生が望ましい)を集めて、全員に臨時免許を交付すればよい。…法律を整備して朝鮮学校の先生にも臨時免許を出す一方、北教組の先生が朝鮮学校に出向・研修する。事実上の「北海道立朝鮮学校高校」が出現し、既存の朝鮮学校では相対的な存在意義が薄まる。嘗て大学教育学部に「ゼロ免」課程が出来た様に、高校にも「ゼロ卒」課程を設ける。すると「卒業証書」授与課程(学校教育課程準拠)と「修了証書」授与課程(非準拠)とが共立し、やがて非準拠課程に特化した学校(?)が出現する。
> …例えばこうしたシナリオを妄想する場合、どの段階で反日教員を非公務員化すればよいのか。~とどのつまり、苹はそこんとこに興味があるんですね(汗)。悪い冗談と云えばそれまでなんだろうけど、だからと云って、頭から非現実的な話と決め付ける訳にもいかない。(玉石混淆の思考実験が諸々あって初めて、選択的かつ具体的なディフェンスが可能になる筈ですから。)
>【2010/03/17 21:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 ここで云う「卒業証書」授与課程(学校教育課程準拠)は本来の高等学校を意味し、「修了証書」授与課程(非準拠)の方は「高校という形」を隠れ蓑とした公立予備校をイメージしている。大学進学を目的とする場合その方が明らかに効率的だし、現に管理職・教員・生徒の一部は「非受験科目は必要ない」と確信していた。つまり未履修問題が露見するのは時間の問題だったのである。自民党政権下の文部科学省は、教育界の逆鱗に触れた。
 ところで、いったん特別支援学校の枠組みで採用した教員を高校に勤務させる手口はどの程度までなら可能だろうか。~人事上、その辺の手練手管も少なからず気にかかる。高校から特別支援学校への転任を希望したらしき教員なら、嘗て勤務した高校に一人いたと記憶する。その先生は職員公舎で苹の隣に住み、裏庭で犬を飼っていた。
 …都会では、裏庭のある二階建てなど想像できないかも知れない。ただし便所は水洗でなく、汲み取り式の田舎である。苹にとって部屋は狭い。実家では七室に分散配置してある書物を総て官舎に持ち込む訳にはいかないから、必要に応じて勤務を早めに切り上げ六時か七時に出発。日付が変わる頃には戻れる様に往復、カーステレオでバッハのマタイやワーグナーの楽劇などを堪能した。他人を乗せた事は殆どなく、いつも助手席には数段に積み重ねたカセットテープの山が鎮座していた。

 閑話休題(汗)。
 今年の試験内訳をざっと見るところ、高校側の実施科目は以下の様に大別できよう。
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【普通科目(受験科目)】国語、公民、地理歴史、数学、物理、化学、生物、英語
【普通科目(非受験科目)】保健体育
【専門科目(職業科目)】商業、農業(作物・園芸・農業経済)、工業(電気・電子)、工業(土木)、工業(機械・電子機械)、水産(情報通信)、水産(水産工学)、看護
--------------------------------------------------------------------------------
 それに対して特別支援学校の高等部は「国語、数学、音楽、美術、書道、保健体育、家庭、英語」と、就中「芸術科目の揃い踏み」が極めて異常。高校のを確認するついでにボンヤリ見てきた過去二十数年来、少なくとも書道で実施された記憶はない。控え目に云っても「前代未聞」ではなかろうか。~昨年の内訳がまだネット上から削除されていないので、念のため高校と高等部のを参照すると下記の通り。
--------------------------------------------------------------------------------
【普通科目(受験科目)】国語、公民、地理歴史、数学、物理、化学、生物、地学、英語
【普通科目(非受験科目)】美術、保健体育、家庭
【専門科目(職業科目)】商業、農業(作物・園芸・農業経済)、工業(電気・電子)、工業(土木)、工業(機械・電子機械)、水産(水産食品)、水産(海洋生産)、水産(水産工学)、看護
【特別支援学校高等部】国語、数学、音楽、美術、保健体育、家庭、英語
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 高校家庭科は芸術や体育と同様、センター試験の受験科目ではない。しかし非受験科目の中では最も職業科目に近い。
 今春は日本テレビ系列で、実話がモデルのドラマ「高校生レストラン」が始まった(本稿を綴っている時点で第二回までの放送を終えた)。それによるとレストランは部活動の延長で、町役場主導の「村おこし」とタイアップした形らしい。主人公の元料理人は多分、調理科の臨時講師を兼ねているのだろう(それにしては授業場面がない…ただし部活レストランの指導場面てんこ盛り)。
 あれこれ書き過ぎると差し障りがあるかも知れないが~苹は普通科でも商業科でも食物調理科でも、いつもの意図的マンネリ授業で昔の仮名が読める様にゴチャゴチャやらかした。普通科では某クラスが仮名読解テストで珍しく平均八十点を突破した(担任の先生に感謝)。…書道絡みの話はともかく、その高校では今、食物調理科が熱心と聞く。昔はそうでもなかったと記憶するが、多分それなりの刺激~モデル事例が色々あったのだろう。
 前に何度か、昔の料理を扱うテレビ番組を見かけた事がある。その時チラリと映った江戸時代の料理本(木版印刷の草書変体仮名交じり表記)の字が読めるだけでも相応の違いはある筈…と苹は想像した。「読める字を書かせるのではなく、読める人を育てる」方に興味があった。癌で入院した大学教授(書道担当)を見舞った際、私は初めてハッキリそう言い切った。この方針は生涯変わるまい。隠居後の今はネット上、別の形で試みたりしている。
・当時の図版の再利用、他(↓)
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_333.html
・巻菱湖「假名字源」を中心に(↓)
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_359.html
 特別支援学校の場合、こうした教育史的視野を念頭に置いた基礎認識が聾学校以外でも通用するか否かは不透明である。尤も、それを云ったら聾学校の音楽教育、盲学校の美術教育も同様ではあるのだろうが。いづれにしろ勝手が違う事に変わりはない。それより採用の枠組み自体が或る種のブラックボックスと化す可能性の方が高いかも知れない。
 今年の教員採用試験を「異変」と受け止める側にとっては、相応の覚悟と対策あらずんば固より迂闊に手出しは出来まい。やるなら敢えて、採点者を手玉に取るくらいの気概や余裕がないと。相手に通じなかったなら、こちらから教育界を見限ればよかろう。県内の教育慣行に媚びる「確信犯的」覚悟があるなら話は別だが、屈辱に呑み込まれる卑屈さを重ねて甘受する道理はあるまい。しかしながら採点者は、専門の如何を問わず「百戦錬磨の強者」でござる。事は理屈(批評)でなく服従(臨床)の問題なのに、まだ採用されていない身に太刀打ちできる訳がない。
 「採点者達が持つ常識」への服従と共鳴。~それが何を意味するかを突き詰めると、畢竟「就職先の常識が大学教育の内容を支配しなければならない」という構図に行き着くだろう。不服従は海水浴でムタンガを着用するのと同じくらい荒唐無稽である。言い換えるなら、傍目に映る書道は存在そのものがムタンガ同然である。(ちょいと画像検索すれば、ムタンガは今の水泳競技に役立たない事が一目で分かる筈。)

(続く…次回投稿では最終章「批評的アナクロニズムと臨床的モダニズム」を予定)



8【再掲】批評と臨床(其六) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:34:31

【再掲】批評と臨床(其六)
7964 批評と臨床(其六) 苹@泥酔 2011/06/14 01:36

(続ける)

 こうした場面では「役に立つか、立たないか」といった判断に、特定利益と絡みやすい「誰の」「何の」といった指標が優先的に絡み付く。例えば競泳水着とは別の領分でムタンガやビキニがファッションの一種となるだろうし、機能的な筈のスクール水着は今やフェティシズムの、すなわち「萌え」の対象となった観がある。…指標は時代と共に変化する。クオーツ革命以後の機械式時計が時代を遡り、所有者は庶民から富裕層へと逆戻りした様に。1960~70年代に普及した庶民向け機械式は先細りし、今では相対的にも実質的にも機械式と云えば高級品か「純然たる趣味の領分」をイメージするのが普通だろう。そんな具合に棲み分けが進む結果、いづれにしろ「空気を読む」方向での判断が前提となり、やがて判断自体が印象を制約していく。学校の印象にもそれぞれランクがある様に。試験の採点者や教員各々とて、学問上の良心にのみ縛られる訳ではない。その事がよく理解できるからこそ、学問との不整合を一方的に糾弾するのは自ずと躊躇われてくる。そもそも学問がしたくて学校に通う生徒は殆ど居ない筈。ならば生徒や保護者達のニーズに合わせた(媚びた?)内容の授業を歪曲する慣行にも「やむを得ない」面はあろう。教諭であれ講師であれ、現場の実態を知り、慣れてくると自然、いつの間にか「自分の判断を現場に合わせる」様になる。するとそれまで当たり前と思えていた筈の事に、却って新鮮味を覚えたりもする。
 昨年、松村茂樹『「書」を考える』(二玄社)が出版された。帯には大きく“書は学問とつながっている”と書かれてあった。それが宣伝文句になる事に苹はたじろいだ。おそらく現場では誰も本気で信じていないスローガン(?)の「書は芸術である」なら巷間いくらでも溢れているのに、「書は学問」などとよく赤面せずに言ってのけるものだと逆に感心した。そこに私自身、判断の揺らぎがある。試験段階から持論を曲げずに不合格となったり、仮に現場に入り込めたとしてもクビになっては元も子もない上、そもそもどんな教員が求められているかも分からないとあらば、気弱にならない方がおかしい。しかし或いは、それでいいのかも知れない。かと云って、過剰に開き直るとどうなるか(戯画化してみた一例↓)。
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 …書をかいてよいのは書家だけである。書が読めてよいのも書家だけである。書を観てよいのが書家である。ただ書家だけが、書を独占できる。書けもしない奴が四の五の云っても、書家の耳目には届かない。うまいやつは、黙って書くものだ。書家でないやつは、何も云わず、ただ楽しんでいればよい。「書道を楽しむ」…そう、NHKの教養番組にありそうなフレーズが、ひたすら外に、こだまする。やがてむなしく消えていき、後には何も残らない。…それは本当に聞こえたのだろうか。否。はじめから音などあるわけがない。それは幻聴だ。「書道を楽しめ」という遠吠えだ。作品は黙して語らない。だからこそ、うまいやつだけが、書を語る事ができる。うまければうまいほど、その言葉は大きい。そして、その言葉は、書家でないやつには聞こえない。書家は常に孤高であれ。
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 以上の言葉が、どう読めるだろうか。傲慢かも知れない。馬鹿げているかも知れない。納得する者が居るとしたら逆に驚きたくなる。その驚きが書をおびやかすのだろうが、大抵はなんとも思わないのではなかろうか。そうした世界が書の安全地帯である。誰にも振り向かれず、たまには振り向くふりをしてくれる人に出会い、そのくせ本気で振り向かれたら困る。とどのつまり、振り向かれる事に慣れていない。書く事だけで精一杯なのに、それ以外の仕事までしていたら身が保たない。しかし中には変人も居る。色々な事に手を染める(或いは北大路魯山人の様に?)。一部は趣味人とか知識人と呼ばれる事もあるらしいが、下手をすると傍目には「書家でなくなる」ので按配が難しい。
 かてて加えて、国際的視点を巻き込めばこうなる(↓)。~セレブ奥様ブログへのコメント抄録。
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> 以下愚痴。~ネット検索中に偶々、へんなものを見た(↓)。
http://www.transcri.be/text/Japanesethesisfinal.pdf
> 指導教官がNHK教育の高校書道番組を監修した東京学芸大学教授である点を差し引いて控え目に云うが、この外人の感想文はひどい。外人の目に映る書字文化は所詮こうなってしまうのだろうか。判断基準はあくまで西洋文化の側にあり、「字は読み書きできるのが当たり前」という視点がスッポリ抜けている。
> 尤も、今の日本人なら「俺達だって読めないんだから、昔の人も大方は読める訳がない」と言い出すのかも知れないな。それを真に受けた外人が本気で確信し始める。…たぶん連中は知らないのだろう。日本の中学校では国語科書写の授業が義務づけられているが、実際は殆ど実施されていないか、もしくは極度に低レベルの歪曲教育が常態化している事を。そしてそれを多くの人が当たり前と思って居る事を。既に書字の歴史が断絶しているのは認めざるを得ないとしても、さりとて取り返しがつかぬほどではない。半世紀前、贔屓目に見ても三十年くらい前まで、それなりに書道人口は多かった。四十年前の田舎なら確実に、猫も杓子も「お習字と算盤くらいは」と習わせた。その前の世代が珍しく書道ネタに触れている。『WiLL』2011.7号P.281辺りに記述がある渡部昇一「書物ある人生」新連載。
(以下略)
>【2011/06/01 00:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 …先夜、奇妙な夢を見た。なんとなく気になって書き留めたのは三月末頃だろうか。
 その学校では、教育実習生(?)が無給で用務員をする。この実習生、どう見ても若者ではない。それもその筈、教員採用試験受験機会と同様に教員免許更新機会を政策的に奪われた人々が、実習名目で用務員化する訳だ。そこでの人事評価次第で、うまく行けば免許更新機会が与えられる。もちろん依然として採用試験はない。この用務員は通常の用務員と同じ仕事をするのではなく、教員を補助して授業に関連する雑務を引き受ける。云わば教員の負担軽減のために新設された制度における「実習生」であって、教員から命じられた通り行事や授業の準備はするが授業はしない。また無給である点は、教育実習生とボランティアの中間的存在と云えるかも知れない。
 主に、定年退職後も学校教育に関わりたい「元」先生がボランティア参加する。既に教員ではないから免許も試験も必要ない。しかしそればかりでは高齢化が目立つから、いくつかの教科・科目では予め採用試験そのものを事実上廃止し、「いつか受験できる」余地に期待する相対的若年層を含めて一括りにする。ただし授業するのは正規の教員で、そちらには免許更新機会が予め保証される。~念を押すが、これは戦後書教育の実績を踏まえた夢想モデルであって、現実の話ではない。
 例えば或る日、その県では国語の教員採用試験が実施されなくなったとする。毎年、それなりの数の定年退職者が出る。その分を英語や歴史や数学などの先生が穴埋めする。よって彼らは本来の科目の教員である一方、正規の国語教員でもある。彼らには充分な国語力があるので、現場として不都合はない。教員養成する大学側も、副免許としての国語に対応すべくカリキュラムを組むので支障はない。それが差し当たり十年ほど続くのである。
 …大体そんな夢だった。ここでは試験を実施したりしなかったりする不安定さが、或る種の「裂け目」を時間のズレに内化する。


●批評的アナクロニズムと臨床的モダニズム
 学校は教育的臨床現場である、との趣旨を「其一」で書いた。仮に臨床の側がモダニズムの立場を採るならば、その評価もまた同じモダニズムの基準でなされねばならない。生徒相手の場合は成績評価や成績評定などと呼ばれ、教員相手の場合は一般に勤務評定と呼ばれるらしい。基準次第で学習指導要領や教科書などの解釈は変わり、その解釈にどれくらい合致しているかを~つまり差異を評価する上で基準は反復して適用される。それに対して批評の立場は時に基準そのものを疑う。その意味で批評は臨床にとって禁忌となりやすい。基準に好意的な批評は準拠システムの発展や強化に役立つが、そうでない批評に於ては話が逆となる。
 古典は元々、その古さゆえにアナクロニズムを内包する。
 これまで観察してきたところ、臨床的アナクロニズムを批評的モダニズムの立場から変質させようとするのが学問の立場であり、またそうあるがゆえに、例えば書道は学問ではないらしい。学問にアナクロニズムを持ち込もうとする例…と云えば、ここ十年余りの騒動、すなわち「つくる会」の歴史教科書問題と似通った構造が思い浮かぶ。そこでは臨床的モダニズムを批評的アナクロニズムが脅かすかのごとき振る舞いと映るのか、モダニズムを保守する姿勢の良心的側面が前提されがちとなる。アナクロニズムが学問であってはならないかの様で居て、かつ学問は進歩への一本道であるかの様な。例えば歴史学なら、無限に延びる一本道を連想しやすかろう。滅びて貰っては困るから平和主義になるのは理解できるが、「生存するために滅ぼす」タイプの歴史では「滅ぼす」側面ばかりが強調され、「生存するため」の部分はいつの間にか切り離され、別の文脈に整理し直されるケースが少なくない。つまり「既に滅びた歴史」が生存を前提する必要はない。滅びは常に過去であり、現在でも未来でもない。これから起こる滅びは想定外。起こった後になって初めて「過去の文脈」と整合する仕組みになっている訳だ。
 こうした歴史意識を仮構するならば、そこにモダニズムが関与する意味を「いったん進歩的に」振り返ってみなければなるまい。歴史を反省材料と位置付ける場合、過去は未来と姦通してはならない筈だからだ。歴史を学ぶという事は歴史を反省する事であり、悪しき歴史から揚々たる未来に邁進すべく、「古い上着よ、さようなら」の姿勢を堅持せねばならぬ。「昔は良かった」式の感傷は必要ない。未来志向も感傷も、共に暑苦しいのはよく分かる。だから両方を排除したくなる。その後に何が残ろうと(残らなかろうと)我々は現代人かつ未来人、過去よりは進歩していると信じ込む事でモダニズムは宗教の様に無謬となっていく。
 …てな事をあれこれゴチャゴチャ考えていると、(前記引用と前後して)件のブログに鬱憤晴らし紛いの書き込みをしたくなる。
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> 当方このところ、批評的アナクロニズムと臨床的モダニズムを仮構してます。~昔の教育を臨床的アナクロニズムと見なした知識人が、批評的モダニズムの立場から説得し、現場を臨床的モダニズムへと変えていく。やがてモダニズムが古びてくると、モダニズム自体がアナクロニズムとなっていく(それが臨床現場を支配している)。すると臨床的モダニズムを臨床的アナクロニズムと見なした知識人が、批評的ポストモダニズムもしくは批評的アナクロニズム(?)の立場から説得し、現場を臨床的ポストモダニズムもしくは臨床的アナクロニズム(?)へと変えていく。…畢竟、中身は変わらない。ただ印象が変わるだけで、それが言葉に定着すると些かスローガンめいてくる。
> 進歩的な側から見れば時代錯誤的でも、伝統的かつ保守的な側から見ればそうでない。また進歩的な流れを保守