[天才バカ掲示板!(苹の栞)] 721


無題

1:苹@泥酔 :

2020/03/23 (Mon) 20:57:39

緒言:「天バカ板」の歴史
 ミッドナイト蘭様の管理する「天才バカ掲示板」は十数年の歴史を持つ。様々な人が出入りし、多い日はカウンターの数値が千に達したと記憶する。当時(初代板)参加していた面々には故人となった方も居ると聞く。離れて久しい人も多い。中には現職の大学教官も居た。交わされる議論は活発でレベルが高く、私こと「苹」も時には参加した。2011年、東日本大震災の数ヶ月後に板が突如消滅した。蘭様は知らなかったらしい。豊穣な過去の記録は尽く消滅した。
 やがて二代目の板が出来た。その頃の投稿者は概ね苹だけとなっていたので、板のタイトルにも余計な副題「苹の栞」が付いた。以後は初期を除き、拙稿の羅列が最後まで続いた。内容は初代の天バカ板、「つくる会」神奈川支援板、西尾幹二サイト付属の各種掲示板に出した拙稿が中心である。たまに他の方々の投稿が出てくる時は、全体の流れが分かる様にするためと思っていただきたい。これらは皆、ワープロの保存用/草稿用ファイルに転写した内容である。
 このまま続くだろうと思って居たら、いつしかスパム投稿が増えてきた。苹はほぼ毎日カウンターの数値をメモしているが、板の管理人ではない。ただの「過去の」投稿者である。管理人の蘭様がたまに掃除してくれる事はあったが追い付かない。そうこうするうち有害板の扱いとなったのか、二代目板は苹が2020.3.14に確認した時、既に凍結状態となっていた。そこで蘭様の本拠たる「天才バカ板」(ブログ)で相談した所、此度の三代目板が出来た次第である。
 これから再録する内容の殆どは書道ネタである。脱線ネタも少なくないが、大学関係者にも役立つ内容でありたいと心懸けながら書いてきた。従って書道の初心者向けに書いた稿はない。むしろ書道に無関心の知識人でもそこそこ楽しめる様な組み立て方を工夫してきたつもりである。
●天才バカ板(蘭様の本拠ブログ)
https://blog.goo.ne.jp/midnight-run_2007
●天才バカ掲示板(二代目の掲示板)
http://bbs1.fc2.com/forbidden.html
 手始めに再掲するのは二代目板の最初から。その後、初代板の最後に書いた拙稿=「批評と臨床」シリーズが続く。掲載順は二代目板と同じで、ワープロ転載時に4とか8とか文字化けしたタイトル部分はそのままとする。過去の数稿を一稿に纏める方針なので、かなりの長文となる事を予め御諒解いただきたい。苹頓首。
2:苹@泥酔 :

2020/03/23 (Mon) 21:15:17

【天バカ板2】

4新しい掲示板をはじめます^^v ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/11 (Mon) 21:32:04
 先日、町田の古本屋で、伊藤桂一著「兵隊たちの陸軍史(昭和44年刊)」を買いました。

 これが、すこぶる面白い。

   ・・・[被服と兵器の授与]
 ・・・<巻脚絆・靴下>
 靴下は足型に合わさず、単にズンドウに作られていて、廻しながら穿けた。便利である。乗馬隊には手套が支給された。

 「巻脚絆」とは、ゲートルのことだね。

 「ゲートル」とは、まあ、レッグウォーマーのことだね。

 「レッグウォーマー」の進化系が、ルーズソックスだね^^

 ところで、この本、数年前に、ちょっとしたベストセラーになった保坂正康著の『あの戦争は何だったのか─大人のための歴史教科書(新潮新書)』の元ネタ本のような気がしている。

 でも、伊藤桂一氏の文章の方が面白く読める^^



8【初投稿】新板開設慶賀 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/13 (Wed) 00:50:26

【初投稿】新板開設慶賀
 投稿の仕方がよく分からない…と云うか慣れてないけど、何か書いたり覗いたりしてるうち、多分どうにかなるだろう。もう掲示板の時代ではなさそうなのに、お手数かけてスマソ(平伏)。ここ暫くは様子を見る事になるのかいな。しかしながら旧板創設の頃と違って、今では他に誰か来る下地そのものがなくなってるのは確からしい…。
 「Home」をクリックしたらブログの方の天バカ板に出た。あちらに時々出てた幼女ネタの子も、今では大きくなったんだろうなあ。
 こちら青森では東京から親戚きたる。うち一人が十歳くらいの女の子。母親があちこち役所を回ってる間、本家に預かって貰ってお留守番らしい。ちょいと顔を出したら苹が話し相手(?)になっちまった。ゲーム機を出して色々と解説してくるけど当方チンプンカンプン、最後はバッテリー切れにて終了。充電器は忘れてきたらしい。その後どうする事になるのやら。因みに学校では日常会話が総て英語だそうで、その影響が日本語の発話様式にも少しばかり垣間見られた。津軽弁が通じないので、数年前のローカル人気番組「いいでば英語塾」(こんな感じ↓)でも見せたらどうなるか興味深くはあるが、あちらが拙宅に立ち寄るとは限らない。
http://www.youtube.com/watch?v=ipLbH1PSQ6c
http://www.youtube.com/watch?v=3qihbZFtja0
http://www.youtube.com/watch?v=0TCfIoOjPGs
http://www.youtube.com/watch?v=K75FaGmo1gc
http://www.youtube.com/watch?v=cN-fwkk1YX0
 幼女の扱いは蘭様が師匠格。平素あちらを閲覧していると勉強になるなあ。



4苹@泥酔さんへ♪ ( ミッドナイト・蘭 ) 2011/07/13 (Wed) 22:38:49
ただ、こうして、改めて掲示板を作って、返レスしてみると、なんか、妙な高揚感が起こってきます^^

久しく、忘れていた感覚です^^

はじめは二人で、でも、次第に仲間も増えてくるんじゃないですか^^

親戚の子、10歳くらいだったら、まだまだ屈託ないですね。

是非、充電器を購入してあげてください。

私の大きな姪っ子ですが、もう高二です。

来年は大学受験で、なんと、○○大学を受験するそうです(今は大学名は伏せる。電気大学と同じく、地名が校名ではありません)。

>>因みに学校では日常会話が総て英語だそうで

これは不思議な学校ですね。

どういった教育方針なんでしょうか?

あまり良くは思えませんでしょう?

さて、この板のキャッチフレーズは、

  「文学・歴史の40!」

で、いきましょう!

文学には、もちろん、書道込みです。

まあ、学問がテーマなので、それを教える教育にも力を入れるってことです。



8Re: 苹@泥酔さんへ♪ ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/14 (Thu) 21:54:52
ありゃ、ツリー返信の仕方が分からなかったので、別に書いてしまっていましたが、こうして、理解しました^^

「文学・歴史の40!」ってのは、もちろん、クイズダービーの真似ですが、四十代も意味しています^^

本日は、映画「もしドラ」を見てきました。

口さがない映評ブロガーには不評でしたが、私は素直に感動しました。

で、帰りに大きな本屋に寄ったら、5月の「歴史街道」誌に続いて、8月は「歴史群像」誌でノモンハン特集です。

迷わず、購入しちゃいました^^



4【実験投稿】明晩削除予定稿 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/15 (Fri) 01:27:01

【実験投稿】明晩削除予定稿
 はて扨て、この後どうなるものやら。母親は件の女の子に習字をやらせたいみたいなので、予定返上ちょいとばかり起稿ホヤホヤ。うまく削除できたら万々歳。完稿は後日。

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書塾選びに関する三つの疑問(仮題)

 習字に限らず、塾はどことなくゲートルに似ている(…てな事を書くと、こじつけに見えても致し方あるまい)。学校という身体から下りる血が足でむくんでくるのを防ぎ、授業がスマートに機能する様に下支えする。就中、書道/習字の場合は嘗て二度の「大戦」を経験した。第一次は明治維新で、文明開化に伴う日本文化排斥の流れに巻き込まれた。その集大成が明治三十三年の平仮名統一で、学校教育が伝統文化の大半を切り捨てた結果、それ以前に出版された書物を日本人自身が読めなくなっていく。第二次は日本敗戦に伴う占領期以降の流れで、多くの学校/都道府県教委が正規の書道教員採用試験実施を今に至るまで嫌がり続けている。従って、学校教育から切り捨てられ弱体化した領分を補うには、民間の塾による下支え(質的な維持機能)がいっそう重要となってくる。
 …日々ボケーッとテレビ(録画を含む)を見ていると、たまに「書塾と近いもの」が出てきてガッカリする事がある。その大半が小学生の習字レベルを維持するのみで、より高度な発展的属性(遡行的免疫性?)には全く目を向けていないかの様な。教える側にそのつもりはないのだろうが、こちらから見ればそう思えるのは何故だろうか。もしかしたら私の歴史観が影響している所為かも知れない。
 ふと思う。最も手っ取り早い書塾選びの基準は嘗ての国定手本乙種系、すなわち幕末の巻菱湖を源流としては如何かと。これなら近来二百年の「縦の流れ」を遡るのが容易となるだろう。別に菱湖流を贔屓するつもりはないが、幕末の流行から明治維新後の国定化を経て敗戦に至るまでを通覧する上での基準軸にはなる。そこから様々な書風に各自の好悪を照射して行けばよいのだから、敢えて菱湖系を「学び過ぎる」必要もない。子供を通わせる書塾が全く別の書風でも、そこから国定手本時代の幹へと接続できればそれだけで充分。どんな書風が幹を形作ってきたか、或いはどんな書風が幹から分かたれていったかを判別できればよい。ところが一部の書塾では、戦前まで機能してきた伝統的な幹とは別の、西洋的かつ戦後的な幹(=芸術)を優先しがちになる傾向があるらしい。だから何かあるたび「書はアートだ」と言いたがる書塾には警戒した方がいい。書道を隠れ蓑にした、伝統文化の破壊者である可能性がある。
 そもそも「芸術」の中身が違う。昔の「芸術」には琴棊書画の他、農業や漁業、占星術等々までもが含まれていた。片や、西洋芸術を輸入する過程で一般化した翻訳語としての「芸術」に東洋芸術は元々含まれていない。そこではあくまで西洋芸術(当時の中心的用語は「美術」)が幹であり、この基準に東洋芸術を照らして「芸術であるか、ないか」を問うた(その一環に小山正太郎と岡倉天心の「書ハ美術ナラズ」論争がある)。~こうした言葉のズレは国語でも同じ事。昔は「国語」と云えば中国古典の一つを指した(孝経・詩経・書経・大学・中庸・国語・論語…)。今の一般的意味で云う「国語」(日本の共通語)が生まれたのは明治時代、教育制度上で本格的に組み入れられたのは明治三十三年である。しかも共通語としての国語それ自体が所謂「現代文」、すなわち言文一致思想と活字中心主義に示導されているとなれば事は厄介。この枠組みに古典を封じ込める上で取られた一般的ストラテジーは、変体仮名の排除、漢字からの異体字や草略体の排除、句読点の恣意的付加などであった。やがて満を持して「現代仮名遣い」が登場する。その対極で新たに位置付けられた概念が「歴史的仮名遣い」と呼ばれるものだが、これとて所詮は何ら本質と関わりのない、「国語」の枠内で相対化された結果の分類に過ぎなかった。
 そこでは教育上、小松英雄『日本語書記史原論』(笠間書院)に指摘してある様な古典的特徴、中野三敏の提唱する「和文リテラシー」といった視点が表向き存在してはならない。国語の基本はあくまで現代文の側にあり、それを背後から歴史的に権威付けるため、或る意味では古典が捏造されている。この事は~例えば入試問題で、問題文の古典(書写本や幕末以前の版本)を写真で出題すれば、誰もが骨身に沁みて分かる筈。そもそも読めない。出題対象自体が理解できない。出題だけが宙に浮く。ただ読める者だけが回答できる(もちろん正答するとは限らない)。
 ところで、書字が「読める」とはどういう事か。
 嘗て印字/活字は「書字の模倣」であった。書字が読めるなら活字も読めるのであって、その逆ではない。活字が読めても書字は読めないなどという事はなく、もしその様な事態があるとすれば、そこでの書字はもはや文字としての機能を果たさず、書字には自ずと「活字の模倣」が要請されてくる。実際、学校教育でも一般社会でも概ね動向はそちらに傾いているが、こと人名用漢字に関しては抵抗があるらしく、旧字体が新字体に置き換えられるケースはさほど多くない(渡邊→渡辺、小澤→小沢など)。鬱や彙などの字では活字の模倣に終始するケースが圧倒的に多い筈。そもそも書写体を見た事がない。それに対して、書字における書写体の優位性が保たれている字例の最たるものは之繞。小学校で最初から書写体(点の後にウネウネ)で教わるため、活字の形(一点之繞や二点之繞)で書く事はない。元々あれは二点之繞の二点目とその下を続けて書いた形ゆえ、そもそも「新字体は一点之繞」などという馬鹿げた発想をする国語学者の方がおかしいのだが(続けて書けば無点ウネウネ之繞になる)、これも「国語」をさんざっぱらいじくり回した挙句の伝統喪失に由来する所が大きい。読む方の都合ばかりを気にして活字商売に阿り、書き方を忘れたツケが国語歪曲となって現れた。
 書き方の都合は一般に、点画の連続や省略となって現れる。学・尽・図がそれぞれ學・盡・圖の草書を楷書化した形であるのも、書・車・孫の草書を楷書化した形が現代中国の簡体字に見られるのも、共に書字における草略が前提となっている。中には点画を乱暴に省いた破壊的新字体も少なくないが、そこからは字体制定当時、既に書字の伝統が失われつつあった事が窺われる。こうした点を顧慮する場合、国語(共通語)の規範化と並行して揺れ動いた行書先習論と楷書先習論との対立時点まで遡る歴史感覚が教育的立場には必要となる。さもなくば至極あっさりと国語の猛毒に冒されてしまうからだ。たかだか百年の歴史しか持たない国語を伝統文化と勘違いして、歪曲と知らぬまま書写/習字/書道に持ち込む危険を国語科教育は常に抱えている。云うなれば国語科書写は、それ自体が国語科の範疇にあるがゆえに、全国規模の未履修問題により却って救われた面もある事を否定できない。嘘を教わるのと何も教わらないのとではどちらが好ましいか、教員や保護者それぞれ判断が分かれるだろう。そうした学習指導要領上の桎梏から比較的自由な立場にあるのが書塾であった。

(以下、未完)



4祝! 教育再生機構教科書採択! ( ミッドナイト・蘭@ハリポタ鑑賞 ) New!!
2011/07/15 (Fri) 20:59:46
栃木県大田原ゲット!

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110715/edc11071520310002-n1.htm



8男と女…(紙一重?) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/16 (Sat) 01:06:12

男と女…(紙一重?)
>>>因みに学校では日常会話が総て英語だそうで
>これは不思議な学校ですね。
 仰せの通り、普通の学校には通わせてないんですね。なんでも理由は母親(医学畑で博士)が英語で苦労したから…らしい。父親は三つの病院を統括する法人の理事長みたいだけど(ネットで見た)、宣伝は取り敢えずやめとくわ。
 子供の話を真に受けると、なんでも「はるな愛」だか「ほしのあき」だか、有名人が通院してるんだとさ。後者なら是非お近づきになりたいわぁ(慾情悶々、ここだけの話)。
 ゲーム機(任天堂)の充電器は別のリュックサックに入ってたみたい。代わりに百円ショップで折り紙を買ってやった。もう帰京したけど、あっちではまた地震あったのね…。



8Re: 祝! 教育再生機構教科書採択! ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/16 (Sat) 21:51:55

 旧板、すなわち初代の天バカ板(掲示板)が突如消滅したのを見て愕然としてから半月が経った。そんな今日は、指揮者カラヤンの命日でもある(1989.7.16)。
 …苹はカラヤンの録音が好きだった。究極の美的平凡。一つの基軸。他の演奏と比較した途端に浮かび上がる、時には嫌味なほどの恐るべき非凡さ。非凡と平凡の同居が常に別の何かを隠すのみならず、そもそも同居自体が異常である事を発見させまいとするかのごとく洗練の限りを尽くす。そんな教科書があるとしたら、授業する側はさぞ困るだろう。授業自体が生徒の中で教科書へと変貌していくタイプと違って、教科書が既に古典となっているかの様な振る舞いは時として授業を拒む。代わりにあるのはリハーサル。そして教科書が楽譜であるとは限らない。楽譜は常にリハーサルへと寄り添うが、その時点での教科書は未だ生成途上にあり、後から予言的に「教科書となっていく」。そうした意味で、教科書はむしろ稽古に近い。肝腎なのは、稽古と授業は別物だという事である。

 授業は屡々アジテーションを要請する。だから授業者は教科書を分かりやすく噛み砕くべくして工夫する一方、噛み砕き方の拠り所を自己から教科書に責任転嫁したくなる。普通は軟着陸できる筈だが、前例を見ると~例えば敗戦に伴い顕在化した「墨塗り教科書」に正面から向き合う場合は辛い。それと似通った事が所謂「歴史教科書問題」にも云えそうではある。新たな「墨塗り教科書」が出現した以上、それを採択する「外からの自発性」に対して現場が既存の教育手法をどれだけ保守できるのか。しかも今はGHQ不在である。嘗てのGHQは「墨塗り」を強いる側にあった。
 新たな「墨塗り」を要請する採択者に、嘗てのGHQほどの強権はない。ならば教科書通りに教えるのは教員・学校側の自己責任か?…そんな解釈余地を殲滅する上で、強権的な占領政策は必要不可欠であった。それを欠いた状態で教科書を現場に丸投げするかのごとき採択者の姿勢たるや、見方次第では鬼畜にも劣る所業…と映らぬでもない。教科書次第でコロコロ言動が変わる腑抜け教員に生徒が従うとしたら、生徒に腑抜け根性が伝染する事にならないか。そうなるのを避けるため、納得できない教員には勇退の道をひらいてやるべきではないのか。
 教員に出来る自己救済の道はただ一つ、勉強のみであろう。しかし教員をいっそう多忙にしたのは誰なのか。雑務に追われ、勉強する暇がない(或いは初めから勉強する気がない)。先生の勉強する姿を見て育つ生徒の時代は終わったかの様でもある。にもかかわらず、相変わらず勉強それ自体は楽しい。リハーサルの中に勉強があり、片や生徒には稽古がある。そこに楽譜と不分明な教科書が立ちはだかる。「教科書とは何か」を、もっと掘り下げる必要と責任を感じる。と云うのも私は、私のつくるだろう教科書を愛しているからだ。誰もが心の中に自分の教科書を抱えている。これを座右の銘と云う。
 採択慶賀。



8Re:苹@泥酔 ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/17 (Sun) 10:38:28
正直、今においては、然るべきシステムの中で、粛々と採択が決まっていくのだと思い、私は、何を記したら分からずに、ただ、教育再生機構の末端にいることしか出来ませんでした。

ホント、私は闘いの中でしか輝けない^^;

正直、再生機構の先生方は、カラヤンの如き、カラヤンとは異なる「美的平凡」の方々だと思います。

教科書も、西尾幹ニの如き挑発はありません。

だが、「美的平凡」であることが、日本を良くする秘訣だと思います^^

ところで、NHK朝のテレビ小説「おひさま」で教科書墨塗りのシーンがありまして、なかなかリアルに感じさせてもらいました。

主人公は、国民学校になった時の最初の教師で、戦後、GHQの査察を受けて、ちょいとやばい状況に陥りそうになったとき、かつての排除された英語教師が、そのGHQの通訳をしていて、ギリギリで助かったのでした。

「おひさま」は、戦時中の配給のシーンなどもあって、「配給」と言葉では理解していても、具体的にどのような様子で行なわれたのかわからないことが目で理解させてくれました。

コテコテの保守は、それでも、それらの描写に怒り狂うのでしょうが、私は、素直に、そんな描写を享受します^^



8Re: 苹@泥酔さんへ♪ ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/17 (Sun) 10:41:44
折り紙って、女の子の趣味のスタンダードとなっていますよね。

私の小さいほうの姪も、折り紙が大好きで、将来は折り紙の先生になりたいとのたまっています^^

公民館での折り紙教室などにも行ってます。

折り紙、かなり進化していて、古くて新しいホビーですね^^



4「批評と臨床」再掲 ( 苹 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 05:05:04

「批評と臨床」再掲
 ぼちぼち、旧板に書いた稿の転載を始める。
 先ずは結果的に最後のシリーズ物となった「批評と臨床」から。~同じツリーにはNHKでドラマ化された漫画「とめはねっ!」のネタや、「俺の妹が書家になりたいわけがない」といったシリーズ物も含まれていたが、そちらを後回しとする理由は、もうじき青森県教員採用試験の第一次が実施されるから。どれも長文ゆえ、或いは分割投稿となるかも知れない。内容が散漫となった点についてはご容赦を願いたい。
 出来立てホヤホヤの此処=新しい天バカ板を閲覧する人は少ないらしい。余計な話に惑わされずに済む…と云えばそれまでだが、中には書き込みを真に受けた人が居てもおかしくあるまい。そうした人々の、就中「青森県のを受験する教員志望者」達に向けて一言。暗黒面に堕ちた「ダース・苹だぁ」は受験しません(キッパリ)。変な人に掻き回されずに済むので、該当するジェダイの方々(?)は安心して受験して下さい。
 当節試験事情の偵察がてら、言いたい放題の悪役モードで書教育不要論を展開する(させる?)手もあるにはあったけど、今回それはやらない。国語教育を道連れにするのはまだ先の話になる。もっとじっくり調べ上げてから、そのうち一切のタブー無しに根こそぎ揺さぶってやる。当面の敵は特別支援学校ではない。高等学校と義務教育である。~今や苹には斯くの如く空耳が聴こえる。「狂え英霊尊! 切り捨て英霊尊!」(↓)。
http://www.youtube.com/watch?v=TNEUM4F80WE
 …扨て。
 教育界批判を展開する上で屡々、高校書道教員採用試験を実施しない風潮が全国的にある事を取り上げた。しかし必ずしもその事が問題なのではない。もし関係者の誰かが「とにかく実施すればいいんだろ、いい加減に黙れ」と思っているなら大間違いである。それを明瞭に示す点で最重要投稿となったのが下記No.7081稿である。
 以下、グーグルのキャッシュに残っていた記録をサルベージする(ワープロの草稿執筆用ファイルには投稿番号や日時を記録していない)。これは高校統廃合に関する説明会の質疑応答時間に突き付ける予定だったが、シャイな性格の苹は緊張の余り、読み上げる事が出来なかった。仮に発表できたとしても御覧の通りの分量ゆえ、そのまま読み上げたら途中で必ずや「要点を掻い摘んで手短に」などの注意があった事だろう。また統廃合計画は学校数を減らすのが大前提であるから、「第三の道」を持ち出したところでまともに検討されるとは思えなかった。説明会は「説明し、納得して貰う」ために実施される。余計な意見は必要ない。それと同じメンタリティは、原発事故後の企業側対応にも窺われた通りである。

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7081 発表されなかった予定稿 苹@泥酔 2008/04/23 02:16

 年末十四日のグランドデザイン会議説明会に集まった総勢十六名の一人で御座います。その際の発言が取り留めのないものでしたので、本日はざっと纏めたものを朗読します。名前は年末に申し上げた通りです。HNは草冠に平らと書く「苹」と申します。「西尾幹二のインターネット日録」などの保守系サイトに出入りして居ります。

 では本題に入ります。
 昨日の「東奥日報」を見ました。予想通りの展開で、県教委の皆様方はさぞ御負担を感じて居られるだろう事、お察し申し上げます。正直、あれでは効果が薄いと思います。大雑把に云って、学校側の潜在願望に応えていない。昔増やした高校を振り出しに戻すだけでは将来性が感じられない。かと云ってそのまま残せば少人数教育への移行が避けられず、その分だけ県財政が悪化する。逆に云えば、財政負担がどうにかなれば少人数教育でも構わないと見る事は可能な筈です。今日はそうした視点から二つ提案します。
 今「学校側の潜在願望に応えていない」と申し上げました。細かい具体例はネット上で書きましたから省略しますが、兎に角どこの進学校も、受験に役立たない事は教えたくない。にもかかわらず高校である以上は、せめて教えたふりくらいはしなければならない。ならばいっそ、高校でなくなればよいではないか。正々堂々と予備校もしくは専門学校に改組すればよいではないか。高校のままだから角が立つ。名目は高校のままでも中身を変えれば不具合はないと考えた学校が未履修に踏み切る。それが私の見た高校側の意思、潜在願望であります。
 高校の体裁を残すにしろ、可能であれば県立予備校への改組を検討するにしろ、そこには将来性が必要です。ならば最も有望なのはどこか。私は差し当たり、生徒のほぼ全員が大学進学を目的とする三つの高校を民間資本に委ねるか、もしくは県立予備校に改組して、高等学校卒業程度認定試験を経由する方式にしてはいかがかと考えます。教育の多様性は部活動に任せる。どうせ必要なのは最終学歴ですから、結果的には大学を取り巻く方々が出身校の質をランク付けしてくれるでしょう。受験に必要ない科目の人件費、教材費、設備費も丸ごと削減できます。どうしても本来の高卒でありたい人は別の高校に入りますから、それはそれで二番手校の学力底上げが期待できます。また仮に高校のまま民営化するなら、例えば山田高校の様な東京資本の傘下にある私立高校との経営統合を打診したり、或いは有名予備校が高校を抱える形での資本協力や人材交流が期待できるのではないかとも思って居ります。
 これが第一点。「高校教育の分離分割」「高校教育からの撤退」です。

 次に、「教員採用試験の廃止」を提案します。
 そのための実験が既に済んでいる事は皆様御承知かと思います。わざわざ採用試験を実施する必要がない訳ですね。因みに、青森県教育庁県立学校課課長の肩書きで頂戴した2001年10月26日付の電子メールにはこう書いてありました。
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>書道専門の教諭がいない場合でも、他の書道免許所持者が担当しており、学校として不具合がないことから、書道専門の教員を採用して欲しいとの要望はほとんどありません。そのようなことから、書道の試験についても昭和55年度以降実施していないものです。
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 そんな訳で、或る先生から伺ったところによると、具体的には県教委の方がベテランの先生に「誰か紹介してちょ」と電話する仕組みになっているそうです。そこで紹介して貰った人が次の先生になる。この仕組みが実に面白い。
 何年か前、下北の或る高校で書道担当の先生が死にました。そこで人材を補充した。無免許の人を補充したそうです。この点は臨時免許を出せば済む話ですからどうでもいい。「東奥日報」2000年11月10日付に「県教委はここ数年、公立小中高校合わせて一年当たり約百人に交付している」との記事が出た通りであります。一つ興味深いのは、確かその高校では岩手大学書道科を出た先生が国語を担当して居た筈なんですね。学校では国語担当でも、高教研では毎年書道部会に出ていた人です。その先生でなく無免許の民間人に担当させた点が面白い。そこには地域の事情が絡んでいたのかも知れません。大抵の人は書道と云えば流派を思い浮かべるでしょうから、地域に密着した流派の方が、大学で専門の勉強をした人の学習指導要領準拠指導より信頼できるという事なのかも知れません。
 これと同じ理屈が受験教育にも通用します。大都市の場合、学校より塾や予備校の方が信頼できるのは、書道教員より書道家の方が信頼できるのと同じ構図です。因みに東京都の書道教員は「既に20年以上採用がなく、都立、国立に各1名のみ専任教員がいるだけで、110名以上が非常勤講師」だそうですが、最近では他の教科も含めて興味深い動きが見られます。
 「毎日新聞」2007年2月17日付によると、愛知県の場合「90年度には4000人前後だった臨時教職員が、06年度には約1万人と倍増」したそうです。就中興味深いのは、非常勤教員なら「1人の正規教員の人件費で3人は雇える」点であります。「全国約110万人の公立小中高校の教師のうち、少なくとも13・8%にあたる約15万人が教員免許を持ちながら、正規採用されていない臨時教員」となっているそうです。
 また「東京新聞」2007年8月24日付には、こんな事が書いてありました。
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> 大手学習塾などを運営する栄光グループの「エデュケーショナルネットワーク」(東京都中央区)には約一万六千人が登録。首都圏の私立高校を中心に約四百四十校が会員となっている。「必要に応じて、派遣を受けることで人件費を流動化させるとともに、大量退職時代に入り、幅広いルートで優秀な人材を確保したいという事情が学校側にはある」と担当者は説明する。
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 かてて加えて教育再生会議第三次報告を見ると、こんな記述が目に留まります。
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> ・教育委員会や学校は、教育内容の充実に向け、現役、OBを含む社会人等の外部人材に協力を求める事項を明確にし、一定の費用負担を含め、こうした人材を積極的に受け入れる仕組みを構築する。企業もこれに積極的に協力する。
> ・体育、芸術など人材を得にくい地域においては、これらの教員を教育委員会に配置し、複数の学校に派遣する。
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 「企業もこれに積極的に協力する」と書いてあります。「複数の学校に派遣する」とも書いてあります。こうした流れを読むと、自治体がわざわざ自前で教員採用しなくともよい筈です。人材派遣会社か予備校に「紹介してちょ」と電話すればいい。

 本県では2002年に面白い動きがありました。二十三年ぶりに教員採用試験が実施された話です。これのどこが面白いかと云うと、現職の先生方は受験していないんですね。今更試験を実施してどうするつもりでしょうか。誰が新任の先生を指導するのでしょうか。それまで試験自体が実施されなかった訳ですから、現職の先生方は専門のペーパーテストも実技も完全免除です。他の科目で受験し採用された先生が、本来の採用科目とは無関係な科目を担当する形になっている。しかも少なからぬ先生がどこかの社中に属している。喩えるなら、学校の先生が予備校で研鑽を積む様なものです。形式的には学校の先生でも、専門の立場は民間側、すなわち塾や予備校の類の先生です。
 そうした古株の先生方が、専門の試験で採用された初任者を指導する形になる。採用履歴を重視するなら、例えば国語の先生が芸術の先生を指導しても構わない。専門性を重視するなら、民間の先生が学校の先生を指導しても構わない。平たく云えば味噌も糞も一緒で、教員採用試験と教員免許が共食いしている訳ですから、今更専門の採用試験を実施しても手遅れです。
 そこにはもう一つの効果がありました。どうでもいい科目の受験機会を剥奪すれば、そのまま教科差別慣行を維持できる。仮に従来の教科差別をやめるつもりなら先ず、定年間際であろうが委細構わず、古株の先生方に専門の採用試験を受験して貰ってからにしてはどうですか。出来る筈がないでしょう。実質的には予備校や専門学校が高校教育を偽装している形ですから、どうしたって無理が生じます。早急に高校教育から進学専門教育を掬い上げ独立させないと、高校進学率ほぼ100%という異常事態は余計な歪みを抱えたまま、競争効率面でも経済効率面でも十把一絡げに疲弊し続ける事になります。
 後は本格的に人材派遣システムを導入するしかない筈です。管理職は正規雇用、一般教員は非正規雇用という構図を確立し、自ら壊した教員採用システムの後始末をするしかないでしょう。
 因みにドイツの場合は、アビトゥーアという高校卒業試験がそのまま大学入学資格試験となり、これに失敗すると無資格になるそうです。そして大学では博士号を取らない限り、高校のアビトゥーアの資格で終わる。つまり「大学を出た」という印がない。あちらは十歳の段階で高等学校、実業学校、基幹学校の三つに分かれるそうですが、これを本県に当て嵌めるなら、所謂御三家が高等学校、工業高校や商業高校などが実業学校、大学進学者の殆ど居ない普通高校が基幹学校に相当するかと思われます。本県が国際化を目指す場合、こうした事が参考になるなら幸甚と存じます。
 以上、宜敷ご検討下さい。
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8【再掲】批評と臨床(其一) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:12:34

【再掲】批評と臨床(其一)
7951 批評と臨床(其一) 苹@泥酔 2011/04/28 19:12

 彼らは、何を考えているのやら。
 青森県で今年、書道の教員採用試験が実施されるらしい。ただし高等学校ではない。特別支援学校の高等部だそうである。これは想定外(苦笑)だった。意表を衝かれたと云うべきか。今や「青森県の高校教育を信頼していない」状態にある苹の研究テーマは、そうあるがゆえの「如何にして信頼するか」である。そのための方法を一から自前で考え続け、いつかは苹の屍を越えて教育現場に突撃するだろう人々の役に立つレベルに到達する事を願いつつ、書教育周辺の描写対象を(ネット上で表現可能な限り)構築していく事である。それも些か不都合な事に、大抵は死人の視線で書きたがっている。苹は死人であり、隠居であり、廃人であり、精神病者である(自称)。そんな厄介者をわざわざ墓から叩き起こしたがる物好きが居るとは思っていないが、正直またまた「揺れる想い」を脳味噌いっぱいに感じている。…数日前から「批評と臨床」を連載テーマにしようかと思っていた矢先だからだろうか。それを躊躇していたのは、同じタイトルの本が哲学者ドゥルーズにあり、もう何年も前に買ってあるのに未読のまま(自嘲)だからである。「ドゥルーズを読む前に書く」というアプローチで構わないか否か。そうするつもりである分だけ余計に、ともすれば今後「未読である事」に囚われる面が出てくるのをおそれる。
 批評と臨床。~苹の担当は批評の側になるのだろう。臨床に相当するのは学校で云えば授業等々だが、今や臨床の対象は(生徒であるよりはむしろ)患者たる苹自身であり、離人症や分裂症への興味に導かれた上での批評へ向かう段階にあると自己診断している。やり過ぎて「後戻りできない」面も部分的には感じている。あと何年くらい生きられるだろうか。もう授業に全力を注ぐ時間はない予感がする。先のNo.7934稿の無意識、すなわち船だの水だの死だの岩手だの長野だの、投稿翌日から始まった出来事への予感と解釈できぬではない焦りよりも強く、時間のなさを感じている。(あの稿はもう一日くらい寝かせてから出したかったが、三月十日に出したのはセレブ奥様ブログのコメント欄に僅かな痕跡が残る通り、本当に「焦っていたから」である。)
 …こんな調子で書いても仕方がない。続きは後回しとする。(聾文化や左手について旧稿で触れた記憶あり。)
 先ずは本稿タイトルを思い付く前に書いた内容から(↓)。…次稿は、これから書く。


●【No.7934補記】ただの連想。
 何気なく読んでいたところ、或る記述に目が留まった。~先ずは全文引用(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110416/edc11041608100003-n1.htm
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>【第9回産経志塾】
>作家・佐藤優氏 困難を克服できる日本人
>2011.4.16 08:09 (1/3ページ)
>第9回産経志塾 講師として作家の佐藤優・元外務省主任分析官が招かれた=26日、東京本社 (寺河内美奈撮影)
> ギリシャ人は2つの時間があると考えた。「クロノス」は時系列な時の流れ、「カイロス」はある出来事によって歴史や人生の意味が変わる瞬間。2011年3月11日は、私たち日本人のカイロスとなった。
> 新しい日本を作りつつある今、このカイロスと対峙(たいじ)して根源的に、命とは何か、日本は存在する意義があるのか、日本人とは何かを考える必要がある。日本人は、国家の危機を団結して乗り越えてきた。
> 日本が終戦後、基礎にした欧米的な近代主義には「合理主義」「生命至上主義」「個人主義」の原理がある。これらの原理では解決できないことに直面している。近代主義を超克しなくてはならない。日本人はこれを乗り越える力をもっている。今、震災の現場では、わが国のために命を差し出す人たちがいる。
> こういう時には文学の力を借りる必要がある。小説「塩狩峠」(三浦綾子著)は、暴走列車を自らを犠牲にして止めた鉄道職員の物語。考えてからではなく、体が自然と列車の前に動いた。思想即実践、実践即思想。この中に、私が考える大和魂、日本精神がある。
> 明治天皇の有名な歌に「敷島の大和心の雄々(をを)しさは 事ある時ぞあらはれにける」がある。16日の天皇陛下のビデオメッセージでも、この「雄々しさ」という言葉を使われた。天皇の言葉に人々は大和魂が揺さぶられた。日本の根源的な力を信じることが大事なのだ。
> メメントモリ(死を思え)という言葉がある。戦前の学者、田邊元氏の「死の哲学」を読むといい。原発事故が起きた。電気なしでは生活できない時代は、常に死のリスクを伴っていることを認識しないといけない。
> 戦前のエリート教育を記したものには「統帥綱領」「総帥参考」がある。こういった豊かな遺産から学び、新しい本物のエリートになってほしい。必要なのは擬古文が読めること、国際情勢の分析ができるよう数学ができること、そして英語だ。
> 今、政治に力はない。ただし政治家は、民主的な手続きで選ばれている。彼らのだらしなさには、私たち日本人のだらしなさが反映している。勉強は自分のためではなく、国家のためで民族のためだという危機意識があれば学力はのびる。地域、商業活動、研究所、役所…どの集団にも指導的な役割がある。その指導者に自覚的になっていってほしい。
>                   ◇
> ≪Q&A≫
> Q 日本の大学は、エリートとして通用する人間を育てられるか
> A 神学部のある総合大学がほとんどないのが問題だが、日本の大学教育は死んではいないと思う。基本的な哲学書を読めば急速に教養レベルがあがる。
> Q 独自の外交ルートを作れたのはなぜか
> A 仕事の上で友達を作るコツは簡単。約束を守るに尽きる。
> Q 学生は今、何をやるべきか
> A まず、きちんと寝て健康を維持する。中高生は学校の勉強をなめず基礎を固めておき、復興のために役立つ人間になること。
> Q 国をよくするために何をすればいいか
> A 税金から給料をもらう「臣」か、自分で稼ぐ「民」かで変わるが重要なのは能力と適性。一生懸命仕事をすることで社会が強くなり、それが国家を強くする。自分の居場所で、一人一人が社会に貢献していくのが大事だ。
>                   ◇ 
> ≪塾生コメント≫
> ▼明法中学、千葉陵平さん(14)「日本人の根幹をなす精神の強さと奥深さを、『塩狩峠』の話を例に教わり、感動した。何をするにも、まず勉強しなくてはならないことが分かった」
> ▼慶応大学、佐藤まい香さん(20)「日本という国にプライドを持つこと、戦前の歴史、書物を学ぶことが非常に大事だと実感。思想は、さまざまな事象に大きな影響を与える。積極的に学んでいかねばならないと痛感した」
> ▼自営業、小山貴之さん(27)「内部事情の話を聞くことができてうれしかった。『大和魂で、絶対に日本を復興させなければ』という信念で、これからの人生を歩んでいかなければと思った」
> ▼会社員、形見健太郎さん(28)「『東日本大震災において、われわれ日本人は限界を超克できることを証明した』という話にとても勇気づけられた」
>                   ◇
>【プロフィル】佐藤優
> さとう・まさる 昭和35年、東京都渋谷区生まれ。51歳。同志社大学大学院神学研究科修了。60年、外務省にノンキャリアの専門職員として入省。ロシア語を研修で選び、同年5月に欧亜局ソビエト連邦課に配属。62年、モスクワ国立大学言語学部に留学。63年から平成7年、ロシアの日本大使館に勤務、10年には国際情報局分析第1課主任分析官。また、東京大学教養学部の非常勤講師(ユーラシア地域変動論)も務めた。主な著書に「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社刊)、「国家の自縛」(産経新聞出版刊)などがある。
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 目を引いたのは、「近代主義を超克しなくてはならない」との記述。初めはボンヤリと読み流していた。暫くすると「必要なのは擬古文が読めること、国際情勢の分析ができるよう数学ができること、そして英語だ」と書いてある。なぜ擬古文なのか。~文脈上は「統帥綱領」「総帥参考」といった書物を指す。多分それらが擬古文で書いてあるのだろう。普通に読めば、書字時代から活字時代に移った後の「古文を擬した」書物という事になる(「古文」そのものまで遡るとは限らない)。
 ここでの近代主義は終戦後に導入された。それを超克するには「文学の力を借りる必要がある」らしいのだが、そこから話は戦前へと舞い戻る。また「戦前」が近代に含まれる場合、近代は戦前と戦後に区画される事になる。どうやら苹は、「近代主義」という語彙が指し示す内容の幅に引っ掛かったらしい。~言い換えるならモダニズム。辞書を見ると対置されるのが伝統主義(トラディショナリズム)だそうな。あたしゃてっきり古典主義(クラシスム)かと思ってた。こちらはロマン主義と対置するらしいが、昔『書道講座』(二玄社)で西川寧が「クラシスム」を云々していたからだろうか、しっくり来ない面はある。またモダニズムの後にはポストモダニズムと呼ばれる区分もあり、ややこしいと云えばややこしい。なおかつ歴史で近代と云えば、後に続くのは現代。そんなあれこれが「近代主義」を迷わせる。
 昔から「英語が重要だ」と学校でさんざっぱら教えられてきた。苦手な身としては「たかが言語の一つじゃないか、ドイツ語やら何やらはどうした」と思いたくもなる。現に私は英語圏の文化を余り好きになれない。音楽は大抵ドイツかイタリア。テレビで初めて見たビゼーの歌劇《カルメン》はフランス語でなく小澤征爾の振る日本語上演だったと記憶する。差し詰めハバネラの歌詞はこうだ。「恋は気儘なの、掟なんかありゃしない、私を嫌うなら、愛してあげるわ」…すると続けて兄さんがた、「愛して!」と合唱する。続けてカルメン、「私を嫌いな男は好き、好かれた男はご用心」と歌う。ベートーヴェンの第九でも異様なFM体験をした。これも指揮は小澤だったかな。歌詞は全部、中国語に翻訳されていた(仰天)。
 言い訳にゃならぬが、ともかく外国語は会話や読書の対象にならないのが実情でござる。なにしろ様々な邦訳がある。こちとら青森の田舎者だ。会話するにも相手がいない上、喋る内容が相応の語学力を要求するとなると挨拶程度では済まない。「邦訳で『ファウスト』を読んだが、ホムンクルスがよく分からない」なんて話を(ドイツ人でなく)アメリカ人と交わすのかい。それとも三沢基地近辺にのこのこ出かけて行って、「小学生の頃に原爆や水爆の作り方を読んだけど、ウラン235を使う広島型とプルトニウム239を使う長崎型では使い勝手に違いはあるの?」なんて話でもするのかい。今なら…そうだな。「潜水艦や空母は原子力を使ってるけど、事故や攻撃でダメージがあった場合、原発とはどんな閉鎖方法の違いがあるの?」とでも問いますかね。…そう云や先日、こんなの(↓)を行きつけのブログに書いたっけ。前半略。
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>(余談)
> 「日録」読んで思い出した。日本に原潜はないけど、原船「むつ」なら昔あったんだよなあ(…あの船は今?)。真逆、あちこちに原子力発電船を浮かべたら津波対策になる…なんて事はないよね。電力の無線送信なんて技術はないだろうし(これが文字通りのデムパ発言!)、送電ケーブルの緊急切断と即時出航なんて芸当も現実的とは思えないし。まかり間違えば漁船みたいに津波上陸して破滅的危機の同時多発と相成っちまう。…米の原子力空母ならどうするんだろか(次の地震に伴う津波が横須賀寄港中の空母を襲い、ビル群を破壊しながら原子炉爆発?)。
>【2011/04/16 06:35】 | # [ 編集]
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 …閑話休題(汗)。
 どんな返事があるにしろ、外国語のそれを聞き取れるほどの耳は持ち合わせていない。ならば筆談か。漢文ならどうにかなるかも知れないが自信はない。数学も正直よくワカラン。例えば禰津和彦『書道心理学入門』(木耳社)で興味を持って、岩下豊彦『SD法によるイメージの測定』(川島書店)を買った所まではいいけれど、中身が数学だらけでチンプンカンプン、早々にお蔵入りとなった。因みに禰津氏は約二十年前の出版当時、東京都立狛江高等学校の校長(定年退職間際?)。時は現代、それだけ書道教員への要求水準は高いのだぁ。ぼちぼち各地で教員採用試験の実施要項が出揃う頃だが、かてて加えて「敢えてレベルの低い授業、もしくは歪曲教育をする」胆力、忍耐力までもが要求される。
 「メメントモリ(死を思え)という言葉がある。」~この言葉を、書教育にも適用してみたい。

 学校で研究するのではなく、学校を研究するには、時として学校が邪魔になる。学校で学校を研究する場合、時として学校の邪魔になる。その辺が難しい。学校の邪魔にならない場合に限り、学校で学校を研究できる。学校は研究者を飼育するからだ。そもそも学校で研究が許されているとは限らない。研究してもよい事と、研究してはいけない事。その境界を見定めないと、学校という組織に自分を同化するのは難しい。
 「想定外」という言葉がある。最近よく聞く常套句だが、遣い方によっては「想定内」との間に危険な断層を生じさせてしまう。割れ目にはエロティシズムが垣間見える事もある。期待される恍惚感が絶望的なまでに唆される時、そこでは絶望そのものが甘美となるだろう。つまり「想定外」と「想定内」との間に境界はなく、甘美な何かへ向かう点では共に軌を一にする。排除されるべきは断層の方であって、そこを埋める事によってのみ、言葉もまた無事に埋め立てられるだろう。断層が埋葬されるのか、断層に埋葬されるのか、共に対象を見定めるのは難しい。

(以下未執筆~続く)
3:苹@泥酔 :

2020/03/23 (Mon) 21:27:10

8【再掲】批評と臨床(其二) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:16:04

【再掲】批評と臨床(其二)
7952 批評と臨床(其二) 苹@泥酔 2011/05/05 19:03

(続ける)

 いま私は、「割れ目にはエロティシズムが垣間見える事もある」云々と書いた。この「割れ目」、ひいては断層の見え方を、ここから先は「裂け目」という言葉と共に読み替える事とする。~以下は檜垣立哉『ドゥルーズ入門』(ちくま新書)P.195の記述。引用文中の略号「LS」は『意味の論理学』原著を指す。
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> そして第三に重要な点は、こうした「裂け目」を、ドゥルーズは「死の本能」=「タナトス」と表現していることである。これは遺伝されるものが、「裂け目」である以上、それが示す無というあり方を考えれば妥当であるだろう。またこれは『意味の論理学』の表層論における、脳のスクリーンにおいて(『差異と反復』での「第三の時間」を受けながら)「裂け目」が内化されることと内容的に重なってもいる。しかし、生命であることを示すのに、死の本能をもちだすのは、これもきわめて精神分析的な色彩を帯びた展開である。死の本能とは、「他の本能と並ぶ本能のひとつではなく、その周りにあらゆる本能が群がる裂け目自身」(LS 378)なのである。他の本能が「よく話し」「雑音」を立てるのに対して、死の本能は「沈黙」している。
> 死の本能が生命そのもののことであり、それこそが、個体から個体に繋がれる「裂け目」であること、それは、生命とは死するものであるという記述としてはよく理解できる。しかしそこでの死が、たんなる空虚なイメージのみで捉えられてしまうと、それと生殖質としての遺伝の意味が、あるいはそれが自然史に繋がることの内実が、よく語られえないともいえる。
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 上記引用を敢えて拙稿にこじつける必要はない。とは云え前稿末尾に連ねた部分~これから何を書き始めるか全く定まらぬ時点で最初に書いた二つの段落~で、私は「期待される恍惚感が絶望的なまでに唆される時、そこでは絶望そのものが甘美となるだろう」とも書いた。絶望と希望の間に境界はなく、むしろ連続する流れの位相変化であり、そこに断層を見出す事で横断性が推認されたり否認されたりする。例えば一元論と共立可能な二元論を、敢えて素直な二元論へと整理する事により、共立不可能な領分が「元からそう在った」かのごとく浮かび上がる。
 或いは曲解含みかも知れない。~「漢字と仮名」と書くだけで二元論の振る舞いが想起できる様に。漢字を漢字として書いたものと、仮名を漢字の姿で書いたもの。どちらも見た目は漢字であろうが、機能は明らかに異なる。仮名の機能が漢字の姿に遺伝し、漢字の姿が仮名の痕跡・来歴となって遺伝し、仮名として書かれた姿から漢字への遡行がなされなくなった段階で機能優位の断層がリアルな既成事実となりながら、漢字と仮名の双方に「裂け目」を内包するよう「国語の論理が」押しつける。そして他方ではヴァーチャルとアクチュアル、リアルとポッシブルがそれぞれ対となって結び付く。
(註。~この辺のややこしい話は、差し当たりズーラビクヴィリ『ドゥルーズ・ひとつの出来事の哲学』(河出書房新社)巻末の「訳語対照リスト」を参照した方がよいかも知れない。訳者は小沢秋広で、こう書いてある。「actuel―virtuelとreel―possibleの連関と区別は、ドゥルーズ哲学の中心要素のひとつだが、これは日本語に限らず、通常の言語が行う区別との交錯からも、これまでのところ満足に訳し分けられていない。またドゥルーズの著作において、actualisation、effectuation、realisationは対象や文脈によって使い分けられているが、論理的には同じグループに属する語群である。ズーラビクヴィリは、realisationを避けeffectuationで一貫させている。」)
 ドゥルーズのジャルゴン(?)は見方や考え方を刺激してくれるが、フランス人の思考を忠実になぞれるほど苹に理解力がある訳ではない。もし齟齬・誤解・曲解があるとしたら、そこにこそ日本人たる苹の思考との差異がある事になり、むしろ解釈の手懸かりとしては望ましいと云えるだろう。


●「手遅れ」の自覚
 先日、セレブ奥様ブログ(↓)でこう書いた。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1100.html
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> 追記。~その後、検索してみました。
http://big5.ce.cn/kjwh/scpm/tzjb/zhgsh/zgshgd/200910/12/t20091012_20179471.shtml
http://tc.wangchao.net.cn/baike/detail_2026728.html
> これらの雅印と比べれば、真贋はよりハッキリするでしょう。よく見えませんが、私は奥様の画像を真蹟と見ました。出来は良い方と思います。上記サイトのは上の字がより小さく、下の字(対聯)がより大きい。奥様のはその中間で、かなり書きやすい大きさです。
> あたしゃ芸術系の人前で書いた事はないけれど、教育系の書風で書く半切二行や三行が実は一番ラクでして…(汗)。と云うのは、芸術臭くしなくて済むからです(悪く云えばルーティン、マンネリ)。昔は皆そんなのをやってきました。本来は実用ですから。それが今では、いかにも義務教育らしい幼稚なのばかりやらされ、中間がスッポリ抜けたまま、高校でいきなり芸術書道をやらされる。(だんだん愚痴になってきたな…ま、いいか。)
> なにしろ本来の勉強をさせる時間が想定されてませんもの。例えば最初は半紙に二字から六字で楷行草や仮名。だんだん三行、四行と増えていき、手紙文(草書や変体仮名交じり)や履歴書をやる頃には半切二行程度のや古典臨書(高校の「書道Ⅰ」レベル)が始まっている。別に初めから芸術書道と並行しても構いませんが、楷書から行書単元に入る段階では予め書写体に慣れていた方がよい。それが行書の基礎に繋がるからで、逆向きに見れば嘗ての行書先習論となる。
> こうした基礎があるのとないのとでは、真贋に関係なく質を大きく左右する。つまり良質な贋作というのもある訳で、「基礎が疎か」ってぇのは即ち「贋作をつくる能力すらなくなる」事を意味する。かてて加えて郵便局員は草書が読め、銀行員は印鑑を判別できた。そのレベルから奥様の画像を見た次第。骨董の厳密なレベルではありません。
> されど(失礼ながら)粛親王レベルなら、そもそも贋作をつくる動機にならないのでは、と。…片や、贋作が得意な支那人側から見ればどうなるか。上のサイトの解説参照(娘がどんな扱いになっているか)。
>【2011/04/23 21:02】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 私は書教育に今、「手遅れの自覚」が必要だと思って居る。…そんなの、云われなくても誰だって分かっているだろう。だから開き直る。そこに苹はモダニズムを垣間見る。過去への追憶と訣別、もしくは過去への追憶との訣別。そこから先に近代、ひいては未来が開かれていく様な気がした。
 今世紀に入った頃、巷では「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書検定合格が話題になった。大方は危険視したらしい。軍国主義への回帰、戦前や戦争の正当化、天皇制賛美、マルクス主義への敵視。ざっと見た印象は大体そんなところか。苹のごときノンポリにとっては初耳の「マルクス主義」をどうのこうの云われてもねぇ…。残念な事に、私が超克すべき対象はモダニズム以降の方だったらしい。それより前の歴史が重要だった。そうした意味で当時の名誉会長「西尾幹二」の著作は大いに魅力的と映った。私にとっての「西尾幹二」は、最初=九十年代後半に読んだ『教育と自由』(新潮選書)の著者であって、当時の印象それ以上でも以下でもない。やがて「つくる会」が出来て、従前とは比較にならぬくらい西尾先生は有名になった模様(…と素人目には映る)。
 そんな西尾本を後々あれこれ読んでみると、歴史への視線は苹の興味範囲を遙かに遡っている。それが却ってマズかった。意識内で「モダニズム」へと至るべき言葉が「マルクス主義」とすり替えられ、つい先日まで違和感が燻り続けた。苹の中では言葉の上で意識されていなかったモダニズムに対して批判的と映った「ポストモダニズム」を、どうして保守派の方々は論難するのだろうか。そこが理解できぬまま今世紀最初の十年が過ぎていった。私が読んだドゥルーズは、必ずしも国家を否定していない。ひたすら独創的に分析している。そこに戸惑いがあった。もしかしたら日本の保守派とは、明治以降のモダニズム推進派(伝統否定派?)を指すのではなかろうかと。ならば保守派は伝統派の敵となり得る。尤もこれは、仮に苹が伝統派であるならば、の話だが。にもかかわらず苹は、(彼らに限らず敵対する立場にも)伝統を保守する態度に何かを期待しているのである。

(続く)


(補記)
 以下、前掲「2011/04/23 21:02」稿と通底する印象を持った産経記事を引用する。…ただし苹の夢想する指導に望ましき効果があるとは限らない。現代国語優位のモダニズム教育にとって歴史への回帰は不要かつ有害であり、書字を活字に翻訳した上で古典意識を根底から歪曲する方が指導の整合性は保たれる。(それを私は青森県の高校教員時代に学んだのである。)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110430/edc11043007460001-n1.htm
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>【解答乱麻】
>TOSS代表・向山洋一 効果のある指導、ない指導
>2011.4.30 07:44 (1/2ページ)
>TOSS代表・向山洋一 
> 教師の指導には、効果があるものとないものがある。効果のない指導をいくらやっても駄目である。
> 例えば、跳び箱がとべない子への指導だ。「手をもっと前について」「思い切ってジャンプして」などと指導するが、すべて効果はない。
> 私は跳び箱がとべない子を3分ぐらいでとばせられる。20年ほど前、ほとんどのテレビで実演した。誰でもできる方法だ。これを知らない教師は、不勉強といっていいだろう。
> 人気テレビ番組で、「立ち幅跳び」でたった5センチしか跳べない主婦が一日で激変した。それまで、何年も家族で応援したのに、練習したのにどうやっても5センチだった。
> TOSS体育授業研究会の根本正雄先生が2時間教えて激変したのである。2倍、5倍増えたのではない。何と29倍。1メートル43センチをとんでしまったのだ。テレビを見ていた人も多いと思うがこれが指導力である。
> 指導は、粗く言って3段階である。
> 第一は、やり方を教えること。教えられる側は「分かった」となる。
> 第二は、やり方を身につけること。「できる」という状態になる。
> 第三は、やり方が十分に身につくこと、習熟である。「大丈夫」となる。
> 大切なのは、第一と第二のステップだ。「やり方」が分かり、「できる」となることだ。力量のある教師は、そこを大切にする。力量のない教師はそこをおろそかにする。
> 「教えて、ほめる」が力のある教師、「教えないで、叱る」のが駄目な教師である。
> 「計算」や「漢字」を教えるのに、毎日「ドリル」や「プリント」をやらせて、点検する教師がいる。
> 親は「勉強している」と思うが、この方法では、学力はつかない。
> 第一と第二のステップがないからである。ソロバンの指の使い方を教えないで、毎日、宿題に練習させているようなものだ。
> 同様に百マス計算も効果がない。
> 第一と第二のステップがないからだ。「教えないで、ストップウオッチでおどしている」のである。
> 百マス計算をとり入れた全国の1千校ほどを調査したが、ほとんどなくなっている。効果がなく、算数の授業時間がつぶれ、発達障害の子供たちが反乱したからである。
> 計算も漢字も、授業の中で、できるようになる。毎回、5分ほどでいいのだ。ほとんどの子が満点をとる。私は「ドリル」の害を見て、授業中にやる「漢字スキル」「計算スキル」を発明した(商標は私が持っている)。この教材は、授業中使うのだが、全国に燎原(りょうげん)の火のように広がった。宿題なし、“のこ勉(居残り)”なしで、算数市販テスト平均90点以上が続出しているからだ。
> ここで、漢字指導に悩む母親のためにアドバイスをしよう。
> 1年間でおよそ150の新しい漢字を習う。毎日1文字マスターすればよい。この時、簡単な方法がいい。1日1回、食事前の2分間でよい。教科書の中の新出漢字を毎回2文字出題する。答えは空中に指で書かせる。その時、筆順も言わせる。
> 「山」なら「イチ、ニーイ、サン」となる。できなければ、テーブルの上で練習させて、できたら食事にする。1日2分間の指導で、苦手な漢字を克服した親子が、何千人もいる。
>                   ◇
>【プロフィル】向山洋一
> むこうやま・よういち 30年以上の教員経験。代表を務める「TOSS」(教育技術法則化運動)は全国の教員約1万人が参加。
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8【再掲】批評と臨床(其三) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:19:43

【再掲】批評と臨床(其三)
7954 批評と臨床(其三) 苹@泥酔 2011/05/08 05:24

(続ける)

 何を以て伝統と見なすかは難しい。例えば阿国の踊りは伝承されていないが、後の歌舞伎は伝統文化の扱いを受けている。元の踊りは既に途絶えた。にもかかわらず伝統は後になればなるほど培われていくためか、その間の蓄積に伝統の在り方が内蔵されているのかも知れない。ならば起源にさしたる意味はない。ところが遠く隔てた後の世から起源をあれこれ考証し、それをさも真実であるかの様に信じ込む向きが少なくない。真実など誰も分からない。ただし人の一生に於てのみ、隠れた来歴としての真実はどうにか忖度し得るらしい。それらの集合が社会の文化的背景となる。言い換えるなら、たとい捏造された文化であっても、それが蔓延した時代にとっては、捏造されたものこそが真実である事を敢えて認めねばなるまい。しかし、だからと云って捏造を正当化する理由にはなるまい。捏造が捏造である理由が那辺にあるかを検証する所に学問は宿る。
 楷書がくずれて行書、更にくずれて草書となった。~これが嘗ての常識だった。考証が進むにつれてそうでなかった事が明らかになったのは百年ほど前であり、それ以前の常識を覆した時点で常識は破壊された事になる。ならば百数十年前の常識を顧慮する上で「今の常識」は要らない。それが私の見た「西尾幹二」の基本姿勢であった。氏から学んだのではなく、氏の姿勢と合致したのである。だから私の守備範囲でない学問については必ずしも氏を支持する必要はないし、また軽々に支持してはならない。畑違いの「つくる会」会員にならなかった理由がそこにある。学ぶ事と信じる事の間に違和感を感じたら、納得できるまで違和感の原因を考えねばならぬ。これを哲学と云う。苹にとって書道は哲学である。
 …さて。
 言葉を書いているのに、言葉で説明できない。言い換えるなら、言葉を書いているのに言葉で書けない。そこから言葉が抜け落ちて、ただ文字だけが残る。字を書いているのに字で書けなくなると、字を強引に征服する態度の方が「不言実行」の幻想と重なり始める。するとひたすら「書く」という行為が稽古の中から浮かび上がり、何も考えず無心で書くかの様な心地が感じられてくる(カンフー映画に曰く…「考えるな、感じるんだ!」)。
 そんな筈がないではないか。考えるから無心になるのが本当ではないか。書く言葉の内容に集中すると、「字形、呼吸、リズムはどうするか」など一々気にして居られなくなる。書字体験の蓄積が逆に作為を受け付けなくなり、却って「お里が出る」羽目になる。無心の中に「お里」があり、ひょっこり迂闊に顔を出す。だから抑も無心をコントロールできる訳がない。「無心で書く」のが何か重要な事に思えてくるのは、無心で書こうとしない逆説的態度が「作品」の作為に反映しているからだろう。ゆえに書を「作品」と呼ぶのは冒涜である。他方、嘗て日下部鳴鶴は「書は神術である」と云ったそうだが、どう解釈しようと~或いは冒涜と見なそうと、それが正しいとは限らない。今は「作品」という囚われの時代である。芸術を名乗る事への囚われから、「作品」は作者/筆者/著者を精神分裂状態へと誘い始める。
 こうした歴史的「手遅れ」の状態を予め自覚した上で、数多ある過去の立場に向かうか、未来志向の現実に巻き込まれるか、それ以外かの態度を決めるくらいは、たぶん許されてよい。~ところで当初、「つくる会」の歴史教科書は東京都の特別支援学校で採用された。真逆(「マギャク」でなく「まさか」と読む)とは思うが、青森ではどうだろうか。青森市では翠軒系の三人、その前は八戸市や下北などで数人が退職もしくは急逝しているのに、高校書道教員採用試験は2002年に一度あっただけ(約二十年ぶり)。その次が今回の2011年、ただし高校ではなく特別支援学校の高等部。そこに何か、異様な気配を感じる。ただの思い違いであればよいのだが、それにしては聾、盲、精神薄弱などの幅が余りにも大きい。もし赴任先が盲学校だったなら、どんなふうに書道を教えるのだろうか。それを含めて苹は今、様々な可能性に思いを馳せ始めている。

(続く)


(附録)
 先日、「其一」の自稿引用箇所で原船「むつ」などに触れた。わざわざ出す必要はないのだろうが~以下、その後に書いた関連近稿を転載して置く。ただし長くなる。この手のネタに興味がない人は読み飛ばしていただきたい。書道ネタとは全く関係がない(単に苹の発想パターンと関係があるだけ)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1104.html
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> 名にし負う歴史認識のエクソシスト西尾幹二先生は(?)、必ずしも原発を否定していない…と私は読んでます。でなければ抑も、こんな事を書く訳がない(↓)。
>--------------------------------------------------------------------------------
>> 問題の第二は、今後、わが国の原発からの撤退とエネルギー政策の抜本的立て直しは避け難く、原発を外国に売る産業政策ももう終わりである。原発は東電という企業の中でも厄介者扱いされ、一種の「鬼っ子」になるだろう。それでいて電力の3分の1を賄う原発を今すぐに止めるわけにいかず、熱意が冷めた中で、残された全国48基の原子炉を維持管理しなくてはならない。そうでなくても電力会社に危険防止の意志が乏しいことはすでに見た通りだ。国全体が「鬼っ子」に冷たくなれば、企業は安全のための予算をさらに渋って、人材配置にも熱意を失うだろう。私はこのような事態が招く再度の原発事故を最も恐れている。日本という国そのものが、完全に世界から見放される日である。
>> 手に負えぬ48個の「火の玉」をいやいやながら抱きかかえ、しかも上手に「火」を消していく責任は企業にではなく、国家の政治指導者の仕事でなくてはならない。
>>産経新聞20113.30「正論欄」より
>--------------------------------------------------------------------------------
> 原発は生まれながらにして悪魔的かも知れない。それを「鬼っ子」に育てるのが誰か、先生は総て承知の上で書いている。鬼は否定から生まれ、なおかつ鬼子の親は鬼である。そんな親の身になってみれば、俺の鬼子がこんなに可愛いわけがない。だからと云って、鬼は鬼子を殺せるのか。鬼が鬼である事を自己証明するとしたら、それは所謂「このような事態が招く再度の原発事故」となって現れる。つまり西尾先生が危惧しているのは、「親の責任」を放棄するヒステリーに席巻される事なのではないかと。原発事故の当事者たる日本のみならず、その時は世界中が「鬼だらけ」になる?…否、そうはなるまい。日本だけが鬼として取り残されるかも知れない。そうした事態を先生は「完全に世界から見放される日」と表現している。どのみち日本が原子力を、アフターケアなき「現金な態度で」手放す事など世界が許す筈もない。
> 既に結論は出ている。生産性を失った場合の原発は、それ自体が日本の新たな負債となるのだ。先生は一見、原発に反対しているかの様に見えるかも知れない。本当に反対の立場を採ったとしても、それはそれで仕方がない。なぜならそれは、日本が新たな負債を抱えたという問題意識を直視する事に他ならないからである。後は生産性を犠牲にする覚悟を日本が持てるかどうか。…私は持てないと思う。ずるずる原発を再稼働するしかなかろう。そこが夢見る左翼と根本的に異なる。悲劇の受容に裏付けられた運命の自覚であり、この点で原発からの撤退を内包した推進が現実的には苦み走ってくる。安易な原発撤退は別の意味で日本人を鬼とし、そこから先は石油が再び鬼退治の道具となっていくだろう。
>【2011/05/03 18:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 一つ書き忘れてました。内容は前稿と似たり寄ったりですが、表現の照らす向きが違う。それは「しんがり」への眼差しという事です。負け戦で撤退する時、どれほど重要な意味を持っていたか。生きていれば次の戦で勝つ可能性もあるでしょう。そのための「しんがり」をただの犠牲、人柱として戦場に取り残す鬼畜ぶりが今も昔もある。むしろ今の方がひどいかも。軍勢の仲間意識なき人柱は、ともすれば敵に見えてきたりする。後方から迫る敵を阻んでいたら、味方の筈の自軍が前から攻めてきた…そんな立場の「しんがり」が討ち死にした直後、一体どんな戦闘が展開されるのやら。
> 原発から撤退する時、どんな形で「しんがり」は出現するのだろうか。給料を払いたくないから見殺しにするのであれば、そこでは「しんがり=鬼っ子」の構図が予定される事にならないか。軍勢には代替エネルギーで戦を始める手が残っている。ところが鬼っ子は死にきれない。怨霊、すなわち敵となって化けて出る。そう仕向けるのが誰なのか、西尾先生は原発反対派の中に見据えていながらも、自分が別の立場から反対派にならざるを得ないとしたら。~要は軍勢と「しんがり」の両方を天秤に掛ける形が、代替エネルギーと原発との間で既に出来上がっている。
> 平たく云えば二元論。そんなお膳立てにホイホイ乗せられる先生ではない。にもかかわらず傍目には、原発反対派を十把一絡げに取り纏められそうな気がせぬでもない。その方が好都合。反対自体が賛成派に利用され、警戒心が無関心へと従来通り吸い込まれていく。そこにも既に「しんがり」達は存在している。撤退するにしろ推進するにしろ、「しんがり」達の沈黙はエーテルのごとくしてそこにある。
> 私の名はメーテル…(おっと、いつもの妄想がぶり返してきやがった…ここらで擱筆。)
>【2011/05/04 05:04】 | # [ 編集]
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> 私の名はメーテル…宇宙を旅する女(冗談)…そう云や軍用衛星や宇宙探査機に、原子炉や原子力電池のがありましたなあ。カナダに墜ちた時は核燃料50kgくらい積んでたらしい。同じ原発だからって、チェルノブイリばっか引き合いに出されるのは迷惑だ(推定10tばらまき)。まして広島を持ち出すくらいなら、いっそカナダと福島を比べりゃいいのに。
> 見方を原発に限定するのは、世界中どこでも「都合の悪い事は隠したいから」じゃないのかしら。原子力潜水艦だって何度も事故を起こしてるじゃないか。それも原子力衛星も共にソ連のだった。どの国だって軍事情報は秘匿したいだろう。それを棚上げしてるくせに、どの面さげたのが「日本政府は情報を隠すから信用できない」と言ってるんだか。
> 民主党政権を庇う気はないが、政権打倒にネタを使い回す気もない。しかし情報秘匿への正しい認識(?)を阻むのが過度の平和主義だったりする点にも目配りはして置きたい。とは云え「まともなスパイ防止法ひとつない国だ、情報流出への対応が遅れたソニーに文句つけるな」って理屈が通用しない様に、原発情報をどこまで公開してよいか戸惑う場合とは、判断の迅速性に共通の問題が見られるのも事実。そこが自衛隊と違うらしい。
> スパイ防止法なき国とソニー、指導力なき政府と東京電力。どちらも並べて考えるのが躊躇われるのに、躊躇いの原因が別の感覚障碍を引き出してしまう。躊躇わずに並べればよいのか、並べる組み合わせを間違えているのか。…私の名はメーテル…妄想を旅する女…(冗談)
>【2011/05/06 19:18】 URL | 苹@ネカマ #SFo5/nok [ 編集]
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> 追記。検索し直したところ記事発見。元ネタは此処(↓)。
http://blog.goo.ne.jp/reym1234/e/7daa40518078314cf9e71f067c0e34f3
>--------------------------------------------------------------------------------
>>むつ政経文科新聞 第5号 昭和53年(1978年)2月25日発行
>>「ニュース」:原子炉衛星が墜落  人口密集地なら大惨事
>>1月24日、ソ連の原子炉衛星がカナダに墜落した。同じ日にベルギーで原子力発電所の事故があったが、原子炉衛星の大ニュースのため新聞での取り扱いも小さく、見落とされた方も多いであろう。
>>この原子炉衛星は、1カ月も前から墜落が予測されていて、大気圏に突入する際の角度によって日本に墜落する可能性もあった。しかし日・米・ソ・カナダなどの各政府は、いずれも「国民がパニック状態に陥ることを恐れて」事前に公表しなかった。わが国政府では国会の追及に答弁して、「対策の立てようもないので非常体制も取らなかった」ことを認めた。
>>ソ連では回収班の派遣を申し入れたが、カナダに拒否された。墜落と同時に米軍機がカナダに出動し大規模な捜索が開始された。カーター大統領は「人口密集地帯に墜落していれば、放射能汚染で住民に重大な影響が出たであろう」と異例の談話を発表し、米国防省では、「汚染地域を500年から1000年間、鉛で覆う必要があろう」と述べた。
>>26日にはカナダ国防相が「原子炉衛星とみられる強い放射能を検出した」と発表したが、翌27日にカナダ軍参謀長が「放射能探知は計測ミス」と訂正し、28日以降は報道管制が敷かれて、アメリカ、カナダ両国の首脳部の狼狽ぶりを軍部が押さえつけた形になった。その後次々と原子炉衛星の残骸が発見されて、「極めて危険な水準の放射能」を検出したものの無事に回収されたとして、この事件は闇に葬られようとしている。しかしこの事件勃発当時の各国首脳部の慌て振りと、軍部とCIAに操られた鮮やかな幕切れに、世界の人々は何とも割り切れぬ思いを抱いた。
>>ソ連の人工衛星は1970年にも爆発を起こして、テキサス州に金属片を降らせている。米国も過去2回、原子炉衛星の墜落を経験している。これらの事故は今回の事故があったために明らかになったことであり、その被害の程度は不明である。米国の消費者運動を推進しているラルフ・ネーダーのグループは「人口密集地に墜落した場合、40人が死亡、500人が負傷、500億円の損外と恐るべきパニック状態が出現したであろう」と語った。
>>墜落したソ連の人工衛星には60kgのウランが積まれていた。原子力船むつには2770kgのウランが積まれている。
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>【2011/05/07 02:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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8【再掲】批評と臨床(其四) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:23:14

【再掲】批評と臨床(其四)
7956 批評と臨床(其四) 苹@泥酔 2011/05/13 20:03

(続ける)

●特別支援学校の話
 青森県教育委員会のサイトで受験資格の項目を見ると、「特別支援学校受験者については、小・中・高各相当の校種・教科(科目)の普通免許状を有する者(特別支援学校教諭免許状の有無を問いません。)」と書いてある。~なぜ、特別支援学校教諭免許がなくとも構わないのだろうか。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_490.html
 ふと連想したのが昨年の高校家庭科教員採用試験騒動(記事画像参照↑)。受験資格にいきなり調理師免許が加わり、未取得者は事実上の「門前払い」となった。大学では教員免許を取得できるが調理師免許は想定外らしい。つまり新卒者は受験できず、新たに調理師免許を取得して次の機会を待つ事になるのだろう。また記事によると「県内の高校家庭科は、10年度採用で6年ぶりに募集があり」云々。ところが後日の記事では「調理師資格を持った教員が今回補充できた場合、当面は調理師免許を課さない従来の条件に戻したい」との見解が示され事態は混迷。
 言い換えるなら、今後は「調理師免許状の有無を問いません」の状態になるという事か。昨年は「有無を問う」当たり年だった。有無を問わないなら要項に書く必要はあるまい。それが書いてある場合(特別支援学校の様に)、これをどう解釈したらよいのやら。もしや募集そのものが「形だけ」なのではないか。民間では既に偽装請負などのノウハウが蓄積されつつある。
 例えば、こうだ。合格者以外の受験者は臨時講師になったりするだろう。つまり試験は人寄せパンダみたいなもので、本気で採用したい訳ではない(後に市教育長となった管理職によると「教育に芸術は必要ない」そうだ)。ところが採用されたい人は居る。青森では書道の場合、普通なら国語で受験すればよい。高校では皆がそうしてきた(だから試験の実施間隔が二十年以上でも、書道担当教員の多くは教諭になれる)。ところが書道の試験を実施するとなると、青森基準で考えれば既に採用予定者が決まっているか、ただの罠か、それ以外は考えにくい。~罠の場合、次の試験で必要な免許を増やせば受験させずに済むし人件費も抑制できる。
 或いは、口封じと飼い殺しを目的とする可能性もある。養護学校で普通高校レベルの授業は可能か。盲学校で書道の授業は可能か。聾学校に行くとは限らない。青森の常識では芸術科書道に「幼児のお習字レベル」が求められ、かつ国語との接続は予め否定されている。徹底して授業レベルを下げれば戦前クオリティへの接近が阻止できる(それが占領以来の伝統である)。視覚を必要としない書教育ともなれば事は重大。誰か先行研究の例を御存知ないだろうか。その程度は覚悟して置かなければ、青森の教員は務まらない。
 苹には未知の領域だが、少しずつ考えてみる…。

 盲学校。~全盲か、もしくは著しく視力が低いのだろう。
 文字としての認知に支障をきたす一方、身体運動としての可能性は残されている。高校の教科書とは別世界の指導になるだろう。生徒はどうだか知らないが、こちらは点字が読み書きできない。つまり共に読み書きできない文字を抱えている。ならば点字システムと漢字/仮名システムとの差異分析くらいはして置く方がよさそうではある。
http://www.yoihari.net/tenji/kanji.htm
 点字は「書くもの」ではない。…で、取り敢えず調べてみると驚き桃の木。点字から漢字へのアプローチも儘ならない(↑)。はっきり云ってチンプンカンプン。こんなのを白紙状態から学び始めるとなると、従来の書道絡みの研究をする暇がなくなる。仕事が研究を殺すだろう。ならば新たな仕事を研究するか。それが出来るほどの覚悟はあるか。
 相手が中途失明なら、漢字イメージの記憶に期待の余地がある。しかしどのみち、生徒は自分の書字結果を識別できないだろう。ならば結果でなく書字過程を重視する事になるのだろうか。それも結局は記憶に封じ込まれた視覚イメージの領分で、こちらが彼らの空間把握方法を知らないと空回りに終わる筈。そこで更に調べてみると…(↓)。
http://www.edu.city.yokohama.jp/sch/ss/yokomou/eyes/eye/hokou/nerai/index.html
 座標としての身体を起点とした上での、所謂「心的地図」の優位性が書道では重要となるだろう。ここでは「書く」行為に伴う書字順序(筆順記憶)と位置関係(行為記憶)共々が音楽的に消えていき、痕跡としては「見える」他者にしか残らない。そこに鍵がありそうではある。例えば、盲目オルガニストのヘルムート・ヴァルヒャは如何様にしてバッハの楽曲を覚えたのか。…想像するところ正面に数段の鍵盤があり、足下にはペダル鍵盤がある。その位置は決まっている。ならば演奏行為自体にさほど支障はなかろう。あたしゃ楽器は弾けないが、耳にする音と鍵盤との対応関係が範列的に把握されている事に変わりはあるまい。しかし書道に鍵盤はなく、むしろ記憶の中で空間は作り出される。沈黙の鍵盤(空間動作の蓄積自体)を、時には触覚で把握する事になるだろう。
 身体は空間と繋がっている。空間の中で動く身体そのものが記憶となる。ところが身体は別の道具で空間から分かたれている。その道具が毛筆で、云わば義肢の様な役割を果たすだろう。義肢の先に無数の指がある。自分の手には五本の指があるが、義肢の指は数百本。それが縺れ、ばらけ、纏まる。…私ならどうするだろうか。先ず、彼女の手を握る(「彼」とするよりは想像しやすかろう…汗)。互いに指を絡ませ、感じあい、指先に集中する。指が紙に触れ、その感覚をモデルに筆鋒を想像する。類似関係(メタファー)にある指の感触の気持ちよさは、この際おそらく性的な隣接関係(メトニミー)とならざるを得まい。それが空間で「書かれる」時、空間と筆は包含関係(シネクドキ)で結ばれる。
 …どう見ても危険である(苦笑)。教師と生徒が「触りっこ」するんだぜ。考えてもみい。巷間なぜ童貞喪失を「筆おろし」と呼ぶのかを。行為が危険なのではなく、感覚が危険なのである。一本の玉茎、五本の指、数百本の筆毛。こんな事は考えたくないかも知れない。教育者としては当然そう思ってよい筈。しかし相手は目が見えない。どうやって世界を感じるのか。どうやって感じさせたらよいのか。~ところが実際は感じさせた途端、教員は退職に追い込まれるだろう。そうなるくらいなら、初めから生徒に理解させない方がよい。つまり教育には不可避の不作為が前提される。それを苹は、罠と云っているのである。
 自分でもあれこれ考えながら書いてるうち、こんな話になっちまった事に驚いている。そんな話になる筈ではなかった。もっと品よく纏めたかった。でも仕方がない。さっさと次の話題に移ろう。

 …養護学校。所謂「精薄」。
 まだ碌に調べてない。実は調べたくもないし、考えたくもない。感情や感覚に正直なのは凡そ想像がつくものの、その点に踏み込むと苹の場合ややこしい事になりそう。よって保留。精神薄弱と精神病は違うのが、勝手の違う原因の一つである。精神分裂や病跡学の本なら手元に数十冊ある分だけ、こちらとしては却って混同しそうになるのを恐れる。

 聾学校。~これも今は込み入った話に関わりたくない。盲学校について少し考えただけで、充分「余計なお世話」となっちまった様な気がするからだ。ゆえに今回は念のため旧稿群から(No.7658と7659参照↓)、聾文化に少しだけ言及した二つを引用・抄録するに留める。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_tree?base=6785&range=1
 聾者に推察される「音声を必要としない」領分については、漢字文化が日本語/仮名文化に移行する際のフレキシビリティと絡めて考える余地があると思って居る。この場合は漢字文化の方が聾者となりゆく「予定者」であり、嘗ての大陸発音が日本との間で乖離するにつれて、聾的性格は比例増大した…と見ている。
 以下、引用開始。~なお、続きを書けるか否かは未定。それだけ当方、青森県教育界への不信は根強い。
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>142 「解放」待ちのインテルメッツォ 苹 2004/04/12 02:05
>  先日、西尾先生から「ふときずいたのは、かって唯一の共通語は文語だったことです。口語は互いに通じなかった。関係があるのでは?」との御助言を頂戴しました。今夜はこれを酒の肴に、言いたい放題やらかそう(「おちょくり板」向きの書き込みで恐縮…)。
> あれはどれくらい前になるだろう?~連続ドラマ「国語元年」の初回放送を見た時の印象が残っていたためか、その後しばらくして国語国字問題に興味を持ちました。先般のBSでの再放送もただ懐かしいだけでなく、面白いものは面白いと感じました。
> 初回放送の頃の私は確か、吉幾三が「テレビもねぇ、ラズオもねぇ…」と喚くのを聴いて居りました。「ラジオ」や「ラヂオ」ではなく、「ラズオ」か「ラヅオ」に近い発音だったと記憶しています。実際の発音に近い表記は難しく、ゲーテとかギョエテの例もさる事ながら、七年くらい前の高校英語教科書に出てきた指揮者のMitropoulosなんかは「ミタラパラス」と発音されていた様子。生地ギリシャではどんな発音になるのやら。日本のレコード雑誌では「ミトロプーロス」と表記している旨、話題を英語の先生に振ってみましたが、あまりピンと来なかった様です。
> 夢は枯野をかけ廻る。~昔、鮮魚市場に行ったら「筋子」がありました。そればかりでなく「すずこ」もあった(笑)。どうやら「筋子」は「スジコ」「スズコ」の両方で通じる様です。これには大いに感心させられました。二つの音声を一つの漢語で取り纏めるとは、なんと見事な翻訳システムだろう。方言のままの姿を包摂しながら共通語の体系に収束させる上で、漢語だらけの和文はさぞ役に立った事だろう…と。
> 当初は戸惑った「すなそば」だって、文字に起こせば「支那そば」となる。或る校長は定年退職の挨拶で、「コレカラハ、チチイヂリデモシマス」と云ったそうな。「土いじり」の単なる訛りが、色に狂って「乳いじり」するみたいに聞こえる。何年経っても忘年会の酒の肴になる。
> …ところで、文字言語には別の効用もありそうです。音声言語もまた然り。嘗て、盲人ヴァルヒャは努力して立派なオルガニストになったとか。今は日本人の盲人ピアニストも活躍中。
> これらの事例と同様に、実質的な「聾」的性格を惹起する音声言語の鏡像的差異は、間断なく~今も昔も地方も中央も飛び越えながら、文字言語を反復的・創造的・免疫的・補完的に「共通語」化し続けると思うのです…。音声言語が必ずしも文字言語を必要としない様に、文字言語だって必ずしも音声言語を必要としない。そこに私は、ロミオとジュリエットの間に生じた「憧れ」と似通った横断への動機・契機を感じ取っています。
> 具体的には~戦中・戦後のケースで云うなら、山本有三あたりが提唱したルビ廃止への動きが影響しているのかも?
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>155 二題 苹 2004/04/13 02:38
>  先ず、前稿で書いた「聾」的性格について補足します。~下記引用は『ろう文化』(青土社)P.219~220。対談「ろう演劇と言葉」(米内山明宏・多木浩二)から。
>--------------------------------------------------------------------------------
>米内山 私としては、手話が言語として確立されたものであるのか、あるいはその途中であるのかどうか、それは問題ではないと思うのです。ろう者にとっては自分の持つコミュニケーションの方法は様々ですから、つまり日本語と比較するということは考えていません。勿論、「日本語と比べて手話はまだまだ確立していない、これから沢山作らなければならない」と比較する人もいれば、「手話は言語としてきちんと成り立っている」と考える人もいます。
> 日本語と同じように、手話も次々に移り変わってきています。ろう者の手話は、手で現す語彙の問題ではなく、顔の表情・目・顎の動き方・身体全てが言葉になるわけで、そういうことに皆気がついていない。手話は「手だけで表す言葉」と考えられ、手に集中しているようです。それで語彙数を計算してみれば少ない、ということに行き着くのですが、そうではなく、手の動きは一つであっても、顔や身体の微妙な動きによって言葉の意味に違いがあるわけです。ですから、手話として確立されたものかどうか、私としてはまだ意識していません。
> 日本語、そして声の歴史は非常に長いものです。それは十分にわかっていますが、正直言って、私は声の世界が理解できません。例えば、聴こえる人は「良い」と言ったときに、その声をそのまま「良い」という言葉で活字にする。それを見ても、どういう意味なのか理解しがたいところがいくつもあります。聴こえたことによってわかる言葉が沢山あるはずです。ろう者にとっては興味のない、というよりは、かけ離れた世界のように見えるのです。でも、それを知らなければいけないし、日本にいる以上は、日本語を理解しなければならない。とは言っても、ろう者として使う日本語ではないものは、自分の中で自然と省いていく場合もあります。ろう者としては、口話は借り物で、口話を借りて覚え、また、日本語を漢字から借りて表現する、というように、借り物の言語のような感じです。それで確立するかどうかは、今後右往左往していく中で決定づけられていくのではないかと思いますが、言語としての確立は非常に難しいですね。
>--------------------------------------------------------------------------------
> …対談全体を読んだ印象では、口頭で行われたかの様な書きぶりに見えます。校正段階で目を通しているでしょうから、「良い」の箇所は多分その意味の通りなのでしょう。しかし~(「手話」抜きの)口頭での印象ならば尚更、他に「宵」「酔い」などの選択肢が言表作用の背後に隠れていても決しておかしくはなかった筈。そう捉えるなら、ここでの活字表現はもはや正確な口話の転写に留まる事ができず、却って口話表現の歪曲をも含意する結果になってしまう筈。
> 閑話休題。
> 視覚障害~いわゆる「盲」の側の場合、嘗ては「検校」の様な制度が要請されたりした模様。聴覚障害の場合は日本史上どうだったのか、どなたか教えていただけるなら幸甚です。
(以下略)
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4:ミッドナイト・蘭 :

2020/03/23 (Mon) 23:40:38

http://bbs3.fc2.com//bbs/img/_879200/879110/full/879110_1584974438.jpg イェーイ!!
復活しましたね!
スパム撲滅で頑張ります!!
5:苹@泥酔 :

2020/03/24 (Tue) 19:04:06

8【再掲】批評と臨床(其五) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:26:01

【再掲】批評と臨床(其五)
7957 批評と臨床(其五) 苹@泥酔 2011/05/18 00:32

(続ける)

 あらためて高校家庭科教員採用における調理師免許の一件を振り返ると、或る意味では筋が通っている様に見えぬでもない。馬鹿正直に勉強したい奴は青森から出て行けばよい。たぶん教員の誰もが無意識に思っているだろう通り、そもそも高校教育自体が必要ないからである。むしろ邪魔で、すぐにでも廃止したいくらいではなかろうか。他方、高校と高校教育は別物とも解釈できる。ゆえに(青森に限らず)多くの高校が教育内容を高校教育に偽装(予備校化と専門学校化)した結果、先年いったん表沙汰になったのが全国規模の未履修問題であると見る事もできる。その後は衆知の通り、日教組に代表されるらしき教育界が民主党支援に回るなどして、遂に政権転覆(政権交代)が実現した。
 かてて加えて想像を逞しうするなら、こんなシナリオだって考えられなくはなかろう(セレブ奥様ブログでの旧稿抄録↓)。
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> 苹の見方では、教育界の民主党支持は「高校教育からの離脱」が動機。他方、初手から離脱してるのが朝鮮学校。つまり朝鮮学校は高校の先輩格。これまでは高校教育から内々に離脱(=予備校化)しても構わなかった筈なのに、いきなりの未履修問題で教育界を激怒させたのが自民党政権だった。
> 高校には一条校特権があるけど朝鮮学校にはない。そこで今回、先ずはバラマキ攻略から事を始める。朝鮮学校レベルの「逸脱」ぶりでも高校並みのバラマキ支給が可能なら、高校側の「逸脱」だって平等に容認されるべきだろう。日教組も北教組も、この点では見解が一致してるんじゃなかろーか。保護者は子供を出来るだけ上等な大学に入れたい。そうした心理を味方につけて、高校の予備校化(=逸脱)を推進する。文部科学省の支配に楔を打ち込み、大学との間接的癒着関係をいっそう強化しつつ経営安定をはかる。そうでなくても統廃合圧力がキツイ時代なんだから、ここは本気になって取り組まにゃーならん正念場ってこった。
> たぶん図星だろうとは思うんだけど、産経かどこかで裏を取ってくれないかなあ。その結果次第で、こちらは更に熟考するつもりなの。
>【2010/03/16 06:23】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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 その後は話の流れを承けて、こう追記した(抄録↓)。
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> その手の話とは別に、前稿で書いた予備校化云々には、「学校が予備校化」と「予備校が学校化」の二面あります。例えば反日予備校が学校化する場合、朝鮮学校を一条校化する方向に行くでしょう。そして反日学校を予備校化する場合は、一条校を非一条校化する手が考えられるでしょう。
> ステロタイプの印象を「北教組=反日」と見なす場合、その構成員の属する学校は概ね、程度に差のある反日学校と云えるでしょう。仮にこれを人事異動でジュースみたいに濃縮(?)して、学校を丸ごと北教組100%にすればどうなるか。濃縮果汁の原液は濃過ぎて飲めない(なんか素っ頓狂な喩えになっとるな…汗)。問題は薄め方です。従来の仕方では、薄めれば「果汁20%」てな具合になる。でも市販の100%ジュースはそうでない。教員加糖液で薄めるからパーセンテージが落ちる。ならば民間水で薄めればよいではないか。なにしろ水(民間人)は果汁(公務員)ではないのだから。
> この方式は部分的ながら、既に実用段階にあります。~非常勤講師を非公務員と見る場合、都立高校では書道担当教員122名中の内訳が公務員2名で非公務員120名。それを学校全体でやると、校長と教頭が公務員で他の全員が非常勤講師でも構わない事になるでしょう。ただし教員免許は相変わらず必要ですが。
> 尤も、それなりの手はある筈。意図的に無免許の人(塾や予備校の先生が望ましい)を集めて、全員に臨時免許を交付すればよい。…法律を整備して朝鮮学校の先生にも臨時免許を出す一方、北教組の先生が朝鮮学校に出向・研修する。事実上の「北海道立朝鮮学校高校」が出現し、既存の朝鮮学校では相対的な存在意義が薄まる。嘗て大学教育学部に「ゼロ免」課程が出来た様に、高校にも「ゼロ卒」課程を設ける。すると「卒業証書」授与課程(学校教育課程準拠)と「修了証書」授与課程(非準拠)とが共立し、やがて非準拠課程に特化した学校(?)が出現する。
> …例えばこうしたシナリオを妄想する場合、どの段階で反日教員を非公務員化すればよいのか。~とどのつまり、苹はそこんとこに興味があるんですね(汗)。悪い冗談と云えばそれまでなんだろうけど、だからと云って、頭から非現実的な話と決め付ける訳にもいかない。(玉石混淆の思考実験が諸々あって初めて、選択的かつ具体的なディフェンスが可能になる筈ですから。)
>【2010/03/17 21:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 ここで云う「卒業証書」授与課程(学校教育課程準拠)は本来の高等学校を意味し、「修了証書」授与課程(非準拠)の方は「高校という形」を隠れ蓑とした公立予備校をイメージしている。大学進学を目的とする場合その方が明らかに効率的だし、現に管理職・教員・生徒の一部は「非受験科目は必要ない」と確信していた。つまり未履修問題が露見するのは時間の問題だったのである。自民党政権下の文部科学省は、教育界の逆鱗に触れた。
 ところで、いったん特別支援学校の枠組みで採用した教員を高校に勤務させる手口はどの程度までなら可能だろうか。~人事上、その辺の手練手管も少なからず気にかかる。高校から特別支援学校への転任を希望したらしき教員なら、嘗て勤務した高校に一人いたと記憶する。その先生は職員公舎で苹の隣に住み、裏庭で犬を飼っていた。
 …都会では、裏庭のある二階建てなど想像できないかも知れない。ただし便所は水洗でなく、汲み取り式の田舎である。苹にとって部屋は狭い。実家では七室に分散配置してある書物を総て官舎に持ち込む訳にはいかないから、必要に応じて勤務を早めに切り上げ六時か七時に出発。日付が変わる頃には戻れる様に往復、カーステレオでバッハのマタイやワーグナーの楽劇などを堪能した。他人を乗せた事は殆どなく、いつも助手席には数段に積み重ねたカセットテープの山が鎮座していた。

 閑話休題(汗)。
 今年の試験内訳をざっと見るところ、高校側の実施科目は以下の様に大別できよう。
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【普通科目(受験科目)】国語、公民、地理歴史、数学、物理、化学、生物、英語
【普通科目(非受験科目)】保健体育
【専門科目(職業科目)】商業、農業(作物・園芸・農業経済)、工業(電気・電子)、工業(土木)、工業(機械・電子機械)、水産(情報通信)、水産(水産工学)、看護
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 それに対して特別支援学校の高等部は「国語、数学、音楽、美術、書道、保健体育、家庭、英語」と、就中「芸術科目の揃い踏み」が極めて異常。高校のを確認するついでにボンヤリ見てきた過去二十数年来、少なくとも書道で実施された記憶はない。控え目に云っても「前代未聞」ではなかろうか。~昨年の内訳がまだネット上から削除されていないので、念のため高校と高等部のを参照すると下記の通り。
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【普通科目(受験科目)】国語、公民、地理歴史、数学、物理、化学、生物、地学、英語
【普通科目(非受験科目)】美術、保健体育、家庭
【専門科目(職業科目)】商業、農業(作物・園芸・農業経済)、工業(電気・電子)、工業(土木)、工業(機械・電子機械)、水産(水産食品)、水産(海洋生産)、水産(水産工学)、看護
【特別支援学校高等部】国語、数学、音楽、美術、保健体育、家庭、英語
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 高校家庭科は芸術や体育と同様、センター試験の受験科目ではない。しかし非受験科目の中では最も職業科目に近い。
 今春は日本テレビ系列で、実話がモデルのドラマ「高校生レストラン」が始まった(本稿を綴っている時点で第二回までの放送を終えた)。それによるとレストランは部活動の延長で、町役場主導の「村おこし」とタイアップした形らしい。主人公の元料理人は多分、調理科の臨時講師を兼ねているのだろう(それにしては授業場面がない…ただし部活レストランの指導場面てんこ盛り)。
 あれこれ書き過ぎると差し障りがあるかも知れないが~苹は普通科でも商業科でも食物調理科でも、いつもの意図的マンネリ授業で昔の仮名が読める様にゴチャゴチャやらかした。普通科では某クラスが仮名読解テストで珍しく平均八十点を突破した(担任の先生に感謝)。…書道絡みの話はともかく、その高校では今、食物調理科が熱心と聞く。昔はそうでもなかったと記憶するが、多分それなりの刺激~モデル事例が色々あったのだろう。
 前に何度か、昔の料理を扱うテレビ番組を見かけた事がある。その時チラリと映った江戸時代の料理本(木版印刷の草書変体仮名交じり表記)の字が読めるだけでも相応の違いはある筈…と苹は想像した。「読める字を書かせるのではなく、読める人を育てる」方に興味があった。癌で入院した大学教授(書道担当)を見舞った際、私は初めてハッキリそう言い切った。この方針は生涯変わるまい。隠居後の今はネット上、別の形で試みたりしている。
・当時の図版の再利用、他(↓)
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_333.html
・巻菱湖「假名字源」を中心に(↓)
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_359.html
 特別支援学校の場合、こうした教育史的視野を念頭に置いた基礎認識が聾学校以外でも通用するか否かは不透明である。尤も、それを云ったら聾学校の音楽教育、盲学校の美術教育も同様ではあるのだろうが。いづれにしろ勝手が違う事に変わりはない。それより採用の枠組み自体が或る種のブラックボックスと化す可能性の方が高いかも知れない。
 今年の教員採用試験を「異変」と受け止める側にとっては、相応の覚悟と対策あらずんば固より迂闊に手出しは出来まい。やるなら敢えて、採点者を手玉に取るくらいの気概や余裕がないと。相手に通じなかったなら、こちらから教育界を見限ればよかろう。県内の教育慣行に媚びる「確信犯的」覚悟があるなら話は別だが、屈辱に呑み込まれる卑屈さを重ねて甘受する道理はあるまい。しかしながら採点者は、専門の如何を問わず「百戦錬磨の強者」でござる。事は理屈(批評)でなく服従(臨床)の問題なのに、まだ採用されていない身に太刀打ちできる訳がない。
 「採点者達が持つ常識」への服従と共鳴。~それが何を意味するかを突き詰めると、畢竟「就職先の常識が大学教育の内容を支配しなければならない」という構図に行き着くだろう。不服従は海水浴でムタンガを着用するのと同じくらい荒唐無稽である。言い換えるなら、傍目に映る書道は存在そのものがムタンガ同然である。(ちょいと画像検索すれば、ムタンガは今の水泳競技に役立たない事が一目で分かる筈。)

(続く…次回投稿では最終章「批評的アナクロニズムと臨床的モダニズム」を予定)



8【再掲】批評と臨床(其六) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:34:31

【再掲】批評と臨床(其六)
7964 批評と臨床(其六) 苹@泥酔 2011/06/14 01:36

(続ける)

 こうした場面では「役に立つか、立たないか」といった判断に、特定利益と絡みやすい「誰の」「何の」といった指標が優先的に絡み付く。例えば競泳水着とは別の領分でムタンガやビキニがファッションの一種となるだろうし、機能的な筈のスクール水着は今やフェティシズムの、すなわち「萌え」の対象となった観がある。…指標は時代と共に変化する。クオーツ革命以後の機械式時計が時代を遡り、所有者は庶民から富裕層へと逆戻りした様に。1960~70年代に普及した庶民向け機械式は先細りし、今では相対的にも実質的にも機械式と云えば高級品か「純然たる趣味の領分」をイメージするのが普通だろう。そんな具合に棲み分けが進む結果、いづれにしろ「空気を読む」方向での判断が前提となり、やがて判断自体が印象を制約していく。学校の印象にもそれぞれランクがある様に。試験の採点者や教員各々とて、学問上の良心にのみ縛られる訳ではない。その事がよく理解できるからこそ、学問との不整合を一方的に糾弾するのは自ずと躊躇われてくる。そもそも学問がしたくて学校に通う生徒は殆ど居ない筈。ならば生徒や保護者達のニーズに合わせた(媚びた?)内容の授業を歪曲する慣行にも「やむを得ない」面はあろう。教諭であれ講師であれ、現場の実態を知り、慣れてくると自然、いつの間にか「自分の判断を現場に合わせる」様になる。するとそれまで当たり前と思えていた筈の事に、却って新鮮味を覚えたりもする。
 昨年、松村茂樹『「書」を考える』(二玄社)が出版された。帯には大きく“書は学問とつながっている”と書かれてあった。それが宣伝文句になる事に苹はたじろいだ。おそらく現場では誰も本気で信じていないスローガン(?)の「書は芸術である」なら巷間いくらでも溢れているのに、「書は学問」などとよく赤面せずに言ってのけるものだと逆に感心した。そこに私自身、判断の揺らぎがある。試験段階から持論を曲げずに不合格となったり、仮に現場に入り込めたとしてもクビになっては元も子もない上、そもそもどんな教員が求められているかも分からないとあらば、気弱にならない方がおかしい。しかし或いは、それでいいのかも知れない。かと云って、過剰に開き直るとどうなるか(戯画化してみた一例↓)。
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 …書をかいてよいのは書家だけである。書が読めてよいのも書家だけである。書を観てよいのが書家である。ただ書家だけが、書を独占できる。書けもしない奴が四の五の云っても、書家の耳目には届かない。うまいやつは、黙って書くものだ。書家でないやつは、何も云わず、ただ楽しんでいればよい。「書道を楽しむ」…そう、NHKの教養番組にありそうなフレーズが、ひたすら外に、こだまする。やがてむなしく消えていき、後には何も残らない。…それは本当に聞こえたのだろうか。否。はじめから音などあるわけがない。それは幻聴だ。「書道を楽しめ」という遠吠えだ。作品は黙して語らない。だからこそ、うまいやつだけが、書を語る事ができる。うまければうまいほど、その言葉は大きい。そして、その言葉は、書家でないやつには聞こえない。書家は常に孤高であれ。
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 以上の言葉が、どう読めるだろうか。傲慢かも知れない。馬鹿げているかも知れない。納得する者が居るとしたら逆に驚きたくなる。その驚きが書をおびやかすのだろうが、大抵はなんとも思わないのではなかろうか。そうした世界が書の安全地帯である。誰にも振り向かれず、たまには振り向くふりをしてくれる人に出会い、そのくせ本気で振り向かれたら困る。とどのつまり、振り向かれる事に慣れていない。書く事だけで精一杯なのに、それ以外の仕事までしていたら身が保たない。しかし中には変人も居る。色々な事に手を染める(或いは北大路魯山人の様に?)。一部は趣味人とか知識人と呼ばれる事もあるらしいが、下手をすると傍目には「書家でなくなる」ので按配が難しい。
 かてて加えて、国際的視点を巻き込めばこうなる(↓)。~セレブ奥様ブログへのコメント抄録。
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> 以下愚痴。~ネット検索中に偶々、へんなものを見た(↓)。
http://www.transcri.be/text/Japanesethesisfinal.pdf
> 指導教官がNHK教育の高校書道番組を監修した東京学芸大学教授である点を差し引いて控え目に云うが、この外人の感想文はひどい。外人の目に映る書字文化は所詮こうなってしまうのだろうか。判断基準はあくまで西洋文化の側にあり、「字は読み書きできるのが当たり前」という視点がスッポリ抜けている。
> 尤も、今の日本人なら「俺達だって読めないんだから、昔の人も大方は読める訳がない」と言い出すのかも知れないな。それを真に受けた外人が本気で確信し始める。…たぶん連中は知らないのだろう。日本の中学校では国語科書写の授業が義務づけられているが、実際は殆ど実施されていないか、もしくは極度に低レベルの歪曲教育が常態化している事を。そしてそれを多くの人が当たり前と思って居る事を。既に書字の歴史が断絶しているのは認めざるを得ないとしても、さりとて取り返しがつかぬほどではない。半世紀前、贔屓目に見ても三十年くらい前まで、それなりに書道人口は多かった。四十年前の田舎なら確実に、猫も杓子も「お習字と算盤くらいは」と習わせた。その前の世代が珍しく書道ネタに触れている。『WiLL』2011.7号P.281辺りに記述がある渡部昇一「書物ある人生」新連載。
(以下略)
>【2011/06/01 00:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 …先夜、奇妙な夢を見た。なんとなく気になって書き留めたのは三月末頃だろうか。
 その学校では、教育実習生(?)が無給で用務員をする。この実習生、どう見ても若者ではない。それもその筈、教員採用試験受験機会と同様に教員免許更新機会を政策的に奪われた人々が、実習名目で用務員化する訳だ。そこでの人事評価次第で、うまく行けば免許更新機会が与えられる。もちろん依然として採用試験はない。この用務員は通常の用務員と同じ仕事をするのではなく、教員を補助して授業に関連する雑務を引き受ける。云わば教員の負担軽減のために新設された制度における「実習生」であって、教員から命じられた通り行事や授業の準備はするが授業はしない。また無給である点は、教育実習生とボランティアの中間的存在と云えるかも知れない。
 主に、定年退職後も学校教育に関わりたい「元」先生がボランティア参加する。既に教員ではないから免許も試験も必要ない。しかしそればかりでは高齢化が目立つから、いくつかの教科・科目では予め採用試験そのものを事実上廃止し、「いつか受験できる」余地に期待する相対的若年層を含めて一括りにする。ただし授業するのは正規の教員で、そちらには免許更新機会が予め保証される。~念を押すが、これは戦後書教育の実績を踏まえた夢想モデルであって、現実の話ではない。
 例えば或る日、その県では国語の教員採用試験が実施されなくなったとする。毎年、それなりの数の定年退職者が出る。その分を英語や歴史や数学などの先生が穴埋めする。よって彼らは本来の科目の教員である一方、正規の国語教員でもある。彼らには充分な国語力があるので、現場として不都合はない。教員養成する大学側も、副免許としての国語に対応すべくカリキュラムを組むので支障はない。それが差し当たり十年ほど続くのである。
 …大体そんな夢だった。ここでは試験を実施したりしなかったりする不安定さが、或る種の「裂け目」を時間のズレに内化する。


●批評的アナクロニズムと臨床的モダニズム
 学校は教育的臨床現場である、との趣旨を「其一」で書いた。仮に臨床の側がモダニズムの立場を採るならば、その評価もまた同じモダニズムの基準でなされねばならない。生徒相手の場合は成績評価や成績評定などと呼ばれ、教員相手の場合は一般に勤務評定と呼ばれるらしい。基準次第で学習指導要領や教科書などの解釈は変わり、その解釈にどれくらい合致しているかを~つまり差異を評価する上で基準は反復して適用される。それに対して批評の立場は時に基準そのものを疑う。その意味で批評は臨床にとって禁忌となりやすい。基準に好意的な批評は準拠システムの発展や強化に役立つが、そうでない批評に於ては話が逆となる。
 古典は元々、その古さゆえにアナクロニズムを内包する。
 これまで観察してきたところ、臨床的アナクロニズムを批評的モダニズムの立場から変質させようとするのが学問の立場であり、またそうあるがゆえに、例えば書道は学問ではないらしい。学問にアナクロニズムを持ち込もうとする例…と云えば、ここ十年余りの騒動、すなわち「つくる会」の歴史教科書問題と似通った構造が思い浮かぶ。そこでは臨床的モダニズムを批評的アナクロニズムが脅かすかのごとき振る舞いと映るのか、モダニズムを保守する姿勢の良心的側面が前提されがちとなる。アナクロニズムが学問であってはならないかの様で居て、かつ学問は進歩への一本道であるかの様な。例えば歴史学なら、無限に延びる一本道を連想しやすかろう。滅びて貰っては困るから平和主義になるのは理解できるが、「生存するために滅ぼす」タイプの歴史では「滅ぼす」側面ばかりが強調され、「生存するため」の部分はいつの間にか切り離され、別の文脈に整理し直されるケースが少なくない。つまり「既に滅びた歴史」が生存を前提する必要はない。滅びは常に過去であり、現在でも未来でもない。これから起こる滅びは想定外。起こった後になって初めて「過去の文脈」と整合する仕組みになっている訳だ。
 こうした歴史意識を仮構するならば、そこにモダニズムが関与する意味を「いったん進歩的に」振り返ってみなければなるまい。歴史を反省材料と位置付ける場合、過去は未来と姦通してはならない筈だからだ。歴史を学ぶという事は歴史を反省する事であり、悪しき歴史から揚々たる未来に邁進すべく、「古い上着よ、さようなら」の姿勢を堅持せねばならぬ。「昔は良かった」式の感傷は必要ない。未来志向も感傷も、共に暑苦しいのはよく分かる。だから両方を排除したくなる。その後に何が残ろうと(残らなかろうと)我々は現代人かつ未来人、過去よりは進歩していると信じ込む事でモダニズムは宗教の様に無謬となっていく。
 …てな事をあれこれゴチャゴチャ考えていると、(前記引用と前後して)件のブログに鬱憤晴らし紛いの書き込みをしたくなる。
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> 当方このところ、批評的アナクロニズムと臨床的モダニズムを仮構してます。~昔の教育を臨床的アナクロニズムと見なした知識人が、批評的モダニズムの立場から説得し、現場を臨床的モダニズムへと変えていく。やがてモダニズムが古びてくると、モダニズム自体がアナクロニズムとなっていく(それが臨床現場を支配している)。すると臨床的モダニズムを臨床的アナクロニズムと見なした知識人が、批評的ポストモダニズムもしくは批評的アナクロニズム(?)の立場から説得し、現場を臨床的ポストモダニズムもしくは臨床的アナクロニズム(?)へと変えていく。…畢竟、中身は変わらない。ただ印象が変わるだけで、それが言葉に定着すると些かスローガンめいてくる。
> 進歩的な側から見れば時代錯誤的でも、伝統的かつ保守的な側から見ればそうでない。また進歩的な流れを保守する側から見れば、これまでの進歩的姿勢が伝統同様の時代錯誤と映る場合もあるだろう。いづれにせよ論争するのは三者三様の知識人で、一般人への影響は不透明。そして学校の場合、必ずしも学問が事を落着させるとは限らない。有り体に云えば試験や教科書、授業(臨床)などを牛耳った側が勝つ。そこでは「批評と臨床」が「傾向と対策」と交叉する。
> ともすれば放射能汚染云々も「試験に出るミリシーベルト単位の数値は1か20か」てな話に収斂しそう。或る先生は国際基準なら1だと云い、また或る先生にとっては政府基準なら20もアリって事になる(国際基準が東京裁判史観なら日本は侵略国ゆえ忽ち「ややこしさ倍増」となっちまう様に?)。チェルノブイリとフクシマの単純比較ですら判断材料が不足しているのに、軍事面での核事故隠蔽まで念頭に置いたらきりがない。そこでも中身は大して変わらない。印象を操作する場がどんなふうに用意されているか、国内外の両面で観察しないと「裂け目」は相変わらず見えぬまま過ぎ去っていくのでしょう…。
> 「日録」の方は賑わってますなあ。あたしゃ『WiLL』を買うのは『正論』が出てからにする予定。つまり残すところ三日ほど。それまではコメント欄で妄想を膨らませまっす。
>【2011/05/31 06:53】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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 話はここから、若干ややこしくなっていった。

(続く)



8【再掲】批評と臨床(其七) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:38:26

【再掲】批評と臨床(其七)
7965 批評と臨床(其七) 苹@泥酔 2011/06/17 19:33

(続ける)

 どの時代も、アナクロニズムからの脱却を目指す進歩的教育には相応の大義名分がある。例えば戦前の悪しき歴史を振り払い、自分がさも進歩的であるかの様に新憲法や平和、民主主義、或いは共産主義などを賛美すればどうなるか。過去の亡霊が自分の中で甦る間もなく、有り余る教育的熱情がこれから始まる日常を広島・長崎のごとく「残らず焼き払ってくれる」だろう。すると現にそうなった。彼らが賛美したものは既に戦前からあったものばかりであるにもかかわらず、総ては戦後から始まったかのごとく振る舞う事で皆が忙殺されていった。…それは美徳である。多忙になればなるほど、仕事は美徳らしさを周囲に振りまいていく。だから他者と同様、教員にも可能な限り多忙である事が要求される。いったん立ち止まり、考え、何かを振り返ろうものなら忽ち、周囲には怠けている様に見え始めるらしい。既に出ている「結論」としての教育内容を疑ってはならない。専ら忠実に生徒へ叩き込むのが教員の仕事である。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-04/2006060401_04_0.html
 そんなふうに極端な覚悟を仮構すると、たとい間違っていると思える事でも平然とやってのける胆力が必要になる。例えば数年前は予算不足のため、生活保護申請を受け付けない方針の「北九州方式」が忠実に実践され、遂には餓死者が出るに至った(↑)。こうした例は公務員に限った事ではない。要するに「無い袖は振れぬ」状態では何も出来ない。しかし時には敢えてそれと似通った環境を整える事で、実害なきまま「選択と集中」を達成できるケースがある。その一つが前述した全国規模の教育偽装、未履修問題だった。履修させなかった学校が悪いのではなく、それを問題視した文部科学省が悪い。百歩譲って履修させたとしても、内容スカスカの消化授業に徹すれば生徒は勉強せずに済む。そうした授業を下支えする理論的支柱の一つが、これまで余り語られてこなかった潜在意識としてのアナクロニズム批判と云えよう。…そんな角度から纏め直すつもりでいたところ、こちら天バカ板では懐かしき常連の一人、キルドンム様から反応があった。
 氏は苹と違って正真正銘の研究者であり、中国哲学を専門とする。大学で教える傍ら教科書編集に携わるなどの多忙な日々を送っているらしい。著書も数冊あるそうな。そんな碩学と遣り取りできるのはネット掲示板あっての事。書き込みがある度、いつも有難く思っている。

 以下に一連の遣り取りを抄録する(「其三」附録のリンク参照)。~本来は原発ネタの筈なのに、書き手が二人ともアレなもんだから(?)、いったん脱線すると少なくとも苹の側では途端に面白くなっちまって、書きたい事が蛆虫の様に湧いてくる(汗)。すると困るのがブログ主たるセレブ奥様。こんな読者に付き纏われるブログは幸なのか不幸なのか、抑もの張本人たる苹は相も変わらず、とんと判断がつかぬ有様(orz)。蛹はやがて蝶となり、蛆はすぐさま蠅になる…。(ここで十数年前のお気に入りを一句。~蠅は我が友、叩いてくれろと呻き声…)
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> 正直に言おう。かなり動揺している。ことによると明日、長年にわたる「信念」が覆るかも知れないと思うと…。期待でわくわくする。
> 幼い時から豊田有恒氏の著作を読んでいたからか、それとも情緒的に原発反対を叫ぶ連中への反発からか、三里島(三里塚にあらず)を経ても苦艾(苦界)を閲しても、揺らぐことのなかった筈であった。無論、原子力が代替エネルギーとしては極めて不完全であること、結局(現在の技術水準では)国外に依存せねばならぬ点、火力と大差がないことは承知していた。それなのに…。一昨年など、敦賀湾を挟んで望見しながら夫婦して「原発万歳、関電に栄光あれ」を叫んでいたのである。
> 冷静になると知識と思考とがそぐわない状態になっていたことがわかる。明日の論議の行方次第では、ふたたび「信念」を取り戻し、安きに置くこととなるか、それとも自己存在の危機に臨むこととなるか、いずれにせよ覚悟はできている。
> うさねこさんがハイデガーに言及しておられたが、こちらも『WiLL』を読んで同じ聯想を。また色々とご示教を乞いたいと思うが、平泉先生ならどう考えるか、保田與重郎(あの義仲寺の墓銘の件、被葬者の自筆のような気がしてならないのだが確認できず)なら…と妄想は尽くることなし。
> 二週間前、帰省の帰途久方ぶりに觀峯館に寄る。錢慧安とかいう仕女画専門の画家の特展をやっていたが(そちらはともかく)常設の碑や条幅を看ているうちにかなり不安定になりつつあった心理が常態に戻ってゆくのを感じることができた。この過程どうも説明しづらい。苹さんにならうまく解説してもらえるだろうか。
>【2011/06/04 00:40】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]
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> 「觀峯館」って…もしや「日本習字」の原田観峰とかいう書家のアレかしら。よく知らないけど、色々それなりに蒐集してたみたいネ。因みに私の場合は、この名前を聞くと心理状態が思いっきり不安定になります(懊悩)。正直、あれは理解できない。どの辺から来ているか想像はつくけれど、それにしては異様な気配を感じる。
> ヌメッとした質感に和様を見ようとすると肝腎の御家流が抜けてるのが鼻につく(かと云って勘亭流の安定感もない)。蛇行する線に~例えば空海の崔子玉座右銘をこじつけると困った事になる(むしろ益田池碑に近い?)。まして武田双雲と比較しようものなら書家の百人が百人、みな一様に頭を抱え込む筈。この過程、確かに説明しづらい。それを仮に「自己存在の危機」と表現するなら、キルドンム様の御覧になった常設展示が私の不安を直撃するものでなかった事を切に祈りたくなるのでやんす。
> 或いは完全に解釈の方向ズレてるかも知れないけど、…こんな具合で如何?
>【2011/06/05 00:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 追記…。たとい観峰老師の書に胡散臭さを感じるとしても、小学校レベルでは習字の質が極めて高いがゆえに、落差すなわち「書道との断絶」が衝撃的なんです。それを癒してくれるのが良質な蒐集品だったりした日にゃ、アンビバレントな感情はいっそう裏切りの度を深くする。確かに優れている面は大きいんだけど、その「優れ方」自身の力(そこに寄せられる信頼)あるがゆえに後が続かなくなる。学びを享受する側は、このまま信頼し続けたい。ところが中学、高校へと進むにつれて、学びの対象が学び自体を裏切っていく。
> ムリヤリこじつけると、原発の優秀さは小学校レベルの基本(事実であれ理念であれ)でしかない。そこから先が、進めば進むほどおかしくなっていく。しかも「先に見えるもの」は、後ろ向きに振り返ればまともだから厄介だ(高度な歴史の中に基礎・基本が内包されてある)。ところが更に振り返った途端、基本は歴史を裏切ってまで過剰に前を向いてしまう。
> 私が前稿で御家流に喩えたものは、もしかしたら開国前と戦前を混同させるモダニズムの罠だったのかも知れません。日本文化は大事だから大いに初学して欲しい。そこから先は進歩を阻むので学んで欲しくない。その絶妙な両立が成し遂げられるなら、教育上これほど好都合なものはない。他方、「臭いものに蓋」へと向かうべく仕立てられた御家流は、敬遠されながらも「和」の幻想を抱えたまま持続し、やがて鰻屋の煙で飯を食う様な「つましさ」の下で自己抑制の規範となっていく。
>【2011/06/05 18:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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>>キルドンムさま
>私もきっと原発を目にしていたら、そう心の中で思ったかもしれません。
>
>>苹@泥酔さま
>お習字は小学生どまりでいいってことですね。
>そういえば、思い出せば、基本が出来ていないのに、応用って感じ。。。
>【2011/06/05 21:08】 URL | 奥様 #- [ 編集]
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> 拝復。
>>お習字は小学生どまりでいいってこと
> …うーん、どうかしら。お習字と云っても今と昔では中身が違うし。昔のは要するに実用書式で、具体的には往来物や女今川などが習字の「初歩」にあたる筈。ところが今は実用を前提しない手本準拠型。そんな鸚鵡返し作法を学問や仕事に持ち込めば、例えば東京電力側の模範的作文に瑕疵のありよう筈もない。事故に際し本気でああ言ったのだろうと思ってます(言い逃れでも何でもない、純粋無垢の想定外)。この手の「近代的な学び方」を日本人は明治以降やり過ぎた(渡部昇一先生が『WiLL』新連載で描写した様に)。
> 基礎基本に目が釘付けになると、その先に目を向ける余裕がなくなる。過度の準拠競争で「基礎は難しい」と逃げ腰になった挙句、基礎範囲のつましき狭隘化に向かっても己が近視眼には気付かない(教材が過度に平易となっても競争自体は相対評価のまま)。想定内の基礎はより厳密に硬直化する一方、想定外の応用は基礎からますます遠離る。そうした「硬直化」が同時に高品質(模範的)でもある姿を、「日本習字」等々へと遺伝した「優れた指導」に垣間見ている訳です。
>【2011/06/07 00:48】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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> 週末、色々ドタバタしていましたが、まずは「觀峯館」のことについて報告。常設の方だけど、実のところ蒐集主自身の作品は、そんなに多くなかったのね。ただ入口近くにその生涯を展示したパネルと、竹枕に行草を書いたのがいくつか、それに一昨年の大河よろしく「愛」と大書しているのが置いてあったのみ。確かに苹さんのご指摘の通り、何やらぬめっとした薄気味悪さは感じていた。パネルの年表も突っ込みどころに満ち満ちていたし、何より蒐集主の風貌が如何にも胡散くさく…。
> 張大千の例もそうですが、藝術家、それも白髯長鬚の輩には何やら得体の知れぬいかがわしさを覚えますな。いかがわしいからそういう姿をとるのか、それともその姿をとることによりいかがわしさが倍加するのかはともかく、かつて大学生の時分に書いていた未完の習作(書の方ではなく、小説)に「例の考古学者」こと「礼野大三郎」なる白髯長鬚の怪人物を造形したことがあったが(実は小生の堂号の隠されたネタ元であったりもする)、すでにあの頃からキルドンムの怪しい物好きは片鱗を見せていたということになる。…白髯長鬚か。いや、今の口髭は実用目的なのでそれとは違いますが、(放射能をものともせず)七十くらいまで無事生きのびることができたなら、また考えてみないこともない(汗)。
> 閑話休題。そういうわけで蒐集主の書には確かに本能的に危険性を感じていたが、ごく僅かな量だし旧蔵者に対する礼儀もあり一瞥するだけでそのまま先に進んでしまう。どうも五家荘のあそこは蒐集品が中心で、当人の作品の大部分は京都にある別の美術館にある模様(実家を出発する前、小生たちが觀峯館に寄るつもりだと聞いた母親から『それは京都にあるのか』と尋ねられた。何やら無駄に知られているらしい)。そちらの世界のことはよく知らないのだけど、原田観峰とか「日本習字」とかってあまり評判がよくないのかな。ある程度は想像もつくが是非とも業界の内輪の話が伺いたし。
> そういうわけで誰が持ち主だったかは一応視野の外におく。思い返してみると熱河の避暑山荘や三希堂を復元してあるのはまだしも、庭にトンガだかサモアだかの石像があったりするなど実に変な博物館ではあった。何故出身地でもない五家荘にあれが建てられたのかも(一応、門人の一人の郷里だったからだというが)、裏でドロドロしたものがあったのでは。
> 常設(?)では、書の歴史をなぞるようにして碑拓や明清代の書画(前回、独身時代に行った時には阮元や最近、尖閣がらみでも名が語られるようになった銭泳の書があった)の展示が中心。「心理の安定」云々と言ったのはそちらを看てのことです。もっとも唐玄宗の「紀泰山銘」を原寸で壁に貼ってその大きさがわかるようにしたのがありましたが、それを観た時、漢隷とのあまりの違いに愕然となったりはしましたが。
> そういえば昭和三十年代の暮らしのコーナーとか、明治以来の書写教科書の展覧もありました。遺憾ながらそっちの方の知識が乏しいので、苹さんにうまく誘導してもらえないと説明も困難です。
>【2011/06/08 00:11】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]
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>>苹さん
>>キルドンムさん
>この話には全然ついていけません。
>って、 苹さんの話にも最初からついていけてませんが、比喩というか、あてはめて考えるあのやり方はいつもとても面白いと思っていますが、、、
>
>お二人の世界でどうぞ・・・・
>【2011/06/08 22:29】 URL | 奥様 #- [ 編集]
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(続く)



8【再掲】批評と臨床(其八) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:41:47

【再掲】批評と臨床(其八)
7966 批評と臨床(其八) 苹@泥酔 2011/06/20 23:25

(続ける)

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> うっ…(汗)。奥様には申し訳なく思ってます。こんなのでも少しくらいは、原発問題に絡む深層心理分析に役立てば、とは思ってるんですけどねぇ………。
>
> 念のため、先ずは「日本習字」の書きぶりについて。~子供向けの手本に限って云えば好ましい部類だと思います。ひたすら平凡で、字面の印象は教科書体活字的。そこから歴史的接点に向かえば文句なしですが、そうならないのは重要な起爆剤となる筈の小楷に入る前に皆「やめてしまう」ため…なんじゃないかと疑ってます。つまり、それを云ったら(「日本習字」に限らず)何処も同じなんですね。義務教育では最も実用的な筈の小楷を教えず、すぐさま硬筆に行ってしまう。半紙清書の左端に名前を書かせて「やった事にする」。それが戦後書教育の一大特徴ではないかと勘繰ってます。
> 抑も実用無視の「大きくのびのび」メンタリティーが悪い。あんなものは表向きの基礎、ごまかし、建前に過ぎない。「授業のノートは総て大きくのびのび書け」なんて指導してみい。学力低下が目に見えているじゃないか。どんなに手本が優れていても、応用にウソがあると「優れ方」が却って毒になる。ところが昔のは全部が応用で、下手でも一癖あっても真っ当に字の役割を果たしている。そこが安心して見ていられる。読めなくても「読める人には読める字」だと推認できる所に安心がある。読む読まないは関係なく、対象認識の前提が予めそこにある。
> 一方、小学生向きのお手本は優れたものほど「ノッペラボー」になりがちで、書く側も教える側も余計な癖をなくそうとする。証拠隠滅するかのごとき態度で書かれた手本を見せようものなら、誰だって「証拠を見つけろ」と指導するより「とにかく真似ておけ」と匙を投げる方が開き直りやすいではないか。証拠は見えないままで、見えないものは身に付かず、果ては「どの教科書を使っても同じ」となる。教科書の解説や構成はあれこれ工夫するのに、手本の字は工夫のしようがない。真面目または単純な生徒ほど「癖字はよくない」と洗脳される。歴史的根拠に由来する癖字も、歴史的根拠の欠如に由来する癖字も、共に(生理的に!)受け付けなくなる。そうなる前兆は戦前、遅くとも大正時代には既に顕在化していた(差し当たっては片鱗が窺えそうな、旧稿からの転載を含む天バカ板の記事を参照されたし↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_tree?base=6785&range=1
> 『WiLL』2011.7号によると、渡部先生が小学六年の習字でビリになったのは昭和十八年との事。その頃どんな習字教育がなされていたか振り返ると、明治に比べれば実用とは程遠い代物。…こちとら競書雑誌で小学生の頃から大正時代の「尋常小學書キ方手本」(乙種)に慣れ親しんできた時代錯誤者でやんす。月例手本とは別の頁にほぼ毎月連載されていた。だからレベルの高さも低さもよく分かる。月例手本(昭和戦後)よりレベルは高いが、幕末や明治よりは圧倒的に低い。教え方も学び方も変わった。昭和初期と云えば鈴木翠軒揮毫の甲種教科書が有名だが、線の顫えの数まで一々数えて指導したエピソードが残っているくらいだから、既に教育自体が末期的だった。当時の書道は芸術扱いされようと背伸びし、もはや実用書道の時代ではなかった。
> そんな観察などを義務教育末期の趣味としていた苹にとって、高校入学直後と教育実習とでは感覚に殆ど差がない。実用書道と芸術書道の狭間で置いてきぼりにされた教育書道の残滓がどの程度まで高校書道に反映しているか、学ぶ立場で観察を楽しんだ。高校書教育に限界があるのはすぐに分かる。最初は楷書古典だが、古典学習する前の基礎は諦めねばならない。仮名は初めから平安時代の古筆。基礎となる実用書道の仮名は完全無視で、明治維新以後に壊滅的な打撃を受けた影響が如実に残る。(以下略)
>
> …で、(奥様からのレスを読んで)急遽ここから話を端折る事になるんですけど、とどのつまりは原発そのものが「戦後」の転向、すなわち「平和利用」の文脈で制度化された点が問題なのね。見立て換えるなら、嘗て日本が真っ当な国際化(植民地化に非ず)を目指す上での迎合的国語改革に及ぶ過程で、どことなく似通った面を私は双方の狭間に感じ取っている訳でんな。今や少なからぬ日本人は、自然エネルギーに日本回帰と国際化の両方を幻想しているのではないか。言葉でものを考える、その仕方を「国際人」に牛耳られている可能性に我々は盲目となって…と云うより、寧ろ自ら放棄しているのではないか。
> ここで語っている事は或る意味、言葉の奴隷論でもあるのです。そこに菅政権の根本的な見込み違いがあったのではないか。言葉は日本精神の領土である。そこを牛耳られた状況に抗おうとしたのなら、菅政権は最も皮肉な意味で愛国的だった事になりはしないか。そうした側面への踏み込みがなされぬまま、単純な愚劣政権としての扱いから愛国心がルサンチマンに変化していくとしたら。
>【2011/06/09 00:12】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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>>奥様に
> どんどん支離滅裂になっていくようで本当にすみません。勿論、苹さんのせいではなく、小生が無理やり詰め込もうとしていた結果で…。何とか結げますので、もうしばらくのご容赦を。
>
> 確かに明治の頃からの書写教科書が数はそう多くないながらも展示してあった。書者はよく覚えていないが巌谷一六とか比田井天来(もしくは岐阜ゆかりの人)とかがあったような気がする。その鈴木翠軒というのも。ただ、昭和二、三十年代ごろのを意図的かは知らぬが、目立つように置いていた。小楷の件はどうだろう。自分の記憶では「かん なおと ろくさい」(あっ、これは平仮名か)ばかりでなく、ちゃんとしたものも少しはやっていた筈なのだが。
> 「ノッペラボー」か…。先に書いた唐隷(本当は八分と呼ぶべきかも)に感じたのがまさにそれだった。実用から遊離すればそうなってゆくのか。
> 高校の時、学校図書館にあった明治以来の教科書の復刻本をめくっていると、尋常学校書写の教科書がそれこそ今(昭和五十年代末)の高校以上の水準だったのに一嘆したことがある。ことに行楷の『三字経』には狂喜して早速書き写したのだったが、あれは誰の書だったのか。明日にでもまた職場で確認するつもりなり。
> 手本で思いだしたが、一時期の大陸では毛沢東崇拝のあまり、毛の書蹟を手本として習う人が続出したという。あれって初学者にはどうなのでしょうね。少なくとも小生はこれまた心理的不安に襲われること観峰師の比にあらず。
> 毛というと(強引に話題転換)、チベットの奥地には今なお彼を文殊菩薩の化身と信じ、ダライラマと共に肖像を仏壇を祀っている家があるという(王力雄『天葬』。この本の話はいずれ「竹林」でする計画)。これは善悪いずれをも問わず、強大なパワーを発するものを「神」として崇拝するというチベットの神仏観に由来するとのことであるが、してみると福井の高速増殖炉に「ふげん」「もんじゅ」の名をつけたのは極めて適切なことだったことになる。いったいどこのアイディアマンが考えたのかは知らないが、少なくともその人は「仏力」を解き放つことの恐ろしさを無意識にでも感じていたのであろうか。
>【2011/06/10 00:13】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]
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>>「かん なおと ろくさい」
> うっ…。こんなAA(↓)をウッカリ思い出しちまった…(orz)。
http://guegue.blog73.fc2.com/blog-entry-1992.html
> 冗談はともかく、懐かしい話題が色々と出てくるなあ。「我日本一稱和」で始まるのは大橋順蔵(幕末)の「本朝三字経」か。例えば埼玉県で使われた明治九年三月刊の『下等小學七級六級科習字本』がそれで、筆者は高斎単山(当時は各県で教科書発行)。他に見た事あるのは村田海石の書で、どっちも巻菱湖の門流、すなわち後の国定手本時代で云うところの乙種系でした。出てくるのは神武から秀吉まで。あんなの昔やってたんだなあ。先ず下等小学校八級に入学して半年に一級ずつ上がり、下等小学一級の後は上等小学八級、そこの一級を終えたら小学校卒業で、優秀なら飛び級もアリ(明治五年の学制施行から十二年の教育令制定まで)。そんな世代が日露戦争で活躍したんだろ。同じ六歳でも、学んだ教材からして「かんなおと」や私とは大違い(苦笑)。
> 唐隷は時代性の印象が強烈でした。強いて似通った漢碑を挙げるなら乙瑛碑か。…そう云や顔眞卿の多宝塔碑の題額が唐隷で、本文の楷書に通じるクドさが初唐とは大違い(欧陽詢の九成宮醴泉銘の場合は篆額)。元代は骸骨みたいな隷書が流行り、清代に考証学・金石学絡みの篆隷ルネサンスがくる。実用から乖離と云っても色々で、ただの学力低下とは別の衒学的篆隷に~あれは属するのでしょう。尤も、細かい事を云えばここ半世紀の書法解釈では中鋒が主流の様ですが明治時代は露鋒含みや篆筆の応用が多く、あたしゃ高校時代その違いの書き分けを面白がってました。また毛沢東の書と云えば狂草くらいしか思い当たりませんが、かなりの達筆である事は認めるにしても初学者向きとは思えません。
>(以下、ふと思った事。)
> 先日『WiLL』の西尾先生稿を読み、「天使のような侵略」って表現に着目しました。薄々そこに感じていた既視感の正体が判明。あれは「日録」中の文言でした(↓)。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=788
>「西洋文化は調和と進歩、文明と破壊の二つをもつ双面神だったので、進歩と破壊だけが入ってきたのではない。背後にある調和と文明も同時に入ってきた。」
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=789
>「私はたったいま「進歩と破壊だけでなく調和と文明をもたらした」と言ったのであって、「破壊だけでなく進歩をもたらした」と言ったのではない。「進歩」と「破壊」は私の文脈では同義語なのである。」
>【2011/06/10 22:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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> 「かん なおと ろくさい」よりも「一ねん 六くみ かんなおと」の方が良かったかと、投稿直後に思いましたが後の祭り。
> 『日本教科書大系』であの後確認したところ、村田海石の書でした。『本朝三字経』(こちらは小楷)も同じ。他の頁をみると…。長三洲のもいくらかある。この前目睹したのはこれだったかな。
> 確かに、当時は実用的な教材が組み込まれていますね。その最たるものは書簡文。これが国定化前後から様子が違ってきて、藝術化、精神化へと傾斜してゆくというのがよくわかりました。
> ついでに今の子供たちはどんなものかともう一度棚に近寄り、某社刊の小学校書写を一年生用から開いてみると…、ああ、これは…。一貫して硬筆中心か。ようやく三年生になって毛筆が出てきたかと思うと、一瞬だけですぐに消える。四年以上も硬毛併用になって六年に至る。小生の頃は、三、四年の間に毛筆に完全移行していた筈なのですが、記憶違いかも。いずれにせよ、「かん なおと ろくさい」の世代の場合も毛筆ではなく、フェルトペンとあいなることに。それはともかく、いつから毛筆を使い始めたにせよ、管さんも今は職務上毛筆を使うことがある筈だが、どんな書風でしたかね。花押は…。
>【2011/06/11 22:48】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]
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> いまどき花押なんて使う政治家いるのかなあ。訪中した小泉首相が揮毫するシーンをテレビで見た時は「世が世なら国辱物か」と思ったけれど、そんな気分は民主党の誰かが書いた色紙の「交代政権」または「政交権代」(と読めた)で吹っ飛んじまいました。国交回復時に署名する田中角栄の方が遙かに達筆に見えた。ただし中国側は例の手首をクイッと擡げた把筆で、日本側は例の「仮名も書ける」やつ。撥鐙法だか鵞頭法だか知らぬが、どうせ漢字で署名するのなら相手国の伝統と互角に渡り合う気概を把筆で示す余裕(教養?協調性?)くらいは欲しい。仕草ひとつで印象が変わる事に、田舎者の苹は少しだけ敏感(僻みっぽい?)なのかも。あたしゃテーブルマナーなんて知らないもんね。
> 「専門家」が社会的人間の権化だとするならば、「専門」は差し詰め裸の人間の営みか。その蓄積が四方八方で悪食すると怪物が生まれる。そこが素人と異なる…専門家と玄人が違う様に。怪物たる玄人に教養の実践を見た時の感動は凄まじく、そこんとこが専門家と一線を画す特徴になるのかな、と(ここで画工と文人の違いを想起)。専門家になりたくてなる訳ではあるまい。ならざるを得なくなる様な、何か宿命的な限界が専門そのものを呪縛してしまう。かてて加えて、この宿命を制度化する上で教育が一役買っている。ファウストとワーグナーを最も公平に見つめてきたのが実はメフィストフェレスだったのではないかと思うと、天使の様な誘惑に誰が抗えようか。
> そんなふうに妄想していくと、星条旗のメフィスト・ワルツに乗って踊る自分の姿から逃れたくなる気持ちも分からぬではない。鏡の向こうでは海を隔てて中国や朝鮮半島が微笑む一方、陸続の鏡を覗けばドイツとフランスが微笑み返す。(…と云っても、最初に微笑んだメフィストは日本のフクシマに宿ってたりして。)
> …唐突ですが今、久しぶりにリップス『いまなぜ金復活なのか』(徳間書店)P.228「フランスの罠にはめられたドイツマルク」近辺を読み返してます。無関係なら、それはそれ。
>(…と書いた数時間後「日録」拝読。)
> まさか追悼文に十年前の菅直人ネタが出てくるとは。~ちと気になって画像検索したら上記色紙の人は岡田克也。角栄は思ったほどでなく、また小泉も思ったほど下手でなかった。そんでもって…菅直人の書いた色紙は本文が小さく署名が大きかった。なんてこった。
>【2011/06/13 00:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 なお「本朝三字経」については、高斎単山の図版を「つくる会」東京支部板に載せた(↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_718.html

(続く)
6:苹@泥酔 :

2020/03/24 (Tue) 19:31:08

8【再掲】批評と臨床(其九) ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/07/19 (Tue) 23:45:03

【再掲】批評と臨床(其九)
7967 批評と臨床(其九) 苹@泥酔 2011/06/23 20:11

(続ける)

 キルドンム様の指摘にある通り、明治初期は「実用的な教材が組み込まれ」、「その最たるものは書簡文」で、「これが国定化前後から様子が違ってきて、藝術化、精神化へと傾斜してゆく」。つまり現代のみならず戦前とも根本的に教育思想が違う。そこを見落とすと戦前イメージが単純に括られ、学校教育における習字が書道に変貌していった理由自体ひどく曖昧になってしまいかねない。と云うのも、当時は国語そのものが成立途上にあり、言文一致思想による「文語からの脱却」と並行して、早くから英語国語化論なども取り沙汰されてきた。日本語の効率的運用が急がれてきたのには富国強兵上の必要もあり、そうした諸々の意味で国語自体が流動的だった。
 また主に書写教育では所謂「ノメクタ」教科書以降、教材の系統性だの要素別学習だのといった論点が重視されるが、大抵そうした場所では行書先習論など蒸し返される事はない。楷書と平仮名を繋ぐ水脈から行書が排除されると、筆脈は楷書に居場所を失い、漢字は平仮名に来歴を失う。にもかかわらず行書はさも難しい書き方であるかの様に扱われ、それより難しく見えてもよい筈の草書を更に草略した平仮名がさも簡単そうに刷り込まれる。…あれは小学校に入る前だったか、朧なる記憶がある。吾輩は「あ」と書いた。縦線を左に曲げた後、ぐるりと書きながら鏡文字となった事に気付く。模倣に理由は要らない。幼児は理由を考えるべきではないかの様に、可愛らしい子供だった私は平仮名を稽古した。しかしそこに原型たる「安」の面影はない。「安」の書写体(ワ冠を「女」第一画が貫く形)もまた然り。楷書からの書写体排斥が楷書を活字体に屈服せしめ、諸々の筆脈示導システムを漢字からも筆順からも遠ざけていった。
 難しいとか簡単だとか、そんなイメージを誰が決めるのか。読めないものは難しく見える。ただそれだけの事ではないのか。小学生の頃から漢字と仮名の狭間に「排除の論理」を刷り込んでいないか。そのつもりはなくとも事実そうなっているとしたら、たちの悪さでは不埒至極と云ってよかろう。そこでは無自覚の常識教育(…洗脳?)が過去の文化を当然のごとく滅ぼしていく。しかも後になるにつれて、規律指導=躾がいっそう自覚的に強化されていく。無自覚が自覚に変わる時、その衝撃はワーグナーによる舞台神聖祭典劇の第二幕でパルジファルが悟る、あの一瞬と同じくらい劇的となるだろう(↓の動画では2:03以降、ただし英語字幕)。自覚は麻薬患者のフラッシュバックにも似た形で、今度は本格的に漢字と仮名を分かち始める。生徒は既に「虜の主体性」を己がものとして自覚しているにもかかわらず、そうした方向へと「過去に無自覚な教員」や周囲の環境が引き続き仕向けていく。この追い打ちと対比が戦前から延々と繰り返されてきたからには、もう後戻りなど出来る訳がない。敗戦に乗ずるかの様な形で戦前と戦後は連続する。漢字制限も仮名遣い変更も戦後の占領政策による強制ではなく、どれもお膳立ては戦前に概ね済まされていた。
http://www.youtube.com/watch?v=OUu0WU9BZMM
 『WiLL』2011.7号P.282で、渡部昇一先生は小学六年の習字「貼書き」でビリになった事についてこう書いている。「しかし、父は家に帰っても叱りもせず、愚痴も言わずに、ぽつりと「これからの世の中は筆の字の時代でもあるまいからな」と、自らを慰めるように言った。何しろ昭和十八(一九四三)年のはじめで、ガダルカナルから日本軍が「転進」しはじめる頃だった」と。~この時点で、明治十二年の教育令制定から数えるところ六十年以上が経過。その間に書教育は変貌を遂げていった。日高秩父の書いた国定第一期「尋常小學國語書キ方手本」は明治三十七年以降、第三期の所謂「ノメクタ」教科書(第一学年用)は大正七年以降に用いられた。かてて加えて当時の数十年間、巷間では漢字廃止論やローマ字化論、先に述べた英語国語化論などが民間から政府までのあらゆるレベルで蠢いていた。
 総ての国民が活字モダニズムの真っ直中に居た(印刷機を使う新聞社にとって漢字制限は好都合)。モダニズムと機械には密接な関係がある。軍事的には第一次大戦で登場した戦車。それをデザインした機械式腕時計のカルティエ「タンク」。軍艦は大艦巨砲主義から空母の時代へ向かう。戦争交響曲ならショスタコーヴィチ。機械主義と呼ばれた音楽にはプロコフィエフの交響曲二番などがあった。機械が機械を作るさまを映画で描写すればチャップリンが思い当たるし、その気になれば枚挙に遑ない。こうした文脈で「ノメクタ」以降の習字・書写教科書を見ると、指導法自体が機械的原理を要請するのは自然の流れであって、それに付いて来られなかったのは「時代遅れ」の書家達の方…とは言い過ぎだろうか。ただしそこに書写書道教育原理はあるが、実用があるとは考えにくい(アナクロニズムがモダニズムを使いこなすなんて?)。
 アナクロニズムの側が自ら視野をモダニズムの領分まで拡張した所まではよい。アナクロニズムが実用を保守できなかったのは、モダニズムに実用の場を奪われ「ニーズがなくなった」所為ではないのか。…近代化の辺境では廃仏毀釈、国語の辺境では書教育衰退。私には、どちらも似通った経路を辿ったかの様に見えてくる。どちらも百年以上の歴史を経た結果、今では葬式仏教と芸術書道に至っている。前者に残されたのは「葬式という名の実用」だった。ならば後者はどうか。まさか実用書道ではあるまい。~芸術がパフォーマンスを取り込む流れについてなら先日、興味深いNHK番組があった。BSプレミアム「旅のチカラ」の「十九歳 書の心を知る」(2011.6.14放送)。ドラマ「とめはねっ!」で主演した朝倉あきが、西安交通大学の一年生達と書道パフォーマンスを紹介した。老人達が水で道端に書く「地書」や席書との対比に、番組を見るこちらは心痛と云うか羞(おっと、以下自粛…汗)

 またまた閑話休題。(内心、脱線したつもりはないけれど…)
 今更「実用性を取り戻せ」と叫んでも所詮、アナクロニズム丸出しの妄言と嘲笑されるのが落ちだろう。大抵は「書く事」しか見ていない上、「読まれる」対象の方は共食いが前提となっている。先ず活字・楷書・現代仮名が他の書体や変体仮名を食ろうた後、次は食った側が食われる側に回った。すなわち、嘗て活字は書字の模倣だった。それが今では、書字が活字を模倣する様に予め仕組まれている。活字そっくりに書けば書写体の入り込む余地はないし、活字をヘタクソに書けば「味わい深き書道となる」(皮肉)。どうして学校は九成宮醴泉銘みたいなヘタクソな字を倣わせるのか。レタリングの様なウマイ字をやらせればいいのに。多くの人が内心そんなふうに感じているのではないか。そうとでも考えない限り、「書ける人を育てるのではなく、読める人を育てる」てな具合に道を踏み外した苹が反省(自己批判?)を深めるのは難しい。
 「卵が先か、鶏が先か。」~この問いは難しい。しかし「書くのが先か、読むのが先か」なら、教育上は「読むのが先」と相場が決まっているだろう。少なくとも国語教育、漢字の書き取り学習では大概そうなっている。ただし国語教育には重大な欠陥がある。「読む」対象は文章であって、文字は置いてきぼりを食らう傾向にあるからだ。ややこしい文字など誰も読みたくないし、不都合な事は教えたくない。例えば活字の形が「鬱」なら、黙ってその通り読み書きすればよい。書けないなら交ぜ書きで充分。誰も「書写体で書け」とは指導しない。そこでは「書字が活字を模倣する」(関連稿はこちら↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_p_468.html
 戦後、同一の文字意識に属する字体群のバラバラ殺字事件が起こった。その一つが新字体の制定で、これにより字体に新旧意識を持ち込む壮大な国民洗脳が実現した。新字体(モダン)と旧字体(アナクロ)を別物と捉えると、相対的には書写体の立ち位置までもが変化する様に、過剰な整理整頓指向の延長上に波及効果が連鎖すると、より広範囲に文字意識の群体的同一性が損なわれていく。この出来事が活字の規範性強化に役立つのは云うまでもない。当時、最初の障碍は既に克服されていた(明治三十三年の変体仮名廃絶)。
 文章だけが「読む」対象ではない。文字を読み、字画を読むタイプの読み方もある。中には、音声を必要としない読み方もある。もし漢字が音声を必要とするならば、元からある音声と新たに接続された音声との混交文字として、先ず音訓分析が優先される事になるだろう。しかしそれでは「読み方は分からないが、字面で意味は分かる」タイプの読み方が論外となってしまう。~こうした音声優先主義の言語観は西洋から入ってきた。そこに無理矢理「日本語を準拠させようとする」研究者や教育者も登場した。すると必然的に、副次的な意味で「字面を読む」タイプの読み方はアナクロニズムへと追いやられていく。大学では「分相応に」なら研究してもよいが、義務教育や中等教育には相応しくないものとして、ぞんざいに扱われていく。
 …「其一」末尾で先日、こう書いた(↓)。
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> 学校で研究するのではなく、学校を研究するには、時として学校が邪魔になる。学校で学校を研究する場合、時として学校の邪魔になる。その辺が難しい。学校の邪魔にならない場合に限り、学校で学校を研究できる。学校は研究者を飼育するからだ。そもそも学校で研究が許されているとは限らない。研究してもよい事と、研究してはいけない事。その境界を見定めないと、学校という組織に自分を同化するのは難しい。
> 「想定外」という言葉がある。最近よく聞く常套句だが、遣い方によっては「想定内」との間に危険な断層を生じさせてしまう。割れ目にはエロティシズムが垣間見える事もある。期待される恍惚感が絶望的なまでに唆される時、そこでは絶望そのものが甘美となるだろう。つまり「想定外」と「想定内」との間に境界はなく、甘美な何かへ向かう点では共に軌を一にする。排除されるべきは断層の方であって、そこを埋める事によってのみ、言葉もまた無事に埋め立てられるだろう。断層が埋葬されるのか、断層に埋葬されるのか、共に対象を見定めるのは難しい。
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 この「断層」について、キルドンム様との遣り取りを契機に再認識させられたものがある。書教育側から見れば若干の疑念は残るが、ともかく日本人は(曲がりなりにも)国語を大切にしてきた事を。国語に依拠する事でたとい書字文化が滅び行くとしても、活字文化に憑依した国語はしぶとく生き続ける。その証拠が古文・漢文指導における記述様式の捏造。あれを活字に置き換える事で変体仮名は円滑に一掃され、現代国語との接続が却って容易になるのだから。平たく云えば、古典を現代国語の書記様式へと「翻訳」する事により、現代国語が古典を馴致できる様になる。硬筆だの毛筆だのといったマテリアルの差異は(この場合)どうでもいい。それより活字マテリアルを隠れ蓑にした上での、円滑な接続から弾き飛ばされた書字マテリアルの方が、逆に翻訳を要請するタイプの「学術化」に席巻されつつ高等教育側に占有されていく。その場は小さな学術社会。小さな社会が大きな社会を支配できる構造にある時、そうした学術社会は所謂「有識者」達の黒幕であるかの様に振る舞う事ができる筈だが、どのみち胡散臭さと後進的印象は否めまい。それを象徴するのが所謂「白髯長鬚」ではなかろうか…との不安がキルドンム様との遣り取りに過ぎった。書字そのものを想定外とする言語・文学研究が、それとなく活字論文の世界に瀰漫しているのではないか。活字というバイアスに導かれない限り即座には読めなくなってしまった、そんな他者世界が翻訳的属性をグローバルに自己化する…つまり、過去の日本語=古典は既に日本人の言語ではなくなってしまったのではないか。ここでの日本語と外国語は、いったん国語に翻訳してからでないと理解できない点で言語認識上の迂回性を共有する。

 そう考えると、多くの日本人が英語を駆使できない理由に或る可能性が浮かび上がってくるだろう。「(日本語で考えるのでなく)英語で考える」上では音声の優位性が窺われるが、その様な特徴を日本語古典はもはや必要としていない。実用されない死語集積体は専ら「読まれるため」だけにあり、そうした特徴が反面、同じ「他者の言語」たる外国語に反映していくとしたら。
 言文一致を目論む前の日本語は、文語の共通語性がありのまま実用を担っていた。片や音声言語は方言優位。それらを統合するのが言文一致思想に基づく国語であって、文字言語と音声言語の双方に企てられた変化には相応の破壊的インパクトがある。前者の古文は死語化/古典語化に向かい、後者の方言は撲滅へと向かった。かつ前者は字面の姿を変えつつも国語の中に取り込まれ、後者は細々と地元民の間で引き継がれていった。もし、文字言語と音声言語のバイリンガル状態を克服するための思想が言文一致だとしたら、そこでの国語は或る意味「世界の中心」をなす共通語を目指した事になりはしないか。日本人は元々バイリンガル状態に慣れていた。東北弁の人士が九州弁を理解するよりは難しかろうが、ポルトガル語や中国語を学ぶのと大差なき水準で英語を「実用的に」学ぶニーズもそこそこあった。目的は通商と外交。勿論そのための語学力を国民全員が必要とする訳ではない。
 総ての国民が外国語を必要とするケースは日本が植民地化された場合であり、時には支配層たる外人の言葉を理解できるか否かが生死を分かつ。この意味で語学力は或る種の防衛力となる。モダンどころではない死活問題を強調すればするほど、アナクロどころではない無用の長物に冷淡となるのは~例えば(やや時代は下がるが)英語国語化論で有名な初代文部大臣の森有礼あたりにしてみれば、極めて主体的なリアリティの下で切実と映った事だろう。しかしそれは政治家の見方、庶民にも通用するとは限らない。明治初期の教育を振り返ると、世間の実情(行草変体仮名交じり書記慣行)にそぐわない学問的な「楷書先習」は傍迷惑この上ないものだった模様。況んや英語学習をや。それを小学校からおっぱじめたのでは、学ぶ方がたまらない。表向きは義務教育なのに、就学率は低かった。因みに英語が本格的な実学意識の範疇に入ったのは占領期以降。国語(活字優位)と古典的文語(書字優位)との乖離状況が全国規模で浸透した後の話と云って差し支えあるまい。文語は既に国語へと吸収されていた。ところが日本は復興を遂げ占領時代から脱した。実学英語はビジネス英語の領分となる一方、学校英語は受験英語へと傾倒していく。
 断層への自覚を阻む、「英語の分裂」と「国語の分裂」。~一方では実用と教育が乖離し、一方では実用と古典が乖離する。前者には一見アナクロもモダンもないが、後者となるとそうはいかない。歴史認識や文字認識それ自体、文化障壁となる可能性が前々から潜勢している。そこに余計なイデオロギー抜きの批評を差し挟まない限り、臨床状況の抜本的復旧は見込めないのではないかと思う。ただし復旧が改善と云えるか否かとなると、国語教育理念における見解の相違に揺さぶられがちではある。外野に追いやられた書教育側から見れば相変わらずの堂々巡り。そこのところが難しい。

(了)
 …となる予定がすっとこどっこい。この後たぶん補稿が続く。



8邪魔にならないように合いの手! ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/07/23 (Sat) 06:26:53
ガンガン、行きましょう^^
丁寧な前説で読み易くなっております!



8続・採択慶賀 ( 苹 ) New!!
2011/07/29 (Fri) 06:50:33

続・採択慶賀
 育鵬社の教科書が各地で続々と採択されている模様。これまでと比べれば(分裂前の「つくる会」時代を含め)、かなり調子はよいらしい。自由社の教科書にも大いに健闘して欲しい。保守には保守なりの「アゴーン」があろう。紋切り型の批判は似合わない。セレブ奥様ブログには小山先生側からの比較分析が載っていて勉強になった(↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1136.html
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1140.html
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1141.html
 先日カラヤンを話の種にした。教師らしさ、という事ではバーンスタインの方がよさそうに思えるが、それは授業の観点であって、リハーサルとなると甲乙付け難い(両者のリハーサル風景はLDで、後者のハーバード大学講義はDVDで見た)。教師としての人間味に個人的感覚上の嫌味を覚えたとしても、内容と相性を混同しては目が曇る。ところが他方では、相性が内容への誘いとなる例も少なくない。その辺の工夫を誰もが凝らす事になるのだろう。…こんな記事が目に留まった(↓)。
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1311768617/-100
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=11&category=2&newsid=14711
 国語教科書への参入にも期待している旨、これまで幾度か書いてきた。しかしよくよく考えてみると、その難しさは並大抵でないらしい。国語百年とそれ以前の歴史との接続に、所謂「和文リテラシー」の衰亡史が絡んでくる。書写教科書にも同時参入せねば筋が通るまい。そのための環境が整うまで、あと十年はかかりそうな気がする。去勢された書教育にも、日本語破壊(英語国語化?)を内包した国語教育にも、共にGHQ占領時代が影を落とすのみならず、明治維新の破壊性が問われる事になるからだ。
 NHKの朝ドラ「おひさま」は取り敢えず新獲の東芝BDレコーダに全部録画してあるが、怠けていたらアッという間に百回目を過ぎたのね…(汗)。蘭様のレスに慌てて初回から見始めたものの、これがなかなか進まない。塵も積もれば山となる。この週末、何回目まで行けるだろうか…(orz)。

(以下余談…いや、実は本題か?)
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7305730
 前稿(と云っても旧稿再掲↑)を出してから十日が経つ。…あれこれ考えぬでもない。このまま「とめはね」やら「俺妹」やら、ずるずる再掲を続けてよいものだろうかと。もうひとひねり必要なのではないか。さりとて、原発汚染水のごとく溜まり続ける脱線話がいったん溢れると、これはこれで始末が悪い(?)。
 てな訳で~何年ぶりになるだろうか、このところ久々に支流を2chに繋ぎ、覗き見ては「俺なら何を書くかなあ」てな具合に脳内堤防決壊を防いでいる。前にお邪魔した時は大いに盛り上がった。その時のを見たか否かは定かでないが、休刊号となった『篆刻』第80輯(東京堂出版)の「編輯後記」で先年、北川博邦ゴクアクニン大学教授(?)が思わせぶりな事を書いていたのを思い出す。以下抄録。
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○この編輯後記は、それこそ編輯最後記であるから、例によってふざけたことの一つも書かねば収りがつくまい。友人の某君、年来すっかりパソコンにはまって、逢う人ごとに一くさり講釋をする。2チャンネル中に書道の専欄がある。投稿のほとんどはゴミだが、その中のやや見るべき者をいくつかプリントアウトしてきて見せてくれた。いやあ、どこのどなた様か存じ上げませんが、いいこと言うのがいるねえ。思わず膝を拍ち一献さしあげたくなる。でも匿名だからどうしようもない。というわけでパソコンなる者をちと見直し、同君おすすめの古書の目録を人に頼んで出してもらった。先ず手始めに引いてみたのが、ホウジョウ、法帖である。いや驚いたのなんのって、最初に出てきたのが、なんと「月影忍法帖」。たしかに「法帖」の二字は入っているのだけれどなあ。淳化法帖なんてのは、おしまいの方にちょっと名が出てくるだけ。パソコンなんてこの程度のものさ。しょせんはガキのおもちゃ。なまじちと見直したりしただけに、大いに気勢を削がれた。別の友人、かつて歴史書出版の老舗の編集部にいた。さる編集会議の時、私に法帖史を書かせたらと提案したら、脇から声あり、あの人の専門は鎌倉時代だったの。北條氏と間違えられたのだ。いやはや、こういうのをシナ風にいうと、啼笑皆非、になるんだろうな。
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 この本、発行は平成十五年三月とある。拙稿とは無関係かも知れないが、これを見て「ゴミ扱いされる稿は書きたくないナ」と思っていたら、その後いつの間にか長々とした粗大ゴミだらけになっちまった気がせぬでもない(そんでもって過疎板化…orz)。今更2chで短文の練習をしても無駄、との思いが半ば過ぎる。あちらに書くとは限らない。
 こちら天バカ板に出すための稿を今、いくつか並行して書いている。多分ボツになるのが多かろう。次稿はやはり…予定通り「とめはね」ネタの再掲から始める事になるのかな。



8余談追記 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/02 (Tue) 00:12:36

余談追記
 で…その後の2chだが、一部の書道関連スレッドでは「俺なら何を書くかなあ」と、覗き見ついでに書き込み実験の最中だった訳である。スレの流れを見ると初めの方は緩やかで、やや横柄な所が面白そうなキャラのコテハン某氏が登場した頃から少しずつ活気が出てきた模様。と云っても一日に数十件の書き込み数ゆえ、千件に達するまでは暫く間がある筈。これはお誂え向きと早速便乗、私も邪魔にならぬ程度を目指して口を挟み始めた。
 短文練習と云っても苹の事、それなりの長さにはなる。書きたい中身を短く詰め込むと、どうやら傍目には難解と映るらしい。~住人方々の遣り取りを傍観するのは楽しい。拙稿への反応らしきものから話題があれこれ別方向に拡がっていくさまも興味深い。因みに下記スレの場合、三月の例外落書一件を除けばコレが拙稿の全部(↓)。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/gallery/1285312539/
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>477 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/07/22(金) 01:23:25.63
>ざっと見ると、書道は大体こんなイメージになるのかな。
>(ここ百年は通用してる視点)芸術書道
>(うまく共存できてない視点)視覚芸術、言語芸術、教養芸術
>(蚊帳の外にある学問的視点)和文リテラシー、古文書学、東洋学、文学
>(形骸化または堕落した視点)実用書道、教育書道、習字
>(これから主導権を握る視点)パフォーマンス書道、コメンテーター兼業書家
>特に芸術書道は、文字とか余計なのを切り捨てていけば最後は前衛芸術だけが残る感じ。
>今や学者の書なんざ芸術扱いされないばかりか、巧い人ほど古臭くて見向きもされない。
>ならクラシック音楽を芸術扱いするほうがおかしい。ピンからキリまで知識だらけだし。
>となると、芸大に書道は合わない。知識も哲学も捨てた書道からは何も学べそうにない。
>もし書道を芸術扱いするなら、むしろ芸大からクラシック音楽を追放すべきじゃないか。
>すると若手音楽家が一斉に反発するだろう。ジジババの演奏を本気で尊敬してるらしい。
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>539 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/07/27(水) 07:40:32.47
>技術(テクネー)の中で、芸術に相当するのが模倣的再現(ミメーシス)のテクネー。
>模倣や再現にとって独自性とは何か。元々「アート」概念を輸入した時点で曲解がある。
>活字依存の国語創設以降、書字を読めなくする教育の推進により模倣も再現もなくなる。
>そこに軒並み「新しい」芸術が流入、「古いものはダメ」と曲解する風潮が一般化した。
>芸術は「分からないのが当たり前」。文化の歴史的接点を捨てたのだから仕方あるまい。
>子供らしさ偏重の美術教育では、子供の天使らしさが神に繋がる宗教性を教えなかった。
>あちらでは神が創造し、人間は模倣する。ユマニスムでもルネサンスでも背景は同じ。
>そんな土壌に培われたアート、クンストから、技法を捨てて神を冒涜する方向へ行く。
>日本人がアートに踏み込む行為自体、見方次第では芸術上のテロリズムと映らないか。
>異文化交流は互いの文化が前提。その一方が「読めなくなってから」書道アートとは。
>オペラの原語上演はトスカニーニ以降で、作曲時点ではモーツァルト以降だったかな。
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>575 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/07/28(木) 01:16:45.57
>昭和の後期、ぼちぼち老成期に入った頃の重鎮書家達による臨書集が続々と出版された。
>それまで主導権は流派側にあった。師匠の臨書を基準とした近視眼が悪弊になっていた。
>様々な人の臨書を系統的に比較できると、師匠を離れた臨書の可能性が新たに拓かれる。
>臨書の役割は昔と明らかに違う。古典は権威的シンボルから世俗的ツールへと変化した。
>平成に入ると世俗化の悪弊か、表現の恣意性が漂流し始めた。権威はどこにあるのやら。
>古典と権威は機能面で不可分ながらも、世俗以外での混同は却って世俗的実用を滅ぼす。
>
>権威は模倣に霊感を与える。再現に向かうのは霊感の方であって、権威は模倣できない。
>この権威を代行したのが開国以前の師匠。その限りで、古典が貧弱でも仕方がなかった。
>古典を鑑賞できたのはごく限られた人々。ゆえに伝承者たる師匠には古典的風格が要る。
>師匠の書を模倣するのは古典的霊感を間接的に読むためであって、模倣が目的ではない。
>霊感が古典的なのは歴史的普遍性ゆえ。現代的である事の普遍性もやがて古典的となる。
>古典的である事は言葉の古典的可読性と同様、古典そのものとは役割が異なる点に留意。
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>702 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/07/29(金) 20:40:38.86
>芸術書道の基礎は実用書道で、その模範が教育書道。つまり基礎があれば誰でも読める。
>基礎は義務教育で学ぶ。それを補助するのが民間の書塾。中卒なら草書も仮名も読めた。
>ところが基礎レベルは劇的に低下。大多数の学校が半世紀以上前から指導放棄してきた。
>学校でやらないなら塾に行く必要もなくなる。悪循環は深刻化、塾のレベルも低下した。
>基礎なき生徒が高校でいきなり芸術書道を学ぶ必要上、教員達は芸術名目の基礎を捏造。
>学校側では現実を追認する方向で学習指導要領を再解釈し、元々の基礎を隠蔽し続けた。
>国旗国歌問題とは桁違いの学校が関わっている。既に文部省の解決できる規模ではない。
>未履修問題の露見で文科省は、世界史と違い実効性のある改善策が取れない事を認めた。
>
>実用書道を実用たらしむるには、範型たる教育書道との照合による判読幅の拡張が要る。
>教育書道は硬直的で、実用は変形が前提。ゆえに美的変形は実用に芸術書道を包含する。
>範型の書風変化は実用に大きく影響。変形の個別性を支えつつ背後で時代性を区画する。
>幕末以降は御家流、菱湖流と顔法、国定手本と古典の融合、戦後教科書の順に遷移した。
>実用書道への影響は菱湖流まで。以後は急速な芸術化が進むにつれ可読性が乱れていく。
>仮名統一と漢字節減を経て、占領期の書教育禁止以降は芸術の名目が建前へと変化した。
>実用上の基礎から切断された芸術書道は、過去の鑑賞基準を失いつつ個性の遊走に至る。
>保守的個性は古典帰依、革新的個性は国際芸術、実用的個性は「読める書」へと隠れた。
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 いつもの事ながら投稿ペースは一日一稿以下を旨とし、推敲ゆるゆる何度か書き直してから出す。…そうこうしているうち、誰に巻き込まれたか「全サーバ規制」とやらに引っ掛かって投稿できなくなった。その上あちらの書き込み数は一日数十件だったのが百数十件へと増加したりする。規制解除になる頃は既に手遅れ、投稿限度の千件に達してスレ自体が消えているだろう。
 数年前の遣り取りでは、私と某氏の一騎打ちが熱かった(そして楽しかった)。それとてスレが千件に達するまでの事。今回は下記準備稿を出せそうにないので、こちらでチョイとばかり立ち小便して置く。
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>佐藤道信東京芸大教授の著書を見ると、書画が昔から芸術である事に議論の余地はない。
>技術の伝承を重ねるうち、画風や書風は自ずと分岐する。ただし急激な変化は殆どない。
>また西洋画家の工房的印象に、諸々の社中や展覧会組織、大学などを重ねる見方も可能。
>そこには個人性と集団性の差異が絡む。音楽では独奏と合奏を指揮者が束ねる例がある。
>個々の演奏技術と指揮者の楽曲解釈は別物で、技術の統一性も解釈の個性と矛盾しない。
.>書道の工房的側面に難があるとしたら、参加以前の段階で身に付けるべき基礎の不足か。
>
>頭目は展覧会の書風しか書けないのではない。様々な学書を経た結果だけが目立つのみ。
>そこでは多様な古典や現代書が基礎に相当。長年の取捨選択を経て書風収束へと向かう。
>集団には相互錬磨の機会があり好都合。また頭目を罷免する場合、多くは会が分裂する。
>団体の集金システムには稽古謝礼の他、書人同士の供出を展覧会費用に充てる面がある。
>大抵は入場無料。有料展には媒介者が絡む。カネの問題は音楽界の方がより深刻と聞く。
>ブローカー、プロモーターなどの媒介者は、メディア露出や作品売買でマージンを取る。
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8Re: 祝! 教育再生機構教科書採択! ( ミッドナイト・蘭 ) New!!
2011/08/03 (Wed) 00:21:20
転載でスマソ!!

[続々! 育鵬社、歴史公民教科書、採択決定第4号!(速報)]

☆今日も今日とて残業で、いまだに『カーズ2』も見に行けず、

「さて、今日のブログ更新は何を書くべぇ」と思案し帰宅していたら、速報メールが入りましたよ!!^^

 都立中高一貫校10校に続き、神奈川県立中高一貫校の平塚中等教育学校で育鵬社の歴史教科書が採択されました^^v

   《神奈川の中高一貫校も育鵬社採択 (2011.8.2 15:18)》

 <神奈川県教委は8月2日、県立中高一貫校のうち平塚中等教育学校(平塚市)で来春から使用する歴史教科書として、教科書改善の会(屋山太郎代表世話人)のメンバーが執筆した育鵬社の教科書を採択した。育鵬社の教科書は平成14年度から発行されている扶桑社の歴史・公民教科書を継承。東京都立の中高一貫校全10校や神奈川県藤沢市などでも採択されている。(SANKEI EXPRESS)>

 非常にいい流れです!!!

 日本の国土の輪郭をハッキリさせるために、先日、(私、挨拶し、握手したことのある)新藤義孝衆院議員ら自民党議員3人が竹島絡みの視察のため韓国を訪れ、遺憾ながらも入国拒否されましたが、

 日本の精神の輪郭をはっきりさせるための教科書改善運動は、日教組や日本共産党、特定亜細亜3国の妨害を振り切り、育鵬社教科書の採択が続々と、順調に決まっております^^

 でも、まだまだ、ですよ^^

 これからが勝負です!!!

 ゴソッと、まだまだ採択を取りますよ^^

   ◇

 我々、「真の保守」が見限った、斜陽の「新しい歴史教科書をつくる会」の自由社教科書は、さて、どーでしょーか?

 情けないことを仕出かしています・・・。

   《教科書の年表、他社から流用「つくる会」主導(2011/08/01 22:00)》

 <「新しい歴史教科書をつくる会」が主導し、今春の教科書検定に合格した自由社(東京)の中学歴史教科書の2012年度版が、日本史年表のほぼ全部を東京書籍の教科書から流用していたことが1日、分かった。文部科学省が注意し、自由社は訂正申請するという。市販本は回収を始めた。
 自由社によると、10、11年度版や、今年5月に発売した市販本でも流用していた。同社は編集著作権を侵害したことを認め、
東京書籍に謝罪。横浜市立中学校など使用中の学校や教育委員会にも謝罪と経過報告を記した手紙を送った。
 基になったのは東京書籍の02年度版の年表。旧石器時代から現代まで一部の表現を変えた以外ほぼ引き写していた。
 自由社は「当時の編集長が既に退職し、詳しい経緯は分からないが、申し訳ない」と釈明し、東京書籍は「無断で流用された
ことは大変遺憾」と話している。(日本経済新聞・共同通信)>

 まあ、この記事は、私は、こちらのブログの情報で既に知っていたよ・・・。

     《★東京書籍の年表を盗用した自由社版教科書-記述検証〈6〉(2011年05月26日)》(←クリック!!)

 しかし、保守を名乗る団体が、左翼教科書・東京書籍からパクるとは何事か!!!

 けしからんッッ!!

 しかも、「当時の編集長が既に退職し、詳しい経緯は分からない・・・」だとぉ?

 おい、「つくる会」ッ!! お前ら、全て「ハゲ松(松本謙一。前「つくる会」東京支部長:小林よしのり氏追放に暗躍した男。鉄道マニア)」の責任で済ますつもりかよ。

 で、だ。

 その「つくる会」教科書(自由社)の採択はいかがなものか?

 な、何と、現在のところ、都立特別支援学校で公民が80冊決まっただけです。

 歴史教科書に至っては、今のところ「ゼロ」です。

 ・・・やっとこさ、やっとこさ、「保守派内紛」が、こちらサイドの完勝で終わりを告げそうです。

 でも、左翼との戦いは、まだまだ続く!

 まーだまだ、ここはがめつく、採択を勝ち取るぞ!!!

 「頑張って、いきまっしょい!!」

 「しょい!!!」

                                                      (2011/08/02)

 PS.つくる会サイドは、現状をどう考えているのでしょうか・・・?



4「とめはね」再掲 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/09 (Tue) 23:56:02

「とめはね」再掲
 いつもの様に数日遅れの「書道美術新聞」が届くと、一面記事に目を通した後、毎回楽しみにしている小竹光夫「備忘言志録」連載を読む。~2011.8.1付の最新966号は書道パフォーマンスのネタだった。どうやら教え子が高校で教えているらしい。そこの生徒がやりたがったとの事で、小竹教授は当初絶句した模様。生徒達の身勝手な自己満足が一番アブナイ。これを教授は「刹那の舞」と表現するのだろう。しかしそうはならなかった模様。よかった、よかった。…でも、ほんとにそうなったのだろうか?(一寸先は闇)
 小竹先生は綴る。「大切なのは、本人たちが「良かった!」と実感するだけでなく、そのことを通じて見る者に何を与えたかであろう」と。…とんでもない。もしかしたら、そっちの方がアブナイのかも知れない。敗戦後の書道教育は「軍国主義に加担した」咎で指導禁止と相成った。その後遺症が今も残存しているからこそ、書教育が未履修レベルに至るまで堕落し続けてきたのではなかったか。この状況を却って好都合と見る向きが、教育界には~国語方面のみならず、現に、ある。

 中には「教育上不適切」やら何やらの理由で実現が難しそうな切り口もあろう。例えば「時事ネタ書道パフォーマンス」。もし岩手県立××高校書道部と早乙女ダンサーズ(仮称)が「怪しいお米セシウムさん」騒動を承けて「怒りの書道パフォーマンス」をやったらどうなるだろうか。でっかく書く字は差し詰め「抗議」辺りになるのかいな。サビの部分で早乙女達が祈る様にしずしずと歩み出ては、稲穂片手にバレエのアラベスクに近いポーズを一斉に繰り返すさまが目に浮かぶ。因みに音楽はネット上こんなの(↓)が出回っている模様。ただし出来はひどく、あたしゃ聴き過ぎたら夜中に魘された。
http://www.youtube.com/watch?v=bAZRUQJfXlU
 こんなネタを取り上げると「不謹慎だ!」「ふざけるな!」と叱られるかも知れない。或いは実行が後になればなるほど「高校生による政治批判」の色彩が濃厚に見えてきて、ともすれば教員達による阻止行動(指導名目)が起こるかも知れない。書道パフォーマンスの「学生運動」化など、色々な意味で時事ネタはこわいかも。
 あっしの場合は副作用で、初めて見た時からテレビ局のマスコット名が「セシウムさん」だと刷り込まれた。これからは誰も本名で呼ばなくなるのではないか。…ほら、見てごらん。…見れば見るほど見えてくる。…セシウムさんがいっぱい(↓)。
http://tokai-tv.com/wandaho/
 しかしこれではただの東海テレビ叩きになる。いっそ局側が件のマスコット「わんだほ」を正式に自虐キャラ「セシウムさん」へと改称して、東北応援キャンペーンに転用したらどーだろか。実際お米は今年「怪しい」のだから(再開されたコメ先物取引の結果を見よ)、一躍有名になりつつあるマスコット柄の限定パッケージでタイアップ、「局が全量検査に協力」「応募券を集めれば××プレゼント」などと宣伝費を度外視した上で大々的に売り出す手も考えられぬではない。
 そこに再び書道パフォーマンスを持ち出したなら。~これはこれで、別方面から「教育と子供の商業利用」が問題視されていくかも知れない。本気でやるなら予め、高校野球などの前例を研究して置くに越した事はない。

 …あ、ついぞウッカリ脱線しちまった。ぼちぼち本題の旧稿再掲と参ろう。
 以下に再録する「とめはね」ネタは、管理人の蘭様からのレス(No.7708)を承けて書き始めた。延々と続く大分ネタの新聞記事転載を含め、前後する補稿の扱いをどうするか暫し迷ったが総て原文通りと決めた(誤字打鍵もそのまんま)。旧板ツリーの下層投稿を優先するので時系列順の再掲とはならない。興味ある人は各自(たぶん一人も居ないだろうけど)、投稿日時に基づき順番を組み替えてから読んでいただきたい。
 No.7861の後にはNo.7870以降の「俺妹」シリーズが続き、大震災による中断後、「俺妹」最終稿No.7934で言及したモダニズム云々を承けてNo.7951以降の「批評と臨床」シリーズが始まる。



8【再掲】「とめはね」ネタ01 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/10 (Wed) 00:26:15

【再掲】「とめはね」ネタ01
7709 【瑠璃色】ほんのり染まれ…【桜色】 苹@泥酔 2010/01/09 20:13

 初回放送の「とめはね」見たけど、なんかピンと来ない。指導は石飛博光だからそれなりのクオリティはあるんだけど、あの着替えシーン(覗きシーンとも云う)どうにかならんかったのか。まあ背中からの方が萌えるのかも知れんが、それはそれとしてストーリー展開が心配(原作漫画は未読)。永字八法の解説シーン(めがねっ子♪)は仕草が可愛かった。顔のアップよりは余程よい。しかも双子キャラとは萌えるぜ。あの手の解説の盛り込み方には期待できそう。
 ところでもうじき、ヒロイン役の子の写真集が出るらしい(↓)。水着姿ならいまどき珍しくもなんともないけど、今度のはナント書道姿の写真まであるそうな。そうなると話は別で、「写真集の宣伝をドラマ仕立てにするNHK」って疑惑が脳裏をかすめる。あのドラマって、もしや通販番組の進化形なのかしら。そうした意味でも今後の放送が楽しみだ。
http://www.wani.co.jp/article.php?article=126282699298
 それより今夜は璃子だよ璃子。土曜時代劇「咲くやこの花」が百人一首ネタ。でも札の字はピンと来なかった。たぶん「あれで読めるのかよ」と突っ込まれない様に苦労したんだろーな。素直に昔風に書けばいいのに。そして天バカ板で百人一首ネタと来れば…おっと、そう云や先日、璃子の顔をウッカリ某和服姿と脳内合成したら凄い事になっちまったんだっけ。ちょっとだけ後遺症が心配。なんとなく少しキャラかぶってる様な気もするし(汗)。俺ってMじゃない筈なんだけどなあ。(o ̄∇ ̄)o

(近況)
 ここんとこ巻菱湖『假名字源』の画像を連載してます(↓)。一晩あれば準備は完了、後はちんたら小出しに。その間ゴチャゴチャ気分次第で追記したり削ったり。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_359.html



8【再掲】「とめはね」ネタ02 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/10 (Wed) 00:29:42

【再掲】「とめはね」ネタ02
7711 「とめはねっ!」雑感(其一) 苹@泥酔 2010/01/18 23:35

 NHKのドラマ「とめはねっ!」が契機となって、取り敢えず原作漫画の方にも一通り目を通してみた。今のところ既刊六冊、話は所謂「書道甲子園」から仮名へと進む。
 …いつも思う事だが、この手の部活動漫画に授業シーンは出てこないんだよなあ。部活動と授業は無関係なのかしら。そうではあるまいに。勿論「授業がないから部活動で補う」って見方はあるだろう。現に芸術科目で書道を開講していない高校は少なくない(新聞画像は公立校の場合↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
 しかしそうでない場合、授業では何をやっているのだろうか。また授業向きの先生と部活向きの先生(?)とで何か違いはあるのか。「授業が基礎で、部活が応用」って見方もあるにはある。~ならば単行本初巻第一話に出てくる台詞の後はどうなったのか。猛女ヒロイン(?)の望月結希が、新入生歓迎会のクラブ活動説明会にて曰く。「…なんて書いてあるのか、読める?」と。
 第六巻を見ると、こんな台詞がP.52にある。「でも、これはさっぱり読めません。読めないんだから、字が間違っててもわかりません。本当にこれって、上手いんですか?」と(望月)。~設定は一年生の三学期。授業で読み方を習っていないのなら、どうやら望月は芸術科目で書道を選択しなかったって事らしい(つまり音楽か美術か工芸か…まさか未履修ではないよな)。それを耳にした大臣賞受賞の京都娘がキレて言い放つ。「「かなの書」は、平安朝の日本人がキレイな書をとことん追求して出来たんや。それを、読めるか読めへんかでしか判断できないゆうのは、あまりにも浅はかなモノの見方やと思わへん?」と。
 すると或る疑惑が出てくる。その「キレイな字」の基準が元々は「読める字」ではないのかと。そして当時の「読める」基準を教えるのが古典的な「授業」だったのではないかと。学習指導要領に定められた「国語との接続」はどうなっているのか。国語が読めなくとも構わないのならそれはそれ、勝手に学力低下すればよい。実利中心の世俗欲から見れば古文も漢文も必要ない。学力低下容認の隠れ蓑として書道が逆手に取られているのなら、「読める」という過去の常識に近付こうとする姿勢を第一義と考える必要はあるまい。表現の細部を見てさえ居れば、言語としての全体を見なくとも構わない。どちらが浅はかなのか、ここは判断基準が分かれる所だろう。

 漢字だらけの中国古典と違い、日本の仮名古典は母語書記のオーソドックスな体系(文語)に属する。そうした点では仮名の方が明らかに読みやすい筈。使用される字類も数少ない。そもそも読めない状態でも「読める字」が書けるかの様に強弁する方が不自然かつ不可思議である。仮名はそれほどまでに模倣の容易な草略体系なのだろうか。草書と平仮名(変体仮名)が交錯する和文は時代が下がるにつれて増え、明治の漢文訓読調に至って更なる不調をきたした。それを解決する手段として楷書片仮名交じり表現が台頭する様になったと見る事も出来ようが、基本的な和語表現は相変わらずの草略体であった。
 それが昭和まで続く。学校教育における習字/書写が明治後半から昭和戦前にかけて維持され、敗戦後の空白期を経て急速に芸術表現へと傾いて行った。当時は写実的絵画と対比的なピカソ、モンドリアンなどが前衛的な芸術イメージを構成しつつあり、そうした牽引傾向に「芸術」の枠組みが引き寄せられるにつれて、却って訳の分からない高尚さが「分かる」事を聖別する様になって行ったかの様に思われる。そうした場所では「日常の美」の気配が希薄化し、相対的には「何か特別なもの」であるかの様に持ち上げられそうな表現が自ずと求められていく。
 にもかかわらず、仮名は古典の影響から逃れられない。それに対して逃れた領分は漢字と交ざり合って調和体だの近代詩文書だのと呼ばれ、ひいては教育上「漢字仮名交じり書」となって平成元年度版学習指導要領の頃から本格的に漢字や仮名から離脱して行く。そうした前史を承けての書道パフォーマンスなのであろう。漢字や仮名の個別表現より「漢字仮名交じり」を誇張しようと躍起になってきた書教育の精華が結実した姿と見るならば、書道パフォーマンスはすぐれて平成的な表現をあからさまに表徴する事となろう。
(続く…たぶん)



8【再掲】「とめはね」ネタ03 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/10 (Wed) 00:32:44

【再掲】「とめはね」ネタ03
7713 「とめはねっ!」雑感(其二) 苹@泥酔 2010/01/24 19:55

(続ける)
 パフォーマンスとしての書はそれなりに古くからあるらしい。文人墨客の間で交歓し、時には酒を交えて揮毫した。尤も、例えば曲水の宴をパフォーマンス扱いするのはなんぼなんでも度が過ぎるだろうし、大幟の揮毫は神社祭礼での必要あっての事。特大の字と云えば中林梧竹の「卓々」辺りが思い浮かぶものの、いかなる場面で書かれたか固より知らぬ。それに対して揮毫中の写真が残っているのは豊道春海(画像参照↓)。最近は「一年を表す字」が師走の話題となるが、あれも多分パフォーマンスに含めて構わないのだろう。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_412.html
 音楽や舞台演出が加わる例はいつ頃から出てきたか知らぬが、戦後の前衛書道(森田子龍や比田井南谷など)との関わりならそれなりにある模様。当時はフランスの映像作家がフィルム撮影していたと記憶する。しかしこれらは必ずしも一般的意味での可読性を前提したものではないし、「読める書」への指向は平成に入ってから本格化し始める。よってパフォーマンスの歴史と「読める書」の歴史が交差したのは、ここ十数年の所謂「ストリート書道」辺りから、という事になるのだろう。やがて学校の文化祭パフォーマンスを経て、現在の「書道ガールズ甲子園」に至る。
 テレビ版の「とめはねっ!」第四回放送では、書道甲子園にパフォーマンス部門が出来る設定となる模様。…そう云や青森でも、あの類に出品してる高校があったっけ(こちらはオーソドックスな部門)。高総文の書道部門だけでは規模に物足りなさが残るだろうから勿論やり方としてはアリだけど、肉食系かつ体育系の展覧会に費やす時間があるなら、もっと教養芸術の側面に光を当てる方が後々役立つのではないかと思えてくる。ただ、そうすると見方次第では「部活動らしさに欠ける」のかも知れない。

 授業と部活動とでは、それぞれイメージにかなりの落差があるだろう。例えば授業と云えば受験勉強、部活と云えば合宿や大会が連想されたり。~因みに第三回放送の合宿場面に出てきた黒シャツ背中の筆文字は、季刊誌『墨』(芸術新聞社)のロゴでお馴染みの米元章だった(原本の画像はコレ↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_409.html
 …以下追憶。
 私も昔は高校で書道部をやっていた。ただしどこから見ても紛う事なき文化部系の文化部で、体育会系のフェロモンは皆無。当初の部員は女子ばかり。そこに猛毒仕込みの苹が入部した。…苹にも一応、部活の掛け持ちに近い経験はある。卒業する先輩女子の人数分を埋めようと掛け持ち仲間を増やしたところ、今度は忽ち女子ゼロのむさ苦しさが漂っちまった。
 あたしゃ実は応援団の副団長を兼ねていたのである。この際「団長も副団長も太鼓も書道部」って状況を想像してみていただきたい。例えば弊衣破帽の野郎どもが大音声を張り上げ、太鼓の三三七拍子や応援歌に乗って空手演舞の様に書きまくる…。当時は書道パフォーマンスなんてなかった。その代わり(?)応援パフォーマンスしていたと見方をこじつける事も出来ようが、さすがに二つをミックスする気は起きなかった。
 …静と動。
 どちらかと云えばパフォーマンスは「動」の領分ゆえ、どこかに「静」が欲しい。そんなこんなを思い出すと、書道には内向ヲタがよく似合うと感じられて仕方がない。それも筋金入りのマニアに限る。「静」の領分と強弁すればそれらしく見えぬでもないが、平たく云えば「蘭亭叙のここがいいよねヒヒヒ」の類である。~例えば、昼休みになると苹が図書室の暗い片隅にいつも居る。だから生徒会新聞に図書室図解が載った時、「ここに××君がいつもいる」と矢印付きの解説が書いてあったのだろう。多分どこかの可憐な乙女が、平凡社の書道全集を読む美少年に熱い眼差しを向けていた…てな具合に妄想すると照れるなあ。(長い黒髪のシークレット貞子とか。)
 或る日、文化祭の準備で揮毫を頼みにきた人が居た。私は快く引き受けた。指示された通り担任の名前を、石に直接「××先生之墓」と書いた。お化け屋敷をやるらしい。~因みに私は高校の三年間、他の展示を一度も見た事がない。書道展示の受付名目(?)で地縛霊のごとく棲み着き、専ら至福の時を楽しんでいた(読書&臨書)。そんな居心地のよさが書道部から失われていくかと思うと、なにやら勿体ない気がしてくる。
 漫画原作は流石である。しっかり大江縁ってキャラを残してる(砂の城でヲタ趣味は合格点)。だから救われているのではなかろうか。その上ビミョーに多様な肉食女のヴァリエーションが鏤められている(ヤンキー系&参謀系&武道系)。女ばっかの書道部なんてのは、その実ひょっとしたら「ただ恐ろしいだけ」なんじゃなかろーか。応援団よ相撲部よ。弓道部に文学部に詩吟部よ。キモ…じゃなくて、君達も書道部の救世主になれるのだ。掛け持ち上等じゃん。パフォーマンスも展覧会も、エスカレートし過ぎると碌な事はない。逆説的に云うと、「筆を持つばかりが書道ではあるまい」。にもかかわらず過度の練習が正当化されるとしたら、それはやはり自ずと部活の領分に限定されてくる。

 …話を戻そう。授業と部活動とでは、イメージに相応の落差がある筈だ。書道の授業で水墨画をやるとは思うまい。漢詩や和歌を自作させるとは思うまい。そもそも書道のイメージ自体が狭隘となっているのだから、自前の経験的イメージに縛られた各々がここでは内側から空中分解していく。部活には部活のイメージがあろう。授業のイメージが欠落している例もあろう。遠い昔に書塾に通い、そこで習った小学生レベルの習字を高校の授業に当て嵌めたくなる感覚に襲われたりもするだろう。「習字と書写と書道は違う」などと強弁したところで、そうした理屈が必ずしも世間に通用する訳ではない。この手の理屈は主に授業を前提する側で組み立てられたからだ。言い換えるなら、授業を前提しない領分~つまり学校生活の辺境で組み直された理屈が逆に授業を支配するケースもあり得る。見立て方によっては実際、既にそうなっていると断言してもよい。
 学校で授業を受ける。放課後に進学者講習がある。或いは塾や予備校がある。これら講習や塾を部活動に見立てた時、その内容は学校の授業より高度だったり濃密だったりする。そこから二つの方向性が組み立てられる。一つは「授業が部活動より高度であってはならない」。一つは「授業でも部活動と互角な指導をしろ」。どうした訳か「内容そのものを棲み分けろ」てな方向性は似つかわしくないらしい。この場合は多分、それぞれが別物と捉えられるからなのだろう。
(続く…たぶん)
7:苹@泥酔 :

2020/03/26 (Thu) 19:12:43

8【再掲】「とめはね」ネタ04 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/10 (Wed) 00:36:04

【再掲】「とめはね」ネタ04
7715 「とめはねっ!」雑感(其三) 苹@泥酔 2010/01/27 23:09

(続ける)
 実際、受験絡みの見立てを度外視すれば、授業と部活動とでは中身が別である。だから棲み分けているとも云えるのだろうが、厳密には「棲み分けを強要されている」ケースが圧倒的に多い。そこに部活動のレゾンデートルがあるとも云えよう。授業では出来ない事をやる。もしくは授業とさほど関係のなさそうな事をやる。授業と部活動との癒着を防ぐため…とまで書けば別の意味で角が立つかも知れないが、ともかく両者のニアミスは双方にとって潜在的な脅威となり得る。
 中には「部活動でやればよいから授業は不要」とするかのごとき意見の管理職も居る。後に弘前市教育長となった先生が教頭だった時、氏は苹の面前で「教育に芸術は必要ない」と断言していた。芸術科目は学習指導要領で実施しなければならぬ事になっているから、とどのつまりは管理職が率先垂範して高校教育を否定している訳である。しかし本人は多分そうは思っていないのだろう。部活動は立派な教育活動であり、それが仮に授業レベルで形骸化したとしても、包括的に見た場合の教育活動は表向き健全に行われている事になる筈だ。そもそも評価の問題と内容の問題をすり替えるのは「ゆとり教育」の趣旨に反するし、ともすれば形骸化だの学力低下だのと「誤解されやすい」面もある。そうした点も引っくるめれば、現場から見て「未履修問題をでっち上げた文部科学省の方が悪い」となるのは理の当然だろう。教育現場は「国の不当な介入を許すべきではない」。
 そう解釈するなら私にも分かりやすい。学校の方針に納得できない奴は学校から出て行けばよい。或いは初めから教員採用しなければよい。その高校で嘗て商業科教諭だった人(県教育庁生涯学習課指導主事を経て現在は知事部局)の発言を借りれば、「代わりはいくらでも居る」のである(私の記憶が正しければ、あれは確か1998年頃の発言だった)。正規の教員でなくとも学校で指導できる。それが部活動である。人材は民間にいくらでも居る。そうした見方の傍証となるのが「東奥日報」2000.11.10付記事(画像参照↓)。取材への回答に「芸術教科の場合、地域の人材活用という面もある」との文言がある。見方次第では予言的とも思える。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_p_416.html
 臨時講師の場合は常勤より非常勤の方が人件費は安く付くが、県費支出のムダ(?)を切り詰めるには更なる工夫が要る。そこで部活動の出番…と考えてみる。ただし正規の授業ではないから単位認定は不可能。それを承知の上でやるなら、部活動の教育力もまんざらではあるまい。謝礼が出るとしたら私費支出になるのかな。必ずしも顧問が指導する訳ではなく(教員の名義貸し)、具体的な指導はコーチに委嘱するケースが多かった筈。
 件の高校では最近、部活動中に生徒が急死して全国紙でも記事になったが、どう事後処理したのか外野の身には全く分からない。しかしどうあろうとも心配は御無用。何か問題があればコーチを代えればいいし、いざとなれば部活そのものを潰す手もある。~ここで漫画原作やドラマ第一話を思い起こしてみるがよい。原作第一巻P.17の台詞(日野ひろみ)に続き、P.19に「1か月以内に部員が5人以上にならないと廃部だあっ!?」(加茂杏子)とある。つまり廃部の土壌は予め年中行事のごとく受け継がれている。そこが正規の授業と大きく異なる。問題のある授業を廃する学校がどこにあるのかね。あるとしたら精々、選択科目くらいのものだろう(芸術科目の場合、書道の代わりは音楽や美術が担えばよい)。
 こんなふうに考えると、選択科目が生成途上の部活動であるかの様に思えてくる。部活動が授業を補完したり、部活動がやがて選択科目へと昇格していくのではない。むしろ逆である。高校の予備校化を既定路線とする一方で、硬直的な選択科目をよりフレキシブルな部活動へと発展=縮小させるのが、「高校教育からの逃走」すなわち「公教育から民間教育へ」と向かう、大局的見地における微視的領分の洗練なのである(そこでのスローガンは相変わらず、「民間を見習え」のヴァリエーションであり続けるだろう)。

 …高橋英樹は時代劇のヒーローだった。「三匹の侍」なども印象深いが、「桃太郎侍」の極め台詞に至っては、映画時代に扮した先達の誰もがヒデキの前に霞んでしまった(たぶん)。そのヒデキが書道の巨匠役を演じるのだから、こればかりは見過ごせない。原作第六巻を見ると木村知石系(劉蒼居系?)の書風っぽいが、ドラマの方は違う設定になるらしい。どんな具合になるのか、放送が今から楽しみである。
 そのヒデキ…じゃなくて三浦清風先生ってキャラは所詮、学校側から見れば外部の人である。書道部顧問はあくまで影山先生の方。~ただし原作第一巻P.116には以下の台詞がある。「影山先生ね、書道部の顧問なの。でも、加茂ちゃんたちにイジメられるから、部活を見てくれなくなっちゃったのよ。」(日野部長)
 これでは教育上よくないと判断したのか、NHKのドラマでは普通におとなしい独身先生の枠に収まっちまった。それはそれで構わない。気になるのは、漫画でもドラマでも「肝腎な事に触れていない」方。第一巻P.108には「ユカリや望月たち1年3組の担任」との説明があるし、また同P.103やP.156にある通り、影山先生は世界史の先生である(それもよりによって中国史ヲタらしい)。…これを書くと「所詮は漫画だ、細かい事を気にするな」と思われるのかも知れないな。ふと思い出したのは「書道美術新聞」928号(2009.12.15付)の大野修作連載で、そこにはこう書いてある。「ところが最近の学界では、「私は書がヘタで、よく分かりません」などと平気で口にする人も多く、東洋史や中国文学等のいわゆる「東洋学」関連の分野を研究している学者たちの間でさえもそうした態度が許容されているような空気ですが」云々。どうやら影山先生は「その口」ではないらしい。しかし芸術科書道を兼任している訳でもないらしい。
 …いつも思う事だが、この手の部活動漫画に授業シーンは殆ど出てこない。基礎の領分を部活動・校外活動(書塾など)・独学に依存する体質は、あからさまに高校教育の形骸化を表徴しているからだ。その実態は予備校か専門学校か託児所であって、「高校という在り方」は単なる隠れ蓑としての手続きに於てのみ巷間の互換性幻想を保つ。
 予備校的実態に関しては、先ずセンター試験が基準となるだろう。高校を経由せずに予備校から直接大学受験するには、高校卒業程度の認定試験が差し当たっての障壁となる。その部分を高校が代行する訳だ。車の運転免許は自動車学校(教習所)を経由せずとも取得できる。それと同様、高校や自動車学校は書類上の代行業を兼ねている。そこから先がセンター試験会場や運転免許試験場の出番。予備校側から見れば、高校は顧客であると同時に参入障壁でもある事になろう。試験対象外科目への予算を削れば、自ずと高校は予備校へと近付く。だからこそ高校はムダでなければならない。そのムダの部分を担保するのが部活動であるとするならば、部活動と授業との関係に於ては「必要な領分で癒着し、不要な領分で敵対する」かの様に予め校内談合せねばなるまい。
 部活動の宿主は学校である。時に学校は免疫的な振る舞いを見せるが、部活動が何らかの宣伝効果を発揮する場合、それは学校側にとって大いなるセールスポイントとなる。~私立高校が公立高校より熱心に取り組む所以であろう。興味あらば両者を比較されたし。私立側の調査資料を挙げて置く(↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_418.html



8【再掲】「とめはね」ネタ05 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 01:02:44

【再掲】「とめはね」ネタ05
7717 「とめはねっ!」雑感(其四) 苹@泥酔 2010/01/31 22:19

 「其三」までは三稿で一続きの流れだが、今回からはそんな辛気臭い構成ではなく、ただの思い付きで書いていく。…どうせ全六回の放送だもん。残りの放送分にダラダラいちゃもん付けるくらい、どうって事はないだろう。
 第四回ではヒデキが書いた。所謂「少字数」の作品だった。字は「桃」かと思ったら「跳」だった。別に「桃」でもいいじゃん(嘗て印象深き台詞あり→「三つ醜い浮世の鬼よ、退治てくれよう桃太郎」)。私生活で書が趣味なら、何度か書いた事くらいあるだろうに。…とは云え、せめて書いた後に「フウ~ッ」と息を吐いて欲しかったなあ。去年の朝ドラに出てた方のヒデキだって、スタッフが悪乗りして事務所のセットにブーメランとか星条旗のとか、昔のヒット曲に因む小物をあれこれ飾ってたし。
 あと、篆刻についてはチョットなあ。これは原作の描写がそもそも簡易式だから仕方ないと云えばそれまでなんだけど、普通は墨と朱墨で印稿を作って、それを鏡に映して、印材にこれまた墨と朱墨で書いていく。本来は印稿を丹念に仕上げてこそ、印の完成度が高まるのである(画像は印稿の添削例↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_423.html
 昔…篆刻の授業に際して、ふと「こんなケースが出てきたらどうするか」と考えあぐねた事がある。もし生徒が印稿に熱中する余り、印影提出に至らなかったら。評価の期限に間に合わない。そこで印影は未提出となる。その代わり印稿を提出…どのみち減点にはなるだろうが、墨と朱墨の盛り上がりで推敲努力の程度が如実に分かる。それを見て、誰がたじろがずに居られようか。篆刻は方寸の芸術であり、神は細部に宿る。

 趙子昂の書に蘭亭十三跋ってのがある。原本は火事に遭い、上下ともかなり焼損している。しかし幸い事前に石刻され、全貌を拓本で見る事ができる(快雪堂帖など)。~「真蹟を下ること一等」って言葉がある。精緻に刻られた碑版法帖や双鉤填墨本を指す評語だが、それでもやはり真蹟には及ばないとする前提あっての事ではある。
 あれは確か今井凌雪だったと思うが、昔こんな意味の事を書いていた。趙子昂の字はとてつもなくウマイ。そこが却って学びづらい。だから真蹟よりも拓本の方が学びやすい、と。そう云われればそんな気もするが、学びやすさは所詮どう転んでも真蹟に近付くための手段でしかなく、本人も承知の上でそう書いている。だからこそ、そこが気になるのである。
 刻られたものが真蹟に及ばないとすれば、篆刻の場合はどうなのか。そこに或る種の開き直りがあるのではないか。どんなに出来映えが精妙でも、刻られざる印稿は印ではない。そこには印の印たる機能が前提にあり、機能を失った印は印ではないのである。そして無論、こう書けば同工の批判はたちどころに書そのものへと返ってくる。読めない書は書ではない、と。書かれた字が元々「読めないもの」なら論外とする事もできよう。しかし単に書き手が「読めないまま書いた」、或いは読み手が「読めないまま見た」場合はどうなるのか。
 現代ならそれでも構わないのかも知れない。すると今度はそれが印稿の評価に跳ね返ってくる。捺印されない印でも印らしさが印稿に於て保たれるとするならば、印稿はまさしく唯一無二の真蹟である。…高校生と大学生の諸君、この疑問を身近な先生にぶつけてみやがれ。そこから自前の対話が生まれ、東洋ならではの言語哲学が醸成されていくのだぁ。

 篆刻授業で印影の提出には至らなくとも、次の提出作品に捺印するまでの間にはどうにか刻り上げられるだろう。そうなって初めて本来の機能は保たれる。保たれないのは評価だ。ここでは評価が時間に制約され、大袈裟に云えば「歴史が時間に滅ぼされる」。つまり評価は歴史の問題を左右する。時間のズレ一つで評価が変わる。しかも現実には、それをひっくるめて歴史と呼ぶのであるから、評価も時間も共に歴史の中に溶解せざるを得ない。その手懸かりを複製芸術としての篆刻から学ぶ視点があってもよい。興味があれば予め、マクルーハンやベンヤミンの著述を高校時代に読んで置く手もあろう。勧める訳ではないが(他に読むべき本はいくらでもある)、その分だけ大学時代がいっそう有意義かつ余裕あるものとなるのは確実である。
 蛇足に、朱墨を使う場合の注意点を一つ。~安物の墨汁(墨液)と同様、朱墨にも朱墨液がある。これの使用は薄過ぎるため厳禁。固型墨を磨るべし。ただし安物の朱墨は液体であれ固型であれ粉っぽい代用朱なので、水銀を原料とする本朱(銀朱)でないと墨の上にうまく載らない。
 苹の場合は当時、生徒全員分のを総て自前の墨磨機で磨っていた(県費で購入できるとは初めから思っていない)。墨運堂の本朱はサイズが小さ過ぎて役に立たないから、照僊堂の大型のをかけてトロトロになるまで終日稼働、翌朝それを瓶詰めにして生徒にスプーン一杯ずつ配給した。それでも足りないので授業の合間は職員室で鬼の様に磨墨(苦笑)。傍目にはさぞ滑稽な光景だった事だろう。銀朱の練墨があればいいんだけど、たぶんチューブ一本で一万円はする筈。だからどっちみち配給制にせざるを得ないのね(orz)。
 銀朱とは「丹」の事である。朱色に塗られた由緒ある神社のそれは大抵コレ。結構カネかかってるんだぞー。苹にとっての書教育とは、半ば歴史教育でもあるのである。



8【再掲】「とめはね」ネタ06 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 01:05:33

【再掲】「とめはね」ネタ06
7719 「とめはねっ!」雑感(其五) 苹@泥酔 2010/02/03 01:46

 続きのイチャモンは、パフォーマンスについて。
 ダンスでは大抵、音楽に合わせて踊る模様。フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングも大体それらしい。他にも色々あるだろう。…あれらは実際、どうなっているのやら。音楽に合わせているのか、それとも音楽が合わせているのか。
 つまりパフォーマンスの主役が既存の音源に合わせて踊るのか、それとも踊りに合わせて演奏したり録音したりするのかという事だ。前者なら音源は変化しないから、演者は予めテンポなどの記憶に自身のパフォーマンスを隷属させる事ができる。それに対して後者では、踊りにくい部分のテンポなどを踊りやすい様に微調整できる。事前に調整して録音する場合もあれば、その場で咄嗟に合わせる場合もある。
 オペラやバレエは生演奏に合わせるのが普通である。そして指揮者は歌手が歌いやすい様に配慮したり、ミスを補正しようと機転を利かせたりする。それが出来るのがプロなんだそうな。演奏中に各楽器が揃わなくなる事がある。例えばワーグナーの楽劇は四時間くらいかかるから、或る程度は日常茶飯事と云ってよいのだろう。キャストの急病で代役を立てる時は練習時間が取れない場合も多いらしい。そうした一発勝負が思わぬ結果を生んだりする。
 パフォーマンス書道では、複数の書者が互いの動きを合わせる。それ自体が前代未聞の出来事である。見方次第では恐ろしい事でもある。ちょいとばかり想像して欲しい。もし王羲之と顔眞卿と黄庭堅と張旭と王鐸がアレをやったらどうなるか。書くリズムを揃えられるのか。それで何がどうなると云うのか。てんでばらばらの書風を合わせるのはひどく難しそうだ。書かれた書風の調和ばかりでなく、リズムや時間配分をも合わせるのだから、差し当たっては「皆が同じ書風で書く」のが無難な落とし所と云えよう。そう考えると、総合監督は誰になるのやら。差し詰め書流の師匠は指揮者で、部長か誰かが舞台監督って所か。
 オペラの場合は指揮者と演出家の衝突が屡々あるらしい。ヴィーラント・ワーグナーの演出が気に入らなかったハンス・クナッパーツブッシュは、舞台を見ずに指揮をした事もあったそうな。二人の衝突を恐れた関係者が、クナの要求をヴィーラントが呑んだかの様に装ったらしい。バイロイト祝祭劇場のオーケストラ・ピットの上には屋根がかかっているため、指揮者から見えない死角が結構あるそうな。尤もバイロイトはワーグナーの楽劇だけのために建てられた個人劇場の性格を持つから、代々の演出家たるワーグナーの子孫が優位に立ったのは仕方がないとも云える(ただし後年は運営体制が変わった)。~片やカラヤンの場合は、指揮も演出も総て支配した。典型的なのがザルツブルク音楽祭。他にウィーンの総監督を務めた時代もあったが、プロンプター騒動だか組合騒動だかで相当に揉めたらしい。
 そんなこんなを思い浮かべるにつけ、苹は「なんとも恐ろしい事を始めたもんだ」と戦慄するのである。漫画やドラマに出てきた○×式クイズやピンクレディーの口パクは児戯に隣るからどうでもよいが、水戸黄門の物語性を踏まえた演出となると話は別。あれを掘り下げたらとんでもない事になる。実際に行われている日テレのそれは、幸いまだ単純な集団揮毫に収まっている様だが、いっそう演劇的に踏み込み始めたら書が他の領分に食われてしまいかねない。
 書は心象風景の表現でもある。元々が象形文字なのだから、出自としてはそれなりに真っ当だ。~よくドラマで台詞ならぬ台詞が流れる。例えばテレ朝の人気ドラマ「相棒」では、水谷豊の扮する警部殿を監視するために送り込まれたミッチーがパソコンの前で独白する場面がある。その内容はパソコンに打ち込まれた文章(監視記録)を読んでいるだけなのだが、あのパソコン画面が書に置き換えられたさまを想像すればどうなるだろうか。あの独白は、文字という肉体性の消失に支えられて初めて語られ得る秘事なのに、カメラの視線がほんの一瞬パソコン画面へと向かうだけで、すぐさま強烈な遡行性が際立ってしまう。本来あれは記録された文字なのだ。にもかかわらず、台本と演技の間にある途方もない懸隔を、敢えて台本をありのまま露呈するかの様な方法で臆面もなく「ひねる」。見方次第では反則かも知れない。純然たる肉体として「言葉から切り離された」演者が言葉を発する時の衝撃が、ともすれば文字の活字化から電子情報化に至る消失の流れを踏み越えて、嘗てそこにあった「書く瞬間」の肉体性により代行されてしまいかねないのだから。
 つまり今度は、もう一つの肉体性が消失状態から復帰するのである。文字それ自体が肉体であるのみならず、それを書く者が今度は肉体のままゾンビの様に復帰するのである(ここでの肉体は、言語に憑依する「肉体性=文字性」とは別物の「人=個」である)。大袈裟に云うなら、書道パフォーマンスによる「演劇への宣戦布告」が当初の意図とは無関係に既成事実化するかも知れない。…或いは、そうならねばならぬのかも知れない。さもなくば、「書道パフォーマンスは所詮、演劇には太刀打ちできない」という二級芸術性を自己証明する結果となってしまう虞があるからである。芸術としての定着を目論むつもりだった筈の芸術科書道が、それを前提した筈の部活動側から碌な意識も自覚もないまま水の流れの様に否定されていく。~こうした些か古めかしい予測が大袈裟に過ぎるとしたら、或いは「今や芸術論の時代ではない」てな具合の判断へと、従来以上に収束していくのかも知れない。
 苹は多分、相応に意地悪である。なにしろここで、或る先生を連想したくなって居るのだから。~一人は福田幸四郎。雅号を「秋湖」と云う。明治時代の代表的書家・西川春洞の七大弟子の一人である安本春湖の弟子にあたる。その御子息が福田恆存。保守論壇では説明不要の重鎮であるらしい。その御子息が福田逸。御尊父様と同様、劇団の演出を手懸けているそうな。三代にわたって書から演出へ。何か運命的なものを感じるのは、ただの「気のせい」だけだろうか。ここでの茫漠たる予感は終始一貫して不穏なままである。



8【再掲】「とめはね」ネタ07 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 01:10:12

【再掲】「とめはね」ネタ07
7721 「とめはねっ!」雑感(其六) 苹@泥酔 2010/02/07 03:06

 放送は最終回を残すのみ。後半の放送分は原作から離れ、書道の豆知識も貧弱になり、期待したほどには面白くない。実在の女子高生による書道パフォーマンスも初めて見る人には新鮮に映るだろうが、書く過程もしくは書かれた結果のどちらかで相応の差異や深度が保たれない限り早晩飽きられる筈。そしてなにより致命的なのは、あの手のパフォーマンスが所謂「書道甲子園」の場で競技化の危険に曝される設定。何をどんな基準で審査するのか、よく考えると不明な点が多い。誰が審査員になるのか。ダンスの分かる書家に頼む手もないではないし、観客による人気投票が組み込まれるなら積極的に大衆受けを狙う方が得点しやすかろう。コスプレによるマニア受け、露出度の高さによる性的興奮、「美人過ぎる××」といった具合の下馬評、そして全く個人的な好みで大方が決まる傾向(「あそこの子が好みだから応援しる」)。
 …羞恥心をかなぐり捨ててハッキリ書こう。苹の好みなら選曲はズバリ、R・シュトラウスの楽劇《サロメ》だ。候補の一つはご想像通り「七枚のヴェールの踊り」。選りすぐりの美人女子高生が蠱惑的に書きまくり、最後は恍惚の表情を浮かべながら全裸になる。もう一つの候補はクライマックスの生首接吻。ホラー映画「リング」に出てくる貞子の扮装をするもよし、マイケル・ジャクソンの「スリラー」の様にダンスを工夫するもよし。ただしこちらは実際に歌わないとサマにならない。口パクは必ず失敗する。
 いづれにしろ書道そっちのけになるのは必定だが、そこまでするほど落ちぶれては居ないだろう。そもそも学校が許可するとは思えない。ただし大学なら話は別かも知れない。「愛のコリーダ」みたいに芸術性が問われる。~この際もっとマニアックに、シェーンベルクの歌劇《モーゼとアロン》を持ち出してみるか。音楽はいかにも現代音楽のそれだが第二幕には「性的な狂宴」がある。聴きやすいのはワーグナーの方か。《タンホイザー》なら「ヴェーヌスベルクの音楽」。《パルジファル》なら第二幕の「花の乙女」が見所で、バレンボイムが指揮したベルリン国立歌劇場のビデオではヴァルトラウト・マイアーの美乳が拝めた。現実的に考えると、上演できそうなのはバルトークの《中国の不思議な役人》辺りが(以下略)

 …ごめん、つい興奮して話が脱線した(反省)。もっとマジメに書きます。
 とにかく「其五」で書いた通り、「書が他の領分に食われてしまいかねない」のはお分かりだろう。芸術を意識すれば上記の様に(それ以外でも)演出がネックとなる。
 話題を番組に戻そう。~第五回放送。パフュームの曲に合わせて練習したらヒデキが一喝。どんなオチかと思ったら、結局は「心をこめて書く」って話になるらしい。
 実際は、そんな心など存在しない。ただの幻想だ。あるとしたら調和のみ。しかし心が調和する様に、それも複数の人が書く。…これが何を意味するか。皆が心を一つにし、一致団結して取り組む。こう書くと聞こえはいいが、全体主義、社会主義、共産主義を思い浮かべる事もできる。もちろん曲解ではある。ここで恣意的に「心」と形容したものは共通言語的性格における伝統や諸法則や書風の側面を持ち、それらのコモンセンスを分有すれば自ずと調和は保たれる。ナントカ主義の出る幕はない。しかしそれでも問題は残る。
 敢えて「心」と形容したのは、番組のそれが私的な恋心と交錯するからである。私的な領分を分有できるのは当事者間に限られ、二人の間ならまだしも三角関係以上になるとややこしい事この上ない。むろん世代間の共鳴へと拡げる(留める)事もできよう。しかしそれはあくまで私的領分の分有であって、公的領分の分有とは若干の距離がある。
 ダンカン扮する縁の父親がエボシライン云々を書くシーンは石飛博光の字とすぐ分かる。一人で全文を書いている。そこに心の分有はない。分有不可能な心を敢えて分有するとしたら、公的領分に依存するか、もしくは私的交錯のカルト的な度合いを深めるしかあるまい。~「どんなにヤな奴でも俺達は兄弟だ」と形容してみよう。これが実際の血縁関係なら逃れられない。しかし元々が逃れられる関係なら、そこでの「兄弟」は偽装である。男女の間に子供が(以下自粛)ならまだ分かる。血縁の創成により、或る意味「轍」が生まれるからだ。偶然か意図的か、朝倉あきちゃん扮する柔道娘が次回でっかい「轍」を書くのは当初の予想以上に興味深い。
 轍が伝統や自然の痕跡を暗示するならば、伝統の面では無私への視線がネックとなり、自然の面では「見えない自然」へと向かう感性が要求されるだろう。~ここでいきなりデュフレンヌ『眼と耳』(みすず書房)を持ち出せば込み入った話になる。この本の副題には「見えるものと聞こえるものの現象学」とある。パフォーマンス書道の参考になりそうなネタが含まれているので、興味あらば参照されたい。例えばP.214には、こんな事が書いてある(↓)。
「あくまでも詩であろうとする詩が私に期待するのは、まず読むことである。そして逆に、私が中国の水墨画を味わうように、日本の歌絵を味わうことができるのは、単に私がそれを読むことができないからであり、また作品を意識的に歪曲することができないからである。言葉が言葉として機能するかぎり、読むことのできる者にとって、詩的なものは元来絵画ではないのだから、そこにおいて見えるものが読みとれるものよりも優位に立つことはなく、それが読みとれるものを解体するように見えても、それは依然として読みとれるものを理解するように促すのである。」
 第五回放送の書道豆知識は金子鴎亭であった。漢字書と仮名書の古典性に問題を感じた面は確かにあろうが、それはあくまで明治以降の国語改革(「国語」創成)を土台とするものであり、「読み取れなくなったものを理解するように促す」視線はむしろ弱体化に向かっている。戦後に試みられかけた「伝統の回復」を近代詩文書の表現が阻んだ面もある事を、心の奥のどこかに留めて置いていただきたい。



8【再掲】「とめはね」ネタ08 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 01:13:36

【再掲】「とめはね」ネタ08
7723 【其六補記】サロメ余話 苹@泥酔 2010/02/09 22:29

 別に拘っている訳ではないが、「なにこれ、キモーい!」と思う人に愛をこめて。(と書けば藪蛇になるのか。)
 日夏耿之助の邦訳は兵士ナラボートの一声「今宵のサロメ公主(ひめ)の嬋媚(あでやか)さはなふ!」で始まるそうな。そんな《サロメ》の原作はオスカー・ワイルドの戯曲。元々はオペラじゃなく演劇で、日本では嘗て松井須磨子が演じて評判になったとか。

 ところで、この物語ではヘロデ王が娘のサロメに情欲の眼差しを向けている(少なくともヘロデの妻ヘロディアスは、そう疑っているらしい)。そしてサロメは囚人ヨカナーン(預言者)にただならぬ興味、もしくは思慕を抱いている。誘惑すれどもその都度ヨカナーンから拒絶され、サロメは怒ってヨカナーンを罵倒する。先ずはその繰り返し。
 ヘロデはサロメに踊ってくれるよう懇願する。片やサロメはヨカナーンに夢中で、「なに、このキモいオヤジ。そんなに私で興奮したいの?」てな感じで取り合わない。ヘロデはなんでもくれてやるからと歓心を買おうとする。…ここから先はSM女王様と奴隷オヤジの関係まっしぐら。サロメは踊りながら一枚ずつヴェールを脱ぎ捨て、ついに頂点で全裸となる。オヤジの懇願は叶えられた。するとサロメは「あんた約束したでしょ!」と詰め寄る。サロメが欲しがったのは、銀の盆に載った「ヨカナーンの生首」だった(!)。ヘロデは嫌がる。サロメは追い詰める。ついにヘロデはサロメの欲しがるものを与えよと命を下す。(この後サロメは生首相手にさんざっぱら歪んだ愛をぶちまけるんで全員ビビりまくり。ついに生首接吻と相成る。恐怖の余りヘロデは「この女を殺せ!」と命令し、槍を構えた兵士達がサロメに突進して幕。)
 大体そんな筋書き。要するに「サロメ→ヨカナーン」と「ヘロデ→サロメ」の情欲を満たすため、「サロメ→ヘロデ」「ヘロデ→ヨカナーン」の取引が行われる訳だ。ヘロディアスは夫の不埒な情欲に気付いているから娘に踊って欲しくない。しかし娘はストリップまがいの踊りを披露してしまった。娘が夫に生首を要求すると、困り果てる夫を見て妻は「娘よ、よくぞ言ってくれた!」とヒャッヒャ云って喜ぶ。
 ここでの妻は劇中の観客である。演者はヘロデとサロメ。~ところでもう一人、忘れられた観客が居る。冒頭に出てきた兵士ナラボートである。劇中では彼の事なんか誰も気にしていない。そうした意味では、劇を見る我々に近い立ち位置にある。ナラボートはヘロディアスと同様に観客でありながら、恰も劇から外れた観客であるかの様に、いつしか客席へと忍び込むのである。

 ここからが本題。
 ナラボートは物陰からサロメを見つめる。ヘロデ王の姫様と下っ端の兵士とでは言葉を交わす事も出来ぬ。そうした意味では堂々たる人畜無害のストーカー。言葉を交わそうとする所から悲劇が始まるのが本来は理に適っている(手紙を出したり、尾行に気付かれたり)。ところが相手は姫様だ。視線という「沈黙の言葉」さえ交わせない。~視線が言葉たり得るのは、遡ればゴルゴン三姉妹のメドゥーサの例で明らかだ。見つめたつもりが見つめられていた。斯くして彼は石になる。だからこそ見つめられる事よりも、それに気付く視線の方がいっそう毒々しい。ゆえに神話は繰り返される。現代のメドゥーサは彼の視線に気付き、被害者の様に振る舞いながら彼を警察の警戒・捜査対象とする。(念のため断って置く。ストーカー被害者を貶める気は毛頭ない。)
 ここには二つの過剰がある。余りにも両者は近い。サロメはナラボートに気付かない。ナラボートがサロメを見る機会も限られている。なのに現代のストーカーは、その気になれば相手の自宅を覗く事だって出来るのだ。これが第一の過剰である。そして相手は視線に気付き、逆に相手を睨み付けたり怯えたりする事ができる。これが第二の過剰である。そうした私的空間の接近を公共の場に持ち込む可能性が、AKB48などのアイドルや書道パフォーマンスする女学生達には予め用意されている。昔のジジイなら精々、テレビで全国放送されたり皇族の方々の御臨席を賜るのが関の山だった(「其二」リンクの豊道春海画像参照)。
 …ジジイは真っ当な意味でナラボートだったかも知れない。そして皇族の姫様方はサロメだったかも知れない。もしかしたら、そこには原初的視線すら存在しなかったのかも知れない。元々ストーカー行為自体がなく、ただ「そうなる手前の可能性」だけが、筆の動きを追うかの様に漂っていた。すると筆が彼の純然たる分身(演じられるドラマ)となる。なぜなら書き手にとっては、自身が演者であると同時に観客でもあるのだから。
 書道パフォーマンスは先ず分身(これから書かれる文字)の側から始まるかの様で居て、そこに後から肉体(書き手のパフォーマンス)が割り込むかの様でもある。つまりナラボート状の外的視線が肉体(パフォーマンス)を追うという事は、とりもなおさず「分身が肉体に強姦される」事を視線優位の構造下で自己限定的に意味する。ここ(=舞台外)ではジジイがサロメとなり、皇族方や観客がナラボートとなっても決して不自然ではない。この手の関係性は常に、転位可能な状態での鏡像性を「鏡の内側から」覗き込むからだ。
 ゆえに書道パフォーマンスは、重層的な意味に於て「強姦のドラマ」となる。演者と観客が寄って集って分身たる筆を強姦する構造は、強姦される筆から観客の視線を逸らす構造でもあり、畢竟そうした現場で筆を見つめるのは演者=揮毫者だけとなる(ただしそれは他者疎外的な一者間とは限らず、むしろ「多即一」の中の自己限定に於て一者となる)。~ここでは演者と筆との交歓と、演者と観客との交歓とが分かたれる。そこに二つの「交歓が強姦へと顛倒する構造」が現れる。行為自体は何も変わらない。変わるのは行為に付与される意味や視線の方だ。

 …ここで一瞬、テレビドラマ「とめはねっ!」の側へと戻る。
 何度か出てきた「お前達は書道の本質が分かっておらん!」型の台詞は、なぜか繰り返される度に色褪せてくる様な気がする。…強姦から頽廃へ。その一例をオペラの例から抽出してみよう。以下は旧稿でも出した、シェトレ『舞台裏の神々』(音楽之友社)P.21~22掲載の逸話(アネクドート)。
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> ともあれ、いたずらというといつも目のないクンツと双璧をなすのが、テノールのレオ・スレザークだった。彼は自分が舞台にいなくても、ウィーン国立歌劇場の観客を笑わせることができると仲間たちに豪語した。彼のアイデアを実行できる唯一のオペラは、よりにもよって悲劇《サロメ》だった。当日のヨカナーン役は、ウィーン子にはよく知られている奇癖のあるバリトン。彼は極度の潔癖性で、黴菌を恐れるあまり、夏でもマントと襟巻きを身にまきつけて外出し、その上耳と鼻を脱脂綿で詰めていた。スレザークはメーキャップ係を籠絡し、ヨカナーンが首を切られた後、それを盆に載せて出す首に襟巻きをつけ、耳と鼻に脱脂綿を詰めさせた。それを見たサロメは吹き出してしまった。観客も腹をかかえて笑う始末で、悲劇が喜劇となってしまい、とても演奏などつづけられる状態になく、即幕とせざるを得なくなった。
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 そこに悲劇はない。しかし悲劇がないからと云って、そのまま悲劇が消失した訳ではない。悲劇は裏側に隠れた。だからこそ「喜劇となってしまった」。ここでの悲劇は喜劇の構成要素である。そうした悲劇的本質を見失うと、逆に喜劇の方もまた成り立たなくなる。オペラ(歌劇)とオペレッタ(喜歌劇)の相補性を見据える上でロッシーニの果たした役割が示唆する様に、オペレッタはJ・シュトラウスやブラームスが活躍していた頃、オペラの発展に伴い虐げられゆく定めにあったのかも知れぬ。現にオペレッタは衰退し、やがてミュージカルへと転生していった。そんなミュージカルが悲劇を喪失していないのは、喜劇が喜劇として成り立つための構成要素を大切にしているからであろう。
 私は今のところ、テレビの「とめはねっ!」にミュージカル状の桎梏を予期している。そこでは歌の代わりに書があるかの様でもある。しかし現実の書道パフォーマンスでは今後どうなるか分からない。テレビにおける観客概念が、劇場型の観客体験にそのまま適用できるとは限らないからである。



8【再掲】「とめはね」ネタ09 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 01:21:12

【再掲】「とめはね」ネタ09
7724 「とめはねっ!」雑感(其七) 苹@泥酔 2010/02/13 20:39

 全回放送終了。やはり寄せ書き方式では限界があるらしく、「轍」云々の所謂「パフォーマンス作品」は裏方が総て一人で書き上げた模様。そこに二人の生徒役が青汁と云うか潮汁と云うか、ともかくバケツぶちまけて後から完成させたって訳だ。片やライバル校はナマの寄せ書き方式で書いた様だが、演劇臭さ丸出しで、冒頭なんざ機関銃のオモチャの脇で死んだふり。あれを見たら苹ちゃんガクッと来ちまって、思わず「誰か熊の着ぐるみ着て出て来い!」と野次を飛ばしたくなったのねー。完成度を高めようとすればするほど却って墓穴を掘っちまうのがよく分かる展開だった。高校生パフォーマンスのレベルは所詮「寄せ書きの域を出ない」からこそ良さが素直に出るのだろう。
 オレ、なんかグダグダ文句ばっか言ってるなー。要するに「予想通りでツマンナーイ」ってこった。意外性がないって事を云いたいのではなく、ツマンナイ結果が予想できて、その通りになったから二重にツマンナイのであった。ウマイとかヘタとかの問題ではない。そんなものはパフォーマンス仕立てにせずとも評価できる。書かれたものを見るのではなく、書く行為を見るという事そのものが珍しく思えるからパフォーマンスが成り立つのだとしたら、それは日常行為としての書が衰退して初めて成り立つ領分と云える筈。これが何を意味するか。そこにどんな危険が潜んでいるか。この辺を「伝統喪失者としての立場から」噛み締める必要がある。

 …この際、物騒な喩えを持ち出してみようか。
 昔の日本人が当たり前の様に筆で字を書いていた様に、昔は今より旬の味覚に触れる機会が多かった、と仮定してみよう。…例えば鯨肉。あれはウマイのだろうか(あたしゃ食った事ないのよね)。冷凍保存技術の発達していない時代はかなり臭味があったと聞く。むしろ食用以外の用途が豊富だったとも。鯨肉が美味となったのは近代化以後らしい。しかしいづれにしろ、鯨にまつわる伝統文化が豊富である事は確かである。
 鯨肉を食いたい人が食えるなら、それはそれで豊かなのだろう。こちとら捕鯨に興味を持つほど酔狂ではない。ところが「捕っちゃいけねえよ」となると、だんだん話は焦臭くなってくる。捕鯨文化は伝統文化なんだから、細々とやるくらいは別に構わないだろ。それでどうにか通用してきた。反捕鯨国がうるさくなってきても、まだ全面禁止には至っていない。捕鯨船の寄港が話題になる事もない。そもそも捕鯨は通常の意味で期待されるところの「パフォーマンス」ではない。
 しかしこれを反捕鯨の側から見ると話はガラリと変わる。…先ず反捕鯨パフォーマンスが出てきた。それがエスカレートして、今では過激な反捕鯨団体が捕鯨船に挑む。そこが傍目には面白く見えてくる。テレビや新聞でニュースになる。捕鯨パフォーマンスだか反捕鯨パフォーマンスだか分からなくなり、衝突大破するに至っては世界的な人気番組へと成長していく。ここまで来ると、「お前達は鯨食文化の本質が分かっとらん!」とジジイが叱り付けたってもうダメ。もはや鯨食の問題ではない。捕鯨にまつわるガチンコ勝負の問題なのだ。
 この手のパフォーマンスは今後も成長を続ける。今後はマグロ漁船に挑むつもりだそうな。これからはテロ自体が文化となっていくだろう。誰も傷付けないテロ。自然保護を目的とした献身的なテロ。テロは正義なり。みんな募金してネ。~そしたらホントに献金が集まった。そのカネで船を買う。衝突映像や曲解映像が世界中のテレビや映画で繰り返し流れる(一例↓)。「保護の対象を食うなんてトンデモナイ」と云わんばかりに。
http://blog.goo.ne.jp/midnight-run_2007/e/00eb89f5d3aa8b6826eada245ef4289c
 ガチンコ勝負がパフォーマンスである以上、捕鯨パフォーマンスがあるから反捕鯨パフォーマンスが成り立つのだ。同じ事が捕鮪パフォーマンスにも云える。そこに現代的な市場価値がある。

 …嘗て、美術にパフォーマンスがあった。
 今はどれくらい行われているのか知らないが、アクションペインティングだの何だのと、その程度なら近視眼的な書道ヲタでも聞いた事がある。今はもっと様々なパフォーマンスが出現しているのだろう。中には傍迷惑な落書き(もどき?)もあるらしく、青森出身の奈良美智(芸術家)は先年それらしいのをアメリカでやらかして逮捕された。それくらいパフォーマンスには危険な何かが内在している。この事は書道パフォーマンスを志す側も心に留めて置いてよい。
 パフォーマンスの一部には、意味や内容が後から付いてくるケースもある。初めから具体的な何かが予定されている訳ではない。それどころか予め空白域を残して置き、そこを後から埋めて貰うのだ。誰かに空白をそれぞれの意味で埋めて貰って初めてパフォーマンスが完成する。つまり作品が完成する。
 これは音楽でも同じ事。協奏曲のカデンツァを作曲家が書く様になったのはベートーヴェン以後と聞く。通常は演奏者がカデンツァを作曲もしくは即興演奏していた。クライスラーやレーガー、果てはシュニトケのカデンツァを用いて物議を醸した演奏家も居る(クレーメルの事ね)。演奏それ自体がパフォーマンスなのだから、これはこれで立派な正統性が認められても居る。ただし成功するかどうかは話が別。最後は先ずクオリティ、それに霊感や調和、聴衆との交歓など、様々な要素が絡み合う。たとい失敗した演奏でも、歴史的価値が残る事さえある。こうした側面で才能を存分に発揮した一人がクナッパーツブッシュ。計算を上回る霊感ならバーンスタイン。ナチスの威信が懸かった演奏という事では、シューマンのvn協奏曲を初演したクーレンカンプがテレフンケンに遺した同曲録音が有名。その他ベートーヴェンの第九なら、バイロイト祝祭劇場再開記念のフルトヴェングラーとか、「ベルリンの壁」崩壊記念のバーンスタインとか。ここまで来ると「生涯に一度の運」がものをいうので、パフォーマンスの一言では片付けられなくなってくる。
 パフォーマンスには下積み経験が含まれる。しかしそれはパフォーマンスを常態とする領分の話であって、書道は通常その範疇にない。そこにパフォーマンスを持ち込めば自家中毒の危険に見舞われる。しかし一方で、書道パフォーマンスの精華は王羲之の蘭亭叙などに結実しているのもまた確かである。ただし王羲之はその後に何度も書き直した結果、どれも最初に書いたのには及ばないと判断した。つまり書の場合、パフォーマンスは「後から想起される領分」としての過去に属するのが当たり前だった。
 ゆえに苹は、書道パフォーマンスを必ずしも否定しない。しかしながら、パフォーマンスの生々しさが危険である事に、もっと敏感であって欲しい、との思いもまた一方では去来するのである。



8【再掲】「とめはね」ネタ10 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 23:17:32

【再掲】「とめはね」ネタ10
7731 国語の領分 苹@泥酔 2010/03/05 23:29

 掛軸ってぇのは、平板な死体が隣で首を縊っている様なものだ。だから苹は人物画が大嫌い。ゲゲゲに出てくる「こなきじじい」をいっそう生々しく描いた様な羅漢図なんて誰が掛けるものか。仏閣ならともかく。この感覚は洋画でも変わらない。自分の寝室に、例えば以前「日録」に出ていたイエスの骸を飾る勇気(?)はない(↓)。
http://www.salvastyle.org/menu_renaissance/view.cgi?file=holbein_grabe00&picture=%95%E6%82%CC%92%86%82%CC%8E%80%82%B9%82%E9%83L%83%8A%83X%83g&person=%83n%83%93%83X%81E%83z%83%8B%83o%83C%83%93%81i%8Eq%81j&back=holbein_grabe
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=427
 ~こう書いて、ふと思い出すのが白隠。誰の本だか忘れたが、白隠は強過ぎて神経が滅入るんだそうな。しかし仙厓なら大丈夫、見られる。
 自分の字をぶら下げるのも抵抗がある。字の中に自分を見てしまうからだ。あたしゃそこまで図太くはない筈。まだ顔写真の方がマシである。所詮は顔だ、ナルシシズムに溺れたって構わない。それとて他人、特に異性のには及ぶまい。何十年か前は若者の部屋によくアイドルのポスターが飾ってあった。今ならアニメっぽいキャラのフィギュアかな(綾波レイとか初音ミクとか)。因みに私が部屋にポスターを貼ったのは後にも先にも一度きり。LP十枚を揃えて応募すれば貰える、指揮者メンゲルベルクのそれだった。後はグラモフォンのカレンダーだが、今世紀に入った頃にはどのレコード屋もくれなくなった(そして潰れていった)。
 昔、友人のカメラマンが撮った顔写真を大きく引き延ばして貰い、独り悦に入った事がある。苹の葬式用にはエグいかも知れないが、いい出来だった。彼の腕がいい。左右反転して加工したのを見た人は「わあ、きれい」と云ったそうな。そしてオリジナルの方を見て一言、「わあ、きもちわるーい」。…悦に入るのは苹だけでよい。彼には毛穴までクッキリ表現する腕がある。私はこれでカレンダーを作りたくなった(未遂)。
 当時、彼の自宅で一つ実験をした。定着液(って云うのかな?)で字を書いた。それをグループ展の会場で見た師匠(今は亡き大学助教授)は、「字の写真だか写真の字だか分からんな」って意味の感想を漏らしながら苦笑していた。~あの時は他に淡墨で大きく「恍惚」と書いたパネル作品も出したっけ。パネルの上下に多数の釘を打ち込むと、だんだん「惚」の字が「恤」に見えてくる。そうした内なる落差の実験作でもあった。言葉に錯覚のためのアンカーを打ち込むと、言葉がやがて分裂していく。大学二年の秋、苹は卒論にする予定で「書法の概念と人間の分裂」稿を書き始めていた(未完)。
 自前の掛軸は、自分の死体が自分の隣で首を吊っている様なものだ。云うなれば幽体離脱。度重なれば百鬼夜行。そんな言葉の渦に自分を巻き込む時、「言葉」は鬼の様に言葉か書のどちらかを貪り始める。

 先日ネット検索中、偶々こんなブログ記事が目に留まった(↓)。以下、国語側の身になって考えてみる。
http://www.m-kiuchi.com/2010/02/24/japaneseandforeignlanguages/
 国語教育を律する根本原理は嘗て「国語の改造」にあった。その段階は遅くとも大正時代に過ぎ去り、戦後の「国語改革」による改造方法の微調整を経た後、今は「改造された国語」の根幹部分を古今不易の絶対原理として信じさせ続けるのが大前提となっている。~教員自身がどう思って居ようが、たぶん彼らは嘘を教えていない。ただ生徒が誤解する様に教えているだけであって、教わった通り「真っ当に誤解した」生徒の一部がやがて教員になっていく。その連鎖を守る事が国語教育では現実に求められており、そうした国語絶対主義に合致しない古典的実態は総て黙殺されなければならない。従って、国語信仰の側から見て「異端」に相当する領分を学ぶ態度は(表向き禁止こそされていないものの)自粛するか蔑視するのが教員として当然である。そんな国語イデオローグに独占されているのが国語教育なのである。
 こんな事を書けば、殆どの人が「まさか」と思うだろう。この苹という奴は頭がおかしいのではないかと。

 先程「たぶん彼らは嘘を教えていない」と書いた。例えば、日本で昔から使われている文字には漢字と仮名がある。これは正しい。そう教わった生徒は何をイメージするか。漢字なら楷書、仮名なら現行の平仮名と片仮名だろう。それ以外は教わっていない筈だから、楷書以外の漢字書体や変体仮名は予め想定外となり、この時点で最初の誤解が完成する。そしてこの誤解をより確実なものとするために書写指導が行われる。特に毛筆指導が重要。「昔の人は筆で字を書いていた」と教えるのは差し当たり正しい。ただしそこでイメージされるのは実際に書かれていた昔の文字ではなく、あくまで楷書の漢字と現行の仮名である。ここでも明治以前の書字文化は埒外に置かれる。
 或いは「ないものねだり」に見えるかも知れない。子供にそんな高度な話が分かるものかと。そうかも知れない。まだ平仮名が現行平仮名と変体仮名に分けられていなかった時代、子供は平仮名が読めなかったのかも知れない。石井式漢字教育でスラスラ漢字を理解する子供は「存在してはいけない」のかも知れない。しかし実際は子供でも変体仮名や漢字の草書が読めた。漢字が読めたのは、漢字と仮名を貫く草略原理が身に付いていた事と、なにより振仮名の効果が大きかったからである。にもかかわらず、そんな事はどうでもよい。昔式の「前国語教育」は、近代的国語教育の信仰に反するからである。今は国語で草書を教えてはいけない。だから漢字と仮名が共通のシステムで変形生成する事実も隠蔽されなければならない。この基本的指令すら守れない様では到底、まともな国語教員としてやっていける訳がない。
 そこには書写体の問題も絡む。私が子供の頃、最初に興味を持ったのが「学校で習う漢字」と毛筆書写体との差異だった。なぜ活字の之繞にはウネウネがないのか。なぜ手書きではウネウネさせるのか。これを説明してくれた先生は一人も居なかった。だから勝手に考え、勝手に独学から学んだ。気付いた時は中学生になっていた。今にして思えば、書道に興味があったのではない。それ以前の、根底を司る理念的かつ現実的な世界の「重合するさま」に興味があったのである。
 先年、未履修問題の余波で中学国語科書写までもが槍玉に挙げられた。学習指導要領に何が書かれていようと、現実には国語で書写指導しないのが当たり前である。中学生にもなって学校お習字とは情けない。行書が既に「読めない」「読みにくい」領分に属している社会的事実を尊重すれば、書教育の形骸化は畢竟「社会的要請への配慮」って事になる。従って学校教育は文部科学省の不当な支配に屈するべきではない。そもそも学校は学問教育の場でも伝統文化教育の場でもない。歪曲教育の場である。
 今は活字の時代であり、もはや書字の出る幕はない。にもかかわらず仕方なく字を書いているのは、単に印字手段が手元になかったからだ。…これからは電子黒板の時代になる。仕方なく書いた字が即座に活字化し、読みやすく画一的な「正しい字」に置き換わる。その「正しさ」の基準が辞書であり、教育的かつ社会的な配慮を加えたものが常用漢字など。そして辞書の字が正しいのは、辞書が間違っていないからである。

 新字体が制定された時、旧字体は辞書から一掃されなかった。従って旧字体は誤字ではない。正しいか否かよりも、むしろ新字体と旧字体の分類自体に意味がある。ここに至って「漢字の神話化」が完成した。名称を相対化して新だの旧だのと呼べば、それだけで印象がガラリと変わる。
 例えば今は「萬」が旧く「万」が新しい。ところが高校授業で変体仮名を学ぶと大昔から「万」の用いられた事実が知れ、国語の認識を根底から覆してしまいかねなくなる。つまり書道は国語にとって不倶戴天の敵であるので、書写教育には予め防波堤としての機能が期待される。書写の本質が歪曲教育であるのはそのためであり、ひいては高校書道でも「読めるように教えてはならない」って事になる。美しさに目が眩めば「深層が読めなくなり」、国語にとっては却って好都合。書道は美術と並ぶ視覚芸術もしくは非芸術であり、言語芸術を意識してはならない。物事には考えて良い事と悪い事がある。
 辞書が正しいのは、辞書が予め活字化されている事による。そこには文字学の研究歪曲成果が盛り込まれている。楷書を正しく歪曲するために篆書の楷書化=創作が施された。それを基準に楷書を正しく書けば、楷書が或る種の草略書体である事までが「いつしか忘れられていく」。
 こう書くと奇異に思われるかも知れない。~例えば之繞。点が一つとか二つとか取り沙汰されるが、それは単に連綿草略されない点の数を論っているだけの話であって、誰もが手書きするウネウネ部分の連綿を切り離して書けば忽ち、隷書や篆書と同様の三本線が現れる。「学」や「実」などの字も、草書を知る者なら草略の度合いが誰だって分かる。「海」の乳房点々や「為」の上部も草略連綿の類だろう。「弘」の旁はなぜ「口」の形で書かないのか。「以」は隷書を見れば偏旁構成の字だ。草略と省略に厳密な垣根を設けず緩やかな変容・変奏と捉えるなら、楷書は紛れもなく隷・行・草の併用時代から大きな影響を受けている。
 漢字と仮名の峻別も国語歪曲の重要な手口と云えよう。漢字といえば誰もが楷書や活字漢字を思い浮かべる。平仮名の仲間に変体仮名や草書を連想する世代は概ね死に絶えているだろう。朝鮮半島で漢字が廃れていったのと同様、国語教育で漢字と仮名のシステマティックな草略の絆を教えようものなら、すぐさま国語への反逆行為が大多数の国民から袋叩きに遭うだろう。

 『左の脳と右の脳』第二版(医学書院)P.92前後を見ると、脳機能方面では漢字と仮名の認知が現代人を基準に研究されているらしい。それらの知見は「草書や変体仮名の読める世代」にも通用するのだろうか。月本洋『日本人の脳に主語はいらない』(講談社選書メチエ)P.233に「日本語は、明治以降に大きく変わった」との小見出しで始まる項があるごとく、研究者側の姿勢は相応の距離に於て慎重である。また~月本氏にこちら方面への興味があればの話だが、同『日本語は論理的である』(同)P.202に被験者募集の旨がメールアドレス入りで載っている(旧稿で言及済みのネタだけど)。なにやら「左右脳に関する脳波とMEGによる実験」だそうなので、季刊誌『墨』の編集部あたり参加者募集企画でも立ち上げていただければ、「書道ガールズ」とは全く異質の老人力ブームが…いや、さすがにそれはないのかもなー。
 ともかく、古文書レベルで読み書きできる「生きた化石」が国語の抑圧で滅び去った今となっては既に手遅れかも知れないが、少なくとも研究者をガッカリさせる程度には、国語蕩尽過程を検証する上での価値があろう。シーラカンス級の被験者がまだ生きているとは信じられないものの、世間には「万が一」という事もある。
8:苹@泥酔 :

2020/04/02 (Thu) 22:38:43

8【再掲】「とめはね」ネタ11 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 23:20:05

【再掲】「とめはね」ネタ11
7736 【No.7731補記】牽強付会の試み 苹@泥酔 2010/03/20 18:40

 No.7731稿の末尾で、「脳機能方面では漢字と仮名の認知が現代人を基準に研究されているらしい。それらの知見は「草書や変体仮名の読める世代」にも通用するのだろうか」と書いた。この件について補足して置く。
 杉下守弘『言語と脳』(講談社学術文庫)を参照したところ、P.143~145に以下の記述がある。
--------------------------------------------------------------------------------
> 日本語の失語症例の中には、漢字が仮名より障害されにくいという症例があり、大脳と言語のメカニズムの解明にとって、大きな手がかりとなると考えられてきた。
> 楢崎氏が見出したこの現象はすでに明治三四年、日露戦争のはじまる前に、三浦氏によって報告されている(医事新聞、五八四号)。したがって、楢崎氏の報告中の「漢字が仮名より障害されにくい」という点は新しい知見ではない。しかし、仮名の学習実験という新しい試みをしており、また、次に述べる第二報告では、漢字、仮名問題について、二、三の有意義な知見を得ている。
> 第二報告は、昭和六年五月と六月、昭和八年四月に検査されたものである。
> 注目すべき結果の一つは、平仮名四八文字を一字ずつ発音して、その音に対応する平仮名の文字を指摘させると二七字しか指摘できず、しかも、その指摘時間は五~八秒であった。一方、漢字では指摘時間は一・二~二・五秒であって、平仮名の約三分の一であることである。これによって、平仮名の聴覚像と視覚像の融合は、漢字の場合よりいちじるしく弱いことが知れる。
> さらに第二の注目すべき結果がある。平仮名の文字から、これに対応する漢字の文字を指摘させる検査を行っており、平仮名四一文字については、その指摘が可能であった。たとえば、平仮名の「め」に対して漢字の「目」を、平仮名の「つ」に対して漢字の「津」を指摘することができた。また逆に、漢字からこれに対応する平仮名を指摘させる検査も三六字が可能であった。
> したがって、平仮名の大部分は漢字との連合を脳内に温存していることになる。この事実は楢崎氏によってはじめて指摘されたと考えられる。
> この平仮名と漢字の対応検査は、重度の失語症患者でも、かなり保たれていることが多い。そこで、この平仮名と漢字の対応を練習し、九〇パーセント以上できるようにし、ついで、漢字の仮名ふりを行うというリハビリテーション技法は、失語症患者の書字障害を改善するうえで有効であることを筆者は経験している。
> 楢崎氏の報告は、症例の損傷部位が十分に明らかにされていないので、その検査結果と大脳の部位を関連づけるところまで論をすすめることはできない。しかし、失語症の漢字・仮名問題を考えるうえで、言及に値する論文と思う。日本の失語症研究では、漢字・仮名問題が大きな位置を占めてきた。ただ、従来の研究のほとんどはいくつかの問題点をもっており、楢崎氏の研究も例外ではない。これについては、第十五章でふれる。
--------------------------------------------------------------------------------
 第十五章の指摘はP.233以降に書いてある。問題点が三つあるとの事。漢字・仮名の検査の不備、データの表現、症例報告の限界。

 久々に読み直して、ふと気になった。敢えて紋切り型に括るとすれば、日露戦争の前は書字時代と活字時代のどちらに属するのかと。そこで思い出したのが諭吉でござる。明治の開国と云えば、最も印象的な啓蒙書の一つがコレ(拡大図版も御覧あれ↓)。
http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/fukuzawa_title.php?id=42
 印刷史研究会編『本と活字の歴史事典』(柏書房)P.485には『学問のすゝめ』初版本文の図版、P.483~484には牧治三郎「活版印刷伝来考=九」所収「鉛活字鋳造の揺籃時代(続)」(『印刷界』156号、S.41)からの引用がある。以下抄録。
--------------------------------------------------------------------------------
>志貴はいまの銀座風月堂の前、京橋南鍋町に店舗をかまえ、30~40人の職工を使って、水牛の角に字父を彫り、これを鉛に打ち込んで字母を作っていた。
>こういう字母製作方法だったから精々一日で20~30個を打ち込むに過ぎなかった。鉛錫の合金だと熱度が高くなって、作業上困難だったのか、生鉛一本で錫を入れなかったので、字母は永く保たなかった。
>志貴は他に販売所がないことを知っているからお高く止まり、百個以下の注文は引受けないという商きない振りだった。従って需要者の反感を買ったことはもちろんだったが、正院印書局とか新聞社関係の大口需要者に販売していた。いま志貴製の活字をみることの出来る印刷物としては、日就社の英和字彙の一部(本誌第144号参照)東京日日新聞の第2号から12号迄の五号活字、福沢輸吉の学問ノススメ(図版参照)『天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト言ヘリ……』有名なこの書は全19冊59万846部を売りつくしたと称する4編から11編までが志貴製の三号活字である。
>明治5年、平野が東京に進出して、五号1本1銭で販売するようになってから、1年と過ぎぬうちに志貴は閉店して終った。(以下略)
--------------------------------------------------------------------------------
 …してみると、三浦報告を三十年ほど遡る明治初年には既に、活字の書物がそれなりに普及していたらしい。鋳造活字が普及する前は木活字や彫刻活字が用いられたし、明朝体については上海の印刷所「美華書館」の影響もある。ならば日露戦争前後における従軍者の識字環境も当然、活字対応型の教育訓練を踏まえて理解さるべきだろう。
 杉下本に言及のある楢崎報告とは、『心理学論文集Ⅲ』(1931)所収の楢崎淺太郎「前頭骨より後頭骨に貫通銃創を受けたる一負傷者の精神機能に就いての第一報告」などを指す。当時の軍事訓練と最先端の翻訳的国語環境とを勘案すれば、読字環境における漢字と仮名の峻別は既に常識と化していた筈。つまり教育国語に先立つ学問国語(実学国語?)の領分は、云わば「大人の識字環境」としての機能を充分に果たしていた事になろう。もちろん手書きの領分では(欧文表記などの比較的特殊な例を除き)相変わらず毛筆を用いるのが普通だったし、斯くあればこそ尚更、書字と読字の乖離状況には把握し難き面が少なくない。さりとて、書字と読字を貫く当時の認知メカニズムが全くの別物=分裂状態にあったとは考えにくい。この辺に関する苹の理解は浅薄らしく、アレンジメントに若干の飛躍がありそうではある。
 たぶん何かが隠されている。~私には岩田誠氏の発言が示唆的と映った(↓)。
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02757_01
--------------------------------------------------------------------------------
> 日本語の読み書きで西洋人と違うことが起こっているという指摘は多く,立派な論文もたくさんあります。でも,どうして違うのかという点までは追究されてこなかった。私は,しつこく追究したので,逆に共通点が出てきたんです。「違う」ということだけではなくて,「どこが共通しているのか」と考えることのほうが大事だと思うんですよ。だって,脳は同じなんですから。
--------------------------------------------------------------------------------
 その編著『神経文字学』(医学書院)については差し当たり、こちら(↓)を参照されたし。
http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=31206
 なお、三浦や楢崎の名は第一章「漢字仮名問題の歴史的展開」(山鳥重)P.24以降に出てくる。

 漢字と仮名の差異は、視覚に訴える形態上の差異では必ずしもない。この事は幕末以前に普及していた木版印刷物を見れば概ね想像できよう。しかしそれはあくまで草書に不慣れな現代人の感覚に依拠した上での錯視に他ならず、或いは寧ろ「字の認知」と「語の解読」との差異に近い領野の話ではないか、とも疑われてくる。そう捉えるなら、日本語の識字環境は後から「活字に惑わされる様になった」のではないかとも。惑わされたのは斯く云う苹の方かも知れない。
 ここではどうしたって、漢字と仮名の定義が曖昧になる(たぶん)。…苹は名前一つで忽ちお手上げになる。例えば「万里」も「理香」も、どう見たって変体仮名の活字表記だが、どう見ても漢字なのが厄介と云えば厄介。うち一人が結婚して小田さんになったら「おだまり!」って呼ばれるんだろうな。でも実は昔の名前が海江田万里だったりなんかして。こちらの発音が「バンリ」なら、それは明らかに漢字の読みだろう。「里」が同じ発音でも、漢字と仮名のどちらに属するかは語の連なりによって変わる筈。…まさか、漢字と仮名の間を跨いだ「重箱読み」状の扱いって事にはならんだろ(苦笑)。
 そんな所が共通理解の通時性を遠ざける。読み書きの共時性に歴史が介入する事の困難を想う度、「歴史に騙される」事は「現在に騙される」事をも折り畳んでしまうからだ。そこには時間的位相と空間的位相の混濁があり、片や我々は大抵の場合、選択的態度を忘却しようと「必然的に」時間的位相の方を切り捨てる。と云うのも「必然たるべき振る舞い」は自ずと、空間の側に位相の優位性を認める様に仕組むからなのだろう。
(以下、いつもの牽強付会ぶりが炸裂?)
 「草書をゆっくり書く」という逆説が書論にあるごとく、時間的位相への憧憬が支那人には強いらしい。そこには更なる逆説が待ち構えている。悠久の歴史の中に国家が続かない支那と、悠久の国体の中に歴史が連なる日本とでは、懸隔もまた逆説たり得るだけの条件を「まさに間のなかに」備えているからだ。ここでは日本的語彙としての「間(ま)」が歴史の雛型となるだろう。日本人が草書を喪失するのは、おそらく「間」の中から歴史を喪失するに等しい。王朝交替という歴史を持たない日本にとって、歴史そのものが意識の脅威たり得るからである。
 たぶん日本人には、差異のない歴史を差異化するという困難がある。それは必ずしも我々のものではない。我々の前で彷徨い続ける「他者の様な歴史」を獲得した途端、差異化と差異は互いに危険な関係を結んでしまいかねない。そうした環境下で、時間を距離と認識するかのごとき美徳(?)が言語の影となって付き纏ってきた以上、今も昔も言語によって思考する身が抱えるものは予想以上に大きかったのかも知れない。



8【再掲】「とめはね」ネタ12 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 23:22:30

【再掲】「とめはね」ネタ12
7737 【補記色々】滅びの示導動機 苹@泥酔 2010/03/23 19:04

●余談其一
 ヴォルフガング・ワーグナーが死去したそうな。今夜は久しぶりにLDでも見るか…。ヴォルフガング演出のビデオはシュタイン指揮の《マイスタージンガー》と《パルジファル》が市販されていた。
 S.59に音楽之友社から出たミュージック・ギャラリー写真集『バイロイト音楽祭』には、《ニーベルングの指環》(通称「リング」…Jホラーじゃないよ)の舞台写真が載っていた。下記引用は同書所収エッセイの渡辺護「バイロイト六つの「リング」」から。合掌。
--------------------------------------------------------------------------------
> 一九五九年には「指環」の上演はなく、一九六〇年にヴォルフガング・ワーグナーがはじめてこの作品の演出に当った。ヴィーラントの完全な抽象化とことなり、弟はいくらか新しい具象化をも試みた。兄と同様、煩雑な小道具はすべて排し、配光も節約されている。しかしヴォルフガングの大きな特徴は舞台空間を立体的に構成して、そこに個々の人物や群衆の表現を生かすことである。これはヴィーラントのむしろ絵画美をねらった舞台とは著しい対象をなした。舞台の床に凹面の大きな円盤を置く。直径約十五メートルこの円盤はいわば世界を意味し、これが五つの部分に分けられ、劇の内容に応じて、重ねられたり、離れたり、沈んだりする。指環全曲をこれで押し通したことはやや単調な印象をあたえるが、しかし個々の場面においては効果のある、優れたアイデアである。登場人物の持物、例えば剣、角笛、槍などは用いられたが、ワルキューレは盾を持たない。
> この演出は一九六〇年から六四年まで五年間つづき、十二回上演された。
(中略)
> 一九七〇年にはヴォルフガングが第二回目の「指環」演出を行ない、これは一九七五年まで全部で十五回上演された。ヴィーラントの死後、ヴォルフガングは個性的な兄の束縛から離れて、自分の信ずるところを自由に表現するようになった。
> この演出では、前回のヴィーラントの徹底した暗さに対し、ヴォルフガングの舞台は概してずっと明るく、夢幻的な美しさを持つ。ヴィーラントの冷厳で、情感を突き離すような美しさに反し、ヴォルフガングは抒情的な暖さを持つことが多い。「ワルキューレ」の幕切れで、炎の背景の下をヴォータンが大きく輪を画きながら、降りて来るところは感動的であった。
> 前回同様、舞台に中凹の円盤が置かれたが、その使用はさらに巧みとなり、この円の中心が種々の意味で強調され、劇的に働きかける力を発現する。この蟻地獄のようなくぼみの中から、エルダが浮び上って、ヴォータンに警告を発する場面はことに成功した。
> この楽劇の持つおとぎ芝居的な面白さもある程度生かされ、大蛇がのそのそと現われ、煙を吹いて斃れるところはほほえましい。ヴィーラントでは出て来なかったジークフリートの葬送行進も実際に行なわれる。「たそがれ」の最終場面のスペクタクル的な展開は正にすばらしいショウとなった。
> しかし舞台装置は極端に節約されており、ホリゾントに当てられる光が大道具の代りをする。前回の演出にくらべ著るしい進歩を示したのは群衆の扱い方である。
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●余談其二
「何もかもが消滅しているのです。途中で失せてしまっている。頼りにするものは細々としています。オリジナルのテキストも、二番手のテキストも、もう何処にもない。古代末期のヨーロッパとよく似ています。」
 これは西尾幹二『江戸のダイナミズム』(文藝春秋)P.399、第十六章「西洋古典文献学と契沖『萬葉代匠記』」中の文章。そこには写本を手懸かりとせざるを得ない宿命がある。~「写本」の実際がいかなるものかを認識する上で、じかに自分で書いてみないと分からぬ事が少なくない。なぜ誤写や誤読が起こるのか。そこに意識がどんなふうに関与するのか(=関与しないのか)。
 いくつかの仕方がある。例えば「書く様に読み」「読む様に書く」と、写し手の意識が誤写・誤読に関与する一方、正確な伝移模写を心懸ける意識もはたらく。もちろん一々読まずに「見た通り書く」手もないではないが、斜に構えれば「彼にはそう見えただけ」の話だろう。時には見間違える事もあるし、記憶は嘘を吐く。そして模写対象のアフォーダンスは人それぞれ違う。歪曲書道の字が、読む事を万人にaffordするとは限らない。~この辺に関する事は、下條伸輔『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)や佐々木正人『アフォーダンス――新しい認知の理論』(岩波科学ライブラリー)などを参照していただきたい。

●余談其三
 次は中国の活字ネタでも。
 以下は中野三敏監修『江戸の出版』(ぺりかん社)P.354~355の記述。云うまでもない事ながら、引用末尾に出てくる「今世紀」とは二十世紀を指す。
--------------------------------------------------------------------------------
> 最後に印刷形態の違いについて簡単に触れておこう。明清両代は刊本(木版製版)の時代といえるが、そればかりではなく、活字本、刊本、鈔本の三種類が並行して行われていた。
> 中国における活字印刷は、宋代にすでに発明されていたとする資料があって、それがグーテンベルグより早い、ということで大きく取り上げられてきたが、二十六文字のアルファベットで事が済むヨーロッパとはちがって、相当多くの漢字を準備しなければならない中国の場合、活字印刷というのは、実は相当効率の悪い印刷方法なのであった(活字の場合、増し刷りができないという不便もある)。それがため、活字印刷は、官府(たとえば清代の武英殿聚珍版書)や大金持ちが行った印刷手段であった。活字版のことを聚珍版とも呼ぶが、珍をあつめるというのが、いかにも特殊でかわった印刷形態であることを物語っているようである。
> 日本でも江戸時代の初期に活字版のブームがあったが、これも主として朝廷や幕府による、よほど高級な出版物であった。こうした活字本が、やがてより多くの読者を意識し、書物のより広い需要に応えなければならないという状況の到来とともに、刊本中心へと移って行く江戸時代のケースは、この活字本の位置をよく示しているといえよう。鉛活字による印刷ができる以前には、大量出版の切り札になっているのが、木版印刷なのであった。
> ところが、中国にあっては、刊本よりもさらに安価な書物が鈔本であったというケースもある。東京大学東洋文化研究所双紅堂文庫(長澤規矩也氏旧蔵)に、数十種に及ぶ「百本張鈔本」が蔵されている。これは芝居を見るために歌詞を書き記したパンフレットであって、だいたいが三四丁ほどの簡単なものである。おそらく芝居が終われば捨てられてしまうようなものなのだが、ある程度の部数が作成されたと思われるこうしたパンフレットが、刊本ではなく手書きの鈔本なのである(表紙には「百本張」のハンコが捺されている)。鈔本にも片や四庫全書のようなきわめて豪華なものもあるが、片や工賃の安さを反映して、版木を彫って印刷するよりも、手で書いた鈔本の方がより安上がりだったという場合もあったのである。
> 一般に、鈔本というものにあまり重きが置かれないのが中国の状況であった。今世紀になって奇跡的に発見された敦煌文書などは別にして、唐代から伝わって現在まで残っていたという書物は中国にはほとんどない。刊本が出たと同時に鈔本は滅んでしまったのである。日本では、刊本があったとしても、昔からの鈔本はそのまま残るし、またその価値は絶対ともされるようだが、鈔本と刊本とに対する価値観は、日本と中国とでかなり違っているのである。
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 代わりに…と云ってよいかどうか定かでないが、ともかく中国では拓本文化が発達した。そこには、書道とはまた別の視座がある。碑版法帖もまた印刷物である事を、時折あたしゃ忘れちまうのでありんした(汗)。
 そう云や昔、中国絵画史の本を見てたら見覚えのある石碑名が出てきたんだっけ。何かと思ったら李北海の書いた李思訓碑だった(この碑は江戸時代の巻菱湖も学んだそうな)。…ソリャそうだよな。李思訓と云えば絵画史に出てきた名前だし。そんでもって学生に興味あらば、そこから芋蔓式に手を伸ばして歴代名畫記だの何だのを読み漁ったりするのも一興(以下略)



8【再掲】「とめはね」ネタ13 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 23:25:06

【再掲】「とめはね」ネタ13
7741 「思い込み」の伝統美学 苹@泥酔 2010/04/16 00:46

 人は多かれ少なかれ「思い込み」で動く。自発的にそう考える場合もあれば、何らかの強要を伴う場合もある。例えば「ゆとり教育」を学力低下と結び付けると、「学力低下教育の推進」が「ゆとり教育の実践」と合致して見えてくる様に。ここでは「ゆとり教育」が先にあるのではなく、解釈の方が先に来る。もちろん解釈には色々あるが、それが必ずしも予定した方向に収束して行くとは限らない。例えば寺脇研氏の言い回しを真に受けた「学力低下させない教育」の試みが「ゆとり教育」でないかの様に判断されるのも、現場の判断の優位性を顧慮するなら強ち不自然とは云えなくなってくる。実質が形相を裏付けるのではなく、形相が実質を変質させる。
 …苹は今更、何を言い出すのか。もう済んだ話だろうに。
http://matsumitsu.exblog.jp/m2010-03-01/
 …かれこれ半年ばかり失念していたサイトがある(↑)。検索中に偶々気付いて覗いてみたら、このところ更新が活発になっているらしい。上記リンクは先月の教育ネタだが、今月は皇室絡みの西尾批判ネタがある(↓)。
http://matsumitsu.exblog.jp/m2010-04-01/
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> ともあれ、西尾氏には、皇室を敬愛してやまないという、伝統的な意味での日本人の心はない・・・と見ていいでしょう。ご本人は、「それが保守だ」と開き直っていますが、そんなものが「保守」なら、わたしは、朝日新聞も日教組も、「保守」といってよいことになるのではないか、と思っています。
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 …そうだった。よくよく考えると、日教組も負けず劣らず「保守」なのだ。筆者の松浦先生が正反対の意味で書いているのは百も承知で、にもかかわらず戦後に培ってきたものを「保守」する感覚が「そこには存在する」。こうした現実を認識するには、どうしたって避けては通れない視点がある。すると相対的に松浦先生の立ち位置も、ともすれば所謂「皇国史観」の時代区分を「保守」する側であるかの様に見えてくるだろう(これもまた「思い込み」の一つ)。狭義の区分では、少なからぬ場合~当事者の意思とは無関係に「両者の時代感覚がズレてくる」のに、歴史の方が勝手に双方を丸呑みしてしまうから、広義に見ようとすればするほど却って手に負えなくなっていく。

 …ここらで少し、話をズラしてみる。
 苹は「君が代」が歌える。(他県はどうあれ)こちらでは毎年の式典行事でやっているから、生徒も全員が歌える。
 ~あたしゃ教員時代は終始一貫、強いて云えば或る種の茶目っ気(?)のつもりで定期考査に毎年出題した。皆が知っている歌だから、素直に読めば零点なんか取れる筈がない。その時に使った画像がコレ(↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_455.html
 難があるとすれば、冒頭が「わがきみは」であって「君が代は」ではない点くらいだろう。まさか「国歌の元ネタとなった古典は教えるな」などと言い出す教員は居ないだろうな(ただし国語イデオローグの信奉者は別)。元ネタが進化して国歌になったとするダーウィニズム的な見方を否定して、「聖書」的な古典に出戻る所から始める立場の御仁なら尚更そうだ(国語プロテスタンティズム?)。…学校は教会に似ているかも知れない。しかし必ずしも教会と学問はセットではない。にもかかわらず両方を否定するかのごとき暴挙に出れば、これまで個人的かつ風土的に若干の違和感を覚え続けてきた「マルクス主義」疑惑の方とて無傷では居られず、所謂「右翼のトンデモ言説」がじわじわと信憑性を帯びてくる。誰もが知っている歌を生徒に出題サービスして何が悪いのか。~そうした意味では、苹にとっての「君が代」は実のところ「ゆとり教育」の手札でもあった。
 しかし或る種の文盲教員に云わせれば話は別である。何が書かれてあるにしろ、読めないものは読めない。だから「読めない」とする確信に基づいて判断するなら、中身をいかに工夫したところで到底「ゆとり」への配慮とは認められないし、それどころか筆文字を持ち出す行為自体が由々しき事となる。まして中身が「君が代」ともなれば問題だらけだ。お前は右翼か。恥を知れ。…つまり国語イデオローグと政治イデオローグが脳内で握手する。しかも自明性への信頼が先に立つから「思い込み」への自覚は要らない。そこで彼らは当然ながら「保守すべきものを守る」。政治イデオローグにとって戦後民主主義の時代区分は「戦後」だが、国語イデオローグにとっての現代国語や活字古典は相変わらず戦前や開国時期の「悪しき残滓」を引き継いでいる。ゆえに時代区分を論拠とした駁論は必ずしも有効とはならないし、むしろいっそう普遍的な印象を相対的に際立たせもするだろう。それが突破口となる。戦前と戦後の連続性自体が、現代に相応しかるべき国語的純粋性の徹底を阻んでいるからだ。

 国語イデオローグ達にとって危険な材料はいくつかある。
 漢字の新字体や現代仮名遣いは戦後に制定された。つまり旧字体や歴史的仮名遣いは戦前に属する訳だが、その「戦前」イメージを保守する必要があるとしたらどうか。~所謂「戦前」が軍国主義幻想から更なる過去に向かって逃走を始めては困るのだ。すると「戦前」を日本の通史から浮かび上がらせ、近視眼的にイメージ操作=隔離する必要が生じてくる。政治面では極めて特殊な時代として「戦前」をナチス化したり、或いは侵略体質の歴史文脈として豊臣秀吉の系譜に連ねる手がある模様。
 文化面でGHQが行った工作活動は、ナチス化の手口が少なくない。例えば書道・習字は一時期、軍国主義に加担した咎により学校教育禁止と相成った。新字体や仮名遣いに関するイメージ操作も、どちらかと云えばナチス化の文脈で捉えられるケースが多いのではなかろうか。~戦前はやたらに教条的な漢語スローガンが増え、仮名遣いも基本的には昔風(歴史的/封建的/軍国的)だった。そうした「悪しき歴史言語」から脱却するため、新字体や現代仮名遣いによる国語教育がなされる様になった…と暗に教える。
 苹自身、そんな印象を持った記憶がある。そう教わった訳でもないのに、なぜか先入観を持った。何か仕組まれていた様な気がする。他の方々はどうだろうか。もし「そんな印象を持ったのはオマエだけだ」と云うなら、これはこれで単なる一例の記憶に留めよう。~ともあれ、旧字体と新字体の分類に別種の問題が伴う件はNo.7731で言及した通りだし、仮名遣い変更の経緯は共通語としての国語が成立する過程と絡む。
 六年前、「「奴は知り過ぎた。」の図」(2004/04/19 01:20)と題する稿を書いた(No.7659末尾に転載↓)。以下抄録。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7659&range=1
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> この経緯を見ると、「陸軍が一歩先に手をつけていたことの追認にすぎませんでした」とする西尾先生の論は、かなり複雑な状況下で組み立てられた様な気がしてきます。~旧仮名遣いとして制度化された暫定的教育方針は、教育現場では恰も不変の原理であるかのごとく受容されて行った。その結果、明治時代に自ら捨てた筈の日本語の多様性は二重の意味で捨て去られる事になった。するとやがて、捨てる主体と捨てられる客体との重合により自己完結的性格は増幅され、「国定の」仮名遣い自体が神聖不可侵の伝統を表記=言挙げ=体現する上で欠かせない霊性を帯びてくる。地域差を克服すべく、国民統合の手段として教育に導入された筈の方式が、国民から国家への重心移動に伴って別の性格を獲得し始める。
> 政治的意味で云うなら、新仮名遣いは旧仮名遣いの直系と見なして構わないでしょう。どちらも言語革命の手段で、結局は両方とも漢字廃止に至らなかった訳ですから。…しかしながら、流れ自体は国家から国民へと分散しますから、共通語と方言との差異化には、原理的に自ずと無理が生ずる筈。共通語と地域語の差異は、地域語と方言との同一性の裏側で、嘗ての在り方を転倒させる筈。
> 旧仮名遣いのままでも、結果は同じだったかも知れません。…が、ちょうど(運悪く?)転倒の時期に、二つの出来事が重なってしまった。一つは昭和二十一年九月議決答申の「現代仮名遣い」。一つは同年十一月議決答申の「当用漢字表」。転倒直前に戦前的属性を保ち得た点で、旧仮名遣いは「汚れずに済んだ」のかも。嘗ての様な崇高さと美しさを求めるなら、やはり旧仮名遣いの方が魅力的でしょうし、それを歴史的仮名遣いと呼ぶ事に違和感はないでしょう(私なら、わざとらしく「神話的仮名遣い」と呼んでみたくなります)。現代仮名遣いは神聖さの在処を失っているのではないか。少なくとも私にはそう感じられます。~これは音韻や歴史の問題ではない。価値や思想の問題ではないのか。そんな具合の疑いが、現代仮名遣いの宿命であるかのごとく付き纏って離れません。
> 私が旧仮名遣いに軍国主義の気配を感じるのは、たぶん…歴史的多様性を捨てた仮名遣いとして受け止めているからなのでしょう。美と崇高に基づく優越を旧仮名遣いに感じるだけなら構いませんが、余りにも厳密にし過ぎた点が気に食わない。漢字も厳密、仮名も厳密。その一部は戦後も承け継がれている。こうなると歴史的な融通の利かせ方くらい、有り体に認めたっていいじゃないかと文句をつけたくなります。
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 先程「国語イデオローグ達にとって危険な材料はいくつかある」と書いた。国語イデオローグの現状について(と言い換えて構わないなら)、西尾先生は嘗て「整頓主義」と表現したが(No.7660参照↓)、その政治的背景には未解明の要素が他にもいくつか残されている気がしてならない。ナチス化の文脈では歴史的文脈からの抽出が前提だが、歴史文脈自体の体質問題として丸ごと再解釈する手口の方が、実のところ思考様式上のダメージは大きかろう。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7660&range=1
 しつこくて申し訳ない。…漢字と仮名がある。
 漢字の本家と云えば中国。その中国から見れば、仮名はどんなふうに映るだろうか。昔の平仮名と今の平仮名の過半が同じに見える人は居るのだろうか。~アラビア文字と同じくらい多用される曲線が目立つものの、一音一字の切れ目はそれなりに確からしい。縦書きでも横書きでも大丈夫。それがチョイと遡ると殆どが縦書き。おまけに全部がミミズのダンスと来たもんだ。よくよく見れば、草書と似通った字面がある事に気付く人も居るだろう。しかし今では、草書が読み書きできる中国人なんて何割くらい居るのかねぇ。あちらの簡体字も日本と同様、草書を楷書化した字例が少なくない。なればこそ、いっそう仮名の異質さが際立つ。
 中国の表音システムは西洋アルファベットを借用したピンイン(1958.2公布)。そして朝鮮半島の場合は、日本の少なからぬ関与により全土で復興を遂げたハングル。どちらも仮名とは似ても似付かないし、そもそも役には立つまい。それぞれ国情に応じた表音システムとして発達した文字だし、中でも漢字との絆は日本の仮名に最も顕著な痕跡が残る。片や中国では、百年前の字がニョローンとしていて妙に印象的だった。漢字の隣に並んでいたのは満洲文字って云うそうな。首をカックンと倒して雑駁に見れば、西洋のアルファベットも雰囲気はどことなくニョローンとしている。もし学者の無意識に満洲ニョローン系の記憶/印象が刷り込まれていたとしたら…てぇのは冗談の域を出ないから余り真に受けないでネ(でも調べた人が居たら教えてちょ)。
 元の漢字を度外視すれば、昔は仮名だって充分ニョローンとしていた。それがいつしかバラバラ完了。今や漢字と縁遠い点ではハングル同然なのに、来歴は相変わらず漢字なのだ。…以前、この辺が引っかかった(No.7686参照↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7686&range=1
 漢字からも仮名からもニョロニョロ体質を掃討して、模範としての侵略体質を自ら演じてみせた上で日本が半島にハングルを推奨したとしたら、これは一体どういう事になるのやら。そこに仮構される日本の「文字侵略体質」は、予め自虐的前提の下に文明開化と共振していた…てな事になってこないか。
 嘗ての刀狩りに何か恨みでもあるのか、近・現代における秀吉コンプレックス(?)に魅入られた民草達は、言葉狩りや文字改変にも寛容であり続けているらしい。この場合、国語イデオローグの視線は戦前・戦後を超越しており、そうした系譜的視点から歴史的日本語書記を白眼視する明治以来の伝統もまた、「思い込み」の領分で己の依拠する立場を保守する態度と共振し続けているかの様に思えてくる。

 畢竟、以上を読み返してみれば目新しい事は何もない。文中で言及した旧稿を思い出そうとした訳でもないのに、ふと気付けば別の角度から見渡し直しただけの話になっていた。いつの間にか、そんなふうに「収束しちまっていた」って事なのだろう(汗)。
 こうした「想定外」の収束作用に、苹自身もまた呪縛されているらしい。元々は「成績評価の脱構築」、もしくは「書の無縁化」の題で書くつもりだったのにぃ。~してみるとどうやら、そこにはもう一つ(一つで多数?)の「思い込み」があったらしい。意識の水面下で蠢く思い込みと、そこから逃れようとする思い込みと、それらの間に鬩ぎ合う可能的世界の領分と。
 苹はそんな公的呪縛と私的呪縛の双方に、それぞれの伝統(もしくは萌芽)を~ひいては、てんでばらばらな調和錯視の下での「胡蝶の夢」を垣間見る。



8【再掲】「とめはね」ネタ14 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/11 (Thu) 23:27:29

【再掲】「とめはね」ネタ14
7776 【番外編】裏打雑感 苹@泥酔 2010/06/30 00:56

 さっき偶々テレビを見たら、NHK教育「あしたをつかめ~平成若者仕事図鑑」で文化財修理技術者の回をやっていた。うら若き美女(めがねっ子♪)が糊をこねていた。それを見て思い出した事をカキコして置く(↓)。

 高校の書道部では、裏打の仕方にも色々あるらしい。苹の高校時代は薄い裏打紙を机に水して、その上から本紙を落として行った。ところが大学時代は逆で、本紙を机に水してから裏打紙を落としていく。しかも私の居た頃は裏打紙がやたら分厚く、どう見てもアルミ額かパネル仕立ての大作品向け。もちろん仕上がりは全然違う。
 薄い裏打紙を用いる場合は、本紙の透け具合に独特のデリカシーが出る。細かい墨色の変化がよく出るので、淡墨作品や「紙の白味具合」を表現するには好都合。なにより掛軸で本領を発揮する。しかし学生が掛軸を表具するとなると、これはさすがに手に負えない。その筋の本を二十数年前に見た記憶によると、先ず糊への気遣い自体が尋常でない。新しい糊だと強過ぎるので、これを何年も寝かせて古糊(沈糊とか云ったかな?)をつくるのだそうだ。すると本格的な修復作業にも使える弱糊が出来上がる。老舗の表具店では大切にしているそうな(ウン十年物)。
 それに比べると、展覧会の大作品は遠目に見る墨の強さが紙とのコントラストを引き立てる。中には全紙十数枚継ぎのもあるから(東京学芸大とか新潟大とか?)、昔ながらの仕方では困る面もあるのだろう。そこで学生達はスキャナやプリンタのヘッドの様にワッサワッサと刷毛を動かす。…左右に、糊を塗った裏打紙を持つ役回りが二人。真ん中では刷毛を構えた野郎が卓球選手の様に緊張している。本紙に裏打紙を刷毛手が落とした瞬間、刷毛が上下に動き出す。時には左右の持ち手に力の入れ具合を指示しながら、左手で圧着具合を誘導しつつ右手の刷毛が上下するさまは見事なものである。これで全紙や尺八屏程度のサイズを次々とこなしていく。それより大きなサイズの作品となると、これはこれでパネルの分割やら何やら色々と。

 そう云や昨今の書道パフォーマンスについて、小竹光夫教授が「書道美術新聞」939号(2010.6.1付)の連載記事で苦言を呈していたが、「大作にも付き物」である筈の表装は今、どうなっているのだろうか。そこが少し気になった。~あのブームを煽った日テレに、番組内イベントを総括する気はあるのだろうか。例えば歴代の優秀作品(?)を集めて、十年分を一括展示するとか。



8【再掲】「とめはね」ネタ15 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/12 (Fri) 23:26:27

【再掲】「とめはね」ネタ15
7791 作品と成績評価 苹@泥酔 2010/08/10 21:41

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1281397118/
 先ず、2chで見て驚いた(↑)。何やら大分ひどい事になっているらしい…(↓)。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100810-OYT1T00046.htm
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>全日本書道展に不正出品、大分高を失格に
> 公益社団法人日本書芸院(大阪市)は9日、「第15回全日本高校・大学生書道展」(日本書芸院、読売新聞社主催)の審査の結果、私立大分高校(大分市)の全応募作を失格とすることを決めた。
> 不正な応募作が多数見つかったためで、同校も不正を認めた。
> 同校からは2487点の応募があり、今年7月の予備審査で、篆刻(てんこく)の部で同じ印章が複数の作品に使われていたことなどが判明したという。
> 同校は過去9回、団体賞の最優秀校に選ばれており、過去のケースもさらに調べる。学校側は、「伝統ある書道展を汚しておわびのしようもない」と書芸院に謝罪。不正な出品にかかわった指導教諭を厳しく処分するとともに、再発防止策の確立を急ぐという。最優秀校に選ばれた際は大分県から表彰を受けたこともあり、10日にも県に報告する。
> 同書道展は毎年、全国の高校・大学の生徒や学生を対象に、漢字・かな・調和体・篆刻の4部門で作品を募集、個人賞のほか学校単位の団体賞を選出している。
>(2010年8月10日07時28分 読売新聞)
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http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100810k0000e040052000c.html
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>書道不正出品:私立大分高の全応募作品が失格に
> 第15回全日本高校・大学生書道展(読売新聞社、日本書芸院主催)で、不正出品が多数あったとして私立大分高校(大分市)の全応募作品2487点が失格になったことが分かった。
> 大分高は同展で過去9回、団体賞の最優秀に選ばれ、「書の甲子園」の愛称を持つ国際高校生選抜書展(毎日新聞社、毎日書道会主催)では07年に団体の部で優勝。今年7月の書道パフォーマンス甲子園でも初優勝するなど書道の名門。
> 日本書芸院によると、不正が見つかったのは、同展の4部門のうち篆刻(てんこく)の部。出品した247点のほとんどを、複数の篆刻を組み合わせて一つの作品のように偽装していたという。同高によると、実際に彫ったのは40点だけだったという。
> 7月の予備審査で審査員が気付き、学校側が不正を認めたため日本書芸院は9日、同高を失格とした。同高は同日、日本書芸院に謝罪し、10日には県に事態を報告した。
> 日本書芸院によると、同展は出品作品数に応じて団体の点数が加算される。同高は前回、篆刻241点など計1230点を出品。今回は倍近い作品を出していた。過去の出品作品についても調査するという。
> 学校関係者によると、書道部の顧問教諭は「自分の責任と判断でやった。不正は今回だけ」と話しているという。竹中昭憲・同高事務長は「申し訳ない。顧問の教諭は指導熱心で結果を追い求めすぎるところがあった。任せきりだった学校側にも責任がある」と話している。
> 同高は10日午前、部員に事実関係を説明した。同日夜、部員の保護者へ説明し意見を聴いたうえで11日、顧問教諭の処分や書道部の今後の活動方針などを決める。【田中理知】
>毎日新聞 2010年8月10日 12時27分(最終更新 8月10日 13時44分)
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 この出品点数の多さ、もはや部活動レベルでないのは明らか。もしや苹と同じ手でも使ってたのか?…つまり部活動でなく授業中に書かせたのではないかってこった。
 しかしそれにしては取り組み方が尋常でない。仮に書道選択者を三学年全部で三百人と見積もると、四部門で合計千二百点の出品が限界の筈。尤もこれは音楽・美術・書道それぞれ三百人、すなわち学校規模を九百人と見た場合。六百人以上の出品(600×4=2400)となると、学校規模が千八百人以上なのか、それとも芸術科目の選択肢が少ないのか。いづれにしろ傍目の印象は「かなり無理してるなあ」に尽きる。また授業内で漢字・仮名・調和体(漢字仮名交じり書)・篆刻を仕上げるには丸々一年かかる筈だから、この点も不自然ではある。(めんどくさいから調べてないけど、一体どんな学校ぢゃ?!)

 以下、私事本題。作品と成績評価について。
 苹の場合は在職当時、差し当たっては大東文化大学主催のを標的にした。他に四国大学などの展覧会もあるが特に拘りはない。もし学校に案内が回ってきていたなら、或いは日本書芸院や成田山のに乗り換えたかも知れない。そして何より重要なのは、出品しなくとも全く構わない、一々「やる気」など求めないという事である。だから実際、出品しない生徒も居た。それどころか、出品すれば成績が下がる可能性すらあった。その選択を生徒自身に委ねた訳である。
 どれも授業で扱った漢字臨書課題の提出物である。それを苹が採点した後、展覧会へと使い回す。…やがて結果が返ってくる。中には苹のと異なる評価もある。つまり出展者は事実上、苹の評価と外部評価との平均を「自分の評価として選択した」事になる。すると苹の単独評価と比べて必然的に当該課題の実技成績が上下するが、他の課題は総て教科担任たる苹の単独採点なのだから、たまにはそうした機会があっても構わないだろう。
 無理をすれば余裕が失われる。出来る範囲でやればいい。中には放課後、書道部員でもないのに居残って練習する生徒が散見された。…練習したからと云ってウマク書ける様になるとは限らない、そんな「残酷な事実」まではさすがに教える気になれなかった(練習すれば巧くなるのは確実なのに、旨くなるとは限らないのよね…orz)。~書論には生書と熟書の話が出てきたりする。事によると、書道Ⅲでなら少しは言及できたかも知れない。ところが苹は怠け者(と云うよりは無能の方か)。教材研究が間に合わなかった面もあるから、如何なる評価であれ所詮は眉唾物と云えなくもない。
 さりとて、書道を競技の様に扱われても困ってしまう。イケイケドンドンで煽られたって、生徒は馬車馬じゃあるまいし。…私の場合、むしろ練習する暇があったら勉強してくれた方が嬉しい。自分が何を書いているのか、そこに現前する「今」を(時間的かつ拡張的に)深く知って貰う方が好もしい。その一環に実技の練習があるのであって、下手に技術力や表現力を過大評価すれば、却って近視眼的かつ集団的なナルシシズムか、又は裏返しの自虐的な「五十、六十は洟垂れ小僧」根性へと陥りがちになる。
 ~例えば古典の学習。王羲之の十七帖にも色々ある(あれを書いたのは何歳だっけ?)。それを「とどのつまりはただの手紙やんけ」と知る事から始め、古文漢文よろしく先ず内容から読み始めてもよい(興味あらば森野繁夫の著書を紹介するもよし)。或いは上野本や三井本などを比較する手もある。なんなら日本に伝来した諸本に視野を拡げてもよい(西東書房から好都合なシリーズ物が出てたっけ)。「之」と「足」の草書が紛らわしいのは何故なのか、といった視座からのアプローチは誤字に対する免疫的感覚を研ぎ澄ます。それらをひっくるめての実技。読む事を前提した在り方への反復、大袈裟に云えば永劫回帰。念仏を唱える様にひたすら書いたところで、どうにかなるものでもない(ただし偶々「悟る」事ならあり得るかも?…頓悟であれ漸悟であれ)。かてて加えて必要とあらば、実用書への頽落だって必ずしも芸術と無縁ではない。初めから芸術があったのではなく、所与の書字文化の延長上に芸術が「仮構された」(敢えて「生まれた」とは書かずに置く)のだから。
 …いっそ、展覧会の応募条件に論文審査を加えたらどうなる事やら。きっと膨大な手間がかかるんだろーな。ならば差し詰め、上位入賞者候補を絞るための「足切り」システムを導入するとか(大学入試じゃあるまいし?)。それらを先ず、下請けの審査員達が濾過する。審査員のレベルアップにも役立つ。いい事ずくめじゃんか。

 書き忘れ。~冒頭で「何やら大分ひどい事になっているらしい」と書いた件。「大分」の箇所は先ず、「だいぶ」と読んでからにしてくだちい。(願わくば、「おおいた」を連想するのは後回し。)



8【再掲】「とめはね」ネタ16 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/12 (Fri) 23:29:20

【再掲】「とめはね」ネタ16
7794 作品と成績評価(続) 苹@泥酔 2010/08/11 23:36

 前稿で書いた「外部評価」云々については誤解する向きがあるかも知れないので、念のため補記して置く。
 これを取り入れたからと云って、通信簿(五段階評定)の数値が変わるとは限らない。そもそも苹の期末考査(ペーパーテスト)は悪評紛々で、恐ろしく下手な生徒でも「知識が実技をカヴァーする」例が実際ある訳だから、そんな学者タイプの素質を持つ生徒には「巧く書くだけが能じゃない」と思って貰えれば、後々それだけ間口が拡がるのを期待しても、あながち罰は当たるまい。なにしろ、学者に嫌われたら書道はオシマイなのだぁ。反論ある奴は書道史の本でも抱えて論争を仕掛けてきやがれ。(わくわく♪)
 …それはともかく、実技の痕跡についてはどうか。
 書道とは縁遠いオッサンやオバハンに問う。昔、学校の授業や部活で作品を書いたとする。それ今、あなた持ってますか。とっくに捨ててしまった人が多いのではないですか。ところが何かの展覧会に出して、賞状を貰ったとする。そう簡単には捨てられないのではないですか。自分の子供に「昔こんなの貰ったのよ」と語ったところで、具体的にどんな作品だったか覚えてる訳がない。すると記憶は美しく嘘を吐く。「作品の美しさ」よりも「記憶の美しさ」の方が、何かと好都合な面は多い。金賞とか特選とか、そんな賞状なら捨てられる確率は更に減るだろう。つまり出品料という名のカネを払って、思い出を買った事になるのである。
 記憶を侮ってはいけない。嘘を侮ってはいけない。嘘の中に潜む一片の真実を「欠片のまま」持続させる事の尊さが、やがては神話的な痕跡へと自ら育っていく。それが如何に私的であろうと、育った領分は記憶の中で生き続ける。

(以下余談)
 …それにしても、教材研究は面白い反面ややこしい。例えば、一冊分の知識に十冊分を読み足して一冊分に纏めるがごとき場面は所謂「やっつけ仕事」となるが、百冊分の知識(その実態は所詮「漠然とした記憶」…orz)に確認目的の十冊分を読み足して一冊分に纏めるタイプの仕事は却ってムチャクチャ個性的(?)になりやすい模様。これでも本人はニュートラルになる様に心懸けているつもりなのだが、そのカヴァーする範囲が問題で、巷間では違和感を抱く向きが少なくないらしい。こちとら戦後教育の範疇に収まりきらない領分を含めて「ニュートラルを目指した」のだから、そうなるのは当然と云えば当然なのかも知れない。極端な話、新字体を基準とする領分に敢えて旧字体を持ち込むかの様な。
 そこで更に勉強してみる。…いっそ書道には収まりきらない領分、差し詰めタイポグラフィーなんかではどうだろか。てな訳で書道ディレクションとか云う本を皮切りに(だったかな?)二十年ほど前からおっぱじめたところ、最近入手した小谷充『市川崑のタイポグラフィ』(水曜社)に至るまで、それなりの蓄積がある分だけ余計に「たちが悪い」仕儀と相成った。…当時、カリグラフィーの絡みでは西洋の文献が参考になった。フーコーは『これはパイプではない』とか云う本を出してたし、クリステヴァは~そう、あの中で苹は「エングラム」って言葉を知ったんだっけ。『詩的言語の革命』(勁草書房)第一部P.331の訳注には「脳の神経細胞のうちに残された経験の痕跡をいう」とある(稍や詳しい論旨についてはNo.6538を参照↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=6538&range=1
 このリンク稿を読めば食傷するかも知れない。…昔、苹はこんな文章を書いていた(汗)。

(以下冗談)
 勿論、なんでもかんでも書けばいいってもんじゃない。ふざけた野郎が授業で変な言葉を鏤める例なきにしもあらず。…でも苹とて密かには思うのだ。一度くらい「高擡玉莖、振怒而頭擧、金溝顫懾而脣開」などと書いた掛軸を、誰かの結婚式で贈呈してみたいなあ。(出典は白居易の弟、白行簡の「天地陰陽交歡大樂賦」より。)
9:苹@泥酔 :

2020/04/05 (Sun) 06:43:42

8【再掲】「とめはね」ネタ17 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/12 (Fri) 23:32:49

【再掲】「とめはね」ネタ17
7806 【備忘録】続報と雑感【大分】 苹@泥酔 2010/08/19 23:02

●続報
http://mainichi.jp/area/oita/news/20100811ddlk44040486000c.html
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>全日本高校・大学生書道展:不正で失格の大分高、泣き崩れる生徒も /大分
> 不正な出品が判明し、第15回全日本高校・大学生書道展(読売新聞社、日本書芸院主催)に応募した全作品が失格となった私立大分高校(大分市)は10日、対応に追われた。
> 午前中には、書道部の部員約40人を学校に集め、事態を説明した。ショックで泣き崩れる生徒もいたという。同席した竹中昭憲事務長は「『みんなの頑張りはわかっている。不正はしっかり明らかにする』と生徒らと約束した」と話した。今後は個別に生徒と話すほか、要望に応じてカウンセリングもする。
> 同夜には、部員の保護者を対象に説明会を開いた。竹中事務長によると、不正にかかわった書道部の顧問教諭が謝罪。学校側が書道部の活動を当面自粛する方針を伝えると、保護者からは部活動継続を求める声が相次いだという。【田中理知】
>毎日新聞 2010年8月11日 地方版
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http://www.asahi.com/national/update/0816/TKY201008160186.html
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>「とめはねっ!」モデル 大分高校が書道展に不正出品2010年8月16日13時18分
>. 大分市の私立大分高校は16日、昨年と今年の全日本高校・大学生書道展(日本書芸院、読売新聞社主催)への出品で、在校生以外の名を借りて出品数を水増しする不正が見つかったと発表した。同校は、書道部顧問の男性教諭による不正と判断し、停職3カ月の処分にする方針。
> 小山康直校長によると、最優秀賞を受賞した昨年の篆刻(てんこく)の部の出品者名簿に同校卒業生の名前8人と同校の生徒ではない名前25人分があり、少なくとも33点の水増しがあったという。今年についても、出品は1部門につき1人1点がルールで、同校からの参加者数は273人だったのに、漢字940点、かな683点、調和体617点が出品されていたことがわかった。
> 大分高は同書道展で最優秀賞を昨年も含め過去9回獲得し、その功績で昨年、県民栄誉賞を受賞。小山校長は「信頼を裏切った。賞を返上したい気持ちだが、日本書芸院と県の指示に従いたい」とし、日本書芸院と県に同日中に不正の事実を報告するという。
> 同校は、顧問の教諭のほかに、不正を止められなかったとして副顧問を減給10分の1(2カ月)、小山校長を無給(2カ月)とする処分をする方針。今後は第三者委員会を発足させ、書道や美術品などの出展の際には第三者が審査する仕組みを作って再発防止に努めたいとしている。
> 同高書道部は、2009年には日本テレビ系番組内の全国大会、第1回書道ガールズ甲子園で優勝。漫画「とめはねっ! 鈴里高校書道部」に登場する強豪校「豊後高校」のモデルとしても有名。
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http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100816k0000e040069000c.html
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>書道不正出品:私立大分高、最優秀の昨年も
> 第15回全日本高校・大学生書道展(日本書芸院、読売新聞社主催)の篆刻(てんこく)の部で不正出品が多数あったとして全応募作が失格になった私立大分高(大分市)は16日、他の3部門及び昨年の同展でも不正があったことを明らかにした。書道部顧問の男性教諭(51)が在校生や卒業生、他校生の名前を勝手に使い応募していた。
> 同高は昨年の同展団体賞で9回目の最優秀に選ばれていた。主催者に16日、最優秀返上の意向を伝え、大分県にも、最優秀により受けた県賞詞(県民栄誉賞)返還を申し出る。
> また同高は同日、この教諭を停職3カ月、不正を黙認した副顧問の女性教諭(28)を減給(10分の1、2カ月)、小山康直校長も監督責任を問い無給2カ月とした。【田中理知】
>毎日新聞 2010年8月16日 13時36分(最終更新 8月16日 13時46分)
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http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100816-OYT1T00634.htm
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>書道展に不正出品、大分高教諭を懲戒処分
> 大分市の私立大分高校が「第15回全日本高校・大学生書道展」(日本書芸院、読売新聞社主催)に不正出品して全応募作が失格になった問題で、同校は16日、不正にかかわった書道部顧問の男性教諭を顧問から外したうえで、同日付で停職3か月の懲戒処分にすると発表した。
> また、団体賞(高校の部)の最優秀校に選ばれた昨年度の出品作品にも、不正の疑いがあることが判明したという。不正が確定した場合、受賞した県民栄誉賞(県賞詞)の返還について県の指示を仰ぐ方針。
> 同校は今年の書道展で2487点を応募したが、篆刻(てんこく)の部で、同じ印章が複数の作品に使われたことが判明。1230点を応募した昨年度も、台帳で確認したところ、篆刻の部(241点)で卒業生ら33人の名前を使って応募していたことが分かったため、主催者に報告する。
> このほか、不正を防げなかったとして書道部副顧問の女性教諭を減給10分の1(2か月)、監督責任を問い小山康直校長を無給2か月の懲戒処分にする。
>(2010年8月16日15時45分 読売新聞)
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100816/crm1008161623020-n1.htm
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>「とめはねっ!」登場校のモデル、実在せぬ生徒名で書道展に出品 大分高顧問教諭を処分
>2010.8.16 16:23
> 大分市の私立大分高は16日、今年と昨年の全日本高校・大学生書道展(日本書芸院など主催)に出品する際、篆刻の同じ印影を複数作品で使ったり、出品していない生徒の名を使ったりするなどの不正が多数見つかったと明らかにした。主催者は、同校が今年出品した2487作品をすべて失格とした。
> 同校によると、今年の篆刻部門に、すべて作者が違う247作品を出品したが、同じ印影を使ったものが複数あった。漢字、かななどの部門でも、書道部員らの試作品に別の生徒の名で出品。団体賞の最優秀校となった昨年の篆刻部門でも、出品者名簿に卒業生や実在しない生徒名があった。書道部顧問の男性教諭(51)が「自分の判断で、勝ちたい一心で不正をやった」と話しており、停職3カ月の処分にする方針。
> 大分高は同書道展の団体部門で9回最優秀校に選ばれ、人気漫画「とめはねっ!鈴里高校書道部」に登場する名門校「豊後高校」のモデルとされる。
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http://mainichi.jp/enta/art/news/20100817k0000m040069000c.html
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>書道不正出品:作品数を水増し 受賞を辞退 私立大分高
> 私立大分高校(大分市)は16日、昨年と今年の「全日本高校・大学生書道展」(日本書芸院、読売新聞社主催)で、在校生以外の名前を使って作品数を水増ししていたことを明らかにした。今年の出品分の一部で不正が分かって全応募分が失格となり、詳しく調べていた。同高は昨年は団体賞で最優秀を受けており、同日、主催者に返上を申し出て認められた。この功績で受けた大分県賞詞(県民栄誉賞)の返上も県に申し出た。
> 大分高は同展で昨年を含め過去9回、団体賞の最優秀に選ばれ、「書の甲子園」の愛称を持つ国際高校生選抜書展(毎日新聞社、毎日書道会主催)では07年に団体の部で優勝。今年7月の書道パフォーマンス甲子園でも初優勝した書道の名門。漫画「とめはねっ! 鈴里高校書道部」に登場する学校のモデルとしても知られる。
> 日本書芸院や同高によると、今年7月の予備審査で、篆刻(てんこく)の部で同高出品247点のうち244点で印影のダブりが見つかった。一度彫った印鑑は他の作品に使えないのに、書道部顧問の男性教諭(51)が勝手に使い回していた。このため、今年の全応募作品2487点が失格となった。
> その後の同高の調査で、今年の他の漢字、かな、調和体の3部門で、部員らが練習用に書いたものを男性教諭が他の名前で出品していたことが判明。また、昨年の篆刻の部では卒業生8人、同高関係以外の25人の名も使っていた。男性教諭が無断で実行し、副顧問の女性教諭(28)も黙認していたという。
> 同展の団体賞は、出品数10点で1ポイントが加算される。同高の出品は08年が647点だったのに09年は1230点、今年は2487点と急増していた。顧問教諭は「点数が加算され、勝ちたいがためにやった」と話しているという。日本書芸院は「現在のポイント制度についても今後(見直しを)検討したい」としている。小山康直校長は「どうおわびしていいか分からない」と話している。
> この問題で同高は16日、顧問教諭を停職3カ月、副顧問教諭を減給(10分の1、2カ月)、小山校長を無給2カ月とする方針を決定。週内に開く理事会に諮る。【田中理知】
>毎日新聞 2010年8月16日 20時49分(最終更新 8月16日 21時32分)
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http://www.asahi.com/national/update/0816/SEB201008160046.html
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>昨年の最優秀賞を自主返納 書道展に不正出品の大分高校2010年8月16日23時5分
>. 全日本高校・大学生書道展(日本書芸院、読売新聞社主催)に2年連続で不正出品をしていた大分市の私立大分高校は16日、主催者側に昨年の最優秀賞を自主返納する意向を伝え、認められた。その功績で受賞した県民栄誉賞(県賞詞)についても県に返すことを明らかにした。
> 同校は小山康直校長名で主催者側に「書道展の伝統に消し去ることのできない甚大な損害を与え、深く深く反省している。再発防止に努め、真摯(しんし)に教育活動を再構築したい」との文書を提出した。
> 県私学振興・青少年課によると、県民栄誉賞については県側は返還を認める方針だという。
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http://www.asahi.com/edu/news/TKY201008160186.html
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>「とめはねっ!」モデル 大分高校が書道展に不正出品2010年8月16日
>. 大分市の私立大分高校は16日、昨年と今年の全日本高校・大学生書道展(日本書芸院、読売新聞社主催)への出品で、在校生以外の名を借りて出品数を水増しする不正が見つかったと発表した。同校は、書道部顧問の男性教諭による不正と判断し、停職3カ月の処分にする方針。
> 小山康直校長によると、最優秀賞を受賞した昨年の篆刻(てんこく)の部の出品者名簿に同校卒業生の名前8人と同校の生徒ではない名前25人分があり、少なくとも33点の水増しがあったという。今年についても、出品は1部門につき1人1点がルールで、同校からの参加者数は273人だったのに、漢字940点、かな683点、調和体617点が出品されていたことがわかった。
> 大分高は同書道展で最優秀賞を昨年も含め過去9回獲得し、その功績で昨年、県民栄誉賞を受賞。小山校長は「信頼を裏切った。賞を返上したい気持ちだが、日本書芸院と県の指示に従いたい」とし、日本書芸院と県に同日中に不正の事実を報告するという。
> 同校は、顧問の教諭のほかに、不正を止められなかったとして副顧問を減給10分の1(2カ月)、小山校長を無給(2カ月)とする処分をする方針。今後は第三者委員会を発足させ、書道や美術品などの出展の際には第三者が審査する仕組みを作って再発防止に努めたいとしている。
> 同高書道部は、2009年には日本テレビ系番組内の全国大会、第1回書道ガールズ甲子園で優勝。漫画「とめはねっ! 鈴里高校書道部」に登場する強豪校「豊後高校」のモデルとしても有名。
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http://www.asahi.com/edu/news/SEB201008160046.html
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>昨年の最優秀賞を自主返納 書道展に不正出品の大分高校2010年8月16日
>. 全日本高校・大学生書道展(日本書芸院、読売新聞社主催)に2年連続で不正出品をしていた大分市の私立大分高校は16日、主催者側に昨年の最優秀賞を自主返納する意向を伝え、認められた。その功績で受賞した県民栄誉賞(県賞詞)についても県に返すことを明らかにした。
> 同校は小山康直校長名で主催者側に「書道展の伝統に消し去ることのできない甚大な損害を与え、深く深く反省している。再発防止に努め、真摯(しんし)に教育活動を再構築したい」との文書を提出した。
> 県私学振興・青少年課によると、県民栄誉賞については県側は返還を認める方針だという。
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http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100817ddm012040040000c.html
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>全日本高校・大学生書道展:大分高、書道展出品数水増し 在校生以外の名で
> 私立大分高校(大分市)は16日、昨年と今年の「全日本高校・大学生書道展」(日本書芸院、読売新聞社主催)で、在校生以外の名前を使って作品数を水増ししていたことを明らかにした。今年の出品分の一部で不正が分かって全応募分が失格となり、詳しく調べていた。同高は昨年は団体賞で最優秀を受けており、同日、主催者に返上を申し出て認められた。この功績で受けた大分県賞詞(県民栄誉賞)の返上も県に申し入れた。大分高は今年7月の書道パフォーマンス甲子園でも初優勝した書道の名門。漫画「とめはねっ! 鈴里高校書道部」に登場する学校のモデルとしても知られる。
> 日本書芸院や同高によると、今年7月の予備審査で、篆刻(てんこく)の部で同高出品247点のうち244点で印影のダブりが見つかった。一度彫った印鑑は他の作品に使えないのに、書道部顧問の男性教諭(51)が勝手に使い回していた。このため、今年の全応募作品2487点が失格となった。
> その後の同高の調査で、今年の他の漢字、かな、調和体の3部門で、部員らが練習用に書いたものを男性教諭が他の名前で出品していたことが判明。また、昨年の篆刻の部では卒業生8人、同高関係以外の25人の名も使っていた。男性教諭が無断で実行し、副顧問の女性教諭(28)も黙認していたという。
> 同展の団体賞は、出品数10点で1ポイントが加算される。【田中理知】
>毎日新聞 2010年8月17日 東京朝刊
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http://mainichi.jp/area/oita/news/20100817ddlk44040390000c.html
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>全日本高校・大学生書道展:大分高不正出品 顧問教諭が水増し /大分
> ◇停職中も指導容認
> 全日本高校・大学生書道展(日本書芸院、読売新聞社主催)への出品を巡って16日、私立大分高(大分市)の新たな不正が判明した。調査結果を発表した小山康直校長は、「著しく損なった信頼を作り直していきたい」と謝罪した。
> 不正は今年の同展・篆刻(てんこく)の部の出品作品でまず発覚。他の漢字、かな、調和体の部でも出品者数273人に対し、作品数が多すぎることを書芸院から指摘され、同高が調査していた。また、昨年の篆刻の部の出品者名簿を調べるうちに、不正が分かったという。いずれも書道部顧問の男性教諭(51)が、名前を勝手に使って出品数を水増ししていた。
> また、小山校長はこの教諭の処分方針(停職3カ月)や自らの処分方針(無給2カ月)も発表。再発防止策として、コンテストへの応募を部活動の顧問任せにせず、校内に設置する第三者委員会に一度持ち寄って、まとめて出品するよう応募方法を改めることを明らかにした。
> 今回の問題で、書道部は当面、コンテストへの出品を控えるほか対外的な活動を自粛し、個人的な練習にとどめる。教諭は書道部顧問から外れるが、生徒の希望があれば停職中も放課後ならボランティアで書を教えることを容認するという。【田中理知】
>毎日新聞 2010年8月17日 地方版
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http://mytown.asahi.com/areanews/oita/SEB201008160037.html
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>書道パフォーマンスは当面自粛 大分高不正、校長が謝罪
>2010年8月17日
> 全日本高校・大学生書道展に2年連続で不正出品していた大分高校(大分市)は16日、不正をした男性教諭を停職処分にするとともに書道部顧問から外す方針を明らかにした。部活動は継続する。
> 小山康直校長が同校に集まった報道陣に約1時間にわたって概要を説明。「申し訳ないの一言。県民や子どもたち、保護者の信頼を根本から裏切った」と謝罪した。
> 小山校長によると、2008年以前の同書道展については、参加者数と出品数に大きな差がなく不正は認められなかった。男性教諭は09年から同展での点数稼ぎのために不正を始めたと見られるという。小山校長は「子どもたちに全く非はなく、本当に申し訳ない。書道を学ぶ環境は引き続き整備したい」と話し、同部の部活動自体は続ける方針を示した。外部から依頼された書道パフォーマンスは当面自粛するという。
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●雑感
 苹の場合はオツムの出来が非常識らしきためか、外部評価の結果「成績が下がる」といった素っ頓狂なケースを初めから折り畳んだ。…こんなの普通、管理職なら「生徒や学校の足を引っ張る教員は要らない」と判断するのが自然だろ。つまり裏を返すと、外部評価は「成績を上げる」ための手段であらねばならない訳だ(ここまでは多分、管理職として「正しい判断」と云えるのだろう)。しかしそれが転じて「成績下降を恐れる」体質へ向かうと、いつの間にか「成績上昇を恐れる」神経が麻痺していく。成績が上がれば誰もが喜ぶかの様に思い込み、やがて時が至ると「バブル経済」状となった成績上昇圧力は一挙に崩壊し始める。
 成績の裏付けが欲しい人々には、共通一次やセンター試験をめぐる外部評価=模試システムが重宝される模様。こうした観点では所謂「ゆとり教育」が一種のデノミネーションかデフレ誘導政策への期待を勝手に誘引するかのごとく作用しつつも、それが成功し過ぎると今度は逆に学力低下だの何だのと叩かれる方向へと反作用しかねない。かと云って、ゆとり時代に詰め込み教育をすれば忽ち問答無用のルール違反となってしまう。いづれにしろ逃げ道は概ね閉ざされ、ルールがルール自身の中に粘菌のごとく逃げ道を探し始める事になるだろう。~しかるに書道では通常、模試の領分を公募展が担う模様(社中単独では段級位を活用するケースもあるが、社中間となるとそれぞれの段級位を為替状に調整する上で、評価レートが不明瞭となりやすい)。

 書道選択者全員が参加すれば、事はもっと単純だったかも知れない。ところが部活動は(相対的に見れば)一種の抽出方式で、しかも抽出対象は成績優秀者に偏る傾向が強い。
 昔、全国学力テストでは正解への「指差し」行為が問題視されたそうな。~教員が「指差し」した生徒を書道部員に見立ててみればよい。ここでの「指差し」は一種の指導であり、後は指導された通り生徒が答案に書き込むかどうか。仮に生徒が素直に書き込んだとする。しかしその人数が少ないと全体の成績は上がらない。そこで教員は熱心に、出来るだけ多くの生徒に「指差し」して回る。
 上記のごとき見立て話は荒唐無稽に見えるかも知れない。しかし、もし生徒達が碌に字の書けぬレベルだったとしたらどうか。いくら熱心に「指差し」して回っても、その通りになるとは限らない。…ふと、昔やった定期考査で枡目方式の回答欄を使ったのを思い出す(この本と稍や似通った体裁↓)。そして想像をめぐらして欲しい。もし国語のテストで、古文のテクストが手書きの原本(または写本)画像で出題されたらどうなるか。
http://www.tankosha.co.jp/cgi-bin/bookdetail.cgi?pc=0000003266-000000
 活字変換と句読点を前提した古文テクストは現代の国語規範と合致する様に仕組まれたものであり、たとい書かれたものが活字依拠の現代文であろうと、本質的には筆文字へと逆変換された時点で「活字的でない」印象を免れなくなる。そうした前提あっての「指差し」指導である。指導したからと云って、それを生徒が読めるとは限らない。だからこそ見方次第では、「指差し」行為自体が指導工作である事を免れる。そこに隙間が生じる。全員参加方式では欠陥が露呈しそうな事でも、抽出方式なら「より本来的な」指導効果が期待できる。~ここまでは質的な領分の話。
 量的な領分となると、今度は「抽出方式から全員参加方式へ」の流れが仮構可能になるだろう。従来は、喩えるところ「抽出方式を全員参加方式に見立てた」。そのリミットは在籍生徒数だった(質的領分では生徒数の下限が成績の下限を要請し、量的領分では生徒数の上限が成績の上限を抑圧する)。ここから先は「全員参加方式を何に見立てるか」。その余地が予め仮構可能でないと、従来やってきた抽出方式の足元が構造的に崩れる可能性だってある。質と量の配分が共に崩れる。量的な見立てが質的な見立てへと波及する。

 審査する側からみればどうか。~審査員は質的領分を審査する。厳密な意味で「採点する」とは云えないかも知れないが、審査員に期待される審美眼は概ね良好に機能する。そこまではあらかた問題視する必要はあるまい。しかし彼らに量的な審査能力があるかどうかとなると、正直なところ苹にはなかなか想像しにくい。
 …いったん視点を変える。
 ベートーヴェンは生涯に九つの交響曲を書いた。ブラームスは四つ。ところがモーツァルトは番号付きだけでも四十一曲だし(ホグウッドの全集録音では七十曲を超える)、ハイドンに至っては百四曲ある。モーツァルトの交響曲《ハフナー》はK.385もK.250もセレナードの改作だった。その後も弦楽四重奏曲やピアノ曲などを改作する例は後を絶たない。リストの《マゼッパ》は超絶技巧練習曲と交響詩が有名だが、交響詩の後半に出てくるリズミカルな音型はピアノの練習曲集に出て来ない。またブルックナーの版問題には弟子のシャルク達が絡む。
 …書家と同様、彼らには弟子・生徒が居た。(ここらで話を戻して、先ず書道側の立場を念頭に置いて書くが、一方では学校と宮廷の違いこそあれ、所謂「お抱え作曲家」といった立場にも視線を向ける。)
 生徒指導が作品制作の側面を持っていただろう事くらいは容易に想像がつく。先生なら誰だって、(程度の差こそあれ)「生徒を自分の色に染め上げる危険」を知っているからだ。そんな脆弱(?)な部分に余所からの圧力がかかると、書家らしくあればあるほど書道教員は、「宮廷音楽職人ハイドン」と「脱・宮廷音楽職人モーツァルト」との狭間にあるかの様な立場を甘受せざるを得ない筈。さりとて、絵画方面ほど露骨ではない模様。レンブラント工房ではどうだったか。董其昌は誰に代筆させていたか。
 こうした妄想がどの程度まで当たっているか、当事者ならどう思うのやら。~これを「××工房」と呼ばず、仮に「××高校書道部」と呼んでみよう。これこそ「団体賞」に相応しい。そう思えてこないか。そもそも団体賞の対象は何か。作品数の水増しを云々するのと、モーツァルトの交響曲の数を拡大して考えるのとでは、何がどう違うのか。
 一つの集団の作品総体と捉える見方を分解すれば、その先には生徒個人の作品が顔を出す(つまり「作品を取り巻く視線の方が変質する」)。ここでは恐らく「集団と個人の峻別」という前提があり、そうした暗黙のルールに違反したから「水増し」だの「不正行為」だのと呼ばれるのだとしたら、分割不能な作品~例えば合作や書道パフォーマンス作品~はどうなってしまうのか。
 ふと、いくつかの古い作品例が思い浮かぶ。画家が四君子や山水などを描き、書家が画賛を入れる様な。他方、「伊勢幸」の三文字を三人の書家(日下部鳴鶴、巌谷一六、中林梧竹)が書き分けた例ではどうか。中には「これは作品ではない」と云う人も居るだろうが、行為の延長上に書道パフォーマンスの来歴を感じ取る場合、江戸時代の書画会に遡って考え直す必要があるかも知れない。



8【再掲】「とめはね」ネタ18 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/12 (Fri) 23:35:53

【再掲】「とめはね」ネタ18
7810 【雑感】集団的背後霊【追記】 苹@泥酔 2010/08/22 20:25

 前稿を読み返すと、書きぶりには若干の不満が残る。あれでは「水増し」の説明が不充分かも知れない。ならばムリヤリ仮構しよう。名前を使われた架空の人物や卒業生の本質は、教員自身ですら束になっても馭しにくい歴史的水準(?)の、とどのつまりは呪われた「書道部の背後霊」だったのだと。(なんだそりゃ?)
 ここで一句。
 「卒業生 貴方も私も 背後霊」
 ~そんな具合に伝統が象られていく。卒業生の側から見れば、逆に恩師の方が背後霊の様な気配を漂わせる事すらあるくらいだ。なんなら恩師の紹介で社中に出入りしてみー。そこには遙かに年上の背後霊がウジャウジャたむろしているし、ともすれば背後霊の間で師匠格・先輩弟子・後輩弟子の関係が成立してしまう。…これって何かに似ていないか。例えば同窓会。そこでは学校単位であれ部活動単位であれ、卒業生を含む「広義の集団」が意味拡張作用と伝統のバランスを自ら取り始める。
 このバランスの前では、現職教員など無力に近い。多勢に無勢と云えば身も蓋もなくなるが、ともかくそこに或る種の前例主義が胚胎する。もし吹奏楽部みたいに定期演奏会へのOB参加が「前例」化しているとして、それと同様の視線で書道の展覧会(特に団体参加の在り方)を見つめたらどうなるか。卒業生の参加は本当に不正行為と云えるのか。ただの「名義貸し」なら一見そうなりそうではある。しかしこれが「工房」状の視線と交わった時、名義そのものが揺らぎ始める可能性はないか。
 勿論、こうした見方には定期演奏会とコンクールの混同がある。ただの演奏会ならプロの世界じゃ余所のオケから(!)助っ人がしょっちゅう参加するけれど、そもそもオーケストラにコンクールなんてあるのかしら(「其六」稿で冗談めかした「人気投票」じゃあるまいし)。ところが今回新聞沙汰になった学生書道公募展には団体賞がある。…当方、そうした在り方が悪いと思っている訳ではない。所詮、ただの振興目的であろう。ただし扱いが大き過ぎた。もし学校側が団体の扱いを誤解していたのでないとしたら、学校や教員は性根そのものが「狡かった」か、もしくは「無知だった」って事になるのかも知れない。~書道パフォーマンス勃興の時節、音楽の先生は警告しなかったのかしら。事と次第によっては、芸術科目の連帯責任を疑われても仕方あるまい。

 世に「去者日以疎、生者日以親」と云う。(文選)
 書道自体も、思い返せばどことなく背後霊に似ている様な気がせぬでもない。それが今はどこかの社中に属し、段位を持ち、展覧会に出品してはせっせと世評の高きを望む人々により占有されているかに見える。そうでない人々との落差は大きい。
 ふと、高校時代を思い出す。~文学部らしき同期生(だったかな?)が、ひとつ「書いてくれ」と色紙を持ってきた事がある。自作の俳句か歌かは忘れた。自分で書くべきだと思ったので断った。意地悪をしたつもりはない。
 このところ日曜昼前のBSを見ると、NHKでは一週分の朝ドラを連続放送した後「俳句王国」って番組をやっている。その題字や色紙を書く裏方役が書家の野口白汀。十数年前は青森の高教研に呼ばれて講演していた。その野口先生の書いた色紙が番組内でズラリと並ぶ。書きぶりが統一されていると読みやすいからそうしているのだろうが、巷間では自作を自署するのが普通らしい。高総文の展示を見ると人それぞれ様々な書きぶりで…正直なところ一見「へたっぴい」ではある。しかし味はある。この「味」を出すのが難しい。喩えるなら作者は料理人で、そこに添削の手を加える行為が調味料って事になるのかも。そもそも代筆者に作者本人の味は出せない。そして調味料を使いこなし得るのが料理人のみであるならば、調味料の選択は料理人に任されねばなるまい。
 この意味に於て師匠は、弟子の個性を「殺す事によって生かす」という自己矛盾を抱える。生かすのは弟子本人なのに、実際は殺されたがる弟子の方が圧倒的に多いらしい。つまり自身を生かす前に「殺されっぱなし」となる訳だ。他方、まだ碌に殺されてもいないのに生きようとすれば、生き返る事はまずない。生きるのと生き返るのとでは、死に方が決定的に違う。その形式的分水嶺を「本来の死に方」(?)から外在化すれば、卒業生が全員背後霊となるのは理の当然。内在的背後霊を内に蔵した外在的背後霊ともなればもう最強、魂魄交々に師匠を呪いまくっては自己へと還る。だからと云って、師匠が取り殺されるとは限らない。ただし悩殺される事はあるだろう。弟子が「私を食べて♪」と添削を迫ったり、或いは師匠が「俺のものになれ~」とばかりに添削して迫ったり。

 中には、添削を拒む師匠も居る。生徒側にしてみれば、これはこれで困る。
 昔風の稽古では、屡々「技を盗め」てな助言が傍から寄せられるらしい。受動的に教わるのではなく、能動的に学び取る。しかしそのためには相応の環境が必要となる。
 この環境が問題で、或る種の「理想的な環境」を外界から隔絶する上で社中や学校が役に立つ。他の世界がどうであれ、師匠と弟子、先生と生徒の間に濃密な世界が展開されていく。それを制度化する手段に段級位や展覧会が組み込まれると、そこに向学精神の資本主義が育ち始める。言い換えるなら、「それ」と「そこ」との場所的同一性が、質的差異を同質化すべく呑み込んで離さない。~昔は場所そのものが適度に離散的だった。書家でなくとも皆が筆で字を書いた。その「皆」が筆を手放すと、相対的に「書家の世界」が外界から隔離されていく。畢竟、ここでは外界が隔離を要請する。
「連れて逃げてよ」
「ついておいでよ」
 ~そんな関係により、外界から駆け落ち同然に核家族化していくのは無理もなかろう。多数の一者が多数のまま、弟子を抱える一者の集合たる多数へと紛れ込む。そうした比喩での核家族。一者は必ずしも孤ならず、クラスター状に一連なりのまま、多数の中へと収斂する。その全体が隔離状態にある。これを書道界に見立てるならば、「水増し」の意味がもう一つ見えてくるのではなかろうか。
 追憶がある。連鎖と伝統がある。背後霊となり遊離して行った何かを引き戻そうとする呪いがある。彼らが外界に出て行くと、内界は「隔離された自己」とのバランスに戸惑う。~外界と内界の等価性を幻視して初めて、従来のバランスはどうにか保てていた。内界で水増しするのも、外界で水増しするのも、そうした影響なくしては起こるべくもない。どのみち総量は変わるまい。察するところ、所謂「水増し」問題はエントロピーの観点から判断する必要がありそうではある。



8【再掲】「とめはね」ネタ19 ( 苹@泥酔 ) New!!
2011/08/12 (Fri) 23:39:41

【再掲】「とめはね」ネタ19
7828 「とめはねっ!」雑感(其八) 苹@泥酔 2010/09/04 21:28

(No.7810訂正)
 第二段の訂正。
「このところ日曜昼前のBSを見ると」→「このところ土曜昼前のBSを見ると」
 以下本題。


●「うらみ葛の葉」
 NHKドラマ「とめはねっ!」の放送を契機にダラダラ始めた一連の話題(スレッド表示参照)、漫画原作のモデル校となった大分の一件を差し挟むと、微妙に焦点がずれちまってる様な気がする。本題は書道パフォーマンスの方だったのねー(自身すっかり忘れてた?)。この辺、ちょいとばかり補足して置く。
 書道パフォーマンスと云えば、今じゃ映画化までされた「ガールズ」の集団揮毫を指すのが一般的な印象らしい。ソリャもう、どこを見ても女、女、女…。おいこら、そこの野郎ども。いっそ開き直って女装でもしてみやがれ(あくまで冗談でやんす)。とは云え勿論、前に書いた通り応援団だの何だのと、それなりに他のネタを考えられなくはない。しかしやはり女の魅力には敵わない。しかも近年では美少年の所謂「ボーイズラブ」幻想や女装が、「腐女子」達(って云うのか?)から好感されているらしいではないか。むさい中年のオッサンが女装すればただの変態だが、美少年ならまだどうにかなるのかも。
 …そうなのだ。これからは女装の時代なのだ(と敢えて強弁してみる)。昔からそうだった。三島由紀夫と交流のあった美少年なんざ、約半世紀を隔てた今もなお見事に着飾り活躍しているんだし。そしてその前は…と書けば誰でも思い当たるだろう。云わずと知れた役者でござる。差し当たっては歌舞伎の女形。しかしこれを持ち出すと、さすがに素人にゃ荷が重過ぎる。迂闊に手を出そうものなら、伝統の担い手達から「芸をなめるな」と罵られそうだ。

 歌舞伎の演目に、「葛の葉」ってぇのがあるそうな。あたしゃ見た事はないが、元々は人形浄瑠璃らしい。正しくは『蘆屋道満大内鑑』。この中に或る種の書道パフォーマンスがあり、その筋では「曲書き」と云う。~そこで検索したところ、こんなサイトを見つけた(↓)。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~freddy/watching164.htm
 その中に、こんな画像がある(↓)。「十二世仁左衛門の葛の葉」だそうな。これがまた、べらぼうにウマイ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~freddy/photo/yakusya/12nizaemon/kuzunoha2.jpg
 そんでもって調べてみると、この仁左衛門(↓)てぇのは書の素養が重んじられていた時代末期の人らしい(明治十五年1882~昭和二十一年1946)。この頃は観客もさぞ目が肥えていた事だろう。字を見た途端に興醒めする様では総てぶち壊しである。…先に「べらぼうにウマイ」と書いたが、この程度なら誰でも書けた時代である。まともな書き方なら、古筆の苦手な苹だって書ける。その「まともな書き方」のレベルを、彼ら役者は「曲書き」で維持するから恐れ入る。これを仮に書道パフォーマンスの古典とみなすなら、今の「書道ガールズ」のそれは児戯に等しい。
http://www.kabuki-bito.jp/kabuki_column/actorofmemory/post_158.html
 ところで、この仁左衛門。他方では一家と女中の五人が殺害された件で有名らしい。みな頭を斧で割られていたとの事。なにやら横溝正史の探偵小説に出てきそうな…と云えばいかにも無粋ながら、市川崑監督の映画『獄門島』には、草笛光子が口にくわえた筆で「うらみ葛の葉」と障子に書くシーンが出てくる。あれは仁左衛門に負けず劣らず達筆だった。こうでなくてはいけない。(ただし発句屏風の方は中途半端に下手。市川監督は原作の描写をそう解釈したのだろう。因みに、書家に依頼したらしきテレビ版の方は上手いから全然ダメ。そもそも下手な字で書いてあるから「金田一探偵が読めなかった」って筋書きになるのに、あれを上手く書いちまったら辻褄が合わなくなるではないか!)

 …以下は単なる思い付き。
 もし「書道甲子園」の様な新興イベント(?)に本格的なパフォーマンス部門を設ける気があるのなら、放恣となるのを防ぐための里程標が要る筈。…ここらで梨園と連携して、共通課題に「葛の葉」を用いたらどうなるだろか。もし可能であれば、伝統衣裳は決勝段階(?)で歌舞伎側から借り受けるとか(高価だから無理かな?)。
 こんなの実際にやるのは無茶かも知れんが、たぶん漫画やドラマの中でならどうにでもなる筈。大分ショックを乗り越える上でのヒントになれば…と書いてて気がついた。これって一種のネタバレになっちまうのね(汗)。どのみち苹案が採用される事はないだろう。しかしながら、それはそれ。
 大字揮毫にしろ演劇的揮毫にしろ、見せ場には相応の刺激が要る。見方次第では、そこんとこが厄介となるだろう。と云うのも、所謂「芸術書道」の要請動機自体、実用書道に横溢せる俗臭を払拭しようとする心のはたらきがあるからだ。もし書道展に勘亭流を出品したらどうなるか。変な詩文を書いて出品したらどうなるか。
 いくつかの領分の間に立ち現れる距離感が、「うらみ葛の葉」の背景をなす程度で内々に収束するならまだいい。嘗て鈴木翠軒が「禅牀夢美人」と書いて日展に出品した時は、語句が不穏当との批判が出たそうな。出典が夏目漱石の漢詩と聞いて事は収まったらしい。素人目に映るところ、その意は「見賢思齊」と大差なかろう。しかし「美人」を聖賢と解するのではなく、思いっきり現代的にセクシー美女と読み替えればどうなるか。どう見たってコリャ、褥の中で右手モソモソの描写ではないか。…そう云やアタシ、十数年前に結婚祝いの掛軸にするつもりで「玉臺新詠集」から「繁華應令」ってのを書いてみた事があったんだっけ(ただし贈呈未遂)。私の記憶が正しければ、繁華と男色の縁は深い筈。それを男が男に贈ろうってんだから傍目にゃ冗談キツイわな(たぶん)。題材が「後庭花」でも同じ事が云えよう。「閨怨」の場合も露骨に過ぎて場違いなんだろーな…。(何を書いてるんだ、私は。)
 …ここまで書いた後ではもう手遅れかも知れんが(汗)、なるべく綺麗に纏めよう。
 粋の感覚には、俗臭スレスレの際どい側面があるらしい。それと書が共振する場合は尚更「扱いに困る」筈。西洋芸術が「職人的技術」から発展したのと似通った仕方(?)かどうか定かでないが、ともかく女郎と大差なき世界から這い上がってきた歌舞伎に学ぶ事は多かろう。


(余談)
 「曲書き」ってぇのは、舞台上で障子などに裏文字を書いたり、口や左手を使って書く事を指すそうな。
 それとは関係ないけれど…なんか懐かしいな。授業で昔、机間巡視していると書道選択者の一人が半紙に左手で書いていた。四の五の言わせず右手で書かせるのが手っ取り早いが、それでは指導が月並みになって、教える側としても面白くない。てな訳で、その場で取り敢えず左手で書いて見せた事がある。彼は左利き、私は右利きである。
 …で、どうやったか。先ず適当に頭の中で理屈を捏ねてみた。
 右手で書く時、双鉤法では三本指で把筆、筆管を薬指外側で挟む。その時の筆の角度を左手で擬せばどうなるか。~試しに持ってみた。左手三本指で把筆。しかし普通に薬指で筆管を挟んだのでは角度が左右逆になる。そこで筆の角度を右手把筆と同じ向きに変えてみると、今度は筆管の薬指に当たる箇所が一関節ぶん下になる(つまり、人によっては毛が生えてる箇所)。親指と筆管との接触部分も、普通の持ち方では筆管が爪側に当たり把筆が崩れてしまう。そこで親指を上向きにして把筆し直す。その際、親指と人差し指は平行になる。親指の爪を上から筆管に食い込ませる様に持つと書きやすい。
 これで把筆はどうにかなる。次は運筆の不都合を解決する。
 腕の動きは肩から下の関節運動に順う。~手首の関節は横向きに動く水平軸となる(左右対称)。西洋画をカンバスに描く様な把筆(支那での呼称はゾク管法~「ゾク」の字は手偏に族)は水平軸のままだが、書字の場合は筆管が垂直軸となる様に把筆する。しかしこれでは大きな字が書けない。そこで肩から先の動き全体に垂直軸を仮構すべく、普通は懸腕法で対処する。しかしこの腕法は右肩関節の水平軸運動に制約されるので、どのみち右手運動を左手で擬態するのにはそもそも無理がある。
 ならば提腕法ではどうか。臂の関節は下向きに垂れ下がる。つまり上腕部が垂直軸となる。~この「下向き」の動きを補う手札が昔からある。昔は右利きの人も、竹製や木製の腕枕を使っていた(日本ではどうだか知らぬが)。つまり提腕法を更に枕腕法へと変換してしまえば、肩の左右対称性による影響を臂と枕の二段構えで薄める事ができそうになる。右腕を胸先で安定させ、その上に左手を置くと、左下腕部の皮膚が右腕(=枕)の上でグニャグニャ柔らかく動いて、筆管の垂直円運動がいくぶん容易になる。
 この状態で書いてみると、右利きの私でもどうにかなる。後は生徒の選択と工夫次第(書きにくいなら右手で書いても構わない)。なにしろ彼は左利き。右利きの私より遙かに効率的に、左手の自由が利く筈である。そこがテレビで見る片岡鶴太郎の左手書と決定的に異なる。鶴太郎は左手の関節運動に素直な書き方をする。右手書きの手島右卿は嘗て「左手線」という表現手法で右手運動の自由度を高めたが、鶴太郎はそれを初めから地で行っている訳である。
 後から考えると、あの授業中に即興で工夫したのは、左利きに対する「右手線」の試みだったのかも知れない。今後もし更なる工夫を加える機会があるとしたら、私の場合は「左手線」をより本格的に観察・研究した上で、動きをそっくりそのまま左右反転する所から始める事になるだろう。
 参考書を挙げて置く。駒井鵞静『不滅の書人手島右卿と語る』(雄山閣)、P.132~147の「左手法考」。

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